日本生化学会シンポジウム
「これからの研究者はどうあるべきか?」(2021年)

2021年11月4日(オンライン)

榎木英介(科学・政策と社会研究室)、田中智之(京都薬科大学)

シンポジウムの趣旨

プロジェクト型研究や任期制の拡大といった近年の科学研究政策の変化は、研究者のキャリアを不透明でリスクの高いものにしており、結果として研究力の低下を招いています。私たちはどうすればこの状況を変えることができるでしょうか?例えば、政策決定者がどう考えているかを理解することや、科学研究を取り巻く人たちとの対話と協働に加わる必要があるかもしれません。また、社会に溶け込む研究者が増えれば、科学研究の支援者は増えるかもしれません。このシンポジウムでは科学研究政策、研究公正、科学コミュニケーション、新たに結成された日本版AAASを取り上げ、こうした問題を考えていただく契機にしていただくことを目的としています。講演後はパネルディスカッションを通じて議論を行う予定です。

Recent changes in the policy of promotion of scientific research, such as expanded project-based research and term limits, have made the researchers’ career paths more uncertain and risky, leading to a decreased research activity. How can we change this situation? It may be necessary for us to understand what the policy makers think and to join in the dialogue and cooperation among the stakeholders. Further integration of researchers into society may increase the number of supporters of scientific research. In order to raise awareness of these issues, this symposium focused on the themes of science policy, research integrity, science communication, and newly formed Japanese AAAS. We will discuss these issues through a panel discussion after the talks.

講演

「イントロダクション」榎木英介

「わが国の研究力低下と復活に向けた方策」豊田長康(鈴鹿医療科学大学)

「ステークホルダーと共に創る文部科学行政」斉藤卓也(文部科学省)

「研究評価と研究不正」田中智之

「科学ジャーナリストから見た研究者コミュニティ」瀧澤美奈子(日本科学技術ジャーナリスト会議)

パネルディスカッション

豊田長康、斉藤卓也、瀧澤美奈子、吉田秀郎(兵庫県立大学)、榎木英介

進行:田中智之

質疑応答(フロアからいただいたものは、公開を前提としていなかったため一部割愛しております)


榎木:斉藤さんへの質問がたくさんあります。(パネリストの)吉田先生からですが、文科省の様々な事業はとてもありがたいのですが、事業が5年程度で打ち切られることになるところが弱点と感じています。博士課程の学生支援策は時限付きの事業でしょうかという質問です。

斉藤:どうして5年ぐらいで打ち切られるのかっていう話ですが、長く続くような事業は運営費交付金の事業としてやっていただいて、新たな挑戦で費用がいるというときに入れるのが外からの予算ですと言う名目でやっているものがほとんどなので、(事業としては)短く終わっちゃうのが実態だと思います。ただ、本当に3年、5年ですぐに成果が出るのかというのは、内容によっても相当違いがあると思いますし、実際、例えばWPIとかCOIといった、拠点を作って成果を出してもらうような時間がかかる事業については、10年とか15年といった期間でやっているものもあり、内容によって工夫はしていると思います。個人的にはもうちょっと長くてもいいのかなって思うところもあるので、引き続き議論した方が良いと思っています。博士支援については、補正予算で始まったものの、かなりの部分については10兆円基金の運用益、年間3000億円出てくる中で博士支援はやりましょうという話になっており、基金自体は40年から50年は維持をして、その先は、各大学しっかり基金をもって運用できるような体制を作りましょうというものが長期ビジョンです。ここについては3年、5年でいきなり終わるという計画ではありません。

