2012年秋から、NHK文化センター西宮ガーデンズ教室で「小説を読む」という講座を担当しました。毎月第3木曜日、二時間の講義で、半年(六回)が一つの単位でした。 2015年3月まで、毎月1回現代小説を取り上げました。
第一期目は、これまでに地域の文学講座で話したことのある内容を、少しアレンジして話しました。
2012年10月 池谷信三郎「忠僕」
2012年11月 芥川龍之介「藪の中」
2012年12月 川端康成「伊豆の踊子」
2013年01月 太宰治「水仙」
2013年02月 夏目漱石「夢十夜」
2013年03月 村上春樹「バースディ・ガール」
第二期は、これまでに扱えなかった長編小説を二回に分けてやろうと思いました。一回目は、その作品そのものを「読み深める」、二回目は、他の作品や作者の歩みなどと関連つけて「読み広げる」というスタイルをとりました。
2013年04月 丸谷才一「笹まくら」①
2013年05月 丸谷才一「笹まくら」②
2013年06月 田辺聖子「花衣ぬぐやまつわる……わが愛の杉田久女」①
2013年07月 田辺聖子「花衣ぬぐやまつわる……わが愛の杉田久女」②
2013年08月 水村美苗「本格小説」①
2013年09月 水村美苗「本格小説」②
第三期は、二十一世紀の小説を年代順に取り上げました。
2013年10月 川上弘美「センセイの鞄」
2013年11月 堀江敏幸「雪沼とその周辺」
2013年12月 森絵都「風に舞いあがるビニールシート」
2014年01月 津村記久子「君は永遠にそいつらより若い」
2014年02月 絲山秋子「沖で待つ」
2014年03月 長嶋有「夕子ちゃんの近道」
第四期は、2000年から1970年代へさかのぼるように並べてみました。
2014年4月 山田詠美 「A2Z」
5月 村上龍 「料理小説集」
7月 金井美恵子「文章教室」
8月 黒井千次 「群棲」
9月 開高健 「夏の闇」
第五期は、1960年代を中心に選びました。
2014年10月 川端康成 「眠れる美女」
11月 谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」
12月 三島由紀夫「金閣寺」
2015年01月 安部公房 「砂の女」
03月 中上健次 「枯木灘」
下に各回のレジメを折り畳んでおいておきます。
2013年度前期「小説を読む」藤本英二
第一回 丸谷才一『笹まくら』(1966年) その① 元のページへ
『笹まくら』の特徴と読解の糸口
A 名前をめぐる物語(提喩の問題にもつながる)
⑴二つの名を持つ主人公「浜田庄吉または杉浦健次」
・阿貴子が浜田の正体を疑ったきっかけ。
・プロット進行に伴う、叙述の変化(主人公をどう呼ぶか)
①倉敷で朝比奈(口入屋)との対峙の場面では、「浜田」
②和歌山で憲兵と対峙の場面では「杉浦」それに続く岩本との再会では「浜田」と呼び掛けられ( )のかたちで浜田が出てくる。……読者はここで杉浦(浜田)として意識する。
③下関で刑事との対峙の場面では「杉浦」
※ストーリーとしては③②①の順。つまりストーリー進行ではなく、プロット進行によって呼び名が変化している。(読者の理解・馴れが深まるのにそって)
⑵阿貴子の死亡通知で、喪主が実母。元の姓での手紙。……阿貴子の離婚を推察
⑶姓名を以て示される人物と、姓だけで呼ばれる人物。
・課長補佐西は他の章では、姓で呼ばれ名は示されない。ところが彼の内的独白で書かれる四章では「西正雄」という名前が繰り返し示される。
⑷姓や名でなく提喩を用いる場面が多い。
例「浜田は助教授の車を褒め、桑野は課長補佐の運転ぶりを褒めた。」P171
「砂絵屋の亭主は……砂絵屋の姉女房は……」
直喩……類似性を指摘する。形式的に比喩であることを示す。~のようだ。~みたい。
隠喩……白雪姫型(類似性にもとづく比喩)
換喩……赤頭巾型(隣接性にもとづく比喩)…漱石を読む。白バイに捕まる。
提喩……①人魚姫型(類による提喩)……「のむ、うつ、かう」
②ドンファン型(種による提喩)
《提喩とは、常識的に適当と期待されているよりも大きな(必要以上に一般的な)意味をもつことばをもちい、あるいは逆に、期待よりも小さな(必要以上に特殊な)意味をもつことばをもちいる表現である》
☆何故、登場人物を「提喩」で呼ぶのか。
ある人物にはいくつもの特性、属性がある。この場面では、ここを焦点化している、クローズアップしているということを示している。参照…七章の「下関」の場面
また、学生新聞部室の場面の例。「二十四歳の孤独な男」と年齢を明示することで、時間軸上の指標として。(複雑なプロットを少しでも読みやすくと)
B 引用と模写(パステーシュ)
☆次の和歌と漢詩は《小説の主題を支える重要な柱》……一種の《本歌取り》
①「これもまたかりそめ臥しのささまくら一夜の夢の契りばかりに」(俊成卿女)
※3章178ページ。現在、桑野教授のルノーの中で。⇒昭和18年和歌山、馬上の憲兵。
②「七夕のとわたる舟のかぢの葉にいく秋かきつ露の玉づさ」(藤原俊成、新古今)
※5章254ページ。昭和20年宇和島で阿貴子と七夕飾りを作る場面で。
★作者丸谷才一はこの歌については熟知していて、語り手はここでは口をつぐみ、焦点人物杉浦は少し的外れなことを口にする。
③「馬上少年過 世平白髪多 残軀天所赦 不楽是如何」(伊達正宗の五言絶句)
※7章381ページ。昭和20年敗戦後、天赦園で別れ話の場面で。
さまざまなことば、文体を多様にちりばめる
・砂絵屋・香具師の隠語
*バイ、ネタモト、モロイ、タカマチ、ショバ、ジン、タンカ、ガリ、ガリドメ、カエン、マエ、サツ、ネス、家名、……P110~、
・軍隊用語、バルタイ用語。
・軍歌、俗謡、猥歌、新聞記事、昔話の語り、操典、などさまざまな文体を模写している。
・意識の流れ、内的独白。…例、二章・宴会の場面、四章・西正雄の独白
・三章の終わり、パラグラフ、センテンスの途中で中断し、五章のはじめへ飛ぶ。
C 四章の特徴と果たしている役目
・西のモノローグ(一人語り)になっている。文章はさまざまな文体模写(パスティーシュ)も混入し、実験的な書きぶりになっている。
・他の章は浜田(杉浦)の側から語られている。ここでは西の側から語られている。(戦場での飢え、戦闘、部隊の全滅、戦友の死を経験)
・他の章では「課長補佐西」と「扁平人物(フラット・キャラクター)」として扱われていたがここでは「西正雄」と何度も繰り返され「円球人物(ラウンド・キャラクター)」として(立体的な人物として)描かれる。
・ストーリー展開上は、彼が「天地玄黄」に浜田の徴兵忌避の過去をリークするわけだが、五章以下浜田は西の動きに気づかず、ここにもアイロニーが生まれている。
D 謎とサスペンス(ミステリー的な要素)
・正体を知られる(徴兵忌避がばれる)のではないか、という不安、危機感・サスペンス
倉敷、和歌山、下関、隠岐(阿貴子)、砂絵屋稲葉、宇和島の質屋の番頭なども
・謎……何故堀川は結婚の世話をしたのか。
・誰が「天地玄黄」を使嗾し、自分の過去を暴かせたのか(誤った判断)
・二章何故、阿貴子は一か月いなかったのか⇒七章で明かされる意外な事実……阿貴子はこの時、母に自分の恋人が徴兵忌避者であることを話していた。
E 心理小説的な側面(行動、感情に対する分析)
・自分の行動、感情の意味に思いあたる。……例、学校荒らしに対して無行動。社長の堺に会った後、安堵の下にあるもの、緊張感の解放の自覚。
・相手の言葉の意味(真意)に思いいたる場面
……例、堀川理事、野本の談話記事、桑野の打ち明け話、
F 大人の性愛の世界を描く
・旅で繰り返し話題になる日本各地の遊郭
*川西町(倉敷)、十三番町(新潟)、吉原、玉ノ井、
*西の語り…吉原~飛田。P197
・あいまいでぼかした表現で、性愛に関するエロチックな述懐を。睦言。不能と自慰。
・浜田(杉浦)の敵と女……阿貴子/質屋の番頭、青地正子/西
・童貞・処女であること……青地正子、陽子。浜田(杉浦)。
・生理とセックス……陽子、阿貴子、西の内的独白、
・シーツの取り換え方の違い
G 徴兵忌避をめぐって
・国家論、徴兵忌避の理由……知的な考察、議論⇒丸谷才一の小説の特徴の一つ
・「徴兵忌避」を選んだことは自分としては正しいが、それでも残る《罪障感・負い目》
……朝鮮人、少年兵、戦死者、傷病兵に対して
……家族の被害、母(自殺か)、耳が聞こえない弟(軍隊での制裁か)に対して
H 「社会(異なる階層によって構成された)」「小社会(内部の力学が働く)」を描く
・戦前は《香具師の世界》、戦後は《大学の事務室》を中心に描く。
・インテリと庶民(時計屋、香具師、質屋)
・大学内でも教員と事務官との差。小使いの態度。
・人事をめぐる微妙なやりとり+就職をめぐるコネ
・天地玄黄(OB、右翼的な新聞)/学生新聞(新聞社のOBも)
I 時代の推移
・戦前の時代的な動きを、ニュースによって句読点を打つ。
・昭和二十一年には何でもないゴシップだったものが、約二十年たつと致命的なスキャンダルに変わる。(P254)
J 構成上の工夫・妙(繰り返し、照応、対比、伏線が巧みに)
・阿貴子と陽子の比較
(デパート、土産物屋)(シーツの替え方)(高岡行きの話、もし阿貴子なら~)
七夕(妻との網代寮/阿貴子との宇和島)
・就職依頼……戦後の堀川理事への依頼(履歴書)/現在堺への依頼(/堺からの誘い)
・神社に拝礼(いつも気をつけて/妻の万引きの知らせを聞いて)
・残軀という言葉(一章/七章)
・食べ物に関する言及
……堺・兵役拒否のための減食とその反動の大食い、そして現在。牛乳。蕎麦。
・日本各地を旅してまわる。各地の縁日、祭り。
・左遷を巡って…購買の主任伊藤は、高岡の事務長への左遷を断った(一章)。赤坂は付属高校へ(五章)
K ストーリーとプロットの複雑な関係(小説の時間の問題)
⑴作者丸谷才一/語り手/焦点人物浜田庄吉・杉浦健次
⇒P189「~それが失言であることに気づかなかった。」(語り手/浜田)
⇒P254「七夕の~」の歌。(作者/語り手/杉浦)
⑵ストーリーとプロットの違い
☆この小説では、現在から過去へ時間・場面が自然に切り替わる、そのきっかけが巧い。
……例、三章(昇進の嬉しさ/敗戦の喜び)、五章(網代七夕飾り/宇和島七夕)
☆何故このような複雑なプロットになっているのか。
☆アイロニー・カタルシス・哀感
※《アイロニーというのは、知識の差から生まれるひとつの心理的な効果なんですよ。この場合には時間的アイロニーで、われわれ読者はそのあとの彼がどんな目に遭うか知っている。……小説のいちばんの根幹には読者の時間感覚体験があるという辻原さんの話に戻る。そこにカタルシスがある。カタルシスというのは実は、哀感という言葉に通じるような情感なのかもしれない。》池澤夏樹の発言
※読者は、《登場人物の抱く感慨や思い判断が、正しくない》ことを知る。
例・一章の浜田の思い(過去が終わった)、五章の西に対する浜田の判断の誤り、七章ラストの前説法(後説法的に響く)
⑶読者は登場人物の人間像を重層的に(次々に語られるエピソードを重ね塗りするように)理解していく。その人物像は《プロットの軸にそって最初から最後へと》変容していく。
……阿貴子は最初「田舎なまりの肥った四十女」として読者の前に登場するが、最後は天赦園で自分の方から別れを告げる哀切な女として読者の前から消えていく。
⑷冒頭の一文、最後の一文
「香奠はどれくらいがいいだろう?」
……主人公浜田庄吉の現在の在り様を見事に表している。
「しかしそれが何に対するどれほど決定的な別れの挨拶なのかは、二十歳の若者にはまだよく判っていなかった。」(提喩、語り手の前説法)
……ここまで小説を読み進めてきた読者には、この一文の持つ重み、意味がよくわかる。
L 意識的に構築された知的な小説(モダニズムとは何か)
2013年度前期「小説を読む」藤本英二
第二回 丸谷才一『笹まくら』(1966年) その②元のページへ
⑴『笹まくら』を読み広げる
A ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』との関係
・『ユリシーズ』は、ギリシア時代の詩人ホメロスの『オデッセイア』を枠として、二十世紀のダブリンを舞台に様々な文学的実験を行った。例えば、14挿話「太陽神の牛」について、丸谷才一たちは次のように訳した。
《ここは、⑴古代英語からマロリー『アーサー王の死』、デフォー、マコーレイ、ペイターなどを経て現代の話し言葉に至る英語散文文体史のパロディ(そしてパスティーシュ)で書かれている。翻訳では日本語文体史のパロディおよびパスティーシュという形にする。古代英語は祝詞および『古事記』、マロリーは『源氏』ほかの王朝物語、エリザベス朝散文は『平家物語』、デフォーは井原西鶴、マコーレイは夏目漱石、ディケンズは菊池寛、ペイターは谷崎潤一郎で。》
この文体パロディ(パスティーシュ)は、『笹まくら』では特に四章西正雄の独白に明らかな継承がある。
・『ユリシーズ』の文体的な特徴の大きなものは「意識の流れ」「内的独白」とういう手法である。これも『笹まくら』で踏襲されている。
B 現代小説の時間処理について
①ラテンアメリカ文学
☆1960年代から南米小説の隆盛(コロンビアの作家ガルシア・マルケス『百年の孤独』など)は80年代には日本でも話題になった。筒井康隆、中上健次、大江健三郎、寺山修司らにも影響を与えた。
☆中村真一郎「カルペンティエールとの出会い」より引用
《また短編集『時との戦い』中の有名な「種への旅」の時間構成もまことに独自に怪異であって、物語の中の現実は、逆まわしの映画のように、主人公の老年から青年へ、更には幼時から母の子宮の中へと進展する。この逆回転によって、人生の各場面は、その終末への目的論的な姿勢から解放され、鮮明な芸術的輝きを獲得する。》
(『ラテンアメリカ文学を読む』国書刊行会、1980)
元原稿は「南米小説の可能性」(『読書は愉しみ』新潮社、1979)
☆バルガス・リョサ(ペルー、ノーベル賞作家)の『ラ・カテドラルでの対話』(1969年発表、邦訳は1978年)
②福永武彦『海市』1968年
③高井有一『夢の碑』1976年(新潮現代文学74巻に収録)
……祖父田口菊汀をモデルとして描く
奇数章は現代の映画会社の宣伝部員川西尭彦たかひこと宣伝映画のプロダクションのアシスタント・プロデューサー武市真木子の恋愛を時間順に描く。この部分は基本的には望まない妊娠・中絶を扱った「妊娠小説」である。偶数章は川西青汀(尭彦の祖父)の生涯を時間をさかのぼりながら描く。東北の鷹舞出身の川西青汀は上京し、小説家となるが、やがて筆を折り、新生美術社を興し、美術雑誌、美術学校の経営に携わる。同郷の友人で画家棚町鼓山との交流、3人の息子との確執などが描かれる。
④吉田修一『横道世之介』2009……主人公の大学生活を語りながら、関わりを持った人々の数年後が語られ、時間が行き来する。そして物語の半ばで写真家になった主人公がある事故に巻き込まれて死ぬことが明かされるが、時間は巻き戻され、主人公の大学生活が続く。読者はそれまでと同じように読むことができなくなる。
C 國學院大學について
・1953年から1965年まで勤務。(『笹まくら』の舞台の大学のモデル)
・『後鳥羽院』あとがきによると、次のような人々が
・外国語研究室の同僚…安東次男、橋本一明、中野孝次、菅野昭正、清水徹、飯島耕一、篠田一士、川村二郎、永川玲二、
・国文科…佐藤謙三教授、岡野弘彦(歌人、折口信夫の弟子)
⑵作者について
A 丸谷才一年譜
1925年 山形県鶴岡市に生まれる。父は開業医。
1944年 旧制新潟高等学校入学
1945年 山形歩兵連隊に入営(約半年)
1947年 東大文学部英文科に入学、中野好夫、平井正穂に学ぶ。卒業論文は「ジェイムズ・ジョイス」。大学院に進む
1952年 同人雑誌創刊(同人に篠田一士、菅野昭正、川村二郎)
1953年 國學院大學講師(のち助教授)となる(1965年まで勤務)
1964年 『ユリシーズ』(永川玲二、高松有一と共訳、96~97年新訳)
1966年 『笹まくら』
1968年 芥川賞受賞
2012年 死去(87歳)
B 小説
『エホバの顔を避けて』1960
『笹まくら』1966
『年の残り』1968……芥川賞
『にぎやかな街で』1968
『たった一人の反乱』1972……谷崎潤一郎賞
『彼方へ』1972
『横しぐれ』1975
『裏声で歌へ君が代』1982
『樹影譚』1988……川端康成文学賞
『女ざかり』1993 ……大林宣彦監督、吉永小百合主演で映画化された。
『輝く日の宮』2003……泉鏡花文学賞
『光る源氏の物語』(大野晋との対談)を踏まえて、源氏物語の失われた第二巻「輝く日の宮」をめぐる物語。様々な文体実験(0章は泉鏡花のパスティーシュ、3章は年表を加味、4章は戯曲仕立てなど)、文学論議(芭蕉は何故奥の細道の旅に出たのか、御霊信仰など)、大人の恋愛物語(杉安佐子の結婚、離婚、同棲、そして長良豊との出会い、結婚をめぐるすれ違い、)、現代風俗(警察の盗聴問題、過激派の内ゲバ)などいろんな愉しみ方ができる。
『持ち重りする薔薇の花』2011
※丸谷才一は長編小説家だが、長編小説は七作しかない。
・私小説、自然主義に対する反発し、モダニズム文学をめざす。
・高等遊民ではなく、社会の中で職業を持って働いている人物を描く。新聞の論説委員、企業の社長、元経団連会長も含めて。
C 丸谷才一の仕事(小説以外)
小説以外の受賞
・読売文学賞(1974年・2010年) - 『後鳥羽院』・『若き芸術家の肖像』新訳により
・野間文芸賞(1985年) - 『忠臣蔵とはなにか』により
・芸術選奨(1990年) - 『光る源氏の物語』(大野晋との対談)により
・大佛次郎賞(1999年) - 『新々百人一首』により
①英文学……ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』共同訳
②国文学…『後鳥羽院』
…「後鳥羽院は日本的なモダニズムの開祖である」
《本歌取りという和歌の手法は、モダニズム文学のパロディやパスティーシュの手法に並べられ、二十世紀文学の新しさに結びつけられる。すなわち、伝統と新しさ(現在)の緊張関係こそが、本歌取りという手法の本当の意味であることを、モダニズム文学という概念で洗い直してみせたのである。》湯川豊解説より
「新しさへの固執と批評および批評家の位置の高さ」
『早わかり日本文学史』……勅撰和歌集を中心に時代区分した文学史
③批評…『忠臣蔵とはなにか』
……忠臣蔵(という事件と芝居)を、御霊信仰とカーニバル論で説いたもの。
④日本語論、国語教科書批判…『日本語のために』
⑤コラム…膨大な量にのぼる。『男のポケット』など軽エッセイには人気がある。
⑥対談・座談…『光る源氏の物語』(大野晋との対談)、山崎正和との対談
⑦挨拶…『挨拶はむづかしい』(1985年、1988年に朝日文庫、野坂昭如との対談)
『挨拶はたいへんだ』(2001年、2004年に朝日文庫、井上ひさしとの対談)
『あいさつは一仕事』(2010年、2013年に朝日文庫、和田誠との対談)
⑧編集者……毎日新聞「今週の本棚」の開始。池澤夏樹へとバトンタッチ。
☆四畳半襖の下張裁判(野坂昭如)
永井荷風作とされる「四畳半襖の下張」を『面白半分』1972年2月号(当時の編集長野坂昭如)に掲載。猥褻文書販売の罪で裁判となる。1980年最高裁で有罪判決。丸谷才一は特別弁護人として活躍。
『四畳半襖の下張裁判・全記録』(丸谷才一編、1976年、朝日新聞社)
・五木寛之、井上ひさし、吉行淳之介、開高健、吉田精一、中村光夫、寺田博、金井美恵子、榊原美文、石川淳、奥平康弘、水沢和子、田村隆一、有吉佐和子、らが証人となった。丸谷才一はこれらの証人に特別弁護人として質問、一種の文学談義になっている。
・丸谷才一は「起訴状に対する意見」「弁論要旨」で古今東西の文学(ユリシーズ、悪徳の栄え、ボヴァリー夫人、チャタレー夫人の恋人、こころ、赤光、古今和歌集、源氏物語などなど)に言及しながら、この裁判の起訴状に反対している。文学論として読んでもおもしろい。
☆歌仙(連句)(大岡信、井上ひさし、石川淳、安東次男らと)
丸谷才一の歌仙の句として有名なのは「モンローの伝記下訳五万円」。これに大岡信が「どさりと落ちる軒の残雪」と付けた。古井由吉はあるパーティで、あの五万円はいつ頃の五万円かときいたらしい。昭和三十年代初期、当時丸谷才一の給料は一万円。
☆ミステリーを愛好(『深夜の散歩』福永武彦、中村真一郎)
☆日本語相談(井上ひさし、大野晋)
長編小説を評価する基準について
(丸谷才一『文学のレッスン』2010より、インタビュアーは湯川豊)
①作中人物(キャラクター)
……扁平人物(フラット・キャラクター)、円球人物(ラウンド・キャラクター)
……存在感がある、生けるが如く書いてある/魅力がある、一種の迫力がある
……いろんな階層の、多様な人物が出会って葛藤が生じたときに小説がほんとうにおもしろくなるという問題
②文章
……「純文学と大衆文学の違い」→⑴芸術的野心の有無、⑵文体的個性の有無
……文体を小説の方法と結びつけて考えると語り口ということになる。
……複数の語り手。「源氏物語」の草子地の問題、ドストエフスキイ『悪霊』語り手と情報源としてのG氏、ジョイス『ユリシーズ』の作曲家(コンポーザー)と編曲家(アレンジャー)の二人を操っているのが作者ジョイスだ。
③筋(ストーリー)
……「戯曲の悲劇的シチュエイションというのは分類してみると三十六しかないという説。(誤解、姦通、復讐など)しかし組み合わせればいくらでも。……語り口によってストーリーがまったく新しいものになる。(例、谷崎潤一郎)。時間の順序、どの立場から語るか、などの工夫。
……筋の型は限られても、先行作品を利用することができる。前日譚、外伝、など。先行作品を〈ハイジャック〉する。読者の予備知識を前提にする。形式を〈ハイジャック〉する(スパイ小説、少年小説の形式を
2013年度前期「小説を読む」藤本英二
第三回 田辺聖子『花衣ぬぐやまつわる……わが愛の杉田久女』 元のページへ
(1987年) その①
『花衣ぬぐやまつわる』における田辺聖子のモチーフ(執筆の動機)
田辺聖子は『近代日本の女性史』シリーズ(集英社)で「杉田久女」を割り当てられた。
最初は乗り気になれなかったが、久女の資料を調べていくうちに、自分の久女に対する偏見が、松本清張や吉屋信子の著作によって植え付けられたものであることを知る。
第一章では、伝説まみれの久女を描き、伝説の生まれた原因、増幅のメカニズムが語られる。「資料批判」であり、この評伝の出発点でもある。「伝説」の解体を宣言している。
「伝説」の元になったものは
①松本清張「菊枕」昭和二十八年
⇒曲筆は感じられない。責任は反・久女的立場の人ばかりに取材したこと。
②吉屋信子「私の見なかった人〈杉田久女〉」昭和三十八年
⇒正確な評伝ではなく自分で書き上げたオハナシ。よたっぱち。責任は大きい。
③秋元松代『山ほととぎすほしいまま』
④池上不二子「焔の女―杉田久女―」(『俳句に魅せられた六人のをんな』昭和三十二年)
⑤巌谷大四『物語大正文壇史』昭和五十一年
⑥戸板康二「泣きどころ人物誌―高浜虚子の女弟子」昭和五十七年
田辺聖子が拠って立つのは
⑦『久女文集』昭和四十三年、石昌子(長女)編
⑧増田連『杉田久女ノート』昭和五十三年
⑨『杉田久女遺墨』昭和五十四年
☆これが出発点だが、五年の歳月をかけて多くの資料にあたり、久女を知る人物に取材し、書き進めていくうちに、すべての元凶を発見することになる。それは「高浜虚子批判」に踏み込むことであった。
《久女伝説》
①長谷川かな女との確執
「虚子嫌いかな女嫌いの単帯」「呪う人は好きな人なり紅芙蓉」
②長谷川零余子との醜聞
③大田柳琴(クリスチャン)との醜聞
④神崎縷々との醜聞
※〈久女の恋がいつも醜聞まみれになるのは、私は白虹氏よりもむしろ多佳子がその震源地ではないかと思っている。〉上244
⑤昭和五年『玉藻』発刊(虚子の娘、星野立子主宰)……吉屋信子の「捏造」した事件
⑥昭和七年、菊枕を贈る。
⑦昭和七年「花衣」五号で廃刊の謎
⑧昭和八年、短冊事件……曾田医師、久女、白虹
⑨句集の序文を虚子に懇願、相手にされず。
⑩虚子の小説「国子の手紙」(昭和二十三年)…昭和九年の久女の手紙
⑪昭和十一年二月、虚子渡仏。箱根丸事件。久女は門司に見送りに行くが、虚子会わず。
⑫昭和九年同人、十一年除名。
⑬「カルテ流失事件」
これらについて、田辺は資料を引用しながら、細かく推理していく。
『花衣ぬぐやまつわる』における田辺聖子の方法
⑴膨大な資料にあたり、その中から取捨選択していく。
※「評伝は資料との闘いです。材料はテーマに合わせて取捨選択していくの。もったいなくてもね。人の人生を書いてあげるときには、気品がないといけないの。主人公に愛情がなければ書けませんからね。」(全集別巻・島崎今日子「夢みる勇気」より)
※例えば、作品中で個人誌『花衣』を丁寧に紹介している。
「久女について、悪くいう人は、いったい「花衣」に目を通したのだろうか。」上・337
⑵資料にない部分については、小説的空想で埋める。〈 〉による会話部分。
※例えば、俳句会で初めて虚子と会った時の会話、上・126
※例えば、家庭での夫宇内との口論、上・185
※例えば、中村汀女との出会い、上・196
☆こうした部分は、厳密に〈 〉で示されている。小説的な空想だが、やや甘いという感は否めない。
③基本的には、杉田久女の生涯を、時間にそって追っていく。
【久女略年譜】
・明治二十三年、鹿児島に生まれ、沖縄で育つ。「お茶の水高女」卒業。
・明治四十二年、中学教師(美術)杉田宇内と結婚、小倉へ。長女昌子、次女光子。
・兄により俳句の世界を知る。
・大正六年、高浜虚子に出会う。
・大正八年、長谷川零余子たちの訪問を受ける
・夫との確執、離婚を考える
・俳句を捨て、太田柳琴により受洗(キリスト教に)。
・虚子の小倉来訪、櫓山荘での句会(橋本多佳子との出会い)、再び俳句の世界へ。
・昭和二、三年頃から、豊饒な世界を。
・昭和五年「日本新名勝俳句」……十万三千余句の二十句の中に選ばれる。
・個人誌「花衣」発刊、昭和七年五号で廃刊
・昭和九年「ホトトギス」同人に……虚子に句集序文を請うが拒否される。
・昭和十一年「ホトトギス」を除名される。
・昭和二十年十月、精神病院へ
・昭和二十一年一月死亡。
④前半は夫杉田宇内との、後半は高浜虚子との確執を描く。夫や師を捨てることができないという限界。この小説を通じて、田辺聖子は「女性」の置かれた立場をいつも考察している。「女性」の生き方を抑圧するものへの怒り、フェミニズム文学として評価できるし、田辺聖子の声が響いている。
⑦「ホトトギス」の統率者虚子という人物の持つ「政治性」にメスを入れる。
☆女性俳人を育てていくという進歩性
☆水原秋桜子、山口誓子ら新興俳句に対する抑圧、対抗策
☆《悪人ぶり》を、虚子自身の文章(小説)を分析することであぶりだす。
・「厭な顔」……秋桜子の「ホトトギス」離脱。自身を信長になぞらえて。
・「国子の手紙」……娘昌子の手紙を利用しつつ、久女の狂乱を印象づける。
⑧俳句結社というものの特殊性、閉鎖性、を描く。あわせて九州の俳句界の動向も。
「小悪党」と言うべき横山白虹。…焼き芋のエピソードから、久女の醜聞の噂拡大、小倉での久女評価に対する抑圧(増田連氏などへの)、久女の矮小化。
⑨久女の句を引用し(二百二十余句)読者に手渡す。(ほかの俳人の引用句は「 」を使用)あわせて、久女の句に対する同時代の評価を紹介する。田辺自身の評価、判断もはっきりと述べる。
☆昭和八年、宇佐神宮での句……中村草田男、虚子、
☆昭和九年、帆柱山の句……山口青邨、虚子
⑩対比という手法。久女という女性を多面的に照らし出すために,多くの人物を登場させ、ある「軸」に関して、久女との対比を試みる。
☆虚子の客観写生、花鳥諷詠論に対する四S(水原秋桜子、山口誓子ら)の活躍と対立、久女の位置(主観性の強い久女が、虚子の信奉者となる矛盾)
☆「東大俳句会」……俳句を論じ合える友人の存在
☆「ホトトギス」からの離脱…水原秋桜子
☆貧富、対人関係……橋本多佳子
☆夫との関係……久保より江・猪之吉
☆離婚……柳原白蓮(美貌の歌人、金満家の夫を捨て、書生に奔る)との対比
☆短冊の販売……竹下しづの女(応援してくれる友人を持つ)
多くの女流俳人が紹介されているが、中でも特に印象深いのは、橋本多佳子の存在である。
・第七章櫓山荘・文化サロン。多佳子との交流。
ここで「多佳子の眼」を借りて、田辺は久女の相対化、批判を行う。
多佳子のバランス感覚、順応力、洞察力。芯の強い、ひとすじ縄でいかぬ女。誰にも心を開かず、誰とも親和する。
・山口誓子を師として、昭和十年「ホトトギス」から離脱し「馬酔木」へ。
・夫豊次郎の存在によって芸術家としての自分を育てられ、その死(昭和十二年)によって、橋本多佳子はさらに大きく成長していく。下・133
・戦後、奈良俳句会で、西東三鬼、平畑静塔らと命がけの修業を。下・141
・橋本多佳子、昭和二十九年病院を訪れる。「青葦原をんなの一生透きとおる」下・190
☆多佳子は、「生涯、まっとうで澄徹で、人を誣いることなく生きた久女の人生を、「透きとおる」と観じたのである。」(多佳子に託した田辺の久女観)
☆橋本多佳子に対する田辺聖子の書き込みは細やかで愛情に満ちている。ほとんど田辺聖子=橋本多佳子という風で、久女に対する自分の思いを多佳子に託している。
《評伝に書いたから当然ですけれど、あの作品ではもう一人、橋本多佳子も好きです。〈月光にいのち死にゆくひとと寝る〉という俳句がありますね。昔から好きでした。》(坪内稔典との対談・全集別巻)
⑪田辺聖子自身の「紀行文」(取材旅行)を織り交ぜる。(③とは別の現在の時間が流れる)
※松本(墓参り)、小倉、英彦山、大宰府病院、愛知県小原村(宇内・久女の墓参り)
☆田辺聖子の英彦山紀行
・「久女は、ほととぎすの声を実際に聞き、雄大で自由だと捉えた」(田辺)
☆序章(松本行)……墓を探す(実際との違い)、諏訪大社の近くの温泉宿の奥さんからカルチャーショックを受ける(これが久女の対人関係の独特さへの暗示となる)下107へ
☆終章(小倉行)……横山白虹の死によって小倉での久女顕彰の動きが始まる、この評伝の登場人物のほとんどが死に、作品が残る。句碑を前に講演。久女の恋はあったかもと思う。
瀬戸内寂聴との対談(全集別巻一)
・「あとの三分の一ぐらいから推理小説を読むみたいね。」(寂聴)
・「高浜虚子の悪口をこれだけはっきりと書いたというのは、勇気があるなあと思ったんですけどね。」(寂聴)
・「中途で私はすごく宇内に腹を立てて、何ていやな男だろうと……。」(聖子)「でも、終わりはあなたはすごく愛情持って書いてるじゃないの。」(寂聴)、「そうですね。宇内に同情するようになりました。かわいそうだしと思って。」(聖子)
・「虚子の門からも出ない。宇内からも去らない。」(聖子)、「ねえ、あれが不思議ね。」(寂聴)
2013年度前期「小説を読む」藤本英二
第四回 田辺聖子『花衣ぬぐやまつわる……わが愛の杉田久女』 元のページへ
(1987年) その② 読み広げる
Ⅰ 作者田辺聖子について
年譜
1928年 大阪市此花区に生まれる。(田邉写真館、創業明治38年)
1944年 樟蔭女子専門学校国文科に入学
1945年 6月田邉写真館焼失。10月父死去。
1947年 卒業。大阪の金物問屋KK大同商店に入社。習作を続け、懸賞小説に応募。
1951年 「文芸首都」に入会、添削を受ける。
※佐藤愛子、中上健次、津島祐子なども
1954年 大同商店を退社。*七年間勤務
1955年 大阪文学学校に通う。*27歳
1957年 「花狩」が「婦人生活」の懸賞小説佳作入選、翌年連載、最初の本となる。
NHK、毎日放送のラジオドラマの脚本を書く。
1964年 「感傷旅行」(同人誌「航路」掲載、芥川賞受賞*36歳) ⇒別紙資料①
1966年 直木賞候補で友人の川野彰子急死。その夫川野純夫(医師)と結婚。二男二女の継母となる。別居婚を経て、大家族(舅姑小姑継子他)と暮らす。*38歳
1971年 カモカのおっちゃんシリーズ始まる
1972年 『言い寄る』(乃里子三部作の1作)、⇒別紙資料③④
『千すじの黒髪』(最初の作家評伝)*44歳
1974年 『文車日記』 ⇒別紙資料②
1976年 神戸市から伊丹市に転居
1987年 『花衣ぬぐやまつわる……わが愛の杉田久女』(女流文学賞)*59歳
1992年 『おかあさん疲れたよ』⇒別紙資料②
1998年 『道頓堀の雨に別れて以来なり 川柳作家・岸本水府とその時代』*70歳
(泉鏡花文学賞、読売文学賞、井原西鶴賞)⇒別紙資料⑤⑥
2002年 川野純夫死去(1976年脳梗塞、98年から車椅子、享年77)
2003年 初の映画『ジョゼと虎と魚たち』(犬童一心監督、妻夫木聡、池脇千鶴主演)
2004年 田辺聖子全集刊行開始(全二十四巻、別巻一、2006年完結、朝日賞)
☆刊行された単行本は二百五十冊を超える。
主な作品
⑴恋愛小説
☆田辺聖子の作家としての最初の創作衝動は、「女の子」の恋愛の心の揺れを描く、この分野にあったはず。「大阪弁でサガンを」ということばも印象深い。
『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニー)』……芥川賞受賞作。
『乃里子三部作』……2007年、新装版として三十年ぶりに復刊されて人気を得た。川上弘美、津村記久子ら女性作家からの評価も高い。
『言い寄る』(「週刊大衆」1972年七月~十二月、全二十六回)
・自立したハイミス、デザイナーの乃里子幼馴染の五郎、大金持ちの跡取り息子で遊び人の剛、魅力的な中年の水野などとの恋愛模様を描く。
『私的生活』(「小説現代」1976年五月~八月、全四回)
・五郎に失恋し、剛と結婚した乃里子は、仕事をやめて結婚し、中谷財閥の一員としての生活を求められるが、……
『苺をつぶしながら』(「小説現代」1981年九月~十二月、全四回)
・剛と離婚し、自由な生活、仕事と昔の仲間を取り戻し、年上の女友達もできるが、……
⑵中年小説
『求婚旅行』、『すべってころんで』、『中年ちゃらんぽらん』他、中年男女の哀歓を描く。
⑶自伝的小説
『欲しがりません勝つまでは ―私の終戦までー』1977年 *49歳
『しんこ細工の猿や雉』(「別冊文芸春秋」1977年3月~1978年12月)
☆女学生の頃の「本ごっこ」「著書ごっこ」から、金物卸問屋での会社員生活、大阪文学学校での修業、投稿、最初の著書「花刈」の出版記念会、ラジオドラマの脚本制作、などを経て、「感傷旅行」で直木賞を受賞するまでを描いた、自伝的小説。
《『しんこ細工の猿や雉』は、田辺聖子が虚構という手鏡を用いず自らを全面的に写し出した、ほとんど初めての作品であるように思われる。あるいは、それは虚構という仕掛けを通してのみ自ら語ることができた少女が、ついにその仕掛けなしに語りはじめたということなのかもしれない。》
沢木耕太郎「虚構という鏡」より
⑷評伝小説……別項で
⑸古典に関する著作
・『文車日記』、などの古典文学への招待
・『新源氏物語』『私本・源氏物語』、「源氏物語」に関するエッセイ
・『むかし・あけぼの 小説枕草子』、
・『隼別王子の叛乱』ほか古典ロマンス
⑹随筆・エッセイ
『カモカのおっちゃんシリーズ』…1971年に『女の長風呂』で始まった「週刊文春」連載のエッセイ。十五年続き、十五巻のエッセイになった。
田辺聖子の文学世界のキーワード
①女の子小説、夢見小説……少女時代に耽読した吉屋信子、
②戦前の軍国少女、戦争体験……同世代への思い
③国文学、古典文学世界への憧れと探究
④大阪の金物問屋での勤労体験…大阪弁の世界
⑤大阪文学学校での文学修行……戦後民主主義の昂揚感も
⑥川野純夫氏との結婚(カモカのおっちゃんのモデル)……中年男女の機微
⑦人生を愉しむ……川柳世界への共感、宝塚歌劇への原作提供
⑧作家評伝……義憤、女性文学者への共感、
⑨フェミニズムの穏やかな表現者
*参考資料
『女の華やぎ 田辺聖子の世界』(1986年、文藝春秋編)
『楽天少女通ります 私の履歴書』(1998年、日本経済新聞社)
『まいにち薔薇いろ 田辺聖子AtoZ』(2006年、『田辺聖子全集』編集室編、集英社)
『田辺聖子全集』別巻一(2006年、集英社)年譜、対談、作家論
『われにやさしき人多かりき わたしの文学人生』(2011年、集英社)
…『田辺聖子全集』別巻一に収められた自作解説を再編集したもの
『一生、女の子 田辺聖子』(2011年、講談社)
Ⅱ 作家評伝の諸相
A 田辺聖子(1928~)の作家評伝
①『千すじの黒髪 わが愛の与謝野晶子』 1972年
《私は愛好者のつねとして、自分なりの解釈で、彼等の肖像をなぞらえてみたい誘惑に抗しがたかったにすぎない。/それゆえ、ここにとどめられた晶子と寛のおもかげは、私の指が描いた小さなまずしい円周の中で、不当に縮尺されていると譴責をうけるかもしれない。/しかし、私は寛と晶子を、こう考えるのが好きだっただけである。私は晶子を語りつつ私を語り、寛を描きつつ私を描くことになった。-わが愛の与謝野晶子―という、傍題を付した所以である。》あとがきより
☆この小説は、元になる短歌や手紙によりながら、基本的には作者が晶子や鉄幹になったつもりで、劇化した、いわば「なり切り小説」である。女学生の生硬な演劇を見るかのごとき感がある。(まるで宝塚)物語は一色に染められて、流麗に流れていくが、そこには、『花衣ぬぐやまつわる』のような、違った見方、別の見解を容れる、幅広さ、立体感はない。鉄幹の恋愛遍歴を中心に最初の妻瀧野、山川登美子、晶子らの恋愛感情の揺れ動きに焦点があてられている。与謝野晶子の文学者としての歩み、成長が今一つ伝わってこないし、最後は駆け足になる。
②『花衣ぬぐやまつわる……わが愛の杉田久女』1987年(女流文学賞)
③『ひねくれ一茶』 1992年 (吉川英治文学賞)
*「小説現代」に連載。1990・2~1992・2
④『道頓堀の雨に別れて以来なり 川柳作家・岸本水府とその時代』1998年
(泉鏡花文学賞、読売文学賞)
*平成4年1月号より、「中央公論」に68回連載
☆田辺聖子の川柳への関心は、若い日に『柳多留』を読んだことに端を発し、『古川柳おちぼ拾い』(1976年)、『川柳でんでん太鼓』(1985年)といった古典・文学案内エッセイを経て、この小説『道頓堀の雨に別れて以来なり』に結実した。
☆この小説は、まず何より、大阪の川柳作家の世界を活写している。岸本水府という「番傘」主宰者を中心にしながらも、筆を彼に限らず、彼の周辺の人々、時代や世相に、視界は自在に伸びやかに広がってゆく。例えば、それは芝居の世界から芸妓色里の世界、そして大阪での米騒動、東京での関東大震災、二・二六事件、第二次世界大戦へと。これは、庶民の位置から描いた、明治、大正、昭和史である。
その描き方は具体的な人物の眼と川柳によって綴っていく、織物の如き手法である。それが可能になったのは、作者が川柳雑誌「番傘」をはじめとする日本各地の膨大な量の川柳誌を読み込み、句はもちろんのこと戦わされる川柳論、川柳界の人々の動向、ちいさな埋め草コラムまで引用しながら、川柳の世界に集う市井の人々を描こうとする文学者としての志、膂力、持続力、である。
ここでは例えば昭和天皇の即位の御大典が、同人たちのその日の動きを次々にスケッチしながら、奉祝にわきかえる大阪の街の様子が描かれている。番傘同人の仮装行列から、色里を舞台にした恋の顛末へと転じる。それは全体小説への志向性を内に秘めている。大逆事件、プロレタリア運動、反戦運動から体制翼賛会の動きまで、中国での戦場から被爆地ヒロシマまで、「昭和」の様々な世相を、《川柳》を導きの糸として描いていく。
⑤『ゆめはるか吉屋信子』 2002年
*「月刊Asahi」1993年~「アサヒグラフ」1998年に連載
《なお、信子の少女時代、娘時代のころは一部、フィクションを交え、その人生を描出した。出処は『花物語』や初期の小説・習作群である。〈評伝〉というものは、ことに文学者が対象である場合、その作品から放たれるエーテルとイメージによって、対象をフィクション化したほうが、かえって実像に迫り、核心を把握しやすい。それも〈評伝〉という文芸ジャンルの特典で、一形式としては許されるであろうと思う。(但し、現時点で知れる限りの事実関係の変改、日記・書簡の改竄は一切ない)。》
『ゆめはるか吉屋信子』より
B 瀬戸内晴美・寂聴(1922~)の作家評伝について
※『瀬戸内寂聴伝記小説集成』(全五巻)がある。
『田村俊子』 1961年
『かの子繚乱』 1965年
『美は乱調にあり』 1966年
『諧調は偽りなり』 1984年 *『美は乱調にあり』の続編、ノンフィクション度が高い。
『青鞜』 1984年
《…氏は、いわばみずからの内なる女を見つめ直す心組みをもって「明治以後の日本の女の生き方」を探り、「田村俊子」「かの子繚乱」「美は乱調にあり」「お蝶夫人」「遠い声」「余白の春」と つづく伝記小説の山脈を成就する。念のために各々の主人公の名を挙げれば、それらは田村俊子、岡本かの子、伊藤野枝、三浦環、菅野須賀子、金子文子であり、これらの主人公の志すところは、ある者は芸術、ある者は革命であったが、彼女たちは皆、自我の伸長をその行動の原理とする点において共通する、激しい、目覚めた、新しい女の一軍だったのである。》 (上田三四二、『かの子繚乱』講談社文庫版解説より)
C 井上ひさしの評伝劇について
《近代文学》
『イーハトーボの劇列車』(宮澤賢治)1980年
『吾輩は漱石である』(夏目漱石)1982年
『頭痛肩こり樋口一葉』(樋口一葉)1984年
『泣き虫なまいき石川啄木』(石川啄木)1986年
『人間合格』(太宰治)1989年
『シャンハイ・ムーン』(魯迅)1991年
『太鼓たたいて笛ふいて』(林芙美子)2002年
『組曲虐殺』(小林多喜二)2009年
《その他》
・裏表源内蛙合戦 1970
・道元の冒険 1971
・しみじみ日本・乃木大将 1975
・小林一茶 1979
・芭蕉通夜舟 1983 (一人芝居)
・黙阿弥オペラ 1995
・兄おとうと(吉野作造) 2003
・円生と志ん生 2005
☆井上ひさしの作家評伝劇は、大量の資料を渉猟しそれを咀嚼した上で、「ひとつの趣向」のもとに改めて構築したフィクション、すなわち偽の伝記である。それゆえ、伝記的事実の再現を目指したものではなく、作者井上ひさしが、その作家の核心部分をとらえようとした試みである。
☆評伝劇の趣向は例えば次のようなもの
・頭痛肩こり樋口一葉……お盆・幽霊
・シャンハイ・ムーン……病気、医者、手紙
・組曲虐殺……伏字、匿名の手紙・小説原稿、変装、
2013年度前期「小説を読む」藤本英二
第五回 水村美苗『本格小説』(2002) その1 読み深める 元のページへ
特徴と読解の糸口
A 『本格小説』が執筆されるまで
⑴作者のそれまでの歩み
12歳で渡米、フランス文学を学び、大学で教えながら、『續明暗』(漱石の未完の小説の続編)、『私小説 from left to right』(英語を交えたバイリンガルな小説で横書き)を発表。
⑵第三作目の二つの可能性は、「縦書き私小説」(十二歳までの日本の思い出)か「本格小説」(虚構の恋愛小説)だった。
⑶そこで、『嵐が丘』をモデルに「本格小説」を書くことにする。
⑷「一 迎え火」から書き始めるが、面白くない。(「縦書き私小説」も書きあぐねる。)
⑸「本格小説の始まる前の長い長い話」を《まえがき》として書くことを思いつき、現在の『本格小説』が出来上がった。
B 『嵐が丘』をモデルにした恋愛小説を書く(創作動機の一つ)
⑴『嵐が丘』(E・ブロンテ、1847年)とはどんな小説なのか
・小説の構造(二人の語り手・ロックウッド/女中ネリー)
・ストーリーの概要……ヒースクリフとキャサリンの恋愛物語
(幼馴染、身分違い、他の男に嫁いだ女、死後も異常な執着。帰ってきた男の復讐譚。)
⑵水村美苗はこの物語のどこを模倣したか。(抽象化した骨組み)
①「語り手の男」は、ある男に出会い、強烈な印象を持つ。「語り手の男」は泊めてもらった屋敷で、死んだ女の幽霊を見る。
②主人公の男女を幼い頃から見てきた女中が、その二人の恋愛譚の一部始終を「語り手の男」に語って聞かせる。
③男は孤児、女は金持ちの娘、大きくなるにつれてその身分の差に直面する。女は男と結婚できないと言う。
④女の言葉に絶望して、男は失踪する。女は別の男と結婚する。
⑤男は数年後に、金持ちとして帰還し、女と再会する。
⑥女は病気で死に、男は後に残される。
⑦男は思い出の屋敷を手に入れる。
⑧数年後、「語り手の男」は再訪するが、男はいない。
C 「本格小説の始まる前の長い長い話」の役割
何故このような、まえがき部分が必要だったのか。また、この部分が『本格小説』全体で果たしている役割は何か。
⑴《もともと近代小説というのはあたかも「事実」が書いてあるかのように見せる文学ジャンルであり、「ほんとうらしさ」とはすべての近代小説が目的とするところでもある。そして十八世紀に西洋で近代小説が生まれたとき、その目的のためによく使われたのが、テキストを重層的にするという手法であった。まず小説家自身が登場し、次に人から聞いた話、あるいは発見した書簡集、日記、ノートにあった話だとして、物語を語るのである。》水村美苗「谷崎潤一郎の「転換期」-『春琴抄』をめぐって」
※谷崎の『春琴抄』は、そのような手法を利用している。ちなみに僕が最近読んだものでは、シェリーの『フランケンシュタイン』、ジェイムズの『ねじの回転』もそういう仕掛けを持っている。
⑵《あの冒頭部分が入ることによって、『本格小説』を、まさに本格小説として読むことを、読者に強制するという構成になったんだと思います。別の言いかたをすれば、あの冒頭の私小説的部分が、残りの部分の私小説的な読みを禁ずるー次につづく恋愛物語の私小説的な読みを禁ずる、という構成になったということですね。冒頭に作者自身である「美苗」が出てきてしまうことによって、理屈から言えば、本格小説に入ってからは、作者をどの登場人物とも同一視して読むことができなくなるということです。》『ユリイカ』2002年9月号インタビュー
⑶本編を支える「脇の物語」としての役割。
「事実」を踏まえながら、巧妙に「虚」を交えて、虚実の混交したストーリーを形成していく。そのストーリーは大きく言えば、三つある。
①『私小説』の続編としての、「水村家」のストーリー。
(私美苗は大学で教えながら、作家としてデビュー。音楽家志望だった姉奈苗は日本に帰国し、父は死に、母は老いていく。)
②東太郎のアメリカでのサクセスストーリー。
(渡米後、お抱え運転手から始めて、美苗の父のカメラ会社の「現地採用」となり、やがて胃カメラの担当として頭角を現し、独立したセールスマンとなり、アメリカの会社に移籍。さらに医療機器そのものの開発、という風に順調に成功し、大金持ちとなる。)←これが本編の空白を埋める。
③次回作を書きあぐねていた作家が、新しい小説の構想を得るというストーリー。
(私美苗は、元出版社員加藤祐介の思いがけない訪問を受け、「東太郎とよう子」の恋愛物語を聞き、『本格小説』を書くことを決意する。)
《しかもこの夜贈られた「小説のような話」は、『縦書き私小説』を書こうとして書きあぐねていた私にとってもうひとつの別の奇跡をも意味した。東太郎の育った日本は私が育った日本―昔アメリカに連れて来られてから心のなかで回想し続けた、あの遥かな日本と重なるものだったのである。…略…「小説のような話」を小説にすることができれば長年心の奥の玉手箱に封じこまれたあの「時」-『縦書き私小説』で何とか解き放とうとしていたあの「時」を解き放つことができる……。》
⑷このまえがき部分が本編のゆるやかなモデル(ミニチュア)になっている。
・電球交換のエピソード(アメリカ)が、本編のそれ(軽井沢)と呼応する。
・水村家の衰退/三枝三姉妹の衰退(これらは東太郎の成功・出世と対比的である)
・美苗の東太郎への思い/冨美子の東太郎への思い(太郎とよう子の激しい恋愛に比べれば慎ましやかであるが)
⑸小説論の開陳として
・《日本の多くの小説家が西洋の小説にある話をもう一度自分の言葉で書いてみたいという欲望、すべての芸術の根源にある、模倣の欲望に囚われながら日本近代文学を花開かせていったのである。》
・《模倣の欲望から出発したにせよ、時が移り、空が移り、言葉が変るにつれて変容するのが芸術であり、また芸術とは変容することによって新たな生命を吹き込まれるものだからである。》
・《日本の小説では、小説家の「私」を賭けた真実はあっても、「書く人間」としての「主体」を賭けた真実があるとはみなされにくかったのではないか。だからこそ、日本近代文学には、小説家の「私」と切り離されただけでなく、そもそも小説がもちうる「真実の力」とも切り離された、「物語り」の系譜というものが別に脈打つ必然があったのではないだろうか?》上巻P232
①私小説 ……小説家の「私」を賭けた真実
②本格小説 ……「書く人間」の主体を賭けた真実
③物語り小説……①の真実とも、②の真実とも切り離された系譜
D 『嵐が丘』から『本格小説』へのアダプテーション
※アダプテーション(adaptation)…①適応。順応。調整。
②小説、戯曲などを改作すること。脚色。
⑴『嵐が丘』は「ロックウッド/女中ネリー」という二人の語り手を持ち、語りの構造が二重であった。『本格小説』では、さらに語り手(聞き手)=「水村美苗」をもう一人置き、三重構造にした。
⑵恋愛物語の語り手ネリーは、この恋愛に対して距離を置き(批判的で)、基本的には物語の進行にあまり関与しない。一方、土屋冨美子は自分の生い立ちから語り始め、東京へ出てきてからの、基地のメイド、宇多川家での女中としての生活も語る。太郎とよう子の二人に対しても、関与的存在である。
⑶舞台をヒースの生い茂る荒野(荒涼とした)から、自然豊かな軽井沢及び東京に移した。また、その土地の序列も示した。例えば《軽井沢/中軽井沢/追分》、《小石川/成城/千歳船橋》さらに三軒茶屋、蒲田、など。
⑷二世代にわたる物語(母・子キャサリン)を一世代の恋愛物語とした。また『嵐が丘』の狭い範囲での入り組んだ血縁・恋愛関係を、すっきりとした三角関係に整理した。
⑸『嵐が丘』の登場人物は少ないが、『本格小説』では多彩な階層の人物を多く登場させ、その階級性、貧富の差、教養の差などを際立たせた。特に三枝三姉妹(春絵、夏絵、冬絵)は秀逸。これは『嵐が丘』の模倣というより、日本の戦前戦後を描こうとしたもので、その意味ではオリジナルな部分ともいえる。
☆安東家(小石川の旦那)
重光家(元摂津藩家老)……弥生は、安東家の三男雅雄(婿養子)と結婚
⇒息子の雅之(のちよう子と結婚)
三枝家(成り上がり)……春絵は浩(婿養子)と結婚
宇多川家(医者の家系)……三枝夏絵の嫁ぎ先⇒ゆう子、よう子の姉妹
・源次オジ、宇多川のお祖母様、六さん、東一家、女中頭オニなどなど。
⑹物語世界の時間の幅が違う。ヒースクリフは失踪後三年で帰還し、キャサリンは十九歳で死ぬ。一方、太郎がアメリカから帰国するのは十五年後、よう子は四十四歳で死ぬ。戦前戦後の時代の推移(三枝家の衰退)も描かれている。
⑺『嵐が丘』にはヒースクリフに関した空白部分(謎)が多い。彼の出自は?何故、キャサリンの父はロンドンから彼を連れ帰り、目をかけたのか?三年間何をし、どのようにして金持ちになったのか?
