[裏07]あの時をやり直せたら

足がつったことってありますか。いえね、別に、面接に向かう電車に足がつったせいで乗り遅れてしまし、そのせいで遅刻して第一希望への就職が敵わなかったけれど、とぼとぼ歩いてフラッと入った飲み屋で今の奥さんに出会ったので、自分は人生やり直したいんだかやり直したくないんだか微妙だ、とか、そういう話をしたいわけではないのです。それは違うのです。

小学生のころに、海で泳いでいる時に足がつって溺れかけたとか、そんなようなお話を読んだのです。筋肉が疲労困憊しきるまで運動に精を出すような体育会系の少年ではなかったものなので、何を書かれているかさっぱり分からなかったんですね。足をつる?海の話だし「釣る」なんだろうか?釣り針で足の指先を引っ掛けられるような感じだろうか。それはかなり痛そうだ。痛そうだが、それで溺れるのものだろうか。足で釣り上げられると頭は下になるな。顔だけ水の中につかって息ができなくなるってことか。しかし釣っているのは誰なんだ。云々かんぬん。

長じて中学生になったある日、唐突にわかったわけです。「おお!いま!まさに!俺の足が!つっている!これか!これが足がつるってことなのか!!!」。もうピキーンと。正座して足がしびれるのとも違う。こけて傷口がぱっくり開いて血がどくどく流れるのとも違う(生々しい表現ですみません)。もう、まさに、「つる」。その表現を考えだした人を褒めてあげたい、褒め称えないではいられないという感覚が身体を襲ったのです。これなら溺れる。確実に溺れる。自信を持って溺れる。

それで、それ以来、その感覚が身体を襲った時には「足がつった」と言っているわけです。「いててて、あしつった」とか。でも、実は、正直なことを言えば、それが本当に「足がつった」と世間一般で言われている状態なのか、どこか信じ切れない自分がいるんです。ひょっとして、他の人はぜんぜん違う状態のことを「つる」って言っているのかもしれない。自分だけが間違った表現をしているのかもしれない。そもそもこんな感覚を知っているのはは世界中で自分だけなのかもしれない。そういえば「むずがゆい」とか「胸焼けがする」とか「胃がもたれる」とかとかああいうのはどうなんだ。「むかつく」もあるな。ムカつくってだれに腹立てているんだ。だいたい腹は立つのか。腹は腹であって足ではないぞ。足も立つものではなくて足で立つものだ。云々。

それでですね。やり直したいって研究をしている人たちがいるんです。イスラエルのフリードマンさんご一行6名様。実験参加者さんにゲームをやってもらいます。画廊のエレベーター係っていやに地味なゲームで、お客さんが来るたびにリクエストを聞いて、2階に上げたり、そのまま1階に案内したり。それで2階に5人、1階に1人を案内してさあ6人目。「2階ペルファボーレ」って言うからエレベータで案内したらこれがとんでもない奴でいきなり銃を抜いてばんばん他の客を撃ち始めた!あわわえあこあらいとジタバタしてると画面が反転。最初の客を案内するところにゲームが戻る。ううむと思っていると何も操作してないのに自分の操ってるキャラが勝手に客を案内し始めるわけですよ。あれあれあれ5人を2階に1人を1階に案内してしまったぞ、ああ6人目だどうしようそうだアラームだアラームをおしてこいついつを一階に閉じ込めれば少なくとも5人はってうあお前なにこっちに銃向けてるんだおわなにをするってところで反転。さぁ3回目。もうびっくりしないぞ今度こそしっかりやるぞ。

これがまたえらく手の込んだ実験で。画面に向かってゲームをやるんじゃないんです。参加者はヘッドマウントディスプレイをつけて、身体の動きをリアルタイムで計測するスーツを来て、まぁちょっと外は歩けないね。写真を論文に載せたいって言われても断固断るよね人としてって格好してプレイするのです(Frontiers in psychologyってインターネットで誰でも読める雑誌なので図1をご覧くださいな)。ゲームの中にしか存在しないボタンを押すと、グローブの指先についてる何か便利な機械が「ボタンを押した感」を与えてくれるという芸の細かさで仮想現実世界にどっぷり浸からされる。その中で客が撃ち殺されていくというなんとも衝撃的なゲームをするわけで、まさか心理学の実験に協力しに来てこんなことやらされるなんて、ね。

そこまで苦労して何を知りたかったのかというと、ただ単にリプレイするときと、キャラが勝手に以前の自分の動きをなぞり始める場合で「タイムトラベル感」が違うんだろうか。後者のほうが「時間旅行したぜ俺はやり直してるぜ感」が高まるんじゃなかなろうかってことだったんですね。それで、ゲームを終えた参加者さんに、どんな感じでした?ただのリプレイって感じだったら1点、タイムトラベルって感じだったら7点で、点数つけてね☆ときいてみた、と。

もうね。脱力しますよね。もちろん他にもいろいろ聞いてはいるんですよ。IATとかちょっとおしゃれ感のあることとかもしてる。でも究極的にはこれなんですよ。「どんくらいタイムトラベルした感じがした?」って。大変な手間暇(とたぶんお金)を書けておいて最後は小学生の感想文かと。「タイムトラベル感はどの程度?」とか、そんなんやったことないんだから分からないって。足つったことのない小学生に「どんくらいつった感がある?」とか聞いたって意味不明だって。というか足つったことがあると思ってる中学生にきいたって、それがほんとに足をつったことになるかわかないって。みぞおちが痛いって急患が来たから心臓の病気を疑ったら腸炎だったんだぜそいつ鳩尾のこと脇腹だと信じて10年以上生きていたんだぜみたいな話になるわけで。

脱力と書きましたが、嫌いという話じゃないんです。数億円する機械で脳の活動を調べて夢を読み解いたって言う神谷さんグループの最高にクールな研究も、寝た子を起こして「今、何の夢を見てました?」って尋ねてみないことには始まらないというね。もうほんと、どうしよう。どうにかできないのか。どうにかしてやりたい。そう思わせる難題です。

それで肝心のタイムトラベル感なんですが、キャラが勝手に動いたってだけでは別に高まったりしてなかったそうです。残念。こればっかりは、やり直したからって良い結果が出るというものでもないし、今後の改良によって、より良いやり直し感を目指していただきたいものです。