2026年2月10日
株式会社トライグループ
代表取締役社長 物部 晃之 様
食品安全情報ネットワーク(FSIN)
http://sites.google.com/site/fsinetwork/
トライイット《5分でわかる!バイオテクノロジーの問題点》への要望
「食品安全情報ネットワーク(FSIN)」は、食品の安全に関する報道を科学的な立場から検証し、自らも科学的根拠に基づく情報発信をすべく日々活動している、学識経験者、消費者、食品事業者、メディア関係者等の有志による横断的なボランティア・ネットワーク組織です。
貴社が提供する、中学生・高校生向け映像授業サービス「トライイット」の高校版で公表されている「5分でわかる!バイオテクノロジーの問題点」と題する学習資料(以下「トライ資料」と略す)は、科学的な事実、国際的な規制の枠組み、そして30年以上にわたる科学的実証データを無視したもので、教材としては不適切と考えます。
訂正を要望しますので、2月末までにご対応方針につきご回答をお願い申し上げます。
トライ資料URL:https://www.try-it.jp/chapters-15090/sections-15160/lessons-15184/point-2/
トライ資料には、以下のような記述があります(下線はFSINによる)。
1つ目の問題点は、自然環境・生態系への影響です。トランスジェニック生物は、外来の遺伝子を人為的に導入した生物でした。トランスジェニック生物は、本来は自然界にいない生物です。そのような生物が何かのきっかけで自然界へ放たれたらどうなると思いますか?もともと保たれていた生態系のバランスを崩してしまうかもしれませんね。
2つ目の問題点は、食品を通じた生物への影響です。トランスジェニック生物は、遺伝子組換え食品に利用されています。トランスジェニック生物と同様に、遺伝子組換え食品も、本来は自然界にない食品です。遺伝子組換え食品は、人体実験や動物実験によってその安全性が試されています。しかしヒトも、病気をもっているヒトやアレルギーをもっているヒトなど様々です。また、遺伝子組換え食品に含まれるある物質が、体内で毒性のあるものに変化するかもしれません。遺伝子組換え食品は、すべてのヒトにとって安全であると断言することはできないのです。バイオテクノロジーは私たちの生活を向上させる便利なものですが、一方で様々な問題も抱えていることを覚えておきましょう。
「自然界にない遺伝子を入れるのは不自然だ」という意見ですが、例えば害虫耐性作物は、細菌が持つ「自然界にある遺伝子」を作物に組み込んだものです。このような「遺伝子の組み換え」は、実は自然界でも、日常的に起きています。
自然界には、種を超えた遺伝子移動である「水平伝播」があります。これは親子関係のない生物間で遺伝子が移動する現象なので、親が持たない遺伝子が伝えられます。これに対して、通常の遺伝子伝達は親から子への「垂直伝播」で、この場合は、親が持つ遺伝子が子に伝えられます。
水平伝播は、細菌では日常的に起きています。その代表例が、抗生物質耐性菌で、耐性遺伝子が水平伝播によって細菌間で広がった結果です。
多細胞生物では水平伝播の頻度はかなり低くなりますが、細菌の遺伝子が昆虫の遺伝子に組み込まれた例や、細菌の遺伝子が植物の遺伝子に組み込まれた例があります。サツマイモはそのような例で、土壌細菌の遺伝子が、水平伝播によって組み込まれています。
遺伝子組み換え作物は、人工的な水平伝播で作られたものですが、人間が手を加えるずっと前から、自然界には「天然の組換え体」が存在していたのです。天然ならいいけれど、同じことを人が行ってはいけないというのであれば、家畜の人工授精や、魚の養殖は不自然だから許されないということになるのでしょうか。
私たちは、40億年前に誕生した最初の生命体の遺伝子を引き継いでいます。もちろん、その間に遺伝子は突然変異を繰り返して、現在の形に変化しました。遺伝子の変異を「不自然」と断ずることは、生命の歴史を無視しています。
広く行われている放射線を使った育種は、遺伝子をランダムに切断して、細胞がこれを修復するときのエラーを利用して遺伝子を破壊し、変化させます。その際、数千から数万箇所の「意図しない変異」が導入されるという、極めて大規模な改変が起こります。その中から、偶然良いものができるのを待つ方法です。それに対し、遺伝子組換えは「特定の遺伝子だけ」をピンポイントで扱うため、実は従来の改良よりも遺伝子の変化が少なくて済むことがわかっています。
「組換え作物が外に逃げ出したら生態系が壊れる」という心配に対しては、日本には「カルタヘナ法」という厳しい法律があります。日本で栽培したり輸入したりするには、「周りの野生植物を追い出さないか」「有害物質をまき散らさないか」「近縁の植物と交配して悪影響を与えないか」といったことを、数年かけて実験し、国が認めたものだけが許可されます。
また、組換え作物だけでなく、人為的に作り出された穀物や野菜の大部分は、水と肥料を与え、病害虫を防除するなど、人間が世話をしないと、自然界では種を残して増えることができません。遺伝子組換え作物が栽培されてから30年ほどの歴史の中で、組換え作物が原因で日本の自然が壊されたという報告は一度もありません。
遺伝子組換え食品は、他の食品にはないほど厳格なテストが行われています。安全を守るために、「実質的同等性」という考え方を使います。これは、すでに何百年も食べてきて安全だとわかっている「元の野菜」と、組換え後の野菜を徹底的に比べる方法です。アレルギーについても、最新のデータを使って「アレルギーを起こす成分と似ていないか」を徹底的に調べます。
