ギフトオーサーの得るもの

2018年11月25日

京都薬科大学 田中 智之

文科省の定める「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」における研究活動の定義は、論文等を通じて成果を発表するというところに重点があり、公開された論文における不正行為が主な対象となっています。アメリカの連邦法では、これがもう少し拡大されており、競争的研究費の申請書における捏造や改ざん、あるいは審査を通じた盗用なども不正行為として追及できることになっています。実際に審査のプロセスの中で申請者のデータの不正が発見されることは稀だと思いますが、論文におけるミスコンダクトが認定された研究者を対象として、過去に受領した公的資金の申請書が精査されるケースはあります。研究費の審査はオープンなものではありませんので、申請書において示されているデータがフェイクであるかどうかを検証する機会はほとんどありません。採択された研究のその後の展開を審査員が知るようなケースでは、事後的に申請書内の不正に気付くことがあるかもしれませんが、それが事件となることはないように思います。NIHのグラントの長大な申請書と比べると、科研費の申請書はシンプルであり、グラフや写真といったデータを直接示すことは少ないです。こうした背景から、わが国において研究費の申請段階における不正行為についてはあまり議論に上りませんでした。

Science誌にTide of Liesという恥ずかしい見出しで取り上げられましたが、見立病院と弘前大学を舞台にしたミスコンダクトの調査では、ミスコンダクトを認定された研究者1名(自死された可能性がScience誌の記事では示唆されています)に全ての責任があり、その他の共著者は「ギフトオーサー」であるという評価が行われました。複数の論文で共著者となっている方もいるので、架空の臨床研究という枠組みに誰も気がつかないというのは理解しにくいところですが、弘前大学は少なくともそういう主張をしています。こうしたケースにおいて、ギフトオーサーである共著者が競争的資金に申請する際の研究業績に当該論文が含まれているようなことがあれば、これは虚偽の申請ということになるでしょう。研究不正(FFP)という認定にはならないかもしれませんが、疑わしい研究活動(QRP)というカテゴリーには入れることができるでしょう。研究費の審査では、申請者が過去にどのような研究を進め、どのような実績を上げてきたかという点は評価の対象になります。研究計画の優劣がより優先する基準ではありますが、申請された計画をこの研究者が本当に実施できるのだろうかという懸念が生じた際にものを言うのは過去の実績です。あるいは、研究計画の骨子が過去の研究成果に依存している場合、ギフトオーサーがその種の申請を行うことはかなり詐欺的です。延長線上の研究について研究計画を申請するのであれば、元の研究はその研究者が実際に遂行したものでなければいけないことは当然でしょう。ギフトオーサーは本人にはその自覚があるはずですから、言い逃れがしにくい事案ではないかと思います。

競争が質をあげるというコンセプトは、競争が公正である限り有効です。捏造や改ざんにより作成した高インパクトジャーナルの論文や、ギフトオーサーで得た論文を業績として主張することは、公正な審査を歪める行為です。業績の水増しは人事評価の際にも効果を発揮します。貧弱な研究経験しか持たない研究者が、ギフトオーサーを駆使することを通じてまともな研究者の顔をすることの弊害は非常に大きいはずです。研究公正を推進する上で、ミスコンダクトに関わった研究者を処分することに拘ることは上策ではありませんが、競争的研究費の申請書における嘘を抑止するためには、実例を公表することも必要だと思います。不適切な研究費執行では公的研究費の応募制限が厳しく課せられる一方で、ギフトオーサーはお咎めなしということではバランスが悪いでしょう。ギフトオーサーと称して不正研究に対する責任逃れをするのであれば、架空の業績をベースにして受け取った研究費は返還するべきでしょう。