水村美苗は、「ヒースクリフの謎」に対して、自分なりの答えを用意した。
①出自…満州生まれ。中国周辺部民族との混血。
②何故、彼はその家に入ったか…宇多川のお祖母様の肩入れ
③富豪としての帰国…アメリカでのベンチャービジネスの成功
⑻宗教色を薄め、日本的な習俗(お盆、迎え火等)の中に溶かし込んだ。キャサリンの墓を暴くといった狂暴さは、散骨といった形に収められた。
⑼ヒースクリフの執拗なまでの復讐(あらゆる手段でアーンショー家、リントン家の財産をすべて我が物とする)に対して、太郎は三枝三姉妹に気づかれぬよう秘かに「追分や軽井沢の別荘の購入、冨美子へ譲渡する」という風に、穏やかな対応に変形されている。
⑽水村美苗は『嵐が丘』のどこに魅力を感じて、自分の小説として再現しようとしたのか。
☆《女の人が、「こっちもあっちも欲しい」というところは『嵐が丘』と同じなんです。女の人にとってとても都合のいい三角関係(笑)。でも、わたしは、もっと都合のいい三角関係を書きたいと思っていた。もっと欲張った、理想的なヤツ。》ユリイカ2002
E この小説の魅力と方法意識について
⑴時間の小説としての側面
①まず戦前戦後を流れていく時間を感じられる。歴史的な変化を「風俗」を通して、小説世界に定着することに成功している。
②冨美子が抱く感慨が、十七歳と五十前で対比的に描かれる。
十七歳。休日に上野駅で高校にいけなくて泣いたとき
《……もう自分の将来には大していいこともないであろうことが、酷いほどの現実味を伴って理解できるのです。/あの夕方が、高校に行けなかったことを泣いた唯一のときでした。》上巻P513
五十前。太郎のアシスタントとなりキャリア・ウーマンとして生活する。
《このわたしの生活を見たら、源次オジがずいぶんと喜んでくれただろうと考えることがあります。千歳船橋の宇多川家に最初に入ったころ、休みに上野公園に出てもう自分の将来には大していいこともないであろうと決めつけ、一人でベンチで泣いたことなども思い出します。そして、あのときこの将来があるとわかっていたら、あそこまで泣かなかったのにと考えたりもします。》下巻P359
③そうした現実の時間の推移とは別に現実を超えた時間の顕現もある。
☆祐介が緋鯉の浴衣を着た幼いよう子の幻を見る場面…満月
《刹那の静寂が久遠の時を刻んだ。》(上巻P285)
☆アヤマンナサイッと叫ぶよう子、地面に手をつく太郎、それを見守る冨美子。
《「東京音頭」が聞こえる中を、手をつないだ二人の姿が暗い山道に消えるのを、私はぼんやりと見ていました。……小さな二人がゆるやかな山道を登っていく姿だけが、何かこの世のものではないように、幾たびも瞼に蘇りました。》(下巻P89)
☆祐介が三姉妹たちに招かれ、マリア・カラスの「ルチア」を聴く場面
《…ふだんは眼に見えない暗黒の時の中、ふだんはその存在を閉ざされている永遠の時の中へと引きずりこまれるようであった。……祐介も、いつのまにか、今という時も、ここという場所も忘れ、この世を超えた時に魅入られたように耳を傾けていた。》(下巻P286)
☆よう子が太郎に「おばあちゃん」したげる、子守唄を歌う場面。
《わたしもいつのまにか自分の膝を抱えてぼうっと闇を見つめていました。よう子ちゃんたちの幼いころを通り過ぎ、わたし自身の幼いころー記憶もまだないのに、茫漠とした悲しさだけが既に身体の芯に根づいてしまったような幼いころまでつれもどされた気がしました。》(下巻P371)
☆ラストで祐介が十ヶ月後に追分を訪ねると山荘は影も形もなかった。
《やがて白骨の細かい破片が地からふわっと浮き上がると、眼に見えない月の光を受け透明に虚空に舞った。》(下巻P537)
☆あとがきで水村美苗が、追分の山荘跡を訪ねる。
《伸び放題の蔓や雑草と共に赤マンマやら女郎花やらの秋の野花がすっかり地面を覆い尽くしていた。たった三年前そこに建物があったとは信じ難いほと、「時」そのものがすべてを浸食していた。》(下巻P540)
④小説の随所で「時間」に関する言及がある。
☆《いつごろから何かが揺らぎ始めたのかはわかりませんが、やはりあれは人間というものが時を止めることができないところから来るものなのでしょうか。……でも今から見れば三人のああいう幸せがあれ以上続くのはこの世に流れるときそのものが許さなかったという気がしてなないのです。》(下巻P379)
⑵くっきりした人物像
・三枝三姉妹(西洋文化に親しんだ金持ち階級・象徴としての軽井沢)
春絵……権高で傲慢、毒がある、太郎を憎む。行動力、観察力、洞察力も鋭い。ニューヨークで若い画家と関係。
夏絵……美人だが、精神的には頼りない。何かと家を空けて、実家に入り浸る。
冬絵……独身。年が近いので冨美子と友達に。冨美子の秘密を祐介に語る。
・お初さん……冨美子の母の嫂
・源次オジ…ホテルレストランのボーイ、外国航路の客船のパーサー、戦後は将校食堂の事務長、女に小料理屋をやらせる。
・オニ…重光家の女中のお国さん(ロンドンに同行)
・宇多川家のお祖母様…元芸者、太郎の庇護者となる。
・弥生……雅之の母。軽井沢で太郎にセーターを贈ろうとし、拒まれる。
⑶はっきりとした貧富の差、階級の差が典型的なかたちで描かれる
・例、源次オジが、小石川の安東家、成城の重光家、三枝家を回る場面。源次と相手の人間関係がはっきりと出る。
・例、軽井沢に太郎を連れて宇田川のお祖母様が現われる場面。軽井沢でよう子と一緒に遊べず、使役される太郎。
⑷同じイメージの時間・場所を変えての反復
・激しい雨の夜の長い告白……上P213、
・貧しい者への施し…揚げパン(上P594・お祖母さま)、セーター(下P73・弥生)
・電球の交換……上p77(アメリカ・美苗)、下p69(軽井沢・よう子)
・夢を見た……上p111(アメリカ・美苗)、下p513(軽井沢・祐介)
・よう子が別荘に隠れ、病気になる……上P184(追分・駆け落ち・太郎の拒否)
下P424(軽井沢・三枝の別荘の屋根裏部屋・)
⑸血縁のない家族(継父母、継子など)
・祐介/母は祐介が小さい頃に離婚し、再婚。今の父は実の父ではない。
・冨美子/母親は死んだ父の弟と再婚、/冨美子自身も再婚し血縁関係のない子どもたちを育てる。孫のアミ。
・太郎/中国で死んだ母の兄一家とともに日本へ帰ってくる、お常さんやお常さんの子ども達にいじめられる。
・宇田川家のお祖母様/後妻として、宇田川家に入り、武朗(夏絵の夫)を育てる。孫のよう子とも血のつながりはない。……悲惨な境遇にいる太郎を自分の孫のように可愛がり、冨美子に「遺言」を残す。
☆《いつも四人が揃うと、血の繋がった人間は一人もいないのに、家族が水入らずで揃ったような気がするのも不思議なものです。》下巻P106
…追分で、太郎、よう子、冨美子、宇多川のお祖母様
☆少女小説の主人公は「孤児」である場合が多い。この小説では「継子」であることが繰り返し出て来る。「継子」であることは、物語的には「自由」に行動することを可能とする。係累のしがらみから解き放たれて。源次オジは軽井沢で「少女小説」を冨美子に買ってくる(上巻P443)
☆《まさに少女小説の挿絵にあるような顔です。》(上巻P479、弥生について)
☆《泰西の名画から抜けでたような》(上巻P482、三姉妹について)
F リバーシブル(reversible)な小説
「太郎とよう子の恋愛の物語」/「冨美子の半生記」
小説の語りの三重構造(多重性)
・祐介は冬絵の話を聞いて、冨美子の語りの二重性に気づく。
《一度それを耳にしてしまえば、冬絵のその言葉が真実であるのを疑うことはできなかった。冨美子が太郎と肉体関係をもっていた可能性を今の今まで考えなかった自分が鈍だとしか思えなかった。聞き手の自分が幼すぎたのか、それとも語り手の冨美子が狡猾だったのかは判らなかった。……だが記憶を呼び起こすにつれ、同じ言葉が同じ意味をもたなくなってきた。記憶を呼び起こすにつれ、あれで冨美子は底の底まで狡猾だった訳ではなかったかもしれない。祐介を口先では騙しながら、ひょっとすると祐介が真相を推測するのを本心では望んでいたのかもしれない、という気が突然してきたのであった。そう思って冨美子の言葉を反芻してみれば、言葉の端はしに二人の関係が仄めかされていたのが見えてくるような気がする。》下巻p497、498
※例えば、15年ぶりに帰国した太郎が冨美子に会い、金を渡そうとする場面。冨美子は激怒する。下巻p263、264
《怒りが全身を貫くのが自分でも感じられます。憐れだとも不憫だとも思って太郎ちゃんのためにいろいろしてきたのを、金持ちになった今、その私の気持ちをお金で返そうというのでしょうか。……様々な場面が火を噴いて胸の中を巡ります。気がついたときわたしは封筒を太郎ちゃんの眼の前に投げつけていました。……―あなたは、あたしに失礼にならない形で、お礼なんかできないの。一生できないの。それがあなたの運命なの。》
空白部分……例・祐介に語る冬絵の話。太郎がアメリカへ出発した後の冨美子の生活(の荒れ)を推測する冬絵の言葉(淋しさの中で生活が荒んだのではないか)
☆冨美子に光をあてれば、貧しい少女が女中として世間を知り、つらい思い、経験もしながら、最後は太郎の贈与によって、経済的に豊かな生活を手にする物語である。同時に精神的には満たされぬ思い、寂寥感を抱え込んでしまう哀しさが残る。
《小説世界の年表》
1937・昭和12年 土屋冨美子、信州佐久平に生まれる。(父は戦死、母は父の弟と再婚)
1952・昭和27年 冨美子、立川基地のメイドになる。(源次オジの紹介で)
1954・昭和29年 冨美子、17歳、宇多川家の女中になる。宇多川よう子6歳。
(春絵33歳、夏絵32歳、冬絵28歳)
1956・昭和31年 宇多川家の元車夫六さんの所へ、甥夫婦一家(東)が転がり込んでくる。太郎は東の甥(妹の子ども)。太郎10歳、よう子9歳、冨美子19歳。
1959・昭和34年 追分の別荘(宇多川家)ができる。太郎、宇多川のお祖母様のお伴で、初めて、追分、軽井沢へ行き、階級差を思い知らされる。。
1964・昭和39年 太郎を可愛がってくれた宇多川家のお祖母様が死去。宇多川家は北海道へ転居。それに伴い、冨美子は女中を辞め、27歳で結婚するが、半年後に離婚。よう子15歳、高校1年、最初の「不始末」。宇多川家は千歳船橋の家を売り、東一家は蒲田へ引っ越す。
1966・昭和41年 「駆け落ち」事件(二人で追分へ、よう子高熱)。よう子18歳、大学入学前。絶望した太郎(19歳)は冨美子(29歳)のアパートで半年間暮らす
1967・昭和42年 太郎はアメリカへ渡り、お抱え運転手として働く。
冨美子(32歳)は13歳年上の男と再婚する。
1973・昭和48年 よう子(25歳)は重光雅之と結婚する。
(この間の太郎の努力・成功については、水村美苗の眼から「長い長い話」で描かれる)
1982・昭和57年 富豪となった太郎は十五年ぶりに帰国、冨美子と再会し、追分の別荘(宇多川家の)を入手する。
1983・昭和58年 夏、太郎とよう子再会する。
1986・昭和61年 冨美子の夫が死去。冨美子は太郎のアシスタントとして東京で暮らす。
1992・平成4年 太郎は、軽井沢の別荘を入手する。12月よう子失踪。
1993・平成5年 1月、よう子死去。(44歳)
1995・平成7年 雅之死去。太郎二年七か月ぶりに帰国。加藤祐介は偶然太郎たちと知り合い、冨美子から「太郎とよう子の恋愛物語」を聞く。
1998・平成10年 加藤祐介は水村美苗を訪ねてきて、冨美子から聞いた話を美苗に語る。
『本格小説』を「新潮」2001年1月号~2002年1月号に、連載。9月出版。
2013年度前期「小説を読む」藤本英二
第六回 水村美苗『本格小説』(2002)を読む その2 読み広げる 元のページへ
前回語り残した問題
⑴三人の語り手(水村美苗、加藤祐介、土屋冨美子)が、共通に知っているのは「東太郎」だけであるが、三人はそれぞれの「東太郎」を語る。三人ともに太郎に魅かれている。
その傍証としての夢。性的な存在として。
※夢を見た
……上p111(アメリカ・美苗、太郎の踊る姿)、
下p513(軽井沢・祐介、冬絵から太郎と冨美子に肉体関係があったことを聞く)
⑵時間の小説としての側面
※前回のレジメの5ページ「E この小説の魅力と方法意識について 」参照
Ⅰ 『本格小説』をめぐって
①『最初で最後の〈本格小説〉 水村美苗・高橋源一郎(対談)』(文学界、2003・1)
《十九世紀の恋愛小説というのは基本的には二つのヴァリエーションがあると思うんですね。一緒になる形か、破滅して別れる形か。あらすじで言えば、結婚して幸せになるか、不倫して不幸になるかの二つのヴァリエーションですね。まあ、この二つは西洋文学の基本形でもありますが。ところが『嵐が丘』は、二つを結合させていて、結婚で終わらせもしないし、不倫の物語にもしていない。つまり『ジェーン・エア』でもなければ、『マダム・ボヴァリー』や『アンナ・カレーニナ』でもない。そういう意味では、十九世紀の恋愛小説でありながら、典型的な恋愛小説だとはとても言えないんですよね。》水村美苗の発言
《日本語で恋愛小説を書きたいというのが一方にあって、もう一方で、自分の小さいころの記憶も含めて、過去何十年かにわたって日本が歩んできた道を記録しておきたかった。その二つを合体させた感じですね。》水村美苗の発言
②『手紙、栞を添えて』(1998)における、水村美苗の『嵐が丘』評
《『嵐が丘』の特異な構造は、ヒロインのキャサリンが小説の真中で死んでしまうことにあります。そこからロマンスは復讐劇に急展開し、ヒースクリフが過去に恨みをもつ人間を次々と不幸に陥れていく物語に変わる。でもあのヒースクリフの黒い情熱を、「目に見える世界」――生者の世界の枠の中で理解しようとするのは、不可能なのです。/ヒースクリフの怨念はたんに執拗なのではない。彼の怨念は、現実に対して必然的に過剰なのです。そしてそれは、彼の目が、「目に見えない世界」を凝視しているからにほかなりません。その世界はキャサリンが棲む死者の世界でもありますが、それ以上に、この世を超えるものを指し示す世界です。この世を超えるものの存在を知る人間にとってのみ存在することによって、必然的に過剰なものを現実にもちこんでしまう世界なのです。ヒースクリフとキャサリンの愛。この世を超えた、あの愛の絶対性が見えない人間……この世を超えて、そのようなものが存在するのを知らない人間――彼らにとっては、あの二人の愛も存在しないのです。》
③『完全な「三角関係」をめぐって(インタビュー)』(『ユリイカ』2002年9月号)
《…『嵐が丘』のあの物語は、あの構成抜きには反復不可能なんですよね。二人の主人公と共に読者をこの世を超えるようなところまでもっていくのが、不可能なんです。》
《ネリーは間接的には殺人犯なんです。それなのに、ネリーのその罪は『嵐が丘』のプロット・メカニズムのひとつでしかないでしょう。一人の人間の罪としては問題にならないし、当人も罪を犯したという意識はない。……略……(冨美子について)書いているうちに、性格なんかは似たとこも何もないのに、どんどん彼女に同一化してしまって、彼女を殺人犯にするのは忍びないような気持ちになってしまって(笑)、やはり確信犯ではなくて、そんなつもりはなかったけれども罪を犯してしまったという風になっていきました。それは、主人公の一人としてより本気で書くようになっていったということですね。冨美子は、書いていく中で一番変わっていった人物です。》
《断片的な「私小説」的な記憶が、『本格小説』の重要なヒントになっています。……略……継子いじめなんていうのは昔の話かと思っていたけれども、いまでもあるんだと、子供ながらに思いました。そんな風に記憶の断片がいろいろ形を変えて『本格小説』の中心に入りこんでいるんですね。》
④大作&問題作の二〇〇二年 川本三郎・三浦雅士(対談)
《三浦:小説というジャンルが十九世紀になって全盛期を迎えた理由は、階級問題が具体化したからです。階級間の葛藤を描くものであって、突き詰めて言うと、貧しい階級の女の子が上流階級の男の子と出会って結婚するというお話ですね。ジェーン・オースティンの小説なんか典型的です。それを裏返しにして、貧しい男の子が裕福な女の子と出会いそこで生まれる葛藤を描いたのが『嵐が丘』なわけです。『本格小説』は、その『嵐が丘』を正々堂々と真正面から、換骨奪胎してみせた。階級という仕掛けがあればいまだって『嵐が丘』が書けるということを堂々と示してくれた。細部は『桜の園』や『グレート・ギャッビー』を秘かに利用して、それを感じさせない。とにかく筋が面白くて一気に読めてしまう。》
⑤週刊ブックレビュー ビデオ……前回紹介済み
⑥『嵐が丘』の奇跡をもう一度 「波」2002年2月(インタビュー・インターネットにも)
Ⅱ 「嵐が丘」をめぐって
『嵐が丘』に関する研究書の中で、次の二点はこれまでの研究書に対する目配りが行き届いていて、初心者にもよくわかるようにうまく要約・紹介されている。ともに批評理論史的な側面もある。
A『「嵐が丘」の謎を解く』 廣野由美子(2001、創元社)
B『『嵐が丘』を読む ポストコロニアル批評から「鬼丸物語」まで』
川口喬一(2007、みすず書房)
*『小説の解釈戦略―『嵐が丘』を読む』(1989、福武書店)を書き直したもの
『嵐が丘』は当初、謎の多い出来の悪い小説とされていたが、研究が進むにつれて、きわめて、精巧に組み立てられた作品という風に評価が変わってきた。
☆A、Bともに重要な仕事として挙げられているのは、C・P・サンガー(法律家)の「『嵐が丘』の構造」というパンフレットだ。
《サンガーは、二つの家族の三代にわたる人物関係、複雑な時間体系、地理的背景、正確な法手続きなど、いかにエミリーが慎重に作品の具体的事実を計画し、肉付けしたかを丹念に論証した。》B、P40。
☆《『嵐が丘』の批評の流れを辿ることは、まさに文学批評理論の歴史を辿ることに等しいと言ってよい。》A・廣野
……伝統的な印象主義批評や伝記的・歴史的批評から、ニュー・クリティシズム、ロシア・フォルマニズムなどの形式主義的批評、精神分析的批評、神話・原型批評、読者反応批評、マルクス主義批評、フェミニズム批評、構造主義批評、ディコンストラクション批評、文化批評など
☆《多様なジャンルの上にいるとまたがっていう特色が、この作品の解読方法を多義化し、「謎」をいっそう深める要因になっている》A・廣野
……ロマン主義的な小説か⇒ロマンス/ゴシック小説/幻想文学/お伽噺の原型/
……リアリズム小説か⇒社会小説/道徳小説/教養小説/
……それ以外⇒予言小説/劇的小説/悪の文学/姦通小説/自叙伝/推理小説/犯罪小説/田園詩/年代記小説/風刺小説/分身小説/
Aの第1章 序説 『嵐が丘』の謎はどこから生じてくるのか、の小見出しを紹介すると
・エミリー・ブロンテの謎/『嵐が丘』の謎/物語の内容と構造/限定的な語りの視点/語りの空白―省略法と黙説法―/閉鎖的な世界/記号の過剰さ/ジャンルの混在
☆二つの家の人間関係のシンメトリー性(対称性)、時間の反復性(十八年×2世代)、名前(キャサリンの娘の名もキャサリン、ヒースクリフは姓がない、ヒースクリフはアーンショーの死んだ息子の名、)(一代目キャサリン・アーンショー⇒《キャサリン・ヒースクリフ》⇒キャサリン・リントン⇒娘二代目キャサリン・リントン⇒キャサリン・ヒースクリフ⇒キャサリン・アーンショー)。
Bの「第十一章テクストの外へー『嵐が丘』を書き直す」では次のような例が紹介されている。
⑴河野多恵子の劇『嵐が丘』(1970、福田恒存演出、二幕物)
⑵ジェフリー・ケイン『ヒースクリフ』(1977)…謎の不在の三年間を肉付け
⑶アンナ・レストレンジ『嵐が丘にかえる』(1977)キャサリン二世を中心とした後日談
⑷ジョン・ウィートクロフト『キャサリンの日記』(1983)
⑸リン・ヘア=サージェント『ヒースクリフー嵐が丘への帰還』…これも不在の三年間を描くが、シャーロット・ブロンテが登場し、『ジェーン・エア』の世界と錯綜するメタ・フィクション的な作品
⑹ジェイン・アーカード『移りゆく天空』(1990)…三世代の女性の対話
⑺エヴァ・フィゲス『ネリーのヴァージョン』(1977)…記憶喪失の女
⑻マリーズ・コンデ『さまざまな心の渡り』(1995)…カリブ海に置き換え
⑼エマ・テナント『ヒースクリフの話』(2005)…エミリーの第二作目の原稿を
⑽水村美苗『本格小説』(2002)
また川口喬一は次のような映画化作品を挙げている。
⑴ウィリアム・ワイラー監督 1939 …ハリウッド的メロドラマ
⑵ルイス・ブニュエル監督 1953 …メキシコ版、『情熱の深淵』
⑶フュースト監督 1970(ティモシー・ダルトン)…ヒースクリフは銃殺される
⑷ジャック・リベット監督 1985…フランス版、第一部だけを原作に
⑸吉田喜重監督 1988 (松田優作、田中裕子)
⑹コズミンスキー監督 1992(ジュリエット・ビノシュ)…エミリーが登場
⑺スーリ・クリシュナンマ監督2003 …カリフォルニア舞台、ロックンロール
Ⅲ 作者水村美苗について
略歴
1951年 東京都生まれ
父の仕事の関係で、12歳で渡米。美術学校からイェール大学へ入学、フランス文学専攻(卒業論文はプルーストの『失われた時を求めて』について)、同大学院博士課程修了。ポール・ド・マンの教えを受ける。またこの大学で加藤周一、柄谷行人と出会う。
プリンストン大学、ミシガン大学、スタンフォード大学で日本文学を教える。
岩井克人(経済学者、『私小説』の中で「殿」と呼ばれている)と結婚。
※ポール・ド・マン(1919-1983)…ベルギー出身、1946年渡米、フランスの思想家ジャック・デリダの影響下、脱構築(ディコンストラクション)批評を確立したイェール学派の中心的存在。水村美苗の「リナンシエイション(拒絶)」という文章(『日本語で書くということ』所収)は、ポール・ド・マンのために(口頭試問用に)用意していた論文を元にしている。
☆《ド・マンの初期のテキストを支配する真の両義性は、経験的自己と、言語のなかで言語によって構成される自己とのあいだにあるのではなく、これら二つの自己を和解しようとする誘惑と、この誘惑を拒絶することのあいだにあった。それと同じく、ド・マンの後期のテキストを支配する真の両義性は、意味と記号のあいだにあるのではなく、意味と記号を和解しようとする誘惑と、この誘惑を拒絶することのあいだにある。すなわちそれはテキストの可読性を想定することと、その想定をうち壊すことのあいだの背反関係にある。》水村美苗「リナンシエイション(拒絶)」より
著書
小説
・続明暗(1990)
……「季刊思潮」1988年6月~1990年4月連載。 芸術選奨新人賞
・私小説 from left to right(1995)
……「批評空間」1992年2月~1994年10月に連載。 野間文芸新人賞
・本格小説(2002)
……「新潮」2001年1月号~2002年1月号に、連載。9月出版。読売文学賞
・母の遺産 新聞小説(2012)
……「読売新聞」に2010年1月~2011年4月連載。大佛次郎賞
評論
・日本語が亡びるとき(2008)小林秀雄賞
・日本語で書くということ(2009)
・日本語で読むということ(2009)
その他
・手紙、栞を添えて(1998) 辻邦生との往復書簡
Ⅳ 母の物語―『高台にある家』から『母の遺産』へ
水村節子(1921~2008)……再婚し、奈苗、美苗姉妹を生む。作家八木義徳の文章教室に通い、七十歳を過ぎてから自伝小説『高台にある家』(2000角川春樹事務所、のち2012中公文庫)を書いた。
⑴『高台にある家』について
この小説は、幼少期の思い出から始まり、複雑な家族関係が明らかにされ、最初の結婚とその破綻の予感で終わっている。節子の母たま(水村美苗の祖母)は、鳥取市長と芸者との間に生まれるが、神戸元町の芸者置屋「花菱」の高橋峯二郎・ふさの養女となり、芸妓(翠扇)となる。富豪田村金作の愛人となり一郎・たかの兄妹を生む。さらに高橋家の息子(梅毒・精神薄弱者)良治の妻となり良忠・幸一の兄弟を生む。その後、幸一の家庭教師をしていた十代の小松厳城(いつき)と関係を持ち、同棲し、節子を生む。母と父の年の差は二十四歳、節子は小松厳城の庶子で、「佃」の姓を名乗る。やがて父は、新しい女性幸子と結婚。節子は異母兄一郎や、横浜に住む伯母(父の姉)のもとで青春期を過ごす。伯母の長男洋一郎は音楽家となりフェリス女学院短大の学長となる。その妻春恵はソプラノ歌手。
☆父方の親戚を象徴するものとしてのピアノ、キリスト教、母方の親戚を象徴するものとしての花札、日蓮宗。
☆嫡子、庶子、養子が入り組んでいる世界。離婚、再婚、内縁関係。兄弟姉妹が多くて、その経済的な援助関係が複雑。誰が年寄を引き取るか。
⑵『高台にある家』と水村美苗との関係
《出版の話が決まってから三カ月間、私は『高台にある家』にほとんどかかりきりになった。最終的には自分のパソコンに原稿を移し、朝から晩まで手を入れ、徹夜もした。短編小説がいくつも集まったものを長編小説に直すため、登場人物や逸話を整理し、最終章をちゃんと終えるというのが、主な作業である。時間的にはそれが一番時間をとった。だが人が小説に手を入れるとき、もっとも精神の緊張を強いられるのは、そのような作業ではない。それはそこにあるべきではない言葉や文章を切り捨てることである。そのような言葉や文章が残っていれば残っているほど、小説の格が下がり、やがては命取りになるという言葉や文章である。…略…母が私の判断を全面的に信頼してくれたのもありがたいことであった。さらには、母が老いた母であり、私の娘でないのもありがたいことであった。人は自分の娘の小説に手を入れるわけにはいかないであろう。》「祖母と母と私」
⑶『本格小説』との関連
①継子、継母の問題は、前回「少女小説」の系譜でとらえたが、実際の祖母・母の体験からもインスバイアされているのかもしれない。
②宇多川のお祖母様(血の繋がりのない、よう子の祖母。太郎の庇護者となる)が、元芸者という設定は、美苗の祖母の経歴を踏襲したのかもしれない。
③父方の親戚と母方の親戚の文化の違い、さらにそれぞれの親戚内での貧富の差が『高台にある家』ではかなりはっきりと出てくる。『本格小説』の貧富の差(太郎<冨美子<三枝三姉妹)や、親戚内の貧富・家格の差(宇多川(よう子)<三枝<重光(弥生)<安東(雅雄))の問題は、十九世紀小説の問題であると同時に、美苗の母節子が直面してきた問題でもある。
Ⅴ 一族の物語(サーガ)として
①『高台にある家』水村節子(2000)母の自伝(最初の結婚まで)
②『本格小説』(2001から連載)の「本格小説の始まる前の長い長い話」の一部
③私小説 from left to right(1995)
……作者が渡米二十年後、先送りしていた大学院の口答試験を受け、日本へ帰ることを決意するまでの数日を現在時にしながら、十二歳からの自分の思いを書き綴る。幸福な家族は、今解体。病気の父は老人ホームに入れられ、母は年下の男を追いかけてフィリッピンへ。恋多き姉はピアノをやめて、彫刻家としてマンハッタンで暮らす。互いの孤独を埋めるような、姉との長電話は、ちょっとした言葉から、アメリカで暮らしてきた日々を次々と連想・回想させる。アメリカにおいて日本人であることの意味(白人でないこと、有色人、東洋人としてのくくり、日本語、疎外、差別、)に直面する。
中学・高校での体験(キャンプでの初キス、ブラインド・デイトでセットされた韓国人、精神を病んだ級友、)が時間順ではなく思い出される。結婚を申し込んでくれた「殿」(岩井克人)、病気で死にかけている「大教授」(ポール・ド・マン)。
自分の作文をほめてくれたキース先生の二つのクラスでの教え方。
この小説は、①日本語と英語がまじりあうように書かれている、②冒頭の書き出しが小説のラスト近くに書き始められる(円環構造)、③ヴィジュアル・ポエトリー(コンクリートポエム、視覚詩)的な表現の試み(芥川龍之介の「舞踏会」)④母からの手紙、⑤写真の挿入、など意識的、方法的な書き方をしている。
これは作家になろうとするまでの物語であり、記憶の自在な引きずり出しという方法という点で、たぶん、彼女の卒論の対象であったプルースト『失われた時を求めて』に影響を受けているはず。
そして、これは後に書かれることになる『日本語が亡びる時』や、水村節子『高台にある家』を予告しているとも言える。そういう意味で、「水村一族の物語(サーガ)」の中心に位置していて、それらと併せて読むと、単独で読むのとは全く違う面白さが生まれる。(つまり、「私小説」的な面白さということだ)
④母の遺産 新聞小説(2012)
……母をモデルに書いたとされる。『高台にある家』のリライト部分も多いので、比較してみると、小説の質の違いが明らかになり、おもしろい。かなり「私小説」的な部分があるが、例えば母が文章教室に通いやがて『高台にある家』を書くというような記述はなく、(シャンソン教室に変換か?)隠されている。
この小説は、大きく言えば、「母の介護と死を巡る物語」と「夫の浮気を知り離婚を実行する物語」から組み立てられている。新聞小説「金色夜叉」が祖母に「人生に対する欲望」を、小説と映画が母にそれを教えた。全体の背景として『金色夜叉』と『ボヴァリー夫人』が使われている。老いと経済的な問題が繰り返し描かれる。離婚慰謝料、年金などの計算の話も細かい。小説の後半は、芦ノ湖畔のホテル、長期滞在者たち(自殺候補者リスト)の様々な(不幸な)人生が描かれる。この日常とは別の時間・空間で主人公は自分の人生を振り返る。
NHK文化センター西宮ガーデンズ教室 2013年度後期「小説を読む」藤本英二
第一回 川上弘美『センセイの鞄』(2001)
Ⅰ 川上弘美について
・1958年生まれ
・3歳から6歳までアメリカで暮らす。
・双葉中学・高校卒業。(キリスト教系、完全中高一貫校、女子校)
・お茶の水女子大理学部卒業
・1982年~1986年 田園調布双葉中学・高校(母校の姉妹校)に勤務。教科は理科・生物。
・退職、結婚、出産。
・別居、離婚。再婚。(2004年には『噂の真相』で、小澤實とのことを報じられていた。)
・俳句。小澤實主宰の『澤』に投句、長嶋有らと『恒信風』で句作活動をしている。
・句集『機嫌のいい犬』(2010年、集英社)……1994年から2009年までの句を収録。
受賞作
・「神様」 パスカル短篇文学新人賞(1994年)第1回受賞 36歳
・「蛇を踏む」 芥川龍之介賞(1996年)
・『神様』 紫式部文学賞(1999年)、ドゥマゴ文学賞(1999年)
・『溺レる』 伊藤整文学賞(2000年)、女流文学賞(2000年)
・『センセイの鞄』 谷崎潤一郎賞(2001年)
・『真鶴』 芸術選奨文部科学大臣賞(2007年)
Ⅱ 『センセイの鞄』について
⑴雑誌連載から単行本へ
・「センセイの鞄」はビジュアル・マガジン『太陽』に連載された。(1999・7~2000・12、18回連載)
・単行本にするにあたり、リミックス(再構成)された。そのポイントは二つあった。
①「パレード」(連載第四回)を単行本『センセイの鞄』から外した。
(約一年後にこれだけを独立させて『パレード』として出版した。)
②「干潟」(連載第二回)を単行本では十四章「干潟―夢」とした。
また十五章冒頭に下線部のような修正を施した。
《ここのところひきつづき、センセイと会っていない。/あの妙な場所に行ってしまったから、というのでもないが、わたしから、避けている。》
☆川上弘美は、何故このような修正を加えたのだろうか。
「パレード」は、センセイに「昔の話をしてください」とこわれて、ツキコさんが小学生のころの話をするという体裁を持つ。
ある日天狗が自分について学校に行く。クラスにはあなぐま、砂かけばばあ、ろくろ首などがついている子がいる。クラスのゆう子ちゃんがハバ(仲間外れ、いじめ)になってから天狗は元気がなくなる。ゆう子ちゃんに天狗のことを話すと別れ際に、天狗に向かってグッバイとてを振ってくれた。……
「干潟」は、センセイと飲んでいて、干潟の見える場所に行ってしまう話。そこは「中間みたいな場所」「境」「妙な場所」とも呼ばれる。そこではセンセイは三点倒立をし、わたしは会ったことのないセンセイの夫人を思い出す。
この二つのエピソードはどちらも、ファンタジー性の強いもので、現実世界からはみ出した話なのだ。川上弘美はそのような作品も得意なのだが、単行本化する際に『センセイの鞄』を、そのようなファンタジーにすることをせず、現実世界にとどめおいたと言える。「干潟」に「干潟―夢」と注釈をつけた所以である。
⑵谷崎潤一郎賞を受賞
①これまでの受賞作(1966年~)
《抱擁家族、沈黙、友達、万延元年のフットボール、暗室、青年の環、たった一人の反乱、安曇野、一休、夏、ポロポロ、群棲、世界の終わりとハードボイルドワンダーランド、夢の木坂分岐点、シャンハイムーン、などなど》
②『センセイの鞄』の選評を読んでみる(別紙参照)
※1992年以降、受賞作だけが発表され、候補作は発表されなくなった。従って、選者の選評も、その受賞作だけを論じることになる。
⑶川上弘美を読むための補助線
①出発点としてのSF
川上弘美は大学時代SF研に入って同人誌を出していた。ニューウェーブSF雑誌『季刊NW―SF』に短編を発表し、卒業後はNE―SF社が休刊になるまでここで働いていたらしい。
②俳句
川上弘美はこのパスカル短編賞の頃に知人から誘われて俳句の会に出るようになり、以後、小澤實主宰の『澤』に投句、さらに長嶋有らと俳句誌『恒信風』をやっているそうだ。俳句暦は長い。句集『機嫌のいい犬』(2010)を出しているほどだ。
③内田百閒
川上弘美が内田百閒を好きなことは有名。例えば新潮文庫の『百鬼園随筆』の解説を彼女は書いている。その中からいくらか抜いてみると
《常識的な世界からのごく自然な逸脱。現実から遠く離れてはいないが、必ず背後に漂っている幻想性。直截な表現。》
《…いつの間にか世界が迷宮、それも地べたに子供が棒の先で書いたような迷宮に成り変わってしまったような印象の、百閒の小説世界…》
百閒を語りながら、ほとんど自分のことを、自分の小説世界を語っているようだ。
⑷『センセイの鞄』を分析する
一部 物語の展開
A 居酒屋から物語は始まる
①孤独……独身の中年女性、独居老人
②酒……酔い心地の世界⇒現実(素面)と非現実(眠り・夢)とのあわい・境
③肴(食べ物)……まぐろ納豆、蓮根のきんぴら、塩らっきょう、さらしくじら、もずく、枝豆、焼き茄子、たこわさ、塩うに、湯豆腐、キノコ汁、林檎、ぶりの照り焼き、おでん、クレープ、チーズ入りのオムレツ、チシャのサラダ、牡蠣のくんせい、とび魚の刺身、かつおのたたき、そら豆
B センセイとツキコさんは居酒屋の常連として親しくなる(飲み仲間)
①松本春綱、先生、せんせい、でなく「センセイ」。カタカナの意義。
②高校時代に国語を教えてもらった。名前を憶えてない。
③《肴の趣味の合うご老体》三十と少し離れている、気質、人との間の取り方が似てる。同じ年の友人よりも近く感じる。ツキコさん(大町月子)は三十七。
C センセイに誘われて行動をともに
①センセイの家(汽車土瓶、電池、テスター)
②八の日に立つ市
③キノコ狩り(居酒屋の主人サトルさんに誘われてセンセイと一緒に)
④別の店(酔っ払いに絡まれる)
⑤花見(高校の前の土手で職員や同窓生で。美術の石野先生、同級生小島孝)
⑥パチンコ(小島孝とのデートの前日美容室に行こうとして)
⑦島へ(小島から旅行に誘われる。ツキコさんはセンセイに二人だけでどこかへと。)
⑧干潟
⑨家(久しく会わなかったが、病気だと聞いて)
⑩デートに(電話で、待ち合わせて美術館へ、前提としたおつきあいを)
⑪水族館
⑫ディズニーランド(年寄は涙腺がゆるいものです)
⑫センセイの家(携帯、八百屋、電話、今からいらっしゃい)
D 異なる時空間へ迷い込む
・キノコ狩…仙界に迷い込んだような雰囲気。浮世離れした話。うりふたつの従兄弟。
「どうしてこんなところを歩いているのか、さっぱりわからない。」
このまま二度と帰れないんじゃないかという気分に
やたらにたくさんの生きものが自分のまわりにいて、みんなぶんぶんいっている。
・お正月……蛍光灯のガラスで足裏を切る。めまい。
外を歩く。子供のように、涙が、心ぼそくなって、
「センセイ、帰り道がわかりません」
・花見……小島孝とワインを。不思議な時間、どこにもない時間の中に入りこんでしまったようだ。
先ほどの花見は、まぼろしか蜃気楼だったみたいだ。
こんなところでいったいわたしは何をしているのだろう
時間がするすると巻き戻るかもしれない。
・梅雨……時間が進むにつれて、大人でなくなって。すっかり子供じみた人間に。時間と仲よくできない質かもしれない。センセイ、これ夢ですか。(雷鳴の中)
・島……ここはどこだろう。いったいわたしは何をしているんだろう
・干潟……ここはどこだろう。中間みたいな場所。境といいましょうか。妙なところ
☆正しい距離、正しい時間の逸脱……恋愛
E 恋を動かすもの
・小島孝、石野先生(美術)、センセイの死んだ妻(思い出話)
※小島孝のツキコ評・花見
・真面目な顔して突拍子もないこと言いだすタイプ
・大町って、昔からいつも茫洋としてたもんな。心ここにあらずっていうか
・確信に満ちて、逡巡する奴だったよな、大町って。
△《「月子の月だな」小島孝が空を見上げながら、言った。センセイならば、まず言いそうにないせりふである。センセイのことを突然に思い出して、驚いた。》
F たしなめられて、ほめられて
☆伊良子清白、手酌、うまそうな食べ方・行儀、酒の飲み方、言葉づかい(それはようございましたことでございますね、くそったれ)、芭蕉、冬虫夏草、ご挨拶(正月)、語彙(尻、臀部、腰のあたり)、多生の縁、おいしそうに食べる、手の甲で頬のしずくを、だだっ子、ききわけのない、子供は妙なこと考えるんじゃありませんよ、いい胸ですね、いい子だ、ワタクシの服飾生活に文句をつけないでください、携帯電話、などなど
G センセイとツキコさんの関係・距離
☆河野多恵子との対談で川上弘美はつぎのように語っている。
「恋愛というよりは、のめり込まない、距離のある関係と言うんでしょうか。連載の半ばまで、あれが恋愛になるかどうか自分でもわからなかったんですよ。」
・《わたしとセンセイの間の心地よい距離を無遠慮に縮めにくるなんて百年早い。巨人のくそったれ。》二十二個の星
・《センセイとわたしの遠さがしみじみと身にせまってきた。生きてきた年月による遠さでもなく、因って立つ場所による遠さでもなく、しかし絶対的にそこにある遠さである。》花見2
・《どうしてセンセイと話をするときにわたしはすぐに憮然としたり憤慨したり妙に涙もろくなったりするのだろう。もともとわたしは感情をあらわにする方ではないのに。》ラッキーチャンス
・《センセイとこうして近しくなったのは、いつからだろうか。》島へ2
……最初遠い男性→ぼんやりとした(茫洋とした)存在→ 声 →センセイの体から放射されるあたたかみ→慕わしい気配……摑もうとすると逃げる、逃げたかと思うまた寄り添ってくる
☆こうして、丹精な間の取り方、距離の取り方が縮まり、やがて合一へと
第二部 文体の特徴
①花鳥風月あるいは自然(風雅)
……月、星、鳥、樹木、雨、雷
☆これらの自然が象徴に、ときには意味ありげに(生きて)配されている
②世相風俗あるいは人間の行事・営み(風俗)
……旧/市、キノコ狩り、正月、花見、潮干狩り
新/汽車土瓶、テスター、豚キムチ弁当、ラジオの野球中継、ワライタケ、ウィルキンソン社製の炭酸水、耳に三つのピアス、パチンコのラッキーチャンス、I♡NYのTシャツ、ディズニ-ランド、携帯電話
③意外なものの取り合わせあるいはイメージのジャンプ。そこから生まれるおかしみ
・《「いい胸ですね」センセイは言った。芭蕉の句を説明するのと同じような調子である。》
・体のふれあい/平家物語
・水族館で、真面目
④繰り返しのリズム、変化を伴う
・《どうしてこんなところを歩いているのか、さっぱりわからない。》この一文がキノコ狩1の冒頭と2の最後に据えられている。はさみこみ、サンドイッチ、枠
・《小島孝に兄はいなかったはずだと気がついたのは、デートの翌日だったか。……小島孝がじつは甘いもの好きだということを知ったのは、高校を卒業してからである。》花見1
⑤同じ言葉の集中的な使用……随所に見かける
・二十二個の星の章…《一緒/一人》の集中的使用
・《そういうことをすると、ぬきさしならぬようになってしまうのではないか、と怖れた。……》お正月
・《なぜ見知らぬ車に朝早くからこんなふうに乗ることになったのだか、判然としなかった。キノコ狩りというものがどういうものなのかも、判然としない。酒を飲んでいる続きのような気分である。判然としないまま、車のスピードはどんどん上がっていった。》キノコ狩1
・《「お茶、もう一杯いかがですか」わたしはいそいそと言った。/「お願いしましょうかね」センセイが答え、わたしはいそいそにさらに輪をかけたいそいそぶりで急須に湯を満たした。》島へ1
・《しょうがないので、わたしもてきぱきと風呂に入り、てきぱきと夕食を終え、てきぱきとふたたび風呂に入ると、もうすることがなくなった。てきぱきと眠って、てきぱきと翌日には出立して、それでおしまいだった。》こおろぎ
⑥オノマトペ(擬音語、擬態語)
・《…語尾の「ですね」「だわ」といったたぐいの音ばかりが、ぼうぼうと届いてくる。》
・《…センセイのことはあわあわと遠かった。》花見2
・いそいそ、てきぱき、も
・《ほとほとと、扉をたたいた。》こおろぎ
・《何かがざわざわと騒いでいると思ったら、窓外のクスノキだった。》干潟―夢
……この章はラスト部も、ざわざわとクスノキが
・《……ぽわぽわと喋った。……前提、いいですとも。わたしはぽわぽわと喋り続けた。》公園
⑦比喩 *オノマトペも比喩の一種ではある
・《居酒屋でセンセイに会って知らんぷりをしあうのは、帯と本がばらばらに置かれているようで、おさまりが悪い。》二十二個の星
・《「さほどではないのですが」と言いながら、さほどな様子をしていた。》キノコ狩1
・《以前小さな蛙をまちがってのみこんでしまった人がそれ以来腹の底からは決して笑えなくなってしまったような、そんなような妙につっかかった様子の笑いだった。》
多生
⑧象徴
・月と電池の章、多生の章、花見2の章では、「月」への言及が頻出。
・《月がふたたび朧をまといはじめていた。》月と電池→文庫で改作
・《月が、金色に光っている》……酔っ払いから掏った「金色のピアス」、多生
・《月は靄をまとっている。/センセイとわたしは思い、次に小島くん、と思った。》花見2
・《月はあるときはすっかり雲に隠され、次の瞬間にはまた一部があらわれている。》梅雨の雷
⑨鳥の声、木々の音
……欅がざわざわ
キノコ狩/こんなに多くの生き物にかこまれているのが不思議。
クスノキがオイデオイデ。
こおろぎ/鼓動(センセイを案じて)
椋鳥が電線にぎっしり/デート
「前提におつきあいを」/からす。
⑩引用されているもの
・伊良子清白…一章、最終章
・芭蕉……「梅若菜毬子の宿のとろろ汁」、三章
「海くれて鴨のこゑほのかに白し」、十三章
・内田百閒……「素人掏摸」、七章
・『飛ぶ教室』ケストナー……「期待は厳禁」
⑪会話の妙、諧謔性の横溢、
・(恋人が)二人もいると、たいへんでしょう。/二人が、まあ限度でしょう。
・豚キムチ弁当//大きさが違う/スペシャルと普通/さしたる違いはない
・母子のサクラ/キヌガサタケはやりすぎでしょう/マイタケくらいに
・島の宿、夜中。悶々としていた。⇒「句の下五がなかなかできません」
……何がなじょしてこうなった。 憤然として、わたしは句をつくってやった。
・パジャマ/ワタクシの被服生活に文句をつけないでください
・いい男を見たら~字だって同じことですよ
・センセイ、センセイが今すぐ死んじゃっても、わたし、いいんです。我慢します/今すぐは、死にません/言葉の綾です
・携帯をめぐるやりとり/何かあったときに
・体のふれあいをめぐるやりとり
⑫会話は、呼びかけ、心の中での会話へと
・「 」の使用が、ある瞬間に消滅する。
・センセイの声がツキコさんの内に棲みつく
おまけ
『ニシノユキヒコの恋と冒険』
2014年2月から全国公開
監督・脚本:井口奈己
原作:川上弘美『ニシノユキヒコの恋と冒険』(新潮社)
出演:竹野内豊 尾野真千子 成海璃子 木村文乃 本田翼 中村ゆりか 麻生久美子 阿川佐和子
配給:東宝映像事業
・阿部和重との対談(和子の部屋 小説家のための人生相談)
阿部 ……ほかのジャンルと比べれば、文芸の世界はまだかろうじて、作家の「えらそう」なふるまいが許容されていると言えるかもしれませんね。
川上 あと雑誌の「噂の真相」がなくなって油断してるのも大きいか(笑)?
