2010年6月12日,13日に開催された「第5回食育推進全国大会」(主催:内閣府、佐賀県)において、安部司氏による講演&実演「食品の裏側-食の本当の豊かさとは?」が行われた。
これまで多くの記事等で、安部司氏の著書や講演には食品の安全に対する誤解を招く内容が含まれることが指摘されていることから、5月11日付で内閣府および佐賀県宛に情報提供するとともに講師選定理由についての公開質問状を送付した。
佐賀県くらしの安全安心課からの回答は、食品添加物を通して食について改めて考える機会を提供したく、複数の外部の方の意見も聞きながら講師を選定したとの趣旨だった。さらに、安部氏の考えとは「異なる立場、考え」の方がおられることは理解できるとのことで、安部氏の講演を短縮し、消費生活コンサルタント森田満樹氏の講演をプログラムに追加された。これは当方から要望したことではなく、全く予想外の対応だった。
以下に、本件についての内閣府および佐賀県担当者とのやりとりを公開する。また、食育推進全国大会における講演内容の問題点を指摘する。
2010年5月11日付けで、内閣府食育推進室および佐賀県くらしの安全安心課宛に次のような公開質問状を送付した。なお、公開質問は荒井(当会幹事)の個人名義で行い、参考文献も添付した。
第5回食育推進全国大会につきましては、内閣府、佐賀県が主催しております。
それぞれが大会趣旨にそった形で講演等を企画しており、今回ご意見をいただきました講演につきましては、佐賀県が企画しているところです。
この件につきましては、県の方から説明したいとのことですので、近日中に県から御回答いたします。
1 安部司氏を講師に選定された理由を教えてください。
2 安部司氏の著書や講演には科学的誤りが多いことは複数の方が指摘されていますが、講師選定の際には十分な調査をされたのでしょうか。
3 食育推進全国大会において、万一、誤った知識に基づく講演をされた場合、聴講者に与える影響力についてどのようにお考えになっているのか教えてください。
4 安部司氏を講師とすることは、内閣府食品安全委員会や厚生労働省等の考え方や活動と矛盾するものではないでしょうか。どのようにお考えか教えてください。
2010年6月12日の講演において、安部氏は下記の3つのポイントを板書して強調していた。
1.メリットとデメリット
2.二者択一の覚悟
3.優先順位
当日の講演内容は実に多くの問題点を含んだものだったが、ここではこの3つのポイントに絞って講演の問題点を指摘する。斜線部分が安部氏のコメントとなっている。
1.メリットとデメリット
車のデメリットはぶつかると人が死んでしまうことでありわかりやすいと例を挙げた上で、「添加物は判断が難しい」として次のように述べた。
学校では習いません。また、国も公表が遅いです。ナイシンという保存料がまた、認可されたんですよ。全然知らないですよね。だから、ある程度よくわかっていない、と思ったほうがいいです。
ここで述べられていることは事実と異なる。
ナイシンは、その指定に至る経緯から内閣府食品安全委員会や厚生労働省のホームページで公開されている。添加物指定に際して公表が遅れるということもありえない。確かに、全ての国民がアクセスしやすい情報発信ではないかもしれないが、知らされていない、公表が遅いということは事実と異なるものである。
2.二者択一の覚悟
二者択一の覚悟とは何であるか、次のように説明された。
添加物が入っているのはわかる、安いのは国産品でないのがわかる、でもそれが嫌だったら手作りをしなくてはならない。忙しい、面倒くさい。だったら出来合いを買う。じゃあ出来合いは百の添加物が入っている。添加物をとってその便利さを取るのか、私は頑張れば添加物を取りたくなかったら手作りで作る。その二つしかない。
そもそも、手作りと加工食品とをバランスよく組み合わせて豊かな食事ができればよいのであり、「二者択一」である必要性はないのだが、なぜその二つしかないのか、その理由は次のように説明された。
覚悟しとかないと後で発がん性とか言われたときに、悔しいでしょ。そしたらああそうか、やっぱりそうか、俺はいい思いをたくさんしたもんなあ、と後で諦めやすいでしょ。
この部分だけでなく、この講演全体を通して「発がん性」という言葉を多用していた。
添加物は発がん性を含めて安全性が評価されており、添加物としての使用量において安全なものだけが許可されているというのが基本である。また、添加物を使用していない未加工の食品においても発がん性を有する物質は多数発見されている。
このような事実に触れることなく添加物の発がんリスクを強調することは、聴講者をミスリードする恐れがあり適切とはいえない。
発がん性については、次のようなことも述べられていた。
それから私の現役時代にも、急に禁止になります、売ってて。で、どうして禁止になりましたかというと、発がん性が発見された、と。
