図書館の多文化サービス 小林卓

(『現代の図書館』33(3), p.216-221,1995年9月、に「多文化社会図書館サービス」として書いたものを改訂。)

1995.9 初版

2002.6 改訂第2版

1.図書館の多文化サービスとは

図書館の多文化サービスとは,奉仕地域・対象者の文化的多様性を反映させた図書館サービスの総称である。その主たる対象としては,民族的,言語的,文化的少数者(マイノリティ住民)がまず第一義的にあげられるが,同時にその地域のマジョリティを含む全ての住民が,相互に民族的,言語的,文化的相違を理解しあうための資料,情報の提供もその範囲に含む奥行きと広がりをもつサービス概念である。

サービスの名称に関しては,国際図書館連盟(IFLA)の同分野の分科会では現在その英語名称をSection on Library Services to Multicultural Populationsとしているが,各国の事情と時期によってmulticultural library services,multicultural librarianshipなどの多様な呼称が使用されている(注1)。日本においては,現在「多文化サービス」もしくは「多文化社会図書館サービス」の名称が一般化しつつある状況である。

2.サービスの発展経緯

図書館の多文化サービスの概念は1960-70年代以降,北アメリカおよび北西ヨーロッパ諸国,オーストラリアなどの国々を中心に発展してきた(注2)。その社会的背景としては,(1)アメリカ合衆国におけるアフリカ系アメリカ人公民権運動の進展とそれに引き続く各マイノリティ住民の民族意識の高揚,(2)北西ヨーロッパにおける外国人労働者の大規模な受け入れに代表される国際労働力移動の活発化,などをあげることができる。こうした流れにともない上記の国の図書館ではその国のマジョリティの言語/文化を主流としてきた従来のサービスから,地域社会の文化的多様性を反映したサービスが積極的に提唱,実践されるようになり,多文化社会サービスは現在の図書館サービスを考える上での重要な要素の1つとして捉えられるようになっている。

日本においては,奉仕対象者としてのマイノリティ住民を考慮したサービスが明確に意識され,各地での実践が急速に発展していったのは1980年代後半以降のことである。1986年のIFLA東京大会において,日本の公立図書館におけるこの種のサービスの不足が指摘され,サービス発展を促す決議があげられたことは,図書館の多文化サービスの概念普及の大きな契機となった。(注3)

一方実践の面では1988年が1つの画期的な年となった。この年大阪市立生野図書館の韓国・朝鮮図書コーナーと厚木市立中央図書館の国際資料コーナーが設けられ,その後各地の地域館で同種のサービスがはじまる先鞭がつけられた。

日本における図書館の多文化サービスの広がりの背景としては,在日韓国・朝鮮人をはじめとする定住外国人の権利擁護運動の進展,新規入国者数の急激な増大,自治体の「国際化」強調施策等をあげることができるが,同時にそれ以前の図書館活動が多文化サービス発展の土壌を形成していたという点が見逃せない。

これは(1)70年代から東京都立中央図書館の中国語,韓国・朝鮮語資料の収集と提供や,関西の韓国・朝鮮関係私設図書館の活動など優れたサービスが行われていたこと,(2)60年代後半以降の日本の公共図書館発展の中で,「いつでも,どこでも,誰にでも,どんな資料でも」の合言葉のもとに,「住民の権利としての図書館利用」という概念が根づいてきていたこと。なかでも障害者サービスを実践するなかで,「読書権」をひとつのキーワードにすべての住民に対してサービスを保障する必要性と図書館の責任が認識されてきたこと,の2点から考えることができる。

したがって日本における図書館の多文化サービスを単なる「舶来物」とみたり,国際化社会の新しいサービスとのみ捉えるのではなく,『市民の図書館』以降の地域住民奉仕の流れの中に位置づける必要がある。1980年代後半以降の日本における図書館の多文化サービスの概念の普及と実践の広がりは,いわば外側から扉を叩く動きと内側から扉を押し開ける動きが一致した結果であるということができるだろう。

