2023年後半

2023年後半

NUGが行方不明

2023年前半

2023年に入って、NUGの威信はますます低下しているように見えた。クーデター2周年のドゥワ・ラシ・ラー副大統領のインタビューは、領土の半分以上がNUG・EAOの支配下にある、各地に司法機関や教育機関を設置した、対話での解決は不可能、国際社会に対空兵器の支援を要請したが反応はなかった、アメリカは対空兵器を支援してくれ、中国とは友好関係でありたい、国連は国軍に圧力をかけてくれ、ASEANは国軍に圧力をかけてくれというまさに自己主張と依存の権化とも言うべき誇張とおねだりに満ちたもので、個人としても組織としても、なんの成長も進展もないことを窺わせた。

また5月末に来日した民主化活動家・キンオーンマーの雑誌「世界」のインタビュー、初っ端から「国軍は国土の20%以下しか支配下に置いていない」と嘘八百をかました挙げ句、「遅かれ早かれ国軍は退場し、若い世代がミャンマーの国政を担う。国軍が国際犯罪の責任を問われる時、資金面で加担した日本もその責任を問われる。ODAに含まれる円借款ミャンマーの将来世代が返済しなければならないが、彼らは日本が国軍に貸した金を返そうと思うだろうか? 」という脅迫文句で結ぶという噴飯物の代物だった。11月に来日したNUG外相ジンマーアウンも「民主派勢力が全国330郡のうち150郡を統治下に置いている」と嘘八百をかまして恬として恥じぬ態度は”立派”だったものの、結局、日本の外交筋とは非公式にしか会談を持てず、ミャンマーの民主化を支援する議員連盟のメンバーと在日ミャンマー人の民主化活動家と旧交を温めただけという同窓会並みに成果の乏しい外交結果に終わった。

それにしても「ミャンマーの相当部分を実行支配している」というのであれば、なぜNUGの閣僚たちはいつまでも国外にこそこそ隠れていたりせず、どこぞの支配地域に勢揃いして実効性のある政府を樹立し、仮想空間政府から脱却しようとしないのだろうか?やはり嘘なのか?それとも「実効支配」の意味を理解していないのか?その両方なのか?ーいずれにせよ、この点がウクライナのゼレンスキー大統領がウクライナ国民のハートをがっちり掴んだのと大きな違いである。「重鎮が自分の手を汚さずに、周囲の無敵の人を子機展開して対象に飽和攻撃をかける」という手段は卑劣極まりなく、それが国民に悟られていないと考えているのが、彼らの痛いところで、一種の選民思想に囚われているように思う。これでは国軍とそうは変わらない。

またご自慢の教育分野でもNUGは失点を重ね続けていた。

鳴り物入りで始まったNUGのオンラインスクールだが、参加者の個人情報が流出して国軍に追われる羽目になったり、基金の不正流用・着服が発覚して382人のCDM教師が辞職したり、無料のはずが生徒から授業料を取りつつ、教師には給料を一銭も支払わず、これまた教師の大量辞職を招いたり、インターネットが切断されている地域では授業が受けられなかったり、そもそもNUGの学校を卒業してもヤンゴンなどの高給を得られる国軍支配下の都市部では就職が困難であったりと問題山積み。その他、紛争地域難民キャンプにあるNUGの学校でも資金難と人材難に悩まされ、まともな教育ができていないという実態が明らかになった。

