011 安易に誉めないで?

(2007-09-15頃作成、2011-06-18頃修正)

「異性にどんなことを言われたら嬉しいか?」って感じの話題を彼とはしたこともある。

この種の話題をすることは稀なのだけど、稀なだけに印象深く今でも会話の細部を思い出すことができる。

「わたしもね、女の子がどんなことを望んでいるか?どんなことを言って欲しいか?って、少しは分かってきたよ」

こんな感じで彼は切り出してくる。

彼は、女心も男心も分からないような人だと思う。せっかくネタを提供してくれるのなら、話に乗ってみよう。

「うーん、どんなこと?わたしに言ってみてよ」

と笑いながら、わたしは応じた。もちろん、冗談。

「わたしが望んでいることを言ってみろ」というわけでもないし、

「わたしがどんなことを言って欲しいか言ってみて」と言いたいわけではない。

「まあまあ。ちょっと、落ち着いてよ。相手によるからね」

と彼。くすくすと笑っている。

「そういう答えって、ずるいと思うな」

とわたしは言ってみる。ちょっとだけ怒った振り。拗ねた振りではない。

たぶん、わたしがふざけて言っているという事は通じる。

「20歳以上は、女の子じゃないというのがわたしの定義だ」

と言い逃れを彼がする。

きちんと突っ込んであげないと。

ツッコミは愛情という説もあるし。

「ん、そう? でも、さっきの女の子って言い方は女性って意味で使っていたでしょう?」

とわたし。

「そうだね。女性って意味で使った。・・・ごまかせないな。失言・・・っていうのかな?こういうの。でも面と向かって『女の子が望む物』を言うのはちょっと恥ずかしいな。今は勘弁してくれる?」

顔を下に向けて、上目遣いでこちら見て言う。

わたしは笑いながら、

「仕方がないなぁ」

と言って、赦す振りをする。そもそも怒っていない。だから、赦すも何もないのだけど。擬似的な抗議と擬似的な赦し。

ごっこ遊びであって、まあよくやる。彼はちょっと黙ってしまった。

・・・

彼の呼吸のリズムの僅かな変化。目や口や顎などの僅かな動きから読み取れる表情。会話の間(ま)。

彼が何か「とっておきのこと」を言おうとしているな、って感じる。

「とっておき」というのは、たぶん「わたし以外には決して話さないだろう」って思えること。

彼のコアに近い感情や、考え方、哲学とか、そういうの。この予測は滅多に外れない。わたしは彼の話す準備ができるまで少しだけ待つ。

数秒後、予測通り彼は話し始める。

「・・・『どんなことを言われたら嬉しいか』は、なんとなくわかるけど、わたしが女だったらそんなこと言われたくないかな」

「そんなことって、だからなんなの?」

とわたし。

「"安易に誉めること"・・・かな。安易に誉められるのは、わたしは嫌だな」と彼。

「えっと、例えば、外見を誉める場合とか?」とわたしはたずねる。

「まぁ、そうだね。これは尊厳の問題だと思うな。尊厳なんて言葉を使うと馬鹿馬鹿しいかな?」

誇張し過ぎだとは思うけど、意図は伝わる。彼は続ける。

「たとえ、心をくすぐる、気持ちよい言葉だったとしても『馬鹿にされている』って気がすると思うんだよね。ガキ扱いされていると感じると思う。『社交辞令って大切だよね』って思ったりすると思う」

わたしは、この「社交辞令って大切だよね」って言葉に強い皮肉を感じるな。彼は「内実が伴っていない、表層だけが華美なもの」を大嫌いなんだよね。まあ、敢えてここの観点には何も言わないで、

「続けて続けて」

と、わたしは彼を促した。

「『クリティカルなことを言うつもりないな?』、『自分の知性を示そうとしていないな?』、『わたしの精神や心に入って来ようともしないな?』って感じかな。それがマナーだとも思う。でも、それは、『踏み込んできていない』ってことだと思う。安易な誉め言葉とかお世辞とかを言う相手もやだし、そういうお世辞だと分かっていても、嬉しいと感じてしまう自分もむかつく。・・・何でこう思うのかな。わたしの価値体系の中では、それはたいしたことじゃないと見なしたいことだから・・・かな」

「なんか面倒な価値観だよね。この世で生き難いって言うか」と、コメントした。でも、わたしは彼が言いたいことがなんとなくわかる。

彼は話をゆっくりと続ける。

「できることなら、わたしの価値体系を汲み取って・・・」

彼の「価値体系」とかそういう言葉をすんなり受け入れてくれる人は、わたし以外で何人いるのだろうか?って思う。

「普通無理だよ、それ」

と、ちゃちゃを入れる。そう、「普通」は無理なのだ。

彼は軽く目を閉じている。何かを思い出しているような表情。そしてゆっくりと話す。

「うん、まぁそうだよね。わたしの価値観をちゃんとリサーチしてもらった上で、わたしの目標とわたしの努力とその成果をそこそこ的確に見積もって正当な評価をして欲しいな」

そして、それは「普通」は無理だ。

「無理だよそれ。ありえないありえない」

彼の価値を知って、または知ろうとする人は彼の周りにわたし以外でどれくらいいるのだろうか?

