研究不正事件の報告書

東京大学大学院工学系研究科(2024年)

計算機シミュレーションで得られた結果を、実際の実験によるものとして学位請求論文において記述しているという行為について不正認定しています。一旦授与された博士の学位が取り消されています。学位の取消は研究不正の認定に伴う付随した処分なのですが、発表では研究不正に関する説明はごくわずかです。また、大学院の学生ですから指導教員に大きな責任があるはずですが、この点に関する言及もありません。当該論文は電子情報通信学会の英文誌のようですが、Retractedではなく、Cancelledというあまり見られない表示で、illegal submissionという説明があります。どうあっても不正という用語は使わないという意思を感じますが、奇妙な取り扱いです。東京大学の研究不正の取り扱いは公正性や整合性に欠けるところがあり、結果的に国内の研究公正の推進を歪めているように感じます。

産業技術総合研究所(2024年)

二件の事案が同じ日に公表されています。近年、不正認定をした論文の書誌情報すら出さないという何のための調査報告なのか意味不明な例が増えていますが、その点について適切な内容です。
事案1:42報で捏造、改竄を認定。うち2報では不適切なオーサーシップを認定。被申立者が単独で実行したものと判断しています。上長2名は指導・管理責任が問われています。基盤研究B, Cでそれぞれ不正行為に関わる研究費支出が認定されていますが、比較的大きな額なので論文の投稿料に留まらず実験に関わる支出も認定されているかもしれません。42報すべての撤回を被申立者に勧告し、不正を認定しなかった14報についても修正を依頼しています。告発は5報でしたが、本調査委員会では被申立者が筆頭、あるいは責任著者である61報すべてを調査しています。共著者25名のうち21名に対して調査が実施されました。被申立者は業績を得ることに焦りがあるようであり、研究ノートの記載は不十分で、保管の必要な試料も廃棄されているものがあったようです。ある時点以降は、経験ある研究者として周囲のチェックも甘くなったという分析が行われています。全ての書誌情報が開示されており、告発がなかった論文についても調査されている点で素晴らしい事例だと思います(2007年の論文が一番古いですが、この時点で既に産総研所属の研究者であったようです)。
事案2:4報で捏造、改竄、盗用を、そのうち1報で自己盗用を認定。告発論文2報に加え、被申立者が関わる他の8報も調査対象としています。2004-2006年というかなり昔の論文が対象で、実験ノートや当時のデータは残されていなかったようですが、画像解析を通じて不正を認定しています。他論文からの再利用が多いことが説明されていますが、図の取り違えという釈明をどのようなプロセスで否定しているのかは興味深い点です。若いポスドクとしての経験の浅さや当時の研究倫理に関する指導の不十分さが被申立者からは主張されていますので、それらの要素を上回る何らかの悪質性があるのかもしれません。

山口大学医学研究科(2024年)

2報の原著論文、1報の総説論文における捏造、改竄が認定されており、被告発者の講師は懲戒解雇の処分を受けています。本件は山口大学の情報開示が限定的であるため背景がよく分からないのですが、疑義への対応、調査報告書の内容などに不自然な箇所が認められます。この研究室の論文に対するPubPeerにおける告発は2件で、ひとつはBik博士が指摘している2004年のEMBO J、もうひとつは2007年のJ. Biol. Chem.です。後者には今回処分を受けた講師が共著者になっています。前者はEMBO J誌が調査中とのコメントが2023年についています。後者は講師が自分は投稿時には気付いていなかったと書き込んでいますが、講師はこの論文では筆頭著者でも責任著者でもありません。山口大学の発表における「令和5年5月24日に新聞発表された事案」は毎日新聞によるもので、ここで取り上げられている6報にはPubPeerの指摘が含まれているようです。PubPeerの指摘は、白いボックスが貼り付けられていたり、「画像のノイズを不正画像と勘違いしたと考えられる」(委託業者の回答)などとは思えないものなのですが、こちらの調査については報告書が開示されておらず真相は不明です。大学側はこちらはシロ判定しています。
一方、講師の案件の報告書ですが、2015年のBiochem. Biophys. Res. Commun.については報告書で指摘されている箇所以外にも改竄の疑いのあるデータが含まれており、丁寧に論文全体を調査しているのか疑問を感じました。総説の方は、2016年のBiomed. Res. Clin. Prac.誌のデータを流用していますが、総説内では2016年の論文から流用したことが示されており、また引用も行われているため、なぜ改竄という判定をしたのかはよく分かりません。2016年の論文のデータとして改竄を認定したからでしょうか。2015年の論文はこの分野の論文としては珍しく単著ですので、全責任は講師にあると考えられます。同じ研究室内で2件の告発があり、それぞれ対応したという図式のように見えます。PIは講師の論文では共著者ではないので、責任を問われていないようです。

北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(2023年)

内部告発により4報の原著論文、1報の総説論文における捏造、改竄が認定されています(調査報告書PDF)。ミスコンダクトが認定された研究者は、大学院生からポスドク、特任助教と立場は変わっていますが、一貫して不正行為を続けていたようです。いずれも25-50%程度の図表で不正が認定されており、不正が常態化していた可能性が高いです。被告発者は実験記録も不完全で、杜撰な研究の典型的なパターンのひとつに該当します。また、論文投稿の際に気付くことができるような異常な図表がノーチェックで、また学術誌の査読でも注意されていないというところに、現代のサイエンスの病的な側面が現れています。面白い、インパクトのある物質であれば、本当に合成できているかどうかはどうでも良いというのはかなりまずい状況だと思います。PIの責任が比較的強めに認定されている点は評価できるところかと思います。Scienceはともかく、領域の専門誌であるJACSの審査が緩いのは危ない傾向だと思います。
WPIプログラムの不正事件は2件目ですが、名古屋大学のPIと今回の研究室のPIは同門であり、両者は関係の深い研究室です。二人とも一流と目されるラボから独立した将来有望な研究者だと思いますが、大型研究費を取り続ける圧力が強かったのでしょうか。研究コミュニティが評価のあり方を再考しない限り、メトリクスを追い求めて破綻する研究者は今後も後を絶たないような気がします。

