研究不正事件の報告書

愛知医科大学歯学部(2018年)

ミスコンダクトの背景にオーサーシップの問題があることは山崎茂明氏の著作をはじめ指摘がありますが、本件においてもいくつかの問題点があったことが調査報告書(PDF)に示されています。「完全分業体制」を主張し、生データや実験ノートを確認せずに執筆した共著者、完成された論文を確認しただけのラストオーサー、実験に主体的に関わっていない筆頭著者、といった共同研究の枠組みの異常が目立ちます。研究科に入って半年ほどの大学院生に筆頭著者があてられた背景には、若手を対象とした助成金や褒賞があるかもしれません。「本学は研究者を不正行為に追い込むような環境を形成しないよう配慮する一方で、本学行動規範を無視し意図的に極めて悪質度の高い特定不正行為を行う者又は行った者については、研究環境から排除することも視野に入れ適切な対応を取る。 」という結び、そして他の論文への調査の必要性が言及されている点は良いと思います。

京都大学iPS細胞研究所(2018年)

どのような内容のミスコンダクトであるかが丁寧に説明(PDF)されています。一次データからの捏造、改ざんは極めて発見が困難であり、ノートの管理や共著者による監視といった品質管理の手法には限界があります。告発が適切な調査につながり、こうして資料が公開されることについては高く評価する必要があります。一方、筆頭著者にのみ注目が集まることは問題で、今後以下の点も調査することが望まれます。

・殆ど全ての図でミスコンダクトが認定されているが、実行者が筆頭著者であるとするならば、共著者はこの論文にどのような寄与をしたのか。

・筆頭著者の過去の研究業績の密度は極めて高いが、それらの論文では適切に共同研究が行われていたのか。研究室の運営は東京大学の分生研の事例のような異常なものではなかったのか。

名古屋大学医学部附属病院(2017年)

ディオバン事件では唯一、ミスコンダクトが認定されず撤回されていなかった名古屋大学のNagoya Heart Study (NHS)ですが、学外からの指摘を受け、再調査が実施され、論文の撤回が妥当(PDF)とされました。当初の調査報告と比較すると、研究機関の調査には不正認定を回避するバイアスが強くはたらくことがうかがえます。再調査が実施されたことは高く評価できます。

鳥取大学医学部(2017年)

研究活動不正調査委員会は9名で構成されており、4名の外部委員のうち1名は弁護士、1名はAPRINの市川家國教授、2名はエルピクセル株式会社の方です。外部委員と称して利益相反の生じる他大学の研究者を招聘するケースが多い中、理想的な外部委員構成だと思います。調査報告書の概要(PDF)では公開すべき情報がきちんと開示されており、意義のある調査です。使用した研究費の帰属は難しいことは想像できますが、論文投稿料のみという認定が定着することは良くないように思います。杜撰な調査しかできない大学や、隠蔽を継続する大学との格差は大きく開いており、文科省は鳥取大学のような事例を高く評価する必要があります。

弘前大学医学部(2017年)

おおむね報道と同じ内容ですが、詳細な調査報告書は開示されていません。本件では、ミスコンダクトを認定された教授は既に死亡しており、不服申立てができない状況にあるため、調査内容の開示は公正な調査であることを示す唯一の機会であるはずです。学長の関与、給与の自主返上と言った対応については公告では言及されておらず、このような不誠実な取り扱いが常態化することは問題です。研究内容に関与しない共著者とはギフトオーサーに他ならないわけですが、撤回された論文を業績リストに並べて申請、獲得された過去の研究費には何の問題もないというのでしょうか。

群馬大学大学院保健学科研究科(2017年)

当初の複数の報道(例:NHK NEWS WEB)では、論文の実験データに改ざんがあったことと、SNSによる大学、教員、学生への中傷が懲戒解雇の理由とのことでした。調査報告書では改ざんが認定されています。研究行動規範委員会の構成員は11名中9名が群馬大学の教員で、学外の委員2名の所属は明記されていません。「…不正行為を行ったとは特定できていないものの、不正行為があったと認定した研究に係る論文等の内容について責任を負う者と認定する。」不正の詳細は不明ですが、誰が改ざんを実行したかは分からないが、責任著者としての責任を問うという内容です。こうした不十分な調査報告書が前例として蓄積することを懸念します。(追記:調査報告書を読む限り、調査は真摯に行われたようです。一方で、調査報告の公開は不十分であり、社会からの疑念を招くものです。)

