第二話 王は徒に己を語る

「儂(み)の寝台に誰を横たえたのだ? うわん」

「庫王様」


 宇宙から帰ると、うわんはまっすぐに庫王の部屋へ向かった。しかし、庫王は留守だったので、自身は部屋の外で待機するつもりで、女を寝台に横たえた。その時にちょうど、庫王が帰ってきた。

 うわんは片手を胸にあてて膝をついた。

 庫王はゆったりとした足取りで、円形の寝台を一周した。眠れる人物を観察しながら、主の反応を窺う僕を焦らしている。絆を試すように注目を要求する。

 最小限度の視線で主を満足させるには程遠いと解っていたが、それ以上の反応を示すつもりはなかった。自分の主は目に見える程、子供ではないと信じている。

 華奢な庫王は、実際よりも手足が長く見えた。肉付きの悪い身体を嫌い、いつも重ねて着ている衣が、袖口や衿(えり)に美しい色合いを作る。袴以外に色のない質素な着物のうわんと並ぶと如何にも華やいで見えた。


「起こせ」


 うわんは一礼すると立ちあがる。一瞬、思案気な顔をしたが、すぐに腰をかがめて腕を伸ばした。


「いつまで」


 肩に力を込められて、いつまでは目を覚ました。


「どうしたの。うわん」


 半ば微睡まどろみの中にいる眼差しで、うわんの頬に触れようとする。


「寝惚けるな」

「え?」


 頬に触れる寸前の手を避けるように、うわんは庫王に向きなおり、膝をついた。

 庫王の姿を確かめると、いつまでは上半身を起こして後退る。


「お兄様!」

「お兄様はご挨拶だ。儂の身体に溶けた魂の一つでも知っているのか?」


 邪悪な笑みを浮かべ、庫王は両手を自らの両肩に置いた。右手を右肩に、左手を左肩に。


「せめて、お姉様と呼べ。今の身体は女でな」


 サッと笑みを消すと腕を下げた。


「どこにいた」

「月と地球の狭間にて、漂っておりました」

「妖怪めが……」


 苦々し気に呟き、うわんの膝に足をかけた。足にグッっと力を込め、椅子に越しかけるように、肩に腰を下ろした。一々の動作をうわんの手が補助する。


「まるで解らん。どうしたら生身で宇宙空間を彷徨さまよえるのだ」


 うわんが顔をあげ、説明をしようと口を開けた。


「良い」


 言葉が紡がれるより早く、庫王が顔を向けて制する。


「戯言は沢山だ。人類は知識を蓄えた。だが、お前達が息をするように使う術については、知っても解らん」

「その身に幾百人もの魂を宿した、あなたが言うの」


 といつまで。


「そうだ。諸手を上げて降伏しよう」


 自嘲気味に片頬を歪ませる。


「良く誤解されるが、儂は知識を蓄えているだけだ。人格などは情報として吸収されるにすぎない。そこらへんを誤解して、昔、学者連中の間で流行ったことがある。『庫王』と融合することで永遠に結ばれるのだと。プラトニック・ラブだとね。いつまで。お前もその犠牲者になるところだったのではないか? そのお兄様とやらが何か企んだのだろう? 一時期、儂は大変な人気があったからな。今では候補者も少ないが。この身体を見ろ。こんなに小さくて、発育不良の少女の肉体しか供されんのだ。次に肉体が衰えて、引っ越さねばならなくなった時、誰が生贄になるのだろうか」


「あなたは誰なの? 私、知っていてよ」

「儂はもう解らないね。色んなものを吸収しすぎたよ……。そんなことより、地球の戦争は終わったか。あれが終わらんと、国家が叡智を納めに来ん」

「知っていてよ……」


 いつまでの暗い瞳が、上目遣いに庫王を見た。


「あなたの忘れたことも覚えていてよ。庫王」


 指さすように持ち上げられた手が、寝台の上を滑る。肢体の美しい獣が地を行くのに似て、ゆったりとした動作で狙いに近付いていく。長すぎる黒髪が、戯れるようにその身に纏わりついている。


「教えて差しあげましょうか」


 下から庫王を仰ぎ見て、手を伸ばす。祭壇の神を仰ぐように熱望する。

 その顔を誰も見てはならない。神聖で恐ろしい感情が渦巻いている。何者を犠牲にしても成し遂げると言う感情が、極めて真摯に表されている。その感情を目の当たりにするのは――


「敵です。庫王様」


 いつまでの手を掴んで、うわんは立ちあがった。


「このうわん、不覚を取りました」

「良い。暇潰しにはなったわ」


 急に立ちあがられて、バツが悪そうにうわんの頭に抱きつきながら、庫王は取り澄まして言った。


「この者の処遇、私めが……」

「いいや。もう考えてある」


 握り潰さんばかりに掴まれた手の痛みに、顔を歪めるいつまでを見ながら、仕方なさそうに庫王は片頬をあげた。


「残酷と傲慢は王者の嗜みだからな」

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