指揮者という仕事は,クラシック音楽がこの世に現れてから,すぐに出来たものではありません.
15世紀のルネサンス,16世紀の古典主義の時代までは,だいたい自分で作曲した曲は自分で指揮を振っていました.ルネサンスというと,それほど有名な作曲家はいませんが,ヴィヴァルディの四季などは,この時代の超有名作品です.
ベートーヴェンは,年をとるにつれ耳が聞こえなくなりましたので,交響曲第9番の初演の際はベートーヴェンではなく,代わりの人(補助指揮者)に振ってもらっています.曲が終わって慣習が大拍手でベートーヴェンの曲の素晴らしさを称えていたのに,耳が聞こえなかったため,補助の指揮者に振り向かせてもらい観衆の拍手に応えた,というのは有名な逸話です.
さて,指揮者の歴史ですが,指揮者という仕事が仕事として定着したのは,メンデルスゾーンとワーグナーの頃です.時代でいえば,18~19世紀にかけてでしょうか.
メンデルスゾーンもワーグナーも作曲家として,とても有名です.メンデルスゾーンは,バロック時代なのどの曲を復活初演し,ヨーロッパの人々にバッハなどのバロック時代の作品を紹介していたようです.記憶が間違ってなければ,"マタイ受難曲"というバッハの超大作を復活初演し,バッハの偉大さを改めてヨーロッパの人々に印象付けたのは,メンデルスゾーンです.
指揮者は,指揮棒を持っていますが,指揮棒のことを「バトン」ということがあります.
私はメンデルスゾーンが,バトンのように太い棒を持って指揮を振っている姿を描いた絵を見たことがあります.私の想像ですが,指揮棒のことをバトンと呼ぶのは,昔は指揮棒がバトンのように太いものだったからではないかと思います.
さて,メンデルスゾーン・ワーグナーの作曲家・兼・指揮者時代から,作曲者と指揮者が別々の仕事として別れていくのが,19世紀後半です.ちなみに作曲家・兼・指揮者の系統は,マーラー,そしてバーンスタインと受け継がれていきますが,最近は兼業している人はあまり見かけません.まぁ,挙げるとしたらブーレーズぐらいでしょう.
専業指揮者としてまず第一に挙げるべきは,ハンス・フォン・ビューロー.世界有数のオーケストラ,ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(以下ベル・フィル)の初代指揮者です.僕としては,彼の登場から専業指揮者の時代があけると思っています.
その後,ベル・フィルの第2代目アルテゥール・ニキシュ,そして私の敬愛する第3代目ヴィルヘルム・フルトヴェングラー.
ニキシュは,ベル・フィルで初めてのレコード録音をしています.確かベートーヴェンの運命です.現在,ドイツ・グラモフォンから復刻CDが出ています.聞いたことはありませんが,おそらく音が相当悪いと思います.
フルトヴェングラーが活躍した時代,すなわち19世紀前半は,化物指揮者の時代でした.というのは,この時代に活躍した指揮者を挙げると,
ウィレム・メンゲルベルク
などです.まだ他にもいますが,とりあえずこの4人でも十分でしょう.
トスカニーニ.この人はイタリア出身で,数多くの有名なオペラの初演を手がけています.あと,癇癪(かんしゃく)もちだったらしく,上手く弾けないプレイヤーがいると「アウト」と言って即刻クビにしたといいます.また,怒り心頭になってコンサートマスターの指を,指揮棒で突き刺してしまい,裁判沙汰になったこともあるようです.それはともかく,晩年にアメリカに渡りNBC交響楽団の指揮者になって,数多くの録音(モノラルですが)をしたため,今でも彼の偉大な芸術を楽しむことが出来ます.
メンゲルベルクは,オランダのアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の指揮者を50年間務めあげ,その結果,指先一つの動きでオーケストラの音色を変える,とまで言われたすさまじい指揮者です.彼の特徴はポルタメント.甘美な表現が得意なようです.僕はCDを所有していないので,あまり詳しく分かりません.
さて,ワルター.この人ももともとヨーロッパで活躍していましたが,ナチスドイツの侵略により,アメリカの亡命し,そこでコロンビア交響楽団の指揮者になり数多くのステレオ録音を残してくれました.このステレオ録音は,彼のレパートリーをほぼ網羅しており,素晴らしい内容です.僕はベートーヴェン全集,ブルックナーの第7番,モーツァルトの交響曲39・40・41番を持っていますが,どれも素晴らしいです.ワルターも,甘美な表現で,曲をしっとりと仕上げるタイプです.
とりあえず,フルトヴェングラーからワルターまで,何がすごいというと,みんな個性丸出しなんです.この時代の指揮者は,カリスマ指揮者時代とも言うべき,カリスマぞろいで,現在の無個性指揮者とは雲泥の差です.
このように,カリスマ指揮者時代から,次はカラヤン・バーンスタイン時代に入ります.
この二人は,名前だけは聞いたことがあるかもしれませんが,カラヤンは主にヨーロッパで,バーンスタインは主にアメリカで活躍しました.
カラヤンは,フルトヴェングラー亡きベル・フィルの第4代指揮者です.カラヤン=ベル・フィルのコンビは,ステレオ録音・デジタル録音を通じて数多くの名盤を残しました.フルトヴェングラーと比べると,識者の主張が弱い,という感じもしますが,どんな曲でも万人に共感できるように演奏できたカラヤンはやはり偉大であると思います.また,カラヤンがCDなどのメディアで,自分の録音を積極的に残そうとしたもの,クラシック音楽普及につながったと思います.
バーンスタインは,ニューヨーク・フィルハーモニックの黄金時代を1960年代に築き上げました.その後も,ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と数多くの熱演を,ライブ録音という形で残しています.上でも書きましたが,バーンスタインは作曲家でもあります.有名な曲では,「ウェストサイド物語」があります.この曲を知らなくても,挿入歌には聴いたことがある曲がきっとあります.バーンスタインの真骨頂は,マーラーです.マーラーもユダヤ人,バーンスタインもユダヤ人,ということで何か共感することがあるのかは分かりませんが,バーンスタインのマーラー全集は必聴です.マーラーになじめない人は,是非バーンスタインのマーラーを聴いてみてください.
さて,カラヤンが1989年に,バーンスタインが1990年に亡くなると,指揮者の世界はカリスマ不在に陥ります.確かにベル・フィル第5代のクラウディオ・アバドも良いです.今度ベル・フィルのシェフ(常任指揮者のことをしばしばシェフと呼ぶ)になる,サイモン・ラトルも良いです.だけど,何か足りない気がします.
僕の勝手な時代分けで行くと,現在は指揮者の時代というよりも,作曲家の時代と言えそうです.というのは,違う指揮者が振っても,それほど解釈に差がないからです.解釈に差がないと言うことは,演奏の仕方,例えばここでクレッシエンド(だんだん音量を大きくする),ここでピアノ(音量を小さく)などがほとんど一緒なんです.
まぁ,違えばいいってもんじゃないんですが,あまりにも違わないのも面白くないんですね.
僕の素人指揮者談義ですから,そうは思わないと言う人がいれば,それで結構だと思います.まぁ,僕としてはカリスマ指揮者,化物指揮者の時代がまた到来することを夢見ています.