熱・物質移動,拡散,燃焼などの工業的アプリケーションにおいて流れは乱流であり,その乱流を制御することは非常に重要なことである.乱流中に存在するcoherent structures(組織構造)が運動量や熱・物質輸送に重要な役割を果たしていることは,Catwell(1981)[b]やRobinson(1991)[a]のレビューなどによって広く知られている.それゆえ,乱流を制御しようとする場合,coherent structureの操作に重点をおいた研究が活発に成されている.これまでに成されている乱流制御のストラテジーは主として自由せん断乱流を対象としたものである.なぜなら自由せん断乱流の近傍領域においては流体力学的上安定メカニズムがHo&Huang(1982)らによって明らかにされているからである.
壁面拘束乱流の制御に関してはこれまでパッシブな方法に重点をおいて研究が行われている.例えばリブレットやLEBU板(Large Eddy Break Up Devices)を壁面に設置することにより組織構造の形成や相互干渉が抑制される.このようなデバイスはあくまでパッシブ制御なので流動場の情報をセンシングするフィードバック・ループは存在せず,フィードバック・ループによる流動場の操作も行われない.J.Kimらによる一連の研究は壁面拘束流れにおいて動力学的に重要な役割を果たす組織渦構造を能動的に制御することにより,摩擦抵抗低減能動制御を目指したものである.
このレビューでは主に1994年の”Active turbulence control for drag reduction in wall-bounded flows”を基にし話を進める.まず2章ではこれまでの乱流境界層に関する知見を実験的・数値的な観点からレビューする.また壁面近傍の準秩序構造と乱流摩擦の関係についても触れる.続いて3章ではJ.Kimらのグループの用いた制御方法についてまとめてある.4章ではJ.Kimらのグループで行われている準最適制御やニューラルネットワークを用いたコントローラの構築などについて説明し,これまでの研究の流れがどのようになっているかをフローチャートにまとめている.5章では所有している論文のアブストラクトの邦訳を載せてある.
2.過去の研究ならびに研究目的
2.1 壁面拘束流れ(wall-bounded flow)について
壁面層において最もよく観察される組織構造はストリーク構造である.ストリーク構造とはスパン方向に細長い低速ストリークと高速ストリークが交互に並んでいる構造である. Kilneら(1967)は可視化の結果より,境界層における乱れの生成は主として,ストリークの上昇・振動,突然のストリークの崩壊から構成されるバースティング現象によって生じることを指摘している.高速ストリークが壁面層へ流入するスウィープ現象も,バースティング現象と同じく乱れ生成に寄与している一因であると考えられている.
これら乱流境界層中の構造については近年のDNSの発達により新たな知見が得られている.例えばバースティング現象はfluid markerを通り過ぎた単一流れ方向渦の移流の結果生じるようである.渦の通過した場所がマーカーを引き起こし,マーカーは渦の周りを包み込むようになる.そしてサイドから流動場の断面を見るとマーカーが振動しているように見える.
J.Kimの一連の研究では,ある一点におけるスウィープ(sweep)とイジェクション(ejection),という言葉がよく出てくる.これは単純に流体が壁面方向に近づく (sweep) か壁面から離れる(ejection)かということを示している.
乱流境界層(壁面拘束流れ)に関するレビューとしてはCantwell(1981)[b]や最近のものではRobinson(1991)[a]のものがある.また,乱流境界層の制御に関するレビューとしては,Lecture Notes in Physics m53 “Flow Control”[c]内にBlackwelderやPollardの論文がある.
2.2 壁面拘束流れの実験的研究
瞬時の乱れ速度変動と圧力変動のコンター図を見ると,一定の流れ方向速度を持った要素のコンターが流れ方向に細長く伸びている様子が観察できる(ストリーク構造).圧力変動のパターンはもっと活発であり,壁面垂直方向速度は間欠的である.それゆえ乱れ生成の大きな領域もまた間欠的になっている.乱流境界層の最も重要な特徴は,強いせん断層が壁面から流れ方向に突き出している点である.実際,スパン方向渦度成分wzのコンター・プロットのスナップ・ショットを見るとこれらのせん断層が観察できる.さらに,せん断層の形状は遷移チャネル乱流で観察される形状と非常に似ていることが分かっている.せん断層は大きな乱れの生成に関係があり寿命が長く,下流方向へ直線的に流下していく.