かつてブラジルナッツの遺伝子をダイズに入れた際、事前のテストでアレルギーの可能性があることが判明し、開発がすぐに中止された事例があります。これは、国のチェックシステムが正しく機能し、危険なものが世に出るのを未然に防いでいる証拠です。
WHOなど世界中の専門家機関は、「現在売られている遺伝子組換え食品は、従来の食品と同じように安全である」という結論を出しています。
ちなみに、トライ資料には「人体実験」という言葉がありますが、それはヘルシンキ宣言により禁止されています。医薬品の臨床試験はヒトを被験者としますが、これは「人体実験」とは呼びません。また、遺伝子組換え医薬品のヒト臨床試験は実施されていますが、遺伝子組換え食品では行われていません。
「遺伝子を組み換えた成分が、体の中で毒に変わるかも」という心配も、生物学的にはあり得ません。遺伝子組換えで作られたタンパク質も、肉や卵のタンパク質と同じです。食べた後は胃や腸で消化することでバラバラに分解され、「アミノ酸」という栄養素になって吸収されます。分解されてしまえば、もともと組換えだったかどうかは関係ありません。体の中で魔法のように毒に変わることは、科学の常識では考えられないのです。
遺伝子組換え技術は、地球環境を助けている面もたくさんあります。害虫に強い作物を育てることで、農家にまく殺虫剤(農薬)の量を37%も減らすことができたという研究結果があります。除草剤耐性の作物により農家の作業が楽になり、収穫量が増えることで、世界の食料問題を解決する助けにもなっています。
文部科学省の高等学校学習指導要領「理科(生物)」および解説では、バイオテクノロジーに関して、「遺伝子やDNAの構造と働き、遺伝子操作や遺伝子解析技術、医療・農業・産業などへの利用、技術の有用性と課題の理解」を学ぶことが示されています。その内容を、多くの解説書は、「遺伝子を扱う技術(バイオテクノロジー)の原理とその利用・有用性を理解させる」と説明しています。
トライ資料の内容は、この学習指導要領と明らかに矛盾しています。
トライ資料は、以下の4点において教育資料としての適格性を著しく欠いています。
第一は、「規制の無視」です。日本と国際社会が構築してきた「カルタヘナ法」や「食品衛生法」による厳格な審査、認可、モニタリングのプロセスを全く説明せず、あたかも野放しで「放たれたらどうなるか」を論じている点は、社会の安全システムを教えるべき教育資料として不誠実と言わざるを得ません。
第二は、「科学的根拠の無視」です。「体内で毒性に変化する」などという主張は、科学的根拠を一切持たない個人の意見であり、理科教育の資料として用いることが許容されるものではありません。
第三は、「偏ったリスクの記述」です。放射線育種などの従来の育種技術が持つゲノムへの大きな変化やリスクには一切触れず、遺伝子組換えのみを「不自然」とする姿勢は、偏ったものと言わざるを得ません。
第四は、「恐怖を煽る記述」です。「人体実験」「バランスを崩す」といった扇動的な言葉を使って、生徒の感情的な反発を誘発しようとする記述は、論理的思考を養うべき教育現場においては排されるべきものです。
バイオテクノロジーの学習において真に必要なのは、不確かな不安を煽ることではなく、科学的な評価基準とは何か、カルタヘナ法はどのように環境を守っているのか、そして遺伝子組換えがもたらす農薬削減や収量向上という事実、客観的に提示することです。トライ資料は、こうした本来の教育目的から遠く離れた、非科学的なプロパガンダに近い内容であると判断せざるを得ません。
つきましては、次のようにトライ資料の訂正を要望します。
《人体実験》は行われていませんので明らかな間違いです。
《遺伝子組換え食品に含まれるある物質が、体内で毒性のあるものに変化するかもしれません》や《すべてのヒトにとって安全であると断言することはできない》のは、遺伝子組換え食品に限ったことではなく食品全体が内包している問題です。実質的同等性の考え方によって安全性が検証されており、これらをバイオテクノロジー特有の問題点として指摘することは間違っています。
《何かのきっかけで自然界へ放たれたらどうなると思いますか?》は一見、ごく自然な問いかけで、高校生としてもこのような視点を持っていないといけないとも言えます。
しかし、カルタヘナ法によって環境影響が十分検証されて守られていることなどの解説がないと、高校生は不安を持ったままとなり、トランスジェニック生物は生態系のバランスを崩してしまう懸念のあるものという誤解を持つことにつながりかねません。
《トランスジェニック生物は、本来は自然界にいない生物です。遺伝子組換え食品も、本来は自然界にない食品です》等の記述も同様に読者をミスリードする可能性があります。サツマイモは自然界で遺伝子組換えを受けた作物だからです。
これらの記述に添えて、従来作物がどのように育種されてきたか、それらの方法との比較、それらが環境に逃げ出して生態系が壊れた例があるのか、そして、カルタヘナ法により環境が守られていることなどの解説を記載してください。
貴社のように知名度の高い企業が運営されるサイトがこのような資料を掲載していたことで、受験生を主体とする多数の読者に誤認を与えている恐れがあります。速やかなご訂正とその公表を要望します。
※ 本レターは、FSINのホームページ等において公開するほか、主要新聞社や主要週刊誌、主要テレビ局など約20社にも送りますので予めご了承ください。また、メディア記事を読み解き、判断する上で有用な情報として広く共有を図りたく、貴社のご回答についても公開させていただきます。