フロンティア・ミャンマーの7月の社説では、「『CDM不参加の公務員を罰せよ』というNUGの主張は、彼らの家庭事情や経済的苦難を顧みない暴挙であり、PDFが犯した犯罪はクーデターがなければ存在しなかったかもしれないが、それでも彼らは責任を負うべきであり、NUGがPDFの犯罪を処罰できない理由を公言しないのは『国土の大部分を支配』という主張と矛盾するからだろう。PDFが暗殺した公務員、退役軍人、政党党員は、国際人道法下では民間人であり、PDFは暗殺の正当性を主張しているが、事実を立証する適正手続きを欠いている。それなのにNUG大統領代行は『犠牲者は軍のスパイ』『我々の政策を破壊している』と言い訳に終始しており、PDFの暗殺が暴力の連鎖を助長し、かえって国軍側の絆を深めていることに気づいていない。NLD出身のNUG幹部は2017年のロヒンギャ危機の責任を認めておらず、ロヒンギャについては『国軍が国民を洗脳した』という主張があるが、2015年・2020年の選挙結果、2021年のクーデターの国民の反応を見れば、それは誤りであることがわかる。新しいミャンマーの建設のためには、過去の犯罪を完全に清算することが必要」とNUGの在り方に対して根本的な疑義が呈された。また同紙の8月の社説では公共サービスを提供できていない、治安を維持できていない、指揮系統が不明確とNUGに対する不満が高まっており、閣僚交代を求める声もあるが、一部のPDFがNUG閣僚の私兵と化していること、様々な人脈・金脈をNUG閣僚が属人的に有していることから、それも難しいという事実が明らかにされた。日本のアエラでも「一部の国民防衛隊兵士の過激化が原因で、国民統一政府への信頼を失う人もいる。若者たちが国軍との戦いに参加することを嘆く人もいて、クーデター後、政治思想の違いによる分断が市民の間にも生じている」という地元記者の声が紹介された。また世界中で集めた寄付金がミャンマーに届かず、集金した人間の私腹を肥やしている事実を揶揄した歌とダンスをPDFがFacebookにアップしたこともあった。実際、東京にも募金や寄付金でマンションを買ったミャンマー人がいるという噂も流れている。

もはやNUGがステークホルダーから外れつつあるのは明らかだったが、それが白日の下に晒される日が来た。

10月27日である。

1027作戦

10月27日、アラカン軍(AA)ミャンマー民族民主同盟(MNDAA)タアン民族解放軍(TNLA)からなる3兄弟同盟が、シャン州北東部の中国・雲南省との国境に近い国軍の軍事拠点を一斉攻撃した(1027作戦)。この作戦の背景については福島香織氏の「ミャンマー北部で展開された『1027オペレーション』の裏側を読む」あたりを読んでいただきたいが、簡単に言えば、国軍の傀儡政権が支配していたコーカン地区で、主に中国人を標的にしていたオンライン詐欺が盛んに行われており、大陸の中国人がカモにされていると同時に、多くの中国人が拉致されて件の業務に強制的に従事させられており、以前から中国は国軍に取り締まりを求めていたが、国軍が真剣に取り組まないことに業を煮やしていた。そこに中国との関係が深いワ州連合軍(UWSA)が主導する連邦政治交渉協議委員会( FPNCC)のメンバーでもあり、同じく中国の影響下にある3兄弟同盟が、「自分たちがコーカン地区のオンライン詐欺を撲滅するので、国軍への攻撃を黙認してほしい」と持ちかけ、これに中国が応じ、作戦発動と相なったということである。戦闘は年明けまで続き、1月5日、3兄弟同盟がコーカン地区の首都・ラオカイを陥落させ、1月12日、中国の仲介で国軍と3兄弟同盟が停戦合意を結ぶに及び、同盟側の勝利で一応の決着を見た。

これによって、3兄弟同盟はシャン州北東部の広大な地域を支配下に収め、少なくともクーデター後における国軍最大の敗北だったーしかし、事前の作戦の起案にはNUGも関わっていたそうだが、作戦が展開されている間、NUGの存在感は終始薄かった。和平調停に出席したのが3兄弟同盟だけで、NUGは外されていたことが何よりもそれを物語っている。NUGは3兄弟同盟の尻馬に乗って、さかんに「民主主義の勝利」を喧伝していたが、そこにいたのは国軍とはそうは変わらぬ軍服姿のMNDAAの幹部たちだった。