東京大学分子細胞生物学研究所(PDF)(2017年)「研究論文における調査報告について」(PDF)「データ解析結果」(PDF)

東京大学「22報論文の研究不正の申立てに関する調査報告」(2017年)

Ordinary_researchersという匿名のグループにより告発された疑義に対する調査報告。8月4日の段階では、概要が示されているのみで、全体像や不正が起こった背景、そして合理的な疑義が不正なしとされた根拠等については公表されていません。大学webサイトによる情報提供では、記者会見時よりも情報が絞られているようです。

分子細胞生物学研究所における研究不正に関する追加調査報告」(2017年)追加調査分ではミスコンダクトの認定はなかったという報告です。東京大学の今後の取り組み(PDF)では組織の抜本的な見直し、および再発防止の取り組みに言及されています。当該研究所のみならず、東京大学全体の取り組みに関する記載もあります。医学部にかかる疑義についてはこれを看過する方針を承認した総長が、研究公正に向けてリーダーシップを発揮するというのは些か矛盾した印象を与えます。

本件に関する調査報告書に対する情報公開請求として開示されたものと思われる資料(PDF)が「日本の科学と技術」に掲載されていました。調査報告書の問題点、特に医学部にかかる疑義に関する詳細な指摘があります。調査報告書の適正さや質を評価する組織が存在しないということは、即ち、書類を作成すればどんな結論でも一件落着になるということを意味しています。利益相反の状態にある研究機関の執行部に無条件の公正さを期待するという考え方は制度設計の誤りだと思います。

大阪薬科大学(2017年)調査報告(PDF)

「不注意により異なる実験のデータ・画像を使用していた」ものが何故捏造と認定されないのか疑問です。研究不正としてガイドラインに定められているFFP(捏造、改ざん、盗用)認定を無理やり回避した疑いがあります。誠実さに欠ける調査報告書です。

国立長寿医療研究センター(2016年)

不正行為の認定の基準が明確で、再実験の意義、著者による論文訂正の取り扱いなど、模範的な調査報告です。関係者の対応も研究者による自浄作用のあるべき姿を示しています。披告発者の意見(反論)が追加で掲載されました。認定された不正との対応を比較することを通じて、研究のあり方に関する認識の相違を理解することができます。

熊本大学大学院生命科学研究部(2015年)

部外者は確認できないようになっています。公開されているとはいえない状況です(2017年8月確認)。

理化学研究所(STAP細胞論文)(2014年)

研究不正再発防止の提言書(2014年)研究不正再発防止のための改革委員会(岸輝雄委員長)

東京大学分子細胞生物学研究所(2014年)懲戒処分の公表について(2017年)

筑波大学生命環境系(2014年)

名古屋市立大学大学院医学研究科(2012年)

大学のHPからは削除されたようです(2016年9月確認)。丁寧な調査報告書なので残念です。

三重大学大学院生物資源学研究科(2012年)(PDF)

東邦大学医学部(2012年)日本麻酔科学会・藤井善隆氏論文に関する調査特別委員会による報告(PDF)

東北大学歯学研究科(2009年)

「歯学研究科における研究不正疑義に関する全学調査委員会」によるもの。大学のHPからは削除されているようです。

上記の調査により認定された研究不正が、学位論文に及ぶ(ほぼ同じ内容であるため)という判断に基づき、博士の学位授与が取り消されました。(東北大学HP、2018年)

大阪大学大学院生命機能研究科(2008年)日本分子生物学会論文調査WGによる報告(PDF):大阪大学からかなり詳細にわたる報告書が公開されていましたが、非公開となったようです。

記者会見、懲戒処分等が確定した事件であっても調査報告書が公開されていないケースがありますが、そのような対応は再発防止という観点では望ましくないでしょう。調査報告書の質も様々で、検証や聞き取り等、優れた資料として有効なものもあれば、そうでないものもあり、少なくとも一定のフォーマットの整備が必要であることが理解できます。文部科学省の2014年の新ガイドラインには調査報告書に必要な記載事項の一覧が示されており、今後は一定の形式で研究不正案件が報告されることになります。