3.サービスの意義

図書館の多文化サービスの根底に流れる理念としては,(1)すべての住民に対して公平で平等な図書館サービスが提供されるべきであるということ。(2)マイノリティ住民が自らの言語,文化を維持・継承し,発展させる権利を保障するための1つの機関として図書館は位置づけられるということ。(3)多文化,多民族共生社会におけるマイノリティ,マジョリティ住民の相互理解を促進するために図書館は住民を援助することができるということ,をあげることができる。

(1)については,まず図書館の多文化サービスのひとつ有力な根拠として,「外国人もまた納税者である」という視点をあげることができる。これは,欧米などの文献によく書かれていることであるが,税金によってなりたつ公立図書館は納税者の必要に基づくべきであり,そこに現在の公立図書館のひとつの存在理由がある。だとすれば,納税者である在住外国人にもまた公立図書館の利用の便がはかられなければならない。これは,恩恵ではなく,正当な権利として享受されるべきものである,というのがその主張である。

その日本における法的規定は,地方自治法に求めることができる。同法では,第10条において“市町村の区域内に住所を有する者は,当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする。 第二項 住民は法律の定めるところにより,その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し,その負担を分任する義務を負う”と述べられている。「外国人は住民です」といわれる根拠である。

ただし,このことの意義と,論拠としての有力さを踏まえた上で,私たちはもう一歩おし進めて考える必要があるだろう。たとえば,子どもへの図書館サービスを考えるとき,その根拠は親が納税者であるというだけでは,不十分である。納税者としての権利に限定されることなく,より深く根底にある「人」の権利として,図書館の利用は保障されなければならない。こうした考えには,前述のように障害者サービスとの関わりから得られる視点が重要である。障害者サービス実践の中で確認されてきた原則とは「障害者であるがゆえに図書館の利用に際して不利益があってはならない」という点と,「そのためには障害者独自の条件を反映した施設・設備,資料,人的サービスが必要である」ということである。読書への要求,知る自由保障の必要性はおとなや子ども,視覚障害者,晴眼者,マジョリティ住民,マイノリティ住民でなんら変わるものではない。すべての住民の知る権利,情報へのアクセス権,読書権,学習権,教育権等の普遍的で正当な権利を保障するサービスの一環として図書館の多文化サービスは位置づけられるものである。

(2)については,現在の日本ではマイノリティ住民のこうした権利を明記した法律は見受けられないが,国際的な条約等においてはマイノリティ住民の文化,言語の維持,発展に関する権利が認められるようになってきている。

以下その根拠を示す主要な条約等をみると,国際人権規約の「市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権規約B規約 自由権規約:1966年)」の第27条〔少数民族の権利〕では,“種族的,宗教的又は言語的少数民族が存在する国において,当該少数民族に属する者は,その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し,自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利を否定されない”と記され,「児童の権利に関する条約(1989年)」では第29条〔教育の目的〕の1において“締約国は,児童の教育が次の目的に向けられることに同意する。[中略](c)児童の親,児童自身の文化的特性,言語及び価値,児童が在住している国及び児童の出身国の国民的価値並びに自己の文明と異なる文明に対する尊重を発展させること”と述べられている。

(3)については,マイノリティ住民はマジョリティ住民によって差別され迫害をうける傾向が,国を問わずに存在するという厳しい現実を認識することが必要である。これはマイノリティ住民の側の問題ではなく,差別,迫害を行うマジョリティの側の問題であり,マジョリティ住民が変わらなければこの現実は解消されない。異文化理解はまずマジョリティにこそ必要とされるものである。