2.3 壁面拘束流れの数値シミュレーション
乱流研究にとってDNSは強力なツールになっている.なぜならばDNSにより実験的に得るのは困難な空間的な流れ場の様子を知ることができ,境界条件も即座に変化させることが出来るからである.このためDNSを用いての乱流制御法の研究や構築が進んでいる.何と言っても乱流制御における数値シミュレーションの重要な役割は,複雑流れ中の実験への指針となることであろう.
数値シミュレーションは層流境界層の能動安定化のために用いられている.Laurien&Kleiser(1989)は壁面上で局所的に吸い込み・吹き出しを行うことにより層流・乱流遷移過程の制御を行い乱れを付加することにより,到来するT-S波に対する位相を合わせたりずらしたりすることで遷移を遅くすることや早めることが可能であることを示した.以上の結果は層流境界層流れを対象としたものである.十分発達した乱流制御の研究としてはKuhnら(1984)の報告があるがパッシブ制御の結果であるので,十分発達した乱流の制御に関する研究報告は少ないのが現状である.
2.4 壁面近傍の準秩序構造と乱流摩擦
Kravchenkoら(1993)の研究ではKimら(1987)のチャネル乱流のDNSの結果を用いて,摩擦抵抗と壁面近傍で観察される流れ方向渦(乱流境界層中に存在する準秩序構造)の関連性について検討している.
その結果,壁面せん断と壁面近傍における流れ方向渦には相関があり,最も強い相関は摩擦抵抗を計測した場所よりも下流方向で生じることが分かった.また高い摩擦抵抗を示した領域の近傍において条件付で平均化した統計量から,高い摩擦抵抗値はより壁面に近い場所に位置している流れ方向渦と関連があることが示された.壁面近傍の渦構造と摩擦抵抗の可視化によって,壁面上の高い摩擦抵抗領域は流れ方向渦に起因することが示された.
3.アクティブ制御の制御手法
3.1 はじめに
J.Kimらのグループは2.1,2.2および2.4のような知見に基づいて,いくつかの制御方法を提案している.以下にまとめると,
垂直方向・流れ方向・スパン方向速度の制御
選択した垂直方向をセンシングして制御
壁面のある一定の領域における制御
のように分類できる.制御の結果は全て非制御時の流れ場と比較を行っている.以上の制御方法は,J.Kim et al.(1987)[7]やRonbinson(1991)[a]の乱流境界層における乱流構造についての研究で,レイノルズ応力の生成(=乱流摩擦抵抗の発生源)には流れ方向に軸を持つ渦が寄与しているという物理的な知見の基に提案された方法である.
重要なのがどのような物理量によって抵抗軽減を評価するかである.J.Kimらはチャネルに一定流量を流すために必要な平均圧力勾配の増減をもって抵抗軽減の増減を議論している.
詳細な計算手法についてはここでは触れないが,もしも知りたかったらKim et al.(1987)[7]の論文に掲載されているので参照していただきたい.
3.2 垂直方向速度による制御(v-control)
このv-controlの目的は,壁面からある一定距離yd離れた位置における壁面垂直方向速度成分をセンシングし,それと逆位相(つまりラインを横切って流体が上に行こうとすれば吸い込み,ラインを横切って壁面方向に近づく場合は吹き出し)の速度変動成分を壁面から吸い込み・吹き出しとしてを行い,スィープ・イジェクション現象を抑制することにより抵抗軽減を図るものである.