ランダムなメモ
・そこはかとなくおかしい。俳諧味。
月と電池
センセイ、汽車土瓶、電池、伊良子精白、駅前の一杯飲み屋、呼びかけとしてのセンセイ
ひよこ
市に誘われる、酌の仕方、パナマ帽、豚キムチ弁当、くさすほめる食べ方、母子のサクラ、ヒヨコを買う、距離感、「可愛いとつい夢中になる」、
二十二個の星
同じ言葉の繰り返し、センセイに会いたくなった、同じ速さで、星を数えた、ラジオの野球中継で喧嘩、巨人嫌い、口をきかない、仲直り、卸し金
キノコ狩り 1
どうしてこんなところを歩いているのか、さっぱりわからない。で始まり。店の主人サトルさんに誘われてキノコ狩りに出かける。危ない運転。うりふたつの従兄弟トオルさん。キツツキの声。冬虫夏草。
キノコ狩り 2
どうしてこんなところを歩いているのか、さっぱりわからない。で終わる。多くの生き物に囲まれている不思議。鍋。センセイの妻がワライタケを食べた話(センセイの語り)。えもいわれぬ。宴会。ベニテングダケの話。
お正月
蛍光灯を壊し足裏を切る。めまい。生家へ帰ったことを思い出す。湯豆腐。母とのぎこちない対応。林檎。別れた恋人を思い出す。友人にとられた。林檎で泣いた。外を歩く。子供のような不安。センセイ帰り道がわかりません。電話したことがない。スキーの歌を歌う。センセイと出会い、いつもとは違う店で飲む。会話に「」なし
多生
仕事の忙しさが一段落。風呂。裸。炭酸水。夕暮れの心細さ。センセイと会う。尻が痛いので別の店へと。多生の縁。ピアスをした酔っ払いにからまれる。センセイがピアスを一つとる。内田百閒の素人掏摸の話。月が、金色に光っている。
花見 1
センセイに花見に誘われる。美術の石野先生を意識する。同級生の小島孝と再会。二人で抜け出す。
花見 2
バー、ワイン、どこにもない時間の中に入り込んでしまったようだった。センセイのことを思う。絶対的にそこにある遠さ。すばやいキス。しまった。月が靄をまとっている。
ラッキーチャンス
センセイはきれいなご婦人と一緒だったという店の主人。小島孝にデートに誘われる。センセイと出会う。二人でパチンコに行く。一つの傘に二人。雨。
梅雨の雷
小島から旅行に誘われる。鮎でも。センセイの家。いっしょにどこかへ。だってわたしセンセイが好きなんだもの。雷。すべてが夢の中のことのようだった。
島へ 1
島へ 2
干潟―夢
こおろぎ
公園で
センセイの鞄
著作
『物語が、始まる』 中央公論社、1996年8月(中公文庫、穂村弘解説、1999年9月)
『蛇を踏む』 文藝春秋、1996年9月(文春文庫、松浦寿輝解説、1999年8月)
『いとしい』 幻冬舎、1997年10月(幻冬舎文庫、宮田毬栄解説、2000年8月) - 書き下ろし
『神様』 中央公論社、1998年9月(中公文庫、佐野洋子解説、2001年10月)
『溺レる』 文藝春秋、1999年8月(文春文庫、種村季弘解説、2002年9月)
『おめでとう』 新潮社、2000年11月(新潮文庫、池田澄子解説、2003年7月)文春文庫
『椰子・椰子』 (山口マオ絵) 小学館、1998年5月(新潮文庫、南伸坊解説、2001年5月) - 文庫版には書き下ろし作品「ぺたぺたさん」収録
『センセイの鞄』 平凡社、2001年6月(文春文庫、木田元解説、2004年9月)(新潮文庫、斎藤美奈子解説、2007年9月)
『パレード』(吉富貴子絵) 平凡社、2002年5月(新潮文庫、鶴見俊輔解説、2007年9月) - 『センセイの鞄』の番外編
『龍宮』 文藝春秋、2002年6月(文春文庫、川村二郎解説、2005年9月)
『光ってみえるもの、あれは』 中央公論新社、2003年9月(中公文庫、2006年10月)
『ニシノユキヒコの恋と冒険』 新潮社、2003年11月(新潮文庫、藤野千夜解説、2006年8月)
『古道具 中野商店』 新潮社、2005年4月、(新潮文庫、2008年3月)
『夜の公園』 中央公論新社、2006年4月、(中公文庫、2009年4月)
『ざらざら』 マガジンハウス、2006年7月(新潮文庫、吉元由美解説、2011年2月)
『ハヅキさんのこと』 講談社、2006年9月(講談社文庫、2009年11月)
『真鶴』 文藝春秋、2006年10月(文春文庫、2009年10月)
『風花』 集英社、2008年(集英社文庫、小池真理子解説、2011年4月)
『どこから行っても遠い町』 新潮社、2008年11月(新潮文庫、松家仁之解説、2011年5月)
『これでよろしくて?』 中央公論新社、2009年9月
『パスタマシーンの幽霊』マガジンハウス、2010年4月(新潮文庫、高山なおみ解説、2013年5月)
句集『機嫌のいい犬』集英社、2010年10月
『天頂より少し下って』小学館、2011年5月
『神様 2011』講談社、2011年9月
『七夜物語 上・下』朝日新聞出版、2012年5月
『なめらかで熱くて甘苦しくて』新潮社、2013年2
エッセイ
『あるようなないような』 中央公論新社、1999年11月(中公文庫、2002年10月)
『なんとなくな日々』 岩波書店、2001年3月
『ゆっくりさよならをとなえる』 新潮社、2001年11月(新潮文庫、2004年12月)
『此処 彼処(ここ かしこ)』 日本経済新聞社、2005年10月(新潮文庫、2009年9月)
『大好きな本 川上弘美書評集』朝日新聞社、2007年9月 - 朝日新聞、読売新聞での書評他を収録
『東京日記 卵一個ぶんのお祝い。』 (門馬則雄絵) 平凡社、2005年9月
『東京日記2 ほかに踊りを知らない。』 (門馬則雄絵) 平凡社、2007年11月
『東京日記3 ナマズの幸運。』 (門馬則雄絵) 平凡社、2011年1月
参考書
・松本和也『川上弘美を読む』(2013年、水声社)
・『川上弘美読本』(2009年、『ユリイカ』9月臨時増刊号)
『太陽』連載時
『センセイの鞄』
① 月と電池 1999年7月号
② 干潟
③ ひよこ
④ パレード
⑤ 二十二個の星
⑥ キノコ狩り その1
⑦ キノコ狩り その2 2000年1月号
⑧ お正月 2月号
⑨ 多生
⑩ 花見 その1 4月号
⑪ 花見 その2
⑫ ラッキーチャンス
⑬ 梅雨の雷 7月号
⑭ 島へ その1
⑮ 島へ その2
⑯ 15 こおろぎ 10月号
⑰ 16 公園で
⑱ 17 センセイの鞄 12月号
1 月と電池
2 ひよこ
3 二十二個の星
4 キノコ狩り その1
5 キノコ狩り その2
6 お正月
7 多生
8 花見 その1
9 花見 その2
10 ラッキーチャンス
11 梅雨の雷
12 島へ その1
13 島へ その2
14 干潟―夢
15 こおろぎ
16 公園で
17 センセイの鞄
※『パレード』(別巻)
NHK文化センター西宮ガーデンズ教室 2013年度後期「小説を読む」藤本英二
第二回 堀江敏幸『雪沼とその周辺』(2004)
Ⅰ 堀江敏幸について
・1964年岐阜県多治見市生まれ。高校時代、国文科志望で、平安朝の古典文学を読んでいた。早稲田大学。国文科から仏文専攻に変わる。卒論はマルグリット・ユルスナールの初期作品についてだった。
《……いまから十数年前、学部の卒業論文を準備しているときのことだった。/私が論文の題目に選んだのは、マルグリット・ユルスナールという不思議な響きのペンネームを持つ女流作家である。本名は、マルグリット・ド・クレイヨンクール。一九〇三年、ベルギーの旧家に生まれた彼女は、当時八十歳をこえていたにもかかわらず、フランドル地方に栄えたみずからの家系をたどる大河小説を執筆中の、れっきとした現役作家だった。わが国でも、『ハドリアヌス帝の回想』や『黒の過程』など、重厚な歴史小説の翻訳を通してその存在はつとに知られていたし、フランスでは女性初の学士院会員に迎え入れられて世間の注目度も高まっていたから、参考資料くらい豊富にあるだろうと、私は学生らしい期待に胸を膨らませていたのである。》
……回送電車P117、さらに回送電車Ⅲp11も参照
・大学卒業後、東京大学大学院人文科学研究科フランス文学専攻博士課程に進み、休学してパリ第3大学博士課程留学(三年間)する、帰国後大学院を中退。いくつかの大学の講師を経て、現在、早稲田大学教授。
受賞歴
1999年 - 第12回三島由紀夫賞 (『おぱらばん』)
2001年 - 第124回芥川龍之介賞 (『熊の敷石』)
2003年 - 第29回川端康成文学賞 (「スタンス・ドット」『雪沼とその周辺』所収)
2004年 - 第8回木山捷平文学賞 (『雪沼とその周辺』)
2004年 - 第40回谷崎潤一郎賞 (『雪沼とその周辺』)
2006年 - 第57回読売文学賞 小説賞 (『河岸忘日抄』)
2010年 - 第61回読売文学賞 随筆・紀行賞 (『正弦曲線』)
2012年 - 第23回伊藤整文学賞 (『なずな』)
2013年 - 第11回毎日書評賞 (『振り子で言葉を探るように』)
☆現在、小林秀雄賞 、野間文芸新人賞、ちよだ文学賞 、谷崎潤一郎賞 、川端康成文学賞、すばる文学賞、芥川龍之介賞などの 選考委員
小説(☆は文庫版あり)
『おぱらばん』 (1998年、青土社)、のち新潮文庫、
『熊の敷石』 (2001年、講談社、☆)
『いつか王子駅で』 (2001年、新潮社、☆)
『ゼラニウム』 (2002年、朝日新聞社、☆)
『雪沼とその周辺』 (2003年、新潮社、☆)
『河岸忘日抄』 (2005年、新潮社、☆)
『めぐらし屋』 (2007年、毎日新聞社、☆)
『未見坂』 (2008年、新潮社、☆)
『なずな』 (2011年、集英社)
『燃焼のための習作』(2012年、講談社)
エッセイ・評論
『郊外へ』 (1995年、白水社、のち白水Uブックス)
『書かれる手』 (2000年、平凡社)のちライブラリー
※この冒頭に「書かれる手 マルグリット・ユルスナール論(1987)」「幻視された横道 須賀敦子『ユルスナールの靴』をめぐって」がある。
『子午線を求めて』 (2000年、思潮社)のち講談社文庫、
『回送電車』 (2001年、中央公論新社)のち文庫、シリーズ
『パン・マリーへの手紙』(2007年、岩波書店)のち文庫
『正弦曲線』 (2009年、中央公論新社)
『振り子で言葉を探るように』 (2012年、毎日新聞社)、書評集
その他、多数。
Ⅱ 『雪沼とその周辺』(2003)について
A 七編の短編よりなる連作
⑴成立の経緯……はじめは連作のつもりはなかった。
谷崎潤一郎賞受賞のことば……雪国の奇蹟、回送電車Ⅳp150、
・フランスへの在外研究(一年間)が決まっていて、新年号の「短編」は置き土産になると思っていた。架空の地名「雪沼」、女性誌からの依頼、香水「ミラクル」、セーヌ河岸沿いの古書店でアラン=フルニエの『ミラクル』を見つけた、店番のおばさんが仏訳『雪国』を読んでいた、季刊誌からの依頼。
※こうしたなりゆきまかせの展開、いきあたりばったりの書き方。『郊外へ』、『いつか王子駅で』の場合について……回送電車Ⅱ、p202
《最初の一篇と最後の一篇を除く五篇が、日本語環境の外の、「緊張感のあるぼんやり」のなかで書かれたことは、ぜんたいの雰囲気になんらかの影を落としている。数多くの偶然と、偶然を引き寄せるために費やした濃密な無為の、待機の時間が、この小さな作品集のなかには詰まっているのだ。》
①スタンス・ドット(『新潮』2002年1月号)
②イラクサの庭(月刊女性誌『FROW』2002年5月号別冊付録)
③河岸段丘(『考える人』2002年夏号)
④送り火(『考える人』2003年冬号)
⑤レンガを積む(『考える人』2003年春号)
⑥ピラニア(『考える人』2003年夏号)
⑦緩斜面……書き下ろし
仕事/語り手
現在/過去/事柄
①
ボウリング場/彼
若い男女/妻、ハイオクさん/転職、音、難聴
②
料理教室/実山さん
木槌さん、康子さん/小留知先生/最後の言葉、イラクサのスープ、『ミラクル』
③
ダンボール箱/田辺さん
妻、青島さん/妙な変調、傾き、仕事の流儀、機械のクセ、手作業
④
書道教室/絹代さん
陽平さん、自転車の冨田さん/老母、息子/遅いペース、貸間、結婚、自転車、大雨の事故死、灯油ランプ
⑤
音楽店/蓮根さん
安西さん、文三郎さん/長山レコード店/客の好みを予想、背が低い、
⑥
中華料理屋/安田さん
妻聡子、信金の相良さん/出前、げっぷ、老人のそば、染み、不器用、魚の飼育
⑦
消火器販売/香月さん
洞口さん、敬子さん・大助くん/幼なじみ小木曽さん/会社倒産、不便な場所に実家、凧あげ、青いシート
⑵結果的に、「雪沼」という架空の土地を接点にした連作となった。一種の「サイクル小説」ではあるが、各編のつながりはほとんどない。(つまり単独で読める)料理教室、総合病院、木槌旅館、権現山、尾名川、雪沼のスキー場ゲレンデなどは何度も出てくる。
⑶時間処理(時間の折りたたみ方)が巧みである。
a 小さな何かが記憶を呼び起こし、過去を蘇らせる(プルーストの『失われた時を求めて』に通じる方法)。七編中「スタンス・ドット」はその処理が最も複雑巧妙。
b 基本的に、老境から人生を振り返るため、死が遍在している。知人や家族の死が静かに(回想として)語られる。
⑷登場人物たちについて
a 特異な人物ではなく、市井に暮らす庶民。基本的に善人ばかりで、話は現代の人情噺のトーンを持つ。
b 便利で効率的なものを良しとする現代の新しい波に乗るよりは、自分たちの信じ、愛するものや、やり方を選ぶ。不器用ではあるが、自分の仕事の倫理を持っている。生きる姿勢、心情、スタイルはやや古風であるが、好ましい。
c 転職・移住など人生上の変転を経験していて、それぞれに人生上の陰りを持つ(老い、健康上の不安、肉体上のコンプレックス、友人・近親者の死、会社の倒産、転職)。
※ 登場人物を「○○さん」という風に呼ぶ(「スタンス・ドット」例外)のは、作者・語り手が、彼ら・彼女らにある親しみ、近しさを感じていることの表れ。
⑸「重ね合わされる」ものがある。
・「スタンス・ドット」なら、ハイオクさんの立ち方と主人公の生き方(人生のスタンス)。
・「イラクサの庭」なら、小留知先生と「ミラクル」、雨。
※この項目は別の言い方をすれば、「再生」「再現」と言えるかもしれない。
・彼はハイオクさんのボウリングの音を再現しようとしてきた。
⑹小説世界の中で生まれる「連鎖」、「連環」。
・死んだ息子の自転車の脱着式ライト/絹代さんの集めている灯油ランプ
・信金の相良さんのシャツの染み/デイトの時の安田さんの白いポロシャツのスープの染み⇒妻聡子さん、デイトの動物園→水族館
・相良さんの小さな口、麺の吸い方、一本残る。/ピラニア。/げっぷ。
・香月さんは中二の頃山あいの町雪沼から引っ越して、友人小木曽さんと別れた。今年、墓参りのあと中二の息子に会う。(息子の大助くんの顔に昔の小木曽くんを)
・経理の洞口さん/小木曽くんの妻敬子さん……眉の下の筋を押すといい。
・風/青いシート/凧/料理教室の庭の焚火・上昇気流/
・凧に押された印/赤い木箱(消火器)
⑺一般的には知られていない作家、作品への愛着を語る。……これは『いつか王子駅で』の場合にはもっと顕著である。
⑻散文であること。説明する、語ることへ力を傾注している。いわゆる「ドラマチックな物語の作り方」とは違う。例えば、p72のダンボール箱作りの作業の説明が「複雑なのにわかりやすい」。
※芥川龍之介『文芸的な、あまりに文芸的な』について
《芥川が繰り返し語っていたのは、要するに、「小説」と「散文詩」のあいだにあってどちらにも属さず、しかし韻文ではなくあくまで「散文」なるもの、しかも素材の質ではなくその使い方に「誌的精神」の跡が見られる作品とうことになるだろう。些細なことに注目するリアリズムの処理に、強固な指摘精神を加味すること。叙情、ではなくて、叙そのものが情をにじみ出させるような書き方を採ること。「最も純粋な小説」は、殺伐さと紙一重でもあるから、それをたんに叙情的なものと見なすと、かすかに点っていた焚火の火が消えてなくなってしまうのだ。もしかすると、現在の私の仕事のいくつかは、芥川がそればかりを称揚しているわけではないと限定つきで掲げた《「話」らしい話のない小説》の「誌的精神」の実践ではなく、そのあり方に対する遠い憧憬のうえに立っているのかもしれない。》……回送電車Ⅲp37
⑼比喩、表現のおもしろさ
例:送り火の陽平さんの話し方。
《そんなふうに言葉の節目を多めにしながら、背筋をぴんと伸ばしてとつとつと語る陽平さんのゆっくりしたリズム》……読点の多い特徴的な文章が続く
⑽謎、ミステリーが一つ置かれていて、それが読者を引っ張っていく。
・「スタンス・ドット」なら、最後に「ハイオクさんの音」を聞くことができるのか。
・「イラクサの庭」なら、小留知先生の最後の言葉は何であったのか。
・「河岸段丘」なら、傾きの理由は何か。「送り火」なら、灯油ランプに火はともるか。「レンガを積む」なら、うまく音を再生できるか。など
B 「雪沼とその周辺」の受賞に関して
⑴木山捷平賞……回送電車Ⅲp129
《……講評のなかでとくに印象深かったのは、木山捷平が笠岡という実在の土地にどっしり腰を据えた世界を構築しているのにたいして、拙作『雪沼とその周辺』は架空の街に立脚し、しかもすべてが山間の町の軽い傾斜のなかにある、との指摘だった。たしかにあの作品の登場人物たちは、緩斜面にかろうじて立っているときにあじわう、かすかな危機感の中で生きているのかもしれない。》
⑵谷崎潤一郎賞の選評……別紙参照
丸谷才一
《今夜がおしまひのボウリング場といふ設定が気がきいてゐるし、人物の出し入れがうまいし、現在のなかにいろいろな過去がまじる時間の処理の仕方がいいし、それに何よりも、聴覚の衰へてゐる男が思い浮かべたりいま聞いたりする音の効果がすばらしい。》
井上ひさし
《……七つの短編の底でたえず鳴っている主調音は、人間の五感の働きである。人の一生を、その人の、ある瞬間の五感の働きから描出しようという力業の連続。それがことごとく成功しているのはみごとな眺めだ。》
池澤夏樹
《一般に短編小説に人の生涯の全体は盛り込めない。短編では作者は主人公の人生における一つのエピソードを書くか、あるいはその人生を要約して書くことになる。/『雪沼とその周辺』に収められた七つの話はその両方を狙って、エピソード的な場面を書きながら、そこに主人公の人生が遠望できる仕掛けになっており、このからくりは大変うまく機能している。》
※池澤夏樹の文庫版解説がすぐれている。
《この七つの短編はみな登場人物の人生がふと変わる瞬間を捕えて、その瞬間から過去へ戻り、彼ないし彼女のそれまでの人生を鳥瞰する形になっている。》
《彼らがひとしなみに篤実という資質を備えている》
《堀江敏幸は道具を書いて当代一の名人だ》《作者はその間(人と人)に道具を配置して人生というシステムの安定性を確保する。》《道具に最も多く依存する職業は、いうまでもなく職人。》
《一見して静謐な読後感の背後に作者の策謀と技巧が隠されている。例えば、「レンガを積む」はとても巧妙に作られた英雄譚だ。》《ほとんど神話の構図》
C 作品分析をしてみる
第1話「スタンス・ドット」の場合
①ボウリングを文章で描く
……専門用語をきちんと使う。《スタンス・ドット、ピンデッキ、レーン、ハウスボール、スコア、アプローチ、ガーター、ピンセッター、ポケット、スプリット、フレーム、バックスイング、ノーヘッド、ピン、スペア、フォーム、ファウルラインのスパット、リリースポイント、スイートスポット》
……スコアシートの記入の仕方(そこをしっかり書く)⇒ゲームの進展も示す
②ストーリーを整理してみる(時間軸にそって)……巧みなプロット展開で
・学生時代、東京郊外のガソリンスタンドでアルバイトをしていて、ハイオクさんと出会う。ハイオクさんのボールの音を聞く。
・東京で会社勤め
・父が死に、
・中古車販売店を経営。(一九七○年代初頭)天職と言い聞かせて精一杯努力。
・「このまま仕事をつづけていたら、俺の人生もなにかを冷やすためによけいな熱を出すだけで終わりかねないぞ」と悩む。
・三十代半ば、妻とアメリカ旅行。レストランのゲームコーナーの古びたボウリング場で聞き覚えのある「音」を聞いた。
・店をたたんで、ボウリング場を建てた。(以来二十数年)その準備をしているときにハイオクさんの死を知る。
・ロサンゼルスのブローカーを通じて、ブランズウィック社の最初期モデルを手に入れた。
・妻が飲食コーナーをしていた。日替わりのサンドイッチが評判。
・三年前から右耳に補聴器を。
・妻が逝った。(かつて誕生日にアメジストを贈った。百歳まで生きるとよく話した。)
・妻の死後、ボールを投げることはなくなった。
・廃業の準備をはじめた。
・最後の営業日、閉店間近に、若い男女がトイレを借りに来た。←小説はここから始まり
・無料でゲームを勧め、男が応じ、主人公は点数を記入し始める。
・第九フレームまでで、合計八十二点。男が、彼に第十フレームを投げるように勧める。
・主人公は、マイボールを取り出し、投げる。←ここで終わる
③重なるイメージ
・若い女性(連れ)はボウリングをせずに、見ているだけ。/脚の悪い妻もそうだった。
※女性の左手に紫色の石のついた銀の指輪/妻に贈ったアメジストの指輪
・スタンス・ドットをひとつもずらすことなく亡くなったハイオクさん/学生時代から変わらない彼のスタンス・ドット(人生のでもある)……不器用な生き方
④この夜の心のドラマ(思いがけない展開)
《ほっとしたというのか寂しいというのか、これまでに味わったことのない奇妙な感慨が胸をよぎった。》
↓
《ここを閉じるという話は、どこにも出さなかった。……彼は静かに幕を引きたかった。黙ってすべてを整理し、落ち着いてから失礼のない挨拶をしたいと、そう思っていた。》
↓
《「どうでしょう。これも、なにかのご縁です。よろしければ、就業までゲームを楽しんでいってください。もちろん料金はいただきません」……ひとりで静かに幕を引きたいというさっきまでの思いとは裏腹に、彼は自分でも意外なくらい親しみのこもった口調で話していた。とつぜん訪ねてきてくれた親戚を引き留めているみたいな、そういう気持ちの動きがなつかしかった。》
↓
※青年のゲームを見ながら、過去のことをつらつら思い出す。
↓
《すべてが終わったら、このふたりにどんな顔をすればいいのだろう。いや、自分に対してどんな顔を見せればいいのだろう。意外にも彼は緊張しはじめていた。》
↓
※最終フレームをなげることを若い二人に勧められる。
《予想もしなかった展開に、彼はしばし沈黙で応じた。耳の調子が悪くなってから、いや妻がいなくなってから、じつは全く投げていない。ハイオクさんの音をみずからの手で再現しようという夢もいつしか捨て去っていた。鼓膜に焼きついているあの不思議な音がこのレーンに響いたことは一度もないのだ。試みるとしたら、いましかないのかもしれない。》
↓
《学生時代から変わらない、彼のスタンス・ドットだ。しかし本当にこの立ち位置でよかったのだろうか。》
↓
《……レーンに落ちる音がすうっと立ち消えてボールはくるくると滑りながらスイートスポットにたどり着き、あとひと息というところで古いピンの音がガンゴーンガンゴーンといっせいに鳴りはじめ、それが聞こえない耳の底からわきあがる幻聴なのか現実の音なのか区別できぬまま、たち騒ぐ沈黙のざわめきのなかで身体を凝固させた彼の首筋に、かすかな戦慄が走った。》←見事なラスト
⑤ボウリングの音に関する文章が素晴らしい
《ピンが飛ぶ瞬間の映像はおなじなのに、その一拍あと、レーンの奥から迫り出してくる音が拡散しないで、おおきな空気の塊になってこちら側へ匍匐してくる。ほんわりして、甘くて、攻撃的な匂いがまったくない、胎児の耳に響いている母親の心音のような音。》
第2話「イラクサの庭」の場合
①雨の連鎖
・冒頭のかすかな雨の音、雨の息。
・雨女だった小留知先生、死ぬときだけは神様にお願いして……
・葬式の日に雨(雪は好きなのに雨は苦手)
・料理教室最初の日も雨。雨合羽、ゴム長で畑地へ、イラクサを採る。
・アラン・フルニエの「農婦の奇跡」では、母親は雨の中、馬車を走らせて、学校で苦しむ息子を家に連れ帰る。
・実山さんが見た小留知先生のただ一度の涙。戦後、施設に子どもを見に行く。子どもがくれた氷砂糖。
・《先生はその子を、本当は雨でびしょ濡れになっても連れて帰りたかったのではあるまいか。》と実山さんは思う。
☆小留知先生の昔話では雨は降っていないのに、実山さんの心の中では、「ミラクル」の世界とイメージが重なって(農婦と先生がだぶって)このように表現される。
・《雲間から陽が射しはじめている》
②葬式、初七日の終わり、家と土地の寄付の話もすんで「慰労の会」。3人の親しかった人物、実山さん(三十年近いつきあい)、木槌さん(先生がスキー場に来た最初から、宿に)、康子さん(若くて、料理も二度しかならってない)が、先生のことを語り合う(実山さんが思い出す)という設定。
③先生をめぐる謎
……その履歴。家族(係累になりそうな)、外国暮らし(尼)、フランス文学の原書、最後の言葉は。
④「ミラクル」をめぐるサスペンス
先生が学生の質問に応えていたという康子さんの話に、実山さんは驚いた。初耳。学生の訳文のコピーを読む。先生が好きな一節「農婦は何もなかったかのように仕事着に着かえた」(康子さんの話)、原本に引かれた赤鉛筆の線。想像するうちに、あ、と声をあげそうになった。係累になりそうな存在というのは、自分の子どもになりえたはずの存在、か。
⑤連鎖
・「小留知」が野草の「オルチ」即ち「イラクサ」に、それが「イラクサの庭」という店の名前につながる。
・イラクサのスープの不思議な味/どこか影のある先生の人生の象徴のように感じられる
・小留知先生の最後の言葉が、「コリザ」「コリ(荷物)」「狐狸」「氷砂糖」(施設の子がくれた。/先生は料理に使った)/子どもを連れ帰る話/雨⇒あがる
D 雪沼周辺地図、人間関係図
・ボウリング場から雪沼まで車で一時間
・県道沿いに近隣でもっとも設備の整った病院(総合病院)…イラクサの庭、河岸段丘
・雪沼の北山の斜面に町営スキー場、近くに木槌旅館
・レストラン兼料理教室……県道から雪沼にむかう道が、町の中心地とその周辺に分岐するあたりのゆるやかな傾斜地に。
※ボウリング場の奥さんは小留知先生の教室に通っていた。
・山をふたつ超えた先の新興住宅地
・スキー場のうえの展望台
・県道からバイパス経由でつながっている高速道路のドライブイン
・尾名川の下流にある自宅からこの仕事場まで車で十五分(河岸段丘)
・県道からややはずれた、昼間は市営バスが一時間に二本しか走らないような山あいに位置する古い農家……書道教室……山の上の小学校の通学路……尾名川は数百メートル先
・雪沼の坂にあった風変りな西洋料理教室……絹代さんも通う。
・権現山
・蓮根音楽堂、隣は安西履物店、西島茶園。五〇メートルほどの権現南商店街、吉田電器店もある。蓮根さんはスキーで知り合った木槌さんに紹介されて音楽店を居抜きで買う。
・文三郎さんの園芸品店は雪沼のほうに折れていく尾名川沿いの県道にある。
・蓮根さんは権現から近い野火ケ谷の市営住宅に住んでいた。小学校中学校も。
・相良さんは信用金庫の権現山東支店勤務。
・安田さんの店は、以前は県立病院の裏手にあった。病院の真ん前は花屋。今の店は尾名川に流れ込む細い支流に沿った片側町に。階下に私設水族館。
・旧国鉄の乗り換え駅に香月さんの今の会社がある。その駅から尾名川上流、電車で四十分の町に実家。その辺りは河岸段丘。駅からバスで二十分で家。高速道路の高架橋。
NHK文化センター西宮ガーデンズ教室 2013年度後期「小説を読む」藤本英二
第三回 森絵都『風に舞いあがるビニールシート』(2006)
Ⅰ 森絵都について
略歴
1968年東京都生まれ。日本児童教育専門学校児童文学科卒業。アニメーションのシナリオを手がける(ブラックジャック、など)1990年にデビュー作『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞。以来児童文学賞を次々と受賞。2004年に早稲田大学第二文学部卒業。
受賞歴
1990『リズム』 講談社児童文学新人賞、椋鳩十児童文学賞
1995『宇宙のみなしご』 野間児童文学新人賞、産経児童出版文化賞、ニッポン放送賞
1998『アーモンド入りチョコレートのワルツ』 路傍の石文学賞
1998『つきのふね』 野間児童文芸賞
1999『カラフル』 産経児童出版文化賞 ⇒2010年アニメ映画化
2003『DIVE!!』 小学館児童出版文化賞 ⇒2008年映画化(林遣都、瀬戸朝香他)
2006『風に舞いあがるビニールシート』 第135回直木賞を受賞。
同時受賞は三浦しおん『まほろ駅前多田便利軒』。
小説(受賞作以外の主なもの)
『永遠の出口』2003、集英社……最初の大人向け作品
『いつかバラソルの下で』2005、角川書店
『この女』2011、筑摩書房
『気分上々』2012、角川書店
エッセイ他
『いちばんめの願いごと』 大和書房 1993年
『屋久島ジュウソウ』 集英社 2006年 のち文庫
『君と一緒に生きよう』 毎日新聞社 2009年 のち文春文庫
『おいで、一緒に行こう 福島原発20キロ圏内のペットレスキュー』 文藝春秋 2012
Ⅱ 短編集『風に舞いあがるビニールシート』について
作品集の内容(六編を収録)
a 器を探して……オーナーパティシエ、ヒロミの命令で美濃焼の食器を探しにでかけた弥生。
b 犬の散歩……犬の保護活動ボランティア。ホステスのアルバイト。義父の変化。
c 守護神………早稲田大第二文学部通学の反映か
d 鐘の音……仏像修復、二十五年後の再会。事件とその後。結婚、誕生。
e ジェネレーションX……十年後の同窓会、約束、野球部のメンバー
f 風に舞いあがるビニールシート……国連難民高等弁務官事務所、エドとの出会い、結婚生活、離婚、エドの死、
⑴小説における情報性
読者に「知らなかった世界」を教えてくれる。
※森絵都の『DIVE!!』は、飛込み競技の歴史、ルール、採点方法など、情報満載。
⑵題材の珍しさ、あるいは思いがけない組み合わせ
a ケーキショップ/美濃焼の陶器探し/結婚の申し込み/陶芸家の弟子との出会い
b ペット救済ボランティア/ホステスのアルバイト
c 社会人学生(大学の二部・夜間)/レポートの代筆
d 仏像修復
e クレームに対する謝罪担当/世代の違う二人の男/野球部の同窓会
f 国連難民高等弁務官事務所
⑶物語展開の妙(語り口、プロットの巧さ)。謎解きと「落ち」。
……結末にあるユーモア、希望、救い
b 犬嫌いの義父の変化
c 守護神/二宮金次郎の携帯ストラップ
d 不空羂索観音/准胝観音、鐘の音/ウェディングベル
e 何のために携帯で連絡しているのか/全員が集まるか/投手の代理/レフトの代理
☆森絵都は、児童文学の向日性を保持しながら、児童文学の枠外にある「大人の性愛」に筆を伸ばしていく。典型的には「風に舞いあがるビニールシート」
Ⅲ 「風に舞いあがるビニールシート」を読む
A 小説の構成
⑴あらすじ(アウトライン)について
一 小説の全体像の提示
二 現在:リンダから昼食に誘われる。メールをあける。
三 ①十年前、エドとの出会い。採用面接でのエドとのやりとり。
②ニカラグアのスタッフが黒豆を発注。枝豆豆腐のレポート。
③エドと飲みに行き、難民問題への関心、ふくらはぎの話題、関係を持つ。身体の相性。
④エドの別れた妻の話を聞く、同僚と関係、妊娠・出産。二者択一、エドとの結婚。
四 現在:リンダとのランチ。リンダからの提案。「アフガンに行かないか」
五 ①新婚生活。新しい城づくり。エドの混乱、拒否。エドは肌の触れ合っている間は眠らないことに気づく。
②結婚二三年の悪あがき。攻守交代。エドはフィールド勤務を勧める。「家庭のぬるま湯/冷たい外気」。エドへの長い手紙、私を家族として認めているの。彼はそれどころではない。
③里佳は人生の複雑さを知る。里佳を勝ち組とする、大学時代の友人たちの反応。エドをいとしく思うが、ぬくもりが彼を追い詰めることに気づく、
④結婚七年目。熱川温泉のバナナワニ園へ。東京事務所の所長の話、子供の話で二人は食い違い、互いに決定的な一言を。
⑤離婚という結論。離婚届。最後の夜。ワニ人形を握って眠るエド。自分の手を握らせる里佳。「ワニだと思ったでしょう」「里佳だとわかってた」
六 現在:通信社の国際部記者寺島のアフガン難民に関する取材に対応。犠牲者エドの話、少女の話。
七 死からひと月後、エドの備忘録をつくろうとして、エドの過去を知らないことに気づく。ティルから聞いた話。
八 現在:夕食会への途次、リンダとの会話。花見の宴。アフガン行きの決意。
⑵時間処理について
A 小説の現在は元夫のエドが死んで三か月経った春(桜の季節)の一日
B 十年前に面接時に出会ってから、二人が歩んできた時間
※ストーリーとして言えば、Bの時間の後にAの時間が位置づく。
プロットとしては、ABの二つの時間が並行的に語られる。
Aの時間、B時間はどちらも直線的に流れる(時間の序列が乱れることはない)ので、わかりやすい。
エドの死から里佳は立ち直ることができるか(A系)、里佳が現場(フィールド)へ出ることは可能だろうか(B系)、という問題が、ラストで重なり合って、答えが示される。
何故里佳の回心は起こったのか。
⑶題材とテーマについて
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に勤める一人の女性、里佳の物語
☆この小説は、「難民支援」という真面目な、重いものであるだけに、堅苦しい(情報を詰め込み、倫理的な要請をはらんだ)ものになっていく「危険性」を持っていたはずだ。その窮屈さ、堅苦しさを和らげるために、「難民支援」を「性愛」とからめて描き、一組の男女の物語として展開する。
※《僕のポジティブな劣情:君のふくらはぎとセックスの神にかけて:生命の危険ととなりあわせのストレスフルな環境のもとでは、一種の「不謹慎さ」が精神のガス抜きとして機能するらしい。》
☆あわせて、UNHCRの仕事内容、世界の難民事情が紹介されていく。←情報性
B 小説の優れた点
⑴大人の性愛を上品に描く
例……その全身の骨が、肉が、細胞の一つ一つがエドの洗礼を受けてなにやら別の骨や肉や細胞のごとく生まれかわっていく感覚に、ふと気がつくとえも言われぬ快感をおぼえていた。
・……婚姻届を提出してからの二十五日間、勲章の一つも捧げたいほどの奮闘を彼がベッドの上でくりひろげてくれたことにも至極満足していた。
⑵エドという、《少し変わった、偏差・癖のある人物》を魅力的に創造する。
・面接の時に、「これからちょっと一杯」と誘い、不覚にも瞳を泳がせた里佳に、誘われて・困るなら、はっきりノーと言えばいい、と言う。
・ニカラグアの黒豆問題から、里佳に枝豆豆腐を食べるレポートを。やんちゃな小意地の悪さで人を脱力させる。
・面接の日、「ふくらはぎから足首にかけての美しいラインを見て」、一票を投じた、と。
・温かい、家庭的なものに落ち着けない。
・肌が触れ合っているあいだは眠りにおちない。
・爬虫類に眼がなく、熱川温泉のバナナワニ園に行きたがり、一日を過ごす。ワニ人形を持って眠る。
・自分たちの子供を欲しがらない。フィールドに出ることを優先し、東京の所長の口など問題にしない。
・暴力的な風にさらされる難民に対する責任、贖罪の意識。「悪夢」にうなされる。
※「風に舞いあがるビニールシート」というイメージが、重要な意味づけをもって繰り返される。ビニールシートの二重性(難民キャンプ/花見)
☆里佳にとって、エドは「わからない」人物。
何故、フィールドにこだわるのか(その使命感の源)。
何故、人と一定の距離をおくのか(肌の温もりを回避するのか)。
エドの備忘録を書こうとして「過去」のブランクに気づく。
友人ティルからエドの子供時代の断片を知る
記者寺島から、エドの死の状況を聞く
⑶里佳の内面のサスペンス
向き合う人物との会話・やりとりが、里佳の内心(心の声・内言)を交え、一種のサスペンスとして描かれる。「作戦」「心積り」を持った知的で冷静で計算高い里佳が「不覚にも」「思いがけず」《重心を見失う》。里佳はその場面、その場面で、「負ける(事前の心づもりから外れる)」ことで、結果的には変容していく。
①エド(面接)……来たな、臆さず、迷わず、堂々と、作戦通り。不覚にも瞳を泳がせた。
(飲みにいき)……まさかその日のうちに寝てしまうとは、
※難民問題への関心を問われ、返事に窮する、エドは見抜いている。沈黙の意味。→ふくらはぎへの話題の転換。
(結婚)……痴話喧嘩。前妻の不倫。二者択一。「勝った」、うまくやった、
②リンダ(ランチ)……ついに来た。解雇の宣告をなかば期待していたのに、提案が。
③寺島(取材)……冷静に、冷静に。油断していた。この男はどこまで知っているのか。
少女の写真/重心を見失う、震えだす。かつての夫です。
少女の夢/緊張の糸が切れる。
⑷里佳の変容の物語
・外資系投資銀行からUNHCRの空きポストに目をつけ応募した。(企業戦士から国家公務員への転身) ※日本企業のくだらないつきあい
・フィールドへ赴く覚悟などない。耐えられない。(エドとのデイト。セックス)
※社内恋愛で割りをくうのは女性
・意地と勢いと計算で結婚。現場に身を置くエドの妻という境遇に疲弊。
※結婚における「勝ち組」という考え方
☆エド/里佳/大学の友人たち、という風に、「難民」に対する立ち位置の違いを描き、里佳自身をその中間に置く。
・エドから「現場へ志願しないか」(攻守交代。家庭のぬくもり/外の外気)
・大学時代の友人達の認識。難解で重苦しい現実は見ないふり。(エド)
・エドに東京事務所の所長の話を持ち出す。子供を生めるのはあと五年ほど。価値観の不一致で離婚。
・リンダからの提案「アフガンへ行かない?」(荒治療を)
・寺島からの取材の中で(里佳の自覚)
・里佳に本来の職務を、責任を、今ここにいる理由を問うている。世界に放つべくは別れた妻の泣き言ではなくUNHCR職員としての警鐘なのだ。
・現場へ出ないことを問われ、一般職員だからといつもの調子で言いかけ、それは現場に出ない理由ではなく言い訳だと自覚。目をそむけているだけ。直視するのが怖いのだ。
・「同胞ではありません」とっさに口走っていた。「かつての夫です」
・「ソワイラは、国際機関で働くのが将来の夢だと」と聞き、緊張の糸が切れ、嗚咽。
・取材のこと、ソワイラの話を、リンダに打ち明ける。「私が一番知りたかったこと、エドはなにを思いながら死んでいったのか」「人間の肌のぬくもりを感じながら」
⑸胸打つシーン
①「ワニだと思ったでしょう」「「いや、里佳だとわかってた」
②「ソワイラは、国連機関で働くのが将来の夢だと僕に打ち明けてくれました」
③「あら、欲情しながら息絶えるなんて、素敵じゃない」「同感です」
「欲情よりも素敵じゃない」「同感です」というリンダと里佳のやりとり(繰り返し)
④エドの死のイメージ・意味づけの成長
エドの死の状況が、《ソワイラから寺島へ、寺島から里佳へ、里佳からリンダへ》と伝えられていく中で、ソワイラの感じたことから、エドの感じたであろうことへとイメージが転じる。この里佳の意味づけ、「だから」がいい。
⑹印象的な表現のいくつか
・痛みを伴わずには受けとめられないはずのそれらを、心をどこかへ放りだすことで難なく処理できることを里佳は最近知った。心をどこかへ放りだした時点で。しかし、UNHCR職員としては失格なのだ。
・愛しぬくこともできなかったのにと、ともすれば涙に溺れそうになる自分を自分の心がとがめるのだ。/愛されぬくこともできなかったのにと、エドの顔を声を肌を今も求める自分を自分が嗤うのだ。/なのに、愛しぬくことも愛されぬくこともできなかった日々ばかりを、気がつくと今日も思っているのだ。
・価値観の不一致。離婚の理由を述べる欄にはそう記したけれど、それは二人の敗因ではなく、引き分けの証なのだ。
・生きている人間よりも死んでいる人間のほうが安心できる、それが彼女の身を置く世界です。
C 小説の再検討
⑴名前について
この小説で、姓名ともに記されているのは、「エドワード・ウェイン」のみである。あとは、主人公の里佳、を含めて、リンダ、寺島、ティル、千鶴という風に、「名」か「姓」のみで呼ばれる。
⑵経歴および年齢について
☆出会うまで
・エド:スーダン[前妻の不倫・出産]、リベリア、ジブチなどの現場を歩き、東京へ。
・里佳:高校までをシカゴで暮らす。大学時代ロンドンに短期留学。投資銀行で五年間勤める。(26歳~31歳)言及されていないが大学院出身か。
☆出会ってから
・面接から三ヶ月で、エドと関係を持つ。(十年前)
・一年後に結婚。…エドは40過ぎ、里佳は九歳年下。……里佳は31歳以上。
(25日間の新婚生活、のちエドはザイールへ赴任)
・七年間の結婚生活。(エドはザイール、エチオピア[里佳の長い手紙]、コソボへ)
・三年前に、リンダは里佳を広報部へ。
・二年前に離婚。エドはコソボに戻る。直後に9.11が起こる。半年後アフガニスタンへ
・今年一月、アフガニスタンでエド死亡。(50歳を超えている)
・その一月後、里佳はエドの備忘録を作り始める。
・(小説の現在)エドの死から三ヶ月後。……(里佳41歳か)
⑶会話は何語でなされているか。
・エドとは英語(面接時、ときおり英語で挑発的な質問をさしはさんだ、とある)
・リンダとは英語(英語を解さない運転手までも、とある)。
・新聞記者寺島との会話は、日本語なのか。(二人は名刺交換している)
※しかし、「やはり、ご同胞の殉職にかかわる質問は無神経でしたね」「同胞ではありません。かつての夫です」という会話がある。/その前には「犠牲者と同じUNHCRのスタッフとして何かコメントを」ともある。
?他人の眼から見ると、エドと里佳は「同胞」とみなされうるのか?
・新人の千鶴とは、日本語。(となりから千鶴が日本語でささやいた、とある)
⑷小説世界の矛盾はないか。
▽七年間の結婚生活を通して二人がともに超えた夜など百日にも満たなかった。
△専門職員にはローテーション・ポリシーってのがあって、危険度の高い区域をうろつきまわったあとには、何年間か安定した国の事務所に勤務しなきゃならない。
NHK文化センター西宮ガーデンズ教室 2013年度後期「小説を読む」藤本英二
第四回 津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』(2004)
Ⅰ 津村記久子について
略歴
1978年1月23日生まれ。大阪府出身。大阪府立今宮高等学校、大谷大学文学部国際文化学科卒業。新卒で印刷会社に就職。9月から1か月間飲料メーカーのライン工として働き、10月から女性上司の下でパワハラを受け、退職する。失業期間中(2001年1月末~10月)、入院中の祖母の世話をしながら、4月~6月再就職訓練(パソコン)を受け、商店街にある祖父の服屋で商売をする。(『八番街カウンシル』)9月に上級訓練を受け、その後ハローワークで見つけた会社に入り、仕事をしながら小説を執筆。十年半勤める。
受賞歴
「君は永遠にそいつらより若い」太宰治賞 2005 (「マンイーター」を改題)
「ミュージック・ブレス・ユー!!」野間文芸新人賞 2008
「ポトスライムの舟」芥川龍之介賞 2009
「ワーカーズ・ダイジェスト」織田作之助賞 2011
「給水塔と亀」 川端康成文学賞 2013
著作一覧
小説(単行本、☆は文庫、*は表題以外の収録作品)
・『君は永遠にそいつらより若い』2005、太宰賞、☆
・『カソウスキの行方』2008、☆
*Everyday I Write A Book、花婿のハムラビ法典
・『婚礼、葬礼、その他』2008、☆
*冷たい十字路
・『ミュージック・ブレス・ユー!!』2008、野間文芸新人賞、☆
・『アレグリアとは仕事はできない』2008 、☆
*地下鉄の叙事詩
・『八番筋カウンシル』2009
・『ポトスライムの舟』2009、芥川龍之介賞、☆
*十二月の窓辺
・『ワーカーズ・ダイジェスト』2011、織田作之助賞
*オノウエさんの不在
・『まともな家の子供はいない』2011
・『とにかくうちに帰ります』2012
・『ウエストウイング』2012
・『これからお祈りにいきます』2013
*サイガさまのウィッカーマン、バイアブランカの地層と少女
・「給水塔と亀」 川端康成文学賞、2013
・『ぽーすけ』2013
エッセイなど
・『やりたいことは二度寝だけ』2012
・『ダメをみがく』(深澤真紀との対談)2013
津村記久子のキーワード
①仕事の現場で出くわす理不尽さをどう生き抜くか
・パワーハラスメント :「十二月の窓辺」(『ポトスライムの舟』所収)
・コピー機との戦い :『アグレリアとは仕事はできない』
・結婚式の日に、会社から呼び出されて葬式に :『婚礼、葬礼、その他』
・本社から倉庫への配置換え :『カソウスキの行方』
・通勤の困難……痴漢 :「地下鉄の叙事詩」(『アグレリアとは仕事はできない』所収)
豪雨 :『とにかくうちに帰ります』
・苦情処理……『ワーカーズ・ダイジェスト』
②家庭の抱える問題(働かない親、不倫、離婚、母子家庭、貧しさ)
:『まともな家の子供はいない』他、③とも重なる。
③商店街、雑居ビル、祭り :『八番街カウンシル』『ウエストウイング』
「サイカサマのウィッカーマン」(『これからお祈りにいきます』所収)
④パンクロックに夢中 :『ミュージック・ブレス・ユー!!』
⑤低い自己評価から自己肯定へ……典型的には『ミュージック・ブレス・ユー!!』だが、他の作品にも通じる。
⑥理不尽さへの怒り、他者のための祈り……これが津村記久子の核心部分。
☆安藤礼二解説、『ポストライムの舟』文庫版より
《津村の描くほとんどの作品で、主人公及び重要な登場人物は母子家庭に育つ。彼ら・彼女らは旧態依然とした家庭を回復するのではなく、松浦理英子が『八番街カウンシル』の帯に寄せた推薦文で的確に指摘しているように、「孤児」として生き抜き、新たな関係性と新たな共同性を獲得する。》
Ⅱ 「君は永遠にそいつらより若い」 (2005、デビュー作)について
タイトルの意味
《君を侵害する連中は年をとって弱っていくが、君は永遠にそいつらより若い、……》p235
※最初のタイトル「マンイーター」を改題。
この小説に対する感想
その後の作品歴を眺めると、津村記久子には、中編小説が多く、得意のように思える。この長編「君は永遠にそいつらより若い」はデビュー作ということもあり、あれもこれも、雑多なものを詰め込もうとしていて、話の流れ、構成という点から見れば、洗練されているとはいえない。たぶん、三つないし四つの中編小説にわけた方が、話はすっきりとしてわかりやすくなるだろう。しかし、僕は、少し変わった語り口で、話がどこへ向かうかなかなかわからぬ、この長編こそ津村記久子の本来の資質をいかんなく発揮した、傑作だと思う。滑稽で笑える部分と胸を突かれて涙があふれる部分が混在し、随所にリアルな観察と省察が、自分の言葉で語られる。津村記久子には、忘れられない表現、引用したいことばがある。一読して、あっこれは津村記久子だとわかる、ということは、「文体」を持っているということだ。
小説を分析する
⑴プロローグ部分について(全体の構成について)
①これは全体のどこに位置づくのか。(14章と15章最終章の間)
②「わたし」の行為の意味について
・不確かな啓示、自分の考えのなさ、無軌道、途方もなさ、生半可な所作、……自覚
・今それを見つけるのを望んでいるのは、世界でわたし一人であると言ってもいいかもしれない。でもわたしにはそうすることが必要だった。
・決して巻き戻すことのできない時の流れのすげなさへの怒りだった。
・こんなところで立ち上がれなくなることの痛みや無力感、身体の表面に染み込む雨の冷たさを、いよいよなまなましく知覚するようになった。
※…彼女に起こったことを、彼女の言葉を借りないで反芻できればと思ったからだ。そうすることが、忌々しくも過去の何ものをも変えることができないのはわかっていたけれど、わたし自身が彼女と関わっていく上で必要なことのように思えたからだ。P228
③登場人物のあらかじめの告知
・イノギさん、河北、アスミちゃん、吉崎君、ヤスオカ、穂峰君
※これらの人物が主筋に絡んでくるのであり、言い換えればそれ以外の人物は脇筋の話ということになる。
⑵表現の特徴のいくつか
☆書き方の特徴は、次々に連想・思いつくことを辿るように連環させていく書き方。話がどこへ向かうのかがわからない。
・「アスミちゃんは……一泊することになった。」p14
・あさのさんから「ホリガイさんて変わってるね」……二十二歳の処女→五千円でよろしく→イギリスのバンドの真似ばかり→結婚しようと思った相手→穂峰君との会話・事故死……飲み会は解散 この間の連想・回想。ある「とりとめのなさ」。
・…また彼女と笑い合うためのリハビリのように、わたしに笑いかけた。P133
・……品のいい引き算テイストのお洒落な子たちがたくさんいて、p122
⑶主人公・語り手の造形について
一見チャラチャラした喋り口調で、浮薄なように見えるが、芯は真面目すぎるくらい真面目。この小説の場合、「わたし(ホリガイ・堀貝佐世)」の一人称視点の語りが採用されているので、語り・表現の中に、彼女の思考・嗜好が反映されている。(作者津村記久子自身の思考・嗜好もまた)
A、「食べ物」「映画」「音楽」「ゲーム・パソコン」などに現れる特徴。
食べ物……誰かと一緒に
・ソイごまラテ(黒ごまペーストを豆乳でわったやつ)
・ミスドの百円セールのイートインで千円以上払うやつはわたしの交際範囲の中ではこいつだけ(オカノ)p55
・タコのマリネや地鶏の湯葉巻き、牛タンサラダやフォアグラの寿司(河北の奢り)
・トウモロコシ茶、豆乳、にがり、九条ネギ、くずきり、造花のような麩、p96
・トフィリキュール、キャラメルラテp105
・黒豆そば茶p108、おぼろ豆腐p110
・ハッシュドボテト、梅酒、トマトジュースp121
・栗貴酒(リグイチュウ・リキュール)のミルク割り、紹興酒p145、ライチ酒、鶏肉のカシューナッツ炒め、黒ごまのアイスクレリーム、
・ダージリンとラブサンスーチョと豆乳とトウモロコシ茶とコーンスーブp165
・目玉焼きののったカレーピラフ、ドミグラソースのオムライスp186
・肉豆腐、杏露酒p193
・かにすきp194
映画……『アラビアのロレンス』、『ナイトメア・ビフォー・クリスマス』、『あの子を探して』『いつか晴れた日に』、ポチョムキン、『ブルース・ブラザース2000』
※「スタンド・バイ・ミー」(スティーブン・キング原作)
音楽……吉崎君がソニック・ユースのTシャツを着ていた、以下
・ハスカー・ドゥのロゴの入ったトレーナーp129
・オール・アメリカン・リジェックツ(CD)p182
・ダイナソーJrのロゴの入ったトレーナーp187
・ファウンテンズ・オブ・ウエインというバンドが好きp205
・テッド・ケネディーズのロゴの入ったパーカーp210
※津村記久子はイギリスのロック・バンドが好き。『ミュージック・ブレス・ユー』
ゲーム・パソコン……
・《プレステには世話になってるけど、任天堂には長年の義理があんのよ》p50
・芯がなく、あちらこちらを見遣りながら、手をこまねいていて煮え切らない。まるでアプリケーションをたちあげすぎたOSのように、処理能力が低く、のろまで、結局一つのことも満足にできない。P235
・上海 P109
・鼻がちぎれて頬が破れ、臓腑の形が歪んだに思えた。小学三年生がそんな表現をしないとするのなら、ただ痛い、いたいいたい、息ができない、吐きそう、と、そういった単純な言葉が、行を変え列を変え、わたしの思考の中をブロック崩しの玉のように飛び回った。P117
※①語り手の現在と小学三年の現在の峻別、②比喩が「ゲーム」
・ゼビウスのBGM(イノギさん)p162、ゲームボーイアドバンス
・わたしの脳のメモリでは処理しきれないほどの情報が心に溢れかえり、p209
B 「わたし」は「変わっている」と他人から見なされ、自分でもそのことに自覚がある。
・グラビアアイドルの画像を襖に貼っている。(女の人が好き)
・現実は流動的で、頭の硬いわたしにはとても疲れるものだ。P14
・ゼミの飲み会でも、与太を飛ばしている。ブリーフとトランクス、小水。P15
・あさのさんの会社の不満のあと、最近は誰がいいですかと、安田美沙子やインリン(グラビア・アイドル)の名前を挙げる。「変わってるね」といわれる。
・女としてどうしようもないのなら、せめてそちらの側に立って話しができますよ、といらぬ売込みのようなことをして、変わった子だという印象だけを・
・イギリスのバンドが好きで、その真似ばかりしていた。女になるという発想以前に、彼らになりたいという願望が幅をきかせていた。P18
・わたしが並外れて不器用なのは、わたしの趣味のせいではなくわたしの魂のせいだ。
・わたしが、この人と結婚しよう、と思った相手は、二十歳からの二年間で十人はくだらない。その半分には実際に言ったと思う。最悪食わしてあげるよ、と言うと
・やたらとお笑いを語りたがる男を昭和のいる・こいるはおもしろいのかどうなのかという話で相当やりこめた。
・ブラジャーの金具を踏んだにもかかわらずそのままにしておいたようなどうしようもない女。P30
・アスミちゃんのことを忘れて、ヘッドホンをつけて大声で歌っていたらしいp41
・バイトに遅れた言い訳を考える p45
・一人で豚しゃぶをやったときは、おなかいっぱいになりすぎてお箸を持ったまま寝ていたこともある。P59
・空気の読めなかったわたしは……ふと思いついたことをよく考えもせずに口にしていた。P66。わたしが不注意で無神経だったことも事実なのでp68
・わたしは内気な変わり者で、新しい友達はとてもえがたい価値のあるものだった。P78
・勝手に、初めてやるならこの人がいいなリストなるものを作り、八木君をその筆頭に挙げていた。P83
・よく機械の音にあわせて八木君の立派な尻をたたえる歌を歌っていた。P83
・(ヨコヤマさんは)わたしと同じぐらい女の子としてインポテンツというか、それらしくない子だった。P92
・十九歳のときにイギリスのバンドの男のまねっこをしている女がオマー・シャリフのような外人に出会う確率の驚くべき低さにやっと気付き、人生は妥協が必要なのだと、急速に軟化し、まず容姿が軟化し、男の趣味も軟化し、人間性も軟化していった。P97
・わたしには…最悪を想像して最悪に備えるくせがある。そのくらい自分を信用していないということだろう。P99
・卒論のテーマは「中国系映画監督と日本の女子の結婚観」(チャン・イーモウとアン・リー)p104
・酔っぱらって、「閉まるのが早い!」「乳首が出るだろ普通!」p108
・「負けるのには慣れているんだ!」p111
・すみませんすみませんすみません、とわたしは何度もあやまって先に布団にもぐりこみ、p121/わたしはとりあえず、すみませんすみませんとあやまり(就職担当者に)
・その男の子のことを考える時のわたしの心持は、明らかに標準の大人として不適切だと思われたし、どこか妄想じみていた。P126/ふと思いついたのだ。あの子を探し出すのだと。それが、わたしの志望動機のすべてだった。
・八木君に失恋した時に「あましょくぱーん」と歌う。P140
・ヤスオカの告白……わたしはそういうことを打ち明ける相手ではないと言いたかった。よくわからんが、そんなに難しいものなのか、と訊くのも野暮のような気がした。P150
・よくあることだ。なにか重大なことに取り掛かっているときは夢見ごこちで、それらが終わってから自分の手つきの甘さに気付いておろおろする。P179
・穂峰君の話を吉崎君からきいて以来、身体も脳も調子が悪くなってしまったようで、身辺整理もままならないまま、いもむしのように過ごす日々が続いた。P194
☆ぼんやりとした既視感のもやが、正常な思考を妨げるように脳の隙間に入り込み始めた。それは今まで見た事象へのものというよりは、わたしの妄想に対する既視感だった。P214
⑷この小説の「白熱」の部分(小説を支える骨組み)
①リストカットをめぐるカバキとの口論p62 +カバキからの電話p172
・わたしの醒めた目、六分の一から八分の一の確率で手首に傷跡。中学時代の友達、ブッチャーライン。
・河北の陶酔的な語り/尿意を我慢しているわたし……笑いの批評性
・『ナイトメア・ビフォー・クリスマス』の話を持ち出し、河北を怒らす。
・「『痛み』ってさ、あんたはそういう気持ちになるのが好きなの?」
・河北、アスミちゃんは両親の愛情を疑っていた。わたしは母、祖母との三人家族だが、愛されていないと思ったことはない。
☆プライド…目先が利いて要領のいい河北/「真面目な人代表」真面目な人の矜持。
※もし手首を切っているのならば、そんな抵抗をする意思が彼に存在することがせめてもの救いであるというようにわたしは思った。P128
②ヤスオカから悩みを打ち明けられる
③イノギさんからハゲがあんのよと打ち明けられる
・イノギさんは少しも理解を求めていないような気がした。ただ自分にまつわる事実を明かしただけのような、けれどそれは。こちらを振り向かせようと十の瑕疵を百だと偽って泣き喚くことよりも救いのないことのように思えた。P172
④イノギさんとの性体験+イノギさんの告白(レイプ事件)
⑤翔吾君を救出する
⑥イノギさんの事件+述懐+わたしの思い……P232/事件については二度語られる
⑸「青春小説」として
京都を舞台にした(地名も散りばめて)大学生の生活・雰囲気を活写。ゼミの飲み会、授業のノートの貸し借り、食堂での談話、知人を下宿に泊めること、アルバイト、就活、などなど。
軽口を交わし相手と表面的に触れ合うだけのようだが、一歩踏み込み、悩みを打ち明けて話しだす(告白する)場面がある。
・吉崎君:河北がおれの彼女にちょっかいをかけたことあるねんp26
・アスミちゃん:生い立ち、河北とのつきあいの悩みp36
・河北:アスミちゃんのリストカットについてp62
俺らは本物だぞ。本当の命の取り引きをしているんだ。P173
・ヤスオカ:生い立ち、童貞、巨根、p147
・わたし→イノギさん:小学三年の時男子二人に殴られたp112
不良在庫でポチョムキン、好きだった八木君がつまらない女の子と、ヤスオカが巨根。P167
・イノギさん:はげがあるのよp171/中学時代の暴行を受けた事件
⑹「恋愛小説」として……同性愛の感情・体験
主人公の「わたし」は二十二歳で処女。男性に対しての禁忌意識があるわけではない。女の子が好き。バイト先の八木君に失恋。イノギさんに対する思いは、次第に恋愛感情になっていく。 ※たぶん「同性愛小説」とは違う。
⑺「初体験小説」として……2000年頃の若者の性意識
・わたしの自虐的な語り
……わたしは二十二歳のいまだ処女だ。しかし処女という言葉にはもはや罵倒としての機能しかないような気もするので、よろしければ童貞の女ということにしておいてほしい。……「不良在庫」とか、「劣等品種」とか、「ヒャダルコ」とか、「ポチョムキン」とか、そういうものでもいい。何か名乗りやすいものを。
※ヒャダルコとはドラゴンクエストに出てくる攻撃呪文。
・童貞で、巨根にあることに悩むヤスオカ……その相談に乗ってやる場面は抱腹絶倒。
・「捨てさせていただこうじゃないか童貞を。互助会のようなものなんだこれは。」
・イノギさんの語り……「そんなに難しいことでもなかったけどね」「自分の親でもやったことなんだと思えば」「もうどうせこっちで誰とも出会わんのやったら、わたしでええんちゃうかな」
⑻「怒りと祈りの小説」として
☆幼い者、力弱い者が虐待されることへの怒りと、その救済への祈り
・「わたし」が児童福祉を志したのは、四歳の少年の失踪事件を知って。
・自殺した穂峰君が保護しようとした、ネグレクトされた子ども翔吾君。
・イノギさんは中学の時、暴行を受け、そのことで両親は離婚。その話を打ちあけると恋人は去って行った。⇒それを打ちあけたイノギさん、何も言えない「わたし」
最終章が特にいい。
「ホリガイさんは、その子が大きくなったような顔をしている、とイノギさんは明け方の闇に向かって話し掛けていた。……けれどイノギさんは、わたしを指したのだ。……イノギさんは、あの女の子のことは、わたしの死にたくなるような記憶の延長上にいるというのに、時々すがるように思い出すことがあるのだという。」
「……そしてわたしは、やっとここへきて、彼女にそんなことを思わせるのは間違いだとはっきり思った。どうしてわたしは、彼女から打ち明けられた時にそのことを言えなかったんだろうと歯噛みした。」
NHK文化センター西宮ガーデンズ教室 2013年度後期「小説を読む」藤本英二
第五回 絲山秋子『沖で待つ』(2006)
Ⅰ 絲山秋子について
略歴
1966年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒。卒業後INAXに入社し、営業職として数度の転勤を経験。1998年に躁鬱病を患い休職、入院。入院中に小説の執筆を始める。2001年退職。群馬県高崎市在住。「FMぐんま」で週一回ラジオパーソナリティをしている。
☆絲山秋子のHPの「読者によるインタビュー」に次のような箇所がある。
Q 作家になりたいならこれだけはしておけ、というのはありますか?