アメリカ合衆国におけるマイノリティ住民への図書館サービスの歴史をまとめたS・スターン氏は以下のように述べている。“図書館はアメリカ人がコミュニティ,親密性,価値の感覚の強化を望む際,頼りにする生活の糧の1つである。移民への共感の感覚を提供し,偏見を排除し,マイノリティ住民の自己決定を援助し,マイノリティ集団どうしのあるいはマイノリティとマジョリティの間のより多大な協力を推し進めることにより,図書館はアメリカ合衆国における多元主義の重要なセンターとしての役割を強化しつつある”(注4)。

図書館の多文化サービスは,ひとえにマイノリティ住民のためだけのサービスではなく,マイノリティ,マジョリティ双方が共生する地域社会における図書館をより豊かで魅力的なものにしていくサービスである。

4.図書館の多文化サービスの内容

IFLAの多文化社会図書館サービス分科会は1987年に『多文化社会:図書館サービスのためのガイドライン』を発表,1998年にはその改訂版を出してサービスの指針を示している(注5)。ここでは“重要な点は,民族的・言語的・文化的マイノリティへの図書館サービスが,「通常の」サービスとは別個のものとか,付け足しとみなされてはならないとことである。それはどんなサービスはにも不可欠なものとみなされなくてはならない”とされ,図書館の多文化サービスが館種や部門を問わず,図書館業務全般に関わるものであることを強調している。以下,このうち公共図書館を中心として,特にサービス開始にかかわる重要な内容として,(1)住民ニーズの把握,(2)コレクション,(3)職員について見てみる。

4.1 住民ニーズの把握

図書館の多文化サービスにおいてまず重視されるのは,地域のマイノリティ住民の現状,図書館ニーズの把握である。このための方法としては,(1)カウンターでの応対に代表される日常業務における来館者の要求の把握,(2)地域調査などによる現在は図書館を利用していない住民も含めた図書館ニーズの把握,の2つがある。

(1)の重要性はいうまでもないが,このマイノリティ住民の要求に徹底して応えていくことをサービスの何よりの指針としていくべきである。また,個別の要求に応えていく中でその要求を記録,分析し,職員全体で共有化する中で,図書館の運営に反映させていくことが重要である(注6)。

このことを踏まえた上で,(2)もまた図書館の多文化サービスでは特に強調されるべき点である。マイノリティ住民は資料,情報の必要性を感じていても,図書館で自分の望む言語でサービスが行われるとは期待していなかったり,あるいは図書館サービスそのものを知らないなどの理由で,直接図書館に対する要求を行わないことも多い(注7)。これらの住民のニーズ把握の方法としては,(a)すでに自治体などによって行われているマイノリティ住民に関する統計調査やアンケート,インタビュー調査などの利用,あるいは図書館自身の手によるこれらの調査の実施。(b)地域のマイノリティ住民の組織する団体やその支援グループの訪問や聞き取り。マイノリティ住民を交えた懇談会の開催,などの方法がある。

4.2 コレクションについて

次にサービスの中核となるコレクションであるが,これについては,(a).マイノリティ住民の母語による資料,(b)居住国のマジョリティ言語,公用語習得のために必要な語学資料,(c)その国や社会のマジョリティ言語,公用語によって書かれたマイノリティ住民に関する資料が主要なものとしてあげられる。ここでポイントとなるのは利用者の言語的,文化的背景に応じて,(a)とともに,(b),(c)もまた図書館の多文化サービスに必要な資料であるという点である。これは多少複雑な説明を要するので「利用者に応じた資料」をより具体的に見てみるために,以下,表組みを用いて検討してみる。

まず,図書館の多文化サービスのための資料を,言語と内容という側面から便宜的に示すと以下のような表が得られる(この表では語学資料は表せない)。

少し抽象的なので,これを在日韓国・朝鮮人への図書館サービスのための資料として,援用してみると以下のようになる。

以下,表2をもとに公立図書館における韓国・朝鮮図書コーナーといったコレクションを想定して,その内容を検討してみると,資料を利用者別の類型で捉えた場合,

(1)在日韓国・朝鮮人の二世以降の世代の人々のための資料

(2)一世の世代の人々や,現在来日してくる人々のうち,韓国・朝鮮語の方が楽に読める人のための資料

(3)日本人が,韓国・朝鮮と在日韓国・朝鮮人を理解するための資料

(4)以上の(1)~(3)の利用者に共通の資料,韓国・朝鮮語も日本語も読めない人のための資料(視聴覚資料など)