彼のことをわたし以上に知っている人はどれくらいいるのだろうか?

わたしは、話す機会も多いし、けっこう彼のことをわかっているつもり。でもその見積もりとは異なる一面を見せる時もある。

・・・。

全部分かり合えることなんてありえないということは、理屈ではわかる。

・・・。

心の中で小さなため息。軽く瞬きをして気持ちを切り替える。

彼は話を続けている。

「過大評価してしまったり、過小評価してしまったりしないで欲しい。"自身の評価はあてにならない"から、他人の評価をわたしはとても望む」

気持ちは分らなくもないので、一応返答。

「まぁ、そもそも誉めるってそういうことかもしれないけどさ。誉めるって言うより正当な評価というべきかなぁ」

なるほど、って感じで頷きながら彼は言う。

「そうか、誉めるじゃなくて評価ね。わたしの関心は誉めるよりも評価だったかも。先に進むために、わたしは適切な評価が欲しい。だから、上っ面の誉めあいみたいなのにムカムカするのかな」

たぶん、彼は、その種の誉めあいや馴れあいみたいなのが、人と人とをつなぐ重要なものであるという認識も持っているとは思う。それを踏まえた上で、言っている。些末な事と言えば本当に些末な事。でも、逆に言えば、真摯や誠実さってどういうことなんだろう?って問いにもつながっているのだとも思う。

「誰かをきちんと評価したい、誰かにきちんと評価されたい。他の人同士も互いをきちんと評価しあって欲しいって願いに由来するのかもね」

とわたし。

「でも」と続ける。

「偽りのない評価というものは残酷だったりするよね。聞くのは苦しいって感じる時もあるだろうし」

「誰もがいつでも、そんなに強いわけではない?」と彼。

わたしは頷いた。

「そうだね」と彼。

「そもそも評価してくれるって時点でありがたいことかもね」と私は言う。

遠くの方を見ながら彼は言う。

「不適切な評価でも、相手の思考力をはかる指針にはなるしね」

彼のこういう言い方って、ある種の傲慢さと受け取られるだろうな、って思う。

わたしはニュートラルに捉えるけど。むしろ、「控えめだな」って思うくらいだけど。

ふう、ってまた心の中で溜息をつく。気持ちを少し切り替えよう。

「多くの主観を集めれば客観になるかもね」

って言ってみた。

「全体にかかるバイアスをどの程度意識できるかは難しい問題かもしれないけど」と彼は付け足す。

さっきから、わたしが言っていないけど、思っていることの一部を言ってくる。

わたしは、だから、「彼はわたしのことをある程度は分かっているのだろうな」って思う。

他の誰よりも。

だいぶ脱線したけど、誉めることに話を戻してみよう。

最初はそういう話だったわけで、もう少し話したいことを持っているかもしれない。

尋ねてみた。

「『誉めてもらっているのだから素直に喜こべばいいのでは』って、あなたの中の仮想女性人格が思わないの?」

「うん、わたしの中にそういうことを言う人もいるんだけどね。わたしって天邪鬼なんだ。それがメインの考えにはなりえない。こういうのがわたしの瑣末なプライドでもある」

瑣末なプライドかあ。

わたしもそういうのがたくさんあって、たまに周りに適応できず、反発ばかりしてしまう自分が嫌になることがある。

だから、こんなことを聞いてみる。

「ふーん、でも、なんかこういうのを持っていると無駄に精神に負荷がかかるんじゃないかな?」

たぶん、彼もその点でわたしと同じなのだろう。

うんうん、と頷きならが話す。

「そうそう、怒りっぽくなるしね。でも、まぁ、そんなわたしも届かない夢ばかり見ているわけにもいかず、世間擦れしてくるわけ」

「何それぇ」

と言って、思わず笑ってしまう。彼は静かにゆっくりと話す。

「例えばだね。男が女を誉めている場合に出くわしたりする。街中でもいいし、物語の中でもいいよ。テレビでもいろいろあるしね。そういうの見ていて『そんな誉めかたされても嬉しいの? 馬鹿にされてるのでは?』って、思ってしまったりして、いらん事でイライラするわけ」