A 就労体験。
受賞歴
「イッツ・オンリー・トーク」文学界新人賞 2003
「袋小路の男」、川端康成文学賞 2004
「海の仙人」芸術選奨文部科学大臣新人賞 2005
「沖で待つ」芥川龍之介賞 2006
小説(単行本、☆は文庫)
『イッツ・オンリー・トーク』 2004、☆、
『海の仙人』 2004、☆、
『袋小路の男』 2004、☆、
『逃亡くそたわけ』 2005、☆、
『スモールトーク』 2005、☆
『ニート』 2005、☆
『沖で待つ』 2006、☆、
『エスケイプ/アブセント』 2006、☆
『ダーティ・ワーク』 2007、☆
『ラジ&ピース』 2008、☆
『ばかもの』2008、☆、
『妻の超然』2010、☆
『末裔』 2011
『不愉快な本の続編』 2011
『忘れられたワルツ』 2013
エッセイなど
『絲的メイソウ』 2006、☆
『絲的炊事記 豚キムチにジンクスはあるか』 2007、☆
『北緯14度』 2008、☆ ……西アフリカのセネガル紀行
『絲的サバイバル』 2009、☆ ……一人キャンプのエッセイ
絲山秋子のキーワード
①男女雇用機会均等法、女性総合職、営業、転勤、同僚性:「沖で待つ」、
②躁鬱病:「イッツ・オンリー・トーク」、『逃亡くそたわけ』
③だめ男 :『ばかもの』、『エスケイプ/アブセント』
④ロード小説あるいは自動車:『逃亡くそたわけ』『海の仙人』
⑤馬、馬術 :「第七障害」(『イッツ・オンリー・トーク』所収)
⑥地方FM局でパーソナリティ :『ラジ&ピース』
⑦音楽、ロック :『ダーティ・ワーク』
⑧妄想、幽霊、神様 :『海の仙人』『末裔』
⑨性あるいは人間の距離 :「イッツ・オンリー・トーク」『ばかもの』『不愉快な本の続編』
⑩地方性 …典型的には「群馬」/福岡、蒲田など具体的な土地を
Ⅱ 「沖で待つ」 (2006)について 芥川賞受賞作
構成について
・語っている現在(太っちゃんの幽霊との会話)……これを01、02で表示する。
・***で区切られている部分は、さらに「一行あき」で、23の章に区切られている。……これを1、2、3……と表示する。
そうすると、《 01* 1、2、3、……22、23 *02 》となる。
O1
***
1 私及川と牧原太は同期で、福岡に赴任する。その初日。
2 半年間。先輩について、現場回り。「もめる」
3 食べ物がおいしい。太る太っちゃん。井口珠恵さんと結婚。
4 更衣室と給湯室ではいつも旅行者。よそ者。
5 井口さんは優しく。太っちゃんは汗をかくのがセールスポイント、ファンも。
6 子どもが生まれる。井口さんは惜しまれて退職。
7 仕事の仕方が違うけど気が合う。もめる、先輩副島さんのことば、納まらない現場っていうのは絶対にない。太っちゃんタンクと和風便器、でもめる。
8 二十時間労働、違算伝票処理。CADでの図面、残っていてくれた太っちゃん。コクゾウムシやシーカヤックなどたわいもない話をする。
9 副島さん転勤。バブル崩壊、新規開拓、「売上必達」。インフルエンザの太っちゃんを伊万里にまで車で運ぶ。仕事のことだったら、そいつのために何だってしてやる。同期。
10 埼玉への転勤。福岡への思い。見送りにきてくれた太っちゃんと井口さん。
11 太っちゃんの東京転勤。再会。
12 典型的な三十代の会話の後、「秘密」の話になる。協約、パソコンのHDDを壊すこと。
13 星型ドライバー、手袋、鍵、地図が送られてくる。
14 私の方が早死にする予感。
15 投身自殺の巻き添えで突然、太っちゃんは死ぬ。副島さんの言葉、泣く私。
16 そのときが来た、勤務時間中に五反田へ。緊張、「大丈夫だから」
17 パソコンの「弁当箱」をあけ、円盤を壊す。⇒現場、太っちゃんへの語りかけ
18 間抜けな人事のエピソード・大ニュースが一年前のこと
19 現状復帰し、鍵をコンビニのトイレのロータンクに沈める。
20 副島さんと一緒に福岡へ。彼女がいたが別れた。
21 井口さんの宗像の実家へ。あいつの分まで太ってください。
23 井口さんが見せてくれたノート。下手なポエム、パソコンの中身はこれか。約束を守ってよかったのだろうか。
23 浜松への転勤が決まる。
***
02 私の秘密「観察日記」パソコン。太っちゃんとの会話、写真を渡すのを忘れてた。ばかな一生。同期って不思議。いつあっても楽しいのに恋愛には発展しない。最初に福岡に行ったときのこと、あれが「私たちの原点」。
このうち1~23は二つの部分(前半/後半)から出来ている。
前半は、最初の赴任地福岡での働く実感。同期の太っちゃんや先輩の副島さんとの同僚性。働く者の叙情性・心意気。小さなエピソードが連ねられている。
後半は、パソコンの破壊という協約。突然の太っちゃんの死。協約の実行。副島さんと宗像へ行く。珠恵さんからノートを見せられる。太っちゃんの秘密・ポエム、
それでは《1~23》を挟み込んでいる《01と02》には、どのような意味があるのか。「太っちゃんの幽霊」を出したのは、何故か。もし、この小説が《1~23》だけで、《01と02》がなければ、どうなるか。
この問題は後述する。
この小説の特長
⑴女性初の総合職として働いた実体験が描かれている。
※総合職/一般職・現業職。
総合職とは、幹部候補の正社員、転勤もある。一般職・現業職は定型的・補助的な業務を担う正社員、原則として転居を伴う異動はない。男女雇用機会均等法により、女性も総合職として採用されるようになった。
⑵住宅機器メーカーの現場回り・営業の仕事の細部(用語、エピソード)が書き込まれ、それが小説の中で連環・照応を生み出し成功している。
・使われる仕事の用語……搬入経路、梁型加工、干渉しないか、発注ミス、納期管理、物流、品番違い、納期、納材、埋め込み、空便をたてる、フロアライン(FL)、CAD、特約店、工務店、増改店、などなど。
・もめる現場、クレーム処理 ・違算の伝票処理 ・「売上必達」
☆連環・照応の一例
①《衛生陶器やユニットバス、水栓金具や品番はどれも長くて完璧に覚えることなど不可能に思えました。》p63
②《太っちゃんが一番弱ったのは、……天神の雑居ビルの改装で納入した隅付きロータンクBBT-14802Cと和風便器4AC-9のセットでした。》p75
③《どこのコンビニか、私は死んでも言いませんが、内部金具の好感でもない限り、あの鍵は今でもあそこにあるはずです。太っちゃんがさんざんもめた、あの和便と同じセットのBBT-14802Cのロータンクの底に。》p105
☆語り方・比喩にもあらわれてくる職業性
《大事なことは明文化する。文書に残したらやばいことは口頭で喋れ、という原理原則の通りでした。》P92
《納まらない現場がないように、死なない人はいないのですが、私という現場は太っちゃんという現場よりもずっと竣工が早いような気がしていたのです。》p93
※絲山秋子と津村記久子の(専門用語の)語彙は違う。語彙は小説の材料であり、どんな質のものを使っているか、で作品の出来上がりは変わってくる。
⑶同期の同僚との人間関係(恋愛関係ではない)、あるいは、先輩、別の職種の人間との関係などが、巧みに描き出され、職場の同僚性を浮かび上がらせている。
☆《仕事のことだったら、そいつのために何だってしてやる。/同期ってそんなものじゃないかと思っていました。》p80
⑷この小説は抑制が利いていて、もっと書き込める所を短いエピソードとして敬体の文体で、さらっと流している。叙情性、おかしみ(軽み)、心意気がうまくブレンドされている。
例・p81お客さんはみんな根性勝負でした。~
・82「帰る」という言葉が身に染みて嬉しくて、~
・p95 私は 会社で初めて泣きました。
⑸幽霊の太っちゃんと再会、会話を交わすあたりは、やがて『海の仙人』や『末裔』などへ発展していく。リアリズムを超えたメルヘン性、不条理性によって、ユーモアを生み出している。
人物造形から見たときの特徴
⑴主要な人物は、①私(及川)、②太っちゃん(牧原太)、③副島さん(一年先輩)、④井口さん(井口珠恵、太っちゃんと結婚)の四人である。この四人の人物造形がしっかりできている(簡潔でいて彫りが深い)。
⑵この人物造形に大きく力を発揮しているのは、「会話(あるいは口にすることば)」である。例えば、副島さんのことば
「あいつに生ませろ。あの腹ならいけるよ絶対」p71
「及川、納まらない現場っていうのは絶対にないんだよ」p74
「なぜた/あんなに、クッションが効いてたのに」p95
⑶結婚してからも、井口さんと呼ぶのは何故か(珠恵さんではなく)。
・私はきびきびした井口さんが怖くて仕方なかったのです。P67
・捨てないでやって下さいね、と調子に乗ると「大きなお世話よ」p68
・筋の通らないことには怒るけれど、我を通すようなことは絶対にありません。P69
・ほんとうに惜しまれて、けれどさばさばした調子で会社を辞めました。p71
・太っちゃんを直撃した人については、一言も話しませんでした。P95
・落ち着いていて、まるでずっと前に亡くなった人のことを受け入れているようにさえ見えました。P108
⑷太っちゃんの人物造形(滑稽さと善良性、私との軽口の応酬)
・昔は痩せていて黒服のバイトも……こんな布袋様みたいな黒服がいるもんか p66
・太っちゃんのセールスポイントは……いつでも汗をかけることでした。P70
・太っちゃんは、……福岡一の繁華街を和風便器をぶら下げて走ったそうです。/「俺、相当注目集めてたぜ」/と太っちゃんが屋台でおでんをつつきながら言った翌日、便器とタンクを結んでいる洗浄管からのポタ漏れとタンクの結露が指摘されました。
・仕事が終わっているのに、事務所でつきあってくれる
・インフルエンザで高熱、私が運転して伊万里へ……さては俺に惚れたな p80
・見られて困るもの/エッチな下着とか/そりゃ見せたいものだろ/あんたには見せんよ
・「…太っちゃんが持ってる変態エロ写真とか見たくないかも」「動画じゃ、ほっとけ」
⑸私の心の中の突っ込み・つぶやきは常体で。
・官憲って。P88
・案外簡単じゃん。/太っちゃんのうそつき。/これは太っちゃんの棺桶だ。私は棺桶を こじけて。太っちゃんの死を傷つけようとしているのだ。/これが死だ。/消える。これで全部消える。p100~p102(HDDを破壊する場面)
・なんだこれは。/小学生かよあのデブ/そりゃ言わないでしょう。こんな下手くそなポエム死んでも人に見られたくないでしょう。/あ、そうか。/……参ったな。P110~
(ノートのポエムを見せられた場面)
タイトルについて
「沖で待つ」というのは、太っちゃんの詩の中の言葉。
《「俺は沖で待つ/小さな船でおまえがやって来るのを/俺は大船だ/なにも怖くないぞ」/大船かよ。/しかし「沖で待つ」という言葉が妙に心に残りました。もちろんこれを書いた頃、太っちゃんに死の予感があったなんてこれっぽっちも思えないのですが。》
とあるように、この「沖で待つ」には死の匂いがする。
そして、《01と02》で、私は太っちゃんの幽霊と会うわけだ。《01と02》は「犯罪の現場」への再訪であり、死者との対話であり、現実的に見ればこれは妄想ということになる。
この小説は死をめぐる物語でもある。
問題の再検討(何故、01、02《幽霊との対話》は必要だったのか。)
①太っちゃんのパソコンに「詩」が入っていたかどうか、本当はわからない。
②もし幽霊との対話がなければ、私の秘密(覗き趣味/性的な倒錯)は小説の中で表出される場がない。
③何故太っちゃんが私の秘密を知っているか、それはこの太っちゃんの幽霊が私の分身・生み出したものだからだ。それゆえ珠恵さんのこととかはわからない。
④この02で、あらためて同期(特別な存在)の確認がなさる。不思議、いつ会っても楽しい、不思議と恋愛には発展しない、会うと大学出たてのテンションになる、何も変わらないような気がする、
《「覚えてる?最初に福岡に行ったときのこと」/「おう、覚えてるよ」/それなら何も言い足すことはありませんでした。私たちの中には、あの日の福岡の同じ景色が、営業カバンを買いに行けと言われて行った天神コアの前で不安を押し隠すことも出来ず黙って立ちつくしていたイメージがずっとあって、それが私たちの原点で、そんなことは今後も、ほかの誰にもわかってもらえなくてもよかったのです。》
☆ここが絶唱。01、02部分が私と突然の事故死で逝った太っちゃんとの「現実では果たせなかった別れ」の場面。かけがえのない存在であった太っちゃんに対する愛しさが語られている。
☆小説の最後の部分……「太っちゃんさあ/死んでからまた太ったんじゃないの?」/おまえなあ、ふつうねえだろ、と言って太っちゃんは笑いました。
Ⅲ 「イッツ・オンリー・トーク」 (2004)について デビュー作・文学界新人賞受賞作
……私(橘優子)は一年間精神病院(躁鬱病)で過ごし、猥雑で小汚くて「粋」がない下町蒲田へ引っ越してくる。大学の同級生で今は都議会議員と再会する。彼はED。出会い系サイトで知り合った男と会って「合意の痴漢」を経験する。自殺をほのめかす従兄(元ヒモ・パチプロ)を呼び寄せて居候させる。従兄は社会復帰のため都議会議員の選挙ボランティアを始める。私の開いているメンタル系の病気サイトに載せた「タイヤ公園」の写真を見て、二歳年下の鬱病のヤクザが連絡してくる。だめな男ばかりを好きになる自分。二十六歳で死んだ友人野原理香だけが、世間のすべてを罵倒し「忙し自慢」をしながら働いていた私に「特権意識丸出しだよ」と説教をした。彼女の命日にイプシロンで多磨墓地へ墓参りに行く。
終結部およびタイトルの意味
《「理香、いろいろあるけどなんとか私は生きてるよ。これからも見守ってください」/月並みだ。しかし月並みなこと以外に何を死者と話せばいいのだろう。選挙やセックスの話は死者にはそぐわない。/「なんかさ、みんないなくなっちゃって」/取り戻せるものなどなにもない。/私は振り返らずに車に戻る。エンジンをかける。今日もクリムゾンだ。ロバート・フリップつべこべとギターを弾き、イッツ・オンリー・トーク、全てはムダ話だと、エイドリアン・ブリューが歌う。》
この小説の提示したもの
・《私は新聞社に就職した。その後、私はローマ支局に赴任したり精神病院で暮らしたりして殆どの友だちとの音信が途絶えた。》⇒忙しく働く中で躁鬱病を発症したあとの、なんとか生きている状況を、短い場面をいくつも切り替えて、「軽いタッチ」で描いている。
・《つらい夏が、雨期のような鬱がやがて去った。躁が来ることを恐れたが今回はうまく軟着陸した。服が欲しくなった。自炊が出来るようになった。性欲が出てきた。》
・《私は誰とでもしてしまうのだ。……お互いの距離を計りあって苦しいコミュニケーションをするより寝てしまった方が自然だし楽なのだ。》⇒性を恋愛と切り離して
・《私は常に衝動的に行動したが自分の感情を信用してはいなかった。頭よりもむしろ体に必要な知識が備わっていて、それを取り出すことができればいいと思っていた。》
Ⅳ 映画化作品について
①「イッツ・オンリー・トーク」
⇒『やわらかい生活』2006(廣木隆一監督、荒井晴彦脚本、寺島しのぶ、豊川悦司、妻夫木聡、田口トモロヲ)。脚本の「年鑑代表シナリオ集」への収録をめぐって、絲山秋子が「脚本を活字として残したくない」と出版を拒否。荒井晴彦らが提訴、裁判となる。絲山秋子の勝訴。
☆原作は四人の男を等距離で描いているが、映画は従兄(豊川悦司演じる)に重点をかけていて、必要以上に情感をこめようとする。(主人公の最初の男であったり、ラストで死んだり)。また逆に、小説のキーパーソンである「二十六歳で死んだ友人野原理香」の扱いが軽い。
②「ばかもの」
⇒『ばかもの』2010(金子修介監督、高橋美幸脚本、内田有紀、成宮寛貴、古手川裕子、白石美帆、池内博之)
☆比較的原作に忠実に物語をたどりながら、映画ならではの映像的説得力(吹割の滝の情景が素晴らしい。片手の額子が自動車を運転したり、料理のする姿がいい)を発揮していて、いい作品に仕上がっている。
☆「ばかもの」というタイトルの意味は、小説でも示されていたが、映画では一層情感が込められて、観客に提示され印象に残る。⇒恋人間の睦言として
NHK文化センター西宮ガーデンズ教室 2013年度後期「小説を読む」藤本英二
第六回 長嶋有『夕子ちゃんの近道』(2006)
Ⅰ 長嶋有について
略歴
1972年、埼玉県草加市に生まれる。北海道室蘭市、登別市で育つ。東洋大学文学部国文科卒業。1997年シャチハタに入社。99年退社。
・父親長嶋康郎は国分寺にある「古道具ニコニコ堂」の店主。著書に『古道具ニコニコ堂です』がある。叔父の善郎は言語学者。店の常連に佐野洋子がいる。
・ASAHIネットのパソコン通信の、「パスカル短篇文学新人賞」(1994~1996、筒井康隆、小林恭二らが選考委員、第1回受賞作川上弘美「神様」)に応募。川上弘美らと知り合い、俳句を始める。
ブルボン小林のペンネームでマンガ批評、ゲーム批評も。
……2000年に「めるまがWebつくろー」誌上の「ブルボン小林の末端通信」でデビュー。モットーは、「なるべく取材せず、洞察を頼りに」。著書に、『ブルボン小林の末端通信』(カッパブックス)、『ジュ・ゲーム・モア・ノン・ブリュ』(太田出版)がある。現在、『Beth』に「きみとundiu型」を『週刊ファミ通』に「ブルボン小林のゲームソムリエ」を連載中。現在、「手塚治虫文化賞」の選考委員である。
《『ぐっとくる題名』(中公新書ラクレ)の著者紹介より》
受賞歴
2001年 「サイドカーに犬」 文学界新人賞
2002年 「猛スピードで母は」 芥川龍之介賞
2007年 『夕子ちゃんの近道』 大江健三郎賞
小説(☆は文庫版あり)
猛スピードで母は 2002 ☆
・サイドカーに犬(『文學界』2001年6月号) 映画化(根岸吉太郎監督、竹内結子)
・猛スピードで母は(『文學界』2001年11月号)
タンノイのエジンバラ 2002 ☆
ジャージの二人 2003 ☆ 映画化(中村義洋監督、堺雅人)、《別荘小説》
パラレル 2004 ☆
泣かない女はいない 2005 ☆
夕子ちゃんの近道 2006 ☆
エロマンガ島の三人―長嶋有異色作品集 2007 ☆
ぼくは落ち着きがない 2008 ☆ 《部活小説》
ねたあとに 2009 ☆ 《別荘小説》
祝福 河出書房新社 2010. ☆
佐渡の三人 2012、講談社 《納骨小説》
問いのない答え 2013、文藝春秋、
エッセイ
いろんな気持ちが本当の気持ち 2005、筑摩書房、ちくま文庫
ぐっとくる題名 2006(ブルボン小林) 中公新書ラクレ
電化製品列伝 講談社、2008 →電化文学列伝 講談社文庫
マンガホニャララ 2010(ブルボン小林) ☆
安全な妄想 2011、平凡社
本当のことしかいってない 2013 幻戯書房(書評集)
Ⅱ 『夕子ちゃんの近道』について
⑴全体の構成について
七話よりなる短編連作。雑誌『新潮』2003年4月号から2004年12月号に、とびとびに六話が連載された。
①瑞枝さんの原付、②夕子ちゃんの近道、③幹夫さんの前カノ、④朝子さんの箱
⑤フランソワーズのフランス、⑥僕の顔、⑦パリの全員
最後の「パリの全員」は、単行本刊行時の書き下ろし特別編。この第七話の意味については後述。
大江 長嶋さんは連作でもひとつひとつの短編の締めくくりについて意欲的ですね。
長嶋 それはさっきのグッズを作るのと似ていて、姑息というか、サービス精神です。『夕子ちゃんの近道』に関しては、各話ごとにオチをつけるみたいなことを律儀にやろうと思いました。
(群像2007年7月号、大江賞受賞記念対談より、以下も同じ)
第一話 瑞枝さんはバイクの免許をとる。「もう四十だよ」と言っていたのに、実は三十五。
第二話 夕子ちゃんに近道を教えてもらったが、朝子さんと逆に戻ろうとして失敗。
第三話 瑞枝さんも風呂の湯船を放置していて、大家さんに叱られる
第四話 「急に言われても」の僕の声(ボイスレコーダー、瑞枝さんの引っ越し)
第五話 夕子ちゃんの告白で、大家さんが気絶する
第六話 フラココ屋の二階を譲り、出ていく。夕子ちゃんの教えてくれた第二の近道で「海猫の鳴き声」の正体を発見。
⑵古道具フラココ屋
※フラココとはぶらんこのこと。連載当時「無地屋」だったが、作者は気に入らなかったらしく、単行本で「フラココ屋」に直した。
①《ここはつまり、若くて貧乏なものの止まり木なんだね》p33
②《古物を扱っていると、……これまで築いてきた価値観が狂わされることがよくある。》p50
③《古道具屋にいるということは、そんなふうに物の価値が転倒している様を間近でみつづけるということで、だんだん生き方もそうなのではないか、と考えるようになった。》p51
④《このごろは考えたことのなかったことを考えさせられることが多い。》……夕子ちゃんの言うガラスクリーナーの違い、シュッとシューと。P125
⑤《こういう空気、なにかに似ている。/……部室だと気付く。学校の部活動の、活動をはじめる前のだべっている空気。》p162
⑶登場人物(おかしな人々)、その開示のされ方
短編のタイトルに出てくる、六人が主要な登場人物。それぞれに独特な個性があり、魅力的。その人間関係・距離感が不思議な感覚を生み出している。
・瑞枝さん…常連、「売れませんように」、あげたい病、原付の試験、事故
・夕子ちゃん…フラココ屋の階段から手すりをまたぎ自分の家のベランダへ、自分の近道、定時制、コミケ・コスプレ、先生と付き合っている、妊娠を打ち明けてくる
・朝子さん…美大生、卒業制作で箱作り、床塗りを
・店長…やる気なさそう、パソコンを金色に塗る
・フランソワーズ…店長の前カノ、相撲好き、怒り方にもメリハリがある、
ほかに《向かいのバイクショップの店員、大家さん(朝子・夕子姉妹の祖父、フラココ屋の大家)、先生(夕子ちゃんがつきあっている定時制の先生、沢田くん)、店長のお母さん、ゼミの学生》などが出てくる。
主人公・語り手である「僕」の過去、フラココ屋に住むようになった経緯などは語られない。話題にされながら、名前も明らかにされない。(君ってさ、こういう名前なんだ。P234)。これはバイクショップの青年にも当てはまる。
人物の情報・人物像が揺らぎながら、少しずつ明らかになっていく。最初の予想・思いが訂正されていく。例えば瑞枝さんの年齢。これは現実世界での対人理解と同じである。僕が勝手にいろいろ思うこともあれば、ほかの人たちの僕に対する「勝手な思い」に僕が驚くこともある。(*p220~232 本当は大富豪の息子でね)読者にとっても、登場人物の正体、関係は宙づりにされたままでゆるやかに修正される。
⑷「人間関係(心遣い)」の小説
①「今日び大家と店子という関係は貴重だよ」p90
僕はごみのことで、瑞枝さんは風呂のことでがみがみと叱られる。
②《コスプレの話は僕にだけ打ち明けられた秘密だ。秘密なのだが、店長も朝子さんも、常連客に過ぎない瑞枝さんまで知っている。…(略)…その不自然さよりも、店に居合わせた店長も瑞枝さんもうつむいて無言になったのがよほど不自然だった(店長も僕も「重そうだから持とうか」という儀礼すら忘れていた)のだが、とにかく全員、夕子ちゃんのコミケのことを少しでも知っていてはいけないという暗黙のルールを忠実に守った。》P93
③《あのとき気絶の原因を大家さんはもちろんいわなかったし、我々も深くは聞かなかった。/「あの子、最近おかしくなかったかい」/「おかしくですか」どこまで知っていることにすればいいのだろう。》P210
④フランソワーズから店長への私信メールを見てしまう。P216
⑤《瑞枝さんは気付けば引っ越しを終えていた。夕子ちゃんもいきなり妊娠を告げた。朝子さんも、店長もフランソワーズも、めいめいが勝手に、めいめいの勝手を生きている。》P239
⑸文体の特徴①/会話の不思議さ
A 会話文の記述・表記法が、普通の小説とは違う。何故「 」をこのように使用するのか?
B 会話の飛躍、予想のずれ、などが独特のユーモアや不思議な感覚を生む。
①瑞枝さんは、お風呂のかきまぜ棒をいらないかと訊ねてくる。「うち風呂ないですよ」……「銭湯にもってかない?」p49⇒小脇にちゃぶ台を抱えて電車に乗るのは滑稽だろう。かきまぜ棒を抱えて銭湯にいくよりはマシか。P54
②壊れたラジオを直すのが好きだという客に、《瑞枝さんが「今すぐ壊しますから」と声をかけた》p51
③二階の油絵をこれから鑑定してもらうと僕は聞いて驚く。《何千万の絵と一緒に寝泊まりしていたってことでしょう、僕は。「五枚あるから、全部で二、三億ってことだね」……「本物じゃないと思うよ」励ますように慰めるような声でいわれる。》P97
④…店長は「いいなあ」とつぶやいた。/「たしかにフランスで絵に囲まれて暮らすっていうのは……」/「そうじゃなくて、カーナビってのは、ずるいよ」p107
⑤瑞枝さんから《「君さあ、私の家に住まない?」》と言われて《正直、瑞枝さんは素敵な女性ですよ。だけど、僕もほら。定職もないですし、と心の中で真面目な断りの言葉をあれこれ選んでいると/「お風呂のリフォームしたばかりなのに引っ越すのもったいないからさ」とつづけるので、あれと思った。》p150
⑥フランソワーズが怒るので、中古の電動ハブラシは僕の手元に。P178
⑹ 文体の特徴②/準拠枠としてのサブカルチャー
・朝子さんがモップを動かす姿を見て、カンフー映画のオーブニングを連想する。P44
・《横顔がいつも以上にりりしく、重大な使命を帯びたくのいちとか隠密とか、そんな表情に見えた。》P78
・《そのポンプ、ドクター中松が発明したんでしょう》P92
・フラココ屋の二階にあるアンドリュー・グリフィンの油絵p96
・フランソワーズがレストランのワインに顔をしかめたとき、僕は「刑事コロンボ」を思い出す。P104
・バイク事故でケガをした瑞枝さんを見舞いに行くと、弱っている人は、人前に出ない方がいいんだ」と言いながら、映画「ガメラ」を引き合いに出す。P110
・《金田一耕助に真相を教わって合点がいった刑事さんのような声でいうと》p114
・店長が「寿限無」の名前を暗唱する。P119
・ガラスクリーナーから、昔の歯磨きのCMを思い出す。P126
・瑞枝さんは嫌いな人がテレビに出てくると、この人いやと言う。長渕剛は別。P129
・コンシーラから見立てが始まる。コンシーラ/宇宙人の美女、アイシャドー/悪の軍団、……p148
・朝子さんのハガキで、ヴェンダースが言及される。P160
・フランソワーズは「フラココ屋」というネーミングが、ニューミュージックぽくて恥ずかしいという。P173
・カルピスの段ボールのイラストp196
・貴乃花の悪口(ワイドショーのような話題)p203
・曙の暗い表情、ドナドナが浮かぶ。P209
・朝子さんと瑞枝さんがハグするのを見て、インスタントコーヒーのCMや化粧品かエステのCMを思い出す。P220
・黒塗りの高級車でアンプを買いに来た客が帰ったあとで、夕子ちゃんが、「あの車でいっちゃうのかと思った」という。漫画の読みすぎだよ。P221
・フランスでフランソワーズの家に行き、トリフォーの映画みたいだと思う。P247
・《ラブロマンスのつもりで借りてきたビデオがコメディであったような》p253
・パリのホテルで「ロッキー4」を見る。P255
大江 あなたは、文学的にどういうふうに栄養を満たして、蓄えてきたんですか。
……略……
長嶋 小説を書くための「栄養」は本にもあるし、本ではないものにもあるだろう。/僕の場合、はじめは多分、漫画でした。
⑺文体の特徴③/比喩
①《電気アンカには回転式のスイッチがついていた。親指で回していくと「切」「弱」「中」「強」の古めかしい書体の文字が順に現れて、歴史あるものに触れているような神妙な気持ちになった。》P21⇒《……そのうちに自分にサーモスタットがついたような気がしてくる。》p22
②《母親と一緒にいるところをみると、普段は年齢不詳気味なのがちょうど四十歳でピントがあうようにも感じる。》p62
③《たしかに大家さんの「困ります」は、何十年それを言い続けてきたかのような揺るぎなさというか、生き物の鳴き声めいた気配があるにはあった。》p90
④ドイツから朝子さんが帰って来たとき、《久しぶりにラジオをつけて、チューニングがあって音声が流れてもまだそれが目的のチャンネルかどうか分らずに耳をすますことがある。心の奥から朝子さんがゆっくり出てきて、目前の像と輪郭が重なるまでそんな気持ちになった。》p220
⑤朝子さんに、瑞枝さんも僕も感嘆する。《夕子ちゃんのために戻ってきたんだ。/「おじいちゃんを説得したら、帰る」感動を畳みかけるように意志の強い口調でいわれ、直に接している瑞枝さんなんか、その眩しさによろけそうになっているのではないかと暗幕を少しめくってみる。》p222
⑥夕子ちゃんが婚姻届を見せる。《「おぉ、結婚!」店長が大声をあげた。/「まぶしいよね、私ら精気をすいとられそうだよね」瑞枝さんもいった。……昨夜の説得はうまくいったのだ。ある日リムジンやキャデラックが迎えにくることなんてあるわけないが、しかるべきときに、援軍の女神が降臨することはある。》p233
⑻ここを集中的に読んでみる
①p108~p114 バイク事故の瑞枝さんを見舞った場面
お見舞いに行って励ましたら、瑞枝さんは《「私さあ、子供が欲しいんだよ」といった。えっといったあとで、あーはいと言い直す。さっき店長にきいたばかりだ。瑞枝さんも店長と同じように話を飛躍させた。……「そう思ってバイク乗ってたら、こけちゃったから、子供はあきらめろってことかな」そんなことないですよ(そんなことないっす)。……「じゃあ君、私の子供つくってくれる」えっといった後で、あーはいと言ってしまう。P109》
・君はつくづく背景みたいに透明な人だね。P110
P111 褒め言葉ではないと思った。
P112 褒め言葉かもしれないと思ってみる。(夕子ちゃんから、「あーなんか分かる分かる」と言われて)
②p181~p189 夕子ちゃんが妊娠したことを告げにくる場面
夕子ちゃんから妊娠を告げられた場面の僕の心の動きの細かなリアリティ
・《嗚咽の声が響くと大家さんが出てきそうで、やましいことはないのにどきどきする。》
・コーヒー、ジョア、お客さん用の高いお茶、
・夕子ちゃんの顔が朝子さんに似ていることに気付く。《加害者のような、被害者のような。こんな顔》
・涙が出るのは先生にいいにくいのか、独身か、仲は陰険か、職業的には問題視されるだろう、《ああ、やっちゃったなあ、先生。他人事の感想が浮かんで》
・《どうしたらいいか考えが出てこない。お茶がうまいなんて感じている自分は冷たいのかと思う。》
・先生の様子(分った/すまない)をいろいろ思い浮かべる。
《「いうとき」いうとき?「おじいちゃんに妊娠したっていうとき、一緒にいてくれる」といわれ、いいけどといいかけてまたなにかおかしなことをいっていると思った。》P188
③p136~p141 大学へ朝子さんの展示を見に行った場面(箱作りの意味と学食)
朝子さん…「何かに見えてしまうってことは、この展示は失敗なんだ。」
瑞枝さん…「君や店長がずっと毎日みつづけていたでしょう。店の裏で彼女が作るところを」そのことが作品だったんじゃないかな。
「作品のみせかたとしては、だから失敗だったのかもしれないけどね」
僕…………「つまり、箱を作り続ける様子、それ自体が作品なのだから、僕と店長だけが正しい鑑賞をした」そういうことですか。だとしたら、ビデオカメラで撮影でもすればよかったのかもしれない。
瑞枝さん…「そうじゃなくて、作業の連続を見続けた君と店長が、朝子さんの作品なんじゃないかな」
《大学生活は、なんのことはない、そんな動作の集合だった。/大学生活に戻りたいと思ったことはなかったのに、学食で体が喜んでいる。そして急に、さっきの瑞枝さんの言葉と朝子さんの箱の「意味」まで分かったような気になり、カタルシスが心を駆けめぐった。……「大学は嫌だけど、学食いいですね」もう一度学食をやりたいな、僕は。》p139
⑼僕と瑞枝さん(居候の五代目と一代目)
☆《モラトリアムの不安と気楽さとが、がらんとした銭湯で服を脱ぐ瞬間に最も強くこみあげる。》p226
・「わたしもう四十だよ」P28 ・「いいなあ、挫折できて」p32
・《だが僕は若者というほど若くもないし、実は貧乏でもない。貯金はまだ十分ある。働くのが嫌になってしまっただけだ。働くのだけではない。たとえば広くて暮らしやすい新居を探すことや、部屋を暖めるものを買いにいくことすら。……(やり過ごそうとしているのは底冷えだけなのか)》p35
・《これは同志を失う寂しさだと気付いた。……僕の思考停止の友のつもりだったのだが、瑞枝さんは動く気になったらしい。》P151
パリの通りを二人で歩きながらの会話
・《「君っていじけて生きているわけじゃないんだよねえ」》p257
・《「私も、すごく若いときにさあ、友だちにね、似たことした」》p258
・夕子ちゃんのお腹に耳をあてた話をしている瑞枝さんに対して、《前に一度、瑞枝さんのことをむやみに抱きしめてあげたいと思ったことを思い出した。》p261
⑽僕の夕子ちゃん、朝子さんへの視線
(若い人への応援者、フェミニストとしての長嶋有)
A 夕子ちゃんのコスプレ、朝子さんの箱作りに対して
《そんなことしてどうするのって問いかけてくる世界から、はみ出したいんだよ》p70
《寂しくなきゃやらないよあんなことって、言い切っていたなあ。自分が朝子さんたち若者ではなくて、年寄りの大家さんに、同じとはいわないが近い気持ちを抱いていることに、不意に気付いてしまう。/寂しいのかもしれない。だけど大家さんがいうように「可哀想」なわけではない。親が性悪じゃなくても、飛び回っていなくても、寂しい人は最初からずっと寂しい。》p135
B 夕子ちゃんの妊娠に関わって
《いつも夕子ちゃんが他人の家の塀をまたいで近道するみたいに、さっと塗ればいいんだよ。突然、昼間の答えが分かってしまった。/もしかして、夕子ちゃんはこの世のいろんなことがもどかしいなあと思っているかもしれないけど、本当は最初から出来ているんだよ。君は、この僕が畏れ敬う数少ない人なんだから、どんなときも泣いたりしないでよ。/妊娠のことがどこかにいってしまって、そんな言葉をいおうと思った。》p186
《朝子さんはぐらつく踏み台をためらわずに駆けるように降りた。スカートがひらっと揺れる。ピンチのときに異国から馳せ参じたからではなく、その動作で夕子ちゃんの姉なんだと思う。/とにかくやにさがるような眩しいような年をとったような気持ちがいっぺんに訪れて、ぞうきんがけが馬鹿らしくなる。》P224
⑾膨らませた風船の口を結ぶものとしての第七話「パリの全員」
大江 ……「僕の顔」という章で、小説のあらゆる人物に対する私らの知りたい気持ちが満たされて、ある感動もあって、連作小説が円環を閉じる。その後に、オペラのアンコールのように、みんなが顔を出す「パリの全員」という章があって、……。
長嶋 最終章ですね。
大江 その書き方に好感を持ちました。
長嶋 なぜ第七話の「パリの全員」が要るかというのもそんなに厳密な理由はありませんが、ある倫理のようなものがあって、単純にいうと、ちょっと格好よく終わり過ぎたようにまず思ったんです。……風船は、膨らませれば風船だけど、最後に口をキュッとゆわえないと風船にならないでしょう。……第六話までは息を吹き込む作業で、最後に空気が漏れないようにする、何か感覚としてはそういう気分です。……筋肉の使い方は頬から空気を送り込むのではない、別の筋肉の使い方で第七話がある、そういう実感があるんです。
(群像2007年7月号、大江賞受賞記念対談)
A 僕がフラココ屋の生活を振り返って総括する
①「皆、仲良しだなあと急に思う。日本にいるときからもちろん仲がよいのだが、わざわざ、という言葉が浮かぶ。パリにきてまで仲良くしてる。」p250
②「ずっと、フラココ屋の二階の、暗い狭い部屋で一人きりだった。すぐそばに皆がいて楽しかった気がするけど、ほとんどの時間、一人きりだった。別に一人でよかった。……なんだったんだろう。あの半年間は。」p254
③「皆、目的はばらばらだ。いつもなにかが我々をゆるく束ねている。日本では店が、フランスでは、不在のフランソワーズが提供してくれた家が。P260
④「そのとき不意に、自分が旅をしていると思った。昨日から旅をしていたのだが、そうではなくて、もっと前、フラココ屋の二階に転がり込んだときから、旅というものがずっとずっと途切れずに続いているように思って、一瞬立ち止まった。」p268
B 物語の片をつける
①夕子ちゃんの旦那さんはもう先生ではない(定時制高校を辞めた)。
②店長とフランソワーズには清算されえぬ過去があったわけではなかった
③ストーブは新居にもらわれていって、結局夕子ちゃんたちはあの二階に住まなかった。
④早朝のパリの街で瑞枝さんと出会う。六話のラスト、出ていく所を瑞枝さんに見つかったという後日談。瑞枝さんと話す。若いときに同じことをした。
⑤瑞枝さんと店長の対照性。二人ともホテルに風呂があるか、訊いてくる。日本の時と同じ顔の瑞枝さん、違う顔の店長(仕事熱心、電車マニア)。
C ラストで《既視的印象》を語る
《知ってる、と思った。》p171…ミキオを待っているフランソワーズ
《あっと気付いた》《最初からあった答えに気付いた》p237…自分がここを出ていけば
《僕は初めて知ったのに、そのことを前から分かっていた気がした。》p241、6章ラスト
《見下ろすのは、二度目なのに、もう見慣れているのが、なんだか不思議だった。》p269、7章ラスト
「モラリスト」、あるいは「ムールの小説の作家」
大江 長嶋さんは、実に小さな物、ことをよく観察して、自分の定義をする。自分に説明をつける。これはこういうものだという小さな発見を書き込む。「モラリスト」という言葉がありますでしょう。フランス語のモラリストという言葉は、日本語での使われ方、つまり道徳家というのより別の、もうひとつの意味を持ちます。人性批評家というか、ラ・ブリュイエールとか、ラ・ロショフーコーとか、人間の本性について小さな観察を語ったり書いたりする人です。
同じように日常生活の細部に現れる人間性を書く小説は、風俗、ムールの小説とフランスではいうけれど、日本の一時よくいわれた風俗小説とは違う。私は、あなたが、人間のムールの小説の作家だと思います。それが新しいと考えています。
長嶋有『夕子ちゃんの近道』分析メモ・会話の表記法について
語りの世界では、地の文と会話文は一続きである(谷崎潤一郎「春琴抄」など参照)。
一方、小説の世界では会話文の表記は普通「 」で示される。ところが、この小説では不思議な表記法が用いられてされていて、読者は少し戸惑うことになる。
タイプA(一人の発言だけ「 」、もう一人は「 」略)⇒《一人を略》
・P19 ※店長と僕の会話
「二階、寒くない?」あー、大丈夫です。
タイプB(一人の発言の前半だけ「 」、後半は「 」略)⇒《後半を略》
・p24 ※店長と僕の会話
「大丈夫です」
「いやいや、すぐにまた一個だすから」じゃあお店のほうよろしく。
この二つのタイプが『夕子ちゃんの近道』の会話表記法の基本である。
もう少し複雑な場面を分析する。
サンプル⑴ P49 ※瑞枝さんと僕の会話、かきまぜ棒をめぐって
「それより、お風呂のかきまぜ棒いらない」風呂道具といわずにはじめからそういえばいいのに。
「うち、風呂ないですよ」銭湯ですよ、知ってるでしょう。
「あるでしょう、風呂」瑞枝さんはうんと若い頃にフラココ屋の二階に住んでいたのだ。
「あるけど、物置になっているんですよ」もうずっと使われてないみたいです。
「銭湯にもってかない」やっぱりあげたい病だ。
「馬鹿言わないでくださいよ」銭湯にマイかきまぜ棒持っていったら馬鹿みたいじゃないですか。いいながら、先端にプロペラのような羽根をつけた長いプラスチックの棒を脇にはさんで歩く瑞枝さんを一瞬想像する。
そうね。瑞枝さんは会話のくだらなさにはそぐわない乾いた返事をすると、スクーターを押して横断歩道を渡った。
心の中の言葉、タイプA(一人を略)、タイプB(後半を略)、地の文(説明)
こうした場面では、読者は一瞬この言葉が、心の中の言葉なのか、「 」の省略か、地の文なのかの判断に迷う。迷うがすぐに自分で判断できる。読むことに軽い負荷がかかることになる。スキー場でそこが「こぶ」かどうかの判断・負荷のようなもので、初心者は最初緊張するが、慣れてくると、それが快感・体感になってくる。
さらにもう一つ検討してみる。
サンプル⑵p140 僕と瑞枝さんと店長の会話、大学からの帰り
「大学って不思議だな」車が門を出たところで振り向いて僕はいった。とても入ったり出たりしやすくて、実際に自分のように出入りするのに、あるときから突然、入ったり出たりしなくなる。
はぁ? といわれるかと思ったら、いいたいこと分る、と後部座席の瑞枝さんはいった。
「私もさあ、なんかやるよ」なんかって、店長が尋ねる。わかんない。
「若者に触発されたんだ」そうかも。分かりやすいでしょ、昔から、私。瑞枝さんはまだ眼鏡をしたままで、車窓から外をみていた。
ここで「若者に触発されたんだ」という発言が誰のものか、一瞬宙に浮く。しかし次の《昔から、私》が、店長への応答だとわかるので、「若者に触発されたんだ」が店長の言葉だったとわかる。
水泳で水面に顔を出して泳いでいるか、水中に潜っているか、のような感覚だろうか。
水面の上に出た部分は
「大学って不思議だな」
「私もさあ、なんかやるよ」
「若者に触発されたんだ」
の三つで、これがここの会話の柱、骨、突出部分になっている。
細かなやりとり(応答)や理由説明、自己解説などは、《水面下》に沈んでいる。
サンプルAにしてもサンプルBにしても、読者にとってこれは、理解の軽い遅延となる。
この小説自体が理解の遅延、不確定性をそのトーンとしている。(例えば、登場人物の名前、年齢、関係など)そして、最もそれを言葉で言っているのはp52の箱作りを見た場面だ。
《目から飛び込む情報と、大脳が理解するまでの時間に著しい差が生じている感じ》
しかし、それは実はこの感慨と同じなのだ。
《僕は初めて知ったのに、そのことを前から分かっていた気がした。》p241、6章ラスト
《見下ろすのは、二度目なのに、もう見慣れているのが、なんだか不思議だった。》p269、7章ラスト
2014年度前期「小説を読む」藤本英二
第一回 山田詠美『A2Z』(2000)
Ⅰ 山田詠美について
略歴
1959年、東京に生まれる。父の転勤で、東京、札幌、金沢、静岡などに暮らし、高校時代以降は宇都宮で過ごす。
1977年 明治大学文学部に入学、漫画研究会に所属、学生漫画家として本名(山田双葉)でデビュー。四年の時に一年間休学。
1981年 大学退学。赤坂、六本木、銀座でホステス、モデルとして働く。
1985年「ベッドタイムアイズ」で小説家としてデビュー(26歳)。
1990年、黒人クレイグ・ダグラスと結婚(米軍横田基地勤務の87年に知り合う)
2006年 離婚
2011年、可能涼介(評論家・劇作家)と再婚。
※文學界新人賞選考委員(1991年~2003年)、芥川賞選考委員(2003年~)、文藝賞選考委員(2012年~)などを務める。
主な作品(発表年)・受賞歴( : は発表の翌年受賞したことを示す)
小説
1985年(昭和60年) 『ベッドタイムアイズ』(文藝賞) *映画化
1987年(昭和62年) 『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』(直木賞)
『蝶々の纏足』
1988年(昭和63年) 『ひざまずいて足をお舐め』
『風葬の教室』(:平林たい子文学賞)
1989年(平成元年) 『放課後の音符』
1991年(平成3年) 『晩年の子供』
『トラッシュ』(女流文学賞)
1993年(平成5年) 『ぼくは勉強ができない』 *映画化
1996年(平成8年) 『アニマル・ロジック』(泉鏡花文学賞)
2000年(平成12年) 『A2Z』(:読売文学賞) 41歳
2005年(平成17年) 『風味絶佳』(谷崎潤一郎賞) *映画化
2009年(平成21年) 『学問』
2011年(平成23年) 『ジェントルマン』(:野間文芸賞)
2013年(平成25年) 『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』
*山田詠美の小説には、二つの作品系列がある。
A 大人の性愛を描いた……『ベッドタイムアイズ』『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』『アニマル・ロジック』
B 子どもの世界や思春期の若者を描いた……『蝶々の纏足』『風葬の教室』『放課後の音符』『晩年の子供』『ぼくは勉強ができない』
*B系列の「ひよこの眼」「海の方の子」は教科書にとられたが、「僕は勉強ができない」「晩年の子供」は、検定で問題になり差し替えられた。
エッセイ
『熱血ポンちゃんがいく』は、1990年(平成2年)から現在まで続いている人気シリーズで現在13冊を数える。
対談集
『内面のノンフィクション』、(1992)『文学問答』(2007、河野多恵子と)、『顰蹙文学カフェ』(2008、高橋源一郎と)などがある。
Ⅱ 『A2Z(エイ・トゥ・ズィ)』(2000年)について
⑴タイトルについて。
「a to z」という英語の慣用表現(全てという意味)をもじっている。(山田詠美の小説『4U』が「for you(あなたに)」のもじりであるのと同じ)
⑵キーワードについて
この小説は、短いプロローグ、aからzまでの二十六の章、エピローグからなり、章には、それぞれにキーになる単語が示されている。aならaccident、bならbreathe、という具合で、これがこの小説の遊び部分、お洒落な仕掛けとなっている。
accident(交通事故)、breathe(息を吸う)、confusion(混乱)、destination(目的地)、encounter(遭遇)、factory(作業場)、guarantee(保証)、hostage(人質)、intersection(交差点)、jack-in-the-box(びっくり箱)、knowledge(知識)、lyricism(叙情)、marionette(あやつり人形)、notorious(悪名)、occasional(特別な機会の)、possession(所有物)、questionnaire(質問事項)、reckless(むこうみずな)、solitude(孤独)、treasure(宝)、untitled(題名のない)、visionary(夢想家)、wrinkle(皺)、x-ray(レントゲン写真)、yearn(懐かしく思う)、zip(閉じる音)
⑶登場人物、設定について
森下夏美……旧姓・澤野、三十五歳、出版社勤務。
森下一浩……夏美の夫、出版社勤務、
本宮冬子……一浩の愛人、学生
坂上成生……夏美の恋人、郵便局勤務
永山翔平……新人作家
時田仁子……会社の先輩、大学生の息子は秀美(『ぼくは勉強ができない』の主人公)
今日子……高校からの友人、恋の相談相手、大学の先生、独身
小池……仲の良い営業。ゲイ。
藤井……局長
山内……同僚
☆夫婦がそれぞれに恋人を持つという設定。従って次のような二つの三角になる。
冬子
夏美 一浩
成生
※言うまでもなく《夏美/冬子》は対になっている。そして「エキノックス」(春分、秋分)が成生との間で何度か話題になっている。
☆夫婦がライバル出版社に勤めており、作家を巡って、編集者としての綱引きが、別種の三角関係を生じさせる。
城山千賀夫
夏美 一浩
永山翔平
※恋愛の時とは違う欲望が身体の内から湧いてくる。
※出版業界の内幕も垣間見せる。
☆夏美は、自分の恋を、先輩仁子や友人今日子には話す。それは相談や悩み事というのとは違い、自慢も含めての報告であり、話すことでの確認である。
一浩は冬子のことを話すのに、夏美は成生のことを隠す。
⑷ストーリーについて
「結婚している者が恋におちる」というストーリーが、夫の側×妻の側で二重に展開していくが、いわゆる「私小説的な」話ではなく、一種のお伽話である。この作品の横に瀬戸内晴美の『夏の終わり』などを置いてみれば、類似性(「世間的・通俗的なモラル」はない)とその違いが際立つ。
この小説はいわば「質料」がなくて、「形相」だけで構成されている。
恋愛に関する基本的な素材(クリスマス、大晦日、ブレゼント、花火、食事など、あるいは一目ぼれ、恋人の存在を知った時の反応、偶然の遭遇、第三者からの情報、妻と愛人の直接対決、さらに恋の終わりなど)を、取り集めて組み立てていて、ストーリー展開はむしろ平凡・定番的である。もちろん、作者は自覚的である。
《夕暮れ。路上。キス。ハーレクインロマンスも呆れるほどの陳腐。かまうもんか。恋が陳腐なのは、砂糖が甘いってのと同じ。永遠の真理なのだから。》p115
⑸人工性(小説の手練れの職人的な作り込み)について
この小説は意図的に、人工的であり、それはほとんど「音楽」に近くなる。いつもメロディは対の形で現れ、変奏される。
A 夫に若い恋人ができ、妻にも若い恋人ができ、というのがそもそも対称的であるが、次のような点も際立って対称的。
・「配偶者の恋人の影を感じる」…l(今日子の目撃情報)とm(一浩が成生の電話をとる)
・一浩は夏美に「途方にくれた顔を」見せ、夏美は成生の前で泣く。みっともない。《演技する必要のない密室の中で、大人たちは、いつだって子供に戻る》
・「特別な機会」は続かないとの思い……これは恋の終りの予感。一浩もここで「離婚しない。したくない」と言う。Oの章。
・「夏美がもう一人の存在を語る」…v(成生に一浩との結婚生活を)とw(一浩に成生のことを)
・「ことば・世界」の違いが、恋を募らせ、その共有されなさが恋を終わらせる。
B 照応
・冒頭P7とラストp240の照応。
・p21とp243の一浩の眼鏡の照応
C 各章はおおむね、二つの時間で構成される。小説の現在と回想の近い過去、これがしばしば夫一浩、恋人成生、を想う(比較する)という形で進行する。
・i⇒j(p99からp102へ、永山のことば)、m⇒n(p132からp136へ、永山のことば)、w⇒x(p215からp218、一浩の平手うち)、などでは前章の詳しい内容を後章で回想の形で出してくる。(わかりやすい畳み込み方、転換の仕方)
・真ん中のあたり、mの章では三人の男(一浩、成生、翔平)との関係を一気に並べて見せる。展望。
⑹この小説の「宣言」あるいは自己言及について(どのような小説であるか)
《結婚している者が、うっかり恋に落ちようものなら、浮気か、ビッグ・ミステイクか、貫き通す情念か、その三種類。しかも、明らかに、私たちと違う言葉で喋ってる。……私たちは言葉の使い分けを身に付けて来た。……お馬鹿さんな言葉とお利口さんな言葉、そして世間様相手の言葉を組み合わせて喋るのが好き。そんな私たちのための恋愛小説、誰か書かないかな。私が担当してみせる。》p51
……山田詠美自身の自己解説、あるいは文学的な宣言。
《「ぼくは恋愛小説なんかに興味ありません。肉体を観念が手助けしているようなのか、その反対に、肉体から生まれるものだけがリアルだと露骨に描写しているようなものばっかりじゃないですか」/「じゃあ、どちらでもないものに挑戦してみるってのは?わざとそういうのを抜いてみるのもおもしろいじゃない。空っぽの部屋に痕跡が残っているような」》p189(永山と夏美の会話)
《……大人だって、時には深刻な恋もする。けれど、さまざまな事情をユーモアでぼかしたり、嫉妬を戯画として描写してみたり、自己嫌悪をすっぽかしたりするものだ。》p170
☆この小説では、セックス描写はほとんどない。肉体の快楽ではなく心の快楽に焦点があてられている。
⑺恋に関する考察が、エッセイの趣きを持つ。
恋愛に関する箴言・アフォリズム・警句が鏤められる。
また先輩時田さん、友人今日子との恋愛話(ガールズトーク)的側面も見せる。
・不便は恋の媚薬、p10
・彼のしていることに浮気という言葉をあてはめたがっている。あ、今、唐突に解った。男の浮気ってのは、男のためだけの言い訳用語ではない。実はされた女にも必要だったんじゃないか。ことを軽く見せるための方便だったのだ。P14
・夫婦の間には、ふったふられたがないから困ってしまう。P20
・仕返しに別の男使うなんて、身体の無駄、心の無駄だよね。p23
・相手が他の人に心を移したために傷付くのは、恋人同士でも同じことだ。違うのは、傷付けられたと感じながらも、一方で、そういうこともあるよな、と思ってしまうことだ。P23
・夏ちゃん、寂しさは恋を容易にするよ。そこにつけ込まれてないだろうね。P23
・寂しいなんて、いかにも、か細い感情だけど、その瞬間は違ってた。ありったけの暖かさや笑いや情熱を吸い込むための空洞を作ってくれた。P24
・私は、男の子の部屋、という言葉を久し振りに思い出していた。それは生きて行くのを楽しくさせる大切な用語だった。初めて足を踏み入れる彼らの部屋は、いつだって少しばかり居心地が悪かった。私にとって、居心地が悪いというのは、性的なニュアンスを含んでいる。P27
・初めての人とするセックスって息つぎの連続だね。P29
・男と女が床に腰を降ろし、ベッドに寄りかかって見つめ合うということは。それは、心に身体を追いつかせる仕掛け。P30
・男の子の小さな部屋で、彼は夕食を作ってくれたけれども、私が作って自分勝手に賞味していたのは懐かしい味。恋の予感のセンティメントだ。P32
(以下略)
ここを集中的に読んでみる。P59~p60……ポエティックな恋の情景、エッセイ風な文体
⑻センスの小説
A 贅沢であることの賛美
……鏤められるお洒落なアイテム(香水、酒、料理、服飾品など)と、贅沢さ
プティ・ポワ・フランセ(料理)、クリュッグ(シャンペン)、オズワルド・ボーテング(ネクタイ)、コム・デ・ギャルソンのスーツ、チンザノのグラス、ディオールのディオリッシモ、シャネルの十九番、ブルガリのオー・パフメ、ランコムのトレゾァ。ヴーヴ・クリコ(シャンペン)、エストラゴン、ナツメグ、ベイリーフ。インディゴ・ブルー。ベトナム料理店。
その一方で、
《目的を持たない散歩が贅沢に思えた。何だ、私って、案外安上がりな女じゃないか。P109》
・コインランドリーでシャンペンを、
・手紙を郵便局へ(成生)
・ワイングラスを通った太陽の光でできる指輪
ここを集中的に読んでみる P155……床で食べるとピクニックみたい。
話す言葉を沢山持っているけれども~
☆仕事の上の贅沢……好きな作家を担当し、存分にその人にかまけること。そしてその元手のために、会社を有効利用すること。p188
B 俗物、世間、流行の価値観に対する批判
・「不倫は文化だ」という発言に対して
・「人生に必要なことはすべて砂場で学んだ」という言葉に対して
・世の中にはびこる若いおねだり女たちに対してだ。私たちが男に求めるものは、雑誌のカタログに載っているような解りやすい物じゃない。P49
・あてのない自分磨きなんてものは、女性向け雑誌で微笑んでいるいい女とやらにまかせておけば良い。P118
・カジュアルな恋愛p172
・好感をもたれる女p176
・自分捜しp162
・書き過ぎると才能が枯渇しますから、という勘違いp163
C 即物的であることと上品であること
…ことば自体は全くエロチックではないが、組み合わされば、情景を読者に想像させて、エロチックになる。
・p59 (髪を)掻き上げてあげるの、気持ちよいでしょうね
・P65 おれ、口から始まるものが全部好き、
D チャーミング(可愛げがある)な登場人物たち
例えば、夫の一浩……p242
☆主人公夏美は、「既婚者、35歳(恋愛経験あり)、仕事に打ち込む」という3つの点で魅力的。P49「私たちは仕事を持っていて、それを長く続けて来たために、自身に贈り物をすることが出来る。」
三十五歳の女主人公は、成生と恋をしながら、「懐かしい感覚」と認識する。P151
⑼欲望の小説
・性愛、恋の肯定……欲望の主体性
・仕事(文学)に対する欲望p136
・語りたいという欲望……小説のラスト参照
・自己愛(自己肯定)あるいは自分勝手な欲望p221
……女性であること、三十五歳であること、仕事を持っていること
私は、大人気なさを楽しみ尽くせる程に、大人なんだ。P106
⑽違った種類の言葉の層が幾重にも重ね合わせられた、ケーキのような小説
ポップな文体、軽さと自在さ、口語的な語り口調、短い言葉の快感、会話の応答のクールさ(粋)、句点の魅力、心の中のつぶやき(~と思ったの部分を略している)、リズミカルな列挙、短文の切れと生み出すリズム、現場中継的なつぶやき、ボケとツッコミ、はすっぱの口調、箴言・警句、心の中のことばと会話との境界侵犯(あるいは会話と地の文の侵犯)、思いを巡らす長文、語りに階層がある、自己省察・自己批評、
11 何故、夏美と一浩の夫婦は別れず、それぞれの恋は終りを迎えたのか
①p180「もしも、大人の恋とやらが存在するのなら、それは、相手が愛でるべき孤独をもっていることを知ることだ。」
②p197「でも、恋って、やがて消えるよ。問題は、恋心の到達できない領域にお互いに踏み込めるかどうかってことじゃない?」時田さんの言葉
③p211「自分が自分らしくいたいと思った時、ここしか帰る場所がなかった」
④p214「恋愛がいかに身勝手な自分を正当化しながら進行するものかを知らないようだったから」冬子のことを思っての夏美の言葉
ここを集中的に読んでみる⇒
⑤p243のラスト「恋の死について語り合うのは、大人になろうとしてなり切れないものたちの、世にもやるせない醍醐味だ。」
12 吉本隆明『詩人・評論家・作家のための言語論』(1999、メタローグ)より
A〈自己表出〉と〈指示表出〉
《人間の言葉にはふたつの側面があります。ぼくの使っている言葉をそのまま使わせてもらえば〈自己表出〉と〈指示表出〉の側面です。》p76
《指示表出と自己表出をふたつの軸とした言葉で、指示表出最大の極が名詞とすれば、指示表出最小は助詞、助動詞、副詞です。》p84
《指示表出と自己表出の交わるところで、言葉の表情がさまざまに変わってくるわけです。》p88
《文学作品で自己表出の出どころを厳密に区別している詩人は宮沢賢治です。独白の部分は山カッコや中カッコでくくり、その他はカッコをつけないで表現したりしています。カッコもたくさん区別していまして、カギカッコ、山カッコ、大カッコ、中カッコと あって、自己表出の出どころが違うと、すべて違う表現をとっていることが宮沢賢治の童話や詩を読むと、とてもよくわかります。》p105
《もし宮沢賢治がじぶんの作品を朗読したなら、カギカッコ、山カッコ、大カッコ、中カッコ等でくくった部分は、すべて違うアクセントや音程で朗読するのではないかとおもいます。》p108
B韻律・選択・転換・喩
《われわれの言語美学的な考え方からすると、まずはじめに〈韻律〉が根底にあり、それから場面をどう選んだかという〈選択〉があり、表現対象や時間が移る〈転換〉というのがあります。そしてメタファー(暗喩)やシミリ(直喩)などの〈喩〉があるわけです。この四つは言葉の表現に美的な価値を与える根本要素になるわけです。作品のよしあしを決定するのは、この四要素がいかに巧みにおこなわれているかだといえます。》p160
《…ぼくらは、文学作品は要するに韻律・選択・転換・喩の四つの使い方で決定されるとかんがえたわけです。主題でも何でもありません。》p161
13 諷喩について
諷喩の定義……隠喩の連続、構造化した隠喩。一連のことがらの系列を、別の一連のことがらの系列によってあらわすこと。《諷喩》とはけっきょく、ふたつのものがたりの平行にほかならない。
諷喩とは、ある「出来事の(ことによると混沌とした)状態」を、別の「出来事の(構造化された)序列」によって表現してみるこころみである。
*佐藤信夫『レトリック認識』の第六章「諷喩」参照。
《元は、と言えば、紙切れ一枚。けれどそれが人を安心させるのは、その一枚が、雑多な人間関係の湿布薬の役目を果たすからだ。それなのに、何故、安心は安らぎを通り越して行くのか、気がつくと湿布薬は乾いている。もう自分の体にも心にも何も染み込まない。それは本当にただの紙になる。》p79、80
参考①
《ぼくは加藤典洋が発した「何故、江藤は村上龍を貶し田中康夫を誉めたのか」という問いはむしろ「何故、江藤は村上龍を貶し、しかし山田詠美は認めたのか」という問いに書き改められるべきだ、とずっと思ってきた。》大塚英志『サブカルチャー文学論』p267
《……スプーン=銀の匙という「移行対象」によって支えられる内的な「illusion」とその喪失こそが『ベッドタイムアイズ』という小説の本質である……》同、p281
《『ベッドタイムアイズ』が山田詠美の小説の中で重要なのは「移行対象の見せてくれる魔法とその喪失」という彼女が繰り返し描くことになる主題を最も正確に描いているからだ。》同、p284
参考②
《上野 2009年に、山田詠美さんが『学問』を書いたでしょ。「私は欲望の愛弟子」と、なかなかいいキャッチも付いていて、マスターベーションに目覚める子ども時代から女主人公の一生を書いた、いい小説でした。それが日本の女性作家が女のマスターベーションを題材にした、初の小説だと言われましたが。……セックスから始まる愛もあるという物語を書いたのは山田詠美さん自身。それが、マスターベーションを正面から取り上げた初めての小説と聞いて、今さら感があった。フェミ業界ではそんなのとっくに言われてた。小説の方が遅いって。たしかに、フェミの世界でも、セックスよりマスターベーションのタブーの方が強いことは強いけど。》
『快楽上等!』(上野千鶴子・湯山玲子、2012、幻冬社)
参考③
《山田 私の相手は外人だったから、読めないし、いいやって(笑)。亡くなった森瑤子さんといつも二人で言っていたの、「よかったね、配偶者が外人で」って。
高橋 伊藤比呂美さんもそう言ってな。旦那、日本語読めないからラッキーって。
山田 女性作家の旦那は外人に限る。
瀬戸内 そうでなかったら、うちみたいに、相手も読んで喜んでいるとか。「ここ直せ」とか言って。
山田 前にあるラブストーリーを書いて、その中で若い男の子のおばあちゃんが死ぬシーンがあるんですけど、ちゃんとフィクションになっていると思っていたのね。そしたら、別れてずいぶんたっているのに、その男の子が電話してきて、「おれのばあちゃん死んでねえからよ」って言われた(笑)。やっぱわかるんだなと思って、日本人とつき合うもんじゃないって(笑)。》文庫p293~
『顰蹙文学カフェ』(高橋源一郎・山田詠美+ゲスト、2008、講談社)
参考④『内面のノンフィクション』より
《ストーリーは私の場合、そんなに重要じゃなくて、単にお話を進めていくための筋立てなんです。書きたいものというのは、その中で、もっと違うものがあるんですよね。》
野坂昭如との対談1987
《私『チューインガム』って作品を去年出したんだけれど、そこのあとがきで、やっぱりどんなことを言っても、小説というのは作家の心のノンフィクションであるべきだということを書いたわけね。私はいつもその視点でやってゆきたいと思うしね。》
佐伯一麦との対談1991
※山田詠美は、自分のルーツ、影響を受けた作家、好きな作家として、次のような作家をあげている。
……石坂洋次郎(陽のあたる坂道)、有島武郎(生まれ出づる悩み)、三島由紀夫(音楽、青の時代、獣の戯れなどの中編)、宮本輝(五千回の生死、春の夢)、フランソワーズ・サガン(悲しみよこんにちは)
2014年度前期「小説を読む」藤本英二
第二回 村上龍『料理小説集』(1988)
Ⅰ 村上龍について
略歴
1952年 長崎県佐世保市に生まれる。父は美術、母は数学の教師だった。
1967年 佐世保北高校入学。ラグビー部に入るが半年で退部。ロックバンドを結成、新聞部。3年の時、屋上をバリケード封鎖し、無期謹慎処分になる。(『69』)
高校卒業後、ロックバンド、8m映画製作、演劇などの活動を行う。
1971年 上京。現代思潮社の美術学校シルクスクリーン科、半年で除籍。10月から翌年2月まで、横田基地の近く福生市に暮らす。
1972年 武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン科入学
1976年 『限りなく透明に近いブルー』でデビュー。大学中退、作家活動に専念する。この年結婚。
主な作品(発表年)・受賞歴
『限りなく透明に近いブルー』(1976年) 群像新人文学賞、芥川龍之介賞
『コインロッカー・ベイビーズ』(1980年) 野間文芸新人賞
『69 sixty nine』(1987年) ……自伝的な小説、宮藤官九郎脚本・李相日監督で映画化
『愛と幻想のファシズム』(1987年)
『トパーズ』(1988年)
『五分後の世界』(1994年)
『村上龍映画小説集』(1995年) 平林たい子文学賞
『ラブ&ポップ トパーズⅡ』(1996年)
『ヒュウガ・ウィルス 五分後の世界Ⅱ』(1996年)
『イン ザ・ミソスープ』(1997年) 読売文学賞
『共生虫』(2000年) 谷崎潤一郎賞
『希望の国のエクソダス』(2000年)
『半島を出よ』(2005年) 毎日出版文化賞、野間文芸賞
『歌うクジラ』(2011年) 毎日芸術賞
村上龍(1952~)と村上春樹(1949~)
・1995年に吉本隆明は、現代日本の小説はこの二人を見ておけばよい、という趣旨の発言をした。
・デビュー作の違い/あとがきの違い
村上龍「限りなく透明に近いブルー」1976……題材のスキャンダル性
村上春樹「風の歌を聴け」1979 ……断章の集積という手法
・第3作目の達成
村上龍「コインロッカー・ベイビーズ」1980
村上春樹「羊をめぐる冒険」1982
・社会的な事件・災害・現象に対する関心
村上龍…酒鬼薔薇聖斗事件、援助交際
村上春樹…地下鉄サリン事件、阪神淡路大震災
・小説以外の世界への関心の違い
村上龍…「カンブリア宮殿」、「13歳のハローワーク」
村上春樹…マラソン、翻訳、「若い読者のための短編小説案内」
山田詠美(1959~)と比較すると
・デビュー作の《セックス、ドラッグ、米軍基地(外国人)》という題財の共通性。センセーショナルな取り上げられ方。山田詠美は「女村上龍」と言われたりした。
・江藤淳の評価…村上龍を認めず、山田詠美を誉めた。
・村上龍が、関心を社会風俗・政治・経済などの領域に拡大していったのに対して、山田詠美はもっぱら恋愛・性愛を中心に語る姿勢を変えることはなかった。
・山田詠美の『A2Z』も村上龍の『料理小説集』も、あるコンセプト(方法論)で作られた作品で、職人的・工芸的な面を強く持っている。
《映画監督としての活動》
限りなく透明に近いブルー(1979年)……三田村邦彦
だいじょうぶマイ・フレンド(1983年)……ピーター・フォンダ
ラッフルズホテル(1989年、監督:村上龍、原案:奥山和由、脚本:野沢尚)
トパーズ(1992年)
KYOKO(1996年)……高岡早紀
《テレビでの活動》
RYU‘S BAR 1987年10月~1991年3月
カンブリア宮殿 2006年4月~
Ⅱ 『料理小説集』(1988年)について
「料理」に関する、文学者のエッセイなら、壇一雄『壇流クッキング』、吉田健一『舌鼓ところどころ』、丸谷才一『食通知ったかぶり』、吉行淳之介『贋食物誌』、椎名誠『全日本食えばわかる図鑑』、開高健『最後の晩餐』などが思い浮かぶ。小説では何かあるか。
⑴32編の短編について
*『すばる』1986年1月号~1988年9月号に連載、1988年10月に集英社から単行本として出版された。
*32編の中で、高校国語教科書に採用されているものがある。どれなら教科書に採れるだろうか。
7 ホットドッグ…テニス見物、ルーマニアから来た老人
14 冬のオマール…鞄をセーヌ河に投げ込むことを頼まれる
15 パラグアイのオムレツ
24 トマトと鯉のスープ…ウィーンにて、ハンガリーの中年女性ガイド
8+20 神経症の老作曲家
*ニューヨーク、パリ、バルセロナ、コート・ダジュール、リオ・デ・ジャネイロ、トンブクトゥ、香港、パラグアイなど、世界各地を舞台としている。
*贅沢な料理が登場し、複雑な味の表現が試みられ、料理に関する箴言、警句が示される。
*女との奔放なSEXも繰り広げられ、倫理、モラルの縛りから解放された世界が描き出される。
*食べることはセックスと重ね合わせて語られる。(舌、口の中の粘膜/性器粘膜)
*小さな謎が提示され、それが解明される。
07 テニス見物に来た老人
11 独身でバージンだった美女の、禁欲と淫乱
14 セーヌ川に捨てた鞄
17 何故、女はインド放浪から帰国を決意したのか
21 何故、友人はイカスミのスパゲティを食べないのか
27 小頭症の女の顔は誰に似ているのか
29 十年前、どこでフェジョワーダを食べたか(記憶の欠けた部分の謎)
*奇矯な人物が登場する
03 小突起恐怖。気持ちの悪い夢を見るのは、最高だ
08、20 いつもヘッドホンをしている神経症の老作曲家。禁じられていることだけに、快楽は潜んでいる。
12 バランスを欠いた、ファッションに不似合な男
*罪、差別、贅沢、禁断の世界……03、04ジャンキーの少女、08、12乱交パーティ、16何かをあきらめたゲイ、19香港
*家族をめぐる話は、どうしても甘くセンチメンタルになる。……07テニス、14セーヌ川、15オムレツ、21イカスミ、31遊園地
*才能について物語……19 香港
☆《快楽と倫理は別のものだ》という主張が全体を貫いている。
・04 肌や脳とは無関係に、別の層として、舌や歯茎や粘膜があった。
・08 このダイニングの料理は、罪だな、許されないものだ、差別で成立している。
・19 差別の際の快楽
・24 おいしいスープはちょっと恐い
⑵subject5(アイスクリーム・フィジーのバニラ風味)について
この短編の特長は「二重音声を文字で表記する」というおもしろさと、それを不自然に感じさせない「語りの巧みさ」にある。
a「二重音声を文字で表記する」
女の子の声と母親の声を並べて書いてある。
・女の子の声は、普通の大きさの活字、漢字かなまじりの表記
・母親の声は、小さめの活字、ひらがな表記
こうした表記方法の理由・効果はどのようなものか?
