2023年前半
2023年前半
ミャンマー人実習生の失踪多発
2022年の暮れあたりから、ミャンマー人実習生の失踪が多発しているという話は漏れ聞こえていたが、2023年に入ると、関係者がSNSで大々的に告発するようになった。
理由はミャンマー情勢の悪化に配慮して、入管が在日ミャンマー人に認めた特定活動の在留資格である。簡単に言えばこれは、不法滞在者を含めた在日ミャンマー人のほぼ全員に制限付きまたは無制限に就労可能な在留資格を与えるもので、実習生や特定技能と違って職種も無制限なことから、この特定活動目当てに失踪するミャンマー人実習生が多発する事態となったのだ。某監理団体では受け入れたミャンマー人実習生の半分以上が失踪したということである。
失踪から特定活動の在留資格の取得、仕事の斡旋まですべて面倒を看るブローカーがいて、彼らがFacebookに大々的に広告を打って実習生に失踪を促し、九州、北陸、東北などの労働者不足に悩む自動車部品、機械、半導体、水産加工などの工場に派遣して巨額の利益を上げ、ミャンマー人はミャンマー人で給料が手渡しなことを良いことに青天井で残業をして、1ヶ月30万~50万という実習生・特定技能では到底得られない給与を得ているそう。私が直に聞いた北陸の某自動車部品工場の時給は1700円、夜勤は2200円で、光熱費・家賃は会社持ちだった。1年特定活動で働けば、実習生の3年間で得られる給与をゆうに上回る計算である。
しかし当然、実習生を日本へ招聘するために相応の負担を負った監理団体・受入企業は、失踪者を出す度に多額の損害を被る。かといって失踪→特定活動の在留資格取得というプロセス自体はまったくの合法なので、止める術がないーということで現在、ミャンマー人実習生を敬遠する監理団体・受入企業が急増中で、また入管も関係者に対してミャンマー人実習生を受け入れないように内々に指導しているということである。当然、これはミャンマー人の日本での就労機会の減少を意味する。
折しもミャンマーでは空前の日本語学習・日本就労ブームが巻き起こっていた。2023年に2回行われた日本語能力試験(JLPT)の応募者は20万人を超え、ミャンマー各地に日本語学校が乱立しているのだという。
「国軍の権力掌握以降、ミャンマーでは多くの高校や大学の教員が辞職したこともあり、高等教育を受けられない若者が急増している。雇用状況も悪化し、職場で技術を習得する機会も減っている。このままでは教育・訓練を受けなかった若者世代が誕生してしまう。このような苦境に立つミャンマーの若者を日本に留学・研修・就労などさまざまなかたちで受け入れ、人材育成を図ることは将来のミャンマーの発展にとって重要だ。もちろん、人不足の日本にとってもありがたい。国軍は関与しない分野で、日本企業・学校としても受け入れやすいのではないか」(工藤年博)
しかしJLPTをパスしてもそれだけでは日本での就労機会を保証されない。日本の受入企業がミャンマー人実習生を採用しなければ、それは無駄な努力となるのだ。元来、ミャンマー人実習生は語学能力が高く、勤務態度も真面目ということで評判が良く、ポスト・ベトナムの呼び声が随一高かったのだが、特定活動目的の失踪多発でその評判を台無しにしてしまった。特定技能はミャンマー人に限らず、すぐに転職してしまうので企業側に受けが悪い。とすれば実習生以外では、日本語学校等への留学が日本で就労機会を得る有力な手段となるのだが、悲しいかな学校卒業後に日本で会社員として働くための技術・人文知識・国際業務の在留資格を取得するためには、母国で大学を卒業していなければならず、大学進学率90%減となっている現在のミャンマーでは、該当者は一握りとなってしまっている。
かつて伊藤計劃の「虐殺器官」という小説に、虐殺の文法というものが出てきたが、ミャンマー人の中には自滅の文法があるかのようだ。中国とインドという二大世界文明の分岐点に当たるという地政学的に恵まれた場所にあり、天然資源にも恵まれ、途上国の中では教育水準は比較的高いというのに、そのポテンシャルをまったく生かせず、今やアジア最貧国に沈没せんとし、先進国・周辺諸国の搾取の対象になっている。
日本でも報道されるようになったPDFの蛮行