榎木:基礎研究が除外されていくのではないかという懸念を表明されている方もいらっしゃいますが、その点はいかがでしょうか。

斉藤:純粋な好奇心に基づく研究が、税金でしかできないのかという問題ですが、日本は高齢化が進んで社会保障費がどんどん増えていく状況にあるので、国力が低下していけば自然と(税金による支援も)減ってしまうということかもしれませんし、国力の低下があっても基礎研究の維持を志向するのであれば、社会保障よりもそういうものを大事にするという国民の意思決定が必要です。そのためにも(基礎研究の)必要性を訴えていく必要があると思っています。もう一つの論点ですが、社会課題解決に近い研究もそうですけど、本来もっと社会なり企業なり、地域のコミュニティと一緒になって進めた方がいいテーマの研究にもかかわらず、ほとんど連携接点がないということが批判されているのだと思っています。本当はそういうところで、例えば企業側からお金とか人とかも含めて、もっとリソースを出してもらって、より社会に貢献する形で進めていくということが理想形だと思います。海外でも全ての分野が同じような資金でやっているわけではなくて、時代のトレンドなり社会課題に応じて、企業や役所からお金がとれる分野はどんどん外部資金を取ってくることで組織自体はある程度余裕を持つ。そして出てきたその余裕で外部資金がなかなかとれないような、好奇心に基づくような分野の支援をしていて、全体としてはハッピーであるという事例があり、それこそまさにマネジメントの経営であると思うのですが、そういうものを目指してくださいということだと思っています。

榎木:斉藤さんへのフロアからの質問です。大学予算の純増が難しいというのは理解できますが、お金の配分にはほぼ必ず何らかの改革がついて回る現状に問題意識はありますでしょうか?

斉藤:研究を進めるためにはお金が必要で、また社会の理解も必要です。社会の理解を求める活動、結果として自分の研究環境を良くすることに時間や労力を割くということが、自分の仕事の一部と思うかどうかにもよるところだと思います。政策立案側からすると、研究の現場からのリアルな要望や課題が聞こえてこないのに、なかなかこちらだけで勝手に絵を書くわけいかないです。ある程度のところまでは一緒に事業を持ち寄って一緒に考えて作るっていうことをやらないと、文科省だけが動いてやる事に対して文句だけ言っているだけではなかなか生産的ではないし、なかなか世間を説得できないのではないかと個人的には思います。制度改革がついてまわるのは、社会の理解を得るためには制度改革として訴えていく必要があるからだと思いますが、そのやり方として、例えば今は何でもかんでも公募制になっていて、例えば10件、ものすごい労力をかけて研究機関に申請してもらっても2つしか通りませんだと、その他の8件の準備は、もしかしたら無駄な時間になるのではという問題があって、そういうものについて工夫が必要だとは思っていますが、一緒に考えることが必要じゃないかというふうに思っています。

パネルディスカッション


田中:斉藤さんに質問が集中いたしましたが、研究費の純増が必要というのが最初の豊田先生のお話であったと思います。そこで、まず豊田先生からその点についてご追加いただきたいと思います。

豊田:海外の多くの国に対して競争力を高めるためには、研究基盤を海外と同じ、あるいは近い状態にするのが必要条件だと思います。その上でいろんなことをやらないと、がむしゃらに鞭を打って日本の研究者に頑張れ、頑張れといって基盤力の差を縮めろといっても、それは無理な話だと思います。それはデータを分析するともう明らかです。今日は韓国を比較対象に取り上げましたけど、ヨーロッパの国と比較すればもっと差があるわけです。とりあえず韓国との差を縮めると言うことを国民が求めるのであれば、大学への純増の研究資金を投資するべきであるということになると思います。国民は韓国に追いつかなくても良いと思うのであればね。それはやむを得ないわけですけど。

豊田:韓国との(研究費の)差(が)(年間)6000(億円)と述べましたが、その使い道、内訳が大切です。例えば極めて高額の機器を買っても、やはり人を増やさないと。人というのは、研究者かもしれないし、研究補助かもしれないし、あるいは研究時間を確保するためには、教育者を増やさなきゃいけないということかもしれませんが、とにかく人を充実させないと海外と戦えない。これもデータを調べてみたら、明らかなことなのです。少ない人数で高額の研究機器にお金をかけていても、まあノーベル賞は取れるかもしれないけど、日本全体の研究力としては、世界に追いつかないです。極めて高額の研究機器を要するような研究は、今後はやはり国際共同研究で進めるべきだと思います。今、大事なのは、やはり人に投資をすることだと思います。

田中:斉藤さんにどんどん負担がかかるような流れになってしまうのですが、純増の話もそうですが、分厚い中間層をという訴えがなかなかうまく伝わらない。斉藤さんと個人的に話をすれば、「選択と集中」なんかそろそろ止めてもいいのではいう話になるのですが、実際にはそうはならない。何が妨げているのかということについてはいかがでしょうか。