わたしは黙って聞いている。こんな事で苛立つなんて馬鹿げている。愚かなことなんだと思う。彼と一緒でわたしも愚かなのだと思う。

彼は話を続ける。

「わたしがイライラするのはいつものことだからね。イライラは一瞬で"衝動キャンセラ"で無効化する。『相手にも生い立ちがある』とか『相手の状況では、しょうがないよ』とか。自分で相手のために言い分けを作ってあげて、自分が怒らないようにする」

"衝動キャンセラ"ね。意図は通じる。

前の彼の話とつながっていない感じがするかも知れけど、「届かない夢」とか「世間ずれ」とかは彼のわかりにくいギャグというかユーモア。

彼の「例えば」以下が、わたしの「精神に負荷が・・・」という質問に対応している。

こういう会話に「遊び」を入れられる仲の人は、彼を除いてわたしにはあまりいない。

わたしや彼は苛立つのだけど、普通は苛立たないのかもしれない。

わたし達が嫌う「安易としか思えない誉めあい」も、話している人達からすれば誠実なものなのかもしれない。

でも、まあ、やっぱり馬鹿馬鹿しいって感じてしまう。

「なんかたいへんだねぇ」って「同情する振りをする」振りをする。

つまり、シィンパシィを感じているってこと。

わたしの同意・共感を理解してくれたみたいで、彼は少し真面目な口調で話す。

「怒らないように・・・。自分の精神の健康のためにも。自分が一番考えなければいけない、自分のことで怒る為にも。自分をなだめる機構を一生懸命構築するんだ」

考えると楽しい話題や、是非解決すべき多くの問題、先に進むためにこなすべき多くの課題があるわけであり、些末でくだらない事に関わってはいられない・・・。

でも、もしかすると、怒ってしまうようなその手の衝動は、わたし達にとって大事な価値と強い関係があることなのかもしれないとも思う。

でもでも、わたし達は具体的な価値につながることにリソースをつぎ込むべきだとも思う。

ゆらゆらするわたしの心をとりあえず棚に上げておこう。

思いすぎて前に進めなくなるのがわたしの悪い癖。

「なんでそういう変な価値観をあなたは持つようになったのかな。女性を神聖視している?」とわたしは問う。

彼は「うーん」とうなって続ける。

「なんでこう面倒な価値観がわたしに備わったのかな。女性を神聖視しているってこともないとは思うんだけど。理想化とも違うよねえ。もっと単純に考えればいいって、いつも思うんだけどね」

鏡を見ると、自分の事でいろいろ気がついたりする。

録音した自分の話を聞くと、いろいろ気がついたりする。

自分の書いた文章を読むと、いろいろ気がついたりする。

自分の真似をしている人を見ると、いろいろ気がついたりする。

ちょっとした思い付き。実現可能かな?効果はプラスかマイナス?を瞬時に検討。

やってみるかな。彼にうけるといいけど。わたしの中で9割がOKを出したので挑戦。

思考をトレースして、言葉に表してみる遊び。

「ふーむ、そうだねぇ。あなたが自分を客観的に見ることができるように、あなたの中の女性人格をわたしが演じてみよう」とわたし。

「理解度テストみたいなもの?」

と彼は言った。

彼の話を聞いて、どこまで彼の気持ちを知り得たか?という理解度テストとも言えるかもね。

集中する。

わたしは、こほんと、わざとらしく、咳払い、をする。

「えっと、では行きます。」

普段はやらないような事、恥ずかしい事をこれからする。

瞬間的に自分を鼓舞する。躊躇をどこかに追いやる。さて、うん、がんばるよ。元気よく。

「例えば『可愛いね』とか『綺麗だね』とかね。そういうのは『ここぞと言うときに』、『絶妙なタイミング』で言ってくれないといけないの。そうじゃないと、わたしはげんなりしてしまう」

力強く、イントネーションに気を配り、わたしは言う。

先ほどの彼の言葉を通して、この内容に関する彼の思考は大体トレースできたつもり。

「どう怒るかと言うとだね。『それはいつと比べて? 誰と比べて?その意見は主観? 客観?』と聞いてみます」

たいへん攻撃的な口調。ごっこ遊び。尖鋭化したもの、極端なものを見せる。

彼は黙って聞いている。

「次にだね。追い討ちをかけるような返答の仕方としていくつかパターンを考えてあります。

『何故このタイミングで言うの?』

『綺麗? そんなこと知ってます。あんたに言われんでも』

『そもそもあなたの美しさとか綺麗さの基準って何?あなたの価値体系または価値観に疑惑の目を持っているわたしが、あなたに誉められてほめられて嬉しいと思っているの?何か勘違いしていない?』