の4つに大別できる。

そして(1)~(4)の利用者別の資料類型と,A~Fの言語と内容による資料類型の対応を考えると以下のようになる。

(1)の在日韓国・朝鮮人の二世以降の世代の人々のための資料としては,多くの二世,三世の第一言語が日本語となっているという現状を踏まえ,表のC,Eの資料および韓国・朝鮮語を学ぶための語学資料を中心としつつ,Fに広がっていく資料が求められる。

(2)の一世の世代や,現在来日してくる人々のうち,韓国・朝鮮語の方が楽に読める利用者については,B,D,Fの部分に相当する資料と日本語を学ぶための語学資料が中心となるが,Bの部分でも,ことに日本で生活していく上で必要な医療,職業,住居に関する資料が必要不可欠である。これらの利用者に対する資料のメディアとしては,図書資料以外に特に重要なのは新聞であり,出身国,出身地域の情報を現在進行形で知ることへのニーズは高い。

(3)の日本人が韓国・朝鮮と在日韓国・朝鮮人を理解するための資料については,(1)と重なる部分も多く,C,Eの部分と語学資料が中心となるが,日本人が隣国である韓国・朝鮮や,日本における「最大のマイノリティ集団」である在日韓国・朝鮮人について多くのことを知らない,あるいは知らされてこなかったという現実から,日本の植民地支配や民族差別に関する基本的な資料を広く集める必要があるだろう。

(4)については,視聴覚資料の必要性は大きい。語学習得のためにも視聴覚資料は有効であり,言葉がわからなかったり不十分な場合でも,韓国・朝鮮文化を紹介するビデオ等はより直接的に韓国・朝鮮の文化に接する機会を提供する。

また日本語も韓国・朝鮮語も読めない人にとっても,視聴覚資料や母語による録音資料,写真や図版を豊富に取り入れた図書,雑誌など(言語と内容はC,D,E,Fが中心となる)は,これらの人々の文化的,言語的ニーズをみたす役割を果たすものである。

以上在日韓国・朝鮮人を主たる対象として想定した図書コーナーの資料について検討してみたが,新規入国外国人などのいわゆるニューカマーと呼ばれる人々に対しては,上記の(2)に準じ,その子どもの世代を対象とする場合は上記の(1)に準じて考えることが1つの手がかりを与えると思われる。そして各地域,各マイノリティ住民の状況に応じたコレクションが各館で構築されるべきであろう。

4.3 職員

各国の図書館の多文化サービスにおいて,資料とともに最も強調されているのが職員の問題である。これらの国々においては,マイノリティ住民の雇用の問題と,職員の研修の2点から問題が論じられている。職員の雇用については,ある言語の資料・情報の提供に際しては,その言語を十分に理解できる職員を配置するのが望ましく,最もよいのはその言語を母語とするマイノリティ住民を採用することとされている。研修に関しては地域社会におけるマイノリティ住民の現状,およびその言語についての研修が主たる内容である。

マイノリティ住民の雇用については,日本では公務員の国籍条項が大きな障壁となる自治体も多いと思われる。しかし,1988年の日本図書館協会障害者サービス委員会の調査ですでに回答館の10.5%,120の市町村立図書館において日本国籍をもたない外国人も司書としての応募が可能という回答が得られており(注8),その10年後の1998年の追跡調査では,正職員で21.5%(実数488),それ以外の職員で35.1%(実数)の自治体で,応募可能となっており,国籍条項を撤廃している自治体が増えつつある(注9)。外国籍住民には公務員就任権を認めないという「当然の法理」自体の不当性,非合理性が指摘されている今日,時代の流れは国籍条項の撤廃に傾いている。現在外国籍住民の雇用が制限されている図書館においても,それぞれの自治体の動向を見きわめつつ,外国籍住民の採用の可能性について検討していく必要があるだろう。