Fig.2-逆位相v-control(out-of-phase v-control)の概念図
センシングする位置ydをyd+=5,10,20,26と変化させ,一番抵抗軽減に効果のあるセンシング位置を検討している.その結果,yd+=10で壁面垂直方向速度成分をセンシングすると約25%の抵抗軽減が得られたが,他のセンシング位置yd+では逆に抵抗が増したり(yd+=26),抵抗低減効果があまり見られなかった(yd+=5).以上のことからある一定のセンシング位置yd+以上では,流れ場が上安定になり抵抗が低減せずに増す方向になることが分かった.この結果はout-of-phase(位相を反転した)制御であるが,これとは逆にyd+でセンシングした垂直方向速度成分と同じ方向の速度を入力として与えると抵抗が増すことも報告されている.
v-control法で他にも速度変動成分vthにスレッショルドを設けて以下のような抵抗軽減を得ている.
抵抗軽減25%・・・・・vth=0
抵抗軽減20%・・・・・vth=vrms
抵抗軽減15%・・・・・vth=2vrms
(vrmsはy=yd+における壁面垂直方向速度のRMS)
この選択的制御(selective control)は乱流摩擦抵抗の生成に寄与する支配的な現象のみを直接制御することで抵抗軽減を狙ったものである.
以上の結果は壁面全体の境界条件(つまり上の壁と下の壁)全域において,吸い込み・吹き出しを行ったものである.一般的に,壁面上で一様に吹き出しを行うと摩擦抵抗は減少するが変動成分は増加し,一様な吸い込みはそれと逆の効果をもたらすことが知られている.J.Kimらは一様な吹き出し・吸い込みとアクティブコントロールされた,つまり速度変動をセンシングした位置でのみ吹き出し・吸い込みを行う場合とを比較を行い,数値実験の結果アクティブ制御による吹き出しにより抵抗軽減だけでなく変動成分も同時に抑制することが出来た.このアクティブ制御の吹き出しによる抵抗軽減量は一様に吹き出しを行った場合よりも大きな値をとった.逆にアクティブ制御された吸い込みを行うと一様な吸い込みよりも抵抗軽減の効果は小さかった.しかし流れ場を安定化させることが出来ることを報告している.
また片方のチャネル壁にのみ吹き出し・吸い込みを行った場合に,もう片方の吹き出し・吸い込みを行っていない壁への影響を調べた結果,制御されていない壁面上の摩擦抵抗は普通のチャネル乱流の摩擦抵抗と同じ値となった.これより片方の壁で制御を行ってももう片方の壁へは何ら影響を与えないことが分かった.
3.3 スパン方向速度による制御(w-control)
流れ方向に軸を持つ渦は壁面垂直方向速度と同時にスパン方向速度を誘起する.そこでFig.3のようにスパン方向速度成分を壁面からある一定距離離れたydでセンシングし,逆位相の速度変動を与えるw-controlを行った.センシング位置はv-controlと同様にyd+=5, 10,20,26と変化させて数値実験を行い,yd+=10で約30%の抵抗軽減が得られた.これはv-controlのyd+=10における結果よりも5%ほど抵抗軽減率が高い.しかしyd+>20だとv-controlと同様,摩擦抵抗は増加してしまった.同位相制御(in-phase-control)においても摩擦抵抗は増加した.
Fig.3-逆位相w-control(out-of-phase w-control)の概念図
3.4 垂直・スパン方向速度による制御(v・w-control)
3・2および3・3節で述べたv-controlとw-controlを組み合わせて,v-&w-controlを行った.この場合吹き出し・吸い込みはy方向,z方向から同時に行われるので吹き出し・吸い込みはある一定の角度をもって流れ場へ与えられる.
その結果,抵抗軽減は約30%でw-controlの場合と同じ抵抗軽減率であった.しかし,特定の初期条件流動場を与えると流動場の層流化(laminarzation)が促された.この層流化の生じた原因としては計算を行っているレイノルズ数(Re=1800or3300)が低いためであり,もしももっと大きなレイノルズ数で計算を行ったらこのような層流化は生じないものと思われる.