広島大学医系科学研究科(2023年)

大学院生による内部告発によりポスター発表における捏造があることが指摘され、調査の結果、捏造が認定されています。日本では既に学術誌に発表された研究成果が調査の対象となり、未発表データや競争的資金の申請書における不正は取り上げられることがありませんが、この事例はポスター発表という点で珍しいケースです。調査報告書(PDF)を読む限り、元助教には故意性が感じられますが、監督責任を問われた教授についてはかなり厳しい評価が下されているようにも見えます。

東北大学生命科学研究科(2023年)

大学院生による捏造、改竄が認定されています(報告書PDF)。ひとつの論文については指導していた助教が不正に気付いて、自ら撤回しており、研究コミュニティへの影響を回避することができたようです。博士の学位論文の主要な部分でもあったことから、同時に学位が取り消されています(PDF)。再現性があれば、データの使い回しや操作は許容されると考えていたとのことですが、これはよくある意見です。実際には再現性があるかどうか曖昧なものも含まれることがあります。調査報告書は社会に対する影響を評価するのに紙幅を割いていますが、捏造、改竄された論文の書誌情報が公開されていません。取消を宣告された学位論文のタイトルから追跡できるかもしれませんが、結構な手間がかかります。これでは研究コミュニティに対する責務を果たしたとはいえないでしょう。

岡山大学国立循環器病センター(2023年)

岡山大学教授が国立循環器病センター在籍時に実施した研究に対する捏造、改竄の不正認定。2021年3月にPubPeerで指摘があったことが発端ではないかと思われますが、研究機関をまたいだ調査が実施されています。PubPeerの指摘が詳しいですが、相当な数の不正行為が認定され(113箇所の捏造)、おおよそ研究論文の体をなしていないものです(岡山大学調査報告書PDF国立循環器病センター報告書PDF)。ヒト試料の利用についても倫理指針不適合が認められています(報告書PDF)。Nat. Neurosci.誌に掲載されており、引用数は既に100を超えているとのことです。不正認定は筆頭著者であり、責任著者でもある岡山大学教授のみが対象ですが、共著者の役割に対する追及はありません。不正行為をしていないとすると、共著者はこの論文にどう関わったのでしょうか。関わっていないのであればギフトオーサーとして認定されるべきでしょう。国立循環器病センターはこれまでにも倫理審査のスキップ、不正論文に基づいた臨床研究と相次いで事件を起こしており、今もって臨床研究の実施が許されていることは疑問です。組織的なガバナンスの問題があるのではないでしょうか。追記:「職場の内外を問わず、法人の信用を傷つけ、その利益を害し、又は職員全体の不名誉となるような行為をしてはならない」に該当する結果として懲戒解雇処分が下されました(大学告知)。ほぼ架空の研究が誰にも気付かれることなく共著者の承認を得て有力学術誌への掲載にまでこぎ着けていることは大変異常なことです。この背景に何があるかはしっかり調べた方がよいのですが、幕引きが急がれているように見えます。

大阪医科薬科大学(2023年)

医学部の講師(発表時は退職済)による捏造、改竄が認められています。文科省にはフルの調査報告書が送付されているのだと思いますが、公開される版の研究機関によるバラツキは酷いものだと思います。ガイドラインに基づき、抜け道を探すような対応を取らないようにしていただきたいです。研究不正の告発、調査には、研究記録の訂正という機能が求められています。これは即ち現在公表されている論文が不適切であることを社会に報告し、それらの不正研究の結果に追随して研究資源を浪費することがないようにすることが目的です。今回公開されている報告書では、不正が認定された研究者が誰なのか、そしてどの論文に問題があったのかを知ることができません。また、本調査委員会の委員の名前が開示されていないことも責任のある対応とは言えないでしょう。

札幌医科大学(2023年)

大学のwebサイトでは見つけることができなかったのですが、報告書(PDF)は開示されています。教授が、研究成果の半分程度に寄与した共同研究者を当初は第一著者とするとしながら、投稿時に共著者から謝辞での言及に格下げしたというオーサーシップの不正。当該論文の責任著者の助教は共著者としようとしましたが、教授が拒否しています。共同研究の成果であることから盗用という訴えについては退けています。調査委員会は告発者を共著者とするよう勧告しました。医学部に多いですが、研究成果は研究室のものであり、よってPIである教授が自由に利用できるという誤解が根強くあります。調査委員会が告発者の貢献を確認し、オーサーシップについて適切な勧告を行ったことは高く評価できます。特定不正行為ではないものの、不正行為に関与した二名は実名です。

宇宙航空研究開発機構(2022年)

宇宙空間におけるストレスの実態を明らかにすることを目的として実施されていた科研費による研究課題において、データの捏造、改竄が常態化しており、適切な実施が不可能となっていたことが報告されています(報告書PDF)。実施計画、実施体制、モニタリング、全てにわたって杜撰な活動であったことが明らかにされており、発覚から報告までの遅れも含め、研究機関としては相当拙い状況にあることがうかがわれます。捏造、改竄を認定しながらも、研究発表が行われていないことから、研究不正事件としては取り扱われていません。このあたりもガイドライン改善点かもしれません。宇宙飛行士が責任者を務めているのですが、多忙を理由にプロジェクトが適切に管理されていませんでした。JAXAには研究機関としての顔もあるはずで、忙しくて実施できない研究課題を掲げて科研費を獲得している理由がどのあたりにあるのかが不明です。プロジェクト管理能力に疑問符がつくような研究者が宇宙飛行士として適任であるかは疑問ですが、宇宙飛行士としての適格性には問題がないという評価をしています。全体として組織が医学研究を軽視していることは明らかですが、今後改善があるかどうかはわかりません。

福井大学子どものこころの発達研究センター(2022年)