アカネ色素という天然着色料が禁止になりました。15年くらい使っていましたね。で、禁止原因は、すい臓がんとか腎臓がん。
安部氏の現役時代は、安全性の評価方法が開発途上だった時代である。現代では安全性評価方法も発達し、当時よりも高い安全性が確保されているといえる。
アカネ色素はずっと最近の2004年に使用禁止となったが、これにも時代背景がある。アカネ色素は既存添加物、いわゆる天然添加物である。いわゆる天然添加物は、いわゆる合成添加物とは異なり、過去には安全性のチェックなしに使用されていた。そのために現在、安全性の評価が進められている。かなりの部分が進捗しており、今後同様の事態が起こる可能性は低いといえる。
以上のように、本講演では時代背景を説明されないままに過去の事件が取り上げられており、現代においては既にリスクが非常に低いにも関わらず同様のリスクがあるかのような印象を聴講者に与えていた。
3.優先順位
ここでは、何を一番に持ってくるかの優先順位が大切だとして次のように述べた。
私は働いているから時間がもったいないと言う人は調理済み食品を買えばいい。しかしそれには添加物が200か300入っている。えーおそらく20カ国くらいから輸入されているものですな、それをリスクと思うんだったら、自分で手作りするしかない。たったこれだけのことなんですが、やっぱり私たち庶民ですから、便利さは欲しい、安さは欲しい、でも添加物は何とかしてよ、というわがままを言うんですよ。そのわがままは通りません。
ここでは、添加物の種類を200、300と表現することにより、気づかないうちに量の問題にすり替えられ、添加物を多量に食べさせられているという印象を与えている。
食品は、当然のことながら多種類の化学物質からできており、その種類は200や300どころではない。また、食品添加物の多くは食品中にもともと存在する物質である。
また、「リスク」はある物質の「量」によるものである。多くの「種類」の物質が含まれていてもその一つ一つが健康にとって影響のない「量」であれば、「リスク」が高まるとは考えられない。
本講演ではこういった事実を告げずに200、300あるいは500、600という数字が連呼されていた。実態とは異なる不安を与えるものといえる。
安部司氏の講演の後に、消費生活コンサルタント森田満樹氏による「知っておきたい食品添加物とのつき合い方」と題した講演があった。当日の講演概要と質疑応答について、森田氏より寄稿されたものを、下記に紹介する。
①はじめに
② 発がん性など安全性の心配はないでしょうか?
(安全性試験と一日摂取許容量、実際摂取量)
③ 食品添加物の種類
④ 健康な食生活を送るために
(会終了後、個別に対応)
Q
食品添加物を食べると切れる子供になると言われて、4歳と2歳の子供に、極力手作りでがんばっています。白いご飯も悪いと聞いたので五穀米を家で食べています。一生懸命やっているのに、周りの人たちにいろいろ言われて、しかも周りの人たちが食品添加物のものを食べても健康で普通に暮らしているのをみると、心が折れそうになります。子どもは友達や親せきからスナック菓子などをもらって味をしめて、食べたがります。最近は反抗的になってきました。夫も不満そうで、コンビニ弁当をこれみよがしに買ってきたりするのですが、そうするとおいしい、おいしいといって子供も食べる。白いご飯もおいしいし、味付けもおいしいといいます。私がやってきたことって何だったのかしら、と思います。こんなにがんばっているのに、うちのほうが健康的じゃないって思うんです。今日のお話を聞いて、食品添加物でも大丈夫っていうような話を聞いて、何だ、いいんじゃないかと思いました。こういう話はどこにのっているんですか?本当に切れる子供には、ならないんですか?
A
食品添加物を食べて、切れる子供ができるという科学的な根拠は何もありません。無い。お砂糖で切れる、白い食品で切れる、という話も都市伝説のようなもので、根拠はありません。でも、本を読むとそういうことばかり書いてあると不安ですよね。今日のような話は、食品安全委員会のHPの中に、キッズコーナーというところがあって、そこにわかりやすく書いてあるので見てほしいと思います。
Q
最初の安部さんは、食品添加物はいくらでも使い放題だと言いました。量もいくらでも大丈夫だと。でも今の話では、使用基準があって、それを超えると回収だということでしたね。どっちが本当なんでしょうか。
A
言葉足らずだったかもしれませんが、食品添加物は、使用基準があるものと無いものがあります。指定添加物については、使用基準が定められているものが多いですが、pH調整剤や香料のように、一部の指定添加物や長年使用されてきた天然添加物でる既存添加物で使用基準が無いものもありますが、それは食経験や安全性の観点から、使用基準を定めて管理する必要が無いということからです。どちらの話も言葉足らずだったかもしれません。