公正な研究を目指す取り組み

日本分子生物学会

研究倫理委員会

日本分子生物学会の研究倫理委員会は、学会において評議員、役員を務めた研究者が研究不正事件の当事者となったことをきっかけとして、2006年に設立され、継続して研究倫理問題に取り組んでいます。その後、若手教育という形で研究不正を防止する取り組みを行ってきましたが、そのWGの講師を務めた研究者が組織的な大規模研究不正事件を起こしたことが明るみに出たことから、厳しい批判を受けました。しかしながら、理研のSTAP研究事件では唯一学会として理事長声明を出すなど、他の学会には見られない積極的な姿勢を示しています。

倫理要綱(2017年1月)

2007年のシンポジウムから、東京大学分生研の研究不正、STAP事件と、内部に問題を抱えながらも、真摯に研究公正に取り組んできた日本分子生物学会ですが、ここに来て大きく取り組みが後退しました。倫理要綱は大きな方針を示すものですから具体的である必要はないと思いますが、行動の主体は誰なのか、学会はどう取り組むのかはここからは見えません。研究者は真面目に研究だけやっていれば良いのだという昔の感覚に立ち返ったようにも見えますが、学会の役割に関する国際的な流れに逆行しています。

第21期理事長挨拶(2019年1月)

日本分子生物学会における研究公正の活動は終焉を迎えたのではないかと感じさせる理事長挨拶が掲載されています。学会における主要な研究者が当事者となる研究不正事件が続き、研究者の自浄作用が試される状況にあったわけですが、ミスコンダクト容認派の勝利に終わったということでしょうか。改めてこの状況から声をあげることの困難さを考えれば、研究者に自浄作用を期待することが誤りであることを証明しているのかもしれません。研究環境の悪化についても全く言及がなく、ライフサイエンスがより厳しい格差社会となったことを実感させます。

理事長:「今までの理事会では、合同年会をどうするかとか、捏造問題へどのように対応するかといった内向きの議論にエネルギーを割かれ、世界を見据えた議論にほとんどエネルギーが割かれてこなかった。」

日本分子生物学会2013年会組織委員会(大阪大学・近藤滋年会長)により設置された掲示板で、日本の科学研究環境を改善するための議論の場として設けられました。研究倫理問題は、日本版ORI設置の議論など、何度かトピックとして取り上げられています。2014年12月に大規模な不正論文の告発がここで行われました。2016年においても十分有効な議論です(むしろ変化がないまま、その後も重大事件が連続していることがよく判ります)。

*2017年1月28日から休止中。アーカイブはこちら

監査局や研究公正局の設立の必要性〜科学者の心と言葉を取り戻すために〜」(アーカイブ)尾崎美和子:2013年の記事ですが、コメントでは様々な論点が登場しており、2016年においても有効な内容です。

捏造問題に怒りを」(アーカイブ)近藤滋

公正局の立ち上げは可能か、本当に機能するのか?」:このスレッドでは結論に至っていませんが、具体的な素案が議論されています。

まっとうなデータと不正の境界はどこに?

研究不正問題のまとめのお願い」:ORIの具体的な提案のよびかけです。2005年に学術会議で黒川清会長から審理裁定機関の設置が提言されたことが言及されています。10年以上にわたり、提言に対する具体的な反論は誰からも行われなかったにもかかわらず、公正局の設置は検討すらされていません。

研究者の議論をどう活かすか」田中智之:研究不正問題への取り組みは研究コミュニティだけでは不十分であり、監督官庁である文科省の姿勢も大きな影響を与えます。(アーカイブ

研究公正を推進するためには何が必要か?」田中智之:2017年における研究公正の推進を阻む要因に関する考察。

CITI Japanプロジェクト

2012年より文科省大学間連携共同教育推進事業「研究者教育の為の行動規範教育の標準化 と教育システムの全国展開」(CITI Japanプロジェクト)が進められています。ここでは、米国で発展したCollaborative Institutional Training Initiative (CITI)における行動規範教育プログラム(主にe-ラーニング教材が開発、配信されています)を日本の実状にあわせてローカライズするという取り組み が行われています。研究倫理教育のコアの内容自体は国際的に普遍なものですが、研究環境や文化は国によって異なります。教育者のリソースが限定されている 現状においては、米国で吟味されたe-ラーニングの活用は有力な選択肢の一つとなるでしょう。AMEDの支援する研究活動ではCITIプログラムの受講を 必修化するという話もあるようです。

