会名と誌名の話 小林卓

そろそろ21世紀にむけたカウントダウンがはじまろうという11月、本誌の編集のHさんからメールをいただきました。おっしゃられるには、33号の発送作業のときに「次号が出るのは来年になってから。21世紀に入ってからの第1号となるが、21世紀も「むすびめにせん2000」は「にせん2000」で行く。誌名の由来など短い記事を載せては?」との話が出たそうです。この記事を書くには何といっても名付け親であるTさんが適任なのですが、ご存知のとおりTさんは多忙の身。およばずながら私が書くことになりました。

「にせん」のふりがな

ところで、みなさまは本誌の誌名の「2000」に「にせん」のふりがなが毎号ふられていることにお気づきでしょうか?この「にせん」のふりがな、実は意味があるのです。ご存知の方はご存知なのですが、その由来を書いた10年前の創刊号の表紙には、次のように書いてありました。

いろいろなことを『むすぶ』ことを願って、この通信を発刊します。図書館と、日本で生活している外国人、日本語が中心言語でない日本人、その暮しや毎日をよいものにしようとネットワーキングしているグループの人々、いろいろな言語で書かれた本、雑誌、新聞、ビデオや情報、どんな言語のものがどこにあるかの所在情報、その資料の入手の方法についての情報、それら全部の『むすびめ』となることができれば、という思いを込めています。西暦2000年までには、さすがの日本も単一民族国家の幻想を脱皮し、多民族、多文化国家として動きだしているだろうし、図書館が、そのインフラストラクチャーとしてしっかり機能しているはずだ、そう願いたいというおまじないの気持ちを2000にこめました。どうぞ、いろいろな形で参加してください。

そうなのです、「にせん」の<ん>は意志、願望の助動詞<む>の音便化の<ん>もかねていて、「むすびめにせん」は、2000年に向けてこの通信をむすびめにしよう、したいという意味がこめられていたのでありました。

さて、西暦2000年を過ぎてしまって、21世紀をむかえた今日、このおまじないはどれだけ効いたでしょうか。この10年間をふりかえったとき、私たちは一定程度の前進と、それと同時にまだまだなされなければいけないことの多さの双方を感じることと思います。たしかに「多文化サービス」という言葉は図書館の世界で一定の市民権を得たといえます。日本の社会全体でも、「多文化社会」という言葉が人口に膾炙するようになり、在住外国人の人権に対する意識もずいぶん高まり、公の場での「単一民族国家」の発言は当然のように批判にさらされるようになりました。けれども、私たちは言葉に踊らされてはならないでしょう。問われるべきはその内実です。こうしたことを考えさせてくれるエピソードが、「むすびめの会」の発足の際にもありました。

「多文化」という言葉と、「むすびめの会」の名称

会の発足をよびかけた創刊号では、実はその名称は「多文化サービス・フォーラム(仮称)」となっていました。ところが、1991年の7月にささやかに15名ではじめた第1回の発足の集まりで、会の名称決定の際、これにまったがかかりました。まったのヌシは現代表のSさん。いわく、「多文化という言葉には当然その背景に、様々な固有の文化を尊重し、それによって私たちの社会を豊かにしていこうという、多文化主義という思想を含んでいる。私は現在の日本がそういう思想を大事にしている社会だと思わないし、これからすぐにそうなるとは思えない。だから多文化という言葉を安易に会の名称に使うのは反対だ」という主旨でした。

いうまでもなく、この発言は「多文化」という言葉を否定しているものではありません。むしろその逆で、Sさんが普段言われているように、図書館というのは深く言葉にかかわるものである以上、言葉を大切にしなければならないし、用語(ターム)を使っただけで、何かを理解した気になったり、あるいは言葉に狎れることによってその本来の大事な意味をおろそかにしてしまうことへの警鐘であり、「多文化」という言葉を深く理解し、その内実を常に問いたいという真摯な問いかけでありました。こうした主旨は、「多文化」という言葉がずいぶん一般的になった今日こそ、まさに胸に刻みつづけていかなければならないものでしょう。

さて、それでは会の名称をどうしましょうかということになり、会報の『むすびめ2000(にせん):図書館と日本在住外国人をむすぶ人・言葉・生活・本・情報の通信』という名前はとてもよいので、「図書館と在住外国人をむすぶ会(略称:むすびめの会)」でいこうという話になったのでした。こうして、会報の名前から会の名称が決まるという、ニワトリが先かタマゴが先かではなくて、子どもが親を産んだような経緯を経て会の名称は決まったのでした(現在は略称との順番が逆になり、「むすびめの会(図書館と在住外国人をむすぶ会)」となっています)。

「短い記事」のはずが少々長くなってしまいましたが、創刊のころをふりかえったついでに、第2回の会合で講演をして下さった河村宏さん(当時 東京大学総合図書館)の「むすびめ」へのエールをひいて、21世紀のむすびめの発展をいのりたいと思います。

「長い時間を通してみると、確実に物事は少しずつでも変わっていく(中略)[しかし]本当に必要性があってずっと出来ないでいたこと、本当に発展する機は熟しているのに待っていても絶対に上からは始まらないことは、一人一人が確信を持って始める以外は何も進まない。ただ、進み始めれば、これはもう止まらないのだというふうに思います」

状況を私たちの手で変えていこうということ。少しずつでいいから、足もとを、現実を、幻想なしに、失望なしにみつめながら、図書館が多文化社会をしっかり支えるひとつの機能をはたせるように、むすびめの会が歩んでいけたらと思っています。

おまけ

会報/会の名称にちなんで、毎号の表紙に「むすびめ」に関連したイラストが使われていますが、このネタを毎回探すのが一苦労。みなさまよいイラストを見つけたら、ぜひご一報くださいませ。

会名と誌名の話(会報no.34, 2001年2月号より。一部改訂)by 小林卓