アルキメデス(Archimedes)紀元前287年?~紀元前212年 永久機関中立派?古代ギリシアの数学者、物理学者、技術者、発明家、天文学者。古典古代における第一級の科学者という評価を得ている。アルキメデススクリュー、てこの原理、アルキメデスの原理は後の永久機関の研究に数多くの影響を与えた。Archimedes - Wikipedia ブラフマグプタ(Brahmagupta)598年~665年 肯定派インドの数学者・天文学者。数理天文書『ブラーマ・スプタ・シッダーンタ』(628年)と『カンダ・カーディヤカ』(665年)を作った。彼の生涯についてはよく分かっていないが、現在のインド中央部に位置するウッジャインという町で暮らし、そこにあった天文台の天文台長であったことが知られている。彼はイスラム世界やヨーロッパにインド数学や天文学を伝える役割を果たした。左右対称のスポークの中に半分ほど水銀を満たした車輪を考案した。Brahmagupta - Wikipedia ララ(Lalla)720年頃~790年 肯定派インドの数学者、天文学者、占星術師。8世紀の主要なインドの天文学者の一人として知られている。『シシュヤディーヴリッディダタントラ』の中で、永久運動に関する最古の既知の記述が記述されている。軸に対して斜めに円筒形の容器を取り付け、半分ほど水銀を満たした車輪を考案。一般的に知られている水銀を用いたバースカラの車輪は、実はララが考案したものである。後のバースカラ二世に影響を与えた。Lalla - Wikipedia バースカラ二世(Bhaskara II)1114年~1185年 肯定派インドの数学者、天文学者。ヒンドゥー教の学者のデシャスタ・バラモンの家に生まれたバスカーラ二世は、古代インドの主要な数学の中心地であるウッジャインの宇宙天文台の天文台長であった。12世紀の数学と天文学の知識に大きく貢献した。彼は中世インドの最も偉大な数学者と呼ばれている。ララの車輪に対してバースカラの車輪は容器が湾曲している。Bhāskara II - Wikipedia ヴィラール・ド・オヌクール(Villard de Honnecourt)12世紀末頃 肯定派13世紀のフランスの建築家、芸術家。 建築関連分野の人物による、ゴシックを扱った中世最古の現存する文献、通称『画帖』の作者としてその名が残っている。この『画帖』は美術、建築のみならず動植物や機械など、その採録図柄の広さからゴシックのエンサイクロペディアとも評される。奇数個の木槌が取り付けられた車輪(オヌクールの金槌)を考案Villard de Honnecourt - Wikipedia タッコラ(Taccola)(本名:マリアーノ・ディ・ヤコポ(Mariano di Jacopo)1381年~1453年 肯定派ルネサンス初期のイタリアの博学者、管理者、芸術家、技術者。彼の技術論文DeingeneisとDemachinisで知られている。これらの論文は、さまざまな革新的な機械と装置の注釈付きの図面を特徴としている。彼の作品は、後のフランチェスコ・ディ・ジョルジョやレオナルド・ダ・ヴィンチなどに影響を与えた。タッコラとはイタリア語でコクマルカラスやイタズラという意味がある。オヌクールの車輪を洗練した非平衡車輪を考案した。Taccola - Wikipedia マルクアントニオ・ズィマーラ(Marcantonio Zimara)1475年~1535年 肯定派イタリアの学者、医師。イタリア半島南端の街ガラティーナに生まれた。パドヴァ大学で医学と哲学を学び、パドゥヴァとナポリでアリストテレスの哲学や医学を教えた。アリストテレスやアルベルトゥス・マグヌスの著作に注釈を加え、病気に関する著作もあった。水や錘を使わずに永久運動を作る方法として、風車によって駆動されるふいごによって風を起こして風車を廻す永久機関(ズィマーラの風車)の記述を残した。Marcantonio Zimara - Wikipedia フランチェスコ・マルティーニ(Francesco di Giorgio Martini)1439年~1501年15世紀の万能技師と言われている。永久機関を製作したという事実は無い。しかし彼の写本には 重錘や流体を用いて片側を常に重くする “非平衡車輪” のスケッチが 2–3 図存在し、後世の研究者が「中世の永久運動案の一例」として言及している。マルティーニ自身はそれを“実用装置”として宣伝したわけではなく、「機械学の好奇的モデル」を収集する流れの中で描き留めたものと見られる。Francesco di Giorgio Martini - Wikipedia レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)1452年4月15日~1519年5月2日 否定派イタリア生まれ。芸術家、画家、博学者、科学者、占星術師、鏡文字、音楽、建築、料理、美学、数学、幾何学、会計学、生理学、組織学、解剖学、美術解剖学、人体解剖学、動物解剖学、植物解剖学、博物学、動物学、植物学、鉱物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、化学、光学、力学、工学、流体力学、水理学、空気力学、飛行力学、飛行機の安定、航空力学、航空工学、自動車工学、材料工学、土木工学、軍事工学、潜水服などの分野に顕著な業績と手稿を残したとされる。Leonardo da Vinci - Wikipedia シモン・ステヴィン(Simon Stevin)1548年~1620年 否定派ベルギーのブルッヘ出身の数学者、物理学者、会計学者、オランダ軍主計将校。ガリレオ・ガリレイよりも早く落下の法則を発見し、また、ヨーロッパで初めて小数を提唱したとして名高い。1586年、数珠を用いた思考実験(ステビンの数珠)により永久運動の不可能と、斜面の法則について証明して力の平行四辺形の法則の発見に至った。Simon Stevin - Wikipedia ヴィットリオ・ゾンカ(Vittorio Zonca)1568年~1603年 肯定派イタリアの技術者、作家。彼は『the Theater of machines(機械の劇場)』を執筆し、彼の死から4年後の1607年にパドヴァで出版された。ポンプを使わず水を汲み上げる永久機関「ゾンカのサイフォン」を考案した。Vittorio Zonca - Wikipedia ロバート・フラッド(Robert Fludd)1574年1月17日~1637年9月8日 肯定派ルネサンス後期のイングランドの医師。当時主流ではなかったパラケルススの考えを中心に医学を学び、神秘主義(オカルト)にも興味を示した。音楽家、天文学者、数学者という側面を持ち、オカルトに関してはカバラを学び、薔薇十字団を支持した。アルキメデスの螺旋の揚水装置を利用した永久機関を考案。これはロバート・フラッドの粉挽き水車として知られている。Robert Fludd - Wikipedia ルネ・デカルト(René Descartes)1596年~1650年 否定派フランスの哲学者、数学者。合理主義哲学の祖であり、近世哲学の祖として知られる。デカルト座標系、デカルト積のようにデカルトの名がついたものにカルテジアンという表現が用いられる。デカルト主義者もカルテジアン(仏: Cartésien、英: Cartesian)と呼ばれる。エネルギーの保存則が確立される前に「エネルギーの総量は常に一定」だと考えた。René Descartes - Wikipedia ジル・ド・ロベルヴァル(Gilles de Roberval)1602年~1675年 否定派フランスの数学者。運動力学に業績があり、微積分学の先駆者の一人。1631年にジェルヴェ・コレージュの自然科学の教授に任じられた。その2年後、フランス王立学院の数学者となり、1675年に没するまでその地位にあった。数学以外の分野では、コペルニクスの地動説を擁護する宇宙論を記し、「ロベルヴァルの秤」と呼ばれる、秤の機構を発明した。Gilles de Roberval - Wikipedia