フェイクサイエンスに対抗するには

2017年12月26日

岡山大学 田中 智之

最近の大きなトピックのひとつはフェイクニュースです。フェイクニュースは、世論を誘導することを目的とした印象操作です。その内容は全てが嘘であることはまれですが、一方で効果的に挿入された嘘を指摘するためには一定のコストが必要です。反論側には正確性が要求され、ひとつでも間違っていればフェイクニュース側の仕掛けた混乱に巻き込まれてしまいます。フェイクニュース側は根拠を確認する必要がありませんから、自分たちの都合の良い情報をスピーディーかつタイムリーに発信することができます。

科学研究の分野でも近年では「フェイクサイエンス」の躍進が著しいように思います。STAP細胞事件は比較的早い段階でフェイクであることが明らかになりましたが、国の研究機関を舞台に、有名な研究者を巻き込んだ大がかりな仕掛けでした。東京大学の分生研では二つの大きな事件が起こりましたが、いずれもフェイクの研究成果をもとに大型研究費を獲得しています。ラボのメンバーにはフェイクの研究業績を活用して教授に昇進した例もありました。海外の例をあげると、虚偽の研究成果をもとに連邦予算を詐取した疑いでデューク大学が告発されています。臨床の分野では、ディオバン事件や武田薬品の「ゴールデンクロス」といった事例で、フェイクの臨床試験結果をもとに競合医薬品に対する優位性が喧伝されました。内閣府のImPACTでは、科学的に十分検証されていない結果をもとに企業が自社の製品を大々的に宣伝するといったきわどい事件がありました。革新的な診断機器「エジソン」を旗印として、世界でもっとも成功したスタートアップとして有名なセラノスは、「エジソン」がうたい文句通りの発明ではなかったことが発覚して退場を余儀なくされました。誇大広告が疑われるものから、詐欺事件として考えた方が良い事例、あるいはミスコンダクトまで、その中身や様式には大きな幅はありますが、いずれも「フェイクサイエンス」という観点から考察することができそうです。

ライフサイエンスにおける公的資金投入の「失敗」はこれまで殆ど解析の対象になっていません。関連領域の研究者であれば誰もが知るような失敗事例はたくさんあります。国が支援し軌道に乗らなかったベンチャーもたくさんあり、「死の谷」などといった言葉でひとくくりにされていますが、「フェイクサイエンス」がベースであったために撤退を余儀なくされたケースもあるでしょう。「フェイクサイエンス」は悪意がなくても発生します。プロジェクトを主導する研究者は自信たっぷりでも、ラボの研究レベルが低いために再現性が担保できないことは珍しくありません。「フェイク」と呼ぶことは厳しいかもしれませんが、与える影響は悪意の有無とは関係がありません。

畑村先生が提唱した「失敗学」では、実際に起こった失敗事例の収集が重要であり、これを専門家が解析し、その内容を広くシェアすることが、再発防止やプロジェクトの水準の向上に資するとされています。しかしながら、ライフサイエンスにおける「失敗」事例の蓄積は殆どできていません。有名なSTAP細胞事件ですら、そもそもどうして素人同然の研究者がプロジェクトリーダーになったのかすら明らかではありません。大型プロジェクトや国策ベンチャーの失敗は風化するがままに任されています。研究機関におけるミスコンダクトも、一定期間が経てば調査報告書は非公開となることがしばしばです。

ライフサイエンスの「失敗」を対象として研究をしようとした場合、まず直面する障害は入手可能な資料が乏しいことです。アカデミックコート、あるいは第三者機関の設置はこうした「失敗」事例をアーカイブするという意味でも役に立つものです。現状は報告書の保管は研究機関任せですから、5年、10年といった区切りのタイミングで貴重な資料が散逸してしまう恐れがあります。蓄積した失敗事例を解析することにより、どのような性格をもつ研究プロジェクトが危ないのか、どのような審査体制に代えればリスクを下げることができるのかといった課題に取り組むことができます。現状はそうした研究を行うための環境が整備されていません。

「フェイクサイエンス」では、素人向けの魅力的な宣伝材料が作成されます。また、虚偽の成果をベースに新たな研究課題を申請することもあります。審査する側はこれらの仕掛けを見破らなければいけません。しかしながら、現状はノーガードといって差し支えないでしょう。審査する委員の中には「フェイクサイエンス」の存在を知らないという方もいらっしゃると思います。巨額の研究費、研究人材の雇用、特許申請、起業と言った経済的な利害関係が錯綜するビッグプロジェクトにおいて、牧歌的な時代の基礎研究と同様の性善説をベースとした運用が許されていることには驚くほかありません。

関連領域の研究者が疑いを抱くような研究を国が支援することはあっても良いとは思いますが、その際には十分な説明責任が果たされるべきです。また、結果として「フェイクサイエンス」であった場合には、再発防止のための調査を実施する必要があるでしょう。科学研究や高等教育に対する公的資金の投入に厳しい目が向けられている現状において、「フェイクサイエンス」への対抗策が一切講じられていないことは大きな問題です。フェイクニュースへの対応が困難であるように、「フェイクサイエンス」問題も一筋縄ではいきません。しかし、だからといって何もしない理由にはなりません。

・「フェイクサイエンス」を見破るためには、資金配分のタイミングを遅らせることが効果的です。斬新に見える研究成果に再現性があるかどうかはすぐには判明しません。国際的に追試が行われることや、発展的なフォロワー研究が続くことがオリジナルの研究の信頼性を担保します。

・国際的な競争を理由に投資を急ぐ場合は、資金配分と並行してコアのデータの再現性を検証するべきです。全体の予算の1-3%程度を再現性検証のための受託研究に充てると良いでしょう。利害関係のない第三者グループが受託研究として再現性の検証を行い、その過程のデータを全て資金配分機関に供託することにより、「フェイクサイエンス」に投資するリスクを減らすことができます。

・研究費の申請時にかかげられた目標については、事後にこれを検証し、何が達成され、何ができなかったかを一覧表として分かりやすく社会に公開するべきです。バラ色の将来を描く空疎な提案を減少させる効果があるはずです。

・「フェイクサイエンス」の研究費申請をポジティブに評価した審査員は、一定期間は大型予算の審査から自動的に外れることにした方が良いです。「フェイクサイエンス」に関わる研究者を採用した場合も、同様に推薦者はしばらくは人事から外れるべきでしょう。

・「フェイクサイエンス」の事例を収集し、「フェイクサイエンス」を分析する研究を推進する必要があります。「フェイクサイエンス」研究の成果は、国のプロジェクトだけではなく企業活動においても有益な知見となるはずです。