補注:マイノリティ住民の「言語権」・「文化権(文化享有権)」 小林卓 (2005.4.1記)

本文章は、さきの「図書館の多文化サービス」(https://sites.google.com/site/musubimenokainew/long)の文章の補注として、「3.サービスの意義」で、(2) マイノリティ住民が自らの言語,文化を維持・継承し,発展させる権利を保障するための1つの機関として図書館は位置づけられるということ、として挙げたマイノリティ住民の「言語権」・「文化権(文化享有権)」の根拠を国際的な宣言・条約などの位置づけるものである。

まず、言語権・文化権(文化享有権)について、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(国際人権規約 B規約)の第27条に、

“種族的、宗教的又は言語的少数民族が存在する国において、当該少数民族に属する者は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利を否定されない”

と述べられており、図書館の多文化サービスはこうした権利を社会的に保障する手段と位置づけることができるだろう。

また、日本ではあまり知られていないが、1992年12月の国連総会では、「国民的又は種族的、宗教的及び言語的少数者に属する者の権利に関する宣言」(マイノリティの権利宣言)が採択されている。同宣言の全文については、田畑茂二郎 [ほか] 編『国際人権条約・宣言集』第2版、東信堂、1994、p.58-59.に所収。インターネット上の日本語訳は、篠山市人権・同和教育研究協議会のサイト内、<http://www.pure.ne.jp/~jinken/jyooyaku24.htm/>に掲載されている。

このほか、「図書館の多文化サービス」でも述べたが、「児童の権利に関する条約」の29条で言語権・文化権(文化享有権)に関する記述があるほか、「すべての移住労働者及びその家族構成員の権利保護に関する国際条約」(1990年12月国連総会採択、2003年7月発効。日本は批准も署名もしていない)の第31条で、“1 締約国は、移住労働者とその家族の文化的独自性の尊重を確保する措置をとるとともに、その者たちが出身国との文化的なつながりを維持することを妨げてはならない”と述べられている。「すべての移住労働者及びその家族構成員の権利保護に関する国際条約」に関してはむすびめの会のサイト内<http://homepage3.nifty.com/musubime/document/lawdoc/migrant.htm>で全文を見ることができる。

言語権については、

・言語権研究会編『ことばへの権利:言語権とはなにか』三元社, 1999, 214p.

等参照。1996年には民間の世界言語権会議で「世界言語権宣言」が採択されている。同宣言は、『ことばへの権利』p.161-182.所収。インターネット上の日本語訳は、CCC研究所訳のものが、東京大学言語動態学研究室のサイト内

Universal Declaration of Linguistic Rights<http://www.tooyoo.l.u-tokyo.ac.jp/ichel/udlr/udlr-j.html>に掲載されている(2009.8.8現在リンク切れ)。

文化権(文化享有権)については、アイヌ民族について、1997年3月27日に札幌地方裁判所が出した判決が画期的なものである。同判決は、“歴史に残る判決というものがあるとすれば、二風谷ダム判決(一宮和夫裁判長)はまちがいなくそのひとつであろう。アイヌ民族を先住民族と初めて公式に認めその権利保障を国の義務としたこと、そのうえで先住民族の文化享有権に公共の利益と同等以上の重きを置いたこと-世界の人権潮流にようやく追いついた日本初のこの判決は、さまざまな背景をもつ市民ひとりひとりの尊重と多様な人々が共存する社会への大きなステップとなりうる考え方を示した”(保野野初子「二風谷訴訟 アイヌ民族への“償い”の言葉に代えた歴史的判決」『法学セミナー』567, 2002.3, p.77)と評されるものである。同裁判については、以下の詳細な裁判記録がでている。

・萱野茂[ほか]編集代表『二風谷ダム裁判の記録:アイヌ民族ト゜ン叛乱』三省堂, 1999, 548p.

(2009.8.8 補記:小林卓・高橋隆一郎「図書館の多文化サービスについて」『情報の科学と技術』59(8) p.397-402, 2009.8より一部変更して引用)

さて、この多文化サービスについて考えていくうえで、世界の動きを若干触れておくこととする。取り上げるのは国際人権の流れ(特に第3世代の人権)等である。[中略]

第3世代の人権については、少々長くなるがカレル・ヴァサクの説明を引用すると「世界人権宣言に謳われた権利は、二つのカテゴリーに分けられる。一方が、市民的及び政治的権利であり、他方が、経済的・社会的及び文化的権利である。近年の社会パターンの変化に応じて、ユネスコの事務総長が名付けたような『第三世代の人権』を形成することが緊急事となった。『第一世代』の権利というのは、『消極的』権利である。つまり、この権利の尊重ということは、国家は個人の自由に干渉となるようなことは一切してはならないということであり、大体において、市民的及び政治的権利がこれに相当する。『第二世代』はこれと対照的に、社会的・経済的及び文化的権利の大部分のように、それらの実施のために国家の積極的な行動を求めるものである。ところが国際社会は目下『連帯の権利』と呼ばれうる、『第三世代の人権』を形成しはじめた。これらの権利は発展への権利、健康でバランスのとれた環境への権利、平和への権利、そして人類の共同財産を所有する権利を含んでいる」となる(海老原治善ほか編著『現代教育科学論のフロンティア』エイデル研究所, 1990.6, p.225.)。

そして、この第3世代の人権で、多文化サービスともっともかかわるのが、「言語権」である。言語権とは、個人的な権利であると同時に集団的権利であるとされ、鈴木敏和は、その定義を「言語権とは、自己もしくは自己の属する言語集団が、使用したいと望む言語を使用して、社会生活を営むことを、誰からも妨げられない権利」としている(鈴木敏和『言語権の構造』成文堂, 2000, p.8.)。鈴木の定義はやや消極的だが、より積極的に意義づけるならば、言語権の内容は一般的に、

1) 言語差別を受けない権利、

2) 教育における言語使用、

3)名前や地名の権利、

4)特定の文字表記の権利、

5)メディアと出版における権利、

等々とされる。図書館の多文化サービスは、この住民の言語権を保障する社会的システムと位置づけることもできるだろう。なお、日本での言語権の議論はまだ緒についたばかりだが、「ろう者」の手話使用の権利/手話で教育を受ける権利の根拠として、理論的紹介がすすめられている(全国ろう児をもつ親の会編『ろう教育と言語権:ろう児人権救済申立の全容』 明石書店, 2004, 481p. 等、参照)。

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