研究紹介

(学生)

三木 志緒乃 SHIONO MIKI

(所属)理学系研究科 球惑星科学専攻 地球生命圏科学講座

普段)大気海洋研究所 大気海洋分析化学研究室  D1

研究紹介 

わたしは地球史における新生代、氷期-間氷期サイクルと気候変動、気候変動と海洋の沿岸の生態系の関わりについて関心をもって研究を行っています。とくに西太平洋沿岸域の気候変動を対象に、長寿二枚貝ビノスガイの殻に着目し、地球化学分析とスクレロクロノロジーを用い、千葉県の下総層群と呼ばれる地層から産する化石殻や北海道・東北地方に生息する現生殻から高時間解像度で気候変動を復元する研究に取り組んでいます。これによって、地球温暖化が進行していった将来の地球表層における、西太平洋沿岸域の気候変動やおこりうる沿岸域の生態系の応答を明らかにしたいと考えています。

現在、地球温暖化が人間活動によって排出された温室効果ガスによってもたらされたものであることがIPCC AR6にて明言され、その重要性と危機感が世界的に広く認識・共有されました。しかしその将来予測には、まだ不確かさが大きく含まれている問題があります。将来の気候変動予測を精度よく行うためには、モデルに用いられるパラメータをよく知らなければなりません。モデルには、地球システムの物理的なメカニズムだけではなく、実は地球表層が過去に経験してきた気候変動(古気候)の情報も組み込まれていることをご存知でしょうか。すなわち、古気候をよく知ることで将来予測の不確かさを減らすことが期待できるのです。

古気候はどうやって知るのでしょうか。有名なものは、アイスコアや海底掘削コア、サンゴ、鍾乳石などです。たとえばアイスコアは過去の空気を閉じ込めていますし、水の酸素や水素の同位体比として古気候を記録します。海底掘削コアの縞々や、コアに含まれる微化石も、過去の環境変化を教えてくれます。サンゴは熱帯に広く分布し、炭酸カルシウムの骨格の縞々や同位体比として古気候を記録します。

わたしが研究しているものは、ビノスガイ(Mercenaria stimpsoni)という長寿二枚貝の殻です。ビノスガイは、東北地方や北海道の砂地の海底に住んでいて、冷たい海水を好む、手のひらくらいの大きさの二枚貝です。ここでの「冷たい」というのは、夏の海水温が30度までいかず、年間20度くらいの水温を意味します。(サンゴが暮らす海域、たとえばシンガポールの海などは、海水温が30度前後で温かいです)また、「手のひらくらい」とは、具体的には8センチから10センチくらいです。アサリやシジミなど普段食卓でよく見かける貝類よりは明らかに大きいですね。ですが、ビノスガイはあまりおいしくないので食用としてスーパーには並ばず、地元でしか食べられていないことが多いようです。縄文時代の貝塚からもまれに見つかっているようです。

ビノスガイの貝殻が大きいということは、分析する点をたくさんとれることにつながります。さらに、ビノスガイの貝殻は1年ごとにハッキリした年輪を刻むので、1年間を区別しやすいこともメリットです。ビノスガイは100年ほどある寿命のうち、最初の数年くらいは特に大きく殻を成長させるようで、1年で2センチも殻を成長させることもあるようです。一方で、化学分析をするときは、歯医者さんのドリルと同じような道具で貝殻の粉を得るのですが、このドリルが0.5ミリくらいの太さになります。すなわち、1年より細かくたくさん分析点をとることで、数十万年も昔の水温の季節変化を知ることができるのです。

さらにビノスガイは100歳を超える寿命を持つので、誕生から死亡するまでに経験した環境変化を連続して100年程度、貝殻の同位体比として記録することができます。

ということで、ビノスガイの貝殻がどのように成長したかを成長線の数や幅から調べたり(スクレロクロノロジー)、貝殻の酸素の同位体比を調べることで、数十万年前の古気候を季節変動レベルという高い時間解像度で知ることができるのです。

大学院生活 

大学院では、地球惑星科学専攻の講義に加え、海洋学際教育プログラム、WINGS-PESの講義や演習にも積極的に参加しています。地球惑星科学専攻 地球生命圏科学講座は仲がよく、本郷から遠い柏キャンパスにいる私たちにも参加しやすいハイブリッド形式のゼミや、年に1度(以上?)あるパーティもあり、アットホームな雰囲気のコミュニティです。海洋学際教育プログラムは部局を超えたプログラムで、海に関する内容(国際法、水産資源、自然科学など)が文理融合的に学べます。WINGS-PESは修士1年生のころ採用された研究支援制度で、とくにサステナビリティ学群を選択すると、全科目英語で、気候変動や国際法・英語コミュニケーションの講義・演習を経験していきます。これら地惑・海学・PESの3つは、どれも海外活動の支援も手厚く、海外での野外演習や研究留学の支援も早い時期から経験することができます(詳しくは、下記リンクをご覧ください。)忙しくも、研究のうえで基礎となる重要な知識を最先端の先生方から学べるので、どの講義もわくわくしながら懸命に食らいついて学んでいます!とはいえ、ストレートに進学してきた人たちよりブランクが空いているので、英語の辞書やセンター化学の参考書、「マンガでわかる」系の大学数学の解説書、地学辞典など、今も紙の資料集は欠かせません(おそらくこの先もずっと、書籍は欠かせないパートナーになる気がします)。ですが基礎的な勉強に打ち込むとハッとした発見があったりして、それも楽しんでいます。研究では、わたしは朝型で、7:30か8:00くらいに大学にきて、18:00か遅くても20:00には帰ります。平日はつい研究作業や周囲の人の支援で駆け抜けるように1日が終わってしまうので、土日はあえて大学に行かず、インプットのための勉強時間に費やしています。またフィールドワークが好きなわりに体が丈夫なほうではないので心身の健康を管理しつつ、研究も週から数年までいくつかの単位にわけてスケジュールを組んで進めています。プラン通りにいくわけではないけれど、それも自己管理の練習です。大学院生という立場が恵まれていることをかみしめながら、1日1日を大切に過ごしています。

研究のキーワード:古気候、古海洋、同位体地球化学

Research map: https://researchmap.jp/shiono_miki

WINGS-PES: https://wings-pes.edu.k.u-tokyo.ac.jp/en/about-us/student-list

海洋学際教育プログラム:https://www.oa.u-tokyo.ac.jp/#gakusai

大気海洋分析化学研究室:https://co.aori.u-tokyo.ac.jp/macg/japanese/members.html