査読審査プロセスにおける不適切な行為(査読偽装)として、子どものこころ発達研究センターの教授、および教員2名(1名は既に退職)が関与を認定されています(概要PDF)。当該教授は、学術誌における査読者の推薦の仕組みに従い査読者を推薦し、それらの査読者が当該教授に連絡を取り、査読コメントの作成を依頼し、これに応えるという形で「自作自演」の査読コメントが作成され、それがそのまま学術誌の審査プロセスにのって処理されています。告発のあった2報に加えて、4報において不適切な行為が確認され、査読者側として千葉大学教授、金沢大学教授(既に退職)、浜松医科大学教授(既に退職)、の関与が認定されています。千葉大学からは査読側教員の不適切な行為があったことが発表されていますが、調査の有無、調査報告書の開示は行われていません(千葉大学ニュース)。金沢大学の報告はおそらく本件のことと思われますが、「研究倫理上の不適切な行為」が何かは示されておらず、関係者へのお詫びがあるのみです(金沢大学ニュース)。浜松医科大学では、予備調査委員会が設けられたことが報告されており、元教授が査読に関する研究倫理の知識に欠けていたことが報告されています。毎日新聞の報道では、元教授が「著者に直接連絡して査読コメントの作成を依頼することはあり得る。世界中どこでもある。」と取材に応答したことが明らかにされています。福井大学の報告書にある「この行為は科学者に求められる行動規範及び社会通念に照らし、研究者倫理から逸脱した行為であり、査読審査プロセスにおける不適切な行為(査読操作)であるが、その程度が甚だしいとは言い切れないと判断した。」という結論は4大学で協議して得たものであると推測されますが、査読制度そのものを無力化した行為が「甚だしいと言い切れない」という判断には無理があると思います。福井大学の教授が共著者に指示して偽装コメントを書かせていることは通常はハラスメント行為に相当すると思いますが、この点についての言及もありません。金沢大学の意味不明なwebでの報告もあわせて、医学部における倫理観に沿ってこの種の不正認定が行われることは、研究コミュニティにおいて大変有害です。
追記:福井大教授はムーンショット研究の代表者を辞任しました。研究における品質保証のひとつである査読を骨抜きにしたという研究姿勢には大きな問題がありますので、やむを得ない判断だと思います。(2023年2月)福井大教授は減給、千葉大学は訓告という懲戒処分でした。

麻布大学獣医学部(2022年)

受理前の論文に関して捏造、改竄、不適切なオーサーシップが認定されている点は珍しいケースです。公開されている論文としては21報で捏造、改竄、不適切なオーサーシップが認定されています。本人の実験ノートが一切提出されない状況で、科学的な結論には影響がないと結論しているのは大変奇妙です。学生のノートの提出もなかったとのことで、セミナーのレジュメ等で検証したのでしょうか。調査委員会は全ての論文で撤回を勧告しているので科学論文としての決着はつくようにも思いますが、矛盾した評価のように見えます。主著者は11報については取り下げに同意していないのですが、このあたりの事情は調査報告書(概要PDF)からはうかがえないところです。一般論ですが、大学院生が不在、あるいは極めて少ない研究室では入れ替わり立ち替わり学部生が実験を担当するために、一貫した流れは教員しか知らないという状況が発生します。例えば、自分がやった実験で異なるグラフが発表されていても、別の学生がやったらこうなったという言い訳ができます。こうした状況では独断で不正が行われるというパターンがあると思います。

昭和大学歯学部(2022年)

学術誌の編集長からの依頼で調査が開始されています。対象論文8編における捏造および不適切なオーサーシップが認定されました概要PDF。不正行為は講師1名、不正論文に責任を負うものとして元教授および元助教(当時大学院生)がそれぞれ認定対象となっています。対照となるデータの複数論文における使い回しが捏造と認定されています。不適切なオーサーシップについては、無許可で共著者を追加していたことが当該研究者の責任とされています。関与した大学院生2名の学位が取消となる可能性が示唆されていますが、指導教員によるβアクチンのバンドの使い回しで学位を失うことは少し前では考えられなかった厳しい措置です。きちんと教育を受けていない指導者のもとで学位を取ろうとすると、この事例のように酷い目にある可能性があるわけですが、大学院生に指導者の見極めを要求するのはあまりに無理があります。大学院としての教育責任はどこにあるのか、学位を取り消せばそれで良いのかといった問題は議論されたのでしょうか。京都大学では9報のRetractionのある研究者の博士の学位が撤回されていないことと比較すると、対応のバラツキが大きいと思います。

京都大学大学院理学研究科(2022年)

論文5編に捏造、改竄が認定されています。いずれも撤回が勧告されています(概要PDF)。「いずれの不正についても、論文全体の結論に影響を及ぼす内容ではないと考える。また、不正行為があった論文は10年以上前に発表されたものである。不正行為による画像加工があった論文図に関する実験結果自体は概ね当該分野で再現性があると見なされているものであるため、学術研究の進展への影響は低いと考える。」研究の信頼性を担保するという意味ではこういう説明をしたくなるというのは良く理解できますが、一方で「概ね再現性があると見なされている」みたいな緩い基準を承認するのかという問題は残ります。結論に影響を及ぼさないような部分で、なぜ故意に操作したのかという説明も不十分だと思います。標的タンパク質とは無関係な場所で明らかな改竄がある場合、なぜその箇所を改竄しようとしたのかは問われるべきですし、その他の箇所に改竄がないかどうかは厳しく調べた方が良いと思います。意味のない改竄があるとは考えにくいです。PubMedでは共著は15報あるのですが、全て調査されているでしょうか。PIの研究者の獲得した大型予算とこれら論文業績とは関連性が強いわけですから、これらが不問となるのはいつものことではありますが気になることです。

久留米大学医学部(2022年)

二重投稿、自己盗用、不適切なオーサーシップが認定されています(報告書PDF)。公益財団法人の研究成果報告書において発表した内容を無断で英文誌に投稿したという事案なのですが、同様の案件は精査されていないために見つかっていないことが多いのではないかと思います。実際、この件も研究費使用の不正に端を発しています。研究成果報告書は著作権を財団が保持しているケースが多いので、要注意と言えるでしょう。

東北大学農学研究科(2022年)

