文藝春秋への訂正要望

遺伝子組み換え食品の恐怖

2023211

文藝春秋

編集長殿

食品安全情報ネットワーク(FSIN)

http://sites.google.com/site/fsinetwork/

 

文藝春秋2月号 鈴木宣弘氏の「遺伝子組み換え食品の恐怖」の記述に関する訂正要望

 

メディアチェック集団「食品安全情報ネットワーク(FSIN)」は、食品の安全に関する記事やニュースを科学的な立場から検証し、自らも科学的根拠に基づく情報発信をすべく日々活動している、学識経験者、消費者、食品事業者、メディア関係者等の有志による横断的なボランティア・ネットワーク組織です。

 

【訂正要望の要旨】

文藝春秋2月号に掲載された鈴木宣弘氏執筆の記事「遺伝子組み換え食品の恐怖」には数多くの誤り、裏付け不足の事実誤認が見られます。遺伝子組み換え(GM)やゲノム編集を活用した食品の安全性や日本の食品表示制度等について読者に誤認を与える内容となっていますので、次号で訂正を掲載していただくようお願い致します。

以下、誤った記述のいくつかを取り上げるとともに、私たちの見解を述べます。

 

1 「・・除草剤をかけても枯れない耐性雑草が出現するため、除草剤の量を増やし、新たな除草剤とそれに耐性をもつGM作物の開発もするが、再び耐性雑草が出現するというイタチごっこに陥っている。このため想定された生産の効率化も図れず、環境や人体への影響への懸念も高まる事態となっている。」との記載について。


《FSINの見解》

「生産の効率化が図れず、環境や人体への影響への懸念が高まっている」という事態は生じていません。

確かにGM作物の畑で耐性雑草が出現していることはありますが、これは除草剤の使用自体に対する耐性雑草の出現であり、GM作物に特有のことではありません。組み換えではない従来の育種で開発された除草剤耐性作物でも耐性雑草は発生しています。米国でGM作物を栽培する中西部の農村地帯へ幾度か行き、確認をしていますが、どの農家も別の除草剤を使って、対処しています。鈴木氏の言う「生産の効率化が図れていない」という事実はありません。

同様に、耐性をもつ害虫も地域によっては発生しているところもありますが、一定の割合で非組み換え作物を同時に栽培する工夫をして、耐性害虫が発生しにくくなる措置が米国や他国でもとられており、GM作物の栽培に支障が出ている事実はありません。

GM作物のメリットが大きいことは、害虫抵抗性のGMコーンを大量に栽培しているフィリピンでも証明されています。フィリピンではむしろ農家は「害虫の食害が減り、殺虫剤の使用も減った」と多大な利益を享受しています。

また、「環境や人体への影響への懸念が高まる事態となっている」と書かれていますが、そういうデータがあるなら、お示しください。この環境と人体への影響については、「全米科学アカデミー」がまとめた信頼性の高い報告書(2016年)があります。同アカデミーの研究グループ(約20人の専門家で組織)は900を超える文献を精査し、「健康への影響はない」「殺虫剤の使用は減った」「生物多様性は増した」とする報告をまとめています。

GM作物の栽培・流通は1996年に始まり、すでに27年たちますが、人体への影響があったとする報告もありません。


 

2 「・・米国カリフォルニア州などでは、除草剤ラウンドアップの主成分であるグリホサートで、癌を発症したとして、グローバル種子農薬企業に多額の賠償判決がいくつも下り、世界的にグリホサートへの規制が強まりつつある。」との記載について。


《FSINの見解》

確かに公共的広場などでグリホサートの使用を規制する国はありますが、農業の分野では、いまなお世界の150カ国以上で使われています。「世界的に規制が強まりつつある」という記述は、グリホサートに関する一面的な情報に過ぎず、読者に誤解を与える内容です。

