[裏11]背が高くなるにはどうしたらいいですか。

もしもし、お電話ありがとう。あなたはクラスの中で背が小さい方なのかな。ははぁ、一番前。一年生からずっと。それでもっと背が高くなったらなぁと思うのね。ドッジボールでいつも当てられちゃうし、当て返すことがでない。体の大きいお友だちが羨ましい。なるほど。でもね、考えてみようよ。体が小さいんだから、むしろドッジボールでは当てられにくいんじゃないの? それでも当てられちゃうのか。これは困りましたね。

うんうんそうだ。日本にはいい言葉がありますよね。一寸の虫にも五分の魂。一寸って分かりますか?そう昔の長さです。だいたい3センチ。3センチのちっぽけな虫にだってそれなりの魂があるんだよって話です。そんなのウソだって思った? あ、思わない。ここは思って。おじさんの空気を読んで、そう思って下さい。はい、ちっぽけな虫に魂なんかあるはずがない!

それがね、魂かどうかはわからないけど、虫は虫なりに、いろいろ考えて生活しているみたいんなんだよね。考えるといっても、例えば今、あなたが悩んでいるような形で考えているのかまでは分からない。虫とは会話ができないからね。ホントを言うと、会話ができたからといって、相手が本当に何か考えているかなんか、原理的には分からないんだけどね。ごめんなさい。話がそれました。

チョウチョ好きですか? 春から夏にかけてひらひら飛んでいるよね。あのチョウチョが、実はいろいろ考えているらしいって研究があるんです。チョウチョのごはんは何か知ってる?そう。お花の蜜ですね。じゃぁ質問、チョウチョはどうやって、蜜の入っているお花を探しているのでしょう。え?うん。そうそう、全部のお花に蜜が入っているとは限らないんです。だって他のチョウチョがもう蜜を吸ってしまった後かも知れないし、まだお花が蜜を作っている最中かもしれない。そもそも蜜の入ってないお花もあるんです。だからチョウチョは、どのお花でごはんにしようかなーって考えなきゃならないのです。どうやって決めてると思う?

正解!すばらしい!そう!お花の色。どうもね、色で選んでいるみたいなんです。もちろん、形とか香りとかも使っているだろうけど、色もちゃんと見てるんですね。チョウチョは色が分かるんです。え? うん、それも良い質問だね。色の分からない動物もいるんです。例えばワンちゃん。犬はあまり色が分からないという話ですよ。そんなことどうやって調べるのか?それも良い質問だね。おじさん、その手のお話は大好物だから、あと1時間でも2時間でも話してあげられるんだけど、今日はまだ電話を待っているお友だちもいるから、チョウチョの話にさせて下さい。興味があったらそうだね、「どうぶつしんりがく」っていう言葉を、図書館とかインターネットで調べてみてください。きっといろんなことが分かります。それでもっと知りたいな!って思ったら、大学のどうぶつしんりがくの先生にインタビューしちゃうのも良いかもしれない。きっと喜んでいろいろ教えてくれますよ。

チョウチョのお話に戻りましょう。チョウチョがお花の色を見てるってどうして分かるんでしょうね。ワイスさんって方がアゲハでやった研究があります(Weiss, 1997, Animal Behaviour)。アジサイ分かりますか?梅雨時に咲いてますね。あれと似たランタナってお花が北米にはあるんです。実はそんなに種類は近くないんだけれど、形は似てます。小さいお花がたくさん集まって房になっているんですね。それで面白いのが、この小さいお花が、日ごとに色が変わるんです。最初は黄色、次にピンク、最後はマゼンダ。マゼンダわかる? 分からない。明るい赤紫色です。ランタナは花房の真ん中に新しい蕾ができて、古い花を外側に押しやりながら咲いていくので、真ん中は黄色、その周りにピンク、一番外側がマゼンダってなるんですね。そして蜜を作れるのは黄色いお花だけなのです。蜜がそのまま残れば、ピンクやマゼンダ色のお花にも蜜が入っていることになるけれど、色が変わる前にハチやチョウに吸われちゃうと、マゼンダ色のお花は空っぽになっちゃう。ここまで大丈夫ですか。

ワイスさんね、そこで考えたんです。チョウチョは「黄色には蜜が入っているぞ!」とか「マゼンダに入っているぞ!」とか分かるのかなぁって。それで実験しました。どうやったのかというと、黄色いお花にだけ蜜が入ってるランタナの花房を用意して、そこでチョウチョに食事をさせるんですね。そしたら、だんだんと黄色いお花を選ぶようになるんだろうか。逆に、マゼンダのお花にだけ蜜が入っている花房でお食事したチョウは、マゼンダの花を選ぶようになるか、調べたんですね。ちなみにピンクのお花まで考えるとややこしいから、もったいないけど、ピンクの花は取り除いて実験したそうです。結果をみてみると、チョウはちゃんと、どの色の花に蜜が入っているか学んでいたんですね。

