研究環境を見直す機会

2017年8月28日

岡山大学 田中 智之

研究公正を推進する仕組みに問題があることから、今後も研究者のモラルを低下させるような事案は続くだろうという予想をもっていました。先日、記者会見があった東京大学の事案は大きなインパクトがあると思うのですが、研究者コミュニティの反応は表だってはほとんどありません。しかし、社会的な判断はさておき、研究者はこう考えるということの発信は少なくとも必要だと思います。分生研の調査は継続されるということが既に決定しており、関連する研究者が懸念する問題である、どこからが怪しい内容なのかということも明らかになるかもしれません。一方、医学部については殆ど情報は公開されておらず、記者会見資料の一部がリークしているという状況です。以下、懸念される問題です。

・Ordinary_researchersの告発は丁寧に調査、解析されたものであり、ミスコンダクトの証拠とまでは断定しない研究者であっても、何故このような不自然な図ができるのかという疑問はもつと思います。ガイドラインを墨守して調査結果を開示しないのではなく、むしろ進んでこれを開示して丁寧な説明をすることが、研究コミュニティとの信頼関係を維持する方法だと思います(ガイドラインは、不正なしの場合の調査結果の開示を禁止しているわけではないです)。

・研究コミュニティが懸念する問題は、研究の信頼性です。現在、リークされている情報に基づくと、当該研究室におけるデータの収集、解析というプロセスが非常に危うい状況であることが推察されます。不正かどうか以前に、データの取り扱いに未熟な研究者が参加しているということが、研究全体の信頼性に疑いを抱かせるものとなっています。ディオバン事件では、統計学の知識が殆どない医師が臨床研究に参加していたことが問題になりました。同様の問題が懸念されます。

・不正認定イコール研究者の処分という図式が、調査委員会の判断を束縛し、不自然な発表につながっている可能性があります。これをひとつの機会として、1)研究論文の適切な訂正、あるいは問題の多い論文の撤回、2)研究室において実験科学の手続きが適切に行われているかの検証、を行う方が良いと思います。責任問題とは切り離して対応することも考えて良いと思います。不正認定がなかったということで一件落着し、危うい体制で今後もビッグプロジェクトが進んでいくということは避けるべきです。実態が不明なので何とも言えませんが、このまま進めば大きな破綻が待ち受けている可能性もあります。

本来は研究者の集団である学会がこうした注意を促すべきだと思いますが、おそらく大きな学会ほど難しいことでしょう。残念ながらライフサイエンスでは専門家による相互のチェックが機能しない状況にあります。専門家が沈黙することは、時間をおいて大きな損害を社会に与える可能性があります。ここは影響力のないひとつのwebサイトに過ぎませんが、上記のような印象をもつ研究者はそれなりの数いるのではないでしょうか。

有力者に忖度する東大論文不正調査 公正な研究の壁に(永田好生、日本経済新聞)

東大研究不正調査発表~医学部教授をおとがめなしにした東大が失ったもの(榎木英介、医療ガバナンス学会)

もう一点重要な問題は、調査報告書の取り扱いの問題です。文部科学省、および資金配分機関では、ミスコンダクトの調査報告書を吟味することができる専門家がいません。そのこと自体はむしろ当然のことかと思いますが、一方で、利害関係の当事者である研究機関が作成する調査報告書が常に公正とは限りません。調査報告書に問題がある場合の、諮問、あるいは裁定機関が必要です。

現状は文部科学省が受理したということをもって、調査報告書が公的に正しいものと承認されたかのような取り扱いとなっています。近年の研究不正の裁判においても、調査報告書に内包される問題点は審理の対象となっていません。研究機関は、専門家が非難するようなごり押しがあっても報告書を提出さえすればそれで良いという判断をしている可能性があります。専門的すぎて評価できない調査報告書は、透明性の高いレポートを出せる外部機関に評価を委託すべきです。内容を問うことなく調査報告書を受理することが研究公正を損ねる可能性について真剣に考える機会です。

研究公正を推進するためには何が必要か? (田中智之、ガチ議論)