二報の論文について、改ざん、盗用、およびオーサーシップ、謝辞の不適切さが認定されています(報告書PDF)。書誌情報が明らかにされていないので、撤回を勧告された論文は同定できません。研究コミュニティに対しては、正確な情報を発信することも研究機関の責務だと思いますが、不正調査委員会にはそうした認識はないようです。風評被害みたいなものですが、こうした公表の仕方は農学研究科の准教授全体に不信感を抱かせるものになりうるという点も注意が必要だと思います。以下の改ざん認定ですが、何が起こったのかを理解できる人は調査委員くらいではないでしょうか。

対象となる2編の論文には、数値の入れ替えと判断せざるを得ない図表があること、有意差があるように見せかけること、複数の実験を一つの実験としていること、本人の説明に曖昧な点が多いことなどの事実から、データの改ざんがあったと判断した。各論文の実験におけるマウスの数が異なっていることについては、いずれも1つの実験で行われたことを示す数値に変えられている。このような数値の変更は、すべて一貫して意味のある数値の変更と解される。これらがすべて誤記によるものであり、偶然の一致であるという解釈をするには無理があると考えられる。

こうした意味不明な文章を報告として公開することが容認されているようでは、研究公正に取り組んでいるとは言えないと思います。東北大学は元学長の不正事件がよく知られていますが、一方で研究公正に向けた取り組みは評価されています。学内のそうした活動との連携が十分であったのか、あるいは研究科の判断が優先されたのか、疑問に思いました。

名古屋大学理学研究科(2022年)

Nature誌において撤回された論文Angewandte Chemie International Editionにおいて訂正された論文ついての調査報告(PDF)。研究不正調査の報告の機能の一つは、疑義のある論文のどこが問題であるかを公に明らかにすることでもあるわけですが、この報告書のように書誌情報を隠してしまうと、単なる不祥事の後始末になってしまい、学術的な意義が失われます。撤回訂正公告はNatureAngewandte Chemie International Edition誌で公開されており、そこには著者の名前も全て示されているわけで、研究機関の報告で敢えて匿名にするのは不誠実な対応と言えるでしょう。当時の大学院生の名前を出さないことを教育効果と考える向きもありますが、本調査報告における大学院生は厳しく批判されており、むしろ名古屋大学のスター研究者である指導教員を守るためかもしれません。大学院生に対して、「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務」を怠ったという「重過失」が認定され、直接の指導者であるB元准教授の指導責任が十分に問われていないことには違和感があります。研究室主宰者への懲戒処分は検討中であるとのことですが、責任著者としての責任を全うしたという判断が下されており、教育上の責任がどの程度考慮されるかが論点になるでしょう。この大学院生が研究活動に対して明らかに間違った認識をもち、データを綺麗にしようとしたのは、指導者の教育の賜物なのではないでしょうか。申立者が、大学院生と指導教員との議論を映像データで持っているというのも珍しいケースだと思います。いわゆる内部告発であることは明らかですが、告発者の保護は行われているでしょうか。(2022.1.25訂正:Nature論文ではなくAngewandte Chemie International Editionの訂正論文についての調査であることをご指摘いただきました。訂正公告からも内容が一致していることが推測できます。ご迷惑をおかけしました。撤回されたNature誌の方の調査は別途進んでいるかもしれませんが、詳細は不明です。)

2022.3.16続報:撤回されたNature論文についての調査結果も報告されました(報告書PDF解説資料PDF)。関連研究についても精査され、2論文がさらに撤回されています。報告書で特定不正行為が認定されたのは元大学院生のみです。元大学院生の実験記録は研究室のルールに反して破棄されており、博士課程1年目から繰り返しねつ造、改ざん行為が行われていたことが認定されています。また、ねつ造した結果を隠蔽するために、他の大学院生が実施した検証実験の結果を差し替えたり、悪質な行為が行われたようです。教授と准教授のスタッフは自発的に不正を申し立てており、調査には協力的であったようです。報告書では両スタッフの指導者としての管理責任が重いことが認定されています。生命科学分野の研究ではないので理解が不十分ですが、Nature誌クラスで要求されるデータ量はかなりのものであるので、大学院生が採択までの過程で不正が明るみに出ないようにやり過ごせたということに驚かされます。報告書では教員からのねつ造、改ざんの指示はなかったということになっていますが、暗黙の協力関係とでも呼ぶべきものはなかったのでしょうか。(3.21追記:教授と准教授が自主的に研究室内で調査を行い、協力的であったことが報告されていますが、この点は非常に拙い対応ではないかと思います。両名は疑義の対象であり、自主的な調査の過程で自らに不利な証拠を隠滅することも可能であるからです。)

京都大学霊長類研究所(2021年)

人を対象とした研究にもかかわらず倫理審査が申請されていないというところから始まった疑義ですが、調査結果では4報の単著論文の捏造が認定されています。被告発者は不正調査に一切協力していないことから、難しい調査であったことがうかがわれますが、自らデータを開示することがなかったということであれば、研究そのものに実態がないという判断が行われるのもやむを得ないです。退職手当が差し止められていることが特記されています。霊長類医研究所による再発防止策は、分野の長、あるいは研究代表者が毎年ノートを確認して研究公正部局責任者に報告するというものですが、励行されるとは考えにくい方策です。霊長類研究所は、研究費の不正使用の問題で事実上解体されることが予定されています。

長崎大学ほか(2021年)

AMEDの「研究公正高度化モデル開発支援事業」に採択されているプロジェクトの調査報告書における盗用疑義に関する不正調査報告書です。白楽ロックビル氏のwebサイトで公開されている文章を盗用した疑義が指摘されていました。このページで比較表など、詳細を確認することができます。報告書では、該当箇所が表組であることを強調し、研究者間のデータ移行において生じた人的ミスであるという解釈で、盗用にはあたらないという結論に至っています。
しかし、例えば、学術論文の本文部分における盗用の事例と比較すると分かりやすいと思うのですが、引用であることを明示せず、地の文と混ぜた形で発表することは典型的な盗用です。仮に、末尾に参考文献として元の論文を紹介していたとしても、どの部分がオリジナルでどの部分が引用であるかを読者が判断できないようであれば、これは盗用と認定されます。共著者とのやり取りの中、いつの間にか引用を明示するためのインデントが消えていたなどという言い訳が通用することはありません。プロジェクトのトップの確認が杜撰であることも許容されています。調査委員において、盗用の概念、論文における適切な表示についてどの程度具体的な議論があったのか気になるところです。別に記事にしたいと思いますが、調査段階で不正に認定したら何が起こるのかに関しての忖度が強すぎるのではないでしょうか。調査委員会は不正の有無を明らかにすることが目的であり、その結果起こることに関しては当該研究機関やファンディングエージェンシーが別途判断することであると思います。この切り分けが出来ていないことが、不正を不正として認定できない、不健全な傾向を生んでいると思います。調査報告書の写し(PDF)