斉藤:豊田先生の説明で、純増が必要、そもそもの投資が少ないというのはおっしゃる通りだと思うのですが、ではなぜ日本はそれができていないのかということを考える必要があると思います。日本人として、日本の研究力がどんどん落ちて良いとか、イノベーションが全く起きない、どこかの国の下請けになるような国を目指しているなどという人は多分一人もいないはずで、それにもかかわらず、なんでこうなっているのか。研究の周りの社会の動きなり、そういうものをちゃんと捉える必要があるし、それに対してどのように訴えかけていくのかということを考える必要があると思います。よく言うのは、研究者の方が文科省だけに文句を言っていてもだめで、どちらかと言えば文科省は100%の力で大学現場を活性化しようとして外と戦っている人達なのに、その人たちの足を引っ張っているだけでは全然前に進まない。どちらかというと、私達に外と戦う武器を持たせてくださいという話なのじゃないかと思うのですよ。さらに言うと、我々と財務省との関係も同じようなもので、財務省も予算を決める立場ではあるものの、他の予算と比べて科学技術イノベーションにもっと投資すべきだという姿勢で財務省の中で戦ってくれる人たちもいて、その人たちにはちゃんと説明して、彼らが使えるような武器を渡す必要があるのではないかと思っています。それは多分、政治もそうだし、マスコミもそうなんじゃないかと思っていて、我々としてこういうことをやりたい、こういうふうにやると社会がもっと良くなる、今よりももっといいことがあるっていうことを、我々自身が積極的に発信をして行かないといけない。ただ待っていて文句を言っているだけでは前に進まないのかなという気がします。例えばですけど、純増といったらすぐどうぞとならないのはなぜかというと、例えば今の研究規模、これだけ日本の国力全体が落ちてきている中で、今まであった大学の規模なり学部の規模なり、分野の規模を本当に維持する必要があるのですかって言われた時に、どこまで答えられるかということがまずあると思うのですよね。18歳人口が半分に減っているのに、大学の数はどんどん増えているじゃないですかとか、例えば産業的にはほとんど雇用がなくなったような分野なのに、なんでその学部はずっと同じ規模で今もあるのですかとかですね、そうした問いに答えられてないのだと思うのですね。そこはもうちょっと柔軟に社会の変化に対応しなきゃいけないところもあります。一方、社会の変化に抗って守らなきゃいけないものがあるのであれば、それはそれでちゃんと社会に言わないといけないはずです。何もせずに元のままやっているように見えてしまっているところがあるので、そこは外に見せていかないといけない面なのかなあと思っています。

田中:何もせず元のままやっているというところで、そうではないよというところを吉田先生からお話していただけるかと思いますが、いかがでしょう。

吉田:いや、文科省の努力がなかったら、豊田先生のグラフはもっと急激に下がったと思いますね。本当にそういう意味ではありがたい。私が学生の頃は科研費でポスドクを雇えないような時代ですから、本当にそういう意味で、改善をされてきていると思うのです。ただ、先ほど質問しましたが、やっぱり時限があるというのは大学側としては困難なところがあって、例えばリーディング大学院にうちは採択されたのですけど、リーディング大学院に採択されている間は学生さんに給料をちゃんと20万円払えるのですけど、その事業を終わってしまうと、後は大学の方で何とかしてくださいと。この事業は呼び水として、最初の立ち上げのところでやっているだけであって、あとは大学でしろと言われると困ってしまうし、学生さんも非常に意気消沈してしまうっていうところがあります。今は、過渡期だとは思うのですが、文科省の方々も事業のそういうところを是非考えていただきたいなと思います。

吉田:あと、今日のパネラーの方々、非常に良いのですが、ひとり欠けているとしたら、やっぱり若手、学生さんとかポスドクの人の意見が吸い切れていない。本当に博士課程に学生さんが進学しなくなってきていて、特に優秀な学生さんほど企業に行ってしまうという現実があって、それはもちろん、博士課程の経済的支援が足らないってこともあるのでしょうけど、それだけじゃなくて、たぶんその後のキャリアですよね。ポスドクまではいけるかもしれないけど、その後どうなっていくのか(将来が)全く描けないし、先輩の姿を見ていると本当に絶望するしかないというところがあって、このままでは本当に数年、10年ぐらいで、日本の研究者は駄目になるような気がしているのですが、そのあたり斉藤さんいかがでしょうか。