3.5 流れ方向速度による制御(u'-control)
これまで述べている通り,摩擦抵抗には流れ方向渦が大きく寄与している.そこで壁面近傍における流れ方向速度をyd+=10でセンシングして数値実験を行った.その結果,逆位相制御(out-phase-control)では10%の摩擦抵抗増加,同位相制御では10%の軽減が得られた.このような結果が得られるのは,同位相制御においては制御により壁面近傍において を減少するが,逆位相制御では壁面における が増加してしまうためである.しかしu'-controlではw-controlやv-controlのように25~30%の抵抗軽減が得られないというのは注目すべき事実である.
3.6 壁面センサによる制御(sensors at the wall)
3・2~3・5で述べたような制御方法は速度のセンシングを流動場中で行うものであり,実際の流動場に適用する場合は適していない.それゆえチャネル壁面上に乱流構造を検知するセンサーを配置し,流動場への吸い込み・吹き出しを行う方法を考える必要がある.
つまり壁面センサにより制御を行う場合の一番のポイントは,如何に壁面上に配置したセンサー群でv-controlやw-controlで得られた抵抗軽減効果を実現するか,また壁面上のセンサー群で如何に壁面近傍の乱流構造をセンシングするかにかかっている.
J.Kimらは上記の目的の後者を検討するために,Joint Probability Density Function (J-PDF)を用いて壁面上における物理量と流れ場中の物理量との関連性を調べている.壁面上の物理量としては,壁面圧力・流れ方向速度勾配・壁面上における垂直方向速度のテイラー展開成分などを検討している.
壁面圧力・流れ方向速度勾配のJ-PDFはあまり強い相関が見られなかった.
壁面上における垂直方向速度v(y)のテイラー展開は,
となるが,第1項を連続の式を用いて変形すると,
となる.この第2項についてのJ-PDFを見ると高い相関値を示したので,この項が壁面上における検知量としてはふさわしいと思われる.しかし,この第2項に基づいたv-controlを数値実験したところ,6%の抵抗軽減しか得られなかった.この抵抗軽減量はリブレットなどパッシブ制御で得られる低減量とほぼ同じ値であるため,非常に残念な結果といえる.
3.7 制御による摩擦抵抗軽減メカニズム
J.Kimらの制御方法を用いて最大30%の摩擦抵抗軽減が得られた.この抵抗軽減メカニズムとして,流動場における乱流諸量や壁面上における諸量を,非制御時の諸量と比較することにより,J.KimらはFig.4のような抵抗低減メカニズムを提案している.
Fig.4-J.Kimらの制御方法による摩擦抵抗低減メカニズム
まず研究結果(特に乱流諸量の比較)より言えることは,3章で述べたような制御方法を用いても乱流本来の特性を変化させることは出来ないが,摩擦抵抗の基となる渦構造の強度を弱めることが出来るということである.J.Kimらは抵抗軽減メカニズムとして2つの異なったアプローチから説明を試みている.
1つ目のアプローチ法は最小チャネル流(minimal channel flow)である.最小チャネル流の時系列速度場から2つの重要な抵抗軽減メカニズムが存在することが示された.1つは流動場の制御直後は主に壁面上に存在する流れ方向渦の構造変化を起こさない状態でスィープ運動を抑制することにより抵抗が減るということで,これにより高いせん断率を有する領域が壁面から離れる(y+=5).もう1つは吹き出し・吸い込みにより壁面近傍のスパン方向渦度の上昇(lifting)が安定化・阻害されることで,壁面近傍の渦層の発達過程を変化させ抵抗が軽減される.この上昇運動がないと新しい流れ方向渦の形成が弱めら,その結果抵抗が減る.
2つ目のアプローチ法は,壁面上における孤立渦対の相互干渉(isolated vortex pair interacting with a wall)である.まず吹き出し・吸い込みが1次流れ方向渦(a primary streamwise vortex)に与える影響を分離するために,壁面上で2次元渦双極子が相互干渉するような流れ場を,吹き出し・吸い込みがある場合とない場合についてそれぞれ計算した.その結果,垂直方向速度成分とスパン方向速度成分が1次流れ方向渦対に与える影響が極めて異なることが分かった.v-controlは2次渦の上昇を妨げることで,1次渦と2次渦の相互干渉過程を変化させた.一方w-controlは渦の運動が非制御時のチャネル流と極めて似ていた.しかし,スパン方向速度成分により誘起された強い強度を有する2次渦が流れ場のタイムスケールとともに1次渦対の位置を変化させる.