CITI Japanプロジェクト

公正研究推進協会(APRIN)

2016年4月に設立(6月20日に記者会見で発表)。11月に公式webサイトが設置されました。趣意書には理念や活動内容の概要が紹介されています。理事、評議員には研究者のみならず、これまでの科学技術政策の立案に責任ある立場で関わった方も多数含まれており、一般財団法人ではありますが、官庁と太いパイプをもつ点が特徴といえるでしょう。上記のCITI Japanプロジェクトもこちらに移行し、文部科学省の補助から会費制の仕組みとなるようです。

設立趣意書(PDF)

目的:

1.研究倫理とその教育に関するグローバルな共通理解を推進するために国内外に議論と実践の場を設ける。また、国際的な議論の場に積極的に参加することを通して国際貢献を行う。

2.わが国の研究者およびその途上にある者、更には研究を支援する立場の者を対象とした、研究倫理関連教材等の教育手段の提供を通じてグローバルな研究倫理を啓発し、研究機関および各種学術団体の研究活動を積極的に支援する。

3.わが国に集積された、研究倫理教育のノウハウを以て、世界の隅々まで研究倫理教育が普及されるよう、国際的な協力を行う。

註:ここで言う「研究倫理」には、研究内容に関する倫理(”ethics”)と、研究に関わる個人や組織等の問題としての倫理(”integrity”)が含まれる。

日本医学会連合

提言「わが国の医学研究者倫理に関する現状分析と信頼回復に向けて」(研究倫理委員会、PDF、2017年)

領域外の研究者にとっては、比較的受け入れやすい内容ですが、医学会連合内では反対意見もあり、議論が重ねられたようです。プレスリリースはありましたが、医学会や医学連合のwebサイトにはまだこの提言は掲載されておらず、ニュースを見た人が提言を読むことができない状況でした。研究倫理の学修ということで座学を想定しているような印象を受けますが、研究公正の実践では実際に研究者としてのトレーニングをラボでメンターから受けることが重要です。医学部は、長年、ラボにおける研究者のトレーニングという仕組みを軽視してきたので、この側面をどのようにして改善するのかが今後の課題ではないかと思います。メンターとして研究のあり方を指導できる人材が十分いるかという問題もあります。

京都大学大学院医学研究科

臨床統計家育成コース:2018年開設予定。臨床統計学の専門家が増えることは、誤解や知識不足による意図せざる研究不正の防止にも役立ちます。

東北大学

あなたならどうする?」学習・研究倫理教材

研究倫理についてディスカッションする際に有用な事例集と解説。

研究不正の対応に係る体制整備について

公正な研究推進のための研究倫理教育実施指針(PDF)

研究慣行が領域により異なること、また、学生から研究者に至るステージごとに研究公正において重視すべきポイントが推移していくことが考慮された指針となっています。

米国科学アカデミー

On Being a Scientist, A Guide to Responsible Conduct in Research (1995)

科学者をめざす君たちへ—研究者の責任ある行動とは」(翻訳:池内了)として日本語版が入手できます。

第三版(2009)はこちら

Fostering Integrity in Research (Committee on Responsible Science, 2017)

書籍版もありますが、PDFを無償で入手できます。

提言(田中抄訳)

1.研究活動の価値と理念に現実をより近づけるために、研究活動を構成する全ての関係者(研究者、研究機関、資金配分機関、学術出版、学会)は、研究公正に対する脅威に対して、自らの行動や指針を不断に改善するよう努めるべきである。

2.研究機関は研究公正の推進と現在の脅威に対応する上で中心的な役割を担うものである故に、単にミスコンダクトの調査に関する連邦規則を遵守することに留まらず、研究活動における高い規範意識を維持しなければならない。