このほかに図書館の多文化サービスの内容としては,各言語による図書館利用案内や館内掲示の作成,マイノリティ住民の文化に関する図書館行事の開催,整理業務,資料収集における図書館協力の推進等をあげることができる。

5.日本におけるサービスの現状と課題

日本における図書館の多文化サービスの対象としては,まずマイノリティ住民として,歴史的な経緯を持つ在日韓国・朝鮮人,中国人をはじめとし,ニューカマーとしての外国人労働者,インドシナ半島からの難民,「アジアからの花嫁」,中南米出身の日系人等の外国籍の人々をあげることができる。またアイヌ,海外成長日本人,「帰化」による日本国籍取得者,中国帰国者などの中には国籍は日本であっても,異なった文化的,言語的背景を持つ人が多数存在する。

これらのマイノリティ住民に対するサービスを中心にしつつ,さらに1,2で述べたように「マジョリティとしての日本人」がマイノリティ住民を理解していくための図書館サービスもまた日本における図書館の多文化サービスの一環として考えていく必要があるだろう。

公共図書館におけるサービスの現状を見てみるために,先ほど少し触れた日本図書館協会障害者サービス委員会の1998年調査について,それぞれのサービス・業務の実施館数を表3~7に示した。

表3~7,出典 村岡和彦「10年を映す『多文化サービス実態調査1998』:取り組みの増加と変わらぬ課題」『図書館雑誌』Vol. 93, No.4, 1999.4, p.290-291.より作成(注10)

また,マイノリティ住民の図書館利用状況については,これまでの日本における調査等で明らかにされてきたことは,外国人はよく図書館を利用しているいうことである。1992年に日本図書館協会障害者サービス委員会多文化・識字ワーキンググループが行った外国人利用者の調査では,「外国人は図書館を利用しないのではないか」という先入観が誤りであるということがはっきりと示されている(注11)。

また,外国人自身にとっても図書館は利用頻度の高い公的施設の1つである。1992年に行われた文京区の在住外国人に対するアンケート調査では,利用したことがある区の施設の中で,図書館が62.3%で1位であり,2位の保健所(45.0%)を大きく上回る結果となっている(注12)。

日本における図書館の多文化サービスを実際に推し進めていく上で,現在の緊急の課題としては,(1)外国語資料について選択,収集を行うためのツールの整備,(2)外国語資料整理方法の確立,の2点がまずあげられる。(1)に関しては「むすびめの会(図書館と在住外国人をむすぶ会)」の手による外国語新聞の選択と収集のためのガイドが1995年に日本図書館協会より発行されたが(注13)。こうしたツールが図書や雑誌,視聴覚資料などの各メディアにおいて充実,整備されることが,サービスの土台を築いていくことになるだろう。

(2)については,特に非ローマ字言語資料の整理とその機械入力は各館の頭を悩ませている問題である。国際書誌調整については,各国,国際機関で現在研究が進められており今後の成果に期待したいが,当面の資料の整理に関しては対象資料が少数の場合「ヴェトナム語の1」「ヴェトナム語の2」といったダミーの機械入力によっても資料の提供は可能であるという発想の転換が必要であろう。いずれにせよ,先行したサービスを行っている各館の経験の共有が望まれる分野であり,図書館協会をはじめとする各図書館団体の会合,研究会,機関誌における情報の交換が活発に行われる必要がある。

