真のロータリアン
第60区ガヴァナー 小林雅一 「ロータリーの友」1953年4月号
東京R・C・の最も古い正会員であった、黒澤貞次郎君は1月1日以来脳出血で倒れ、治療中であった所、遂に1月27日逝去されました。享年は78歳の由で あります。
同君の人と成りや、事業の経営方針等に就ては既に長年に渉って世間に良く知られて居り、私がここに述べる必要は無いのでありますが、只私はロ一タリ アンとしての同君に就いて一言陳べさせで頂き度いのであります。
黒澤君こそは、あらゆる面に於てロ一タリ一精神を身を以って実行した、模範的の人であったと私は思います。
先ずロ一タリ一の目的に認めてある4項目に対して同君は如何であったかを当てはめて見ましょう。
第1、同君は1923年東京R・C・の会員となり以来30年の永きに亘りて常に100%又はそれに近い出席率を保持し理事、及会計を勤められたのみならず、 会員として他会員との交友は最も広く且つポピュラ一であり、全会員に尊敬されて居ったのであります。
同君のあのやさしい態度や天性の愛嬌は誰でも接する人をチャ一ムせずにはおきませんでした。斯くして同君は第1の目的たる「奉仕の機会を作るため 知人を拡めてゆくこと」を完全に行ったのであります。
第2の「職業を通じて社会に奉仕する」事に対しては、同君の事業は、50年以上になりますが、同君がロ一タリ一に人会される以前よりその精神を実行 せられ、終始変らず継続されて居った事は余りにも有名であります。
例えば売手と買手との関係に於ても同君は一旦タイブライタ一を販売すれば、常にそのタイブライタ一が完全に調子好く動いて居るか、否やを買手に尋 ね、少しでも不満足の点があれば直に修理をするか、新品と取換え、常に顧客の満足の行く様にされて居ったのであります。又同君の考案された仮名文字 タイプライタ一は最初の3台を売るのに実に18年も掛った事や、唯一の得意先である郵政省に年々巨額の納入をして居るのに関わらず、末だかつて只の1回 も御馳走をしたことがないと云う様な事柄は、ロ一タリ一の云う売手、買手の関係を理想的に実行して居ったと云えると思います。又労使関係に於ては同君 は完全なる家族主義を実行され、数十年前より各従業員の家庭に住宅並に菜園を提供し日常の生活に不安のない様にして来たのであって、太平洋戦争当時及 戦後の食料や住宅不足の時でも、黒澤村の人々だけは、余り心配なしに生活出来たのであります。従業員の中には、三代に亘って勤務して居る人も居る由で、 従業員及その家族からは慈父とも仰がれ親しまれて居ったのであります。
第3の社会奉仕の面では同君はその工場の敷地内につとに小学校を建築して自費を以って経営して居られたのであります。(現在は戦災のため焼失してそ のままとなって居る。)又早くより自費を投じて遠く玉川より水道を引き、それを附近の人々に別け与えて居ったのであります。其他自費を以て交番を設置す るとか、消防署を設けるとか、各方面に多額の費用と協力をおしまなかったことは有名であり、ロータリ一の理想を実地に励行して居ったのであります。
第4の国際奉仕の方面では、同君は幼少の時より米国に渡り10年間もL・C・SMITH会社に勤務した関係上スミス氏(既に故人)の信用絶大にて今日迄50年 以上も密接な関係を保持して居り多数の友人知己を米国に持って常に国祭親善に寄与して居られたのであります。氏は長男圭一君を英本国に留学させ、その 後1930年にはまだその頃日本人の渡航者は殆んど無かった、二ュ一ジーランドのオークランド大学へ二男の英二君を留学させ、将来日本と二ュ一ジ一ランド の国交の為めに尽させ様となされた事などは同君が如何に国際間の理解、親善に心を用いて居られたかが窺われ、口一タリ一の理想の実現に努力されて居っ たことが判かるのであります。
凡そロ一タリ一の第1の標語である”SERVICE ABOVE SELF”を同君の如く、日常生活に実行した人は世界365,000人のロ一タリ一会員の中でも少ないと思 います。同君が如何に己れに奉ずること薄く、他に奉仕することの厚かったかは毎日新聞(2月4日夕刊)にも載って居った通りであり、同君を知って居た人の 全部が認める所であろう。又その結果として同君の事業は益々栄え最近迄数年間全国個人納税者のNo.1であった程に利益も挙がったのであります。これこそ 即ち第2の標語”HE PROFITS MOST WHO SERVES THE BEST”の実証者と云えると思います。
東京R・C・が生前同君を最も傑出したる会員(THE MOST OUTSTANDING MEMBER)としてスウェ一デン国王70歳祝賀の記念品として逞られた金ピンを同君に贈 与されたことは誠に故なきに非ずであります。我々は今、斯くの如きロ一タリ一の権化とも言うぺき同君を失ったことは誠に悲しいことであり、日本のロ一 タリ一、否世界のロ一タリ一の為めにも惜みても尚余りあることであります。
私はここに慎んで弔意を表し、天上の同君の霊に対し御冥福を御祈り致すと同時に遣された夫人並に御家族の上に神の御恵みと御慰の裕かならん事を祈る ものであります。