3.研究機関と連邦機関は、誠実な内部告発者の保護を保証し、その懸念に対して公正、綿密、かつ時宜にかなった方法で対応するべきである。

4.分野や機関横断的に研究公正を継続的に推進するために、独立した非営利の組織(研究公正諮問機関、Research Integrity Advisory Board)を設立するべきである。

5.学会や学術出版者はそれぞれの専門分野におけるオーサーシップの基準を確立するべきである。原則として、著者とはその研究に重要な知的貢献をしたものを指す。1)全体の研究の責任者を定める、2)全ての共著者の役割を明らかにする、3)著者の資格をみたさないものは共著者に受け入れない

6.資金配分機関と学術誌出版者は、自らの指針とそれを支える仕組みを作ることを通じて、研究成果に関する十分な情報と、報告された結果を再現するための手段を利用可能にするべきである。

7.連邦資金配分機関、およびその他の資金配分機関は、発表された結果を再現するために、必要なリソースを長期間維持するための十分な資金を手当てする必要がある。

8.生産性のない重複研究を避け、結果の統計的な有意性を効率よく判定するために、研究者は実施した全ての統計評価を、ネガティブな結果を含めて、開示するべきである。資金配分機関はこうした透明性を支持、推奨するべきである。

9.科学研究を推進する政府、あるいは私的な機関はミスコンダクトや有害な研究活動が発生しやすい研究環境の解明のための研究を支援すべきである。そしてその成果を既存の方針や規則の見直しに活かすべきである。

10.研究者、資金配分機関、研究機関は、継続して研究公正のための効果的な教育プログラムの作成、実施に関わるべきである。

11.研究者、研究機関、資金配分機関は、研究公正に関する国際的な共同研究を含む、国際的な交流を通じて、相互の学修と実践を共有し、研究公正を推進するべきである。

米国国立衛生研究所(NIH: National Institutes of Health)

NIGMS (National Institute of General Medical Sciences)において、生命科学研究の厳密性と再現性を高めるための取り組み(Clearinghouse for Training Modules to Enhance Data Reproducibility)が行われています。ビデオやPDFの教材を入手することができます。

米国研究公正局(ORI: The Office of Research Integrity)

ORIは生命科学系の研究を監視する米国の政府機関で、対象はNIH研究所およびその助成金の申請・受給者等です。各研究機関からの要請がある場合、あるいは重大な不正研究では調査を担当します。研究不正の調査報告書はORIと疑いのかかった研究者との間で得られたAgreementであり、具体的な事例を今後の教材として活かそうという姿勢が根底にあります。どの程度の懲戒処分を下すかを決めることを目的とする調査ではないということには注意が必要です。不正研究の調査法についても詳しい紹介記事が公開されています。

ORI Introduction to the Responsible Conduct of Research, by Nicholas H. Steneck (ORI), 2003 (PDF)

ORI研究倫理入門:責任ある研究者になるために」(翻訳:山崎茂明)として日本語訳が入手できます。

Dr. SteneckはResearch EthicsとReseach Integrityの相違に言及していますが、前者がモラルの問題であるのに対して、後者はプロフェッショナリズムと関係があることを指摘しています。即ち、再現性のない怪しいデータを論文として性急に発表することは、Research Ethicsとしての問題はなくても、Research Integrityに欠ける行為だということです。

RCR (Responsible Conduct of Research) Casebook: Stories about Researchers Worth Discussing

The Lab: Avoiding Research Misconduct

THE LAB(科学技術振興機構)

大学の研究室で行われた研究不正をテーマに、研究代表者、外国人ポスドク、大学院生、研究倫理担当者の立場でバーチャル体験できる学習シミュレーションです。科学技術振興機構(JST)が日本語化したものを提供しています(協力:金沢工業大学科学技術応用倫理研究所)。

The Research Clinic

The Labの臨床研究版です。

Research Integrity: Case Studies

ライフサイエンスの研究室を舞台に、PI、ポスドク、学生が、それぞれ疑わしい研究活動(QRP)からミスコンダクトに至る経緯を短いビデオで描いています。最後に示される問いかけについて議論することで、研究公正についての理解が深まります。