2023年に入って、日本でもPDFの蛮行について、無論、現地の独立紙くらい詳細にとまでは行かないが、一応、報道されるようになった。NHK国際ニュースナビの「少女が若者が市民が標的となる報復の連鎖」という記事は、一見いつも国軍の蛮行”のみ”伝える記事のように見えるが、最後に「オスロ平和研究所が調査したクーデター以降の民間人の犠牲者は6337人にのぼります。このうち3割あまりの2152人が民主派勢力に殺害されたと分析」とPDFの蛮行についてもきちんと伝えている。ちなみに赤旗までもPDFの蛮行を伝えている。
「軍側も民主派勢力側も末端まではコントロールできていません。末端で悲惨なことがおきていたり民間人が殺害されたり、現場が勝手にやっているということは十分にあり、それがまさに憎悪が憎悪を生む、悪循環に陥っています。アウン・サン・スー・チー氏がどれぐらい意図していたかはわかりませんが、スー・チー氏が掲げていた非暴力主義は、そのような悪循環に陥らないようにするというものでした。しかし、いまのミャンマーでは、際限なくいろいろなことをしようとする人が出てきて、収拾がつかなくなっています。停戦と言っても、誰と誰が話し合えば停戦ができるのか。それさえもみえなくなっている、そういうところまで来てしまっているのです」(中西嘉宏)
かつて某国会議員が「疑惑の総合商社」と言い放ったことがあるが、ミャンマーのPDFの場合、さしずめ「凶悪犯罪の総合商社」といった体だった。
2月3日、ミャンマー最大のPDF・ミャンマー・ロイヤル・ドラゴン軍(Myanmar Royal Dragon Army:MRDA)が、MRDAの不当な暴力行為を調査しようとしたNUG職員を取り囲んで脅迫したり、刑事事件などの問題が発生してもNUGの行政組織には知らせず勝手に裁判を行って判決を下したり、他のPDFが告発したMRDAメンバーによる強姦殺人事件をMRDAのリーダーが全面否定したりしていると報道される(サガイン管区などの無秩序な激戦区ではPDFリーダーによるメンバーの女性に対するレイプも増加しているのだという)。
4月3日、タニンダーリ管区でPDFが高速バスを誤射して6歳児と40歳の女性が死亡。
4月4日、バゴー管区にある発電所にPDFがドローン攻撃を仕かけて職員2名が負傷、全国規模の大停電を引き起こす。電力省の発表によると、クー以降PDFによる発電所、送電線、変電所への破壊・攻撃は、この時点で229回。
4月12日、マンダレーで地方最高裁副所長とメイド(いずれも女性)が殺害され、自宅に火を点けられる。副所長の遺体は首に包丁が刺さった状態で見つかった。
4月12日、某PDFが国軍に協力的な芸能人のブラックリストを公開、国軍主催のダジャンに参加した芸能人の殺害に懸賞金をかける。その中にはミャンマー随一の人気を誇る長身モデル・パインタコンの名前もあったが、彼は「ただ批判する以外の批判的思考する能力がない人がいる」と反論。
5月7日、人道支援を担うASEAN代表団を乗せた車両をPDFが銃撃。インドネシアのジョコ大統領(当時)が「武力や暴力を使うのはやめましょう。犠牲になるのは人間なのですから...…私は、すべての人が一緒に座り、対話のためのスペースを作ることを強く求めます」と声明を発表。
5月31日、リリィナインキョー(Lily Naing Kyaw)という58歳の女性歌手がPDFから胸、頬、頭に3発の銃弾を受けて殺害される。彼女は民族主義的仏教組織・マバタのメンバーで、生前、「私の家族は軍人の家族なので、私は軍を支持し、クーデターを受け入れています。しかし私の近所のほとんどの人はNLDを支持しており、私を殺したいと言っています」「この人たちは国を滅ぼしたいのです」という言葉を残していた。
6月20日、ヤンゴン国際空港の最高警備責任者が殺害され、PDFが犯行声明を出す。
6月24日、伝統あるヤンゴン青少年仏教会(YWBA)会長がヤンゴン市内で銃殺される。
6月30日、サガイン管区のPDF支配下でPDFが経営するカード、闘鶏などの賭場が激増中と報道される。寄付金で賭場を開いている疑いが持たれており、住民は困惑しているが、異議を唱えると密告者のレッテルを貼られ、村にいられなくなるので沈黙を余儀なくされている。NUGに善処を求めても何もしてくれない。
8月7日、マグウェイ管区でMG6というPDFが、民主派の役員の家に発砲・家宅捜索を行った後、その妻子を拉致。彼らの解放を求める他のPDFと銃撃戦となり、MG6のリーダーが死亡した。このMG6はかねてより誘拐、強盗、違法薬物の密売に手を染めていて悪評が立っており、拘束後、MG6のメンバーは麻薬密売、恐喝、強盗、殺人など約100件の犯罪を自供した。