資料の収集と整理に共通していえる課題は,集中と分担の2つの方法による図書館協力である。特に分散して居住していたり,人口数の少ないマイノリティ言語の資料の収集と整理については,効率の点からみて県立レベル,国立レベルの集中が望まれる。分担に関しては,アメリカのオークランド市では,各マイノリティ集団の集住地域に応じて,ラテンアメリカ分館(ヒスパニック住民対象)や,アジア分館(アジア系アメリカ人対象)が設けられ,奉仕対象地域の住民に資料を提供すると同時に自治体内における図書館,図書館以外の機関に対するエスニック・リソース・センターの役割を果たしている。日本においても少ない資源を有効に活用するためにもこうした分担は有効と思われる。

各マイノリティ住民のニーズに応じたサービスがそれぞれの地域館で確立していない状況で,図書館協力やネットワークのみが強調されるのは本末転倒となるが,日本においても各地域館での実践を踏まえつつ,国立,県立,市町村立レベルでの協力方法を一歩ずつ確立していく必要がある。

6.より深く学ぶために

図書館の多文化サービス関係の文献は1990年以降,急速に増えてきている。以下特に基本的な文献を紹介する。

1.[国際図書館連盟・多文化社会図書館サービス分科会編,] 深井耀子編,田口瑛子訳『多文化社会:図書館サービスのためのガイドライン 1998 改訂第2版』多文化サービス・ネットワーク,2001。

2.「多文化社会図書館サービスと国際識字年:IFLA東京大会以降の展開」『図書館年鑑1991』日本図書館協会,1991, p.247-262。

3.迫田けい子,林昌夫 「公共図書館と外国語資料:『国際化』への視座:都立中央図書館の中国語・朝鮮語資料の経験からの提言」[東京都立 中央図書館]『研究紀要』No. 20, 1989.3,p.63-101。

4.深井耀子『 多文化社会の図書館サービス:カナダ・北欧の経験』青木書店 ,1992。

【注】

1) 各国のサービスの結節点となった代表的なガイドラインなどにより,サービスの英語名称を見てみると以下のようになっている

・オーストラリア,ヴィクトリア州の基準(1982)--のちに他の2州および,オーストラリア図書館 協会によって採択され,後述するIFLAのガイドラインのモデルとなった基準--:

Standards for Multicultural Public Library Service. Working Group on Multicultural Library Services (Victoria) and the Library Council of Victoria, 1982.

(http://www.openroad.net.au/mcl/archive/standards82.pdf)

・イギリス図書館協会の政策声明(1985):Policy Statement: Library and Information Services for our Multicultural Society. London, Library Association, 1985.

・カナダ図書館協会のガイドライン(1987)

Guidelines for Multicultural Library Services in Canadian Public Libraries. Multilingual Services Interest Group, Canadian Library Association.

Feliciter. Vol. 33, No.6, 1987, p.6-7.

・アメリカの図書館情報委員会(National Commission on Libraries and Information Service)のレポート(1983)

The Report of the Task Force on Library and Information Services to Cultural Minorities. National Commission on Library and Information Science, 1983.

また,代表的な事典,辞典での項目では以下のようになっている。

Harrod's Librarians' Glossary:1995年の7版より,Multicultural librarianshipの項目あり(1990年の6版まで関連項目記載なし)。最新版は2000年の9版に8版と同様の記述がある。

Encyclopedia of Library and Information Science:1991年のvol.48に,Library Service to Multicultural Populationsの項目が採録。

Encyclopedia of Library History(1994):Services to Multicultural Societies and Ethnic Minoritiesの項目で記述がある。

・ALAのWorld Encyclopedia of Library and Information Services:1993年の第3版にServices to Multicultural Populationsの項目あり。1980年の初版と1986年の第2版では,Services to Bilingual and Ethnic Groupsでの記述となっていた。

2)これは図書館の多文化サービスが,明示的に意識され始めた時期と地域の記述であり,ヨーロッパなどにおいては,スイスなど,国の成り立ち上「自然に」多言語サービスをしてきた国も多い。Wertheimer, Leonald "Library Services to Multicultural Populations, " World Encyclopedia of Library and Information Services, American Library Association, Chicago, 1993, p.589-593等,参照。

