フランスの研究グループによる「組み換えトウモロコシの毒性」に関する論文およびそれに関する報道について


概要

 2012年9月19日 フランスカーン大学のセラリーニ教授らは、「Food and Chemical Toxicology誌」に「Long term toxicity of a Roundup herbicide and a Roundup-tolerant genetically modified maize(ラウンドアップ除草剤並びにラウンドアップ耐性遺伝子組み換えトウモロコシの長期毒性)」と題した論文を発表したと記者発表しました。

 この発表を受け、フランス政府はフランス食品環境労働衛生安全庁に対して、この論文で示された実験結果への調査を要請し、事実であることが確認されればヨーロッパへのこの組み換えトウモロコシ(NK603系統)の輸入禁止を要請すると述べたとされます。

 この一連の動きを海外のメディアは数多く紹介しています。日本国内でも、インターネットのニュースサイトAFPBB Newsでの報道に加えて、9月25日にNHK BSが海外ニュースの一環として「遺伝子組み換え危険性 EU対応策検討」と題して報じました。

 一方、この論文の内容については、海外研究者から多くの疑問の声が挙がっています。

 Nature誌は9月27日のオンライン記事で、「Rat study sparks GM furore」と題した論評を出しています。

 国内サイトでは、食品安全情報blogが9月21日に、以下の見出しで海外の声を紹介しています。
  ・GM食品が「がんと関連する」という主張は他の研究者に疑われる
  ・GMトウモロコシ、除草剤、ラットの腫瘍についての研究データ要請
  ・GMトウモロコシがラットで腫瘍を作ったという報告への専門家の反応
  ・がんとGMトウモロコシの研究 専門家の反応

 サイエンス・メディア・センターでも、「遺伝子組み換え作物と除草剤のラットへの影響:専門家コメント」と題して、海外の専門家のコメントを紹介しています。

 実験で用いられ、従来のトウモロコシと比べて発がん性が高いとされた組換えトウモロコシ(NK603系統)及び他の形質を持った品種との交配品種(スタック品種)は、日本国内で人の健康への影響がないことを示す安全性審査の手続きを経ています。
 「安全性審査の手続を経た旨の公表がなされた遺伝子組換え食品及び添加物一覧(厚生労働省)

 日本は年間1500万トン前後のトウモロコシを輸入しており、1200万トン前後が組換え品種と推定されます。NK603系統の消費量を示すデータはありませんが、相当量のNK603 系統トウモロコシが日本国内で家畜飼料や食品原料として使用されている可能性があります。

 以上の状況を考慮して、FSINでは、日本の専門家の見解を紹介することにしました。



追記3 2012年11月にフランスのセラリーニ教授らによる論文を掲載したFood and Chemical Toxicology誌は、2013年11月28日に当該論文を取り下げました
セラリーニ教授の発表内容の信頼性、実験手法の正確さ、データの扱いなどの点で、発表内容に疑義を唱える意見書が研究者から多く届いたことを受け、雑誌編集主幹が同論文の掲載プロセスの妥当性や実験データの詳細をレビューした結果、実験結果から何らかの結論を導くことは出来ず、同誌の掲載基準を満たしていない、との結論に達したためです。

また、バイテク情報普及会から≪「Food and Chemical Toxicology」、セラリーニ論文の掲載を撤回すると発表≫としてニュースが出されています。


専門家のコメント

GMトウモロコシの長期毒性に関する論文(Séralini et al., 2012)に対するコメント
 ~ 一般財団法人残留農薬研究所毒性部長 青山博昭 


要約
 様々な化合物の毒性を調べる動物実験では,被験物質(この論文では遺伝子組み換えトウモロコシとラウンドアップ)の影響を正確に評価するため,被験物質曝露の有無を除くあらゆる条件(動物の飼育環境,給与する飼料の成分や栄養価など)を一定に保たなければなりません。また,得られたデータの信頼性を担保するため,動物愛護の精神を尊重しつつ,十分な数の動物を実験に用いなければなりません。しかし,この論文ではこれらのいずれにも大きな不備があり,得られた結果を論理的に解釈することも,それらの結果に基づいて遺伝子組み換えトウモロコシやラウンドアップの安全性を科学的に議論することもできません。
 注1: ラウンドアップは,農薬の有効成分であるグリホサートに界面活性剤や水などを加えた農薬製剤の商品名です。
 これらの点について,以下にやや詳しく解説いたします。