例えば逆にした場合と比較してみるとどのような違いがあるだろうか。
b「語りの巧みさ」の分析
①四十度の熱のある私と、四十度の熱のある女の子、という設定
②アイスクリームを食べる場面の描写
「からだの内部と表面が別」のように感じられる、つまり身体感覚が分離して二重に感じられるということが書いてある。
↓
現実の音とテレパシーの声が二重に聞こえるという不思議な現象と重なり合っていく。「感覚的な伏線」になっている。
③女の子の微笑から「不思議な空気の波のようなもの」を感じたという描写。テレパシーの前兆である「空気の波」を丁寧に書いているので、あとの不思議な現象に対する抵抗が薄れる。
【比喩の巧みさの解析】
・アイスクリームが溶ける時のからだの中の温度差の波
・スクーバダイビングで経験した海底火山の火口からの暖かな波
比喩、特に直喩は「経験したことのないものや未知のもの」を「経験したことのあるものや既知のもの」で表現する方法。
つまり、この場合はテレパシーという「経験したことのないものや未知のもの」を表現するために、「アイスクリームが溶ける時のからだの中の温度差」や「スクーバダイビングで経験した海底火山の火口からの暖かな波(これは体験していなくても比較的容易に想像できる、海で泳いだことのある者なら、海の中の温度差を知っているだろう)」という「経験したことのあるものや既知のもの」で表している。
同時に、比喩はその比喩を使っている者がどういう人間であるかをも表現してしまう。語り手の男はスポーツ好きの金持ちだということを表わしている。(海底火山の火口付近でスクーバダイビングしたことのある男)
④テレパシー(少女の声)が聞こえ始める時の描写
《雑音がひどいラジオから注意深く音を拾うように》という表現も上手い
☆このように、②③④と、読者が実感しやすい比喩(直喩)を積み重ね、段階・レベルをあげながら、テレパシーの出現に持って行っているところが、実に巧み。
C 不思議な事は一度しか起こらない
D ラストの洒落た語り口
フィジーのバニラに秘密があったのかも、謎を残して余韻を。
参考・各編のアウトライン
1 ニューヨーク、マッサージパーラー(売春宿)で知り合いの歯科医と会う。秘密の場所をどうして知ったか。歯の裏側の神経を刺激して予知。スッポンで。《原初的な肉の味が、神経線維を刺激する。》ピュア・ペイスト(コカイン)
2 整形した元女優との再会。ローストビーフを食べて思い出した。《ひどく残酷なことをしているような気分》《口の裏側の粘膜を赤ん坊の薄い舌で舐めまわされている気になり》女の尻の柔らかさ。頬の入れたシリコンがずれる。《外側をローストされたプライムリブの中身のように、肉化しているのかも》
3 何を恐いと思うかは、人さまざま。ジェット機の機体、椰子の葉の影、……。ふぐ屋でコールガールのカタログを見ていた男は小突起恐怖。色のついた夢を見る。《カラーでね、気持ちの悪い夢を見るのは、最高だよ、誰も知らない世界を覗けるからさ、最高》白子を食うのは《許されないものを口に入れている気になる。罪そのものを食っている感じだ。そして罪を食うとオレ達は元気になる。》白子を四十個食って、すごい夢を見、それを境に突起物が嫌いになった。不吉な日、魚が空を飛ぶ夢、女の全身に白子のような突起物。
4 銀座のバーのママと、NYの思い出をセンチメンタルに語りあう。変態クラブでのライブショーを見たあと、アンネ・フランクのようなジャンキーの女を買う。一週間食べ続けた骨付き仔牛のカツ。《ザラザラした殻を食い破ると、熱く溶けたチーズとワインの香りの効いたマッシュルームがあり、血のにじむ肉がある。あのジャンキーの少女も同じだったのだ。肌や脳とは無関係に、別の層として、舌や歯茎や粘膜があった。》
5 アイスクリーム:フィジーのバニラ風味
6 マンハッタンのチャイナ・カフェ。ウェイトレスのアンは不動産投資以外に興味を持たない。ビールを出さない店、三人の白人は台湾料理が口にあわない。白人の東洋に対するスノビズム。ドイツ人は中国女のヴァギナについて語る。アンは堕胎したばかり。《堕胎して十一日目の中国女のヴァギナを想像した。それはきっと巨大な生まの浅蜊に似ているだろう》
7 ホットドッグ。《太陽とスポーツから離れている時に、幸福感の象徴としてその味がよみがえるのである。それも脳や舌や胃にではなく、全身によみがえる。》
8 《「飢えて食うアンパンと、この生ハムはまったく違うんだ。このダイニングの料理は、罪だな、許されないものだ、差別で成立している」》《禁じられていることだけに、快楽は潜んでいる》神経症の作曲家は音が恐怖の対象。しかし《この世で最高の味を楽しみながら静かに充ち足りて話す英語とフランス語とドイツ語が柔らかなかたまりとなって、聞こえてくるのだ》
9 スチュワーデスとの偶然の出会いはいつも生牡蠣。《情欲にまみれている》
10 ローマの友人の妻は多情。音楽家夫婦の話(死んだ女房はビートルズが好き)きのこのフンギは肉。命そのものを食っている気になるのは、スッポンとフンギだ、という友人。
11 独身でバージンの美女との出会いと再会。男経験は少ないのに多情。チャイナタウンで大量の魚介類を食べる。産婆だった母、出産する女は罰を受けている様、セックスをしちゃいけないと思った。
12 バリ、ファッションに不似合な男と食事。キャビアを注文する少女。《恥の兆候が顔全体に拡がった》乱交パーティのクラブ。腋毛を剃っていない女。
13 トップレスバーの韓国人の若いダンサー。映画の構想を話す。道路の模型、途切れている記憶・映像、ブラインドスポット。目が疲れているのならサムゲタンを食べればいいと勧められる。サムゲタン《崩壊がそのまま幸福となるような抽象物、ブラインドスポットのイメージは》
14 空港で出会った少女に、古い鞄をセーヌ川に投げ捨てることを頼まれる。アイルランド人の友人。若い恋人はオマールを知らなかった。《オマールを知らないことは世界を知らないことだというように》若かった父・画家を思い出す。
15 パラグアイのオムレツ。家族に絵ハガキを出す。行方知れずの兄。
16 ゲイの友人イグレシオの口癖は、すべてを満足させることは難しい。何かを諦めた人間に特有の表情をしている。良質のストーンには限りがある。冷たくて完璧な味のカニには《贅沢な欠落感》がある。《美しい味のカニの肉が次から次へと喉を滑り落ちる度に、血の匂いのするあたたかいものスパイシーなものに飢える感覚が刺激される。だがあまりにもおいしいので、またカニを口に入れる。ホットなものへの飢えが一瞬おさまり、そしてまたよみがえる。/私はイグレシオがあきらめたものが何であるのかわかるような気になった。》
17 十代の頃同棲していたカヨコと幼稚園の卒園式で再会。カヨコは堕胎し、インドへ。
タンドリ・チキン(正統的、本場)を食べて、日本に帰ろうと思う。私はヤギの脳みそのカリーを思い出す。彼女が帰国を決意したのはヤギの脳みそのカリーのせいかも。《刺激的な徒労の象徴》
18 パーティで会ったコンパニオンに呼び出されて、部屋へ。離婚した姉は社員旅行中。付き合っていた男との生理中のセックス。五年前に男から貰った瓶詰のキャビアをあけて食べる。
19 ある企業家から招待されて香港へ。サウナへ。海鮮酒家で三日間ウエルクを食べる。《差別の際の快楽》《食べ終えた時にその味はすべて消えてしまう》《魅力的なものに本能的に身を寄せる才能がない人はものを作る資格がない》しかし私は失格。モーツアルトなら三日三晩食べたりしない。
20 老作曲家との再会。イメージ、メディア、失われてしまうことの恐怖、などを語る。トリュフは《完璧なメディア》で《自立していて、次々に飢餓感と恐怖と至福を生み出す。》ブラックホール。
21 友人のCFディレクターの話。イカスミのスパゲティを絶対に食べない。離婚して、息子と会っても話さない。イカスミのスパゲティを食べると真っ黒なクソが出る、と教える。人妻との情事の最中に、息子からの電話。
22 九歳年上の人妻との出会いと別れ。助手をやめる決意、煙草の火で毛を焼かれる。焙り味噌の匂い。
23 バルセロナ、既視感。ガウディに憧れていたのに実物を見て夢から覚めた女性、結婚をためらう。海のようなパスタ。《セックスというのはあのパスタを食べる時よりも快感が大きいよ》と励ます。
24 ウィーン。中年のハンガリー女性にガイドされ、ハンガリー動乱の話を聞く。同行のデザイナーはカリフォルニアの砂漠で生牡蠣にあたり、友人がすりおろしてくれたリンゴの話をする。ハンガリー女性はおかあさんのスープの話。《おいしいスープはちょっと恐い》《あったかくて、おいしくて……友達の悩み、苦悩、忘れたよ、それちょっと恐くない?》
25 美女からの誘いを断った話。鴨のフォアのキャベツの葉包みを食べて、彼女のことを思い出す。《フォアもキャベツも舌に乗せただけで溶け、喉を通る際に強烈なイメージを喚起させる。》《口と喉にそれぞれ違った思いを結ばせる。》
26 レンタルビデオ屋で、17才の娘を探す姉妹。《教養がない場合には落ちるところまで落ちる》《堕落を救うのは教養なんだ》70才を超えたプロデューサー、スシ。
27 『フリークス』を観て、小頭症の女が誰かに似ている。北アフリカでクスクスを食べる。味がイメージを喚起したのではない。《クスクスの乾いた舌触わり、それに脂肪の匂いとぬめりが、私の中のある部分に突き当たったのだ。そのある部分とはあの小頭症の女が突き当てた場所と同じだった。》始原的。すべての顔の、始まりのモデル。
28 ローマで友人Gと。席をはずす女、一人相手が増えると態度が微妙に変化するという性格。トナカイの肉の話、生命の匂い、セックスの時にうっすらと。
29 リオ・デ・ジャネイロを10年ぶりに訪れる。放蕩の末、パラオという女に決めて。《フェジョワーダの強烈な味が、パラオとの記憶に欠けている部分があることを私に気付かせた》スルビン(なまず)の燻製。スラムでパラオの実家を訪ねたことを思い出す。
30 ムース・ショコラを食べた時、自分のリアルで苦い恋も「よくあること」だとはっきりとわかる。しかし《コート・ダジュールには甘い魔物が潜んでいるのだ》おいしいのにまずいチョコレート。※32へ続く。
31 ル・マンの取材、遊園地。《どんなにひどい気分でも世界は回り続けている》
32 32の女に連絡をとる。《私達は歳をとるほど感傷を恐れるようになる。取り戻すことのできない時間がどんどん増えていくからだ。/だが。同時にセンチメントから守ってくれるものと出会うこともできる。/例えば。あのブイヤベースのようなものだ。》
単行本の裏表紙には次のようなメニューがついている。
【オードブル/前菜】
24 ハーブとにんにくと卵のスープ・ウィーン風 ※
24 トマトと鯉のスープ・ハンガリー風 ※
22 山椒の実の焙りみそ:江戸立場料理
18 キャビア:ベルーガ
08 鹿肉の生まハム
09 オイスター:ブルースポット
06 生まアサリのにんにく醤油漬け:マンハッタン・チャイナ・カフェ
29 スルビン・ブラジル大ナマズのスモーク
【パスタ】
21 イカスミのスパゲッティ・セントベレス風味
23 パスタ・バルセロナ
【魚】
03 ふぐの白子
01 グリニッジ・ヴィレッジ風すっぽん鍋
11 ビルマ産ナマズの蒸し焼き
14 ポン・ヌフ・冬のオマール
16 マイアミ・ジョーズ・ストーン・クラブ
26 悲しみのSUSHI:中トロ・新小ハダ・穴子
32 ブイヤベース・マルセイユ・フォンフォン
【肉】
31 豚の下肢肉の塩ゆで・ル・マン風
28 トナカイの生まレバー・ラップランド風
25 鴨のフォア・リュカ・カールトン:キャベツの葉包み
13 参鶏湯
12 鴨のロースト・トゥール・ダルジャン
02 ローストプライムリブ
04 骨付き仔牛のカツ・イタリアン・ブロードウェイ風
17 ヤギの脳みそのカリー ※
27 クスクス・トンブクトゥ
17 タンドリー・チキン・オールドデリー・モティ・ムハール ※
【スペシャリティ/逸品】
10 フンギポリツィーニ・ヴィア・デ・メルセデ
19 呴螺貝・ウエルク
20 トリュフ・ブラックホール風味
15 パラグアイのオムレツ
07 ホットドッグ:マジソン・スクエア・ガーデン直送
【デザート】
05 アイスクリーム・フィジーのヴァニラ風味
30 ムースショコラ・コート・ダジュール
2014年度前期「小説を読む」藤本英二
第三回 池澤夏樹『スティル・ライフ』(1987)
Ⅰ 池澤夏樹について
略歴
1945年 北海道帯広市に生まれる。(父は福永武彦、母は詩人原條あき子)
1963年 埼玉大学理工学部物理学科に入学(1968年中退)。
1972年 結婚。妻直美は日本航空に勤務。27歳
1973年 翻訳の仕事として『母なる夜』(カート・ヴォネガット)を刊行。
1975年 ギリシアに移住。(3年間)
☆声優でエッセイストの池澤春菜は、娘(ギリシア生まれ)。
1979年 テオ・アンゲロプロスの『旅芸人の記録』の字幕を翻訳。(以後もアンゲロプロスの作品の字幕を担当し続ける)
1984年 『夏の朝の成層圏』で作家デビュー、39歳
1993年 沖縄に移住。
1999年 離婚。再婚。 54歳
☆別れた妻も再婚。池澤・ショーエンバウム・直美として活躍。
2005年 フランスのフォンテヌブローに移住。
2009年 北海道札幌に移住。64歳
《父・福永武彦、母・原條あき子について》
父、福永武彦は1918年福岡県筑紫郡生まれ。東京帝国大学文学部仏文科卒。マチネ・ポエティック同人(らも)。1944年、結婚。疎開と治療のため北海道帯広市へ。1947年、肋膜炎手術、以後1953年まで東京療養所に入院。
主な作品に、『草の花』『廃市』『忘却の河』『海市』『死の島』などがある。
1979年没。池澤夏樹は『福永武彦戦後日記』(2011)、『福永武彦新生日記』(2012)を編集、序文を書いている。
母、山下澄(ペンネーム原條あき子)は、1923年神戸市生まれ。兵庫県立第一高等女学校(現・神戸高校)、日本女子大学出身。福永武彦と知り合い、マチネ・ポエティックに参加する。1944年福永と結婚。夏樹が生まれる。1950年福永と離婚。再婚して池澤姓となる。1968年思潮社から『原條あき子詩集』を刊行した。2003年没。池澤夏樹は『やがて麗しい五月が訪れ――原條あき子全詩集』(2004)を編集する。
※マチネ・ポエティックは1942年から始まった、日本語で定型押韻詩を作ろうとした文学グループ。同人は、福永武彦、加藤周一、中村真一郎、窪田啓作(カミュの翻訳で有名)、原條あき子ら。世界文学への関心が強い。『1946・文学的考察』(福永武彦、加藤周一、中村真一郎の共著)
主な作品(発表年)・受賞歴
《小説》
『夏の朝の成層圏』(1984) デビュー作
「スティル・ライフ」(1987) 中央公論新人賞、芥川龍之介賞
『真昼のプリニウス』(1989)
『バビロンに行きて歌え』(1990)
『マリコ / マリキータ』(1990)
『タマリンドの木』(1991)
『南の島のティオ』(1992) 小学館文学賞
『マシアス・ギリの失脚』(1993) 谷崎潤一郎賞
『花を運ぶ妹』(2000) 毎日出版文化賞
『すばらしい新世界』(2000) 芸術選奨文部科学大臣賞、
『静かな大地』(2004) :親鸞賞
『きみのためのバラ』(2007)
『光の指で触れよ』(2008) (『すばらしい新世界』の続編)
『カデナ』(2009)
『氷山の南』(2012)
『双頭の船』(2013)
『アトミック・ボックス』(2014)
《評論・随筆・紀行など》
『母なる自然のおっぱい』(1993) 読売文学賞 随筆・紀行賞
『楽しい終末』(1994) 伊藤整文学賞(評論部門)
『ハワイイ紀行』(1996) JTB出版文化賞
『言葉の流星群』(2003) 宮沢賢治賞
『イラクの小さな橋を渡って』『憲法なんて知らないよ』『静かな大地』: 司馬遼太郎賞
『世界文学を読みほどく』(2004) :親鸞賞
『パレオマニア』(2005) 桑原武夫学芸賞
河出書房新社『世界文学全集』の編纂:(2010) 毎日出版文化賞、朝日賞
『池澤夏樹の世界文学リミックス完全版』(2011)
『春を恨んだりはしない 震災をめぐって考えたこと』(2011)
《詩人として》
『池澤夏樹詩集成』(1996、書肆山田)
「塩の道」1978年刊、「最も長い河に関する省察」1982年刊、
「満天の感情」未刊詩集、拾遺詩篇を収める。
《ぼくの父の福永武彦は若い時に詩を書いていて、青年期を過ぎてからは専ら
小説と少しの評論を書くようになった。思えばぼくもそれを踏襲しているわけ
で、それぞれの仕事の比率などもよく似ている。その父がある時、「詩集とい
うのは青春の記念に一冊あればいいんだよ」と言った。その時はそんなものか
と思ったが、後には書けなくなった以上そう言うしかなかったのかと少し意地
の悪い感想が浮かぶこともあった。その意地の悪さが自分に向けられる時が来
て、父子それぞれ同じぐらいの量の詩が若い日の形見のように残った。
……(略)……
書けなくなった理由はもっと簡単、ぼくが書きたかった思いは詩という形式
にそぐわなかったのだ。密度が高くて、緻密で、隙間なく構成されて、響きが
よくて、美しい。そういう器に盛るには我が思想は卑俗かつ地上的で、流れや
すかった。小説を書いているのがいちばん似つかわしいのだろう。詩が終わる
頃になんとか小説をはじめられたのは幸運と言ってよい。
最初から小説にした方がいいような詩だという評も開いた。『塩の道』は一
人の青年が都会から海辺へ出ていって、南洋の島々へ渡り、何かを探して島か
ら島をさまよい、どこかで溺死して、再生する物語である。そういう構成を考
えながら細部にはめ込む作品を書いてゆくというのは生来の詩人のすることで
はない。個々の作品が全体の構成を圧倒して突出するのが優れた詩集というも
のだ。個々が突出しながらも全体としては美しい球形になっていれば、それは
一個のウニのように完璧な詩集である。》 あとがきより
《そうやって一人の詩人をひとしきり綿密に読んでみて、これが詩なんだとしたら……というふうに、多分須賀さんと同じような感動を持ったのは、ぼくの場合、カヴァフィスです。二、三年かかってちょっとずつ翻訳していたんですが、毎月ほぼ同じ分量を、辞書を引いて、韻律を見て、声に出して何べんも読んで、日本語に置き換えて、注を付けて、という作業をしながら、こういう「作業」に耐えるものが本当の詩なんだというふうに思いました。僕が詩のようなものを書いたことに比べたら、この詩の翻訳の仕事の方が余程詩作に近い仕事だったと思う。こうして翻訳した詩が、子供の頃から教えられていた「詩」の概念に非常に近かったわけです。きちんと作ってあって、たしかに、詩でなければ表現のしようのない思想を述べている。日本で思想家と言うと長い難しい文章を書く人らしいですが、そうじゃなくて、文芸の形のひとつひとつに合った思想があって、詩人でなければ伝えられない思想があるんだなということを確実に理解したのはやっばりカヴァフィスによってです。だから書くことが詩との一番いい付き合い方とは限らない――こう言ってしまうと自分の詩集など出す意味がなくなってきて(笑)、じゃあ翻訳の方を早く出せと言われてしまいそうだけど。》 須賀敦子との対談での発言
※カヴァフィス(1863~1933、ギリシアの詩人)。日本では中井久夫によって翻訳された『全訳詩集』(みすず書房、1989)が読売文学賞を受賞。
《編集者として》
1 毎日新聞「今週の本棚」編集顧問を丸谷才一から引き継ぐ
今週の本棚20年名作選……丸谷才一、池澤夏樹編
『愉快な本と立派な本』(1992~1997)
『怖い本と楽しい本』(1998~2004)
『分厚い本と熱い本』(2005~2011)
2 個人編集 世界文学全集(全30巻)河出書房新社(2007~2011)
※個人編集 日本文学全集の企画もある。
Ⅱ 「スティル・ライフ」について
⑴タイトルの意味
Still Life ……静物、静物画
⑵小説のアウトライン
0 二つの世界
*
1 バーで。チェレンコフ光について。
2 染色工場でのポカ、かばってくれる佐々井。
3 その晩バーで。身辺から遠い話題。佐々井が仕事を辞める。
4 一か月後、再会。何故染色の色は微妙に違うのか。
5 ぼくと佐々井の違い。迷っているぼく、するべきものが見えている佐々井。
6 雨崎での定点観測。岩になったら。雪が降るのでなく世界の方が上昇する。
7 佐々井から「株を扱う」のを手伝ってほしいと申し出がある。ぼくは伯父夫婦の家を事務所にすることを提案。
8 引っ越し、準備。
9 システム順調。二週間後、食事。伯父夫婦について。佐々井の部屋でスライドを見る。佐々井の語るヴィジョン「地形の素が静かに降り積もる光景」
10 現像待ちで、ハトを見る。「数千光年の彼方から、ハトを見ている自分を鳥瞰」
11 女の子達と花見。佐々井に質問。彼は公金横領の顛末を話す。
12 時効成立。三日後に出ていく佐々井、残されたもの。
*
13 幻想の佐々井との対話。
☆この小説の物語としての筋は、ぼくがアルバイト先で知り合った佐々井に頼まれて、二人で「株」をする。佐々井は、五年間の時効を前にして、横領した金を返そうとしていた。
ぼくは、佐々井の中に二つの人格を見る。
筋立てとしてはシンプルで、登場人物も少ない。しかし、語られている世界観が新鮮である。「ぼく」と佐々井との関係は、兄/弟のようで、精神的な共通性・共感性がある。従って、ダイナミックなドラマ、対立、葛藤は、ここにはない。
⑶青春小説としての「スティル・ライフ」
人生の入り口で生き方に迷っている(モラトリアム状態にある)青年が、自分と通じ合う先行者に出会う。同質な者の対話・交流がある。
《ぼくは何から手を付けていいかわからなかった。……佐々井にはぼくのように、何かするに値するものを探しているという気配はまるでなかった。……彼は、時おり、ぼくが探しているもの、長い生涯を投入すべき対象を、もう見つけてしまったという印象を与えた。》P25
《ぼくは遠方を見る佐々井の精神に一種の共感を覚えていた》P44
ぼくの語る「雪の話」と佐々井の語る「地形は何かが積もってできたという話」が二人の同質性を良く示している。「現実ではないけれど美しいヴィジョン」
⑷「謎めいた人物」佐々井の正体は少しずつ開示されていく。「謎」が物語を牽引していく。
⑸花鳥風月、あるいは雪月花
《雨崎で見る雪、女の子らと出かけるお花見、ハトの観察、プロジェクターに映し出させる天体・地形》、これらが伝統的な・和歌的叙情の相において語られるのではなく、「科学的な概念/宇宙的な叙情」の下、眺められている。
⑹科学的な話題と語り口
①チェレンコフ光
……宇宙から降ってくる微粒子がこの水の原子核とうまく衝突すると、光が出る。/一万年に一度の確立/このグラスの中にはその微粒子が毎秒一兆くらい降ってきている/星が爆発し微粒子が何千年も飛行して…(話のスケールが日常感覚とは違う)
②染色工場
……生成りの糸、染色と定着と水洗、色指定、染め上がりの微妙な違い、
③ぼくが雨崎で見るヴィジョン
《雪が降るのではない。雪片に満たされた宇宙を、ぼくを乗せたこの世界の方
が上へ上へと昇っているのだ。静かに、滑らかに、着実に、世界は上昇を続け
ていた。ぼくはその世界の真中に置かれた岩に坐っていた。岩が昇り、海の全
部が、厖大な量の水のすべてが、波一つ立てずに昇り、それを見るぼくが昇っ
ている。雪はその限りない上昇の指標でしかなかった。
どれだけの距離を昇ればどんなところに行き着くのか、雪が空気中にあふれ
ているかぎり昇り続けられるのか、軽い雪の一片ずつに世界を静かに引き上げ
る機能があるのか。半ば岩になったぼくにはわからなかった。ただ、ゆっくり
と、ひたひたと、世界は昇っていった。海は少しでも余計に昇れればそれだけ
多くの雪片を溶かし込めると信じて、上へ上へ背伸びをしていた。ぼくはじっ
と動かず、ずいぶん長い間それを見ていた。》 P32
宇宙を満たす雪/上昇する世界/半ば岩になり、それを見ているぼく
このヴィジョンが新鮮だ。
④スライドプロジェクターを見ながら(山、地形全般、川)
《なるべくものを考えない。意味を追ってはいけない。山の形には何の意味もない。》
《選別してはいけない。/個々の山は消えて、抽象化された山のエッセンスが残る。》
《心を空にして、ものを考えず、ぼんやりと見るんだ。》……変化の密度、曲率、粒子のザラつき、色の変化。全身が風景の中に入り込んで、地表を構成する要素の一つに自分がなったような錯覚。ぼくの全体が風景を見てとる目に還元された(解放感)
⑤ハトを眺めて
《しばらく見ているうちに、 ハトがひどく単純な生物に見えはじめた。
歩行のプログラム、彷徨的な進みかた、障害物に会った時の回避のパターン、
食べ物の発見と接近と採餌のルーティーン、最後にその場を放棄して離陸する
ための食欲の満足度あるいは失望の限界あるいは危険の認知、飛行のプログラ
ム、ホーミング。彼らの毎日はその程度の原理で充分まかなうことができる。
そういうことがハトの頭脳の表層にある。
しかし、その下には数千万年分のハト属の経験と履歴が分子レベルで記憶さ
れている。ぼくの目の前にいるハトは、数千万年の延々たる時空を飛ぶ永遠の
ハトの代表にすぎない。 ハトの灰色の輪郭はそのまま透明なタイム・マシンの
窓となる。長い長い時の回廊のずっと奥にジュラ紀の青い空がキラキラと輝い
て見えた。単純で明快なハトの動きを見ているうちに、ぼくは一種の暖かい陶
酔感を覚えはじめた。
今であること、ここであること、ぼくがヒトであり、他のヒトとの連鎖の一
点に自分を置いて生きていることなどは意味のない、意識の表面のかすれた模
様にすぎなくなり、大事なのはその下のソリッドな部分、個性から物質へと還
元された、時を越えて連綿たるゆるぎない存在の部分であるということが、そ
の時、あざやかに見えた。ぼくは数千光年の彼方から、 ハトを見ている自分を
鳥瞰していた。》P61~P62
⑥物事を二つに分けてとらえようとする思考
a 二つの世界(外の世界ときみの中にある広い世界) P10
b 人間は二種類に分類されるんだ。染め上がりの微妙な違いをおもしろがるのと、腹を立てるのと。P23
c 草食動物/肉食動物(の暮らし方) p78
d 二つの人格 p86……⑻参照
⑺公金横領と株の運用
この小説の世俗的な部分(とりわけ佐々井に関して)を構成しているのは、
①公金横領……何故、横領を。何故、金を使わないのか。何故、返そうとするのか。
佐々井の人間的な存在感の薄さ。
②コンピューターを使い、株式の運用をする
……この小説の執筆時点では、斬新な事柄だったかもしれないが、この部分は現在、「古く」なってしまっている。
⑻ぼくの理解する佐々井(幻像との対話)
《きみには人格が二つある》
《一方は、昨日と同じ今日にも満足する、逃亡生活にふさわしい等身大のきみ。周囲の状況をリアル・タイムで正確に読み取っている動物、あの一頭だけの草食動物としてのきみだよ》《もう一つは、ニュートリノの飛来を感知できる宇宙的なきみ。山や高原や惑星や星雲と同じディメンションの、希薄な存在。拡大されたきみ。軌道の上にいるきみだ。》
⑼佐々井はこの小説世界から、どのように姿を消すか?
《彼がその部屋にいる気配が薄れていった。出ていったのではなく、彼というものがどんどん広がって、この家よりもずっと広大な空間を占めるようになったみたいだ。空気が少し涼しくなった。しばらくして気がつくと、彼はもう遠方でかすかに光る微小な天体だった。ぼくは遠い彼に話かけなかった。》P89
これと同じ感覚はどこかにあった。
《自分の頭蓋の内側が真暗な空間として見え、頭上から降ってきてそこを抜けてゆく無数の微粒子がチラチラと光を放って、それをぼくは単なる空虚でしかないはずのぼくの脳髄で知覚し、そのうちにぼくというものは世界そのものの大きさにまで拡大され、希釈され、ぼくは広大になった自分をはるか高いところから見下ろしている自分に気付いた。》 P13
⑽この小説は「世界の見え方(が変わる)}の物語だ。
Ⅲ おすすめの作品
『南の島のティオ』(1992) 小学館文学賞
……十編からなる短編集。『飛ぶ教室』などに掲載された児童文学。
『マシアス・ギリの失脚』(1993) 谷崎潤一郎賞
……日本と深いかかわりのある南洋の小さな島国を舞台にした、歴史、政治、民俗、神話、SFなどを混交した物語。ありえない不思議な話の連続で、読み応えがある。
『きみのためのバラ』(2007)
……世界各地を舞台にした八編からなる短編集。特に「20マイル四方で唯一のコーヒー豆」「きみのためのバラ」がお薦めです。
2014年度前期「小説を読む」藤本英二
第四回 金井美恵子『文章教室』(1985)
Ⅰ 金井美恵子について
略歴
1947 群馬県高崎市生まれ
1953 父、死去。
1963 群馬県立高崎女子高校入学。「凶区」(現代詩同人誌、天沢退二郎、吉増剛造、鈴木志郎康)を定期購読。現代音楽、現代美術に興味を持つ。「美術手帖」に投稿。
1966 高校卒業後、天沢退二郎と知り合い、天沢の出版記念会で「凶区」同人や蓮實重彦と知り合う。
1967 「愛の生活」で太宰賞次席となり、デビュー。
同年、第8回現代詩手帖賞受賞。
1968 「凶区」同人となる。
1973 『金井美恵子詩集』(思潮社、現代詩文庫55)
……若い頃の金井美恵子は詩人でもあったが、やがて、小説とエッセイを中心に書くようになる。
主な作品(発表年)・受賞歴
《小説》
愛の生活(1968年) 19歳
夢の時間(1970年) ※芥川賞候補、
岸辺のない海(1974年)※最初の長編小説
プラトン的恋愛(1979年) 第7回泉鏡花文学賞受賞
文章教室(1985年) 38歳 ※目白四部作
タマや(1987年) ※目白四部作 第27回女流文学賞受賞
小春日和(インディアン・サマー)(1988年) ※目白四部作
道化師の恋(中央公論社/1990年) ※目白四部作
恋愛太平記 全2巻(1995年)
軽いめまい(1997年)、柔らかい土をふんで、(1997年)
彼女(たち)について私が知っている二、三の事柄(2000年)※目白シリーズ
噂の娘(2002年)
快適生活研究(2006年)※目白シリーズ
ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ(2012年)
《エッセイ・評論》
金井美恵子エッセイ・コレクション全4巻 (2013)
1 夜になっても遊びつづけろ……社会/メディア批評
2 猫、その他の動物……『遊侠一匹 迷い猫あずかってます』他
3 小説を読む、ことばを書く
4 映画、柔らかい肌。映画に触る……映画を巡るエッセイの集大成
・「女ざかり」丸谷才一(1993)
・「競争相手は馬鹿ばかりの世界へようこそ」(2003)
・「たとえば(君)、あるいは、告白、だから、というか、なので、『風流夢譚』で短歌を解毒する」(2012)
キーワード
・早熟な才能、19歳でデビュー。
・姉(二歳年上)の金井久美子は画家で、美恵子の本の挿絵、装丁も手掛ける。姉からの影響、姉との協働。
・好きな作家……石川淳、谷崎潤一郎、大岡昇平、深沢七郎、山田風太郎など
・熱心な映画ファン。山田宏一との映画対談も。
・仏文学者・映画評論家・蓮實重彦(『ボヴァリー夫人』論、2014)からの影響
・『四畳半襖の下張』裁判で、弁護側証人にも。
Ⅱ 『文章教室』について
☆『海燕』1983年12月号から1984年12月号に連載。
☆『文章教室』は作風を一変させたもので、目白四部作、目白シリーズと引き継がれる。
⑴登場人物とその関係
a 主要な恋愛関係(不倫、三角関係)
不実な恋人⇔部下の女の子⇔佐藤氏=絵真 ⇔ 吉野暁雄=妻サナエ(絵本作家)
[渡辺七郎 中野父]
不実な恋人⇔桜子 ⇔ 中野勉⇔ディードラ⇔ディビット
藤原舞 中野スミ(勉の母)
美術評論家⇔ユイちゃん ⇔ 現役作家=妻
悦子さん(アトランタ)
b 友人・知人関係
桜子の祖父渡辺七郎(画家)と、中野勉の父(歯科医師、日曜画家)は友人。
藤原舞(詩人)は桜子の友人。アトランタの久保田悦子は現役作家の前妻の友人。
c 教室の先生・生徒関係
絵真は現役作家の文章教室に。現役作家の妻は中野スミ(勉の母)の織物教室に。
d ご近所・行きつけの店
現役作家の仕事場(ジョリ・メゾン・おとめ山)の隣が絵真の父・渡辺七郎の家
『アトランタ』(バー)で、現役作家と中野勉は出会う。
公園入口の電話ボックス前で、現役作家と中野勉・桜子は出会う。十円玉
☆嘘のような偶然の出会い……「ささやかながらブニュエルの感動的な図々しさを学んだのです。」(金井美恵子)
⑵恋愛・性愛の行方/離婚・結婚(家庭崩壊の危機)
①佐藤家の危機(夫佐藤氏の浮気/妻絵真の浮気・家出)⇒絵真は吉野と別れる。
☆『ボヴァリー夫人』を下敷きにしている。(例・七面鳥⇒ニワトリ)
☆主婦の浮気は自家中毒の下痢 …吉野暁雄との恋愛を終えて、絵真が到達した認識
☆谷崎潤一郎『細雪』のラスト、雪子の下痢/絵真の下痢参照。
②桜子・中野勉の恋愛……思惑のずれ、別れ話をめぐっての攻防の末⇒結婚
・中野勉の家庭(離婚した両親・独身の姉たち)
・ディードラの家庭(離婚した両親・父の何度もの再婚、母の精神病)
③現役作家のユイちゃんへの執着・失恋⇒小説『告白』の誕生
・田山花袋「蒲団」
⑶文章教室(に通うこと)は、誰からどう評されているか
・【現役作家の妻】10性的欲求不満の解消なんだって、(冨岡多恵子さんが……)
・【桜子】12主婦のマスターベーションね
・【女友達】16金もあり平凡で退屈、ダンナや子供離れのため、趣味を、自分そっくりのおばさんを見て、ああはなりたくない、って思うんでしょう
・【絵真】文章を書くようになって、内面とか、自分が本当にやりたいこととか、少しずつわかってきた。
・【現役作家】26自己表現をすることで欲求不満をなだめようとしている図々しい中年女が、訳のわからない自己愛に充ちた「文章」とやらの相談という名目で…
・【桜子】29園芸、ヨガと体操、ガラクタ集め、生協運動、住民運動、で、今度は、文章と内面なのお?
・【現役作家】30不在や欠如や喪失がそうした物語や実感を書くことに彼女たちを誘い込みはするのだ。《今を生きている証しのために》、《今という時を大切に》…漠然とした主婦的自己愛と客観性に欠けた曖昧な不満30
※「文章教室」に通う女性の姿の変形としての雑誌の特集(39章)
『一生、夢中になれることを、こうして探した』(吉野サナエ、中野スミ、他)
……この雑誌記事そのものが極めて紋切型、しかも家族から事実と違うと批判される。
⑷名前の由来
・絵真……『ボヴァリー夫人』の主人公エンマ。旧姓渡辺は平凡でどことなくがさつな響き。エンマ様、エンマ大王という仇名。姓名に対する彼女の不満。
・佐藤氏……彼は名前で呼ばれることはない。「平凡でつまんない姓の人」と絵真から言われる。特性のない男
・現役作家…彼には姓も名もない。
・ディードラ…ウェルギリウスの『アイネーイス』からとった。
⑸「知的風俗小説」としての側面
小説、文学理論、現代思想、映画に対する言及、あるいは膨大な引用によってつくられた作品で、「知的風俗」小説として読める。
受け売り、凡庸、引用、紋切型というキーワード
☆現代思想・現代文学理論の言説の呼び込み口として
①現役作家 ②中野勉 ③藤原舞(桜子の友人・詩人、父は評論家)④ユイちゃん
①古いタイプの「文学」しか読んでいない絵真のようなタイプ、…4で「蔵書」が
②流行の新しいフランス現代思想を追いかける中野勉のような浅薄な才子
③その中間に位置する現役作家、という構図になる、
☆現役作家と中野勉(若手研究者・批評家)は、ちょうど「対」になる。
・凡庸な作家/軽薄な才子
(映画についても同じことが言える。最近の映画を観ない現役作家のベストテンと新しい知的流行を追いかける中野勉(アンゲロプロス)
・ユイちゃんに執着する現役作家/仲間の中で、一人だけユイちゃんと寝ない中野勉
・ユイちゃんを追いかけて失敗、『告白』を書くことになる現役作家/桜子から逃げようとして結局失敗、結婚することになる中野勉
《良く書けている風俗小説ってものはね、誰が読んでも、自分のファンタスムやコンプレックスの一部がグロテスクに滑稽に拡大されてるって秘かに感じるもんだしね、》
…金井美恵子のインタビューでの発言
※ファンタスム……語源的にはファンタジーと同じ。論理化できない、欲望の一種。恋愛感情なども。個人的な、好みなどは、一般化、言語化できない。
⑹風俗小説としてのさまざまな側面
・教室(帽子、人形、織物)
・ファッション、化粧……45桜子ピンクハウスのワンピース、ロベルタのバッグ、スキャバリの香水など、サングラス(天沢退二郎、ゴダール)
・食事、料理……スキヤキ(桜子)、ロースト・チキン(画家)、おでん(勉)、本格的インドカレー(桜子)、バーベキュー、カレーパン・小倉あんパン・カフェオーレ(現役作家)
※53章《快楽というものと無縁の人生を自分は送ってきたのだと現役作家は思い》
・避妊、中絶……フィルム状避妊薬
・男のひっかけ方(若い女性のコケットリー)…チョコレートで男を宙に吊ってみる
小首をかしげてちょっと上目遣いに相手を見る、お得意の魅力的ポーズ(鏡の前で研究したのだが、そうすると、ホット・カーラーで軽く内巻きにしてあるセミ・ロングのお河童の髪の揺れ具合が、とても可愛いのだ)
⑺意識的な「電話」の使い方
・「偶然」と「電話」が物語を前に進めていく。
・38・ありうべき批判は、現役作家の意見として、提示している。
電話による会話や、電話によってもたらされる報告で小説の筋の進行がもたらされる小説に関して、現役作家は《たいていの場合、無精ったらしい、時間と空間の節約という感じがする》と…
⑻小説の工夫、実験
①会話の書き方の多様さ
《直接話法》だけでも、
・3では「 」改行の直接話法(話題は更年期障害)、話し手は特定されず。
・4では、脚本風に桜子と絵真の直接話法。35も同様(桜子と勉)
・32では、絵真と隣りの奥さんの改行なし「 」「 」「 」……。主婦的な会話
・43では、話し手は明示せずに「 」なしの直接話法(絵真と渡辺七郎)
・51では、話し手は明示せずに「 」なしの直接話法。(現役作家とユイちゃん)
この他にも、《間接話法》、《自由間接話法》などがいろいろ試みられている。
②引用……全編さまざまな文章が引用されているが、圧巻は38でユイちゃんが雑誌の文章を次々に読み上げて、「ですってさ、なにこれ」と言いながら延々と続ける場面。文庫本で約四ページにわたる。
③超長文……8では三ページ、55では、三ページ半に及ぶ長文が出てくる。現役作家の作品の傾向やどんな仕事をしてきたかが、ズレながら、延々と語られる。(語り手による先説法も含めて)
④時間処理……随所に回想なども入りながら、基本的には素直に時間は流れていくように見せておいて、終盤の48(別れたあと現役作家はユイちゃんのことを書くが話題にならず)、52(現役作家が『告白』を書き、中野勉と桜子は結婚し)、57(絵真は吉野から別れを告げられ、桜子の妊娠を知らされる)などで先説法や「時間の経過・スキップ・先取り」があり、読んでいて、軽い驚きを感じる。
⑤対比法
a 11・雪と性交……現役作家は妻の「ああ、雪が降ってるみたい」ということばを性的な身体の反応かと考える/絵真は夫が求めてきたので「雪が降ったくらいでこの人は」と思う。
b 16・同情と性交……泣く桜子、中野勉は「同情を、…ホテルに一緒に行くことで表明し」/男に捨てられた部下の女の子に、佐藤氏は「なにはともあれ、その場では抱いてやる以外になく」
c 16・ファザー・コンプレックス……絵真「父は芸術家だから、そういうしぐさに、いやらしくないユーモアがあった」/桜子「トロくったって。優しい人だし真面目でおとなしいし。ちょっとオヤジに似ているタイプかな」/絵真。絵を描くとほめられて、「水彩画」は「額装して」(単なる親馬鹿を、才能の評価と勘違いしている)
d 26・トリを届けた時の現役作家と絵真の思い
e 46・桜子の結婚がきっかけで……佐藤氏「夫婦の危機は乗り越えられるだろう」/絵真「離婚の踏ん切りをつけてくれるかも」
f 60・現役作家は、あーあと溜息をついてから「離婚しようか」/「結婚しようか」
⑼「知らない」「読んでない」「知っている」「語る」ということについて
☆Ⅲの文例分析⑴を参照。フォニー論争から「四季」へ。
☆例えば、絵真は「自分と吉野暁雄との関係」を夫には知らせない。夫は「部下の女の子との浮気」をひたすら絵真に詫びる。この非対称性。それはちょうど、中野勉が「自分と桜子との関係」を結局ディードラに告げないまま、ディードラは自分の心変わり(精神科医ディヴィッドとの関係)を詫びる。というのと同じ構造をしている。
……当たり前ではあるが、身勝手なふるまい。
☆知識という点では、中野勉が一番だが、彼の知識の滑稽さは、桜子の視線(47・この人は、何についても、いちいち、誰かの名前を出して語るのね、頭の中に分類用カードが入ってるのかしら、)によって暴露されている。また、彼の幼児性・お気楽さは、完膚なきまでに語り手によって語られている。
☆48章・誰でも知っているのに、この女性はユイちゅんのことだ、といって白けさせる。
☆52章・座談会で現役作家を嘲笑した批評家や小説家は、最後まで読まず、知ったかぶりで出鱈目を言う。
⑽ おかしさはどこから生まれてくるのか
・8章から9章、今日この頃である、《……昨今であると書くところが、文章教室の生徒たちと講師の現役作家の差異というもので》と自負しているくせに、生徒に質問されると、「それは、大同小異でしょう」と自ら答えている!!