斉藤:吉田先生がおっしゃるような問題意識があって、だからこそ、説明でも申し上げた博士課程の支援を一気に倍増しましょう、みたいな話になっているのですね。年間の予算でいうと、200億とか300億とかっていうオーダーで一気に支援を増やしているので、まあものすごい方針転換が行われています。そんなことが実現したのは、社会がそれだけ博士課程に期待しているからだし、大学に期待しているからです。いい流れというか、地方大学とか10兆円基金も含めてですけど、全体として期待はされているし、追い風も吹いているっていうことだと思うのです。社会の期待があって、そうなっているので、その期待に沿うようなその対応なりが今後できるかっていう話だと思います。そういう意味で私個人的に気になっていることは、10兆円ファンドができて、年間3000億予算が投入されますというのが方向性なのですけど、3000億もあるのだったら、こんなふうに大学の現場変えられるよとか、研究コミュニティこんな活性化するよと、だからこういう風に使うべきという提案がもっと大学側、研究者側からあってもいいんじゃないかと。全然そういう話を聞かないのですよね。せっかくお金が来ることが決まったのですから、それをうまく使うということに、もっと興味をもって発信したりとかっていうのをしていただいた方が良いのではないかなと。発信いただいてというか、文科省も一緒にやった方がいいということだと思います。

田中:ありがとうございます。生化学会の若手にも声をかけたのですけど、なかなか登壇してもらえなかったです。それは我々のコミュニティの問題で、(登壇した結果)どうなるかわからない(ので不安)みたいなことを言われました。こうした面も我々が改善すべき問題だと思います。純増の話と関係があるのですけど、社会が応援しているっていう中にも、アンビバレンツなところがあることが瀧澤さんのお話の中で出てきましたので、例えば、大学とか研究者がどうすれば、社会を味方につけられるか、そのあたりのご意見があれば是非お願いしたいです。

瀧澤:今の状況が悲惨だっていうことは、だんだん皆さんのおかげで浸透してきていて、一部の心ある国民の方からはもっと研究者の待遇の改善をという声があると思うのですが、先ほどが斉藤さんの話もありましたけども、その先ですよね。科学者がどういった精神でもってこの社会を良くしようとしているのかをぜひ語っていただいて、(研究者が)どういう集団なのだということを認識していただくことが大事だと思います。このCOVID-19の時にも思ったのですけれども、日本の科学技術政策は、元々のアカデミアの成立からしてそうなのですが、やっぱり優秀な官僚が取り仕切ってきたところがあると思うのです。それは非常に大事なことだと思うのですけれども、一方でボトムアップの声が、最初はハレーションをおこすかもしれませんけれども、イノベーティブな声を上げてという意味でいろいろな提案をして目に見える形で物事が動いていくと、みんな支援したくなるのではないかと思います。

田中:ボトムアップといえば、榎木先生は長らくそういう活動を続けてこられたわけですが、そのあたりはいかがですか。最近変わってきていますか。

榎木:私たちは、科学コミュニケーション、サイエンスコミュニケーションというNPOを立ち上げたりして、いろいろやってきていますし、アウトリーチ的なものは増えてきているような感じがしますが、結局一部の人が盛り上がるだけで、主体的になっていかない、マスとしての大部分は結局、昔とそれほど意識が変わっていないような気がします。科学と社会っていう方向性を持っている人はあまりいませんし、いたとしても大体みんな知り合いみたいになってくるし、なかなか広がりがないです。それはそういうことをするインセンティブが全くないからだと思うのですよね。義務でアウトリーチしますみたいな仕組みがあるとしても、評価軸にそれが入ってないですよね。むしろ逆に時間を食って、これだけ忙しいのに、そんなことやるのかっていう話にもなってくるし、向いている方向が今日なんかも特にそうですけど、斉藤さんに質問ばかりです。政府に何とかしてくれしか言わないのですね。まあ、そうなのだろうなとは思うのですけど、なかなかコミュニティとしての自律性とか自主性とか見えてこないです。お上頼みみたいなところがなかなか変わらない。この20年ぐらい活動していて、なかなか変わらないなあと。もちろん少しは変わっているんですよ。変わっているし、その科学コミュニケーションが重要だって話にもなるのですけど、例えば10年前の原発事故、今回のCOVID-19、科学コミュニケーション、全く役立っていないじゃないか、結局いらないじゃないかって、科学者側というか、研究者コミュニティ側からコミュニケーションいらないでしょうみたいな話まで出て来てしまって、結局こうしたことを繰り返しているわけですよね。巨大災害が起こるたびに、科学コミュニケーション入りません、みたいな話が出てきて、振り出しに戻るみたいな感じになっていて、なかなかつらいなあっていう感じがしています。

