7月22日 ワークショップ打ち合わせ
クアラランプール入りして数日後、展覧会会場の確認後にランチミーティングに向かう。
議題は子供向けのワークショップの内容について。
子供向け、といってもどこかの学校機関などで行うものではなく、クラッシュパッドという児童保護センターでのワークショップ。対象は10歳前後〜十代半ばくらいまでの子供たちである。
このワークショップを依頼してきたのは我々の展示が行われているNational Gallery Balaiの職員であるクーン/Koon。
彼女はクラッシュパッド以外にも、ペナンのジェティー地区の保護運動に関わったり、どうやらギャラリー以外にも自発的に活動をしているらしい。
マレーシア式ランチビュッフェで満腹な上に時差ボケが重なって、強烈な眠気に襲われるメンバー発生(NとTという目撃情報有り)。しかしクーンが容赦なく円陣の隅々まで質問を投げてくるお陰で話は進む。
我々がビデオアーティストということもあって、ビデオを使ったワークショップとして何ができるか話し合った結果、ビデオしりとり、簡単なコマ撮りアニメ作りといった提案がされて話がまとまる。
8月2日 ワークショップ当日
ミーティングから10日余り。ワークショップ当日はこのMJVAXの最終日でもあった。いつも我々を運んでくれるBalaiのVIPバスとも今日でお別れだ。クアラランプールの渋滞でよくピックアップが遅れるこのバス、しかしこの日は集合時刻ほぼぴったりに到着。早速乗り込んでから約2分後。バスの扉が開いた。「はい、ここです、降りてください〜!」
ええー、もう着いたの〜?と笑いと驚きに包まれる日本チーム。だって数百メートルくらいしかまだ走ってないよ。これだったら歩けたじゃん〜。
なんだかものすごく最後までVIPな対応なのだった、このバスは。
さて、我々のホテルからバスで2分という距離にあるそのクラッシュパッド、児童保護センターはクアラランプールのChowkit地区にある。下町といえば聞こえはいいが、路地に入り込めば売春街でもあるというこの地域の子供たちの生活環境は決して安定かつ安全なものではなく、また家庭環境も複雑だ。なかには不法滞在の外国人や婚外子として、いわゆる戸籍登録すらされていない子供たちすらいるという。婚外子が公的に認められない社会ゆえ、登録がされずに学校に行けない子供たちも多くいる、という話を聞くその目の前で元気にはしゃぐ子供たちを見るのは複雑な思いだ。登録されている児童数は300名超だが、実際に通ってくる子供たちは50人程度だそうだ。
学校が終わった後から親が家に戻ってくる夜までをセンターで過ごし、昼食と夕食を受けられるという。
街の大通りに面した雑居ビルのようなあっさりした造りの建物の中にあるセンターの2階に案内される。集会場といった趣の十数畳程の小さなスペースに、コンピュータ8台程が並んだ小さな教室のような部屋が付いている。なんか日本の学習塾みたいな雰囲気だ。
事前に話を聞いていた通り、10歳〜十代半ばといった子供たちが20人程わいわいと騒いでいる。へジャブを被った女の子たちもいれば、ブルーの学校制服を着た女子学生もいる。あとで気がついたが、中華系らしい顔立ちの子供は見かけなかった。とするとおそらくマレー系かインド系かもしくは外国人といったところなのだろうか。しかし皆物怖じすることなく話しかけてきたりと愛嬌いっぱいだ。
クーンのリードで子供大人混ざって一つの円陣を組み、まずは名前覚えゲームを始める。一人一人がジェスチャー付きで自分の名前を皆に向かって紹介し、その名前を全て我々は覚えなければならない。その後は、自分が覚えている相手の名前をそのジェスチャー付きで呼び、呼ばれた者は同じように次に指名する者の名前をジェスチャー付きで呼び、と続けていく。
これがなかなか難しい。マレーシアの名前に慣れてないこともあるが、いかに自分の脳がぼけてきたかを実感してしまう。
と、このゲームでなんとなく皆名前を覚え合ったあとに、今度は我々が持ち込んだビデオカメラでいよいよビデオワークショップ開始。