昭和大学医学部(2021年)

原著論文9報を含む100報を越える大型の研究不正です。捏造、改竄の認定は1名の研究者(講師、懲戒解雇)で、指導教員(教授、降格)はギフトオーサー、および監督責任を問われました。また、ギフトオーサーで博士学位を取得した2名の学位は取り消されています。日本麻酔科学会による調査報告書の概要も同時に公開されました。調査委員会の委員の作業量は膨大なものであったことが想像できます。大学の調査報告書では背景についての分析はそれほど深くないですが、麻酔科学会の方では、昭和大学の業績主義や、医局の医師の人事等のために業績を稼ぐ必要があったことなどが指摘されており、不正が認定された研究者はある意味勤勉に義務を果たそうとしていたようです。厳格な処分が下されていますが、背景の事情についてはいずれも検討する価値があるように見えます。Retraction Watchの撤回論文数ランキングに入ってくることは間違いないと思いますが、トップに日本人が占める割合が高いということに加えて、麻酔科で事件が多いことが気になります。

筑波大学人間総合科学研究科(2021年)

博士論文本文の一部と写真データの盗用が認定されています。写真はネットからピックアップされているようです。それ以外には指摘はないので、博士論文の研究としては不正ではないという判断であるようです。全体を見ていないので判断できないですが、引用を適切にすることで回避できたケースのようにも見えます。学位は取り消されており、研究内容が真正であるとすれば厳正な処分です。

名古屋大学(2021年)医学系研究科? 環境医学研究所

大学院生による画像データの差し換えによる改ざんが認定されています。書誌情報は開示されていないので、対象の研究論文は不明です。改ざんを認定しつつも、再実験の結果から論文の結論は支持されるとして、不正の影響は小さいと評価しています。画像を差し替えても論文の結論が些かも影響を受けないとはいったいどういう内容なのか疑問が残ります。「毎朝の研究責任者との1対1でのミーティングにおいても、一日も早く発表するために期待される画像の提出という結果を求められ、相当に混乱した状況で撮影を行っていた」という供述は、指導者の圧力を感じるのですがこのあたりがどう評価されたのかも分かりません。

2022.11.26続報:2021年の報告書では、所属機関や研究者名、書誌情報が全て伏せられていたため、何が起こったのか、何のために発表しているのかが分からないような報告でした。問題となった論文を訂正する際に、指示されていない箇所の訂正が発覚し、そこからさらに複数のねつ造、改ざんが見つかるという酷い顛末が説明されています(報告書PDF)。調査の問題点としては、初回の調査では論文内の他の図表の根拠となるデータの精査が不十分であったということになるでしょうか。論文の結論は変わらないという評価は今回でもまだ匂わせているのですが、これだけ杜撰なことをやってのける研究者が別の場面では誠実とは考えにくいです。研究者としての基本的な義務を怠ったもので、故意による不正ではないと結論づけていますが、ここまでやって故意と認定しないのは問題だと思います。もう一点は、研究者や書誌情報の公開がどういう基準なのかということです。調査委員会の面子が潰されたから今回は実名なのか、スター研究者を守りたかったが守り切れなかったのか、背景の事情が興味深いです。

沖縄科学技術大学員大学(2021年)

当該論文が2019年5月にChem. Commun.誌に発表された直後に、内部告発があり、調査の結果、改ざん、盗用が認定されています。著者は6月に訂正公告を出しています。不正が認定されたことで大学側は論文の撤回を求めていますが、責任著者は同意していないため、懸念表明(Expression of concern, EOC)が行われるようです。研究倫理委員会は外部委員5名、学内委員3名、外部弁護士1名という構成です。責任著者の研究者は停職6ヶ月という処分を受けていますが、一方で共著者の関与の程度は退職者が多く完全には明らかに出来なかったようです。研究室の他の論文についての調査までは行われていないようです。実験ノートの記録、管理の不十分さが指摘されています。研究大学としての性格が強いOISTですので、厳格な処分を行ったように見えます。

追記:Retraction Watchの記事によると処分を受けた研究者は不正を認めておらず、大学とは係争するようです。

国立循環器病センター大阪大学(2020年)

5報の研究論文における、大阪大学医学部附属病院・元医員/国立循環器病研究センター生化学部・元室長によるねつ造、改ざんが認定されています。既に退職しているため、いずれの組織においても懲戒解雇相当の処分がなされました。大阪大学は5年以上は調査対象でないと思いきや、2013年の論文も不正認定されています。塩野義製薬が資金提供するJANP試験(「非小細胞肺癌完全切除症例に対する周術期hANP投与の多施設共同ランダム化第Ⅱ相比較試験における網羅的遺伝子解析」)の根拠となる論文が含まれています。形式的には合致するかもしれませんが、外部委員に大阪大学関係者が多く、調査委員会の構成員には偏りが認められます。循環器病センターの報告では、「特定不正行為が認定された3本の論文が掲載されているジャーナルそれぞれのインパクトファクターおよび各論文の被引用回数を勘案すると各論文が当該学術分野および社会に及ぼした直接的な影響は、高くないと判断した。」という驚くべき評価が示されています。低IFの学術誌には明らかな嘘が掲載されていて良いというのでしょうか。また、事件の背景の解析は「個人が特定不正行為を行うに至ったとされる状況と原因は必ずしも明らかではないが、研究者として極めて未熟な考え方を有し、それが今回の特定不正行為につながったと考えられる」と非常にあっさりしています。このような個人ベースの責任論を認めているようでは、今後も同様の不正は後を絶たないでしょう。今回の調査対象ではなかったのですが、Proc. Natl. Acad. Sci. USA誌のメガコレクション(Retraction Watch記事)として有名な論文の筆頭著者も同一人物です。こちらもJANP試験の理論的背景となった研究であり、さらなる調査が必要でしょう。PubPeerの指摘を見る限り、こちらの論文でも不適切な行為があった可能性を考えるべきでしょう。2015年の第30回 先進医療会議・先進医療合同会議の議事録を読むと、不備の多い計画がこの論文が後押しとなって認められたような雰囲気も感じられます(厳しい指摘が数多く行われたにも関わらず「適」とされたことにも注目するべきでしょう)。