4.J.Kimグループの研究の流れ
4.1 はじめに
ここではJ.Kimらの研究を時代順に並べて,どのような研究を行ってきたかをフローチャートとしてまとめている.
4.2 J.Kimグループの研究の推移
1987年のJ. Fluid Mech.の論文[7]は,チャネル乱流を低レイノルズ数(Re=1800or3300)でDNSを行ったもので,J.Kimらの研究の基礎を成すものである.これ以降の研究結果との比較は,この論文に出てくる非制御流動場の流動構造を用いて成されている.
1994年のJ. Fluid Mech.の論文[6]は,数値シミュレーションによる乱流チャネル流のアクティブ制御の研究としては秀逸のものであるが,これまでの乱流境界層に関する知見を生かした制御方法を用いている点においてpre-determinedな能動制御といえる.緒言において「これまでの研究はフィードバック・ループの存在しないオープン・ループ制御であった・・・」と書いてあるが,J.Kimらも制御工学の観点から見るとフィードバック制御を行っているとは言えないだろう.しかし流動場の速度成分をセンシングし,その成分と同じ変動成分を壁面上の吹き出し・吸い込みとして与えるという点で,流動場の情報を生かしたフィードバック制御といえるかもしれない.
1998年のJ. Fluid Mech.の論文[4]では準最適制御理論をチャネル乱流の抵抗軽減制御へ適用している.この準最適制御理論とは,Abergel&Teman(1990)[d]が提唱した最適制御理論を数値シミュレーションへ適用するために,短い時間間隔(=計算ステップ)で最適条件を求められるように改良したものである.1993年のJ. Fluid Mech.の論文[13]で,バーガーズ方程式へ適用してその有効性を確認している.余談であるが初めて準最適制御理論をチャネル乱流に適用したのは,J.KimらではなくBewley& Moin(1994)[e]であり,数値シミュレーション結果より17%の抵抗軽減を達成している.この論文では1994年の論文により得られた知見を基にして導いた以下の2種類の評価関数(コスト関数)を最小化するように制御を行い,かなりの抵抗軽減効果が得られた.
上記のコスト関数で異なっているのは,右辺第2項である.上のコスト関数(以後CF1)は吹き出し・吸い込みによりスパン方向圧力勾配が増加することが,間接的に抵抗軽減につながることを利用しており,下のコスト関数(以後CF2)は壁面近傍の動力学が壁面上のスパン方向せん断により引き起こされるという事実を利用したものである.
上記のコスト関数を用いることにより,CF1の場合は16%,CF2の場合は22%の抵抗軽減が達成された.しかしながらこの制御則の欠点はコスト関数から最適アクチュエーションを求めた形が波数空間表現(フーリエ係数)であるために全空間における流動場の情報が必要であり,かつ波数空間表現から物理空間へ逆変換する際の計算負荷が大きい点にある.
J.Kimらはこの論文でもう1つ,
という形のコスト関数(以後CF3)を最小化するようなフィードバック制御を行っている.m=1,2である.この場合の右辺第2項は,直接摩擦抵抗に関連する物理量である.結果はm=1のときは抵抗が減らず,m=2のときは抵抗が増加してしまった.この理由として最適アクチュエーションを定式化する際に非線形項を無視したことが挙げられる.CF1,CF2の最適アクチュエーションを定式化するときには,短い時間間隔においては非線形項を考慮しなくても良いという仮定に基づいていたが,CF3の場合はこの仮定が成り立たなかった.CF3のように摩擦抵抗に直接関連するような物理量をコスト関数内に用いる場合は,いかに短い時間時間間隔といえども非線形項の影響を無視することは出来ないことが示された.もしも非線形項を含めるとすると,何らかの近似を行わない限り閉じた形でフィードバック制御則を構築することは上可能である.Hill(1993)[f]は壁面近傍の非線形項をテイラー展開を用いてモデル化してフィードバック制御則を構築し,それを基にした数値実験で15%の抵抗軽減を得ている.