8月10日、マグウェイ管区でPDFと村との会合で暴言を吐いた女性2人がPDFによって鞭打ち刑に処せられる。女性たちは檻に入れられ、両手を縛られ、竹の棒で30回以上鞭打たれたという。彼女たち曰く「彼らは民主主義のために戦っていると言いながら、人権を侵害している。本当に民主主義を望んでいるのか疑わしい」。
8月12日、チン州で村長の男性がチンランド防衛隊(CDF)に上納金の減額の交渉を申し出たところ、ジャングルに連れ込まれて暴行され、瀕死の重傷を負う。村人たちは激しく非難。
8月29日、紛争地域でPDFによる身代金目的の誘拐事件が多発していることが報道される。当初は国軍関係者が標的だったが、現在は富裕な人々も標的に。危険を避けるために町を離れる人も増加している。
9月26日、マンダレーの税務署に爆弾を投げ込んだノーモア独裁なるPDFのリーダーが、問題を起こしている職員だけを狙っていると言いつつ、巻き添え被害については「責任ない」と発言。NUG報道官も「国軍のメカニズムへの攻撃であり、民意に沿ったもの」だと擁護。
11月29日、マグウェイ管区で高校教師の女性がPDFに拉致され、喉を切り裂かれ殺害される。
12月1日、新国民民主党(NNDP)党首・タントゥン氏がヤンゴン市内の自宅兼コピー屋で銃撃され殺害される。
高野秀行氏は「イラク水滸伝」の中で「反政府武装勢力の人たちは最初から決して民主的ではないし、権力を持つと腐敗・独裁的になる傾向にある。『勝つまでは我慢=勝ったら好き放題』という過酷な環境で命を削っているからなおさらだ。平時に民主的な政治を行うような人は育ちにくい」と述べているが、ミャンマーのPDFはまさにそうである。
権力は腐敗するとしばしば言われる。しかし、弱さもまた腐敗することを知るのが、等しく重要であろう。権力は少数者を腐敗させるが、弱さは多数者を腐敗させる(エリック・ホッファー)
そしてついにアメリカ国務省が「The 2022 Terrorist Index report of Global Terrorism Trends and Analysis Center-GTTAC」というレポートの中で、PDFの暴力を白日の下に晒した。
①テロの件数、死者
2022年ミャンマーにおけるテロの件数は391件、死者2130人(死者数は世界全体の10%、世界第3位)。1年間でテロ件数は10%、死者数は50%増加。
②テロの加害者
PDF198件(50%)、チンランド防衛軍(CDF)29件(7%)、カレンニー民族防衛軍(KNDF)27件(7%)
③テロの標的
国軍58%、親軍派15%、一般市民9%。クーデター以降、密告の疑いまたはCDM不参加で殺された教師、医療従事者、地方公務員、僧侶、政党関係者は約6800人
④テロの手口
銃撃38%、地雷または簡易爆弾21%、爆弾19%
⑤テロの発生地域
サガイン管区107件(27%)、ヤンゴン管区42件(11%)、カチン州36件(9%)
またいつもは国軍を舌鋒鋭く批判している国連人権特使・トーマス・H・アンドリュースも「The situation of human rights in Myanmar」というレポートの中で、以下のように報告している。
「抵抗勢力やPDFなどの武装勢力によるレイプ被害の報告も増加している。彼らは集団レイプ、レイプに続く処刑、児童レイプなどを行っている。 司法制度と法の支配が機能していないため、こうした事件は報告されないことが多い。生存者や被害者の女性たちは、自分たちの地域を支配し、影響力を行使している武装勢力による犯罪を報告することを躊躇う傾向にある。なぜなら、脅迫や報復の可能性、そして民主化を『弱体化』させたという批判を恐れているからだ。NUGは女性・青年・子供省が性的暴力、搾取、虐待からの保護政策を実施していることを特別報告者に報告しており、これには苦情や監視機能の実施、被害者への支援、教育プログラムの導入などが含まれているが、実際には、性的暴力やジェンダーに基づく暴力の被害者や生存者の多くは救済を求めることができず、加害者たちは、今日に至るまで、その犯罪について裁きを受けていない」
いずれ全ビルマ学生民主戦線(ABSDF)が1990年代前半に起こした壮絶なリンチ殺人事件に比肩する事件が明らかになる日も近いだろう。
連合赤軍事件は民主主義の足りなさ故に起きたのではない。民主主義を愚直に信じ、民主主義の実現をひたむきに目指したが故に起きたのである(呉智英)
