【手触りの数値化】
布地の風合いや塗料の触感を数値化する指標が提案されています *1,2)
木材の触感も長く研究されていますが,確立した指標はまだ存在していないようです
関連する報告として,建築仕上げ材全般を対象としたもの,スギ圧縮材を無垢材と比較したものがあります *3,4)
これらの論文を参考に木材の触感を試算してみます
論文 3 では金属,木材,セラミック,樹脂など様々な建材の触感を評定尺度法により採点しています
ムートンやなめし皮など,柔らかく滑らかな触感の素材が快適と評価されています
高温や低温では温冷感が支配的となりますが,20℃近傍では硬軟感と粗滑感で触感を表現できると報告されています
A = - 0.63*H - 0.96*R + 0.05
A: 快・不快感
H: 硬軟感
R: 粗滑感 いずれも-3~+3の段階評価
論文 4 ではスギ圧縮材と17種の無垢材の質感をSD法(Semantic Differential)を用いて採点しています
結果は以下の通りです(採点結果をグラフより読取り,各項目の左:-3 ~ 右: 3)
NO 樹種 木取り 硬/軟 温/冷 粗/滑 乾/湿 良/否 好/悪
1 スギ 柾目 0.76 -1.31 0.24 0.27 0.47 -0.14
2 カリン 板目 -1.97 0.59 -0.32 -0.46 -0.79 -0.62
3 ヒノキ 柾目 -0.11 -0.59 -1.25 -0.03 -0.84 -0.77
4 イヌエンジュ 板目 -1.56 0.51 -0.98 -0.11 -0.47 -0.33
5 ケヤキ 板目 -0.25 -0.75 1.25 0.83 0.46 0.01
6 カツラ 板目 -1.39 0.27 -2.08 -0.24 -0.97 -0.44
7 ナラ 板目 -0.96 0.29 0.35 0.11 -0.01 0.11
8 バドウク 板目 -1.20 0.38 -0.58 -0.22 -0.57 -0.17
9 アカマツ 柾目 0.80 -1.10 1.49 1.46 0.99 0.36
10 スギ圧縮 -1.31 0.05 0.00 -0.82 -0.41 -0.28
11 ヒバ 柾目 0.59 -1.05 -0.63 0.46 -0.14 -0.36
12 ローズウッド 板目 -0.92 -0.27 1.20 0.51 0.51 0.06
13 マカンバ 板目 -1.35 0.54 -0.50 -0.16 -0.54 -0.24
14 チーク 板目 -0.61 -0.38 0.30 0.18 -0.20 -0.12
15 ヤマザクラ 板目 -1.25 0.66 -2.39 -0.24 -1.15 -0.24
16 ブナ 板目 -0.33 -0.42 0.64 0.67 0.10 0.06
17 コクタン 板目 1.32 -1.40 1.70 1.19 0.89 0.04
18 シトカスプルース 柾目 1.28 -1.42 1.66 1.15 0.87 0.02
触感と関連する4種の知覚量については,“硬・冷・粗・乾”と感じる樹種が良い質感と評価されています
論文4 の結果をもとに,無垢材の触感を数値化する指標を求めてみます
論文3 にならい,硬軟感と粗滑感を説明変数として抽出しました
ゴムのように指より柔らかい素材の場合には,対象に指を押し込む時の反力により硬さを知覚しています
一方,木材のように指より硬い素材では,表面を叩いた時に生じる振動特性により硬さを知覚していると考えられています *5)
そこで関連する物理量として比強度:X1(横弾性/密度)と表面粗さ:X2 を選定し,データの揃う6樹種より質感の回帰式を求めました *6,7)
Y = 1.24*X1 + 0.0693*X2 - 2.90
Y: 触覚による質感(良:3~否:-3,上記の符号を反転)
X1: 比強度(GPa)
X2: 表面粗さ(μm)
ここで横弾性は樹幹方向のヤング率に木取りの係数を乗じて求めています(板目:0.1倍,柾目:0.05倍)
また表面粗さは柾目の試料に機械鉋を掛け,触針式の測定器でうねり一周期内の平均高さを求めたものです
鉋掛けしているため,表面粗さは年輪や道管などが支配的と考えられます
論文記載の評価結果(実績値)と回帰式で得られた推定値は以下の通りです (決定係数:0.80)
樹種 木取り 比強度 粗さ 質感
(GPa) (μm) 実績 推定
スギ 柾目 0.97 13.9 -0.47 -0.74
カツラ 板目 1.67 21.2 0.97 0.64
ナラ 板目 1.44 21.7 0.01 0.39
アカマツ 柾目 1.08 10.2 -0.99 -0.85
マカンバ 板目 1.90 12.1 0.54 0.29
ブナ 板目 1.81 12.4 -0.10 0.20
比強度と表面粗さの大きいカツラ,ナラ,マカンバなどが良い質感という結果になっています
鉋掛けした木材を対象とした場合,打音の周波数が高く,年輪などの凹凸が残るものが良い質感と評価されているようです
本式によると,萱の根でスギなどの表面を磨き木目を浮き上がらせる手法の効果も理解できます *8)
今回の推定はデータ数が少なく,必ずしも信頼度が高いとは言えません(回帰式の係数P値:0.04~0.16)
また知覚量と物理量を評価した試料が異なっているため,材料の個体差を考慮できていません
木材の触感数値化に向けて,さらなる検討が望まれます
【参考文献】
1) 川端季雄 繊維学会誌 Vol.47 No.11 (1991)
「KES-Fシステムとその応用」
2) 樋口貴祐 表面技術 Vol.69 No.7 (2018)
「機能性塗料の最近の動向」
3) 武田雄二ほか 日本建築学会論文報告集 第361号 (1986)
「建築仕上げ材料の感覚的評価に関する研究(その6)」
4) 阿部眞理ほか デザイン学研究 Vol.51 No.4 (2004)
「スギ圧縮材と17種類の木材の感覚特性」
5) 岡本 正吾 HP
「粗さ・摩擦・硬軟・温冷の触知覚機序:触感・テクスチャはこうして感じられている」
6) 松本璋一 応用物理 29巻 (1960) 5号
「木材の粗さと触感について」
7) 森林総合研究所監修 丸善出版発行
「木材工業ハンドブック」
8) 伊藤靖代ほか 日本生理人類学会誌 Vol.l5 No.1 (2010)
「うづくり加工を施したスギ板材の接触感覚評価」