追記(2021年):追加調査の結果が報告されました。PNAS誌に掲載された論文においても特定不正行為が認定されており、JANP Studyは中止という判断が下されました。PubPeerの指摘や研究不正告発があったにもかかわらず、2018年はじめの時点で本格的な調査を実施しなかったことについては、その経緯が精査されるべきでしょう。被験者、この場合はがん患者が協力しているということを考慮すると、国立循環器病センターの対応には疑問が残ります。ベネフィットが期待できない臨床研究はリスクのみを被験者に押しつけるものであり、許されるものではありません。背景等をまとめました(記事)。

追記(2023年):厚生科学審議会(臨床研究部会)の議事録が公開されています。第20回開催分をご参照ください。PMDA理事長は、本件は基礎研究の不正であって、臨床研究中核病院としての資格とは全く無関係ということを強く主張しています。基礎研究に疑義があったときに、直ちに臨床試験の見直しができなかったというガバナンスの問題だと思うのですが、本件を文科省のせいにしているようでは教訓として活かすことにはならないでしょう。組織のあり方やレッドチームの不在といった問題にはふれずに、共著者の処分が不十分という主張があったり、国際的な議論と比較すると論点が周回遅れではないかと感じます。国立循環器病センターに対して融和的な意見が大勢を占めていて、再発防止は本質的な部分で困難という印象を持ちました。

工学院大学工学部(2020年)

2件の論文で改ざんが認定されています。報告書(pdf)では不正が認定された研究者の氏名は明らかにされておらず、撤回が勧告された論文についても書誌情報は不明です。文科省のガイドラインでは、不正認定があった場合は情報公開を行うことが定められているのですが、最近は形骸化が酷いと思います。自分たちが定めたガイドラインが蔑ろにされていることについて文科省は反応するべきでしょう。文科省、あるいはJSPSと十分な協議をしながら調査報告がまとめられたのであれば、文科省が自らガイドラインを骨抜きにしていることになります。不正が認定された論文について、これをいち早く知らせることは研究コミュニティに対する責務ですから、大学の姿勢にも問題があるといえるでしょう。

徳島大学口腔科学教育部(2020年)

既に撤回されている論文に関する調査結果の報告です。ねつ造、改ざん、および不適切なオーサーシップが認定されています。報告書(pdf)からは、教授が固執するストーリーに沿わない実験結果を出していた大学院生が、最終的には圧力に屈してしまったという構図を読み取ることができます。元大学院生は助教を務めていたようですが、博士の学位が剥奪されています。元大学院生を守るという意図で実名を出さないようですが、首謀者といえる教授の名前まで公開していないのは問題です。また、オーサーシップについては共著者の同意なく勝手に追加したという報告になっていますが、それが何のために行われたのかは説明されていません。研究内容の一部は共著者である学長の専門分野と思われますが、不適切なオーサーシップの詳細は報告されていません。

関西医科大学(2019年)

ディオバン事件における京都府立医科大学の教授は、基礎研究においてもミスコンダクトが指摘されていました(研究不正の追求で有名な11jigen(申立では顕名)による指摘)。この調査は、当該の教授が助教授の時代に関西医科大学において発表した論文が対象になっています。2012年に調査委員会が設置されていますが、結論に至るまでにはかなりの時間がかかったようです(3年ほど提出されずに放置されていたことが後から報道されました)。公開された調査報告書はミスコンダクトの生じた原因や教訓という意味ではほぼ情報量がゼロに近いものでとても残念です。おそらく実験ノート等の資料の保全に問題がある状況であったことと想像できますが、これだけの時間をかけているわけですからもう少し内容のある報告書を公開していただきたいです。

神戸学院大学薬学部(2019年)

依願退職した元助教が改ざんの実行者として認定され、同研究室の教授は元助教に対して研究業績をあげるよう強いプレッシャーを与えていたことが認定されています。「研究室全体や研究室内の個人単位で、論文の本数や競争的資金の獲得も含めて高い業績達成目標があり、目標達成のために数多くの実験、学会発表、論文の作成・投稿等が求められていた。」とありますが、この背景については説明がありませんでした。個人的なアカデミックハラスメント、あるいは学内における昇任規定が厳格、といった様々なケースがありますが、詳細は不明です。

動物愛護団体のPEACEが大学への質問とその回答を公開しています(2019.10.25)。研究コミュニティに対する責任を果たすという意味では不正が認定された論文リストの公開は早急に行うべきだと思います。日本学術振興会による公告はこちら

愛知学院大学歯学部(2018年)

ミスコンダクトの背景にオーサーシップの問題があることは山崎茂明氏の著作をはじめ指摘がありますが、本件においてもいくつかの問題点があったことが調査報告書(PDF)に示されています。「完全分業体制」を主張し、生データや実験ノートを確認せずに執筆した共著者、完成された論文を確認しただけのラストオーサー、実験に主体的に関わっていない筆頭著者、といった共同研究の枠組みの異常が目立ちます。研究科に入って半年ほどの大学院生に筆頭著者があてられた背景には、若手を対象とした助成金や褒賞があるかもしれません。「本学は研究者を不正行為に追い込むような環境を形成しないよう配慮する一方で、本学行動規範を無視し意図的に極めて悪質度の高い特定不正行為を行う者又は行った者については、研究環境から排除することも視野に入れ適切な対応を取る。 」という結び、そして他の論文への調査の必要性が言及されている点は良いと思います。追記:大学HPから削除されています(2020年確認)。大学名を長い間誤記しておりました。失礼しました。訂正いたしました。