3)また,日本における図書館の多文化サービスの概念普及については,深井耀子氏の活動を抜いて語ることはできない。深井氏は,すでにIFLA東京大会以前より,独自にカナダの図書館の多文化サービスについての研究を重ねてきていたが,同大会以降,意欲的に図書館の多文化サービスの啓蒙活動につとめ,1989年には自費による『多文化サービス・ネットワーク』誌を創刊。また,同時期に日本図書館研究会でも積極的にこの問題をとりあげ,1992年にはそれまでの研究の集大成といえる『多文化社会の図書館サービス:カナダ・北欧の経験』(青木書店)を出版。その与えた影響はたいへん大きい。

同様に,1)IFLA東京大会の発表で諸国の参加者に強い感銘を与え,現在も活発に多文化サービスを行っているアジア・センター/アジア図書館,2)この大会での発表を準備し,大会での決議をうけて,日本で最初の図書館の多文化サービスの調査とその洞察を行った河村宏氏の功績も忘れてはならないものである。

4)Stern, Stephen "Ethnic Libraries and Librarianship," Advances in Librarianship, Vol. 15, 1991, p.77-102.

5)[国際図書館連盟・多文化社会図書館サービス分科会編,] 深井耀子編,田口瑛子訳『多文化社会:図書館サービスのためのガイドライン 1998 改訂第2版』多文化サービス・ネットワーク,2001.

6)こうしたカウンターでの外国人利用者との応対記録を集めた事例集として,1992年に日本図書館協会障害者サービス委員会多文化・識字ワーキンググループが行った外国人利用者の調査がある。同調査では16の 自治体の図書館員の手により,外国人の図書館 利用状況,それへの図書館員の対応について193の事例記録が行われている。

日本図書館協会障害者サービス委員会多文化・識字ワーキンググループ編集・発行 『図書館と在住外国人「在住外国人利用者の記録」(1992年調査)から』 1994.

7)こうした「要求」について,上述のIFLAのガイドラインでは,以下のように述べている。“要求〔引用者注--demand:顕在的な要求。needsは,潜在的な要求として区別する--〕もまた大切である。要求は,様々な理由で,特定の民族的・言語的・文化的マイノリティ人口の割合に対応するとは限らない。したがって,いままでサービスが提供されてこなかった場合には,要求を考えに入れることはできない。過去に提供が不十分であったり,サービスが貧弱で不適切であったり,あまり期待されていなかったり,広報がまずかったり,人々が図書館サービスについて知らなかったりすることの反映が,要求の低さにでているかもしれないのである。このような場合,サービスに関する決定をくだす前に,要求がなかったり要求のレベルが低かったりする理由を徹底的に調査すべきである”(前出 6)文献 p.9)

前述の生野の韓国・朝鮮図書コーナーでも人口の約1/4が,韓国・朝鮮籍住民でありながら,コーナー設置前に,図書館に顕在的な要求がよせられることはあまりなかった。それが,コーナーを設置したところ,次々と要求が出てきた。個々の要求を最大限尊重しつつ,図書館サービスにおいては,「供給が需要を喚起する」という定式がなりたつという認識も大事なことである。

8)日本図書館協会障害者サービス委員会「図書館の多文化サービス:『多文化サービス実態調査 (1988)』の分析Ⅰ 公共図書館」『現代の図書館』Vol. 27, No.2, 1989.6, p.118-125.

9)日本図書館協会障害者サービス委員会『多文化サービス実態調査1998<公立図書館編>報告書』日本図書館協会, 1999.3, p.5

10)上記9)の報告の概要をまとめたものである。.

11)前掲6)

12)文京区在住外国人生活アンケート調査 東京都 文京区総務部総務課 1992など

13)むすびめの会編『多文化社会図書館サービスのための世界の新聞ガイド:アジア・アフリカ・中南米・環太平洋を知るには』日本図書館協会, 1995.

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