成功裡に終わった大阪・関西万博
一般消費者が培養肉を初体験?!
2026年1月8日公開 中野 栄子(ジャーナリスト)
本記事は、日本食品添加物協会の会員限定向け『日添協会報 Vol.44 No.8』(2025年11月1日発行)に掲載されたものです。2026年1月8日公開 中野 栄子(ジャーナリスト)
本記事は、日本食品添加物協会の会員限定向け『日添協会報 Vol.44 No.8』(2025年11月1日発行)に掲載されたものです。大阪・関西万博が閉幕しました。開幕当初はチケットが売れないとの懸念もありましたが、最終的には採算ラインの2,200万人を大きく上回る延べ2,500万人が来場。「ミャクミャク」などのグッズも800億円売れて、230億~280億円の大きな黒字収支を見込むこととなりました。今回の万博は食の安全についての国民理解を考える上で、大きな意義を見出すシーンもありました。特筆すべきは、日本ではまだ実用化に至っていない培養肉の展示でしょう。培養肉が研究者や開発者などの専門家向けではなく一般消費者向けに、本格的に披露されたのは、日本でほぼ初めてのことです。今回は、実用化に向けて開発やルール化が進む培養肉の状況についてまとめます。
培養肉のサンプルは、大阪府と大阪市が手掛ける「大阪ヘルスケアパビリオン」の「未来 の都市」エリアに展示されました。大阪大学大学院工学研究科、島津製作所、伊藤ハム米久、TOPPAN、シグマクシス、ZACROSによる培養肉未来創造コンソーシアムが主催・運営したものです。展示のコンセプトは「お肉は『店で買うもの』から、『家庭で作るもの』へ」。
個人の健康や好みに応じたステーキ肉を作る未来の家庭用調理器「ミートメーカー」を説明するイメージCGと実際に3Dプリント技術で作った霜降り(筋肉と脂肪の交互の構造)の培養肉が展示されました。霜降りの培養肉は、筋肉と脂肪をチェッカー柄にしたり、万博のマスコットキャラクターのミャクミャク柄まであり、消費者に親しみやすさを訴えていました。
CGが描く未来のキッチンでは、ステーキが食べたいと思ったら、「ミートメーカー」に牛・豚・鶏の肉の種類、赤身か霜降りか、霜降りなら脂肪の割合、加えたい栄養素(鉄分・ビタミン・ミネラル・食物繊維)の割合、大きさなどを入力すると、電子レンジを使うように簡単にオーダーメイドの肉が出来上がる様子を紹介していました。こうした家庭で作るステーキ肉が、動物の命を犠牲にしない新たな食品産業であり、人口増加に伴うたんぱく質の供給不足や温室効果ガス排出などによる環境問題への解決策の1つであると一般消費者が感じるのに十分な演出だったと思います。
ただ、一般消費者にウケていたのは、同じパビリオン内の「ミライ人間洗濯機」。こちらは1970年大阪万博のサンヨー館で展示された「人間洗濯機」に着想を得て今回新たな機能を追加したもので、霜降り培養肉は、話題性ではやや及ばなかったようです。いくらおいしいステーキ肉といっても、見るだけでは実感はしにくかったでしょう。
そこで7月8日にパビリオン内のリボーンステージで行われたのが、「CULTIVATED MEAT JOURNEY 2025 ~知る、感じる、考える。培養肉が創る未来の食~」というイベントでした。専門家のトークセッションと、ステージの観覧席にいる来場者の中から体験したい人を募り、ステージに上がって霜降り培養肉をじゅうじゅう焼く様子を間近で見てもらうという趣向。焼き肉の香り体験をしたエトワール国際知的財産事務所弁理士の吉田美和さんは「肝心の香りはというと、もしこれがブラインドテストだったとしたら、おそらく本物の牛肉だと回答するほど自信があるレベルであった」とメディアにおいてこう評価しました。
まだ実用化されていない新規食品に対しては、一般消費者は未知のものへ不安はもちろん、もっと言えば恐怖をも抱くものです。培養肉の懐疑派や反対派は、培養肉のことを「フランケンミート」と呼び、不安をあおっていることも、消費者の不安を増長しているでしょう。そんな中でいくら安全であると理論的文章で説明しても、感覚的にはなかなか受け入れてもらえません。これまで、歴代の農水大臣がカイワレ食中毒事件ではカイワレを、BSE(牛海綿状脳症)事件では牛肉を、おいしそうにほおばる記者会見の姿をテレビなどで発信し、安心感の醸成に努めてきたものです。