2020年11月20日に追加調査結果が発表されました。「愛知学院大学における研究活動上の不正行為に関する追加調査結果について」調査報告書はこちら(PDF)です。

中心的な役割を果たした2名の研究者の氏名が記載されております。文科省のガイドラインからの逸脱が常態化している中、適切な対応です。両名の共著20報(2013-2017年)が調査対象となっています。全編で実験が実施された証拠が得られず、ねつ造が認定されています。また、主体的に関わらず論文も執筆していない研究者が筆頭著者になるというオーサーシップの不正が全調査対象者について指摘されています。不正に関わった主の研究者は調査に応じていませんが、求めに応じたデータの提出がないことからねつ造認定されています。共著者についてはその行動と責任が細かに調査、認定されています。学位の自主的な返上が2件行われています。不正研究者が重宝され、周囲の研究者が学位や研究費等を獲得するという構図は弘前大学の事件と同様であり、このパターンは実際にはかなり存在するのではないかと思います。調査報告書の全文は入手できませんが、不正行為の認定が丁寧であること、疑いのある論文の書誌情報が完全に公開されている点は、不正調査報告書として必要な要件を満たすものです。

京都大学iPS細胞研究所(2018年)

どのような内容のミスコンダクトであるかが丁寧に説明(PDF)されています。一次データからの捏造、改ざんは極めて発見が困難であり、ノートの管理や共著者による監視といった品質管理の手法には限界があります。告発が適切な調査につながり、こうして資料が公開されることについては高く評価する必要があります。一方、筆頭著者にのみ注目が集まることは問題で、今後以下の点も調査することが望まれます。

・殆ど全ての図でミスコンダクトが認定されているが、実行者が筆頭著者であるとするならば、共著者はこの論文にどのような寄与をしたのか。

・筆頭著者の過去の研究業績の密度は極めて高いが、それらの論文では適切に共同研究が行われていたのか。研究室の運営は東京大学の分生研の事例のような異常なものではなかったのか。

琉球大学医学研究科(2017年)

2010年の告発からかなり時間がかかっていますが、不正が認定された研究者は既に懲戒処分を受けています。当初は解雇でしたが、研究者側が処分を不服とする裁判を起こし、琉球大学との間で和解が行われました。この際に、大阪大学医学部における研究不正事件が引き合いに出され、懲戒処分が重すぎるという主張が行われました。主導者と認定されている教授はRetraction Watchの撤回論文数ランキングにも登場し、海外からも注目を集めました。琉球大学、あるいは長崎大学でどのような発表が行われたかが分からないのですが、日本学術振興会(JSPS)、科学技術振興機構(JST)から、それぞれ不正の認定の報告と、競争的資金申請資格の停止についての発表が行われています(JSPSの報告JSTの報告)。第三次調査後、文科省、JST、JSPSとの協議が開始されてから約4年後に大学からの報告書の提出があったという時系列が示されています。どこで時間がかかったのかは分かりませんが、協議が長引きすぎていると思います。後始末を想起させるような、後ろ向きな制度設計がこうした事態を招いていると思います。行政の側も担当者を増員した方が良いでしょうし、大学側の協力が得られない際には強制的な措置を執ることも場合によっては必要なのかもしれません。

名古屋大学医学部附属病院(2017年)

ディオバン事件では唯一、ミスコンダクトが認定されず撤回されていなかった名古屋大学のNagoya Heart Study (NHS)ですが、学外からの指摘を受け、再調査が実施され、論文の撤回が妥当(PDF)とされました。当初の調査報告と比較すると、研究機関の調査には不正認定を回避するバイアスが強くはたらくことがうかがえます。再調査が実施されたことは高く評価できます。追記:大学のHPからは削除されたようです(2020年確認)。

鳥取大学医学部(2017年)

研究活動不正調査委員会は9名で構成されており、4名の外部委員のうち1名は弁護士、1名はAPRINの市川家國教授、2名はエルピクセル株式会社の方です。外部委員と称して利益相反の生じる他大学の研究者を招聘するケースが多い中、理想的な外部委員構成だと思います。調査報告書の概要(PDF)では公開すべき情報がきちんと開示されており、意義のある調査です。使用した研究費の帰属は難しいことは想像できますが、論文投稿料のみという認定が定着することは良くないように思います。杜撰な調査しかできない大学や、隠蔽を継続する大学との格差は大きく開いており、文科省は鳥取大学のような事例を高く評価する必要があります。

弘前大学医学部(2017年)

おおむね報道と同じ内容ですが、詳細な調査報告書は開示されていません。本件では、ミスコンダクトを認定された教授は既に死亡しており、不服申立てができない状況にあるため、調査内容の開示は公正な調査であることを示す唯一の機会であるはずです。学長の関与、給与の自主返上と言った対応については公告では言及されておらず、このような不誠実な取り扱いが常態化することは問題です。研究内容に関与しない共著者とはギフトオーサーに他ならないわけですが、撤回された論文を業績リストに並べて申請、獲得された過去の研究費には何の問題もないというのでしょうか。

Science誌には"Tide of lies"として強い批判の記事が掲載されています(2018年)。その後、Nature誌にも弘前大学をはじめとする事件に関与した研究機関の対応を批判する記事が掲載されました(2019年)。日本語で読めるまとまった記事は、『サイエンス誌があぶり出す「医学研究不正大国」ニッポン』、『ネイチャー誌が糾弾~日本発最悪の研究不正が暴く日本の大学の「不備」』(榎木英介、Yahoo!ニュース個人)が詳しいです。

2019年の時点で、日本骨粗鬆症学会は、最新の治療ガイドライン(PDF)として本件で撤回された複数の論文が参照されたガイドラインを公開しています。また、自身もRetraction Watchの撤回論文数ランキングに登場する共同研究者は2014年に学術振興賞を受賞しています。学会独自で調査委員会を設立しても良いレベルの研究不正事件に対して、当該学会は社会的責任を放棄した状態です。捏造論文に基づく不適切な治療は実施されていないか懸念されます。