田中:豊田先生のようにデータをもって説得していこうというシニアの偉い先生ってのは今まで全然いらっしゃらなくてですね。私はその辺りもすごく変わってきたという印象を持っているのですが、豊田先生から見て今の榎木先生のお話や瀧澤さんのお話はいかがですか。

豊田:やはりデータでもって示すっていうことは、本当に大事なことだと思います。私は法人化の時に三重大学の学長をしておりまして、その時には国立大学の予算が削減されていました。国立大学協会では、私は医者なので附属病院の経営担当だったのですが、かなり病院交付金が減らされて、全国の国立大学病院の経営がすごく危機的な状態になったとことがあって、これを財務省にご理解いただくためにはデータを揃えるしかないということで、いろんなデータを集めました。はじめは附属病院の経営のデータでした。しかし、その過程で、附属病院の経営だけ考えていれば良いかというと、そうではなくて、やはり大学附属病院ですので、教育もやらないといけない、研究もやらないといけない、地域貢献もやらないといけないということで、その時から研究のデータも取り始めました。そこが私の研究データ分析の始まりです。必要に迫られてやらざるを得なかった。そうした分析をもっと国立大学協会でもやるべきという話になったのですが、全国をいろいろ探してみても、そういう研究・分析をやっている先生がいませんでした。最終的には私ひとりだけで全部やらなきゃいけないことになったわけです。(結果については)国立大学協会としての報告もさせていただいたし、そして「科学立国の危機」というデータの塊のような本を執筆しました。やはり、基本的なデータを説明するというのは国民の理解を得る上で本当に大事、財務省だけじゃなくて、国民に正確に説明することがすごく大事だと思うのですよね。日本の論文数が世界と比べて、こんなに酷い状況になっているということすら、国民の方はあまりご存じないし、そしてまた大学への研究資金についても世界的に見て先進国最低だということもご存知ないわけです。今回のコロナ禍においても、報道機関は、病床数は世界一なのにどうしてコロナ患者を収容できないということばかり報道していましたが、世界先進国の中で医者の数が1番少ないということはほとんど報道されませんでした。こういう基盤力が世界と比べて、本当にもうプアーな状況であるという基本的なデータすら国民に理解されていない。まずはそこからだと私は思います。そこをしっかりご理解いただいた上で、これだけ酷い差がある状況で、日本の研究者はこれだけ頑張っているのですよ、そういうことをご理解いただかないといけないと思うのですよね。それから斉藤さんがおっしゃるように、国民の皆さん、納税者の方にご理解いただくためには、やはり研究者が好き勝手にやりたい研究をやっているという風に受け取られると、これなかなか難しいわけです。やっぱりお金を出していただく一番大きなスポンサーは国民ですからね。どこの国でも大学の研究には税金が一番多く投入されているわけです。公的資金を投入していただかないと世界と戦えないということは、データから一目瞭然なのですよね。その時、研究者が好き勝手な研究をしていて、その自己満足のために税金を使われるのかと思われちゃうと、はなからご理解いただけないわけです。ところが、瀧澤さんはいろいろよくお調べになっていると思うのですけど、大発見とか社会に役立つ研究の多くは研究者が好きでやっている研究から生まれたものです。そういう事例はたくさんあります。そういうことを国民に理解いただく必要がある。