実は、花の色を見分けているチョウチョも偉いんですけど、ワイスさんがやってることも面白いんですね。さっき「黄色にだけ蜜がはいっている花房を用意した」って言いましたよね。そんなの、どうやって作ったと思いますか? マゼンダのお花の蜜をスポイトで吸い取っちゃう。そうだね。自分でスポイトで吸ってもよいけど、チョウチョに協力してもらうってのはどうだろう。まずチョウを花に止まらせて、全部の花から蜜を吸い取ってもらっちゃう。それから数日まって、新しい黄色い花が咲いてくれば、黄色には蜜が入っていて、古いマゼンダは空っぽになるでしょう? それじゃ質問。黄色は空っぽで、マゼンダには蜜がはいっている花房はどうやって作ったのでしょう。チョウにお願いして黄色い花からだけ蜜を吸ってもらった?正解!かなりいいところ行ってます。あなたセンスあるねぇ。さっき言ったように、チョウチョは黄色い花から蜜を吸うことを覚えられるんだね。だから、黄色いお花に行ったことがあるチョウを選んで、全部の花に蜜がつまった花房から食事させたのです。マゼンダの花から吸おうとしたら、はいちょっとゴメンナサイよって止めたんですね。チョウチョのことを知るために、チョウチョに実験の準備を手伝ってもらったなんて、なんか面白くないですか?おお、あなたも空気が読めるようになってきたね。えらいえらい。ここはハイ!って答えるところだもんね。よく分かってる。その調子。

チョウチョが色を見分けたり、学習したりしてるって研究をしている方は日本にもいらっしゃいます。例えばカンドリさんたち(Kandori et al., 2009, The Journal of Experimental Biology)。チョウが蜜のある花の色を覚えられることは分かった。でもそれって、どのチョウでも同じなのかな?って調べたんです。比べたのはオオゴマダラ、ツマグロヒョウモン、モンシロチョウ、ベニシジミの四種。そしたら、まぁまぁ違うんですね。オオゴマダラとかツマグロヒョウモンは覚えるのが早かったのだけど、モンシロチョウやベニシジミは、比べてみると遅かったんです。え、日本にもランタナのお花はあるのかって?良い質問ですねぇ。色が変わるお花がないと実験できないもんね。実はカンドリさんたち、ランタナ使ってません。何使ったかというと、色紙。色紙を丸く切ってね、お花に見立てたんです。それで大丈夫だったってことですね。ワイスさんガッカリですよね。まぁでもワイスさんはワイスさんで、けっこう楽しんでランタナ使ってたんじゃないかとも思うんですけれど。

どうして良く覚えるチョウと、そうでもないチョウがいたのか?これまた良い質問ですねぇ。あなた本当にセンスある。将来はぜひ大学院にまで行って研究してください。え、大学院はだめってお母さんが言っている。そうですか。まぁお母さんの気持も分かる。あ、お父さんはいいんじゃない?って言ってるの。お父さんの気持ちも分かる。それより何年生でしたっけ?最近の小学生は将来のことをいろいろ考えていて偉いですね。質問にお答えすると、モンシロチョウとかベニシジミって小さいでしょ。そして寿命も、かわいそうだけど短い。あまり長く生きられないんですね。小さいと脳も小さいから、覚えるのが遅いんじゃないかって話もあります。寿命が長い方が、生きている間に蜜のある花の種類が変わってしまうから、学習能力が大事になる。逆に寿命が短いと、そこまで学習能力は必要じゃないって話もある。二つの可能性が考えられているようです。一寸の虫にも五分の魂って言いましたよね。五分って、一寸の半分の長さなんです。この言葉は、小さい虫にも、小さいなりの魂があるよって話なんです。チョウチョの話も同じですね。小さいチョウには、小さいなりの学習能力。勘違いしないでほしいのですが、小さいから勉強しなくて良いってことじゃないですよ。あなたはこれからまだまだ人生長いんだから、寿命の長いオオゴマダラの気分でしっかり勉強して下さい。それじゃいいかな?え?それで結局、どうやったら背が高くなれるのかって?いや、これは困りましたね、どうしましょう。どなたか、他に解答できる先生はいらっしゃいませんか?