1998年のPhys. Fluidsでは適応制御コントローラの構築にニューラルネットワーク(以後NN)を用いている.NNは制御対象のシステムに対する先験的な知識無しに複雑かつ非線形な相関を求めるために用いられてきた.ここでは壁面せん断応力と壁面アクチュエーションの相関関係を求めるためにNNを用いている.NNを用いた能動制御の先行研究例としてはJacobson &Reynols(1993)が人工流れにおいて7%の抵抗軽減を達成したものなどがある.この論文では,まず1987年のデータベースを基にしたOff-lineトレーニングによるコントローラの構築とその数値実験,実際の流動場で吹き出し・吸い込みを行い学習させていくOn-lineトレーニングによるコントローラの構築ならびに数値実験を行っている.
4.3 J.Kimグループの研究のフローチャート
ここではこれまでのJ.Kimらの研究をフローチャートにして研究の流れを把握する.Fig.5にフローチャートを示す.まず乱流チャネル流のデータベースの構築から始まり,物理的知見を基にした1994年の能動制御の研究が行われた.これと同時に,最適制御理論を数値シミュレーションへ適用するための準最適制御理論を提案しており,それが1998年の乱流チャネル流の準最適制御の研究につながっている.1997年のニューラルネットの研究,2001年の次元を減らしたコントローラによる制御も,全て1994年の研究からの派生である.また全ての制御の研究を通じて,乱流境界層における線形プロセスの重要性が浮かび上がってきたために,2000年に論文として発表している.この線形プロセスの重要性,つまり線形プロセスを制御することで十分発達した乱流も制御できるという知見はこれからのJ.Kimグループの研究に積極的にも用いられていくと思われる.
5.Abstract Collection
5.1 Controlling A Linear Process in Nonlinear Flows (Proc. 2nd Sympo. Smart Control of Turbulence 2001)
最近の乱流中における線形メカニズムの役割についての研究を,いかにしたら乱流制御を有効なものと出来るかという観点から議論する.壁面境界層流れ中の重要な線形メカニズムの役割を分離するようにデザインした数値実験を行い,その結果から非線形流れ中の線形メカニズムを制御することが流れ制御へ向けた実行可能な1つの道筋であることが実証できた.本実験で用いた線形コントローラの仕様についてもまた触れている.
5.2 A linear process in wall-bounded turbulent shear flows (Phys. Fluids, 12-8 2000)
壁面拘束せん断乱流中の線形プロセスについて数値実験を行い研究した.線形カップリング項,この項により線形化されたナビエ-ストークス・システムの非線形性が増すのであるが,十分発達した乱流,つまり非線形流においても重要な役割を果たすことが示された.壁面近傍乱れは線形カップリング項がないと減衰することが示された.また壁面近傍乱流構造はナビエ-ストークス方程式の非線形項がないと適切なスケールで形成されないことから,通常観察される壁面近傍乱流構造の形成には基本的に非線形性が必要であることが分かった.しかし,その構造の維持は線形項によって成される.線形項の他の役割についても議論している.
5.3 Application of neural networks to turbulence control for drag reduction (Phys. Fluids, 9-6 1997)
ニューラル・ネットワークに基づいた適応制御コントローラを構築し,乱流チャネル流へ抵抗軽減を狙って適用した.壁面におけるスパン方向せん断応力のみに基づいた吸い込み・吹き出しによる簡単な制御ネットワークで,同じ条件のDNSによるチャネル乱流の結果と比べると最大20%の摩擦抵抗軽減が得られた.またニューラル・ネットワークに基づいた重み分布に定常なパターン(a stable pattern)が観察された.これにより同等の抵抗軽減が得られる単純な制御スキームを構築できる.この単純な制御スキームにより,スパン方向に壁面せん断応力の局所的な和に比例した最適な吸い込み・吹き出しを生成することが出来る.それに対応した重み分布は単純でローカライズドされている.それにより実際の流動場で用いる際に比較的容易に適用が可能となる.乱流特性やそれに関連した問題についても考察している.