ところでこのPDFの武装闘争に対して、囚われの身のスーチーの発言が外部に漏れたことが何度かあった。
2022年4月「国民が互いに話し合って、解決策を見つけることを望みます。このことは、NUGに対して言っているのではありません。国軍と話し合ってほしいということでもありません。国民同士の話し合いにより事態を解決してほしいということです」(出典)
第30条:この宣言のいかなる規定も、いずれかの国、集団又は個人に対して、この宣言に掲げる権利及び自由の破壊を目的とする活動に従事し、又はそのような目的を有する行為を行う権利を認めるものと解釈してはならない。
2023年7月「NUG・PDFとはつながっていない」(出典)
2の発言に対して、なぜか記事を書いた朝日新聞記者は「条文を読んでも真意を掴むのは難しい」と述べ、3については、なぜか日本のメディアは伝えなかった。しかしこれらの発言を素直に読めば、スーチーがNUG・PDFの武装闘争路線に反対しているのは明らかだろう。民主派の足並みが乱れるのを恐れて報道を自重したというのであれば、それはもはや公正中立な報道とは言えない。
政治家時代にジャーナリストやNGOに冷たくしていた反動で、拘束後のスーチーの存在感は、不世出の国家の英雄とは思えないほど薄い。クーデターが起きた2021年5月ころには既にポスト・スーチーの話が出ていた。もはや彼女には影響力がなく、過去の人扱いである。自分が命をかけて築きあげてきたものが、音を立てて崩れてゆく様を彼女はどんな心境で見守っているのだろうか。ただ彼女が崇拝して止まなかったガンジーが、「妻にDVを繰り返し、女子中学生に全裸添い寝を強要し、健康のためと称して浣腸プレイを繰り返していた変態ロリペド暴力主義のレイシスト」(出典)だったことを知らずに逝きそうなのは、不幸中の幸いかもしれない。
日本でも報道されるようになったPDFの劣勢
PDFが劣勢にあることについても、2023年に入って、現地の独立紙がクーデター直後から報道している程度の内容だったが、一応、日本でも報道されるようになった。
「僕たちが1発撃って次を準備する間に、軍は20発くらい撃ってくる。手製の銃は使い捨てで、4~5発連射すると捨てないといけない。撃ち合いでは、どうやってもかなわない」「毎晩、軍は攻撃してくる。1週間に少なくとも5日くらい砲撃がある。僕たちは住民を守りたくて武器を取り、森で暮らしながら軍に抵抗しようとした。兵士がやってくると、僕たちは物陰から発砲したり、兵士が陣取っている場所で爆弾を爆発させたりする。軍が通りそうなルートを予想して、森の中で物陰に潜んで攻撃するしかない」「住民を守るどころか、彼らを大変な目に遭わせて申し訳ない。心が痛むし、役目を果たしていないと感じる。自分にも責任があると思う。それでも、独裁者のもとで暮らすくらいなら、大変かもしれないけれど戦うしかない。軍を倒せないことは分かっている。しかし、独裁者のもとで生きることは絶対にないと決めている」
「人数では優勢だったが、機関銃などを持つ国軍兵士には『全くかなわなかった』。手製の銃は発射に驚くほど時間がかかった。火薬に点火しない銃も多くあった」「いま考えるとおかしな話ですが、私たち農民は、単純に人が多ければ勝てると思っていたのです。しかしこの日痛感したのは、自分たちの手製の武器では到底、軍に対抗できないということでした」
TBSで2022年4月に放送された「ミャンマー最前線の若者たち」と2023年6月に放送された「ミャンマーは今。若者たちの戦い」を観比べてみても、PDFに参加する若者たちの疲労困憊ぶりがわかろうというものである。国軍からの脱走兵ばかり話題になるが、無論、PDFからも脱走兵は出ており、彼らが国軍に漏らした情報によってPDFの拠点が攻撃される事案も相次いでいるのだという。
「死ぬのは恐くない。最後の一滴まで戦うつもり」
「オレが今苦労しているのは、親父の世代に革命を成功させなかったからだ。今やらなければ、息子の未来は貧しいままだ」
「絶対にミャンマーを民主化してみせる。これが最後の戦いだと、誰もが信じています」
すべてPDF兵士たちの言葉のように見えるが、1と2は山本宗輔著「ビルマの大いなる幻影」に収録されている88年世代の声である。なんのことはない、彼らは30年経っても何も成長せず、思考停止したままで、同じ失敗を繰り返しているのである。しかもリターンマッチは若者を人間の盾にして。
本当にこれで”最後”にしてほしい。誤った戦いは。