ここで思い出してほしいが、NUGの方針は「各PDFを傘下に収め、各少数民族武装勢力と協力して国軍を打倒」することで、「民主派」とはNUG、PDF、各少数民族武装勢力を包含する概念だった…しかし1027作戦で露わになったのは、少数民族武装勢力はその「民主派」とは一線を画しており、結局、自分たちの支配地域に自分たちの自治区を築くことにしか興味がないという、既に気づいている人は気づいているさほど衝撃でもない事実だった。ラオカイ陥落直後、MNDAAの兵士がパゴダを破壊したのが、何よりもの証拠である。

「ビルマ民族同士の争いで国軍が弱体化し、勢いを失っていた各少数民族武装勢力にとって千載一遇のチャンスが到来した」出典

その後、3兄弟同盟は1年後に軍政を打倒する宣言を発表したが、これは1年の猶予期間を設けて、その間に支配地域の統治機構の整備と復興を進め、傘下のPDFからせっつかれれば、彼らを最前線に出して適当に国軍を仕かけ、多大な犠牲者が出たところを見計らって退却し、「まだ力不足」として再び整備と復興に精を出す。邪魔者が減ったことにほくそ笑みながら…というシナリオのように見えないこともない。

1027作戦に対する識者の見解も概ねその線に沿ったものだった。

「ミャンマー情勢に詳しい専門家たちはおおむね、軍が権力を手放すまで追いつめられる可能性は低いとみています。抵抗勢力の側は兵力・兵たんに限りがあり、首都ネピドーや最大都市のヤンゴンなど国の中心まで展開するのは難しいというのがその理由です。また、民主派と少数民族の連携には限界があるという指摘もあります。両者は軍という共通の敵に向き合っていますが、根本の目的は民主主義なのか自治なのかという点で異なります。少数民族の武装勢力が自分たちの利益や関心のある土地を出て、軍が中枢をおく地域にまで兵を進めることは考えにくいというわけです」NHK

「『国軍崩壊』というのは未確認情報、希望的観測、憶測にもとづくもので真偽不明。反政府側が制圧した基地はいずれも小規模。自らのプロパガンダを信じて、判断を誤る危険性もある。国軍の戦力・経済力・結束は抜群で、反政府側が支配地域の占領・保持・管理に乗り出せば、国軍の空軍力のいい餌食になり、むしろ反政府側が分裂するかもしれない。長期化するほど国軍有利。彼らには逃げ場がなく、国土が灰燼に帰しても戦い続けるだろう。両勢力に対話の気運はなく、さらに悲惨なことになろう」アンドリュー・セルス

「現在戦闘が行われている山岳地帯や自然環境の厳しい地域とは異なり、内陸の平野部に入るほどゲリラ戦に限界があるため火力に勝る軍側が巻き返す可能性が高い。抵抗勢力としても一般市民への被害が出る都市部での戦闘はなるべく避けたいと考えていて慎重になるだろう」中西嘉宏

「国軍はいたずらに兵力を消耗する国境地帯に安易に立ち入ることはせず、首都ネピドーや最大都市ヤンゴン、中部マンダレー、東部モーラミャインなど自らの権力が及ぶ都市部を中心とした政権運営にシフトしていく公算が高いものとみられている」小堀晋一

またカレン民族解放軍(KNLA)教官・沖本樹典氏も「ミャンマー内戦の実相 (1)」「ミャンマー内戦の実相 (2)」の動画の中で、「少数民族武装勢力は既にNUGに情報を上げていない」「ミャンマーの民主主義のことは知らない」「他力本願で空想上の民主連符政府たるNUG」と述べている。

転がる石のように

2024年のNUGの新年の挨拶は、①ミャンマーと中国の歴史的繋がりを認識する②1つの中国政策を支持する③2021年のクーデター前の合意を尊重する④犯罪組織根絶のために中国と協力するという、今更ながら中国に媚びに媚びた内容だった。ようやく内戦のキーマンは中国だということに気づいたのかもしれないが、中国はアメリカでビルマ法が成立した時点でNUGに見切りをつけ、1027作戦の際には3兄弟同盟に「NUGとは距離を置くように」と忠告したという報道もあった。時既に遅し、遅すぎる。独善に染まった人々の哀れな懇願にしか見えなかった。しかもこれはアメリカ政府やビルマ法成立に尽力した在米ミャンマー人、ミルクティー同盟で連帯した香港、台湾、タイの民主化活動家を裏切る行為で、二重に愚かな行為と言えた。