Committee on Publication Ethics (COPE)

1997年にイギリスで医学雑誌の編集者のグループにより設立された。研究論文においてミスコンダクトが発覚した際、COPEの助言を得て対応を決定したことが記載されているケースはしばしばある。直接、調査を実施することはないが、疑義の生じた論文の対処について助言する。

Codes of Conduct and Best Practice Guidelines

Principles of Transparency and Best Practice in Scholarly Publishing

Retraction Guidelines (PDF)

How to handle authorship disputes: a guide for new researchers

ミスコンダクトあるいはQRPに関するフローチャート(日本語版)(PDF):こうした手続きが監督官庁によって支持されるだけでも研究環境は改善されます。

International Committee of Medical Journal Editors (ICMJE)

主要な医学誌が構成員となっている協会で、出版倫理についても意欲的な発信を行っています。医学研究に限定されますが、研究の立案から、投稿、審査、出版に至るプロセスにおいて研究者が気をつけることについて豊富な資料が準備されています。Authorshipに関する基準や利益相反に関する解説は、様々な場で引用されています。

Standard Operating Procedures for Research Integrity (SOPs4RI)

欧州委員会に支援された4年間(2019-2022)の研究公正推進のプロジェクト。Webページでは様々な研究公正の資料が紹介されています(Natureの紹介記事)。Horizon Europeでは研究公正に7年間(2021-2027)で810億ユーロの予算が充てられる予定です。

International Center for Academic Integrity (ICAI)

研究公正の推進を目的とするNPO法人。アメリカ、カナダを中心とした構成員が活動している。

THE FUNDAMENTAL VALUES OF ACADEMIC INTEGRITY (PDF, 3rd Ed.)

世界研究評議会(Global Research Council)

Statement of Principles for Research Integrity (PDF)

研究公正世界会議(WCRI: World Conference on Research Integrity)

研究公正にかかる様々な側面についての活動、研究を取り上げている国際会議。会議のwebサイト。2017年にNPOとして組織が整備されたようです(アムステルダム、オランダ)。

シンガポール宣言(2010年)

モントリオール宣言(2013年)各国語訳(日本語もあり)

香港宣言(2017年)

UC San Diego

Research ethics program

Resources for Research Ethics Education

UKRIO (UK Research Integrity Office)

英国の研究公正推進の組織であるが民間団体であるため、法的、あるいは行政的な権限はない。

New guidance from UKRIO: authorship in academic publications

学術論文のオーサーシップについて

EURAXESS

欧州委員会が運営する研究者支援の活動。日本との連携ページもある。

欧州研究者憲章:研究者の行動規範や研究倫理について

欧州科学財団(European Science Foundation, ESF)

Survey Report (PDF): Stewards of Integrity, Institutional Approaches to Promote and Safeguard Good Research Practice in Europe (2008)

Fostering Research Integrity in Europe (2010, PDF)

The European Code of Conduct for Research Integrity (Revised) (2017, PDF)

European Network of Research Integrity Offices (ENRIO)

2016年の時点でヨーロッパ23カ国が参加しています。各国の研究不正調査・監督機関、あるいはfunding agency(前者がない場合)等で構成されています。

Association of Research Integrity Officers (ARIO)

2013年にJohns Hopkins大学で開催された集会を出発点にした協会。2016年に組織として正式に発足。2019年の時点では対象者はアメリカ国内の研究機関に所属しているRIOに限られているようです。webサイトは会員向けで情報発信は限られています。

スウェーデン中央倫理審査委員会(Central Ethical Review Board, CEPN)

2004年に設立。当初はヒトに関する研究倫理を取り扱う委員会であったが、2010年以降は広くミスコンダクトを取り扱う。ENRIOの紹介ページ

Wiley

出版倫理の最良実践ガイドライン 出版社の視点」(第二版、WILEY, PDF)

出版社のWileyによりオンライン公開されたガイドライン、Wiley's Best Practice Guidelines on Publishing Ethics: A Publisher's Perspective, 2nd Ed.の翻訳です。学術論文における著者の資格、利益相反の開示、発表者倫理などがコンパクトにまとめられています。