[裏10]美しくなりたい。

ドブネズミですチューチュー。美しさの秘訣ですか? やはり「人にやさしく」、これに尽きるのではないでしょうか。私らも人と共同で心理学研究を初めて随分と長く、ええ、もう何世代にもなりますが、良い研究の背景にはいつも、人への思いやり、これがあったように思うのです。

例えばですね、友だちがNTTのナカシマ・サトシさんたち(2015)と共同研究をしているのですが、実験室にきたら、左の部屋に痛がってる同胞の写真、右側の部屋には普段の写真が貼ってあったそうです。そこで彼、ははあと思った。これは左側の部屋を避けて欲しいってことなんだなって。わかったよナカシマさん。君の成功はラボの成功、つまりは僕らの成功なのだから、喜んで協力するとも。

もっとも彼としては、ネズミが同胞の表情を見分けてるなんて当たり前すぎて、こんな当たり前の実験やっててナカシマさん大丈夫かなぁと少々心配でもあったそうですが、あに図らんや、皆さんはそんなこともご存じなかったんですってね。サルエンスー(訳注:原文ママ。Science誌のことである)のニュース記事に取り上げてられてナカシマさん喜んでいたって、友だちも誇らしげでした。猿マニアの雑誌でネズミが一泡吹かせてやったぜって。それちょっと勘違いじゃないかと思うんですけれどね。

私らサトウ・ノブヤ・グループ(2015)だって負けていませんよ。いつも優しいサトウ先生が同僚を水責めにしてきたんです。これはおかしい。なんだろう。そしたら隣の部屋に私が入れられた。ピン!と来ましたね。同僚を助ければいいんでしょ、先生! 見れば同僚を助けるためのドアが私の部屋から開けられるようになっているじゃないですか。先生の成功はラボの成功、つまりは私たちの成功であり、関学の成功であり、日本そして世界の心理学の成功でもある。喜んで協力しますとも。同僚だってずっと水責めは嫌でしょう。やりますともやりますとも。

自慢するわけではありませんが、ヤフーとかテレビにも出せていただきまして、自慢じゃありませんが、悪い気はしないものですね。先生がいつの間にか一部始終をカメラで撮っていたのは、ちょっとショックでしたけど(笑。

ただ、人と付き合っていてよく分からないのは、もっとはっきり言ってよって時が、しばしばあることです。ナカシマさんの実験でも、上半身だけ写真がぼかしてある場合とかあって、目を凝らして表情を読み取って欲しいのか、分からないよってアピールして欲しいのか迷ったって友だち言ってました。私の時も、水責めにあってる同僚と反対側の部屋に食べ物が置いてある時があって、これはかなり悩みましたね。結局、サトウ先生のお考えがどうこうではなくて、誇り高きネズミ一族の末裔として同僚を助けることを優先しましたけど、果たしてあれで良かったのか、今でも自問しない夜はありません。え、サトウ先生的にも良かった?テレビでそう言っていた?それは何よりです。

それで思い出しました。シカゴ大学のバータル・グループ(Bartal et al., 2014)から聞いた話。ワナにはまった同僚を助ける実験で、楽勝ですよボス!と思っていたら、どんどん難しくなったのだそうです。最初のころは普段一緒にいる仲間がワナにはまっている。これは楽勝。そしたら次は、初対面の、でも同じ家系の同僚がワナにはまっていて。家系が一緒だから助けるのが正解??まぁ助けることにしたそうです。その次は一緒に暮らしたことのある、でも違う家系の同僚がワナにはまっていた。これも助けたそうです。そしたら、そう、その通り。初対面の違う家系のネズミが出てきた。いやー、これはさすがに助けて見せないのが正解? 最後には、一緒に暮らしたことがある同僚の家系の、でも初対面のネズミが出てきたそうで。これは難しいですよね。助けて欲しいのかどうなのか。シカゴの連中、助けることは助けたが、果たしてあれで良かったのか今でも分からないってボヤいていました。

まぁそんなこんなで、やっぱり種が違いますしね。意思疎通がいつでもなんでも完璧ってことは無いと思いますが、お互いへのやさしさ、そうした内面の美しさこそが、やはり大切なのではないでしょうか。いささか陳腐に響くかもしれませんが。