またNUGは1月31日にクーデター3周年の声明を出したが、その声明に連署したのは、カレン民族同盟(KNU)、カレンニー民族進歩党(KNPP)チン民族戦線(CNF)の3つの武装勢力だけだった。KNPPとCNFは取るに足らぬ弱小勢力、KNUは老舗とはいえ、近年弱体化が激しい勢力である。

これが彼らの”答え”だった。もはや少数民族武装勢力は「民主派」のカテゴリーに入るものではない。

一方、1027作戦に敗れた国軍も揺れていた。

SNSでは国軍支持派によるミンアウンフライン批判が相次ぎ、人気ユーチューバーのマウンマウンは「軍は威厳を失い、現場の兵士たちは絶望している。ミンアウンフラインはこの3年間なんの能力も発揮できず、国を歴史的な恥辱と不況に陥れた。政治、経済あらゆる分野で無能だ。説明責任を果たすため辞任すべきだ」と批判し、他にも「降伏という言葉を使わなければならないことを恥じている。やりきれない思いだ」「軍の指導者たちが私利私欲に走れば兵士たちはさらに死ぬだろう。自分たちが前線で戦え。兵士たちに負担をかけるな」といった手厳しい批判の声が上がった。また国軍内強硬派が仕かけたと思われる国軍派僧侶によるミンアウンフラインに辞任を求めるデモも各地で発生していた。

弱体化した軍隊がまずやることは①兵力の強化②兵器の強化であるが、2月に施行された徴兵制は①に対応するものだろう。しかし20世紀以来、国軍の重要な資金源だった天然ガスが枯渇寸前に陥っているという報道もされており、見通しは明るくない。

クーデター直後、タンミンウーは「ミャンマーの来たるべき革命~崩壊から何が生まれるのか?」という論稿を発表し、次のように述べている。

「破綻国家としてのミャンマーは、次のような姿をしているかもしれない。国軍は都市部やイラワジ川流域を押さえたものの、都市部でのゲリラ攻撃や反乱の拡大によりその支配を強固なものにすることができない。ストライキは終結したものの、何百万人もの人々が失業し、大多数の人々は基本的なサービスをほとんどあるいはまったく受けられない状態になる。一部の少数民族武装勢力は領土を拡大することができるが、他の武装勢力は空と陸から激しい攻撃を受ける。ラカイン州ではアラカン軍が事実上の政権を拡大し、東部高地では新旧の民兵組織が国際組織犯罪ネットワークとの結びつきを強める。採掘産業や違法産業がミャンマー経済の主要部分を占める。武力闘争が激化する中、何よりもミャンマーの不安定化を恐れる北京は、サルウィン川以東の全領土に対する支配力を強めなければならないと考えていた。ミャンマーは、病気、犯罪、環境破壊の中心地となり、人権侵害も後を絶たたなくなる……」

恐ろしい慧眼である。一字一句、現在のミャンマーの姿に重なるではないか。内戦の実相が「国軍VS少数民族武装勢力」であり、民主派がステークホルダーから外れた今、国軍や他の少数民族武装勢力がさかんに徴兵を行っていることからして、今後は人々の民族ナショナリズムが刺激され、民族間の対立が露わになることも予想される。まさに1948年独立時の振り出しに戻ったというわけだ。失われた10年どころか、失われた75年である。

そしてそれはカルト民主主義と国軍憎悪に洗脳され、自滅の文法をインプットされた、栄光の歴史を誇るビルマ族滅亡の道でもある。

How does it feel ?

今あんたはどんな気分なんだ?

How does it feel ? 

いったいどんな気分なんだ? 

To be without a home ? 

帰る家もなくして 

Like a complete unknown ?

誰にも知られることなく 

Like a rolling stone ?

転がる石ころのようになってさ


中西嘉宏氏の現時点での最新(たぶん)論稿です。