5.4 Suboptimal control of turbulent channel flow for drag reduction (J. Fluid Mech., 358 1998)
摩擦抵抗軽減のための単純なフィードバック制御則を,乱流チャネル流に準最適制御理論を適用することにより得た.この制御則は壁面上における圧力とせん断応力の情報だけが必要であり,Ret=110の乱流チャネル流れに適用したところ16-22%の摩擦抵抗低減が得られた.壁面圧力や壁面せん断応力など局所的な分布だけで足りるようなより実用的な制御則についても導いて,前述の制御則と同等の効果を示すことが示された.
5.5 Application of reduced-order controller to turbulent flows for drag reduction (Phys. Fluids, 13-5 2001)
次元を減らした線形フィードバック・コントローラを構築し抵抗軽減を達成するために乱流チャネル流へ適用した.線形化された2次元ナビエ-ストークス方程式より,流れ方向壁面せん断応力を計測することにより吸い込み・吹き出しを生成するフィードッバック・コントローラをモデル・リダクション法とLQG/LTRシンセシスを用いて導いた.シンセシスのために用いた2次コスト基準(quadratic cots criterion)は,流れ方向壁面せん断応力より構成されており,吸い込み・吹き出しによる制御効果の項も含まれている.線形システム理論より導かれたこの2次元コントローラは,低レイノルズ数非線形チャネル乱流のDNSの計算結果において10%の抵抗軽減をもたらすことが示された.2次元コントローラでは捉えることの出来ないスパン方向のせん断応力の変化は単純なスパン方向ad hoc制御則を用いることにより抑制した.この流れ方向の速度勾配のみが必要な3次元コントローラによりさらなる抵抗軽減効果が得られることが分かった.必要とされる入力電圧は抵抗軽減によりかなり低く抑えられることが示された.これらのコントローラによる乱流特性の変化についても考察している.
5.6 Active turbulence control for drag reduction in wall-bounded flows (J. Fluid Mech, 262 1994)
本研究の目的は直接数値計算(DNS)を用いることにより壁面摩擦抵抗を減らすような乱流能動制御を達成するための試みをすることである.壁面領域に存在する動力学的に重要な役割を果たす秩序構造(coherent structure)を抑制するように壁面境界条件を設定したところ,劇的な抵抗軽減効果が得られた.この抵抗軽減は壁面層構造の強度を弱くし流れ場全体のレイノルズ応力の大きさを減らすことにより達成できた.制御を行った流れ場では乱流統計量が明らかに壁面から離れる方向に移行する,このことは境界層の仮想原点が移動しサブレイヤーが暑くなったことを示すものである.流れ場を時系列で追っていくと抵抗軽減には2つの重要なメカニズムが関係していることが分かった.1つ目は,制御を開始した直後の短い時間内で,摩擦抵抗が主に壁面上にある流れ方向渦構造を変化させることなくスウィープ運動を抑制することで減少するということである.その結果,制御により壁面上の高せん断領域はチャネル内部の方へ移動する(壁面から高せん断領域が離れる).2つ目は,能動制御により壁面渦層の発達過程が変化するということである.これは壁面近傍のスパン方向渦が安定化かつ上方へのリフトアップが阻害されたために起こる.その結果,壁面上で新しい流れ方向渦の形成が抑制される.
5.7 Turbulence statics in fully developed channel flow at low Reynolds number (J. Fluid Mech, 177 1987)
乱流チャネル流のDNSを行った.非定常ナビエ-ストークス方程式を中心平均速度とチャネル半値幅に基づくレイノルズ数Re=3300において,グリッド数4×106(192×129×160, x, y, z)で数値的に解いた.全ての乱流スケールについて設定したグリッド数で解けており,サブ・グリッド・スケール(SGS)モデルは用いていない.膨大な乱流統計量について算出し,これまで成されてきた実験結果と比較した.実験結果と一致したところや上一致であったところについて詳しく考察した.さらにこれまでの実験結果を補完するような統計量間の相関値を初めて報告する.