 1. 飼料調製法に関する問題:
 この論文では,市販のA04という実験動物用飼料にラウンドアップを散布されていない遺伝子組み換えトウモロコシを11%,22%または33%加えた飼料と,ラウンドアップを散布された(散布量や残留量に関する記載はありません)遺伝子組み換えトウモロコシを11%,22%または33%加えた飼料を調製し,1群当り雌雄それぞれ10匹ずつのラットに2年間与えたと記されています。また,比較のため,遺伝子を組み替えていない同一品種のトウモロコシを33%加えた飼料を与えた群も設定されています。しかし,基礎飼料として用いたA04飼料に元々含まれていたトウモロコシの品種や含有量についても,調製したそれぞれの飼料の栄養成分(タンパク質や脂肪などの含量)についても,この論文には何ら記載がありません(調べていないのかもしれません)。
 げっ歯類の実験動物(ラットやマウス)に与える一般的な飼料には,タンパク源として,通常は一定量のトウモロコシが含まれています。例えば,様々な毒性実験で使用されるNIH-07という標準飼料にはタンパク源として魚粉や大豆などと共に粉砕したトウモロコシが重量比で24.28%含まれており,粗タンパク含量が22.5%となるように(粗脂肪や粗繊維などについてもそれぞれが一定になるよう)栄養成分が調整されています。何故なら,そもそもそれぞれの群の動物に栄養成分が著しく異なる飼料を給与したのでは,観察された差が処置によるものか栄養学的な差によるものかを判断することができないからです。したがって,この論文においても,それぞれの飼料のトウモロコシ含量の合計(A04飼料に元々含まれていたトウモロコシの量+添加したトウモロコシの量)や,7種類の飼料の栄養成分が一定であったかどうかは,実験結果を科学的に解析する上で極めて重要な要因と考えられます。しかし,この論文からそれらの情報を読み取ることはできません。
 毒性実験に限らず,動物に何らかの処置を加えてその影響を評価するような動物実験では,評価対象とする処置以外の要因(動物の飼育条件や栄養条件)を一定に制御して初めてその処置の影響が正しく評価できます。しかし,今回の実験ではこれらの条件が十分に制御されているとは考えられないため,一定の結論を導くことは著しく困難です。

 2. 実験群の構成に関する問題:
 上述の理由から,遺伝子組み換えトウモロコシとラウンドアップ処理のいずれかまたは両者の影響を正しく評価するには,(1)すべての飼料について「非組み換えトウモロコシの含量+組み換えトウモロコシ(ラウンドアップ処理群または非処理群の両者)の含量」の合計が常に一定となるように飼料を調製し,(2)いずれの飼料でもタンパク質やその他の栄養成分の含量が等しいことを化学分析により保証すると共に,(3)ラウンドアップ処理組み換えトウモロコシ添加飼料については,有効成分であるグリホサートや添加された界面活性剤などの残留量を分析してその結果を明記する必要があると考えられます。しかし,先に述べた如く,この論文ではこのような動物実験の基礎的条件が満たされているか否かがまったく読み取れないため,得られたデータを科学的に解釈することができません。

 3. 実験に用いた動物数の問題:
 様々な化合物の発がん性を評価するための標準的な実験では,1群当り雌雄50匹ずつの動物を準備し,これらの動物に被験物質を2年間与えて,生存率や腫瘍の発生率を比較します。このような試験法は,先進国共通の試験法として広く認識されており,例えばOECDの標準ガイドライン(TG451)として公開されていますし,米国が実施しているNational Toxicology Program(NTP)でも様々な物質の発がん性がほぼ同じ方法で評価されています。一方,今回の実験では1群当りの動物数が極めて少ない(1群当り雌雄それぞれ10匹)ため,生存率や腫瘍の発生率に関するデータの科学的信頼性は極めて低い(偶然の偏りが生ずる可能性が非常に高い)と言わざるを得ません。

 以上の理由から,私は,この論文に記載された内容に基づいて遺伝子組み換えトウモロコシやラウンドアップの影響を科学的に評価することは不可能であると判断いたします。
 注2: 公開時に「グリホサート」としていた記載の一部を,「ラウンドアップ」に改めました。毒性学の分野ではラウンドアップの有効成分であるグリホサートの有害性を評価することが一般的なため,公開時にはこのような記載としていましたが,セラリーニらによる論文ではラウンドアップと記載されているので,無用の混乱や誤解を避けるために修正したものです。
(公開:2012年10月3日、修正:同年10月10日)

以上

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