まずはビデオしりとりから。2台のビデオカメラを円陣に沿って回していく。自分の元にカメラが来たら、そのカメラに向かって一言、英語かマレー語で言葉を言ってカメラを隣に渡す。カメラを受け取った者は、前者の言葉の綴りの最後のアルファベットから始まる言葉を言わなければならない。単純は単純だが、皆きゃあきゃあ盛り上がって楽しそう。
10歳くらいか、お茶目たっぷりのロザナは、佐藤代表がカメラを持って言葉を考えている瞬間、なぜか「ハゲマル!」と叫ぶ。えっ、そ、それはロザナ、なぜそんな日本語を知っているんだ!しかもこのタイミングで…。代表の隣に座していた筆者が腹を抱えて転げるのを見て(代表、スミマセヌ)調子に乗ったロザナ、その後もしばらくハゲマル!と叫び続けた。代表、苦笑いするに他無し。
なんでもハゲマルとは、マレーシアで放送されている日本の人気アニメだそうだが、しかしなぜこのタイミング。
一通り撮ったしりとりは、早速テレビモニターに繋げられ、皆で鑑賞。笑いの渦が何度も起こる。皆楽しそうだなあ。
その後のコマ撮りアニメ作りも大騒ぎだった。
日本メンバーがお手本をやってみせたあと、今回もまた大人子供全員が混ざってカメラの前でパフォーマンス。興奮状態に陥った子供たち、最後は友達を背負ったりとアクロバティックなポーズ、というより動いてしまっていてコマ撮りアニメの意味が薄くなってしまったのだが。
一応メンバーが子供たちにビデオの概念の話を簡単にするが、まあどこまで子供たちが「ビデオ」ってものを理解しているか、なんてわからない。が、それでいいのだ。私たちが彼らに取っては新しい遭遇者で、こんなビデオを使った遊びも体験の遭遇で、でもそんな遭遇の機会を持ってくるのが我々アーティストとしての今回の任務だったのだから。
一通り予定していた事が終わった後、クーンが何人かの子供たちに提案した。この集会場の押し入れにはギターとかドラムセットなんかが仕舞ってあるのだが、それをお礼に弾いたら、と言っているらしい。が、恥ずかしいのかなかなか腰が重い男子に豪を煮やしのか、一人の女の子がアコースティックギターをつま弾き始める。彼女はどうやら弾けるのかな?すると彼女に触発されたか、2人の男の子が立ち上がって、ドラムセットに座り、ギターをアンプに繋ぐ。お!いよいよか!と皆声を上げて待っているのだが、しかし彼らの演奏はなかなか始まらない。どうやらギターの男の子、自信がないのか皆に背を向けたままチューニングしたりコード練習をしたりを繰り返すばかりで時間が経ってしまう。そこへ日本チームからも大江がすっと立ち上がり、ドラムの男の子と交代してビートを叩き出す。昔バンドを組んでいた事もあるらしい彼が誘うように音を叩くのだが、しかし相変わらず背を向けたままの男の子。
そこへ先程の女の子が前にやってきて、ぐいっと彼からエレキギターを奪うとなんと彼女が弾き始めたのだ。大江のリズムに合わせてコードを鳴らす彼女。うわあ、かっこいい。小さな集会場は一気に盛り上がる。
白いヘジャムに水色の学校制服姿の彼女は実はパンク少女だったんだな。これはもう私の偏見だが、イスラムの女性は男性社会の中で活躍しつつもやはりどこか控えめでという印象があったのだけど、彼女のギター演奏は私のそんな印象を見事にひっくり返すクールさだった。へジャブのパンクガール、かっこいい!
帰る際、まだギターを弾いている彼女の所に行って写真を取ったら質問された。次はいつ来るの?
ううーん、いつ来られるかなんてわかんないなあ、と答えに詰まりつつも、そうだねえ、2年後とか?と答えると、えー、そんなに先なの?とちょっと残念そうにI miss youと言う。他の子供たちも口々にI miss youと私たちに言う。どこで覚えたのか、彼らが知っている英語の言葉はもちろんそこまで深刻な響きはないだろう。彼らだって本当はどこかで知っているのだ。そう簡単に私たちとまた会えないことを。たぶん私たちみたいにときどきやってくるゲストとは、また再び会う機会はそう簡単にないことを。知っているからゆえにどこかで割り切れているような感じもする。
それでも彼らがI miss youと言ってくれるなんて、本当に嬉しかった。いつかはわからないけど、本当にいつかまた会えたらいいね、と思う。裏社会にいつでも引きずり込まれる環境にいる彼らのこの先がどうなるのか、たとえ私たちがまたクアラランプールに来たとしても会える可能性があるかはわからないけど。(中沢)