【特徴】
日本では古くから箸や筆など木製の道具が多く使われてきました
大工道具や調理器具などの持ち手にも木が多く用いられています
作りやすく長持ちするなどの理由で選ばれてきましたが,手触りの良さ・手になじむ特性も見逃せません
これら木の道具・器具を長年,使用してきた経験は,日本人の文化として今も根付いています
日本人は手先の器用さに優れており,細かな手仕事などの職人技を得意としてきました
手先の器用さには,指先の細やかな動きと共に,これらを感じ取る触覚の鋭敏さが必要となります
触覚は粗滑・温冷・硬軟・乾湿の感覚から構成されています
粗滑の感覚は表面の粗さと関連があり,木材では表面の仕上げ(凹凸)と組織の粗さ(周期)により決まります
木材の表面仕上げは加工方法により決まり,鉋やヤスリで仕上げると表面粗さが小さくなります
(値は算術平均粗さ:Ra,いずれも木目倣いで柾目と板目の平均)
丸鋸 / 電動鉋
・スギ 3.78 / 2.72 um
・ヒノキ 2.99 / 2.18 um
・ウォルナット 3.16 / 1.95 um
木材組織の粗さは細胞の大きさと相関があり,主な樹種の値(細胞内腔の直径)は以下の通りです
・ブナ 50~100 um
・ナラ,クリ,ケヤキ 300~400 um
・スギ.ヒノキ 20~40 um
加工により表面を平らに仕上げても,細胞や年輪の境界が周期的に表れ,凹凸を感じます
木の細胞は樹幹方向に伸びた繊維状のため,断面の現れる木口は板目・柾目より粗く感じます
温冷の感覚は,熱移動量(熱伝導率と熱容量)と関連があります
硬軟の感覚は,表面硬度と関連があります
乾湿の感覚は,吸放湿の量と速度と関連があります
詳しくはそれぞれのページに記載しています
このような木の手触りが人の生理面・心理面に与える影響の研究が進められています
木製の手すりへの接触とリラックス作用との関連が研究されています
ヒノキ材に触れると,副交感神経の働きが活発になり,脳の活動が鎮静化することが報告されています
手は第二の脳と言われる様に,中枢神経と深いつながりがあります
運動と感覚が相互にやり取りされることにより,脳や神経の発達が促されます
幼いころから木と触れる機会を増やすことにより,感覚の鋭敏さや手先の器用さを獲得できるかもしれません
【設計要件】
上記の通り,触覚は粗滑・温冷・硬軟・乾湿の感覚から構成されます
いずれの感覚も樹種,木取り,塗装の有無,表面仕上げなどにより変化します
樹種ごとの道管径,年輪幅及び摩擦係数は“設計の指針”に,触感の数値化については“機能性の試算”に記載しています
【留意点】
好ましい手触りは対象とする製品やその用途・目的により変化します
オフィスで使う事務机は硬くてつるつるした感じが好ましい,家族で囲むダイニングテーブルは柔らかく温かい感じが好ましい,など同じ机でも異なります
設計因子の水準を適切に設定することにより,様々な手触りを実現することができます
【参考資料】
特徴
・常石秀市 バイオメカニズム学会誌 32巻 (2008) 2号
「感覚器の成長・発達」
・下条誠 計測と制御 41巻 (2002) 10号
「皮膚感覚の情報処理」
・武田雄二 繊維機械学会誌 51巻 (1998) 11号
「触感による建築仕上げ材料の評価」
・吉田正昭 精密機械 42巻 (1976) 504号
「心理学的にみた表面触覚の意味」
・杉山真樹ほか 第31回ライフサポート学会大会口頭発表 (2015)
「木製手すりの触感が利用者の生理面・心理面に与える影響」
・池井晴美 科研費実施状況報告 (2017)
「建築材料への接触が脳活動・自律神経活動に及ぼす影響に関する研究」
・岡野健 材料 46巻 (1997) 9号
「触感覚と木材」
・山田正 京都大学木材研究資料 (1989) 25号
「発育発達と木質環境」
・北浦かほる デザイン学研究 (1985) 50号
「子どもの生育環境とテクスチュア」
・生理学研究所プレスリリース (2016)
「見て触れる経験が見る仕組みを変える」
・林野庁HP (2017)
「科学的データによる木材・木造建築のQ&A」
・久保田競著 紀伊国屋書店 (1982)
「手と脳」
設計要件・留意点
・松本璋一 応用物理 29巻 (1960) 5号
「木材の粗さと触感について」
・佐道健ほか 京都大学農学部演習林報告 49巻 (1977)
「木材表面粗さの官能評価と物理的評価の関係」
・竹村冨男ほか 材料 37巻 (1988) 416号
「触感による木材の粗さと表面粗さおよび生長輪構造」
・宮下高明ほか 色材協会誌 84巻 (2011) 5号
「生物由来の物質の触感と表面物性」
・伊東隆夫 京都大学木材研究・資料 31巻 (1995)
「日本産広葉樹材の解剖学的記載Ⅰ」
・増田稔ほか 京都大学農学部演習林報告 61巻 (1989)
「木材の表面加工性状と光沢感の関係」