5.8 On the structure of pressure fluctuations in simulated turbulent channel flow (J. Fluid Mech, 205 1989)
乱流チャネル流内の圧力変動に関して,DNSより得られたデータベースを利用して研究を行った.圧力変動に関する詳細な統計量について示した.速い(線形)圧力変動と遅い(非線形)圧力変動に関係する特性について考察を行った.壁面近傍を除いて流れ場全体で,遅い圧力変動の方が速い圧力変動よりも大きく,壁面近傍では両者の大きさは同程度であった.このことは非線形項は線形項に比べて無視できるという一般的な事実に反する.確率密度分布,パワースペクトル,2点相関について圧力変動の特徴を明らかにするために検討した.圧力変動の流動場全体に対する依存関係と圧力-歪み相関についても,それらのグリーン関数形式に関連した積分を評価することにより検討した.圧力-歪み相関が大きな壁面近傍領域では,圧力-歪み相関項のほとんどの寄与は壁面領域より(つまり局所的に)成される.ところが圧力-歪み相関項が小さな壁面から離れた領域では,寄与は全体から成される.壁面における瞬時圧力と圧力勾配の構造とそれに対応する渦度場について考察した.
5.12 On the relation of near-wall streamwise vortices to wall skin friction in turbulent boundary (Phys. Fluids, A5-12 1993)
十分発達した乱流チャネル流のDNSから得た結果を用いて,壁面上の摩擦抵抗と壁面近傍に存在する流れ方向渦との関連性について検討した.その結果,壁面せん断と壁面近傍における流れ方向渦には相関があり,最も強い相関は摩擦抵抗を計測した場所よりも下流方向で生じることが分かった.また高い摩擦抵抗を示した領域の近傍において条件付で平均化した統計量から,高い摩擦抵抗値はより壁面に近い場所に位置している流れ方向渦と関連があることが示された.壁面近傍の渦構造と摩擦抵抗の可視化によって,壁面上の高い摩擦抵抗領域は流れ方向渦に起因することが示された.
※文章中の[]の数字は参考文献番号を指す.なお参考文献については,以下を参照.
参考文献
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作成日:2001年6月14日
1.緒言
Keywords:Turbulence Control, Active Control, Drag Reduction, Channnel Flow, Sub-optimal Control, Neural Network (NN), Coherent Structures
Abstract
目次
1.緒言
2.過去の研究ならびに研究目的
2.1 壁面拘束流れ(wall-bounded flow)について
2.2 壁面拘束流れの実験的研究
2.3 壁面拘束流れの数値シミュレーション
2.4 壁面近傍の準秩序構造と乱流摩擦
3.アクティブ制御の制御手法
3.1 はじめに
3.2 垂直方向速度による制御(v-control)
3.3 スパン方向速度による制御(w-control)
3.4 垂直・スパン方向速度による制御(v・w-control)
3.5 流れ方向速度による制御(u'-control)
3.6 壁面センサによる制御(sensors at the wall)
3.7 制御による摩擦抵抗軽減メカニズム
4.J.Kimグループの研究の流れ
4.1 はじめに
4.2 J.Kimグループの研究の推移
4.3 J.Kimグループの研究のフローチャート
5.Abstract Collection
5.1 Controlling A Linear Process in Nonlinear Flows
5.2 A linear process in wall-bounded turbulent shear flows
5.3 Application of neural networks to turbulence control for drag reduction
5.4 Suboptimal control of turbulent channel flow for drag reduction
5.5 Application of reduced-order controller to turbulent flows for drag reduction
5.6 Active turbulence control for drag reduction in wall-bounded flows
5.7 Turbulence statics in fully developed channel flow at low Reynolds number
5.8 On the structure of pressure fluctuations in simulated turbulent channel flow
5.12 On the relation of near-wall streamwise vortices to wall skin friction in turbulent boundary
参考文献