また、米国の裁判所は、がんの発症原因がグリホサートだとする科学的な因果関係を判断したわけではありません。被告(旧モンサント社、現在はドイツのバイエル社)がグリホサートの使用に関する注意・警告を怠ったという観点で賠償判決が下されました。

一方、日本の食品安全委員会、EUの欧州食品安全機関(EFSA)、米国の環境保護局(EPA)など世界中の政府・公的評価機関は「グリホサートに発がん性はない」としています。



3 「・・2017年末、日本はグローバル種子農薬企業の“ラストリゾート(最後の儲けどころ)”とされるかのように、世界の動きに逆行してグリホサートの残留基準値を極端に緩和した。小麦は6倍、蕎麦は150倍だ。日本人が食べても耐えられる基準が、なぜいきなり百倍に跳ね上がるのか。・・」との記載について


《FSINの見解》

この記述は、「個々の残留基準値」と「1日許容摂取量(ADI、人が一生涯に渡り毎日摂り続けても健康上の悪影響がないと考えられる一日当りの摂取量の上限)」を混同しており、読者をミスリードする内容です。

鈴木氏の言う「日本人が食べても耐えられる基準」は、ADIを指します。しかし、日本で設定されているグリホサートのADI(大人で体重1キロあたり1日1ミリグラム以下)は、EUや米国と同じ数値であり、全く緩和されたという事実はありません。

いうまでもなく、残留基準値は作物や食べ物で異なります。個々の基準値はその国の気候風土や農業事情、国際的な貿易条件、食習慣などによって決められており、その基準値が他国と異なることは当然のことです。

個々の基準値が上がったり、下がったりしても、仮に基準値いっぱいの食品を食べたとしても、ADI以下に収まるように設定されており、健康への影響はありません。ADIの数値を緩和すれば、たしかに「食べても耐えられる基準」が緩和されたといってもよいでしょうが、そういう事実はありません。



4 「2023年4月からは、日本で「遺伝子組み換えでない(non-GMO)」の任意表示が実質できなくなる。もしnon-GMO表示の豆腐から、ごく微量でも遺伝子組み換え大豆の痕跡が見つかったら、業者を摘発することになったからだ。流通業者の多くは輸入大豆も扱っているから、微量混入の可能性は拭えない。これを日本にやらせたのもグローバル種子農薬企業だ。non-GMO表示はGM食品を危険だと消費者に思わせる「誤認表示」だというのだ。その要求通りに消費者庁が動いて、表向きは『消費者を守るための表示の厳格化』といいながら、実態は、できるだけGMでない食品を扱おうとする業者を駆逐して、消費者がnon-GMO商品の選択をできなくするものである。」との記載について。


《FSINの見解》

FSINは遺伝子組み換え作物を推進する団体では全くありませんが、その表示が消費者にどのように受け止められているかについては大きな関心をもっています。FSINのメンバーは2017年当初から「遺伝子組換え表示制度に関する検討会」の議論を見逃さず聞き、その経過を見て来ました。「表示の厳格化」を求めたのは日本の複数の消費者団体であり、米国の企業ではありません。検討会の資料を見れば、このことは一目瞭然です。

しかしながら、もしグローバル種子農薬企業の要求で検討が始まったという証拠をお持ちでしたら、どの企業かも含めて、ぜひお示しいただきたいと思います。

また、表示の厳格化は今年4月から適用されますが、すでにGM大豆を使わない(分別生産流通管理をして、意図せざる混入を5%以下に抑えている)納豆などは「分別生産流通管理済み」と表示されて流通しており、消費者はこの新しい表示を見て、選択することが可能になっています。「選択をできなくする」という表現は明らかに間違いです。



5 「ゲノム編集は生物のDNAを切り取って特定の遺伝子の機能を失わせる技術だが、これは「遺伝子組み換えではない」として『審査も表示もするな』という米国の要請を日本は受け入れ、完全に野放しにした。血圧を抑えるGABAの含有量を高めたゲノムトマトについて、さすがに消費者の不安を考えたのか、販売企業は、まずは家庭菜園5千件に無償で配り、昨年からは障がい児童福祉施設、今年からは小学校に無償配布して子供達に育てさせ、給食や家庭に普及させようとしている。(中略)日本のゲノムトマトの販売企業は、スムーズに普及させるために子供達を『実験台』にする食戦略を「ビジネスモデル」として、国際シンポジウムで発表までした。」との記載について。