群馬大学大学院保健学科研究科(2017年)

当初の複数の報道(例:NHK NEWS WEB)では、論文の実験データに改ざんがあったことと、SNSによる大学、教員、学生への中傷が懲戒解雇の理由とのことでした。調査報告書では改ざんが認定されています。研究行動規範委員会の構成員は11名中9名が群馬大学の教員で、学外の委員2名の所属は明記されていません。「…不正行為を行ったとは特定できていないものの、不正行為があったと認定した研究に係る論文等の内容について責任を負う者と認定する。」不正の詳細は不明ですが、誰が改ざんを実行したかは分からないが、責任著者としての責任を問うという内容です。こうした不十分な調査報告書が前例として蓄積することを懸念します。(追記:調査報告書を読む限り、調査は真摯に行われたようです。一方で、調査報告の公開は不十分であり、社会からの疑念を招くものです。追記:大学のHPから削除されています(2020年)。)

東京大学分子細胞生物学研究所(PDF)(2017年)「研究論文における調査報告について」(PDF)「データ解析結果」(PDF)

東京大学「22報論文の研究不正の申立てに関する調査報告」(2017年)

Ordinary_researchersという匿名のグループにより告発された疑義に対する調査報告。8月4日の段階では、概要が示されているのみで、全体像や不正が起こった背景、そして合理的な疑義が不正なしとされた根拠等については公表されていません。大学webサイトによる情報提供では、記者会見時よりも情報が絞られているようです。

分子細胞生物学研究所における研究不正に関する追加調査報告」(2017年)追加調査分ではミスコンダクトの認定はなかったという報告です。東京大学の今後の取り組み(PDF)では組織の抜本的な見直し、および再発防止の取り組みに言及されています。当該研究所のみならず、東京大学全体の取り組みに関する記載もあります。医学部にかかる疑義についてはこれを看過する方針を承認した総長が、研究公正に向けてリーダーシップを発揮するというのは些か矛盾した印象を与えます。

本件に関する調査報告書に対する情報公開請求として開示されたものと思われる資料(PDF)が「日本の科学と技術」に掲載されていました。調査報告書の問題点、特に医学部にかかる疑義に関する詳細な指摘があります。調査報告書の適正さや質を評価する組織が存在しないということは、即ち、書類を作成すればどんな結論でも一件落着になるということを意味しています。利益相反の状態にある研究機関の執行部に無条件の公正さを期待するという考え方は制度設計の誤りだと思います。

2021年3月8日に本件にかかる情報開示請求に対する不開示を支持した審査会報告が出ています。文部科学省のガイドラインにおいて、不正が認められなかった場合には調査報告書を開示する必要はないとされていることを根拠に東京大学の判定を支持しており、不正認定自体が間違っているという可能性を検証する道を閉ざしています(調査が適切なものであったかどうかについて、利益相反を抱える研究機関自体の判断を丸呑みすることは明らかに不適切です)。このような評価が定着すれば、利益相反の関係にある研究機関が不正を隠蔽した場合に、その真相を明らかにすることは永遠に不可能となってしまいます。このような議論が成立するのは、研究不正は懲戒対象となる行為であり、大学にとって重要な教員や組織に汚名を負わせるわけにはいかないという考えがあるからではないでしょうか。研究不正の調査は、不正が起こる過程を知り、そこから教訓を得るという、教育的な効果を本来の目的としていますが、研究機関にはそうした研究公正の推進に貢献するためのインセンティブが十分に与えられていません。

大阪薬科大学(2017年)調査報告(PDF)

「不注意により異なる実験のデータ・画像を使用していた」ものが何故捏造と認定されないのか疑問です。研究不正としてガイドラインに定められているFFP(捏造、改ざん、盗用)認定を無理やり回避した疑いがあります。誠実さに欠ける調査報告書です。

残念ながら削除されてしまい、現在は確認できません(2020年追記)。

国立長寿医療研究センター(2016年)

不正行為の認定の基準が明確で、再実験の意義、著者による論文訂正の取り扱いなど、模範的な調査報告です。関係者の対応も研究者による自浄作用のあるべき姿を示しています。披告発者の意見(反論)が追加で掲載されました。認定された不正との対応を比較することを通じて、研究のあり方に関する認識の相違を理解することができます。

熊本大学大学院生命科学研究部(2015年)

部外者は確認できないようになっています。公開されているとはいえない状況です(2017年8月確認)。

理化学研究所(STAP細胞論文)(2014年)

研究不正再発防止の提言書(2014年)研究不正再発防止のための改革委員会(岸輝雄委員長)

東京大学分子細胞生物学研究所(2014年)懲戒処分の公表について(2017年)

筑波大学生命環境系(2014年)

名古屋市立大学大学院医学研究科(2012年)

大学のHPからは削除されたようです(2016年9月確認)。丁寧な調査報告書なので残念です。

三重大学大学院生物資源学研究科(2012年)(PDF)

東邦大学医学部(2012年)日本麻酔科学会・藤井善隆氏論文に関する調査特別委員会による報告(PDF)

東北大学歯学研究科(2009年)

「歯学研究科における研究不正疑義に関する全学調査委員会」によるもの。大学のHPからは削除されているようです。

上記の調査により認定された研究不正が、学位論文に及ぶ(ほぼ同じ内容であるため)という判断に基づき、博士の学位授与が取り消されました。(東北大学HP、2018年)

大阪大学大学院生命機能研究科(2008年)日本分子生物学会論文調査WGによる報告(PDF):大阪大学からかなり詳細にわたる報告書が公開されていましたが、非公開となったようです。

記者会見、懲戒処分等が確定した事件であっても調査報告書が公開されていないケースがありますが、そのような対応は再発防止という観点では望ましくないでしょう。調査報告書の質も様々で、検証や聞き取り等、優れた資料として有効なものもあれば、そうでないものもあり、少なくとも一定のフォーマットの整備が必要であることが理解できます。文部科学省の2014年の新ガイドラインには調査報告書に必要な記載事項の一覧が示されており、今後は一定の形式で研究不正案件が報告されることになります。