7月28日はペナンでの散策と砂浜での休息を終え、一行は例のバスでK.Lに向かった。
翌日はいよいよ公式オープニングレセプションが控えていた。
マレーシアに行く前から、このレセプションでは佐藤が挨拶をしなければならないと聞いていた。様々なレセプションでもよく見られる謝辞のような類なんだろうと思っていたから、それなりに準備をすればいいと思っていた。
移動中のバスで、こんな感じの挨拶だろうと文章を考えてみた。念のために、マレーシアの事情に詳しい国際交流基金の久貝さんにチェックをお願いした。
すると久貝さんは「いいと思います。でも、挨拶の始めには独得のルールがあるんですよ」と言った。そして、私が書きますから、挨拶の始めに読んで下さい、と言ってさらさらと書いてくれた。本当に頼りになる人だ。
そして、しばらくなにやら携帯電話で明日の打ち合わせをしている。われわれの方を振り向いた時には、少しだけ申し訳なさそうな顔をしていた。
「実はもうひとつ独得のルールがあるんですよ」と言って「レセプションでは、ゲストが主催者にプレゼント渡すことになっているんです。何かありますか?」と言う。
「ええっ!」しまった。そこまでは用意してない。しかし、そんな大事なことをどうして東京での打ち合わせで言わなかったんだ、ナジブ! マレーシアに来る前に聞いていれば準備したのに!
「お土産に買ってきた手ぬぐいの予備と僕の本ならありますが、、、」プレゼントになりそうなものを思いついて言ってみると、「それでいいと思います。でも二人分なんです」と久貝さんは困った顔をして言う。
「ええっ! なにかあるかな?」どうして前もって言わなかったんだ、ナジブ!
その時、ひらめいた。そうだ、瀧くんが明日、マレーシアに着くから、何かお菓子でも買ってきてもらおう!そうだ、そうしよう、「東京バナナ」なんかいいじゃないか? みんな甘いものは好きそうだし。それだ。その夜、田中廣太郎が瀧くんにメイルで要望を伝え、「了解」という返事が来ていた。
一件落着だと思っていた。
29日、久貝さんは午前中からリハーサルがあるという。それを確認してから瀧くんを空港に迎えに行くことになっていた。到着は夕方の7時頃、その後われわれをホテルに迎えにきて、ナショナル・アート・ギャラリーに一緒に行くことになっていた。それまでは自由時間だった。佐藤、中沢、服部、柳田、シャロンはBFMのラジオ収録があったので、午前中はそちらに向かった。用意した挨拶の原稿は、朝食の時に中村さんが手際よく英訳してくれた。たいしたものだ。
待ち合わせに時間にホテルのロビーに行くと、久貝さんがなぜか慌てている。瀧くんは予定通り「東京バナナ」を買ってきていたのだ。久貝さんは、「残念ですが「東京バナナ」はダメでした。原料にお酒が入っています」と落胆していた。
「ええっ!」われわれは仰天した。そうか、お酒はだめだ。
「東京バナナ」は交際交流基金の皆さんへのお土産に変わった。
再び、慌てたわれわれは、何かないかと考えたあげく、買ってきていた手ぬぐいの予備と佐藤の本、柳田が染めた未使用の日本手ぬぐいがプレゼントになった。久貝さんが体裁良くラッピングしてくれることになった。
久貝さんは、リハーサルで判った段取りを説明してくれた。
「まず、会場に着いたら佐藤さんだけはVIP控え室に入って下さい」
「ええっ! 僕だけですか?」「そうです」久貝さんは淡々と答えた。
「そして、そこで館長やゲストたちとお茶を飲むのだと思います」
「ええっ! 僕だけが偉い人達とお茶ですか?」「そうです。佐藤さんもえらい人なのです」と単淡々と答える。「それから、館長と一緒に会場に入ります。そのあとはしばらく会場の様子をうかがって下さい」「様子をうかがってどうするのですか?」「椅子が4席だけ用意してあります。館長とMDECの副社長と佐藤さんと国際交流基金の磯ヶ谷さんが座ることになっています」
「ええっ! 4席だけですか? そこに僕も座る?」「そうです」「どのタイミングで座るのですか?」
「判りません」
「ええっ! 僕はどうすればいいのですか?」「たぶん、館長が座るのが合図です。館長の動きを見ていて下さい」
「ええっ! ずっと見ているんですか?」「そうです。それを合図に、MCが開会の挨拶をします」
「まずは、佐藤さんの挨拶です」
「ええっ! 一番始めですか?」「そうです。そのあとが館長の挨拶です。MCが佐藤さんの名前を言いますので、そしたら壇上に上がって下さい。判らなかったら、私を見ていて下さい。合図します」
本当に頼りになる人だ。
しかし、不安が渦巻き始めた。問題はVIP控え室だな、と佐藤は思った。