《FSINの見解》

日本の消費者庁が、表示などを検討し始めたのは、日本のベンチャー企業がゲノム編集技術を用いたトマトや魚のタイなどを販売する動きが出てきためです。米国の要請を受け入れて、協議を始めたわけではありません。

ただし、鈴木氏が名だたる文藝春秋で「米国の要請を受け入れて始まった」と書くからには、いつ、どこの米国政府部局から、どういう要請があったかに関する証拠をお持ちの上で書いておられると考えますので、ぜひ、その裏付けとなる情報を示してほしいと考えます。

また、「完全に野放しにした」という記述に関しては、ゲノム編集トマトの販売企業は自主的に「ゲノム編集技術で品種改良した」旨の表示をして販売しており、野放しという表現は全く事実とかけ離れています。

さらに、鈴木氏は「昨年から障がい児童福祉施設、今年から小学校に・・」と書いていますが、開発販売企業のサナテックシード社に確認したところ、少なくとも、「昨年に配った」という事実はありませんし、今年、小学校に配る予定もありません。

販売企業は「希望する施設があれば、苗を提供してもよい」と発表したことはありますが、あくまで希望する施設があれば、という前提です。また、仮に子供たちが食べたとしても、安全なトマトを食べているだけであり、実験台にしているという言い方は成り立ちません。すでに、苗の提供を受けて、ゲノム編集トマトを栽培した人は5000人を超えており、みなが食べていますが、何の問題も起きていません。

また、鈴木氏は、特許を持っている米国のグローバル種子農薬企業に大きな利益が入ることを問題視していますが、仮に私たちが文藝春秋の記事を勝手に複写して、それをビジネスにして利益を得たならば、貴社が反対するのと同じように、発明に対する対価としての知的財産は正当に認めてもよいのではないでしょうか。

 


【結論】

鈴木氏の記事は誤りが多すぎますが、訂正の要求は最小限の2つにとどめたいと思います。少なくとも、次号で「日本人が食べても耐えられる基準が、なぜいきなり百倍に跳ね上がるのか」の部分は削除するか、正確な解説を載せるべきだと考えます。

そして、「(ゲノム編集トマトに関して)昨年からは、障がい児童福祉施設、今年からは小学校に無償配布して・」の部分については、「そういう事実はなかった」と訂正記事を載せるべきだと考えます。

なお、鈴木氏は2021年7月に「農業消滅」(平凡社)を出版しましたが、その本にも数多くの誤りがありました。私たちが2021年9月に訂正を求めたところ、平凡社は全面的に誤りを認め、2刷から大幅な訂正を出していることを申し添えます。この訂正は下記の平凡社のHPに掲載されています。

『農業消滅――農政の失敗がまねく国家存亡の危機』2刷での内容変更のお知らせ。 - 平凡社 (heibonsha.co.jp)

https://www.heibonsha.co.jp/news/n43879.html


文藝春秋はいまなおクオリティの高い情報誌だと認識しています。読者に正確な情報を伝えるのは報道機関の使命です。ぜひ私たちの見解に耳を傾けて訂正記事を載せていただけるようお願い致します。

御忙しいとは存じますが、2月24日までにご回答をいただきたく思います。回答は電子メールでお願いいたします。なお電話での問い合わせにも応じます。

 

※本レターは、FSINのホームページ等において公開するほか、主要新聞社や主要週刊誌、主要テレビ局など約20社にも送りますので予めご了承ください。また、メディア記事を読み解き、判断する上で有用な情報として広く共有を図りたく、貴社のご回答についても公開させていただきます。