・12章《…こんな使い古しの男とでも不倫の恋をする女がいるのか》と絵真が書いている。この言い方の身もふたもなさに笑うと同時に、じゃあ自分はどうなの?とツッコミをいれたくなる。
・変な所で細かな金額が記される。15章国際電話料金は25620円、27章タクシーの深夜料金2070円。
・18章雪に関して、現役作家の勘違い。《それだけ妻は性交に対して散漫だったということであり》
・28章、漢字の妙な読み方のあれこれ。⇒さらに白目しろめ視し
・32章、家出について。友人から《まるで小学生の家出よ。庭の植え込みに隠れているようなもんだわ》と批難されたことに対する絵真の心の中の反応がおかしい。しかも吉野に会うことも考えていて、着物を持っていくところ。
・最大のおかしさ爆発の箇所は、42章の中野勉の(恋人がいる)との告白と佐藤桜子のなんとか交際を続けようとする、二人の攻防。
・「性交」と言う言葉の使用される時。中野勉が回数を数えて考える。
・47章中野勉が思い浮かべたのが、「To be or not to be」ではなく「わっ、煩悶しちゃう」だったということに対する語り手の皮肉。「さすがに、俊英と目される」
・48章の住所録を探すドタバタ、52章のドタバタ。
⑾登場人物は、徹底的に相対化され、揶揄され、批判される
主な登場人物は、全員、その身勝手さ、小心ぶり、俗物性、厚かましさ、鈍感さ、自己愛、ナルシズム、幼児性、滑稽さ、などをさらけだしてしまう。それは、場面やセリフ、内面描写などの組み合わせ、あるいは登場人物からの直接的または内心の批判によってなされるのであるが、時として語り手が直接批判を加えてくることもある。
12 「注」をつけたくなる小説、あるいは「注」が欲しくなる小説
〈アトランダムに〉
・ユイちゃんは「ルイーズ・ブルックス」に似ている。
……大岡昇平(金井美恵子が尊敬している作家、姉と一緒に訪問したこともある)が彼女の大ファンです。
・桜子の友人の藤原舞(詩人)は、金井美恵子に似ているかな。
……金井美恵子は《凶区》同人、舞ちゃんは《彷徨》の同人。
・渡辺七郎は「日本のバルテュス」といわれている。
……今、京都に展覧会が来ています。七郎って、深沢七郎から名前を拝借したのかな。
・映画的な手法が随所にある
……47章ラストと48章冒頭のことばがオーバーラップ。「ほんとに凄いわ」
30章のラストと32章の冒頭「折々のおもい」の繰り返し。
もちろん「時間処理」や「対比法」も映画の重要な手法
・《言葉・ことば・決まり文句》に対する位置の取り方
佐藤氏(古典的・魔がさした)・絵真(「文学的」恋は燃え上がるもの)・桜子(対人の場では微妙な違いを察知する)・現役作家(決まり文句を嫌う・空想に注をつける)・中野勉(自省的・台詞をしゃべっているようだと)
13 現役作家の『告白』という小説は一体どんな代物だったのか
A それまでの作品は55章でこう振り返られる。
55章《…他の中堅と称されているというか目されているどの小説家の作品とも、そう目立った違いのない、それでもその時々の文芸雑誌の傾向を奇妙なくらいに反映した、未婚で子供を産む女性が語り手の一人称小説だったり、SF小説仕立てだったり、青春時代の回想だったり、東南アジアの国の滞在記(二週間程のことだが)だったり、ずっと昔失った何かを探すという仕組みの小説だったり、独立国風というか孤立した村が舞台の伝説風だったり、満洲が舞台の中国人と朝鮮人の少年との交流を描いたものだったり、幾つかのタイプの家の群像だったり、また、あるいは、たとえば『事のしだい』というタイトルの小説を書いたとすると、それが『事のしだい』という小説を書こうとしてなかなか書けずにいる小説家が主人公のあれこれの事のしだいを書いた小説であったりする、といった程度の仕かけくらいは考えるし…》
※まあ、バラバラな作品傾向です。
B 経験した実感を、文章に書くとき、変質してしまう
48章《悦子さんは気軽ないつもの調子で、もしかしたら、笑うかもしれない、多分、そうなのだ、そうに違いない、と現役作家は公園の電話ボックスから仕事場まで、早足で歩きながら、呪文のように繰りかえして頭の中でとなえつづけた。
①多分、そうなのだ、そうに違いない、多分、多分、そうに違いない、違いない、そうなのだ、そうなのだ、多分、多分ね、②というリズムは、あまり出来が良くなかったが、現役作家は現役詩人ではないのだから、頭の中をクルクルと回る呪文のリズムの善し悪しはまったく気にならす、すっと後になって、この一連の恋愛体験をもとに小説を書くことになる時も、現役作家はこのくだりを、《③足早に歩いて部屋に戻った》と軽く一行ですませることになる。》
☆①はいわば現実で、リアルさがある。②は語り手のリズムの悪さへの評。①を③のように書く所が現役作家の限界。つまり①のままでいればリアリズム小説になるのに③に軽くまとめたので切実さ・愚かさが消えてしまった。
C 文体のトーンとエピグラフ
52章《現役作家は現役作家なりに(というのは、古風な言い方だが、①まあ、才能に応じてとでも言おうか)陳腐な決り文句を憎んでいたので、 ユイちゃんのことを考える時も、それから、ずっと後になって書くことになる小説のなかで彼女のことを書く場合にも、《女というものは理解不能だ》という、いかにも安易な立場はとらなかった。《②理解することが不可能だとしたら、それは彼女が不在の中心だからだ》というのが、現役作家のしたためたメモの言葉である。《水はロマンであり、都市はフィクションだ》というジャン・リュック・ゴダールの映画の中の言葉をエピグラフに使用したせいもあって……)
☆①は語り手の辛辣な評、②はいかにもこむずかしげに書いているけれど。
D 古典劇風なセリフまわし
48章《《①教えてくれないか、 一体何人の男たちの手が、きみの無情で無慈悲な心を取り巻いてとっても豊満に発育しているあの乳房に触れたかを?》と後に現役作家は小説のなかに書くことになるのだが、その小説――四百五十枚一挙掲載――はたいして話題にもならず、②現役作家としてはかなり野心的な、いわば本人の気持としては、まったく新しい試みと思われたのだが、そこのところを読み取ってくれる批評家なり読者がいなかったので、…》
☆①の文体のまるで「古典劇」風な、仰々しさ!! ②は語り手からの批評で「まったく新しい試み」と本人は思っているけれど、……という含みになる。
E 舞ちゃんの書評は、難しすぎてわからない
52章《①一人の女への愛と嫉妬を告白しているかのように見える話者は、しかしあらかじめ、②名の指示が正確になされるといった事態が存在しない場所にわれわれの注意を促し、そのような場所としてある〈物語〉が〈水〉であるのなら、むしろ、水に沿って歩くこと、あるいは水音に耳をかたむけることからはじまるフィクションの形成の水路を、そっとたどって、それを消し去ることを、もくろむのである》と書かれることになる、③好意的ではあるらしいのだが、よく意味のわからない藤原舞という若い女の詩人の書いた批評…》
☆①「かのように見える」はたぶん舞ちゃんの深読み、単純に「愛と嫉妬の告白」ととればいいのに。②は要するにはっきり登場人物に命名していないということ。つまり「現代作家」と命名するようなもの。③は現役作家の正直な所。
F 現役作家自身はこの小説のことをどう語ったか
55章《…《自分》に《再生》の機会というか、いや、そうした《①現役作家性を深いところで揺さぶり、荒々しい不意打ちの事件として存在そのものを肉体的に活性化した事件が恋愛だった》と、②妙に頭の悪い学者風文体で、他でもない、③やがて書くことになる『告白』という小説のなかで書くことにもなるはずの現役作家は…》
☆①は、要するに恋愛によって新しい作品を書く気になった、作家として再生したというほどの意味。②は語り手からの直接的批評、③は前もって将来の出来事を語る「先説法」②③ともに語り手の超越性(この物語の外部に位置していること)を示している。
G 世間の評価
61章《これまで書いてきた小説の①一種の不定形が、『告白』では見事にふっ切れ、見違えた》と評される。①は要するにフラフラして書き方・テーマが不安定、読んでもまとまった印象がなかった、ってことね。
H 現役作家の達成感のなさ
61章《『告自』という、奇妙な、なにかの間違いのように成立してしまった小説を書いてしまった後でも、現役作家は、 ユイちゃんと過した夢のような快楽の日々については、結局、たったの一行も、たったの一言も書いてはいないし、書けもしない、と思いつづける。》
Ⅲ 『文章教室』の文章を分析してみる
【文例の分析⑴ 46章】
渡辺七郎氏は、この懐石料理も出す和風レストランを、新派の舞台の書き割りみたいだ、
三島由紀夫のなんとかって芝居を水谷八重子がやったのを画商の招待で見たことがあるけど、まるであれだね、と言って笑っていたが、絵真は、なんとなくそういった書き割りじみた現実味のなさ、文章教室に来ているいつもベレー帽を被った定年退職した高校の英語教師(教室で一番上手な文章を書く男性)に教えてもらった言葉でいえば《フォニー》というのかもしれないその店が気に入ってないこともなかった。〈フォニーというか、書き割りめいているだけに、そこは人生のドラマの一齣が演じられるのにふさわしい舞台ではなかっただろうか〉と、和紙で製本したメニューを見ながら、絵真は〈文字を追うだけで何も読まずに、とりとめのないことを、考え〉て、少しぼんやりしていた。まがい物、とかインチキ、って意味なんですがね、と元英語教師はデパートの七階のテラス風の喫茶室で現役作家の顔を同意を求めるように卑屈そうに――と絵真は思ったのだが――見ながら言い、現役作家が、そうですね、と答えると、今度は絵真を含めた女性たちに向って、辻邦生とか中村真一郎、それに加賀乙彦なんかが、そう言われたんですよ、と説明してくれた。女性たちは、まあ、と驚き、 一人が、でも、加賀乙彦さんは朝日新聞に小説を書いていますけど、と言い、別の一人は、辻邦生さんはパリの大学で日本文学を教えているんでしょう、新聞で読みました、と発言し、別の一人が中村真一郎さんの『四季』、と言いかけると、最初に発言した中年の女性が、あなた、それは五木寛之の小説よ、と小さい声でたしなめ、現役作家はにこやかに笑っていた、といったふうなことを絵真は〈なんとなく思い出し、ふと気がつくと〉今年になって、 ついにかけるようになった老眼鏡を忘れてきたらしく、メニューを持った手を伸し、頭を後にそらすようにして料理の名前を読んでいる〈夫の姿が眼に入った〉
☆この文章は、夫と食事をしようとしている場面であるが、何重もの層から出来ている。今、仮に、時間的順序を想定してみると、
①父渡辺七郎がこの店を「新派の書き割り」と評した/②デパートの喫茶室での教室仲間の会話(「フォニー」)/③夫との会食/④「折々のおもい」……〈 〉内の表現。
次に、「フォニー」理解の層から言えば
a 元英語教師……「まがい物、とかインチキ、って意味」と、みんなに紹介
b 現役作家……「そうですね」
c 教室の仲間……例としてあげられた作家について
い 加賀乙彦さんは朝日新聞に小説を書いていますけど
ろ 辻邦生さんはパリの大学で日本文学を教えているんでしょう
は 中村真一郎さんの『四季』、…
い それは五木寛之の小説よ、と小さい声でたしなめ、
※ほかの三人には「さん」づけで、五木寛之だけ呼び捨て。ここにも彼女たちの意識(純文学信仰、エンターテインメント蔑視)。
☆この時の「い」の発言に対する反応について
・現役作家はにこやかに笑っていた
……この笑いは何か、 ・現役作家の無知か(まさか)
・生徒たちに対する寛大な無関心か
・このことを思い出している絵真自身が、何もコメントせぬのは、彼女の無知を露呈。
・語り手(あるいは作者)が、この件に関して、何もコメントせぬのは、「読者に対する小さなテスト」(おそらく、この種のテスト・皮肉は全編にちりばめられている)
☆言うまでもないが、『四季』は中村真一郎の四部作の第一部であり、五木寛之の『四季・奈津子』とは別物。つまり、「は」の言いかけたことが正しく、たしなめた側の「い」が間違い。但し、読んでいないことでは二人とも同じ。
※1974年江藤淳の「フォニイ考」から、論争が引き起こされた。
【文例の分析⑵ 38章】
電話というものが出て来て、かつ、電話による会話や、電話によってもたらされる報告で小説の筋の進行がもたらされる小説に関して、現役作家は《たいていの場合、無精ったらしい、時間と空間の節約という感じがする》と鼎談時評で発言したことがあり――と言うより、電話ってのは安易すぎるね、と速記を起した原稿にあったのを書き直したのだが――出席者の一人だった女流作家は、《それに、ダイアルを廻した、という表現にしても、十年か二十年後の読者には通じなくなってしまうかもしれません。ダイアルというものがなくなってしまっているでしょうしね。そういう時代によって古びてしまう表現は避けたい》とデリケー卜なことを言った。もう一人の出席者である若い批評家が苛立って、二十年後にも読まれるほどの古典だったら国文学研究者か編集者が注をつける、と言い、これは原稿でけずられ、《ヒッチコックの『ダイアルMを廻せ!』なんてどうなるんでしょうね》と書き変えられていたのだが、むろん、今はそんなことはどうでもいいことで――とは言っても、この原稿は手入れをして月曜日中に渡さなければならない――この場合は電話をかけることは是非ともやらなければならないことだった。
☆この『文章教室』そのものが何よりも「電話による会話や、電話によってもたらされる報告で小説の筋の進行がもたらされる小説」なのだ。⇒言うまでもなく、金井美恵子は、現役作家とも女流作家とも違う考えの持ち主である。
☆「時代によって古びてしまう表現は避けたい」という女流作家の発言に、この『文章教室』は真っ向から逆らっているようなものである。
☆「もう一人の出席者である若い批評家が苛立って、二十年後にも読まれるほどの古典だったら国文学研究者か編集者が注をつける、と言い」というのも、笑える。
☆速記原稿を書き直す現役作家や若い批評家の思惑が、可笑しい。
☆この小説自体が時代の風俗に依拠して書かれている。電話に限っても、その後、テレフォンカードが出現、しかし携帯電話の登場で、公衆電話は激減。
【文例の分析⑶ 54章】
……渡辺七郎氏が、俗に言うあれだよ、喪服を着た女房を見て亭主が惚れ直すという、ようするに、中野くんにかっこいいとこを見せたいんだから、まあ、着せてやりゃあいいよ、と結論を下し、桜子はけろりとして、まあ、そんなところかなあ、死んだのはあたしの知らない人だしねえ、彼も自分は父親とは縁が薄いっていったからなあ、と言ったので祖父は、むっとして横を向き、絵真も腹を立てて、桜子、あんたは知らない人でも、亡くなった中原さんはおじいちゃまの古いお友達なのよ、と言った。〈いやな娘だ、と私は思った。かりにも恋人の父親の死を前にして、自分の喪服姿を恋人に印象付けようと思っていることを隠しもしない無神経さは、誰に似たのだろう〉と絵真は後でノートに書いた。aむろん、この文章は、自分の娘である桜子の無神経さは、父親ゆずりであって、母親ゆずりではない、と読まれるべきなのであって、絵真の考えでは、佐藤氏は鈍重で無神経な、想像力のない男ということになっているのだった。〈自分の浮気にかまけて、妻に愛人がいることに気がつきもしなかったばかりか、私が家を出て、生家に戻っている現在でさえ、よもや、自分の妻に恋人がいるなどということを露ほども疑ったりはしない。それも、何かの変化が自分の生活におこるのを極端に嫌う、保身的な性格のせいだ〉と絵真は書き、このての文章は、文章教室に提出すれば、朱筆を入れてずいぶんと直されるのだろうが、これは絵真だけのノートであり、誰も読む気づかいはないのだから、b誰も彼女の考えの身勝手さに朱筆を入れたりはしない。cそれに、朱筆を入れて文章を直したところで――現役作家が受講者たちの提出した短文に赤のボール・ベンテルでそうするように――書き手の身勝手さが変わるわけではないのだ。
☆途中から引用した最初の文は、会話を(「 」で区切ったり、改行したりせずに)本文にとかしこんだ例である。丸ゴシック体が渡辺七郎と桜子と絵真の発言の再現部分。
☆〈角ゴシック体・斜体〉が絵真の「折々のおもい」からの引用になる。これに対する語り手からの批評・批判が傍線a、b、cである。
☆aは「誰に似たのだろう」(形だけの疑問文)という決まり文句の有無を言わせぬ押しつけがましさ、そしてこんな紋切型に安住する絵真の認識の偏りや甘さ(自分の判断を疑うことのない)を批判している。読者は佐藤氏が決して「鈍重で無神経な、想像力のない男」ではないことを知っている。
☆35章で娘に説教した場面での佐藤氏の自省を、語り手は次のように語り、評している。《…ふと、父親なんてものはそれを演じる技術に還元されてしまうものなのかもしれない、と思ったりもした。桜子や絵真には、父であり夫である平凡な人物が、そういった物の考え方をするとは、とても、考えてもみなかっただろう。》。
☆bは絵真のノートが、所詮他者の目にさらされることのない自己愛の産物であることを批評し、さらにcでダメ押しで次のように痛快に批判する。
《朱筆を入れて文章を直したところで書き手の身勝手さが変わるわけではないのだ》
Ⅳ 参考資料
【主婦と「文学」 (金井美恵子)】
もちろん、文章修業などということはやったことがないのだが、どんな種類の文章にしてもそれを読んで、上手下手、上品下品、馬鹿か利口か、保守反動か前衛か、といったような判断を下せるようになるまでには、当然のことながら、どれだけ多くの文章を読んだかということが関係している。
以前、『文章教室』という小説を書いたのだが、この小説はカルチャー・スクールで「文章」を書くことを学んでいる主婦が主人公で、彼女の書く「手記」を含めて、新聞や雑誌文学作品のなかに遍在している紋切型文章の見本のようなスタイルで書いた風俗小説だった。
この小説は、主婦層というか、文学好きの主婦(パート勤務をしている)でもあるという人々からひどく嫌われたらしい。それはどうやら、彼女たちが自分の無知さを笑いの種にされていると感じたせいだったように思われる。子供と夫の面倒を見て、やっと子供に手がかからなくなったのでパートで働くようになり、時給六百五十円のパートで得たお金で、若い頃好きだった金井さんの新しい小説を久しぶりに買い求めて読んだところ、そこには、 一生懸命精一杯生きている主婦の気持を無視した嘲笑しかなかった、といった内容の手紙を、同世代で若い頃に私の小説のファンだったという女性から何通かもらった、ということは、そう多くの手紙が読者からとどいたりしない小説家である私にとっては、なかなか珍しい経験でもあったのだが、なんとも、うっとうしい気持にもなったのである。
小説を読んで感想を綴った手紙を作者におくったりするからには、彼女たちはきっと多少なりとも文章を書くのが好きなタイプで、若い頃は私の小説のファンだったというのだから文学少女でもあったのかもしれない、などと考えてはみたものの、なぜ女の小説家が主婦的無知を嘲笑してはいけない、と彼女たちが考えるのかについては、面倒臭いのでここでは書かないが、それとは別に、元文学少女である読者というものは、小説のなかに他人の文章の引用で出来ている紋切型文章などではなく、どうやら「鋭い感受性」が日々の「何げない生活」のなかで経験する「はっとするような光景」を読みたいのだ、ということが手紙に書いてあったことからも想像できるように、ようするに、「文学」が読みたいらしいのだ。
このコラムが「自分の思いを書きたいミセスに贈ります」とサブタイトルのついた「私の文章修業」というタイトルであるからには、読者のなかには文学的文章を期待していた人もいるかもしれないだろう。しかし「私」という存在が「文章」を「修業」するという奇妙な事態を、私は考えたことがないし、まさか「主婦の友」にエクリチュール論を書くわけにもいかないので、主婦という存在は、普通に思われているよりずっと、「文学」好きで、「文学」的瞬間に敏感なのだと気づかされた経験を書いてみた。
「主婦の友」一九九二年四月号
☆この原稿は、当時新入社員だった中島京子(『小さいおうち』の作者)が依頼したもの。事の顛末については『エッセイ・コレクション1』の、中島京子による解説に詳しい。
☆言うまでもなく《文学的文章を期待していた人も……》と《「文学」好きで、「文学」的瞬間に敏感……》の違いがポイント(つまり「 」があるかないか)。
☆『文章教室』で揶揄、嘲笑、批判の対象となっているのは「文学好き」の主婦絵真だけでなく、現役作家も中野勉も桜子もディードラも、登場人物すべてなのだ。(そして作者金井美恵子自身も)
【蓮實重彦とのインタビューから抜粋・福武文庫版の付録】
――今度は内容のほうに移らせていただきます。まず、主人公がいますね。その名前の
二つの漢字を読むとエマとなる。ところで文学の歴史の中にはエマという名前を持った
主人公の活躍する小説が複数ありますが……。
金井 ジェーン・オースティンの「エマ」以外にも確かにありますね。短篇も含める
と、アンデルセンにもボルヘスにも、この名前のヒロインが登場しています。
――そうすると、下敷きのある小説ということになりますね。
金井 はい。
金井 さきはど、言いました「エマ」以外でですね。この名前が出たのですから、こち
らが蓮實先生とお呼びしなければなりません。フローベールの研究者を前にして恐縮な
んでございますけれど、「ボヴァリー夫人」をある意味で下敷きにいたしました。
――なるほど。絵真のお父さんは画家です。ところがその画家がなぜかニワトリを飼っ
ている。いま伺った「ボヴァリー夫人」でも、エマのお父さんが七面鳥を飼っていてい
つも送ってくるという挿話がありますが、あれは偶然の一致ではなかったのですね!
金井 新宿の町の中で七面鳥を飼う人はあんまりいないと思ったんで、ニワトリにした
んですけれども、それは全くご指摘の通り、七面鳥を毎年老人が送るというのが下敷き
になっているのですけれども、非常にいい習慣だと思いまして(笑)。七面鳥は大味で
あんまりおいしいものじゃございませんけれどね。
――そういう下敷きを知らない一般読者は、ニワトリをどのように理解したらいいか迷
ってしまいます。しかもそのニワトリは幾つかに分断され、回り回って行くわけです
ね。ここは世界の大小説とちょっとベクトルが違っている。そこらへんに二十世紀の世
紀末的な感覚があふれているというふうに考えるべきでしょうか。
金井 御指摘のとおりです。しまいにはニワトリはラブ・ホテルの淫らなベッドの上に
羽をむしられた状態でおかれたりするというメロドラマ的場面に登場してしまうわけで
す。「ボヴァリー夫人」に出て来る七面鳥と違って、ニワトリは、どうも厄介物なんで
すね。みんな、持ちあつかいかねます。
――現役作家が登場しながら彼の書いている言葉は引用されず素人の中年過ぎの女性の
文章が括弧の中に入っている。〈素人の時代〉ということを、さる大批評家が主張して
おられますが、そうした風潮に対する皮肉のようなものも込められているのでしょう
か(笑)。
金井 作者の意図としては皮肉ということではなく、むしろ事実を書いた、と思ってま
す。「文章教室」はリアリズムの小説なのです。リアリズムですから、風刺や皮肉であ
るより、まず事実を問題にしてるわけです。さまざまな書き手たちによって書かれた小
説やエッセイやその他の文章、誰でもが眼にして読んでいる文章という事実を坦々と書
いた小説だと思うのです。パロディや引用でさえないのです。その坦々と書いた事実
が、風刺とか皮肉とか受け止められてしまう。
――短い断片が次の断片に移ると、嘘のような偶然の出会が起こるということもありま
す。あれもおそらく「事実は小説より奇なり」という立場に立つとリアルであるという
ことになるのだと思いますが、人びとが空間的、時間的に離れたところに生活していな
がら、たまたま隣同士になったり、誰かの父親が昔の知人であったり歯医者であったり
とか、ああいうことは普通はルイス・ブニュエルの映画の中でのみ許されることですね。
「昇天峠」が出てきたりしますけど……
金井 ええ。これを書いている時、丁度、ブニュエルのメキシコ時代の映画をまとめて
何本も見ました。黙っていようかと思ってたんですけれど(笑)、とても感動して、勇
気づけられて、ささやかながらブニュエルの感動的な図々しさを学んだのです。登場人
物の一人のように、ブニュエルをシュルレアリストだとは思いませんでしたけど。普通
はおっしゃるとおりあんまり許されてないですね。小説の中では。
――そうすると、小説の中で許されていないことをあえてなさったということは、ジャ
ンルとしての小説に対する新たな実験精神の現れというふぅに考えていいのでしょうか。
金井 ブニュエルの真似をしてもいいじゃないか、という態度を、実験精神と呼んでい
ただくのも図々しいですね。小説もそういう偶然が許されてもいいではないかと、考え
たということですね。それにそうしないと小説の筋が進行しない。書き手の意図を超え
て、偶然というのは起り得るわけです。
2014年度前期「小説を読む」藤本英二
第五回 黒井千次『群棲』(1985)
Ⅰ 黒井千次について
略歴
1932・昭和7年 東京に生まれる。本名、長部舜二郎。父は検事。
1951・昭和26年 東大に入学(経済学部)。民主主義文学研究会に所属。
1952・昭和27年 血のメーデー事件……のちの「時間」『五月巡礼』『羽根と翼』などに
1953・昭和28年 日本文学学校の事務局を手伝う。
1955・昭和30年 富士重工業に入社。(十五年間勤務)
1956・昭和31年 黒井千次のペンネームで「青い工場」を新日本文学に発表。
1961・昭和36年 黒川千鶴と結婚。 31歳
1968・昭和43年 芥川賞候補となる。 36歳
・43年下「穴と空」、44年上「時間」(※受賞作は「赤頭巾ちゃん気をつけて」)44年下「星のない部屋」、45年上「赤い樹木」、45年下「闇の船」
1969・昭和44年 第一作品集『時間』を刊行。
1970・昭和45年 富士重工業を退社。「時間」により芸術選奨文学部門新人賞受賞。38歳
1977・昭和52年 『五月巡礼』
1980・昭和55年 『春の道標』 ※自伝的小説
1981・昭和56年 「群棲」の連載開始。(全十二話)
1983・昭和59年 『群棲』刊行。(谷崎潤一郎賞) 51歳
『星からの一通話』(「子供のいる駅」収録、ショートショート集)
1995・平成 7年 『カーテンコール』(読売文学賞)
2001・平成13年 『羽根と翼』(毎日芸術賞)
2006・平成18年 『一日 夢の柵』(野間文芸賞)
2010・平成22年 『高く手を振る日』
【参考】
・第一次戦後派……野間宏、椎名麟三、武田泰淳、梅崎春生、埴谷雄高、
・第二次戦後派……大岡昇平、三島由紀夫、安部公房、島尾敏雄、井上光晴
・第三の新人……吉行淳之介、安岡章太郎、遠藤周作
・石原慎太郎(1932~/1955芥川賞)、開高健(1930~1989/1958芥川賞)、大江健三郎(1935~/1958芥川賞)、
・内向の世代……1930年代に生まれ、1965年から1974年にかけて抬頭した一連の作家を指す。年齢的には石原・大江らと同世代だが、デビューは約10年ほど遅い。作家生活に入るまでに企業などでの勤務経験がある。代表的な作家は、古井由吉、後藤明生、日野啓三、黒井千次、小川国夫、坂上弘、高井有一、阿部昭、柏原兵三など。
Ⅱ 『群棲』について
※1981年~1984年、『群像』に不定期に掲載され、1984年4月に単行本として刊行された。十二編よりなる短編連作。
⑴見取り図 《一つの路地、「向こう二軒片隣」、四軒の家が舞台》
田辺家
※古くからの土地所有者。二階建てのアパートを作るが、火事が起きる。老人は死んだ織田家のおばあさんを訪ねてくる。老人は救急車で運ばれる。
滝川家(三、八)
・尊彦たかひこ
・静子
・(姪)
※定年前の尊彦の北海道出向、静子は一人暮らしを選択。のちに姪が下宿。
※外の水道の蛇口から水。犯人は隣家の娘真由。
※敏江(静子の友人)が約束通り訪ねてきたのに静子は留守。
★「明かり、光」が鍵イメージ(電気スタンド、向かいの木内の玄関からもれる明かり)
織田家(一、五、九)
・房夫(一、九)
・紀代子(五)
・耕一
・真由
※昔はこの路地辺りの土地を所有。
※仕事をやめ家庭に入った紀代子の不満。家を空けがち。
※房夫の両親との同居問題、建増し工事
※房夫は美人のハーフと浮気か。
※紀代子の妄想(水)
★「水」が鍵イメージ(井戸、外の蛇口、水が地面から、隣の火事)
木内家(六、十)
・昌樹
・美知子
※昌樹は仕事をやめて、翻訳を。W不倫、美知子は職場で浮気(?)性的な不満。
※子供がいないという問題。妻は狸の人形に食事を。
安永家(四、七、十一、)
・勇造
・雅代
・勉(長男)
・徹(次男)
・義子(勇造の母)
※雅代は痴漢に出会ったことがある。逃げてきた伊藤。
※義子の痴呆(食事、猫、夜尿)
※徹の女性問題。勇造の過去の浮気。
☆二「通行人」(浩、まり子)、十二「訪問者」(敏江)は外部からの者の視点で。
⑵各編のあらすじ
一 オモチャの部屋 (織田)
……子供達と夕食。古い家のことを思いだし子供達に話す。裏の田辺さんのおじいさんが工事のことで挨拶にくる。(もとはこの路地の辺りは織田家の土地だった)前の家に井戸があった。幻。遅く帰って来る妻
二 通行人(浩、まり子)
……建築中の田辺さんの家、通りかかった恋人たちは、そこに入り込んでセックスを。田辺さんを訪ねてくる老人とすれ違う。
★訪ねてくる者という項で十二章とつながる。
三 道の向うの扉(滝川)
……定年前、出向の話が出ている。夫が電気スタンドを買ってくる。向かいの木内家、飛び出していく車、追いかける夫、空きっぱなしの扉。
四 夜の客(安永)
……痴漢を逃れて家に逃げ込んできた女。雅代は「一度だけキスさせて」と迫ってくる男を思い出す。女を迎えにきた夫が、あの時の男だったのでは。姑の義子の存在のわすらわしさ。遅く帰って来た織田紀代子と立ち話。
五 二階家の隣人(織田)
……裏の田辺家のアパート二階から出火。田辺の老人(呆けが入っている)が房夫の祖母(故人)を訪ねてくる。
六 窓の中(木内)
……女からの絵はがき、隣の安永の次男徹と会話する。ポルノ小説、マスターベーション、仕事をやめて翻訳のアルバイト。帰ってこない妻美知子、W不倫。隣りの恋人たちを覗く。
七 買物する女達(安永)
……雅代は、買い物に出かけ、伊藤(痴漢に遭って逃げてきた女)と喫茶店へ。そこで息子徹とガールフレンド片瀬と会う。徹の帰りが遅く、やきもきする。徹が彼女を家に連れ込んでセックスしているらしい(それを姑や長男は知っている)ことに苛立つ。探しに出かける。伊藤夫婦に出会う。(痴漢男か)
八 水泥棒(滝川)
……夫の尊彦は単身赴任、妻の静子は一人暮らし。外の水道の水が漏れるという不思議な現象が繰り返しおきる。ついにつきとめた犯人は隣家の織田家の娘真由(小二)だった。
九 手紙の来た家(織田)
……別れて暮らしている母親から房夫に手紙が来る。以前、同居を勧めていたが、その気になったと。離れと物置を作って、という話。妻紀代子の深夜の帰宅。裏の田辺老人が救急車で運ばれる。母親は大工の棟梁に話をして計画を進めていく。私は物置に住むという妻。
十 芝の庭(木内)
……狸の人形(ヌータ)に食事させる美知子。昌樹は仕事をやめ、今は翻訳の仕事をもらっている。増沢が妻と子供を連れてやって来る。妻の仕事場の富田から美知子に電話。ブロック塀ごしに隣の安永徹と話す。ガールフレンドとは別れた、今は次の次。化粧して出かける美知子。狸が出ていく幻。
十一 壁下の夕暮れ(安永)
……回覧板の死亡通知。雅代は向かいの織田紀代子と話す。織田家は建て増しの工事を中断。織田房夫は美人のハーフと浮気か。安永の義母はボケて何度も食事を。徹に電話、滝川の姪から。二年前にいなくなった猫のタマを探して町を彷徨う義母。徹は隣の織田房夫の浮気現場を目撃。勉(兄)は何かを思いだし母をかばって沈黙。義母の夜尿。紀代子は土地から水がわいてくるという妄想を雅代に語る。
十二 訪問者(敏江=滝川静子の友人)
……静子を訪ねて、迷いながらやって来るが、静子は留守。猫を探している老女とその嫁(安永)。建て増しをしている隣の家の女(織田)。
⑶時間の流れ、状況の変化
・古い地主である田辺、織田。織田家は土地を分割。
・北裏の田辺家は、一章で建て替えの挨拶、二章で工事中、五章で火事に。
・滝川家は、三章で転勤の話、八章では夫だけ単身赴任、妻は一人暮らし。
・安永家は、次男徹はガールフレンドと別れ、次、その次の彼女と交際。その発言が雅代を苛立たせる姑義子(四章、七章)は、十一章では痴呆に。
・織田家は、老親の同居の申し出(五章)、建て増し工事計画が進行。妻紀代子は水が湧いて来る妄想を(十一章)
・木内家は、六章で職を探していた妻美知子は、十章では働きに出ている。また夫の友人増沢の妻の妊娠、出産。
☆一章から最後までで、二年ほどの時間が経過している。(猫のタマ)
⑷主題系について
《その一 浮気》
・滝川家、夫尊彦の買物で(過去)暗示。
・安永家、夫勇造の浮気(過去)、浮気性の弟徹。
・織田家、夫房夫は、現在美人のハーフと浮気か。
・木内家、夫婦は互いに不倫。
☆過去の浮気は暗示されるだけ。現在のそれは、突き詰められることはなく、読者がそのドラマの渦中に立つことはない。問題が突き詰められることがないという点では、「痴漢男との再会」「老父母/夫/妻(同居問題)」なども同じ。
《その二 性・エロス》
痴漢に遭遇する、あるいは隣家を覗き見する(若い恋人のセックスを)という形で、性・エロスの主題は展開している。
《その三 家に帰りたくない妻》
・滝川静子は夫の転勤について行かず、一人暮らしを選択する。(裏返しの帰宅拒否)
・安永雅代は帰宅が遅くなって痴漢にあう。
・織田紀代子は家を空けがちで、娘真由が隣の滝川家の水道を。
・木内美知子は夜に車で飛び出すことしばしば。(三章)ある時は海に行くと言って帰ってこない。(六章・窓の中)
☆四人の妻は、皆、家庭に入った女である。家の存在が女性を拘束し、息苦しくさせる。かつて働いていたのは織田紀代子、一度辞めてまた働き始めたのは木内美知子。
《その四 家の建替えあるいは同居、嫁姑問題》
織田家は昔の大きな家を壊して、新しい小さな家を建てた。裏隣りの田辺家は二階建てアパートに建て替える。織田家は老親を引き取るために庭に離れ、物置の工事を。
家の建て替えは、家族の再編を伴い、それは老親との同居という問題、嫁姑問題を発生させる。織田紀代子が将来直面するであろう問題は、現在の安永雅代の問題である。
《その五 老い・痴呆》
田辺家の老人。安永家の老母義子の痴呆は小説の中で進行(発生)する。ゆるやかな狂気としての痴呆、妄想、思い出への退行
⑸描き方の特徴
《その一 抽象性》
固有名詞(地名、店の名前など)は避けられている(この点が『たまらん坂 武蔵野短編集』1988と違う)。会社名、仕事の内容もあいまいで明示されない。これは、たぶん具体的な現実の再現を目指した作品ではなく、現実から問題(親との同居、家に閉じ込められる妻、老いや痴呆、浮気などなど)を抽出し、あらためてそれを作品の中に投じ、配置するという手法の作品だからであろう。
★この小説には、棲むことの「喜び」が描かれていない。棲むことの問題性(不安や不満)ばかりがクローズアップされている。
《その二 異なる視点で》
視点人物を、織田房夫、通行人、滝川静子、安永雅代、……という風に章毎に変えている。その視界の中に、他の家の人物が入ってくる。そのため、人物が多方向から描かれることになる。
☆視点の移動と、関わりがあるのが、「覗く」という行為。「覗く」がこの小説の鍵となるイメージで、何度も変奏されながら、この行為・ことばが出てくる。
・一章……夜、雨の中を工事のためか歩き回る老人を窓から覗く。
・二章……覗き猫め。
・三章……滝川静子は向かいの木内家の扉が開き放しなので、玄関まで行って声をかけ家の内部を覗く。
・六章……木内昌樹が隣の安永家を窓から覗き、次男徹と彼女を見つける。
・七章……「こんな所で買物をしたら台所どころか寝室までのぞかれてしまうのではないか」デパートのレジで避妊具を買う伊藤妻を見て、安永雅代は思う。
・十二章……滝川静子を訪ねてきた敏江は、家の中をまわりから覗く。
それぞれの家には、抱え込んだ問題がある。しかし、「向こう二軒片隣」の関わりはほとんどない。つまり見えてはいるが、その問題はそれぞれの家庭の問題として、お互いに干渉せず、関与せず。
一つの章は、一つの家庭の問題だけではなく、必ず複数の家庭の問題が同時に語られている。例えば八章・水泥棒なら「滝川静子の不安+織田真由の行動(不在がちの母親)」
滝川静子を視点人物とした章(三章・道の向こうの扉、八章・水泥棒)だけが、「 」なしの表記で会話が書かれている。これは何故なのだろうか。。
《その三 二重写し》
「今、ここにある事物や出来事」を、過去と重ねあわせて、「空間・時間の二重写し」として描く。典型的には一章・オモチャの部屋。
織田房夫は、昔の家の間取りや部屋の位置を、今の家(昔の家を壊してその上に建てた)に重ねて、子供に教える。まるで探検しているように。隣の田辺老人が家の建て替え工事の挨拶に来る。死んだ祖父、祖母を思いだす。田辺老人は井戸のことを思い出させる。
ここでは単に「昔を思い出す」という、現在/過去の境界のはっきりした行為としてではなく、現在と過去が混在するかのような奇妙な感覚が生まれている。これは一歩進めば、老人の時間感覚の混乱と同じになる。
☆二章・通行人の「家の中に家がある」という心象も、空間の二重写し。
《その四 妄想、幻想》
その妄想、幻想はあくまで、個人の内面で生まれている。不思議な現象自体が起こっているのではない。
典型的な例としては、「少女の口に千本の針(滝川静子)」「部屋を出ていく狸の人形(木内昌樹)」「井戸からあふれてくる水(織田紀代子)」など。
Ⅲ いくつかの章を分析してみる
⑴一章・オモチャの部屋の場合
《そのあたりの空気がじわりと身じろぎしたようだった。》
⇒「空気」を人のように感じている。
《房夫は居間から玄関に出るドアをスリッパの先で押しやってから、眼の前の見えない障子を丁寧に引き開けた。予想もしない大きなものが足の先にあった。それは横たわるのでも、蹲るうずくまのでもない不自然な姿勢で倒れていた。》
⇒これは過去の情景(祖父の死体)が、今現在そこにあるかのように書かれている。一種の錯覚というか、幻の像。
《「危ない。さがっていろ。」房夫が叫んで真由の足の先に手をついた時、床板は白い線のままにぽっかりと抜け、からからと笑うような音をたてて暗い深みに落ちていく。》
⇒現実ではありえない幻の光景が、実感を伴って
《……うちのあちらこちらに空洞が生まれている。そこを目がけて、もう一つの家が床の下からゆっくり滲みだして来る。》
⇒空洞が生じ、そこからもう一つの家が滲みだしてくる、という二重光景の無気味さ
⑵三章・道の向こうの扉の場合
三章の大きな特徴は「明かり」である。夫の尊彦が買ってきたのは「黄銅色の細身の電気スタンド」。向かいの木内家の玄関の扉が開いたまま、「赤茶けた光がこぼれ出ている」。
滝川夫妻に過去に何かあったことを暗示するような表現が多くある。
《買物の好きだった夫が、昔はよく勤めの帰りになにやかやとつまらぬ品を買い求め、玄関に迎えに出た子供達に手にした包みを奪い取られるように渡していたのを静子は思い出した。いつの間にか、尊彦の買物への興味と熱は薄れていったようだった。ちょうどあの頃からだったかもしれない、と彼女は濡れた布を踏んだような感触を肌に蘇らせた。》
⇒①買物熱の消滅とあの(浮気)の関連を暗示、②不快感は皮膚感覚で表現
《よく覚えているな、こっちはとっくに忘れていたよ。/覚えていますよ、なんでも。》
《若い日々の思い出話に溶けこむには今の尊彦は鬱陶しかったし、相手の身勝手な記憶のありようを指摘すれば余計なことまで言い出してしまいそうだった。》p69
⇒これは過去に夫の浮気があったことを暗示している。
《逃げるのも、捨てるのも、結局は同じことなのかな。/……/同じじゃないでしょうね。私はどちらもしなかったけど。/出来なかっただけだ、と静子は自分に言いきかせた。……逃げることなら私にも出来たかもしれないけど……。》
⇒ここでは「夜飛び出していく木内家の妻、追いかける夫、空いたままの扉」と「子供がいるのに家を空けがちな織田家の妻」という話題が滝川夫婦間で語られながら、滝川静子自身の不満・内心の声が描かれている。三人の妻の重ね合わせ。
《逃げることなら私にも出来たかもしれないけど……。/尊彦が電気スタンドの明りを消した。/あ、どうして消すの。/静子の口から叫びに似た声が洩れた。詰るなじ調子ではなく、驚いた子供の声に近かった。尊彦は黙ってまた灯を燈した。ほんの一瞬の明減であったのに、静子にはスタンドが身をくねらせて姿を変えたように思われた。方形の台から垂直に立つ細い柱に今迄にない濃い影が生れ、それにまといつく黄銅色の茎が俄かにしなやかさを増してぼってりと重い花の明りを気怠げに垂らしている。自らの光を受けた丸やかな茎は、脂でも滲み出させそうな重い艶を隠そうともせず、細い柱に寄り添って動かない。》
⇒スタンドの描写はあたかも「女」であるかのようだ。夫の買物に対して妻の感じる違和感。
⑶四章・夜の客の場合
・突然助けを求めてやって来た女・伊藤(痴漢と遭遇)。
・安永雅代は、過去の痴漢のことを思い出す。家に帰りたくなくて遅くなった日。
・電話して、迎えに来た伊藤の夫は、雅代が出会ったあの痴漢だった。
・家に入ろうとして、遅く帰って来た織田紀代子と立ち話。
《出かけるとつい帰るのが面倒になってしまって。》《本当は、どこにも行く所がないくせに》……安永雅代=織田紀代子の共通項「家に帰りたくない女」
・義母から雅さんかいと声をかけられ、違いますよ、と突然叫び出したい気持ちに。
⑷五章・二階の隣人の場合
・夫からの、仕事で遅くなるとの電話に対して、妻は疑いを。
《やっぱりね、と紀代子は暗い勝利感のようなものが身体を駆け抜けるのを覚えた…》
《予想と寸分違わぬ房夫の声が受話器を通して頭の奥に届いた。》
《帰宅の遅くなることを告げる夫の電話に、これといってあげられるほどの不審の点があったのではない。しかし紀代子の中の房夫の姿が、いつからとはなしに不透明な膜で覆われて来ているのは確かなことだった。その変化へのこだわりが湧き続ける自分に紀代子は苛立った。……
あるいは、こちらが勤めを辞めて家にはいってしまったせいもあるのかもしれない。まだ会社勤めをしていた頃、遅くまでかかった仕事を終えて同僚達と出た夜の街の空気が、未だに海のうねりのように肌に蘇って消えなかった。それを求めていくら街に出ても今は手応えのない水にしか出会えない。身体を掴み、引撲ってくれるような自由で力強いうねりは紀代子をよけて通り過ぎ、いつでも彼女は薄い水の中に独り置き去りにされている。》
⇒このように織田紀代子は「水」の比喩で語られる。そして井戸の水が湧いて来るという妄想に。
勤めを辞めて、家庭に入った紀代子は、家を「身動きが出来ない狭い囲いのように」感じている。
裏の田辺家の二階から火が出て、騒ぎになる。二階の男女。田辺の老夫婦。田辺老人は、死んだ織田よし江(房夫の祖母)を訪ねてくる。老人が行方不明になり、踏切りで見つかる。
《「その一人の時期にね、おばあちゃんが夜、幾度かあの竹藪のある踏切りの脇に立ってい
たんだそうだ。」「それは本当なの?」「今の田辺のおじいさんの言うことだからはっきりとはわからないけれど、俺は本当だと思うな。」房夫の言葉には、彼自身の胸の中にしっとりと落ちていく静かな響きがあった。丈高く髪を結いあげたセピア色の女が、深々と茂る竹藪を背にした線路脇に一人ぽつんと立っている姿が紀代子の眼に浮かんだ。「私が断ったので、田辺さんのおじいさん、そこまでおばあちゃんに会いに行ったのかしら。」「あるいは、もっと遠くまで行こうとしていたのかもしれないし……」》
⑸十一章・壁下の夕暮れの場合
・安永雅代は織田紀代子から話を聞く。老親との同居・建築工事問題の話題のあとで「一番大事なところは逃げて、変な女にひっかかったりして」と紀代子は発言。雅代は《…世代も異なり、別の世界に生きているとばかり思っていた若い主婦が、雅代にも覚えのあるような悩みを洩らしたために急に身近に感じられた》
・夫に話すと、「あの人には大したことは出来んよ。」「わかりませんよ。誰かさんと違ってご主人に大したことが出来なくたって、奥さんがそれをどう思うかで大したことになるかもしれないでしょ。」という会話になる。
・《あの子はあなたの血を引いたのよ》……徹に女の子からの電話など、
・徹が、織田家の夫の浮気現場を目撃した話を、食卓でする場面で《徹の語りの終わり近くから急に黙り込んで無表情に食事を続けている勉はあるいはなにかを思い出して母親を庇ってくれているのかもしれない》と雅代は思う。
こうした一連の小さな断片は、安永勇造の過去の浮気を暗示している。
Ⅳ 印象的な表現をピックアップ
《ブロックの塀が左右に息長く続きはじめる。街燈の下の茂りすぎた檜葉の垣根がそこだけ毒々しい緑に染めあげられ、人を誘いこむような濃い陰を孕んでうねる。……長い塀が切れ、ちまちまとした家の二、四軒寄り集っている一画が現われる。》p43
《「田辺さん、見てないかな。」/「……もう寝たよ。」/身体の匂いに溶けかかった声が光の遮られた部屋に浮かび、そのまま消えずにいつまでも残っている。ブロックのない側面に下から少しずつ熱い壁が育ちはじめる。三方を囲むブロックの肌が滲み出す汗で滑らかに被われ、陶器に似た艶やかな壁を作り出す。浩の指がまり子を探り続ける。建てかけの家のどこにもない温もりと湿りがその指に応えて動く。》p52
《はがきの端を持つひどく長い指が奇妙に反りかえり、陽に当ったことのない内臓の
ように生白い。その指先で、どぎつい濃紺に煮つめられた海が四角くテラテラと光ってい
た。》p145
《小説がもの足りなければもの足りないほど、自分の下半身が汚れた濡れ雑中にでも包まれて店の床に投げ出される感じだった。》p150
《……濡れた手で受話器を摑んだ。人気のない家の中に急に期待がふくらんだ。一本の黒い線が濃紺の海の底へとまっすぐにつながっていくのを感じた。》p151
《家で待っている自分がわれながらおかしいほどあまりに小さく、薄っぺらのものに感じられてならなかった。自分を囲む家そのものまでが、土の上にそっと置かれた紙のように思われた。》p157
《妻が誰かと一緒に海へ行くのではないか、という疑いは消え、おそらく彼女は独りぼっちなのだ、と昌樹は思った。その方がもっと恐ろしかった。美知子が美知子自身の中へ向けてどんどん走って行ってしまったら、本当にもう帰って来なくなるかもしれない。そのくらいなら、徹とでも会っていてくれた方がまだ気分が楽なのに、と彼は重い息を吐いた。》p158
《「奥さんは後ろ向きだったから知らないけどね、お二人がはいって来た時からなんとなく
私見ていたの。もうかなりなものよ。雰囲気でわかるもの。」/「そんな……」/女の舌の先が所かまわず身体の内側にはいって来るようで雅代は不快だった。》p192
《革ジャンパーのポケットから煙草を一本口唇の間に入れると、風もないのに男は大袈裟にライターを掌で囲って火をつけた。その口の中にいきなり親指を突き立ててみたい衝動が雅代の中を走った。たちまち親指のまわりにぬらりとした感触が蘇り、雅代は慌てて指をコートになすりつけた。》p207
《水の底に弱い月でも沈んでいるみたいだ、と房夫は思う。外はこんなに爽やかな夜風が通っているというのに、なぜ水を張った小さな箱の中にはいっていかねばならぬのか。》p239
《家の中に湿った足ではいりこんで来るような訳知りめいた笑いを見せて、棟梁は口唇の
隅からちらりと金色の歯をのぞかせた。》p258
《電話の向うに、まだ見たことのない中年過ぎのゆったりとした男の姿が浮かび上って来
る。そのしなやかな指の背には黒く長い毛が生えているような気がしてならない。慇懃な
語調の内に押しの強い響きがこめられていた。》p274
《車の姿が角を曲って消え去っても、昌樹はすぐ家にはいる気にはなれなかった。家の中
は美知子と狸と黒い電話機でもういっぱいになっていた。増沢達のいる間は多少紛れてい
た富田の声がたちまち耳に蘇って来る。》p285
《近づくと、板一枚を敷いた上に今にも倒れそうに三列に重ねられているのは、夥しい量の少年少女文学全集だった。まだ外に出されたばかりらしく、「イワンのばか」「川はあそぶ」「チェルカッシ」と表題の読める一番上の表紙は鈍く光っている。何十巻まであるのか、三つの柱のように積まれたこの異常な嵩の本を静子が一人で家から運び出したとは信じられなかった。その脇には薄水色に丸くふくらんだゴミ用の大きなポリ袋が置かれ、眼のとれた犬や腹の裂けた熊、灰色に汚れた兎など、様々のぬいぐるみのびっしりと詰められているのが外からでも見てとれた。隣の段ボール箱にはいっているのは、男物ばかりの黒ずんだ靴下の塊だった。その上に、花弁形のガラスの笠の割れた、古風な黄銅色の卓上電気スタンドが投げ入れられている。それらの品々が、埃もかぶらず、雨に打たれた跡もなく、いまそこに置かれたばかりの表情で押し黙って身を寄せ合っているのだ。ポリ袋の口を締めている輪ゴムや、卓上スタンドのほっそりとした軸に絡みついた蔓草の飾りのあたりにはまだ静子の手の匂いが残っていそうな気さえする。》p346
2014年度前期「小説を読む」藤本英二
第六回 開高健『夏の闇』(1972)
Ⅰ 開高健について
略歴・作品
1930・昭和5年 大阪に生まれる
1943・昭和18年 国民学校教頭だった父病死。 焼け跡体験
1949・昭和24年 大阪市立大学法文学部法学科入学。
同人誌「えんぴつ」に参加。谷沢永一(評論家・書誌学者)、向井敏(評論家)、牧洋子(詩人)らと知り合う。
1952・昭和27年 牧洋子(7歳年上)と同居、娘道子誕生。22歳
1953・昭和28年 大学卒業
1954・昭和29年 寿屋(現サントリー)に入社、宣伝部員に。PR雑誌『洋酒天国』の編集(柳原良平と)
1955・昭和30年 東京へ転勤。
・「批評」に参加。佐伯彰一、村松剛、篠田一士、進藤純孝らと知り合う
1957・昭和32年 「パニック」、「巨人と玩具」
1958・昭和33年 「裸の王様」で芥川賞受賞。寿屋を退社。28歳
1959・昭和34年 『日本三文オペラ』
1960・昭和35年 5月~中国訪問。9月~ヨーロッパ訪問。
1962・昭和37年 『片隅の迷路』 ※徳島ラジオ商殺人事件(冤罪)
1964・昭和39年 『ずばり東京』。11月~朝日新聞社特派員としてベトナムへ。
1965・昭和40年 2月従軍中にベトコンに包囲される。帰国『ベトナム戦記』(ルポ)
5月~ベ平連(ベトナムに平和を市民連合、小田実、鶴見俊輔らと
1968・昭和43年 4月『輝ける闇』(毎日出版文化賞)
★テト攻勢1月、5月、8月←この夏を作品にするのは4年後。
1969・昭和44年 『青い月曜日』(戦後青春期の自伝的小説)
1970・昭和45年 『人間として』編集同人に。小田実、柴田翔、高橋和巳、真継伸彦らと
★3月、佐々木千世子交通事故で死亡。
1971・昭和46年 『フィッシュ・オン』
1972・昭和47年 『夏の闇』
1973・昭和48年 文藝春秋、週刊朝日の特派員としてベトナムに。
1978・昭和53年 『オーパ』「ロマネ・コンティ・一九三五年」
1979・昭和54年 『玉、砕ける』(川端康成文学賞)
1981・昭和56年 菊池寛賞(一連のルポルタージュ文学で)。
1987・昭和62年 『耳の物語』(日本文学大賞)
1989・平成元年 3月入院、4月手術、12月死去(食道癌)
1990・平成2年 『珠玉』、『花終る闇(未完)』
参考・ベトナム戦争
1960年:南ベトナム解放民族戦線が結成され南ベトナム政府軍に対する武力攻撃を開始
1965年:アメリカ軍による北爆開始
1968年:テト攻勢開始(1月)、
1969年:南ベトナム臨時革命政府が樹立、ホー・チ・ミン死去
1973年:ベトナム和平協定(パリ協定)締結、アメリカ軍がベトナムから撤兵完了
1975年:北ベトナム軍全面攻撃開始(3月)、サイゴン陥落、南ベトナムが崩壊してベトナム戦争終結(4月30日)、サイゴンがホーチミン市へ改名(5月)
開高健の特徴
①求心的な小説(自己の内面を描く)から遠心的な小説(社会や世界を描く)へ、そして再び求心的な小説へ
・サルトルへの敬愛(実存性と社会性)
・戦後文学の後継者として(戦争文学としての『輝ける闇』)
・遠心的な小説の延長線上に、ルポ・紀行がある。
②海外へ
・最初の頃の旅は、中国や北欧、ドイツ、あるいはイスラエル(アイヒマン裁判傍聴のため)、など政治的な関心が強く、その延長線上でベトナムと出会い、ビアフラ戦争、中東戦争などへも。
・あとになると、『オーパ!』(1978)に代表される釣りの旅が中心となる。
③文学的な仲間・友人の幅がある(政治的には対立するような)
・『えんぴつ』の谷沢永一、向井敏ら、のちに保守派文学者たち
・『批評』の村松剛
・『人間として』の小田実、高橋和巳、柴田翔、真継伸彦ら、革新派文学者たち
④酒、料理、性、宝石など、享楽的・快楽肯定的な方向の文章を
・この側面の延長線上に村上龍を位置づけることもできる。経済界人との交流も含めて。
・『四畳半襖の下張』裁判の証人にもなる。『面白半分』編集長にも。
⑤文学者としては、「私小説家」になっていくが、その文学的な方法意識は持ち続けた。
・『耳の物語』はそれまでに書いてきた自伝的小説を「音」に注目して語りなおそうとした作品。素材(自分の人生での体験)の使い廻しと語り方の工夫。
Ⅱ 『夏の闇』について
⑴小説の背景と闇三部作
☆ベトナム戦争での従軍体験(1964~1965)から『ベトナム戦記』(1965、ルポルタージュ)が生まれ、さらに『輝ける闇』(1968)が生まれた。『夏の闇』(1972)は、『輝ける闇』の直接的な続編である。『輝ける闇』の持っているエネルギー(あるいは壮絶な体験)が『夏の闇』を背後で支えている。そういう意味では、読者がそれを知っていることを前提にした「私小説的」な側面がある。
☆「女」にはモデルがいる。
佐々木千世子
・奈良県天理市出身。生年月日は不明。昭和34年早稲田大学文学部露文科卒。
・昭和45年3月、交通事故で死亡。前日開高健は彼女と会っていたらしい。
※細川布久子『わたしの開高健』
・昭和45年3月25日付朝日新聞の記事
「二十四日午前零時四十分ごろ、東京都世田谷区玉川瀬田の玉川通りカーブで、川崎市・・・・会社員A(実名、26歳)の乗用車と川崎市鷺沿・・・・、東工大制御工学教授伊沢計介さん(44歳)の乗用車が正面衝突し、伊沢さんは即死、伊沢さんの車に乗っていた世田谷区岡本・・・・、西ドイツ・ボン大学研究員佐々木千世子さん(37歳)も頭を打って間もなく死んだ。Aは二週間のけが」
※川西政明「日本文壇史」より
・第三部の『花終る闇』(未完)は、「女」が日本に帰って来る所まで。(女の死を書きあぐねていたようだ)
・『夏の闇』(1972)は、1970年に死んだ佐々木千世子の鎮魂のために、彼女と過ごした1968年の夏を描いている、と言える。
⑵小説のモードとアウトライン(あらすじ)について
十年前に別れた女との異国での再会とひとときの同棲の物語ともいえるし、鬱に沈み込んでいた男が再出発する話ともいえる。
これは作者開高健の自伝的・告白的な側面を持った小説である。 しかし、主人公にもその恋人にも名前がない。小説の語り手は地の文では「女」としか呼ばず、会話でも「私」は彼女の名前を口にすることはない。彼女も私を名で呼ぶことはない。二人が呼び合うのは九章以降で、それは「ウンコちゃん」「ネズミちゃん」という愛称である(p188、パイク釣りに出かけた地方の風習をまねて)。
あるはずの男の家庭・家族のことは全く出てこない。舞台になっている国や都市(フランス、パリ、ドイツ、ボン、ベルリンなどが名指されない)。このようにかなり意図的な語り方が採用されている。
『輝ける闇』は遠心的(外部世界へ)
・ベトナムでの体験が具体的に描かれていて、出会う人々も、キャンプでのウェイン大尉、サイゴンでのチャンと娼婦素蛾(トーガ)の兄妹、日本人記者の山田、ベトナムの作家たち、など多彩である。『夏の闇』に顕著な病(精神的な)と思索と修辞よりは、行動と観察と描写が勝った作品といえる。
・青年の公開処刑を見る体験、断食闘争をしている高僧を訪問する体験、インド女のティーズを見る体験
・マーク・トゥエイン(『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』)、グレアム・グリーン、アンドレ・マルロウ、魯迅、ドストエフスキイなど、文学者への言及。
・徴兵のがれのためにチャンは指を切り、熱を出すが、結局入営する。
・『夏の闇』の主人公の陥る症状と同じような体験が瞥見される。
・従軍中にベトコンとの戦闘に遭遇、九死に一生を得る。戦闘場面は迫真的。
『夏の闇』は求心的(内部世界へ)
・10年前に別れた女との再会。ひと夏の同棲。
・眠りながら、剥離の恐れを抱きながら、過去の出来事をきれぎれに思い出す。サイゴンでの経験も断片的にしか出てこない。阿片窟の話は『輝ける闇』にはないもの。
・山の湖に行く、パイクを釣る。ひとときの再生。
・山から下りて、ふたたび剥離、崩壊のおそれ。
・サイゴン総攻撃第三波を予期させる情報に接し、ベトナム行きを決意する。
⑶小説の骨格(いくつもの主題)
①眠り
《……無数の作家たちが性の描写に熱中する程眠りの描写に熱中しないのはどうしてだろうか…》p129
・阿片の眠り、ゆりもどしとしての眠りp130
……異境をかいま見させてくれた/不安もなく焦燥もなく、愉悦すらもなく、感動もおぼえず、ただ冴えきった静穏だけがある。P133 ⇒静穏で澄明な《無》
②無気力、鬱。開高健の病は、十代の頃からのもので、いわば「虚無」との直面
☆「私」の造形は、開高健の「鬱」の面を中心になされている。これがこの小説の全体を覆っている。
・《私も少年時代の悲惨や汚辱にいまだにひたっていてその大きな手の影からぬけでることができないでいるけれど、…》p35
・《しかし私には荒寥がたちこめ、ふくれあがっていて、息をつくのがようやくだった。眼をそむけずにいるのがようやくだった。なじみのものがきている。そこにきている。何度襲われてもなれることのできないものが顔をもたげかかっている。》p96
・《……子供のときからよく私は闇のどこかからふいに落下しはじめる夢で苦しめられた。》p108
・《おれはすりきれかかっているんだ》p114
・《当時私は自身が剥げかかっているのを知りながら眼をそらすことにふけっていたが、近頃は、ことにいまは、眼をそらすことができなくなっている。》p140
……これはベトナム行当時と現在を比較
……「人格剥離」、「とつぜん奈落におちこんでいくような衝動」、「音もなく表層や内部を崩れおちて走っていくおびただしいものの気配」、「瞬間」などいろいろな言い方がされている。
・《子供のときから私は名のないものに不意をうたれて凍ったり砕けたりしつづけてきた。》p143
・剥落感の例……原爆使用を語る村長に対して「何も感じない」状態。p149
③セックス
・私、まだ見られる?/…肩、乳房、下腹、腿、すべてがそれぞれ独立した小動物のように躍動し、p23
・歳月を埋めるためか、ぐにゃぐにゃしたものの膨張を食いとめるためか、私は真摯と即興を思いつくまま尽くした。P32 ※開門紅(カイメンホン) ※p36~p37
・女は白い泡をつけたまま全裸で部屋に入っていき、……見て、見て p39
※アジア女の膚に白人の膩、きみはそれを体現しかかっているp41
・女の部屋の浴槽でp82 ※恋矢
・部屋にいるときにはいつでも全裸でいようと約束 p92
……定型を持ちながらの陽炎、たえまない明滅、瞬間のたわむれ
・草原での性交… P201
… 意識が腐っていなければ思惟は芽生えようもない。
…舌も指も技巧にふけらない……コツンとあたる
・金色の夏だったわ……「おにいちゃん」とつぶやいた。 P219
・ふとかわしたまなざしのはしで感知しあうと、ためらうことなく小屋に入った。P220
・ベルリンにて、……二時間も三時間もかけて吸っていると……p226
④食事(酒)
・モツ料理 p54 ・ピッツア p116 ・チャプスイp294
⑤釣りと戦場行が同じものとして位置づけられている。
・《流血と惨禍の光景は遠ざかって、にぶい歯痛のようなものになり、私は窓に顔をよせ、泡だつ日光のなかでぶどう酒をすすりつつ、鉤の鋭さ、マスの自くて固い口、ぶりぶり肥ってはいるが指をはじきかえしそうな筋肉、日光のなかに散る宝石の粉のようなその斑点のことを思いつづけて倦むことがなかった。》p66 ドイツへの列車で
☆「酔えなくなったら、生きていくのはつらいよ」
・《また毛鉤を作ることになった。》十二章の冒頭の一文。もちろんこれは比喩。
※ベトナム行きを考えている私と、それを知り釣りに誘う女。
⑥南北ベトナムと東西ドイツという分断された二つの国
……自分はどちら側にも立たず、見ることに徹する
P265 おれはどちらの当事者でもない。
⑦体験と言葉
《経験は非情な独立だが、ぬけ殻はなぶればなぶるだけ粉末になるばかりである。》p270
※女はベトナムでの体験話を聞き終わっても、何も言わなかった。(伝わらない)
⑧男と女の関係 ☆これは、「男と女の小説」だったんだ!!