『あのね、誉めるってことはね、あなた自身をしっかり見せないと始まらないの。わかる? わたしがあなたを立派な人であると認めるとか尊敬するとか、そういう要素がないと始まらないの。せめて共通要素を見出してから誉め言葉を、つまり、わたしとあなたの関係性を語りなさい』

『えっ? 美しさは一般的? まあ、いいけどさ。わたしが言いたいのはね、こう、ぐぐっと乙女心を突き刺すような強さが欲しいわけよ。

だからシチュエーションが大事。ハードボイルド小説じゃないけどさ、短いフレーズを効果的に相手に染み通らせるために舞台から配役から全てを集めてという感じかな』」

彼は神妙な顔つきで聞いている。でも、もう一押しな予感。一気に最後まで。

「自分で言っていて、無理な気がしてきたぞ。なんかめちゃくちゃかも。でも、続けます。

『誉め言葉が、わたしとあなたから遊離してはいけないの』

『尊敬できる相手から、わたしが好きな相手から、わたしが認める相手から、まあ、その基準はいろいろあるけどさ、誉められたいわけだ』

『それも、安易な方法で誉めないで欲しいな。当たり前の誉め方では駄目なわけ』

『そんなのわたしは知っているという事実とかいうのじゃね、駄目なんだな』

『素晴らしい切り口で攻める、という手ももちろんあるけどね』

『わたしが知らないけど、あなたにとってどうしようもないほど価値があること。それをわたしが気がつくことによって、わたしの頑なな心を蕩けさすような、"精神防御フィールド"を破るようなそういうやつだよ。そのためにはその人の生を凝縮させたようなものでないと駄目だろうね』

という感じでわたしが応じた時に、相手が気のきいた台詞で返してくれることを望んでいます」

事前にシミュレーションした部分に、話している間に考え付いたことを加えて3割増しくらいになったかな。一気にまくし立てて、ちょっと呼吸が荒い。

「凄い長広舌だね。いろんな意味で負けました」

と、彼。ちょと笑ってくれた。

わたしはほっとする。ちょっと恥ずかしい。

「ちょっと?」と疑問符で問いかけるわたしの中の一部を、わたしは瞬時に圧殺する。

静かに深呼吸。彼の方を見つめて、わたしは言う。

「言っていて思ったけど、なんか傲慢ですね。こんなんじゃたいていの男に女にも嫌われるのでは?」

「そうかな、とってもかっこいいと、わたしは思うよ」と彼。

「・・・んっ、そう?」って、ちょっとわたしはちょっと首を傾ける。

「すぐにはその感想を理解できない。そういう解釈もあるかな?」って感じのニュアンスを出したつもり。

そのままその言葉を受け取るのは・・・。やっぱり、恥ずかしいかな。

彼はその後も、話を続けている。わたしは言葉を言い過ぎた反動からか、

その後ちょっと静かにしていることにした。意識して口数を少なくする。相づちとかが多めになる。

自分の考えたいことがあるときは、わたしの心をそういうモードにする。

彼の話を50%の頭で聞いて、残りの50%はちょっと別のことを考える。

わたしは、今、誉められたけど、ええ、まあ、嬉しかったかな。

その点はわたしも、「普通の女性なのかな?」 って思わなくもない。

かっこよくても、もてない気もするけど、不特定多数の人にもてたいとはわたしは思わないので、特に問題を感じない。

でも、「かっこいい」・・・か。「かっこいい」・・・ねえ。

わたしが彼に「可愛い」とか「綺麗」とか「美しい」とか言われることはあるんだろうか?

誰かと結婚したときとかに言ってくれるかな?というか、わたしは言って欲しいのかな?

わたしは彼に「強い」って言って欲しい・・・、気がする。

何故なら、彼の評価においてかなり上位に位置するものだとわかるから。

わたしはだから強くなりたいな、って少しだけ思う。強くなりたいから強くなれるわけでもないだろうし。

周りの環境とかから仕方なく強くなってしまうという要素もあるだろうし。

そんなことを考えながら、「わたしって少し健気かな」って思って・・・。

くすくすと笑い出してしまった。

「んっ?何かおかしいこと言った?」

「ん、違う違う、思い出し笑い、じゃなくて、何かな。たいしたことじゃないだけどね。ちょっと別のことを考えてしまっただけ」

と、手を目の前でひらひらさせて、笑いながらわたしは言う。

そして続ける。

「ねえ、わたしのこと健気だと思う」

今までの会話とまったく関係ないことを尋ねてみる。

「ケナゲ?」と彼。

「そう、健気」とわたし。

10秒ほどの沈黙。

「ある意味では」

彼は難しい顔をして言う。

「ある意味では?」

難しそうな顔でわたしも言う。

さらに10秒ほど沈黙。視線の交差。目配せ。

お互い同時にくすくすと笑い出してしまった。