豊田:もう一点大事なポイントは、私はポートフォリオだと思うのですね。一部のお金は一見無駄になるように見える基礎研究に投資しましょう、一部は応用研究に投資をしましょう、一部は皆さんの地域の課題解決にあてましょうというものです。そのポートフォリオの最適な比率は分からないのですが、これはやはり政策決定者や政治家が決めるべきものだと思うのですよね。もう一つは、これは斉藤さんのおっしゃる通りなのですが、研究所とか大学が地域の人たちから孤立していてはもう絶対ダメで、やはり地域の皆さん、国民の皆さん、そしてあるいは研究者同士でもコミュニケーションをとる、いわゆるエコシステムを作る。これがもう絶対大事だと思います。例えば、私が三重大学の学長時に作ったのは、地域イノベーション学研究科、これは補助金をいただかずに自前で作りました。このコンセプトは、地域の課題を研究テーマにして学生さんに研究していただく。地域のやる気のある中小企業さんとの共同研究を課題にします。教授の先生が自分のやりたい研究を学生にさせるというものではなくて、教授の思い通りにならないかもしれないけど、その学生は地域の地元の企業さんと一緒に共同研究、あるいは地域が欲している課題を研究する。そして教員はいろんな地域の人たちと一緒に学生を指導すると、そういうコンセプトなのです。もう創ったのは10年以上前になりますが、小さい大学院ですが未だに続いています。一番びっくりするのは、修士課程は若手が入ってくるのですけど、博士課程の90%は地域の中小企業の若手の社長だったということです。そういう面白い現象も起こったのです。地域と大学の先生が、あるいは研究所の先生が、どっぷりと地域とのエコシステムを作らないといけないです。

田中:瀧澤さんのお話の中で、ハブ、あるいはフィランソロピストの話が出てきましたが、日本だと同じような人というのはなかなかいなくて、違ったやり方をしないといけないかなと思うのですが、日本はこうしたら良いというお考えはいかがでしょうか。

瀧澤:税制上の制度も違いますし、一朝一夕にそういう社会慈善家を期待しても難しいと思います。国際的に見れば、大学も基金に頼むような動きがどんどん出てきて、日本の大学もひとつは海外に目を向ける必要があるのかなと思います。その他に、経済界との意見交換も必要で、日本の企業は内部留保がすごく多くて、海外の大学にすごく投資しているのだけれども、日本の大学には少ないという話もあります。そこのあたりでもっと意思疎通ができて、制度もできてくると、また違ってくるのかなという期待をしています。

田中:AAASというサイエンスを発行していることでよく知られている団体がアメリカにあって、ここは行政との人事交流や科学教育についても発信していて、非常に存在感があります。日本でもそうした組織を作ろうという話があるのですが、今回もコミュニケーションの不足という話がたくさん出てまいりました。日本版AAASの計画には私も関与していて、実はここにお出でいただいている演者の皆様も委員であったり、あるいは顧問であったりします。いろいろな立場の方がコミュニケーションを取る場というものがあることは良いことではないかと思いました。

榎木:地域との関係とか、企業との関係とか、大学の基礎研究を巡る議論が、全か無かみたいになっていますが、ポートフォリオという考え方がものすごく重要だなと思います。役に立たない研究は全部切るのかとか、すべて役立てろとか、そういう極端な意見ばかりなので、社会とのコミュニケーションの中で、今、財政が厳しいかちょっと厳しめなのだけど、これぐらいは確保しておきますとか、地域や産業に役立てる研究はこれぐらいやりますとか、というそういうことをしっかりと考えていかないといけないです。反対、賛成みたいになっちゃっているのがまずいと思いますね。それはやはりコミュニケーション不足だと思います。今日、斉藤さんに質問が集中したことからは、文科省と研究者のコミュニケーションが不足していることが如実にわかってしまいました。そういう意味でも、日ごろのコミュニケーションっていうのができるような、そういうスキームっていうのですかね。そういう仕組みがもっとあればいいなって思いますし、AAASが日本でできるとしたら、そういう役割を果たすのかなあと思います。

田中:30分のパネルディスカッションではなかなか語り尽くすことはできません。またこうした場を別の機会に持つことができればと考えております。本日は演者の皆様、吉田先生、榎木先生、どうもありがとうございます。また、参加いただきましたみなさま、どうもありがとうございました。

謝辞

シンポジウム企画「これからの研究者はどうあるべきか?」の機会を賜りました、第94回日本生化学会大会会頭・深水昭吉先生、パネルディスカッションの内容の公開をお許しいただきました日本生化学会のみなさまに厚く御礼申し上げます。