・ママゴトでやってほしいんだ p61
・女がこの部屋に家の匂いをつけ、主婦のそぶりになじむことを私は恐れている。P93
⑨「女」について
女の人物像の彫りが深い。独立心があり、知的で洞察力があり、エロチックである。同時に抱え込んだ苦悩の大きさとそれを抑え込む意志の強さがある。知的で聡明で「私」に対しても対等に議論できる相手。
・この十年、いくつかの国を渡り歩き、いろいろな仕事をし、今首都の大学の東方研究室で客員待遇を p12
・「孤哀子(クーアイツ)」p35
・私との過去 p76
・女の過去……少女期後半についての私の邪推、
・この十年に買った物を並べる女…私は物との剥離を感じ、女の孤独、荒寥を知る。P94
・日本人に対する嘲罵をえんえんと語る p159 ……噴出する痛恨
《日本で“孤哀子”として生きるしかなく、しかし屈服するにはあまりにも自尊心が強すぎて流亡するしかなかった女は、おそらくここでも孤児として生きるしかなかったはずだが、ただひたすら日本と日本人を憎むことにすがって生きてきたのではないかと思われる。》p164 私の推測・判断が、女の半生の要約になっている。
・恋は猛烈なのをした。結婚を考えた男は二人。しかし自由に酔っていた。今、子どもがほしい。 ※号泣 p174
・「いまそこを歩いていたら、頭のなかでガラスの割れる音がしたわ」p280
「お母さんみたいになりたくない」p281
……異域にすべりこんで漂っているのではあるまいか p282
⑩最終章(十二章)が素晴らしい
「女」の鋭い批難はすべて、私に突き刺さり、私の自己認識を補完する。自己内対話が外在化したような趣きがある。「女」はもう一人の「私」なのだ。
・あなたの必然は飢えていたのよ。…それで私と寝てみたり、パイク釣りをしてみたり、いろいろしたんだけど、どうしても埋まらないのよ。P264
・自分の空虚を埋めるためなら何でもするし、どこへでもいく。
・あなたは他人の情熱を食べにでかけるのよ。
・逃げたいのなら、はっきりいっちまいなさいよ。
☆私の自己認識
・女の指摘はことごとく正確で、えぐりたてるような容赦なさがあった。P265
☆「私」と「女」は同じように現実から脱落しかねぬ危機に立っている
・「私」…闇(虚無)に怯え、「恐怖でこわばったまま私はその荒寥と静寂をみつめる」p279
・「女」…異域へ、顔が廃墟になっていた、 p282
☆女は半ば狂いながらも堂々としているのに、私は混乱そのままで正気をよそおうことに腐心していた。 P288
☆「おにいちゃん」とつぶやいた。 P219 ⇒神話的な双子の兄妹/名前がないこと
⑷文体の特徴
①列挙法 ……枚挙にいとまがないほど、頻出。
②抽象的なことば、硬質な漢語の多用
《独立排除的に幸福だわ》p30 《孤哀子(クーアイツ)》p31
《カイメンホン、開門紅》p33
《はじめての町にいくには夜になって到着するのがいい。灯に照らされた部分だけし
か見られないのだからそれはちょっと仮面をつけて入っていくような気分で、事物を
穴からしか眺めないことになるが、闇が凝縮してくれたものに眼は集中してそそがれ
る。翌朝になって日光が無慈悲、苛酷にどんな陳腐、凡庸、貧困、悲惨をさらけだし
てくれても、白昼そのままである状態に入っていったときよりは、すくなくとも前夜
の記憶との一変ぶりにおどろいたり、うんざりしたり、ときにはふきだしたくなった
りするものである。》p66
③提喩的な名詞の使用法。「女」とか「あちらのこちら」とか。
④開高健の文体の特徴の一つは、あるものを描写するのに、別の語彙を使い、別の表現位相での描写を試みる所にある。
《人もこず、電話も鳴らず、本もなく、議論もない。私は赤い繭のなかで眠りつづける。蒼白い、ぶわぶわした脂肪が頬や腹でふくらみ、厚くなり、眼がさめて体を起すと、まるで面をかぶったようである。どんよりとした肉の中にこもって様々なこの十年間の記憶を反芻してみるが、いとわしいけだるさに覆われて、苛烈も、歓喜も、手や足を失い、薄明のなかの遠い光景でしかない。それらは温室の蔓草のようにのびるままのび、鉢からあふれて床へ落ち、自身で茎や枝を持ちあげる力もないのにはびこりつづける。私からたちのぼったものは壁を這い、天丼をまさぐり、部屋いっぱいになり、内乱状態のように繁茂する。ちぎれちぎれの内白や言葉や観念がちぎれちぎれのままからみあい、もつれあい、葉をひらき、蔓をのばして繁茂する。》p7
「記憶/苛烈、歓喜/内白、言葉、観念」といった位相を、二重傍線のような「蔓草、茎、枝、葉、蔓」という位相に移し替え、「のびる、あふれる、はびこる、這う、まさぐる、繁茂する、からみあう、もつれあう、ひらく、のばす」などの動詞で表現している。
これは諷喩(アレゴリー)である。
参考《…諷喩とは、ある「出来事の(ことによると混沌とした)状態」を、別の「出来事の(構造化された)序列」によって表現してみるこころみである。》佐藤信夫
例 わびぬれば 身をうき草の ねをたえて さそふ水あらば いなむとぞ思ふ
(小野小町)
⑤再登場、再確認的なイメージの提示(イメージのダイジェスト)
《ふいに顔のない動物があらわれ、こちらを襲うのでもなく、うかがうのでもないそぶりで、けれどしぶとい気配でそこにうずくまって、かさばっている。それは蛙呑み男や、ガラスの部屋や、栗鼠や、女の泣声や、どしゃ降りの湖や、とろとろにとけた女陰などのうしろを注意深く足音をしのばせて歩き、見えるときはいつも後姿だけで、すっかり私を油断させておいてから、やにわに登場したのだ。》p233
《激震のあとでは回想もその場しのぎのたわむれにすぎないと感じられる。それはいつでもくる。湖が消え、アーベントロートが消えた。魚の閃めきが消え、乾草小屋が消えた。ガラスの壁が消え、革張りのソファが消えた。寂蓼はあたりにひろがり、体のなかにもひろがり、骨や内臓も消えてしまって、皮膚すら感じられない。ゆりもどしとして味わった阿片の眠りにも寂蓼はあったが、あれには明澄をきわめ、冴え冴えとした安堵の虚無があったのに、この虚無には凍りつくような広大さがあるばかりで、私は子供のようにふるえあがる。》P280
《ボートのなかにたちあがって腕をぴしゃりとたたいた娘も、アザラシのコートを全裸へ羽織って鏡の前でゆるやかにすべっていた女も消えている。》p285
⑥最初の一行、最後の一行が素晴らしい。
《その頃も旅をしていた。》
……「その頃」と指している「今」はいつなのか。「も」の含んでいるものはなにか。
《明日の朝、十時だ。》
……その直前の文章「……“あちら”も”こちら“も、わからなくなった。走っているのか、止まっているのかいるのかも、わからなくなった。」から、いきなりの跳躍がある。しかし、読者にはこの言葉が持つ意味・決断の意志が強く伝わる。
最初の一文、最後の一文、ともに、やさしい単語しか使わず、短い平易な文でありながら、持っているポテンシャル・エナジー(潜在的な力)が非常に高い。
※この小説は一行あきで章分けがされていて、全部で十二の章でできている。そして、各章の冒頭は一行一文という統一したスタイルで貫かれている。(方法意識が強い)
⑦二人の会話が白熱したとき(p261~p267)、会話を引用する「 」が消えている。これも極めて意図的な表記法の選択である。
⑧印象的なイメージあるいは小道具の使い方
・蛙男 ・栗鼠と水道栓 ・ジッポのライター ・ベルリンの環状線
参考《小説のアウトライン》
⑴その頃も旅をしていた。
・夏の入り口、ある国の首府の学生町で眠り続ける。十年前に別れた女が国境を越えてやって来る。
⑵雨がまだ何日かつづいた。
・女とのセックスにふける。過去の回想。
⑶裏通りは谷のようでもあり、溝のようでもある。
・公園で大道芸人たちを見、裏通りの小料理屋へ。女が私の所へ行こうと誘う。私の狼狽、ママゴトでやってほしいんだ。
⑷一週間ほどしてから移った。
・女の部屋へ。女の過去を邪推。
⑸甘くて、静かで、柔らかい。
・木、森、栗鼠、水、市場、野菜、料理、裸ですごす、物の関係/若い画家、悲惨、荒寥、論文、ワイン。
⑹また、眠くなってきた。
・女の部屋から出ず、眠る。ピッツア、教授を招くパーティの話、病気(うつ)。石油缶のオカキ。
⑺日のけじめがつかない。
・ベトナム、阿片、眠りについて、剥落感、原爆使用を語る首相に対して感情がおきない、
⑻夏が膿んでいる。
・女の同僚が訪ねてくる。隠れる。女は日本人に対する嘲罵を繰り返す。私の一言。酔えなくなったら生きて行くのはつらい。女の告白、号泣・
⑼山の湖へいった。
・毛鉤を作り、釣りをする。雨の中、舟を出す。愛称。キャッチ・アンド・リリース。83cmの大物が釣れる。草の中での性交。アーベントロート(赤い夕焼け)
⑽山をおりた。
・「あちらのこちら」行きの提案。ホテルで。山を思い出す。小屋での性交。はかない女の印象。ホテルでの性交、三時間吸うと。(時間は交差)
⑾けれど、つづかなかった。
・腕を眺める女。サイゴン総攻撃の情報。通信社支局へ。女は釣りへ誘う。聞かせてよ、政治の話だ。テット攻撃について。またあそこへいくつもりね。
12また毛鉤を作ることとなった。
・三年前の体験を話す。ジッポのライターのおまじない。部屋で女の批難。空虚を埋めるためなら、何処へでも行く。ドイツとベトナムを比較。おしゃべりは梅毒。激震のあとでは回想もその場しのぎのたわむれ。
・ある日、女が帰ってきてガラスの割れる音が。お母さんみたいになりたくない。異域。
環状電車に乗る。
付録1 『われらの獲物は、一滴の光り』(谷沢永一・山野博史編、2009)より
※「パニック」について
この頃、私は《洋酒の寿屋》(現サントリー株式会社)の東京支店でコピーライターとして働いていました。主力商品に“世界の名酒“と気宇壮大なキャツチフレーズをつけるのは当時からある習慣でしたが、営業所は下町の運河の近くにあって、名刺屋やラーメン屋やオートバイ屋などが軒を並べるなかの一軒で、ただの木造モルタル張りの三階建でした。私はその二階の一隅で柳原良平君とコンビになって明けても暮れてもトリスや赤玉ポートワインなどのコピーを書きまくっていましたが、当時は”コピーライター”という言葉すら知られていず、“文案家”と呼ばれていました。教科書もなく、有名センセもいず、学校もなく、塾もなく、先輩もいず、私はただ我流で書いているだけでした。新聞、雑誌、週刊誌、ポスター、酒間屋の結婚式の招待状、バーの開店挨拶など、何から何まで一人でやらねばならず、その上、PR雑誌の『洋酒天国』の編集をし、原稿依頼に歩きまわらなければならない。夕方六時以後は柳原君や坂根進君などとトリスバーをハシゴして、毎夜、御帰宅は終電車以後というていたらく。二日酔いどころか、三日酔い、四日酔いで、体からアルコール気のぬけたタメシがないという暮しぶりでした。
学生時代には谷沢永一や向井敏などと『えんぴつ』というガリ版刷の同人雑誌をやり、富士正晴氏に誘われて『VILLON』に入ったりしていたのですが、学校を出てからは雑誌は空中分解、同人は四散、大阪から東京へ移ってからは会社の仲間以外には友人が一人もいず、とっくに私は文学から足を洗ったつもりでいました。おそらくこのままぐずぐずして年をとって、定年退職して、あちら岸へ引越してしまうことになるのだろうと思いきめていました。それが某日、新聞に出た科学記事を読んで、ササの開花の周期性と野ネズミの大量発生という関係を教えられ、死灰をかきわけてめらめらと創作欲に火をつけられることとなります。
※『輝ける闇』について
この五年前頃から主として『週刊朝日』にルポを書くことをはじめました。作品が書けないときにはルポを書いたらいいとすすめてくれたのは武田泰淳氏でした。泰淳氏は感じやすいはにかみ屋で、けっして人の顔を直視しようとせず、ぼそぼそと低い声でとぎれとぎれに話をする癖がありましたが、書けなくて苦しんでいる私を、某夜、くさやのひどい匂いのたちこめる安飲屋につれこみました。そして、忠告するという口調でもなく、助言するという構えでもなく、ルポを書くんだ、ルポだ、経験ができるし素材が拾えることもある、書斎を出ることですよと、そっぽを向いて教えてくれました。氏はとっくに白玉楼中の人となってしまいましたが、そのあたたかさは私には忘れられないものとなっています。
足田輝一氏が編集長をしていた『週刊朝日』の特派員ということでヴェトナムヘカメラの秋元啓一と二人で出かけたのは一九六四年の十月頃だったと記憶しています。アメリカ軍の直接かつ大量の投入がはじまるのは翌年の四月頃からです。後日になって判明したところではこの六四年、六五年頃のヴェトナムは瓦壊寸前の状態にあったわけですが、わが国ではほとんど報道されていませんでした。NHKも民放も新聞社もサイゴンに支局を持っているのは一社もなく、何か事件が起ると記者は香港やバンコツクからかけつけ、終るとそれぞれサイゴンから引揚げるというのが事実でした。新聞をマメに読む読者にとってはこの国はいつも何やらゴタゴタともめてるなというぐらいの知覚がある程度だったと思います。ところが六五年の二月末に私がサイゴンから引揚げてくると、新聞にも週刊誌にもヴェトナム問題専門家が、氾濫して百家争鳴というありさまになっているので、 一驚また一驚でした。
この作品は私にとっては最初の書きおろし作品となりました。
……中略……
主人公を一人称にして“私”で書くと読者はきっとそれを作者その人ととってしまう。グレアム・グリーンはどこかでそういって歎いていましたが、“私小説“の多いわが国ではとくにそうなります。しかし、いっぽう、広義で文学をとらえ、人の心と経験と言語の迷官のような関係に思いをいたしてみると、すべての作品は自伝的であるということがあります。自伝そのものではないとしても自伝的であると断言することはできるでしょう。これを逆にして考えると、どんな自伝もフィクティブであるということになります。逆もまた真の一例です。『輝ける間』という題はハイデッガーが現代を定義づけた評言からとったものですが、”私“で書きすすめられています。
この作品にはヴエトナムでの私の体験がおびただしく投入され、ことにジャングル戦はほとんどそのままです。しかし、そうでない要素もたっぷり入っています。どれが事実でどれがフイクションであるか。ああだろうか、こうだろうか。読者が自身の感性と判読力にたよりながら想像をめぐらすのも読み巧者の愉しみの一つかと、思います。
付録2 『開高健の憂鬱』(仲間秀典、2004)より、注34
菊谷匡祐の『開高健のいる風景』には、『夏の闇』と『花終る闇』に登場する女性佐々木千世子に関する詳しい記述がある。彼女は昭和四十五年三月に交通事故死しており、両作品は彼女の死後書かれたことになる。『花終る闇』が未完に終わったのは、開高にとってそれが満足のいく出来映えでなかったからであり、自ら放棄した作品であったからというのが菊谷匡祐の意見である。南北アメリカの大陸横断旅行から帰国した、昭和五十五年のある日、菊谷匡祐は開高の口から佐々木千世子が亡くなったことを告げられる。
後日、遅々として進まない『花終る闇』の進捗状況を尋ねた菊谷匡祐に、「彼女の殺し方が、ようわからんのよ」と答えた作家は、実は彼女の死亡時期を実際よりかなり後のように知らせていた。作家亡き後、佐々木千世子の正確な死亡日時を新聞記事で確認した菊谷匡祐は、『夏の闇』と『花終る闇』を執筆中の開高の胸中を思うと、「心乱れたまま、自問自答をくり返した」と記し、『花終る闇』の挫折は、佐々木千世子との再会を書いたことに起因している、と推測している。そのうえで、二つの作品は彼女が死亡したからこそ書かれたのかもしれないという、揺れる気持ちがあることや、『花終る闇』が未完のまま、小説家の死後それほど時間を経ずに出版されたことには異議を申し立てたいことを表明している。
もう一人、開高のゆかりの女性に高恵美子がいる。彼女は学生時代、娘道子の家庭教師として開高と関わりを持ち、作家の一年目の命日に自殺している。彼女については佐藤嘉尚が詳しく紹介している。
「高は、慶應の文学部の学生のころ知人に紹介され開高家に出入りするようになった。そして当時慶應中等部に入学したばかりの道子のバイオリンの家庭教師になった。大学卒業後、フランス政府留学生として渡仏、五年間パリに滞在する。その間フランス国営テレビで研修したあと朝日新聞パリ支局で働くなどしながら、文筆活動を開始。開高とはパリで、そして時どき帰国したときに東京で会う。セーヌ川に舟を浮かべて一緒に釣りをしたこともあるが、三時間で一匹も釣れなかった。そのとき開高は、『セーヌ川の魚はしたたかじゃ。童貞をおちょくっとるな―』と興奮して叫んだという。帰国し、文筆家として活躍する一方、ピエール・カルダンの日本の広報担当や、朝日新聞社発行『風』誌の編集長も務める。『ヨーロッパの白い窓』『愛と哀しみのボレロ』(映画のノヴェライゼーション)などの著書もある」。「(依頼した)原稿で高は開高との出会いから今日までの経緯をコト細かに書いたうえに、恋文と思われかねない開高から自分への私信を全文書き写しているのである。感受性豊かな人なので原稿はとても興味深いし、開高への思いやその死への無念さがひしひしと伝わってくる」(「面白半分」の作家たち―70年代元祖サブカル雑誌の日々」)
2014年度後期「小説を読む」藤本英二
第一回 川端康成「眠れる美女」(1961)
Ⅰ 川端康成について
略歴・作品
・1899・明治32年 大阪市に生まれる。
1901父、1902母と、幼くして両親を亡くす(結核)。祖父母と暮らすが、1906祖母、1909姉(別居)、1914祖父を亡くし、天涯孤独の身となる。
・1912・明治45年 旧制茨木中学(現大阪府立茨木高等学校)に入学。寮生活。
※同性愛体験(清野せいの君:小笠原義人/父親は大本教幹部)
・1917・大正6年 旧制第一高等学校入学
・1920・大正9年 東京帝国大学入学(英文科から国文科に転科)
※カフェの女給と伊藤初代と知り合い、婚約するが、一方的に破棄される。これが初期作品のモチーフとなる。(初代は岐阜へ。後年、初代は川端を訪ねてくる)
・1924・大正13年 卒業。横光利一らと「文芸時代」(新感覚派)を創刊。
・1925・大正14年 松林秀子(1907~2002)と知り合い、のち結婚。
※秀子は何度か死産・流産し、子どもはできなかった。母方の従兄の娘政子を養女とする(昭和18年)。山本香男里(ロシア文学者)が政子との結婚の際に、川端姓を名乗ることになる。
・1927・昭和2年 『伊豆の踊子』 28歳
・1935・昭和10年 『禽獣』
・1937・昭和12年 『雪国』
・1942・昭和17年 『名人』
・1948・昭和23年 日本ペンクラブ会長(第4代)に就任(1965年まで17年間)。
・1952・昭和27年 『千羽鶴』 芸術院賞
・1954・昭和29年 『山の音』 野間文芸賞
・1957・昭和32年 国際ペンクラブ大会(東京)で活躍。翌年、国際ペンクラブ副会長に。
・1961・昭和36年 『眠れる美女』 (翌年、毎日出版文化賞) 62歳
・1962・昭和37年 『古都』 ※睡眠薬の禁断症状で入院。
・1965・昭和40年 『片腕』
・1968・昭和43年 ノーベル文学賞を受賞 69歳
※1970・昭和45年 三島由紀夫割腹自殺。
・1971・昭和46年 東京都知事選で美濃部氏に対抗する秦野章(落選)の応援を。
・1972・昭和47年 ガス自殺。 73歳
※『事故のてんまつ』(臼井吉見、1977)事件……絶版することで和解。
ノーベル文学賞について(ウィキペディアより)
・選考はスウェーデン・アカデミー(18名の会員)
・候補者や選考過程については50年間の守秘義務がある。
(2014年現在では1963年までのことしかわからない。)
・現在分っている1963年までの日本人の候補者は次のとおり。
賀川豊彦 1947、1948 1960年没
谷崎潤一郎 1958、1960-1962、1963 1965年没
西脇順三郎 1958、1960-1962、1963 1982年没
川端康成 1961、1962、1963 《1968年受賞》
三島由紀夫 1963 1970年没
※読売新聞は2012年3月にノーベル委員会のペール・ベストベリー委員長に取材し、「安部公房は急死しなければ、ノーベル文学賞を受けていたでしょう。非常に、非常に近かった」「三島由紀夫は、それ(安部)ほど高い位置まで近づいていなかった。井上靖が、非常に真剣に討論されていた」といったコメントを得たことを報じた。
Ⅱ 「眠れる美女」について
⑴発表
1960年1月から1961年9月まで、『新潮』に中断をはさんで十七回連載されている。一回の分量が少ない(十枚ほど)。全体でも文庫本で約120ページ。
⑵基本設定
①執筆当時六十二歳の川端が、主人公の老人を自分より五歳年上設定している。
②江口(由夫)には、妻と三人の娘おり、孫もいる。 ※川端に実子はいない。
※「江口」という名前は、能「江口」に由来するか。
・西行の歌問答「世の中をいとふまでこそかたからめかりの宿りを惜しむきみかな」
「世をいとふ人とし聞けばかりの宿に心とむなと思ふばかりぞ」
・性空(しょうくう)上人の逸話……遊女が普賢菩薩であったという話
③秘密の宿を教えてくれた友人木賀、知り合いの福良(五章で死ぬ)など、名前を持っているのは男だけ。彼らの職業・来歴は語られない。女には名前がない。(これは例えば源氏物語の女に名前がないことに通ずるか)
④五章からなり、「眠れる美女」の家を五度訪れる。出会うのは、応対をする四十代「女」と、六人の娘たち。この家を動かしている影の部分は謎のまま。(主人や死んだ老人を運び去る者などがいる)
⑤江口老人は、薬により眠り込んでいる裸の娘と一晩を過ごす。
※川端は睡眠薬中毒になり、入院していたこともある。
⑥娘の観察・描写は、膝、脚、髪、耳、あご、唇、歯、指など肉体の細部にわたる。彼女たちの名前、生い立ち、内面などは一切わからない。人間的なコミュニケーションの不在あるいは禁止。
⑦眠っている若い裸の娘を触媒にして、老いに対する感慨、経験したエロス、死への衝動(タナトス)などが展開する。少女嗜好と母憧憬も強く出ている。
※川端は三歳の頃、母を亡くしている。
⑧地名として金沢、京都、神戸などが出てくるが、街は抽象的・類型的にしかとらえられていない。また、「眠れる美女」の家がどこにあるかは明らかにされていない。海、崖などが暗示的に示されるだけ。
⑶「眠れる美女」の四十女(江口のわがままと女の拒絶)
女のうしろ姿の気味の悪さ/帯の模様・あやしい鳥・装飾化した鳥に写実的な目と脚。
・一章 洋酒はないの/お酒はお出しいたしません。P11
・二章 九時過ぎに行こうとする/お早いのは困ります。P37
この前の子とちがうのか/浮気なさってもよろしいじゃございませんか。P43
・この家の禁制をやぶるのだ⇒きむすめなのにおどろいてやめるp49
・娘の目が見たい。声を聞いて話がしてみたい
起きるまで、ここにいたい/なじみの客でもそんなことはしない p67
・三章 娘と同じ薬がほしい/禁制、老人には危ない p87
・四章での女の態度(江口の感想)はこれまでと異なる。……何故だろう
・靴下をはかせてくれるが、《いやな手つきだ》
・ゆっくり茶を飲むのに、《女は冷たく疑うような白い目を向けて》
・あの子ははやるのか、ときくと《女はうつ向いて固い顔になった。》
・もう一度眠り薬をと求めると《女は青黒い顔が土気色になり、肩までかたくなって》
・《女は江口が娘になにかしたかと疑ったのか、あわてて立つと…》
・五章
・死んだ老人の話を契機にいつになく、江口と女の会話が続く。
・娘が死んだことを知らされても、女は冷静に対処する。
《「……娘ももう一人おりますでしょう。」娘がもう一人いるという言い方ほど、江口老人を刺したものはなかった。》P130
⑷六人の眠れる美女×江口が思い出す女
眠れる美女
江口が思い出す女
①二十前美しい女、乳の匂い。
①なじみの芸者
②結婚前の愛人(京都へかけおち、連れ戻されてよそへ結婚させられた。不忍池で再会)
③中年の重役夫人・接吻してもいやでない男を数える
②なれている。きむすめを確認。眠りながら、からだで会話。夢を見て寝言、泣き、笑い。妖婦じみた。
・江口を身ごもる前の母の乳房
④江口の末娘(二人の恋人、その一人に犯され、もう一人と婚約)
③見習いの子、あどけない少女、十六。未熟の野生のあたたかさ。
⑤三年前、外国人の日本人妻、二十代、二人の子持ち、神戸のホテル。死んだように眠る
⑥十四の娼婦、祭太鼓
④あたたかい子。肌はすいつくようになめらか。あまい匂い。下半身がゆたか、下ぶとり。からだのかたちのように顔もととのっていない。こいにおい、なまぐさいにおい。みごもりやすそうな娘。
(四章では昔の女を思い出さない)
⑤野蛮、大の字、黒い、わきが、いのちそのもの、日本人ではないかも、長い爪、珍しい唇の形、太くてかたい髪、野生のきつい匂い、かたいあぶら肌の首
⑦四十年前、接吻した女、ハンカチ
⑥やさしい色気の娘、ちぶさも小さいが丸く高い、胸は抜けるように白い、あまい匂い
素直にやわらかくかぐわしい首
⑧最初の女、いまわの際の母、夢の中新婚旅行のあとダリアの咲く家で、出迎える母。
⑸小説の構成・イメージの連動・反復
①眠れる美女から過去の女を思い出す(⑷を参照)これがこの小説の基本的な仕掛け。
②「赤」の色が目立つ。
・一章、深紅のびろうどのかあてん、
・木賀老人は庭に落ちていた青木の「赤い実」を一つつまみ、指のあいだでいじりながら、秘密の家の話をする。P22
・二章、口紅が濃い、京都・散り椿(紅、白)
・四章、幻:荒鳥が血のしたたるものをくわえて(赤んぼ)、女の胸に血のいろ、
・五章、夢:家をうずめる赤いダリアのような花、花びらから赤いしずくが一つ、
③《脈・鼓動》…一章p30、娘の脈は愛らしく、規則正しく打っていた。
五章p120、娘の鼓動は小さく可愛かった、少しみだれていた
④《死》…五章冒頭・福良老人の死、⇒二人の女との添い寝、⇒終結部・娘の死
⑤「妊娠・出産・赤んぼ」が繰り返し語られる。
……川端のオブセッションか。後述するガルシア・マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』(2004年、コロンビア)や、ヴァディム・グロウナ『眠れる美女』(ドイツ映画、2005年)には、このモチーフは存在しない。
a 愛人との再会・不忍池、女はあかんぼを背負っている。 P32・一章
b 娘が畸形児を生み、医者が産児を切り刻んでいた。(夢) p35・一章
c 眠った娘も、おろかな子やみにくい子をやがて産まないともかぎらないp36一章
d 《子供を産んだあとの末娘はからだのなかまで洗ったように肌が澄み、そして人にも落ちつきができていた。》 p63・二章
e 神戸の女、たよりがとだえたのは、きっと三度目の妊娠だったんだ、
《江口とのことは女に宿って生まれて来る子をはずかしめも、けがしもしていないと思える。老人はその妊娠と出産をほんとうとして祝福を感じた。》 p79・三章
f みごもりやすそうな娘である。……もしたといみごもったとしても、~p96・四章
g 六十七歳で、そういう子どもをこの世に一人残しておくのは。P97・四章
h 一羽の大きいわしのような荒鳥が血のしたたるものをくわえて、黒い波すれすれに飛びまわっている。それは人間の赤んぼではないか。(幻視) p97・四章
※妊娠出産:浄化のイメージ(願望)/グロテスクなイメージ(夢、幻視)
⑥風の音、波の音(象徴的に)
・家がその崖のはずれに立っているように聞こえる。風は冬の近づく音である。
⇒崖のはずれ:常識的な世界の境界/冬の近づく音:老いあるいは死
・《崖を打つ波の音はなお高く聞こえるのにやわらいで、その音の名残りは娘のからだに鳴る音楽として海からのぼって来るようで、それには娘の手首の脈につづく胸の鼓動も加わっていそうだ。》
※自然の音は鳴っても、具体的な音楽は不在。(マルケスの小説で、モーツァルトの四重奏から流行のボレロまで流れているのと大違い)
⑦江口老人の心象風景(思い出すこと、夢、空想、幻視)
・一章・鮮やかに昔の恋人を思い出したのに、夢では「足が4本の女」「娘が畸形児を産む」といった悪夢を見る。この対比(美/醜)が、「眠れる美女」の家の二重性をよく表している。
・「水死人のたぐい」、みにくい女を予想。P14
・乳呑児の匂いの幻覚 p20
・北陸から京都への鉄道、小さいトンネルを出ると小さい山か小さい入海に虹がかかっていた。小さい虹/娘のきれいなひそかなところp31
☆川端は同じ言葉を集中的に反復使用する。例えば、p14~15の「みにくい」、p31の「きれいさ」など。漢字を使わずにひらがなの多用も目立つ。
・京都、竹林の道、滝、《日の光にきらめくしぶきをあげ、しぶきのなかに裸身の娘が立っている。》p34
・大和の古寺、小春日、寒牡丹、詩仙堂、山茶花、春の奈良あしびの花、藤の花、椿寺に先満ちる、散り椿の花。⇒日裏から見る。《日の光りは椿のなかにこもってしまって、椿のかげの縁には夕映えがただようようだった。》《西日の光りはすべて椿のなかに吸い込まれて…》
・幻の黄金の矢、さきに濃いヒヤシンスの花、うしろにさまざまな色のカトレアの花p86
・暗く広い海、荒鳥が人間の赤んぼをくわえて飛ぶ p97
・庭、白い胡蝶の群れ舞い。幻のもみじ葉、黄ばみ、赤くなり、落ちつくし、みぞれが降る。「眠れる美女」の家にかかわりがあるのか p100
・死に際の母、胸をなでたとたん、血を吐いた。P125
・夢:新婚旅行から帰ると赤いダリアが家をうずめ、母が出迎える。一枚の花びらから赤いしずくが。128 ⇒ 最初の女は母だ/事実の上の最初の女は妻
⑹「眠れる美女」に対する錯綜する思い(老人は何故、眠れる美女の家を訪れるのか)
・老いのみにくさの極みを求めて p14
・老いのみにくさ、みじめさも遠くない p15
⇒「男でなくなる」、「安心出来るお客」へのこだわり。江口老人は、自分がまだ性的に現役であることを何度も考える。眠れる美女を犯すことを考え、実行しかけて途中でやめる。
・娘の美しさ、若さに心奪われる p17 (水死人のたぐいを予想していたのに反して)
・いのちそのものに触れる p19、 娘のからだに音楽が鳴っていると感じたp21
・自分に対するかなしさ、さびしさ、凍りつくようななさけなさ/娘に対するあわれみといとしさp20
・木賀老人:秘仏と寝るようだ、安心のできる誘惑、冒険、逸楽。生き生きしていられる。老いの絶望にたえられなくなると、その家に行く。
・女とあのように清らかな夜をすごしたことはないと感じたほど。幼いようにあまい目ざめ。P39
・うしろめたいもの、恥ずかしいもの、しかし心そそられるもの p41
・あわれな老人どもの見はてぬ夢のあこがれ、失った日々の悔いがこの家つまっている p44
・娘が決して目をさまさないために、年よりの客は老衰の劣等感に恥じることがなく、女についての妄想や追憶も限りなくゆるされることなのだろう。P51
・老いのあわれさ、みにくさ、あさましさばかりがここにあるのではなく、若い生のめぐみに満たされている……若い娘のはだいっぱいにつつまれるほどわれを忘れる時はないだろう。P55
・娘の腕から…伝わってくるのは生の交流、生の旋律、生の誘惑、そして老人には生の回復である。P64
・過ぎ去った生のよろこびのあとを追う、はかないなぐさめ p71
・眠らされた娘のそばで自分も永久に眠ってしまうことを、ひそかにねがった老人もあっただろうか。娘の若いからだには老人の死の心を誘う、かなしいものがあるようだ。P71
・若い女の無心な寝顔ほど美しいものはない……娘の小さい寝顔を真近にながめているだけで、自分の生涯も日ごろの塵労もやわらかく消えるようだった。P78
・血のさわぐ悪が胸にゆらめく p82
・近づく死の恐怖、失った青春の哀絶、おかしてきた背徳の悔恨、家庭の不幸 p83
・自由に悔い、自由にかなしめる…仏のようなもの、娘が仏の化身
遊女や妖婦が仏の化身だったという話もあるではないか。P84⇒能「江口」
・老人にゆるされる一番のわがまま、一番の悪事は何か…無理心中 p93
・悪虐の思い…こんな家を破壊し、自分の人生も破滅させてしまえ、…ざんげの心の逆のあらわれ p100
・この娘に暴力をふるい、この家の禁制をやぶり、老人どものみにくい秘楽をやぶり、それをここからの訣別としたい、血のゆらめきが江口をそそり立てた。P118
・娘のからだを真冬のたたみへ押し出してみたくなりながら、……娘のがわの毛布のスイッチを切った。P120 ※黒い娘の死の原因は何か。
・孤独の空虚、寂寞の厭世におちこむ老人にとって、得がたい死に場所。人の好奇心をそそり、世の爪はじきを受けるのも、死花を咲かせること p123
⇒ほとんど川端の自殺の心境を吐露しているようだ
【まとめてみると】
⑴老い⇒みにくさ、みじめさ、かなしさ、さびしさ、なさけなさ、老衰の劣等感、あさましさ、死の恐怖、青春の哀絶、背徳の悔恨
※川端の中で老いは豊かさとは結びつかない
『一人の高齢者が死ぬと一つの図書館がなくなる―国連第2回高齢化問題世界会議と高齢者のための世界NGOフォーラムから』との違い。
⑵娘⇒美しさ、若さ、いのちそのもの、あわれみといとしさ、生のめぐみ
⑶娘に触れることの二重性【生の回復/死への誘惑】
⑷救済願望と破壊衝動/無力さ
・救済願望(娘=仏の化身の前で悔い、悲しみ、懺悔する):老いた自分の無力さ
・悪・破滅願望・破壊衝動(娘に暴力をふるい、犯し、殺す、無理心中の道連れ):眠る娘の無力さ
Ⅲ 「眠れる美女」の転生について
《映画作品》
⑴『眠れる美女』(近代映画協会、松竹) 96分。 1968年(昭和43年)。監督:吉村公三郎。脚本:新藤兼人。出演:田村高廣、香山美子、殿山泰司、中原早苗、松岡きっこ、山岡久乃、八木昌子、北沢彪 ※ビデオ・DVD化されていない。
⑵『眠れる美女』(横山博人プロダクション、ユーロスペース) 110分。 1995年(平成7年)。監督:横山博人。脚本:石堂淑朗。出演:原田芳雄、大西結花、吉行和子、福田義之、鰐淵晴子、観世栄夫、長門裕之、松尾貴史、石堂淑朗
※ 『山の音』とあわせて、ストーリーを組み立てている。映画としての出来は悪くない。
⑶『オディ―ルの夏』(ヘラルド・エース=日本ヘラルド、フランス映画) 90分。 1995年(平成7年)。監督・脚本:クロード・ミレール。
※性と死のモチーフを借りたもの。あらすじを読んでも近いとは思えない。
⑷『眠れる美女』 (ドイツ映画) 103分。 2007年(平成19年)(製作は2005年)。監督・脚本・製作:ヴァディム・グロウナ。(他に『四分間のピアニスト』など)
※かなり原作に近く、映画としてもしっかり作ってある。但し、過去については簡単にモノローグで処理[結婚の約束をしていた娘、妻と娘の交通事故死、子ども時代の肺炎・母の病気、初めての性的体験など]。原作の先の「老人の死」まで描いている。[老人は街で娘を見かけ、あとを追う。娘は館に逃げ込む。マダムはオーナーに連絡、任されて、老人を毒殺し、死体を運びだす。]
⑸『スリーピング ビューティー/禁断の悦び』(オーストラリア映画) 101分。 2011年(平成23年)。監督:ジュリア・リー。※C級作品。女の子の側から描くソフトポルノ。
《文学作品》
ガブリエル・ガルシア・マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』(2004年発表)
マルケス(1928~2014、コロンビア)は、ラテンアメリカ文学を代表する作家で、ノーベル文学賞(1982)を受賞している。代表作に『百年の孤独』『族長の秋』『予告された殺人の記録』などがある。日本でも、大江健三郎、筒井康隆、池澤夏樹、寺山修司、中上健次などに影響を与えている。
・『眠れる美女』の冒頭の一文をエピグラフに使うことからもわかるが、マルケスは川端の「裸で眠る処女(娼婦)と老人」というモチーフを借りて、創作している。
・マルケスの『わが悲しき娼婦たちの思い出』は《満九十歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生祝いにしようと考えた。》と始まる。
☆マルケス作品を読むと、川端康成の『眠れる美女』の特徴がよくわかる。
①名前のない世界(特に女は誰一人名前を持たない。男も木賀老人、福良専務と呼ばれ、江口由夫だけが姓名を持つ。)
②江口の職業、人間関係などは一切触れられず、社会性が希薄。時代性や歴史性なども希薄。もちろん政治性もない。
③経済的なことも不明。(江口の経済状態も、宿の値段も不明)
④宿の四十女は、「眠れる美女」の家のルールを代表するだけ、秘密めき、無気味、拒否的。
⑤六人の娘は、暮らしの事情や人柄もわからず、肉体としてだけ存在する。娘の人格に根差した人間としての交流はない。
⑥娘の存在が、過去を呼び起こす「触媒」にはなるが、そこに未来への思いや願いはない。
⑦江口の「悪」は胸に兆すだけで、実行はされない。(娘を犯すこと、心中をはかること)
⑧小説の世界は陰鬱で暗く、明るさ、希望、ユーモア、滑稽さなどのかけらもない。
⑨「妊娠・赤んぼ」に対するオブセッションが強い。
それに比較すれば、『わが悲しき娼婦たちの思い出』は次のとおり。
①主要な登場人物が多く、みな名前を持っている。ローサ・カパルサス(娼婦館の女将)、フロリーナ・デ・ディオス・カルガマントス(主人公の母親、音楽家)、デルガディーナ(14歳の処女の娼婦)、ダミアーナ(女中)など。⇒マルケスは女性賛美者であるようだ。
②主人公は《ラ・パス日報》の外電屋で、音楽や演劇関係のコラムなどを書いてきた。90歳の誕生日には新聞社の印刷工、秘書、編集長やラジオ局などのみんながパーティをしてくれる。公認検閲官のドン・ヘロニモ・オルテガも顔をみせる。(貰ったプレゼントの数々もユーモラス。アンゴラ猫の貰える引換券、秘書たちがくれたのはキス・マークの入った絹のトランクス・添付カードには「脱がせてあげます」とあるなどなど)
③基本サーヴィス料に二ペソ上乗せして、五ペソを現金で前払い。十四ペソは一カ月間日曜版に記事を書いた収入。没落する家、金に困った母親は生前秘かに宝石を模造品に換えていた。嫉妬に狂って部屋を破壊したが弁償させられる。
④ローサ・カパルサス(娼婦館の女将)とは長年の付き合い。相談に乗ってくれる。
⑤主人公はデルガディーナ(14歳の処女の娼婦)と出会って、初めて恋心を知る。(嫉妬や焦燥も含めて)。彼女は工場でボタンつけの仕事をし、弟や妹に食事をさせて寝かしつけ、リウマチの母親をベッドまで連れて行く。読み書きができない。
⑥過去を思い出すが、デルガディーナと出会うことで、現在がいきいきとし、未来の望みへとつながる。引退を考えていたが、コラム(彼女の恋文)は大人気。彼女のために新しい自転車を買ってやり、試乗する。
⑦少女に対する悪意など、かけらも持たない。但し、若い頃ダミアーナ(女中)をレイプし、関係が続いていた。
⑧明るく、ユーモラスで、滑稽さにも満ち、人生に対して肯定的で、ラストは恋の成就と新しい人生という希望に包まれる。
⑨「妊娠・赤んぼ」に対するオブセッションはない。婚約者と赤んぼの靴下を編むエピソードはある。
※a 「眠れる美女」というのは宿のきまりではなく、働き疲れた少女が疲れをとるために睡眠薬を飲んで仮眠。そのまま眠っている。
b 娼婦館で老人が死ぬが、それは殺人事件で、主人公は死体の片付けを手伝わされる。
c 音楽と書物が豊かに引用される。老人は眠っている少女に自分の人生を語って聞かせ、本を読んでやる。
『眠れる美女』はモチーフ(眠っている処女・娼婦と老人)の独創性があるが、マルケスの豊かさ、明るさ、開放性、肯定性に比し、あまりにも閉鎖的な世界で、暗く、歪みがあり、語彙、イメージも単調、貧弱である。
2014年度後期「小説を読む」藤本英二
第二回 谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」(1962)
Ⅰ 谷崎潤一郎について
略歴・作品
1886・明治19年 東京日本橋に生まれる。生家は印刷所(祖父が経営する谷崎活版所で、米相場の変動を記録した物価表を売り出した)。父は洋酒屋を開業、失敗。米穀取引所の仲買店を経営するがこれも不振で、経済的に困窮。
1894・明治27年 明治東京地震に遭い、地震恐怖に。
1902・明治35年 家計が苦しく、教師の斡旋で、築地精養軒の経営者北村家に家庭教師として住み込む。16歳。
1907・明治40年 小間使い福子との恋愛が当主の忌諱にふれ、北村家を出る。21歳
1908・明治41年 東京帝国大学国文科に入学(1911年授業料未納のため退学処分)
1909・明治42年 原稿が採用されず、失意と焦燥のため神経衰弱に。
1910・明治43年 「刺青」を発表
1915・大正4年 石川千代(最初の妻)と結婚。義妹せい子(のちの女優葉山三千子、「痴人の愛」のモデルとされる)も同居。
1917・大正6年 母死去(数えで54歳)。
1919・大正8年 佐藤春夫と親交始まる。
1921・大正10年 佐藤春夫と絶交。(千代を譲るとの前言を翻したため)
1923・大正12年 箱根で関東大震災に遭遇。一家を挙げて関西に移住。(苦楽園に)
1925・大正14年 「痴人の愛」
1926・昭和元年 芥川龍之介が大阪に来る。谷崎、芥川は根津松子(当時25歳)と会う。40歳
1927・昭和2年 芥川・谷崎の文学論争。芥川自殺。
1928・昭和3年 「卍」の連載開始。(大阪の女言葉での一人語り)
1930・昭和5年 千代と離婚。妻譲渡事件(佐藤春夫と連名の挨拶状) 44歳
1931・昭和6年 古川丁未子(文芸春秋社「婦人サロン」記者)と結婚。
1933・昭和8年 「春琴抄」
1934・昭和9年 丁未子と離婚。松子と同棲。
1935・昭和10年 森田(根津清太郎と離婚し旧姓に復していた)松子と結婚。源氏物語現代語訳にとりかかる。49歳
1943・昭和18年 「細雪」連載開始。検察当局の弾圧により掲載禁止。
1947・昭和22年 この頃から高血圧症に悩み始める。61歳
1948・昭和23年 「細雪」完成。
※昭和28年より、伊吹和子が「源氏物語」の訳を手伝うようになり、昭和34年頃から創作の口述筆記も手伝うことになる。
1950・昭和25年 「少将滋幹の母」
1956・昭和31年 「鍵」70歳
1962・昭和37年 「瘋癲老人日記」(昭和36年11月から翌年5月まで連載)76歳
1965・昭和40年 死去 79歳
《キーワード》
☆長寿で、明治・大正・昭和と生涯旺盛な創作意欲を持ち続けた。その文学的な傾向は「悪魔主義、モダニズム、日本回帰」と変遷していった。
☆発禁処分。1911年「颱風」、1916年「恐怖時代」など若い頃いくつも発売禁止処分を受ける。のち1943年「細雪」(『中央公論』に連載)は陸軍省報道部の忌諱にふれ掲載禁止処分。1944年、上巻を自費出版して友人知己に頒布。中巻は軍当局から印刷頒布を禁止される。
☆谷崎と女性
・谷崎潤一郎は生涯に三人の妻を持った。
①千代…(佐藤春夫「秋刀魚の歌」)のちに佐藤春夫と結婚する。妻譲渡事件。
②丁未子(文芸春秋社「婦人サロン」記者)
③松子…根津清太郎の妻であったが、離婚し、谷崎の妻となる。
・谷崎潤一郎のミューズ(芸術の美神)あるいはモデル
①石川せい子(女優葉山三千子)……最初の妻千代の妹で、「痴人の愛」のナオミのモデルとされる。
②松子(森田⇒根津⇒谷崎)……昭和初期の谷崎の作品の最大のミューズ。
……松子は大阪の藤永田造船所の森田安松の四姉妹の次女。木綿問屋の豪商根津清太郎に嫁ぐ。妹たちも同居。(「細雪」のモデル)。のち根津家は没落、松子は清太郎と妹との関係に悩む。「細雪」の蒔岡の四姉妹「鶴子、幸子、雪子、妙子」のうち、幸子は松子、雪子は重子がモデルとされる。重子は結婚するが、夫の死後、谷崎家に同居し、松子と根津清太郎の息子清吉を養子とする。
③重子(松子の妹、結婚して渡辺姓に)……「細雪」の雪子のモデルとされる。
④渡辺千萬子……「瘋癲老人日記」の颯子のモデル(後述)
☆映画との関わり……大正活映株式会社顧問、葉山三千子(義妹石川せい子)デビュー
☆関東大震災を契機に関西移住。谷崎は生涯に40数回引っ越しをしている。
谷崎の旧居として有名なのは、「倚松庵」(こう呼ばれる家は六軒あるが、昭和11年~18年に住み、「細雪」の舞台となったものは、神戸市東灘区に移築されている)、「潺湲亭」(昭和24年~31年、京都下鴨)、「雪後庵」(昭和25年~、昭和29年~、熱海)などがある。
☆芥川龍之介との論争「文芸的に、余りに文芸的な」(芥川)/「饒舌録」(谷崎)
……小説において「話の筋というものが芸術的なものか」
☆「異常性愛」………レスビアニズム、フット・フェティシズム、マゾヒズム、
☆女人崇拝
……「松子」が創作上のミューズとなり、「盲目物語」(昭和6年)、「蘆刈」(昭和7年)「春琴抄」(昭和8年)「聞書抄」(昭和11年)など、女人崇拝の一連の作品を生み出していく。
☆母性思慕の主題
……母、関は大正6年に54歳で死去。『母を恋ふる記』(大正8年)、『不幸な母の話』(大正10年)、『吉野葛』(昭和6年)、『少将滋幹の母』(昭和24年)、『夢の浮橋』(昭和34年)などに。
☆三度にわたる源氏物語訳
①昭和14年~16年
……山田孝雄(戦後公職追放)が校閲。当時「源氏物語」は「不敬の書」と呼ばれていて、発禁処分の可能性もあったため、原作を削除している。問題は次の点
・光源氏が皇后と不義密通をしたこと
・不義密通によって生まれた子が天皇に即位したこと
・自身の子が天皇に即位したことによって臣籍降下した光源氏が准上皇としての待遇を受けたこと
②昭和26年~29年、新訳
……①を元にして、削除部分を復活させた。玉上琢也(当時京都大学教務補佐員)らが協力した。旧訳の本に書き込む形で、若手の研究者、大学院生、大学生らが意見を書き込み提出、玉上がそれをまとめた。それを参考にして谷崎が旧訳の本に書き込むかたちで、新訳を作った。この過程で伊吹和子が手伝うことになる。
③昭和34年~35年、新々訳
☆晩年の口述筆記者、伊吹和子はのちに『われよりほかに 谷崎潤一郎最後の十二年』(1994)を書いた。
Ⅱ 『瘋癲老人日記』(1962年)について
・『中央公論』1961年11月から1962年5月まで連載。1962年中央公論社から刊行され、毎日芸術賞大賞を受賞。
・妻谷崎松子の連れ子である渡辺清治の妻・渡辺千萬子が颯子のモデルとされる。
⑴主な登場人物
《予/婆サン(妻)、浄吉/颯子/経助、佐々木看護婦、女中お静、運転手野村》
・鉾田・夫/陸子、秋子・夏二、(辻堂)
・城山五子、菊太郎・京二郎(京都・南禅寺)
・杉田(医師)、梶浦博士(東大)、福島博士(PQ病院、キシロカイン注射)、
小泉(医師、親戚)、勝海医師(東大内科)
【物語展開の大きな柱】
①シャワー、颯子と春久の不倫、颯子の足へネッキング、猫目石(二~四章)
②手の痛み、颯っちゃん痛いよ、孫経助の見舞い、キシロカイン注射の顛末(五章)
③京都行、墓地探し、仏足石(六、七章)
⑵構成、文体上の特徴
次の四種類の文章で出来ている
①「予」が書いているカタカナ漢字交じりの日記(小説の大部分を占める)
……何故カタカナなのか。『鍵』(1956)は夫の日記(カタカナ)と妻の日記(ひらがな)の組み合わせで出来ていた。
……「書くこと自体に興味がある。」というように、日記を書くことが生きがい(性欲の刺激など)になっている。だから前日の続きを翌日も書き継いだり、手の痛みで休んだ日の分を佐々木の日誌を参考に書いたりしている。興奮するので、最後には医者から止められる。
……p191「ここまで書いたら、不意に婆さんと陸子を連れて這入って来た。」以下の叙述はよく考えたら変。メタ・フィクション的になっている。
②佐々木看護婦看護記録抜粋
……11月17日、京都から帰京し、20日に発作(脳血管の痙攣)。この一日の様態の変化を記述。他に、颯子と浄吉が老人の精神病を疑い、専門医に相談していることを記す。
③勝海医師病床日記抜粋
……12月15日入院から2月7日退院まで。(狭心症、心筋梗塞、前立腺肥大)
④城山五子手記抜粋
……退院後、庭を散歩できるまで回復。4月。家族の目から、父、颯子、春久を眺め、浄吉の父理解も示す。
☆②③④は時間密度が違う。②は緊迫した一日をえがき③、④とカメラは引いていく。
☆①で展開される老人の妄想が、②③④で一気に相対化される。
⑶テーマ・その一、颯子への欲望(老人の性欲、マゾヒズム、フェティシズム)
①生理的・肉体的には不能となった老人も、性的な欲望を持ち、それを満たすことが可能だ(即ち性欲とは心理的観念的なものだ)と示した。
⇒ここが、川端康成『眠れる美女』と全く違う。
⇒性欲が観念的欲望であることの傍証として、冒頭で、歌舞伎の女形の魅力が語られる。同時に若い日の性的冒険、女形との同衾も。(自分には同性愛の傾向がないことも)
②自分のマゾヒズムの全的肯定
・自分の好きな女は「不親切で嘘つきで人をだますのが上手な女」「悪い性質の女」「顔に一種の残虐性が現れている女」「悪いけれど怜悧」妖婦高橋お伝のような女になら殺されたっていい。颯子にはその幻影がある。
・颯子は、予の気持ちを洞察し、予の望むように振る舞っている、と予は思っている。
「颯子の方も二人きりだと変に言葉がぞんざいになる。それが却って予を喜ばす所以であることを心得ている。」p219
・予は颯子に媚び、颯子は予を揶揄する。(大型犬コリー)
・颯子が甥の春久とよく映画やボクシングに出かけ、家でもシャワーを浴びに来たりしていて、不倫の気配が濃厚なことを、予は喜んでいる。⇒自分が恋の冒険が出来ないはらいせに、他人に冒険させてそれを見て楽しむ。P242
※颯子は予のそそのかしを「気狂いね」と言っている。
☆颯子に対する愛情・欲望・妄想が極めて「変態的」である。…鼻の孔の奥、唾液
③家族や看護婦の目を盗んでの「悪だくみ・火遊び」の、本人にとってのワクワク感(心騒ぎ、子どものいたずらにも似た)。妄想の楽しさ。(客観的には馬鹿馬鹿しく滑稽)
家族が避暑に出かけている夏、秘かに進行する情事。シャワー室(甥の春久が使いに来る。颯子の脚に口づける)
【モデルとされる渡辺千萬子について】
高折隆一(医者)・妙子(日本画家橋本関雪の娘)の長女千萬子は、渡辺清治(谷崎の3人目の妻松子と根津清太郎の間の息子)と結婚する。谷崎潤一郎にとって、妻松子の実の息子(=重子の戸籍上の息子)である清治の嫁が千萬子になる。千萬子は結婚時、まだ21歳で同志社大学の学生であった。京都下鴨にあった谷崎の住居「潺湲亭(せんかんてい)」に約四年間同居する。
『落花流水 谷崎潤一郎と祖父関雪の思い出』渡辺千萬子(2007、岩波書店)
『谷崎潤一郎=渡辺千萬子 往復書簡』(2001、中央公論社)
※《七十六才の今日になっても小生がなほ創作力を持てゐられるのは全くアナタのおかげです 晩年に及んでかう云う女性にめぐり会ふことが出来たといふのは真に何といふ幸福でせう 思へば思ふほど不思議な気がします》昭和三七年十二月四日付より抜粋
※谷崎は、千萬子のどこをモデルにしたのだろうか。「踊子あがり、学歴もない」というのは全く千萬子とは違う。
⑷テーマ・その二、老い・病・治療・死
①老人は性欲(観念的)と食欲と(日記を書くこと)で生きている。颯子だけがその性欲を理解している。洞察力の鋭い女性、期待される役を演じることのできる女性。
②病状に関する記述が、とても詳しい。薬の名前なども。
※『夢の浮橋』(中公文庫)に収録されている「高血圧症の思い出」(昭和34年)、「四月の日記」(昭和33年)などのエッセイには、谷崎の病気、治療のことが細かく出てくる。50歳頃から高血圧の警告を受けている。
③病気、治療、死についての、きわめてリアルな心理の動き・ゆれを描いていて見事。これは老人文学としてよくできている。病院選び、医者選び。深刻なことを描きながら、何やらおかしく、ワクワク、心理的な「冒険小説」のようだ。
④死後についての空想、妄想
・例p190……富山清琴に「残月」を弾いてもらい。娘や妻の鳴き声、颯子はどうか。
・例p360、仏足石の下に遺骨を。颯子の足に踏まれるという妄想。「痛いけれど楽しい」という「フット・フェティシズム(足フェチ)+マゾヒズム(嗜虐趣味)」全開。
⑸テーマ・その三、家庭内の力関係と対立の波風を楽しむ
お気に入りの嫁颯子が、予とそりのあわない娘たちに意地悪く振る舞うことを喜び、自分も両者の対立をあおり、(五子の家の経済的援助を断り、颯子に猫目石を買い、プールを作ろうとする)波風を立てて、パチパチと小さないさいが起こるのを楽しんでいる不良老人・意地悪爺さん。
⑹テーマ・その四、母性思慕(併せて幼児退行)⇒12、13と重なる
⑺偽悪趣味・ひねくれ者/情のもろさの表裏
・p312、孫の経助が「お爺ちゃん、手が痛いの?」で、不意に涙が落ちる。布団をかぶって泣く。子供の癖にませて小生意気で嫌な奴だ、大嫌いだと言って佐々木にそんなこと仰ってと軽くあしらわれる。泣かされたことに腹が立ち、「こんなことに涙が出るのは、いくら涙脆いにしても尋常ではない、もう死期が近いせいじゃないかという気がする」と考えるのが笑える。意地悪爺さんの強がりと気弱さ。
・p325、PQ病院へ行く場面もおかしい。頸動脈のあたりの注射を受けに行く事を、颯子には知らせるなと言ってある。ちょうど家を出る時、颯子は有楽座に行くと言って姿を見せる。予を力づけるために出てきたのだろうと思う。あるいは婆さん(妻)の言いつけかも、と思い「ここいらが婆さんの心づかいかと思うと、胸が一杯になる。」
※「知らせるな」の含意を汲んで、みんなが「ふり」で動いているが、自分を気遣ってくれているのだと思う老人の心。ひねくれ者のくせに情に脆い。
⑻小説の特徴、具体的な固有名前の氾濫
・歌舞伎役者……勘弥、訥升、先々代羽左衛門、団十郎、先代歌右衛門(福助)、芝翫等
・薬……セルバシール、アダリン、ノブロン、シノミン、アリナミン、ドルシン、パロチン、特にp306にザルソブロカノン、ピラビタール、イルガピリン、パロチン、ドリデン、ブロバリン、ノクターンなどなど
・五輪塔や仏像……p345伏見区竹田内畑町にある安楽寿院五輪塔、綴喜郡宇治田原村禅定寺の五輪塔、上京区千本上立売上ル石像寺の阿弥陀三尊石仏、上京区紫野今宮町今宮神社線彫四面石仏、など
☆こうしたものを読者が作者と同じように理解することはできないのに、作者はそんな点にはお構いなし。(この辺りも具体名をさける川端康成『眠れる美女』との相違点)
☆金井美恵子『文章教室』の一節を思い出す。ある座談会で女流作家の一人が【《…時代によって古びてしまう表現は避けたい》とデリケー卜なことを言った。もう一人の出席者である若い批評家が苛立って、二十年後にも読まれるほどの古典だったら国文学研究者か編集者が注をつける、と言い】という箇所である。現に新潮文庫の『鍵・瘋癲老人日記』には50ページを超える注解がついている。
⑼小説の特徴、滑稽さ、喜劇性、笑い
つむじ曲がりでひねくれ者の抱く妄想、臆病な癖に死んでもいいと考えたりほっとしたり。息子に髯を剃っていることを指摘される所とか。性的興奮で血圧が上がる所とか。
P289犬に踏み殺されるのでは、後述⑾の辺りも可笑しい。P320ひょっとすると枕花。
⑽異質な記述内容の並列が、異化効果を生んでいる
⇒性的妄想、病床日誌、家庭内いざこざ、などなど
⑾演劇的で、その場の各人物の違いが際立つ場
①PQ病院の注射中止をめぐる各人の反応の違い、
《福島博士、佐々木看護婦、杉田先生、予、婆さん》
②ホテルで颯子の足形を取っていて、五子、佐々木看護婦が、思ったより早く奈良から帰って来て現場を見た場面。《予、颯子、五子、佐々木》
12 小説の秘密《欲望・狂気の相対化》
P265~p272の箇所で、「母」を導入することで、颯子の美を対象化、彼女への執着を相対化(母の目で自分を眺める)する。
・蟋蟀の鳴き声⇒なかば夢の中で、乳母のことばを思い出す「肩刺せ裾刺せ」(秋)⇒実は自分の呼吸音/佐々木も妻も颯子も知っている(気付いてないのは自分だけだった)
・若い母(素足に吾妻下駄をはいた)の夢を見る。母の事を考える。
⇒倅である予が孫の嫁の魅力に溺れ、ペッティングの代わりに猫目石を買ってやったなどと知ったら驚いて気絶するだろう。(「母の目」の導入)
⇒母も颯子も美人だが、明治27年と昭和35年にはなんと体格の隔たりがあるか。颯子の足は柳鰈のように華奢で細長い、母の足は巾広(不空羂索観音)。化粧も眉を剃り、お歯黒/パーマネント、口紅、眉墨、アイシャドー。同じ日本の女が60余年でこんなに変化するのか。(母と颯子を比較)
⇒颯子に浅ましい魅力を感じ、いじめられることを楽しみ、妻や子供を犠牲にして颯子の愛を得ようとすることを母は何と思うだろうか(「母の目」を意識)
※自分自身もこんなことになろうとは思わなかった。
☆同時にここでは、母が性の対象として意識されている。
《……「母」と「足」とを結びつけることへの長期にわたる禁忌が、作家の内部で解けたのである。》野口武彦『谷崎潤一郎論』
☆川端康成『眠れる美女』の場合「最初の女は母だ」
13 小説の秘密《自然(幼児退行)、狂気、自省、演技に対する冷水》
P308から310、「颯っちゃん、痛いよ」と思わず叫んだ辺り。
・やっぱりこんな声は本当に痛いのでなければ出ない。……自然に出た。そう呼べたことが予には嬉しくって溜らなかった。痛いながら嬉しかった。……「颯っちゃん、颯っちゃん、痛いよう!」
⇒叫んだ拍子に腕白盛りの駄々っ子に戻り、自制できなくなる。自分でも気が狂ったんじゃないかと思い、もうどうなってもかまわないと思った瞬間にふっと自省心がわき、気が狂うのが怖くなる。(この辺りの心理の変転が素晴らしい)
⇒それからは明らかに芝居になり、故意に駄々っ子の真似をする。
・颯子は少し気味悪そうに黙って老人の表情を見ていたが、偶然目があった瞬間に老人の。心の変化を見て取った。(洞察力の鋭さ)
⇒そんな馬鹿馬鹿しい真似が出来るというのが、もう気違いになりかけている証拠よ。声の調子は頭から水をあびせるような冷たい皮肉なもの。
☆老人の心理変化、颯子の洞察・見事な対応
【あらすじ】
一 新宿第一劇場で観劇潺潺
・16日、訥升を観た。若い女形に性的魅力を感じる。新派の若山千鳥と同衾した体験。女装の美少年に魅力を。《不能になった老人の性生活と関係があるか》
・17日、手の痛み。今日も歌舞伎見物、伊勢丹、銀座の浜作で食事。鱧、鮎を颯子が残す。脚の痛み。ハンドバック代金を渡す。(妻の目を盗み、嫁の欲しいものを)
・19日、医者の杉田氏来診、首吊りの医療機器、陸子、秋子、夏二来る。自分の死後を空想。陸子、家を購入するために利息を助けて欲しいと。(この場面と死後の空想記述の関係はメタフィクション的である)。生きている限りは異性に惹かれる、変形的間接的方法で性の魅力を感じる、性慾的な楽しみと食欲で生きているようなものだ。颯子はそれを察知。入れ歯を外すと醜悪、世間の安心が付け目である。
・20日颯子夫婦は愛情が冷めている。颯子はダンサーだった。N・D・T、日劇、浅草で。バレリーナの話から颯子の素足に触れる機会を得る。26日下痢。29日外出。2日血圧上昇。3日コルセット試着。牽引。10日みんなで相談。アメリカの薬、鍼。痛い時でも性欲は感じる。嗜虐的傾向。悪女好み。12日颯子に幻影。颯子は気に入られることを知って偽悪趣味に。病苦、性の不能が根性をひねくれさせる。二人目ができないことから、嫁姑の諍い。草市、お墓、戒名。颯子は春久とデイト。「黒いオルフェ」、ボクシング、レスリング、妻を呆れさせる。意地悪そうな颯子を見て、痛みと快感が増す。
二
・17日、颯子京都へ。軽井沢へ避暑。便所と風呂場の改築。予の入浴、颯子と婆さんの仕事。佐々木看護婦が月に一、二回休む時に颯子が横に寝てくれることを秘かに期待。颯子は籐椅子を持ち込む。二人きりなら、呼称が変わる。お前、君。颯子もぞんざいな言葉になる。それが却って予を喜ばすことを颯子は知っている。寝たふりをするが見抜かれる。颯子の初めてのコケトリー(興奮させるといけないから…)薬を飲む時「口移し」をしてくれないか、と。寝たふりをするつもりで寝てしまう。(笑)
・24日、シャワーを浴びる時戸を閉めたことがないという颯子の言葉をあれこれ考える。
・夕方、庭のバーベキュー、尿道の故障。
・26日、最近の日課。シャワー室の扉を開ける。颯子が背中を拭けという、肩にくちづけすると平手打ちされる。28日、シャワー室での痴話、膝から下に唇でふれる。春久にシャワー許可を。鍼治療中に甥の春久が挨拶にくる。予は家族が軽井沢に行ったあと、颯子が残ることを考える。
三
・5日、鍼治療中に、春久がシャワーを浴び、二階にいることを知る。女中のお静がコカコラを持っていこうとするのに出くわし。颯子と庭を散歩。春久との情事をめぐって痴話。他人の冒険を見て楽しむしかない。
・6日、長男浄吉は颯子を今では愛していないのか、別に愛人がいるのか。颯子は経理の才能を発揮している。
・春久はシャワーを使いに来、颯子も一緒に出掛ける日が続く。
・11日、颯子が誘い、脚を舐める。血圧が上がる。佐々木が気がつく。恐怖と興奮と快感。
上223、下150あった。間違って死んでもかまうもんか。
・16日、ピンキー・スリラー。颯子の日焼けと白い腹。
・18日、ネッキングさせたげましょうか。キャッツ・アイが欲しい。300万。
・台風近づく。手の痛み。颯子はキャッツ・アイを手に入れてくる。この金は改築のためのものだったが。痛いことが楽しい。
・軽井沢への往復。台風。
・9月3日、永井荷風。4日、こおろぎの音で幼年の頃を思い出すが、こおろぎではなく、自分の呼吸音であった。5日母の夢を見る。日本人の体格の変化、化粧の変化。母の足は巾広で颯子の脚は柳鰈のよう。フットフェティシズム。(颯子に執着している)今の自分を母がどう思うか。12日、陸子が妻と、颯子と春久がボクシング見物に来ていて、猫目石をしていた、と油谷夫人から聞いたと確かめに来る。
四
・13日、続き。予は猫目石を買ったことを、妻や娘に高飛車に言う。次はプール。知人の結婚式に出るために、颯子は和服姿。16日浮腫、コリー犬に飛びかかられて転倒。大型犬の系譜、ボルゾイ、グレイハウンド、コリー。若奥様に言えない隠居様(妻)。嫁姑の力関係。コリーと車で出かける時、わざと予に見せつけているのか。「彼女に踏み殺されるのでなく、彼女の犬にでは遣り切れない(笑)。杉田医師来診。心電図検査も。異常なし。
・24日、佐々木看護婦が外泊、代わりに颯子。入れ歯を外した顔を見せる。自分の醜い顔を見たあとで颯子の美しい顔を見ると興奮する。煙草を吸う颯子。28日、手が冷える、痛む。
五
・手の痛みは一進一退。日記を書きづらい。いろいろな薬を打ったり、飲んだり。(詳しい記述)
・最も痛んだ日、颯子の見舞いについて妻と話す。「嫌いどころか好き過ぎるんだ」と口走る(笑)婆さんに突然痛い所を突かれて狼狽。
・妄想。「颯子、痛いよ」(このあたり、笑の連続)。接吻をねだる。髯だらけの方が病人らしいが、接吻するには都合が悪いし。
・13日、浄吉が病室を覗く。髯を剃ったのに気づき、颯子にやらせたらいいと。浄吉の家庭内での心理。踊子上がりの颯子を家庭内で気遣い、甘やかす。颯子が髯を剃ってくれる時を妄想。鼻の穴まで。何でも親父の言うとおりにしろ、と言えるのか。夜颯子が来る。
・「颯っちゃん、痛いよ」と叫ぶ。(この辺りの心理変化見事)本当に痛い⇒気が狂ったか⇒自省⇒芝居/颯子と目が合い見抜かれる。颯子は接吻の代わりに、唾液を一滴、口に。
・17日、東大梶浦博士来診。
・19日、孫の経助が部屋にやってきて、「お爺ちゃん、手が痛いの」と心配するので、泣いてしまう。自分の偽悪趣味、悪党ぶっていること、などを記述。「俺はあんなのは大嫌いだ」と言って佐々木に「まあ、そんなことを」と。(観察者としての佐々木看護婦)。こんなに涙が出るのは、死期が近いせいか、と思う。
・21日、福島博士のキシロカイン注射の話を佐々木から聞く。危険な方法で。経助に泣かされたのは不吉の前兆か。実は臆病な予。結局は注射が原因で死ぬのか。(笑)
・自分の死ぬ場面をあれこれ想像する、颯子はシンクロナイズド・スイミング。病院での苦痛と恐怖と緊迫感を想像。積み重ねた悪事が走馬燈のように。(笑)考えあぐねて佐々木に相談。佐々木が梶浦先生に話を聞きに行ってくれる。
・梶浦博士の意見。(予の気持ちのゆれ、この辺りリアル)
・治療の日をめぐって、婆さんが高島易断の暦を持ち出し、結局27日仏滅は避ける。
・28日、運命の日。出がけに颯子がチャップリンの『独裁者』を観に行くという、今日のことを彼女は知らないことになっている。颯子がさりげなく力づけに来ているのは、婆さんのこころづかいかと胸がいっぱいになる。(この辺り真偽定かならず、読者の読みの振れ幅が生じる。じんと来るか、自分勝手な思い入れに笑ってしまうか)PQ病院、レントゲン室。細部がリアル。注射針を引いて血がまじるので、中止。杉田医師(教えられた)、佐々木看護婦(思い切ってやってしまえばよかった)、婆さん(やめたら)、それぞれの感想が食い違い、おかしい。
・29日、同じ経過。結局中止することに。帰ると花が活けてある。颯子のこころづくしか。枕花になると思ったか。(笑)菅楯彦の色紙が掛けてある。和歌「わが勢子はいつく遊くらん……」
☆キシロカイン注射をめぐっての話は、細部がリアル、福島博士の態度、血がまじったので延期、中止、予の心の揺れ(ホット安心したり、死んでもいいと思ったり)、まわりの人々の反応の違いのおもしろさ、颯子の行動に対する意味づけの振れ幅など、サスペンスたっぷり。
六
・11月9日、墓地探しのために京都へ行くことにする。秘かに別の目的あり、12日出発。城山一家出迎える。五子、菊太郎、京二郎。五子に聞かせるために、颯っちゃんと言ったりと同じ部屋に泊まってというが、失敗。城山桑蔵は既に死去、菊太郎は百貨店勤務、京二郎は京大工科学生。颯子は京二郎と買物、見物に出かける。法然院に決める。颯子は猫目石を見せつける。
・14日、颯子は遊びまわり、予は法然院訪問。石屋、ホテルに来て面談。五輪塔の薀蓄。颯子をモデルにした像・颯子菩薩像を秘かに計画。夜買物に、朱墨、硯、色紙。タンポの材料(紅絹の裂と布団綿)
・16日、奈良見物を細かく計画して、佐々木看護婦と五子を送り出し、颯子と二人きりになる。足の裏の拓本をとり、仏足石にしようとする。
七
・最初、だれにも真意を知らせずにいるつもりだったが、颯子に告げた理由。きっと喜ぶはず。自分の死後も、颯子の中に自分の意志の一部が乗り移って残る。彼女に踏まれた重み痛さ足裏の肌理を、死んでも感じてみせる。(妄念)痛いけれど楽しい!