そういう意味では、培養肉を試食できれば、消費者理解に少なからず貢献すると思われます。万博でも、培養肉の試食を目指したそうです。培養肉試食が実用化への大きな弾みとなることは、世界有数の農産物輸出国であり、培養肉発祥の国であるオランダで確認することができます。2013年8月、世界で初めて培養肉がお目見えしたのが、オランダ・マーストリヒト大学マーク・ポスト教授の研究チームによって英ロンドンで開催された培養肉ハンバーガーの試食会だとされています。その後オランダでは2022年、政府のNational Growth Fund が培養肉の研究教育機関や大学などへ助成し、国を挙げて培養肉の実用化に取り組んできました。
そして2024年、まだ培養肉が承認されていないEUにおいてオランダのスタートアップ、Meatableが合法的な試食会を初めて開催しました。Cellular Agriculture Netherlandsの共同創設者として、オランダ国内での培養肉の制度整備・研究推進・普及に尽力しているイラ・ファン・イーレンさんは、万博のオランダ・パビリオンのセミナーでこう話してくれました。「培養肉食品の実用化に向けての大きな一歩です。培養肉の開発においては、当局に承認申請する前に、実際に味わってみることが不可欠です。製品開発のために貴重なフィードバックを収集できるからです。これが他国に頼ることなくオランダだけで実現したという事実は、私たち関係者全員が誇りに思うべきでしょう」。
日本では、培養肉を試食してもよいとも、悪いとも言えません。それらを規制する法律がまだないからです。こうしたことから万博では、培養肉の試食会は行われませんでしたが、見る・嗅ぐ・感じるまでの体験する機会を提供することができました。これは培養肉の社会実装を目指すに当たり、一般消費者が「培養肉とはどういうものか」を実際に理解し、誤解を解消することに大きく寄与したと思われます。また、実用化が先行する海外に向けて、「日本でも培養肉の未来を考えている」というメッセージを発信したという点でも意義があります。さらに、「社会実装に向けた未来宣言」を含む展示を通じて、法制度・コスト・消費者受容などの政策課題を可視化する契機にもなったことは間違いないと思います 。
では、実際に日本で、培養肉の実用化に向けての試食はいつできるようになるのでしょうか。試食するには、安全性を確認し、ルールを規定しなくてはなりません。その検討を進めているのが消費者庁です。9月29日、「令和7年度第2回食品衛生基準審議会新開発食品調査部会」が開催され、培養肉の呼称と今後の規制の在り方(フレームワーク)について話し合われました。
「呼称」は実用化を目指す上でも欠かせない要素の1つです。誤解を呼ばないよう実態を表しながらも、一般消費者にとって受け入れられやすい名称が必要です。かつて、遺伝子組換え食品の「遺伝子」に対して「怖い」とか「神の業を人間が勝手にやってもよいのか」といった拒否感や抵抗感が示され、名称の重要性が確認されたものです。培養肉については、研究者ごとに異なる呼称を使用していることから、概念として共有しにくいという問題もあります。メディアは呼称が決まっていないので、とりあえず培養肉という言葉を使っていますが、魚の場合は培養魚とするのか、など問題もありました。以上の問題を検討した結果、会議では、将来的に念のため適用範囲を動物や魚介類に拡大できる呼称として「細胞培養食品(仮称)」でまとまりました。
今後の規制の在り方は、4つの類型案が提示され、議論した結果、類型1の「行政機関による個々の製品に係る確認・審査型(販売、製造販売等の許可に係る申請について予め定められた規格・基準、評価指針などに基づき、行政機関が製品ごとに確認・審査を実施するパターン。遺伝子組換え食品など)」で進めることになりました。
ただし、これで個別審査がすぐに始まるというわけではありません。これまでの調査部会で安全性のリスク評価についてガイドラインの検討がなされており、継続審議中です。とはいえ、細胞培養食品を試食できるのはそう遠い話ではないと期待したいものです。