・足の拓本つくりに嬉々とする予。色紙が足りなくなり、電話で取り寄せ……、帰って来た五子と佐々木が、部屋の様子に呆れる。血圧二三十。
・17日、颯子一人で東京へ帰る。そのあとのホテルでのドタバタ、みんなで騙しやがってと八つ当たり。五子の話、颯子と春久の不倫、浄吉にも女がいるのでは。怒る。
・18日、昨日午後三時京都を発つ。佐々木と予は一等、五子は二等。九時東京着。運搬車で駅構内を移動。車で颯子が、黙って帰った理由を告げる。すっかり参っちまったのよ。
佐々木看護婦看護記録抜粋
・帰京してからの容態。颯子は老人の精神状態を疑い、浄吉と精神科医井上教授に相談。精神病ではなく異常性欲、情欲が命の支えになっている。
・20日、日記をつけていて、異常を訴える。杉田医師、小泉医師、梶浦教授。脳血管の痙攣。日記は禁止。
勝海医師病床日記抜粋(東大内科)
・12月15日東大病院に入院
・既往歴、現病歴。20日、頭痛、痙攣、意識障害の発作。
30日、娘と論争、左前胸部の苦悶感。心臓締め付けられるような疼痛。薬に敏感、薬についてはよく知っている。前立腺肥大。
・2月7日退院
城山五子手記抜粋
・京都から月の半分は狸穴へ。颯子、父ともに微妙な心理状態。顔を見せないと怒るが見せすぎると興奮。颯子は浄吉と寝ていないらしい。(春久を暗示)
・ある日、京都に電話。竹翠軒に預けてある足の拓本で石屋に注文を。拓本を東京に送ると、老人は何時間も眺めている。
・4月庭を散歩。プール工事始まる。止めればと颯子が云うと、浄吉が親父の頭にはいろいろな空想が。
川端康成『眠れる美女』と谷崎潤一郎『瘋癲老人日記』を比較する
『眠れる美女』1961
『瘋癲老人日記』1962
川端康成(1899~1972)、62歳の作
・主人公江口由夫は67歳
・眠れる美女(六人)との五夜を通して過去の女を思い出す。
・抽象的(固有名詞を使わない)
・破壊衝動は実行に移されず、偽の「悪」に止まる。
・妊娠、赤ん坊に対するコンプレックス
⑴老い⇒みにくさ、みじめさ、かなしさ、さびしさ、なさけなさ、老衰の劣等感、あさましさ、死の恐怖、青春の哀絶、背徳の悔恨
※川端の中で老いは豊かさとは結びつかない
⑵娘⇒美しさ、若さ、いのちそのもの、あわれみといとしさ、生のめぐみ
⑶娘に触れることの二重性【生の回復/死への誘惑】
⑷救済願望と破壊衝動/無力さ
・救済願望(娘=仏の化身の前で悔い、悲しみ、懺悔する):老いた自分の無力さ
・悪・破滅願望・破壊衝動(娘に暴力をふるい、犯し、殺す、無理心中の道連れ):眠る娘の無力さ
谷崎潤一郎(1886~1965)、76歳の作
・主人公卯木督助は77歳
・嫁颯子とのマゾヒスティックな関係、妄想
・妻、息子、娘陸子、甥春久、看護婦佐々木、などとの人間関係が
・病気治療に関する実録風な記述
・歌舞伎、映画、ボクシングなどなど現代風俗がふんだんに。固有名詞の氾濫。
・自己の性癖の全き肯定。
・死後を空想することが生を活性化する
・老いを利用すること、
・文体の組み合わせによる、妄想の相対化
・滑稽さ、ユーモラスな世界
・「家」という限られた空間内(寝室、シャワー室、二階、庭)での悪いことの試行
・東京(銀座など)、軽井沢、京都
・死や治療に関する気持ちのゆれがやけくそ気味な所もあり、おかしい。
NHK文化センター西宮ガーデンズ教室 2014・12・18
2014年度後期「小説を読む」藤本英二
第三回 三島由紀夫「金閣寺」(1956)
Ⅰ 三島由紀夫について
略歴・作品
1925(大正14)年 1月14日、東京市四谷区(現東京都新宿区)に生まれる。
本名、平岡公威(ひらおかきみたけ)
1931(昭和6)年 学習院初等科入学
1944(昭和19)年 4月本籍地加古川で徴兵検査を受ける。第二乙種合格。
9月学習院高等科を首席で卒業。
10月東京帝国大学法学部入学。『花ざかりの森』出版。
1947(昭和22)年 11月東京大学卒業。大蔵省に入る。48年9月退職。
1949(昭和24)年 『仮面の告白』24歳
1950(昭和25)年『青の時代』
1951(昭和26)年 - 1953(昭和28)年『禁色』
1954(昭和29)年『潮騒』 新潮社文学賞受賞。
1956(昭和31)年『金閣寺』 読売文学賞小説部門賞受賞。31歳
1957(昭和32)年『美徳のよろめき』
1958(昭和33)年 杉山瑶子(日本画家杉山寧の長女)と結婚。33歳
1959(昭和34)年『鏡子の家』
1960(昭和35)年『宴のあと』、『憂国』
1962(昭和37)年『美しい星』
1963(昭和38)年『午後の曳航』
1964(昭和39)年『絹と明察』 毎日芸術賞文学部門賞受賞。
1965(昭和40)年『春の雪』(『豊饒の海』第一部)連載開始 40歳
1966(昭和41)年 映画『憂国』(監督・脚色・主演)
『英霊の声』
1967(昭和42) - 1968(昭和43)『奔馬』(『豊饒の海・第二巻』)
自衛隊体験入隊、
1968(昭和43) - 1970(昭和45)『暁の寺』(『豊饒の海・第三巻』)
「楯の会」(祖国防衛隊の名称を変更)
1970(昭和45) 『天人五衰』(『豊饒の海・第四巻』)
11月25日市ヶ谷にて自衛隊決起を促し、失敗、割腹自殺。
Ⅱ 『金閣寺』について
⑴金閣寺焼失事件とモデル小説
・1950年7月2日、金閣寺焼失事件発生。
・1956年、三島由紀夫『金閣寺』(1956年1月~10月「新潮」に連載)
・1963年、水上勉『五番町夕霧楼』
・1977年、水上勉『金閣炎上』
・2010年、酒井順子『金閣寺の燃やし方』(文芸エッセイ)
⑵『金閣寺』は三つの層から出来ている。
①現実の事件・人物をモデルにしている層(外枠)
舞鶴、貧しい寺の出身、父の死、吃音、大谷大学、成績不振、登楼、カルモチン
②オリジナルな人物と物語・挿話(枠の中に嵌め込まれた)
☆若い英雄・先輩・舞鶴海軍機関学校生
☆有為子……私(溝口)への拒絶
脱走兵と有為子の悲劇(裏切りと銃撃)
☆南禅寺で見た女(⇒戦後、お花の師匠として)
☆蚊帳の中での母の不倫、私の目をふさぐ父の手
☆米兵と娼婦(私は命じられた女の腹を踏む。貰ったタバコを老師に)
……歌舞伎の『金閣寺』(正確には『祗園祭礼祭礼信仰記 北山金閣寺の段』)からとっている。(村松剛『三島由紀夫の世界』)
☆善良な鶴川の事故死(実は結婚を許されぬ恋愛による自殺)
※鶴川は、「私のまことに善意な通訳者、私の言葉を現世の言葉に翻訳してくれる、かけがえのない友であった。」P61
☆内翻足の柏木
※「柏木は裏側から人生に達する暗い抜け道をはじめて教えてくれた友であった。
・令嬢やお花の師匠へのふるまい
・尺八を教えてくれる
・世界を変えるのは認識か行為か、の議論
☆老師との心の暗闘 ⇒ この部分がかろうじてドラマになっている
・娼婦の抗議を受けながら、私を不問にふす
・女と歩いているのを目撃、
・芸妓の写真を新聞にはさんで持っていく⇒机に返されている
・柏木が借金の取り立てに寺へやってくる
・身を投げ出すように祈っている(私に見せているのだ)
☆五番町の娼婦まり子……三文小説のようなセリフ
③「金閣の美」をめぐる観念的な思考が展開している層
⇒この部分が観念的な私小説になっている。
⑶人物配置の対称性
有為子
・鶴川(善) 私 柏木(悪)
・南禅寺の女(聖) ⇒ ・お花の師匠(俗)
・二人の友人、鶴川と柏木は私を真ん中にして対称的な存在として配置されている。
・また私と柏木も共通点と相違点を持つ対照的な存在として配置されている。
・障害者……内翻足/吃音
・性的不能の経験
・美に求めるもの……瞬間(音楽)/永遠(建築)
☆「私」にとって敗戦とは何であったか
・敗戦の衝撃、民族的悲哀などというものから、金閣は超絶していた。P68
・敗戦は私にとっては、こうした絶望の体験に他ならなかった。P69
(金閣と私の関係は絶たれた)
・解放ではなく、「仏教的な時間の復活に他ならない。P73」
※作者自身の戦中・戦後に対する感じ方(聖/俗)が投影されているのか。
⑷引用されるもの
・「南泉斬猫(南泉和尚/高弟の趙州)」は三度引用・解釈される
①敗戦の日、老師の講話 p70…妄念妄想の根源を断つ/寛容、菩薩道
②柏木の解釈、p154…猫は美=虫歯、南泉はそれを抜き/超州は解決の安易さを諷した
③柏木との話で・行為か認識か p231…美は認識によって守られる。美+認識=芸術
・『臨済録』 「仏に逢うて仏を殺し……」 p153、p274
・五山文学・入院じゆえん法語
・「弱法師」俊徳丸 p273
⑸紹介され、描かれる場所(取材された場所)
⇒「京都観光案内」として読んでみる
・金剛院 p18
・金閣寺 p22
・南禅寺 p53 天寿庵(乳をしぼる女)
・大谷大学 p96
・嵐山 p125・亀山公園 p127 遊山(柏木、令嬢、下宿の娘)
・建たけ勲いさお神社 p191 出奔の時に籤を引く「凶」
・舞鶴 p198 由良川
・焼かれた寺 p219
・五番町(遊郭) p235
⑹『金閣寺』が「詩」であるという評価
☆小説は、物語・筋(ストーリー)だけで出来ているものではなく、文体(観察・考察・表現)も重要な要素である。文体的に見れば、『金閣寺』には「詩」の文体で書かれている部分が散見される。特に風景描写、雲、海など。
・雲p204、p207 ・火p219~220 ・雨(の音)p223
・小林秀雄 小説つていふよりはむしろ抒情詩だな。つまり小説にしようと思ふと、焼いてからのことを書かなきゃ、小説にならない。
・中村光夫 これは小説というよりむしろ叙事詩にちかい性格ですが、いずれにせよ読者を彼の日常生活からひきはなし、作者の生きる観念の世界に遊ばせる力を持つ文学作品である
・多田道太郎 フランスのユルスナールもまたこの小説を評価した人ですが、やはり同様にこれはポエジーだというふうにいっています。
※マルグリッド・ユルスナール:須賀敦子『ユルスナールの靴』参照
☆詩的な文章、表現のポテンシャルが高いものを引用してみると、
・しかしこの土地には、いつも海の予感のようなものが漂っていた。P6
・私が手間をかけてやっと外界に達してみても、いつもそこには、瞬間に変色し、ずれてしまった、……そうしてそれだけが私にふさわしく思われる、鮮度の落ちた現実、半ば腐臭を放つ現実が、横たわっているばかりであった。P7
・私の無言だけが、あらゆる残虐を正当化するのだ。P7
・嘲笑というものは何と眩しいものだろう。私には同級の少年たちの、少年期特有の残酷な笑いが、光りのはじける葉叢のように、燦然として見えるのである。P9
・脱ぎ捨てられたそれらのものは、誉れの墓地のような印象を与えた。P11
・石も私の足をつまづかせず、闇が私の前に自在に道をひらいた。P12
・「何よ、へんな真似をして、吃りのくせに」/有為子は言ったが、この声には朝風の端正さと爽やかさがあった。P14
※これらはどれも、常識的な「言葉のつながり」から外れている。一般的な日本語表現では主語にならないもの(石も、闇が)が主語となったり、言葉と言葉の間に飛躍があったりする(服/墓地)。全体的に、常識的なモラル・道徳を裏切る表現が多い。(残虐を正当化、嘲笑が眩しい、差別が爽やかさ)
・有為子の顔の美しさを次のように語っている。P17
《彼女は捕われの狂女のように見えた。月の下に、その顔は動かなかった。/私は今まで、あれほど拒否にあふれた顔を見たことがない。私は自分の顔を、世界から拒まれた顔だと思っている。しかるに有為子の顔は世界を拒んでいた。月の光りはその額や目や鼻筋や頼の上を容赦なく流れていたが、不動の顔はただその光りに洗われていた。 一寸目を動かし、 一寸口を動かせば、彼女が拒もうとしている世界は、それを合図に、そこから雪崩れ込んで来るだろう。/私は息を詰めてそれに見入った。歴史はそこで中断され、未来へ向っても過去へ向っても、何一つ語りかけない顔。そういうふしぎな顔を、われわれは、今伐り倒されたばかりの切株の上に見ることがある。新鮮で、みずみずしい色を帯びていても、成長はそこで途絶え、浴びるべき筈のなかった風と日光を浴び、本来自分のものではない世界に突如として曝されたその断面に、美しい木目が描いたふしぎな顔。ただ拒むために、こちらの世界へさし出されている顔。》
・……私には金閣そのものも、時間の海をわたってきた美しい船のように思われた。P24
・花々は井戸の底をのぞき込んでいるようだった。なぜなら死人の顔は生きている顔の持っていた存在の表面から無限に陥没し、われわれに向けられていた面の縁のようなものだけを残して、二度と引き上げられないほど奥のほうへ落っこちていたのだから。P36
・母は数珠に両手でつかまって立っていた。P37
・私の感情にも、吃音があったのだ。P43
※文学的表現・詩的表現・比喩は、物語の速度を止めてしまう。
⇒『金閣寺』は物語(ドラマ)としてはそれほど良い出来ではない。いくつかのエピソードはそれ自体で完結しており、全体の中に嵌め込まれた一枚の絵にすぎず、せいぜい対比・対照に止まり、エピソードが重なって響き合い、ドラマチックな展開を生み出すということはない。
⑻「金閣の美」をめぐる思考をたどる
①父によって吹き込まれた「美という観念としての金閣」。
主人公にとっての美は、現実の金閣ではなく心象の金閣にある。
②「私を疎外するものとしての美」
《私には自分の未知のところに、すでに美というものが存在しているという考えに、不満と焦燥を覚えずにはいられなかった。美がたしかにそこに存在しているならば、私という存在は、美から疎外されたものなのだ。》
③それが変化するのは本土空襲の予感の中、金閣が焼き滅ぼされるかもしれないと考えた時。
《この世に私と金閣との共通の危難のあることが私をはげました。美と私とを結ぶ媒立が見つかったのだ。私を拒絶し、私を疎外しているように思われたものとの間に、橋が懸けられたと私は感じた。/私を焼き亡ぼす火は金閣をも焼き亡ぼすだろうという考えは、私をほとんど酔わせたのである。》
④ところが、終戦となり、もはや金閣が焼けるおそれがなくなった時《美がそこにおり、
私はこちらにいるという事態》が生じる。
⑤金閣と私との一体感が戻ってくるのは、台風の夜、金閣で宿直している時。
《私が金閣であり、金閣私であるような状態》は、滅びの予感の下でのみ出現する。
⑥金閣は私を受け入れることで人生から隔てようとする。
具体的には女性とのセックスを金閣の幻が邪魔する。主人公は金閣が「私」を受け入れ、抱擁しているという幻影を見、それは金閣が《私の人生への渇望の虚しさを知らせに来た》のだと思う。
《人生に於て、永遠に化身した瞬間は、われわれを酔わせるが、それはこのときの金閣
のように、瞬間に化身した永遠の姿に比べれば、物の数でもないことを金閣は知悉していた。美の永遠的な存在が、真にわれわれの人生を阻み、生を毒するのはまさにこのときである.》
⑦主人公とこの世界・人生との通路に立ちふさがるのが、美という観念なのだ。
主人公は幼い頃から吃音という障害があるために、この世界・人生との通路をうまく持てなかったが、それと美を関連づけて、次のように考える。
《「美は……」と言いさすなり、私は激しく吃った。埒もない考えではあるが、そのと
き、私の吃りは私の美の観念から生じたものではないかという疑いが脳裡をよぎった「美は……美的なものはもう僕にとっては怨敵なんだ」》
***
「金閣の美に関する思索」は、芸術家が美に対して抱く様々な感慨、すなわち《美に対する憧れ》《美と自己との同一視・一体感》《美からの疎外感》《美に対する嫉妬》などの投影である。
主人公は吃音という障害を持ち、また性的な不能を何度も経験し、世界からの疎外感を強く持つ。そして、この「世界からの疎外」の原因を「美という観念」に求めるようになる。
⑧金閣の模型(目の転換/行為者の目⇒観察者・認識者の目)
・現実の金閣を見て何の感動も起こらない。不調和で落ち着かない感じ。P28
・巧緻な金閣の模型=夢見ていた金閣に近い。大きな金閣の内部に小さな金閣
☆蜂の目/私の目/金閣の目
「私が蜂の目であることをやめて私の目に還ったように、生が私に迫ってくる刹那、私は私の目であることをやめて、金閣の目をわがものにしてしまう。そのとき正に、私と生との間に金閣が現れるのだ、と。」p169
⑨金閣寺の美は結局どう捉えられたか(P268~P271参照)
・闇の中の金閣が、思い出(記憶の喚起)によって細部まで想像できた。
・美は「細部でもあり全体でもあり、金閣でもあり金閣を包む夜でもあった。」
・……細部の美を点検すれば、美は細部で終わり細部で完結することは決してなく、どの一部にも次の美の予兆が含まれていた……。虚無がこの美の構造だったのだ。
⑼放火の動機をどう語っているか
①老師から後継にしないと告げられ、出奔。由良へ。裏日本の海を前に、突然「金閣を焼かねばならぬ」という想念が浮かぶ。
②何故「老師を殺そう」ではなく「金閣を焼こう」と考えたか、を自問自答する。
⇒「人間のようにモータルなものは根絶することができないのだ。そして金閣のように不滅のものは消滅させることができるのだ。」(金閣は厳密な一回性をもち、人間はかけがえのきく方法で増殖する=老師を殺しても坊主頭と無力の悪は、次々と生まれる)
☆私の独創性は疑うべくもなかった。
③焼けば教育効果は著しい。生存の自明の前提が明日にも崩れるという不安を学ぶことになる。
④金閣がいずれ焼けると思うと、堪えがたい物事も堪えやすくなった。終末の側から眺める目をわがものにし、しかもその終末を与える決断がわが手にかかっていると感じること、それこそ私の自由の根拠であった。P215
⑤柏木との議論で、「美的なものは怨敵」
⑥「生きるために金閣を焼こうとしているのだが、私のしていることは死の準備に似ていた」p235
⑦「金閣を焼くために童貞を捨てようとしているのか、童貞を捨てるために金閣を焼こうとしているのかわからなくなった」p236
⑧最後の決断を老師の放逐にゆだねようとした⇒しかし老師の「私に見せている」無力の様を見て、決行を老師の放逐に求めないことにする。私は無礙だ。
⑨桑井禅海和尚に隈なく理解されたと感じ、空白になった。行為の勇気が湧きたった。
⑩行為の夢を完全に生きた以上行為は無駄事ではないか。行為は一種の残余物。P272
⑪「仏に逢うては……」を思い出す。徒爾であるから、やるべきだ。P274
⑫放火を実行し、「生きよう」と思った。P278
☆このように放火の動機は観念的に語られている。「不滅なものこそ消滅させることができる」という自分の考えの独創性を誇り、終末の側から世界を見ること終末の決定権を持っていることに自由を感じ、「行為の夢を完全に生きた」と思い、放火自体はその残余、無駄と知りつつ、無駄だからやる。
付録☆中村光夫「『金閣寺』について」(昭和31年12月「文芸」)より
・僕が『金閣寺』が一種の観念小説に終り、おそらく作者の意図した思想小説に達しなかったことを惜しむのは、……
・作者がここで展開しているのは。ひとつの孤立した観念の世界であるにせよ、この観念は彼の感覚と鮮やかに結びついていて生きているので、第一章の設定で主人公の感受性に同化された読者は、そのまま何の抵抗もなしに終章の破局にみちびかれます。/これは小説というよりむしろ叙事詩にちかい性格ですが、いずれにせよ読者を彼の日常生活からひきはなし、作者の生きる観念の世界に遊ばせる力を持つ文学作品であることはたしかなので、……。
・……この文章は死んでいるのではないので、氏は息をつめて力んでいるのです。この不自然な力みかたが主題の観念性とよく調和しているところに、この小説の美があるとも言えますが、その美はちょうど重量あげで鍛えた青年の肉体のように不自然な要素が加わっています。十年たてば醜く見える流行の類です。
・……『金閣寺』の内容があまり芸術的すぎて、人生はそこから展けてこないということになります。
・……この「疎外された」という感情は彼の存在の主調音になります。たんに金閣だけでなく有為子をはじめすべての人間と彼との交渉には、「疎外」の感情がつきまといます。というより彼にとって外部との接触は「疎外」の感情を一歩もでることができないので、いわば彼はのけものにされなければ人とつきあえないのです。
Ⅲ 水上勉と金閣焼失事件について
・1963年、水上勉『五番町夕霧楼』
……若い娼婦片桐夕子を主人公にした哀憐話。水揚げ、時間花の客、など遊郭の様子がよくわかる。主として女将かつ枝の側から描かれているので、通ってくる学生の正体、夕子の心情等が謎として語られる。学生は鳳閣(金閣に相当)に火を放ち、捕まって取り調べ中に剃刀で自殺。結核で入院中の夕子は行方不明に。故郷で自殺。
・1977年、水上勉『金閣炎上』
【『金閣炎上』はどのように構成されているか】
この小説は四十三の章からできていて、組み立ても少し入り組んでいる。『金閣寺』と比較して、事件に対する姿勢や叙述の方法に明らかな相違点がある。水上勉はあくまで、実際に起こった事件、現実に生きていた人間を尊重し、作家の恣意的な想像力によって安易に事実を改変することを潔しとしない。多くの証言や資料にあたり、追究の道筋は幾重にも折れ曲がり、最後は想像にまかせるしかないが、あたうかぎり事実に即して事件を描こうとしている。
『金閣寺』が主人公(その実際は作者自身)のモノローグに終始するのに対して、『金閣炎上』は作者が出会った様々な人々の証言、供述調書、起訴状、公判メモ、精神鑑定書、林養賢自身の手紙など明らかに異質な声によって構成されている。
【『金閣炎上』では放火の動機をどうとらえているか】
水上勉は、この事件の動機を「美に対する嫉妬」というような形而上的な問題としてはとらえていない。水上勉の言を借りれば「養賢に金閣放火を決意させたものは、金閣寺内の事情をおいて考えられない」というのが、彼の立場。
水上勉は「林養賢の生誕から、成生の西徳寺の貧困状況、父道源の重病、母志満子の感情過多の生活、そして吃音症に悩む養賢と母の確執について」詳しく調査し、書き綴ってきた末に、金閣寺内部の問題を次のようにえぐりだす。
金閣寺が禅寺でありながら、建前としての「清規しんぎ生活」とは逆に、観光寺院として拝金主義的環境にあった点。在俗人である副司、執事が修行場である庫裏に口出ししている点。戦争、敗戦、占領下に伝統的な権力をもちつづける相国寺一派の財源を受け持った点、戦後、南京亡命政府一行をかくまった点、先住職の世間にかくれての妻帯生活、紀伊の別荘経営。現住職がそれを嫌い、従業員らが先住職派と現住職派に分かれ対立した点。こうした金閣寺内部に渦巻く金、政治、人間関係の対立が、養賢に放火を決意させたものだ、というのが水上勉の見解である。
「精神鑑定書」を書いた三浦百重との間答からの推察として水上勉は林養賢の動機を次のように書いている。
《「私は金閣寺を見ていて僧になるのがいやになって了った。将来の僧生活に絶望感をもつようになった。生来の吃音もある。雲水になってもうまくゆかぬだろう。といって田舎へ帰るにしても、村八分で西徳寺を追い出された母のいない寺は海臨寺の和尚が差配している。そんな所へ帰る気はない.還俗して生きてゆく自信ももちろんない。とするなら、いつそ金閣寺の象徴でもあり、金づるにもなっている舎利殿を焼いてしまつたら気持ちいいだろう。あんなものがなくなれば、師匠も、禅一僣としてのたてまえ生活と金銭欲のはざまで苦しむこともないだろう。あたりまえの禅僧にもどれるだろう。みなの眼をさますためには自分さえ死ねばいい。死んで、金閣を焼いて、あの男は大きなことをやったな、といわれたい」》
参考資料・司馬遼太郎の新聞記事
当時、産経新聞の記者だった司馬遼太郎が、この事件について書いた記事があります。『変身 放火論』(多田道太郎、1998)から再引用します。
《金閣寺で有名な京都市上京区金閣寺町臨済宗相國寺派鹿苑寺=住職村上慈海師(四八)山内さんないの國宝建造物金閣から二日午前三時六分出火上消防署その他各署から消防車が出動して消火に努めたが三層楼の國宝金閣および同建物内に安置された國宝足利義満自像、運慶作三尊佛(阿彌陀、観世音、勢至菩薩)其他春日佛師作地蔵、中國伝来といわれる夢窓國師、達磨大師像、大元禪師像(以上何れも鎌倉時代作)および金閣堂上の金銅製鳳凰など國宝重要美術品を悉く灰じんに帰して同五十分鎮火した、金閣内には電燈引込線もなく火の氣もないところなので京都市警では放火と睨み則武刑事部長らは同寺院に捜査本部を設け犯人捜査に乗出した結果出火と同時にいずれかへ行方をくらました同寺弟子本籍京都府舞鶴市東舞鶴安岡町林養賢(二一)=大谷大学支那語科一年在学中=を犯人容疑者として指名手配を行い付近山林に潜んでいるものと見込み捜査を行つたところ午後七時十五分金閣寺裏左大文字山中腹山林で服毒苦悶中の犯人を発見、護送車で上京区釜座丸太町上ル日赤第二病院に収容手当を加えたが生命には異状ない
林は取調べの係官に対し「確かに自分がやつた、金閣寺など残しておいても意味がない」と自嘲的な語氣で自己の犯行を認め詰めかけた新聞記者やカメラマンに向つて″物好きな奴らだ″とうそぶいていた
なお平素林は「宗門は金閣寺という財源の上に眠つているから衰退して行くのだ、これがなければ、宗門の僧達も真剣な教化に乗出し教勢もかえつてあがるんだ」と周囲の者に語つていたこととにらみ合せてこの放火に至るまでの林の心理には村上師に対する反感のほかに宗門に対する思想的なものもあるものとみられている
村上住職談 法隆寺の先例もあり全く申訳がない、午後六時に門を閉めた時に見回りを行つ
た、アトは夜中の警戒をしていなかつた、放火犯人の林は無口な孤独的な性格で最近学校もよく休むので再三注意したら突然退学するといい出していた、平素思想的な面で宗門に対する不満があつたようだ》
2014年度後期「小説を読む」藤本英二
第四回 安部公房「砂の女」(1962)
Ⅰ 安部公房について
1924(大正13) 3月7日 東京生まれ。満州で育つ。父は満州医科大学の医師。
1947(昭和22) 画家山田真知子(のち本の装幀、舞台美術も担当)と結婚。
1948(昭和23) 東京大学医学部卒業。処女小説『終りし道の標べに』を刊行
1950(昭和25) 「赤い繭」(翌年、戦後文学賞を受賞)
1951(昭和26) 「壁 - S・カルマ氏の犯罪」で芥川賞を受賞 27歳
1954(昭和29) 長女ねり誕生、『飢餓同盟』
1956(昭和31) チェコスロバキア作家大会に出席
1958(昭和33) 戯曲『幽霊はここにいる』で岸田演劇賞受賞
1959(昭和34) 『第四間氷期』
1962(昭和37) 日本共産党を除名される。『砂の女』を発表 38歳
1963(昭和38) 『砂の女』で、読売文学賞を受賞
1964(昭和39) 『他人の顔』
1965(昭和41) 桐朋学園短大芸術科に演劇コースが新設され、教授に就任。ソ連、欧州を旅行。
1967(昭和42) 戯曲『友達』で谷崎潤一郎賞を受賞
『燃えつきた地図』
1968(昭和43) 『砂の女』でフランスの最優秀外国文学賞を受賞
1972(昭和47) 戯曲『未必の故意』で芸術選奨文部大臣賞を受賞
1973(昭和48) 演劇集団「安部公房スタジオ」を結成、主宰
『箱男』
1975(昭和50) 戯曲『緑色のストッキング』で読売文学賞を受賞
1975(昭和50) アメリカ・コロンビア大学から名誉人文科学博士の称号を受ける
1977(昭和52) アメリカ芸術科学アカデミー名誉会員に推される
『密会』
1984(昭和59) 『方舟さくら丸』
1986(昭和61) ニューヨークの国際ペンクラブ大会に出席。国際発明家展銀賞受賞(簡易着脱型タイヤ・チェーン)
1991(平成3) 『カンガルー・ノート』
1992(平成4) 12月25日深夜、執筆中に脳内出血による意識障害を起こし入院
1993(平成5) 1月22日、急性心不全のため、死去、68歳。
《安部公房に関するメモ》
・フランツ・カフカの影響を受ける。石川淳に師事する。
・アヴァンギャルド、コミュニズム、記録文学、記録芸術に接近。花田清輝と親交あり。
・1951年 「壁 Sカルマ氏の犯罪」で芥川賞受賞
・変身譚を集中的に書いていた時期がある。「赤い繭」「デンドロカカリア」「洪水」「棒」
・日本共産党に所属していたが、1962年除名される。
・多くの国で翻訳され、国際的にも人気があった。(ノーベル賞に近かったとされる)
・実験性の強い劇作家としても活動。安部公房スタジオを主宰。(仲代達矢、井川比佐志、田中邦衛、新克利、山口果林ら)
・カーマニア、カメラ・写真の趣味があった。
・早い時期から、ワープロを使い始めた作家である。
『安部公房とわたし』(山口果林、2013)
※山口果林 1947年生まれ。1966年桐朋学園大学短期大学演劇科に入学。安部公房ゼミナールに。1969年、安部公房演出の「鞄」に出る。1971年NHKテレビ小説『繭子ひとり』の主役。1980年から安部公房は妻と別居し、山口果林と同居。
Ⅱ 『砂の女』(1962)について
☆1960年「文学界」9月号に「チチンデラ ヤバナ」を発表。『砂の女』の元である。
☆『砂の女』は、1964年に東宝より映画化された。監督:勅使河原宏、脚本:安部公房、音楽:武満徹、出演:岡田英次、岸田今日子。
⑴小説の設定
砂によって浸食される村。深いすり鉢状の穴の中の家。砂を食いとめるために家の者は穴底で砂掻きをし、村の者はモッコでその砂を穴の外に出す。旅行中の男は、この穴の中の働き手として、捕まってしまう。
⑵作品のあらすじ(物語のアウトライン)
・第一章 昆虫採集の男が、砂の穴に閉じ込められ、次第にその事情(村への砂の浸食を防ぐために、砂掻きの働き手として自分がとらわれた)がわかってくる。
・第二章 仮病をつかい、女を人質にして村人と交渉するが、水を断たれて敗北。女との性交。手製のロープで脱出するが、道に迷い、村人に追いかけられ、塩あんこにつかまり、逃走は失敗する
・第三章 鴉の罠から溜水装置を考案。世界に対する認識の変化。女は子宮外妊娠。穴の外に出るが、逃走の気持ちが失せている。
⑶作品の構造
①冒頭「男が一人行方不明になった」とされ、七年たち死亡の認定を受けた、と語られる。ラストでは二つの公文書「失踪に関する届け出の催告」、「失踪者とする」という審判が示される。⇒冒頭部・終結部が失踪事件の「外枠」になっている。
②事件の当事者である男の視点で語られる「枠内の部分」に関しては、次の三種類のものが交錯しながら描かれている。
a 「あらすじ」として示したような、罠にかかった男の砂の女とのかかわり、脱出への試みとその挫折、女の穴からの搬送などが現在進行の形で語られる。
b 男が回想する、以前の世界(妻や同僚との関係)
c 男が空想する架空の会話
③人物関係
・男(仁木順平、学校教師)、
・【元の世界】 あいつ(妻、仁木しの)、メビウスの輪(同僚)……回想で
・【部落の世界】 女、老人、男たち
・【空想の世界】 編集者p124~ 裁判長 p239~
⑷文体的な特徴
a この小説の「枠内の部分」では、専ら「男」「女」「老人」「村人」「あいつ」「メビウスの輪」などと呼ばれるだけで、本名が語られることはない。(真ん中p88で一度「仁木順平」という名が言及されるが、それは例外的)。しかし最後の公文書では、はっきりと「仁木順平」「仁木しの」と書かれている。
また、村の人々は、個人的な顔を持たず、いわば無名の人々として描かれるが、それは個人の意志・判断が共同体のそれによって覆われているかのようで、極めて無気味である。女が村人たちと共犯関係にあることも含めて。
b 舞台となる部落の地名も出て来ない。S駅と、イニシャルで示されるだけ。「家庭裁判所」も具体的な所在地を明示せず。場所が特定されない。(例えば京都観光案内のような『金閣寺』と全く違う)
c 直喩表現が極めて多い。これは読者に「未知の世界」を想像させるための手段として直喩表現を使っているといえる。また表現そのものが詩的でもある。
例P39 《まるで皮膚にはりついた砂が、血管にしみとおり、内側から彼の情感をそぎ落していくようだった。》
P134 《時間は、蛇腹のように、深いひだをつくって幾重にもたたみこまれていた》
d 考え、行動する主体である「男」が文の主語として書かれることが極めて少ない。
e 空間的な位置関係などの把握、解説・説明が理科的である。
例P10~11《道だけが高くなって、部落自身は、いつまでも平坦なのだ。……砂丘の頂上に近いほど深く掘られた、大きな穴が、部落の中心にむかって幾層にも並び、まるで壊れかかった蜂の巣である。》
*理科的であるとは、「私性」「個人性」が排除され、普遍性が目指されているということである。
⑸理科系的な発想、小道具について(「砂」に関するもの以外で)
a 昆虫採集
b ハンミョウと砂の女のアナロジー
c 砂に浮かべる船(樽を二重に)
d 鴉を捉える罠
e 発明品「睡眠中にかぶるビニール製の小型天幕」、「焼いた砂のなかに魚をうめて蒸し焼きにする工夫」
f 溜水装置
「砂の女」というタイトルは、「砂」と「女」の要素に分解される。
⑹砂はどうとらえられ、表現されているか
・砂の定義 p15
*その粒の大きさにはほとんど変化がなく、1/8m.m.を中心に、ほぼガウスの誤差曲線にちかいカーブをえがいて分布している
・流動する砂 p17
・p18《流動する砂の姿を心に描きながら、彼はときおり、自分自身が流動しはじめているような錯覚にとらわれさえするのだった。》⇒これが小説の先行きを予告している。
・p21 微妙で危険な均衡
・p31 砂で梁が腐る p32 材木も砂もいっしょに腐る
・p37 無形の破壊力(家を壊す) ・p41 砂の庇(危ない)
・p42 塩けのある砂は露を吸うと糊みたいに固まってしまう
・p45 砂は休んじゃくれません
・p52 裸の女 砂で鍍金された彫像
・p55 よじのぼれない 砂の壁
・p63 砂は乾燥したものではない 吸湿性を持つ
・p66 砂かぶれ 火傷のあとのように p83 砂と汗で炎症
・p73 砂で食器を洗う
・p79 穴の模型 砂の安定角
・p104 新聞記事 崩れた砂の下敷きで死亡
・p109 世界は砂みたいなもの 砂になる 砂の眼でものを見る
・p133 砂の擂鉢の底全体が脂っこい若芽の肌のように艶やかなうるおいをおびて
・p168 砂から生活を守る、砂の利用 観光、落花生・球根の栽培、チューリップ、砂防工事、
・p193 靄のような飛砂の膜
・p202 風景の美しさは死の領土に属する 砂を定着の拒絶と考える
・p222 人食い砂 塩あんこ
・p242 砂の正反対な面 利用価値 鋳型、コンクリート、無菌耕、純粋耕作、砂を土に
・p259 砂の毛管現象 砂全体がポンプなのだ 砂の変化は彼の変化でもあった
⑺「女」はどうとらえられ、表現されているか
A「砂の女」は「あいつ(妻)」との比較でとらえられている。
【あいつに対する言及】
・p111 ……まるで愛情がなかったといえば、それは嘘になる。ただ互いにすねあうことでしか、相手を確かめられない、多少くすんだ間柄だった……
・結婚の本質についての意見の相違
彼:未開地の開墾のようなものだ
あいつ:手狭になった家の増築であるべきだ
・情熱を理想化しすぎたあげくに、凍りつかせてしまった
・p148 以前淋病をわずらった男は、ゴム製品を使う。このことに対する男と女の考えの違い……精神の性病患者
・お前は鏡の向こうの自分だけの物語(メロドラマ)に閉じこもる
おれは鏡のこちらで精神の性病をわずらいながら、ゴム製品なしでは不能となる。
☆「あいつ」との性関係を、《秩序、性の管理権、愛情の義務、性にもアイロンを、回数券使用の性、精神的強姦》という言葉でとらえようとしている。さらに《合わせ鏡にうつる、性交の無限の意識化》という風に。
☆「女」との性関係は、p157~p158《合意の上の関係》、《女の太股に、なぜこんなに激しく誘いよせられるのやら、わけがわからない》、《経験したことのない一途さ》、《がつ がつした情欲》といった言葉が用いられている。
B 「女」に関する言及
・三十前後、いかにも人が好さそうな小柄な女、色白
☆女の笑いのさまざまな意味(喜び、ごまかし、嬌態、誘い)
・よろこびをかくしきれないといった歓迎ぶり
・困ったように笑う、左の頬にえくぼ、愛郷のある顔
・ひきつったような表情 悪びれた様子
・急にとってつけたような笑い声
・いつまでも作ったような笑いを、 わざとえくぼを見せつけている みだら
・くすぐられたように、体をよじってみせる
・すれちがいざま、うわ眼づかいに、 鼻にかかった声をあげる
・すれちがいざま、指先を彼の脇腹におしこんできた
・近づくと 「だめよ……、あと六杯は運んでおかなければ」
・女の声は、はずんでいた。
・嬌声にちかい笑い声
・話題は範囲が狭いが、自分の生活の圏内に入ると、たちまち活気をおびてくる
・急に体をくねらせて駈けだしていき、/まるでハンミョウ属の手口だ
・ひどくみだらでけものじみている 裸の姿勢
☆女は自分の置かれた状況を否定的にはとらえていない
・部落がやっていけるのも、私らが砂掻きをしているおかげだ
・夜逃げするわけにもいかない 部落にしがみついている
☆女は部落の者の共犯者として 男を罠にかけてとらえる(そのことの葛藤はない)
・もうお分かりなんでしょう すまないことをしたと思っている
・男が怒り、抗議しても ごはんの支度にしましょうか と受け流す
・出入りの自由もない⇒ 表に行ってみたって、べつにすることもない p97
・急に、指が脇腹にまわった 女が笑った。……特別な意味づけでも? P100
・さからいもせず、されるままに、従順、抗議もせず/縛られ、さるぐつわを p113
・無限の悲しみをたたえて、何かを訴えているよう p116
・家をスコップで壊そうとする男と、止めようとする女 もみ合いになる
☆男との性交を素直に喜んでいる(はずむ、はしゃぐ、性的な嗜好)
・都会の女の人は、みんなきれいなんでしょう? P148
・部屋にあがり、モンペを脱ぎはじめる/こういう女が、本当の女だ/合意のうえの関係だp156
・大人の愛想笑いの使いみちを、やっとおぼえたばかりの三歳の子供がみせる、あの媚態だ。いそいそとした気持ちを、どう表現していいのか分らず、まごついている様子だ。P176
・声も、動作も、はずんでいる。……はしゃぎかただ。P178
・男の体を洗うことに特別な嗜好をよせていた女 p185
・本当に、助かりますよ /内職して、貯金して、鏡やラジオを p206
☆男には女がこの土地にとどまる理由が分らない
・分らない、女が、あの賽の河原に、何故あれほど執着しなければならなかったのか/いったい彼女が、失う何を持っていたというのかp211
・男の損失/内股の肉のはずみ、破廉恥な感触、猥褻に見せるはにかみ笑い p212
・おまえをここに引きとめておくものの正体を、はっきりとは答えられなかった p213
・でも巧くいった人なんていないんですよ/みじめなやさしさ p230
☆むきだしになった部落の顔、見捨てられているのは自分たちの方だという敵意
・砂を売っている、内緒で/男から批難されると
⇒それまでの受け身な態度とは、うって変ったひややかさで「かまいやしないじゃないですか、そんな、他人のことなんか、どうだって」p246
☆従順な女の抵抗(家を壊されそうになった時、人前での行為を強要されそうになった時)
・人前で性交なんて、めっそうもない、気が変になったんじゃないの?色気違いじゃあるまいし、と女は激しく抵抗する p254
・三月のはじめに、やっとラジオが手に入り、喜ぶ女。その月の終わりに、妊娠した。二か月後、激痛を訴える。子宮外妊娠か。外に運び出される。
⑻男の「思い違い」の連続
・p24 善良な、ただの漁民たちにすぎない
・p28 こういう一夜も得がたい経験だ ・p40 ぼくがいるのは、今夜だけだよ
・p57 裸の女の姿勢/はじらいではなく生贄の姿勢/p61 ひどくみだらで、けものじみていた/p62いずれそうなる、その日おまえの発言権は失われる⇒p63生活の必要からきた、ごく日常的な習慣
・P71 たかだか砂が相手じゃないか 鉄格子とはちがう 木の梯子を作れば 傾斜を……
・p86 そろそろ捜索願いが出されてもいい
⇒p112手紙が逃亡が自分の意志であることの声明書
⇒p166あんた方は計算違いをしている ぼくは学校の教師
・p104 砂は人間を閉じこめ、圧し殺す 事態を甘く見すぎていたようである。
・県の役人/これ以上閉じ込めておくことを、あきらめてくれないとも限らないp106
・女を縛り上げる⇒p124 こっちも持久戦だ
・p127 こものなかみはタバコと焼酎/取り引き、妥協の意志、前祝いに一杯やってくれ/p129男手のあるところへの配給⇒降伏の勧告
・p162 情欲は、結局、破滅への距離を短縮しただけ
・p177 仕事にかかってみると、抵抗を感じない/恐怖、負い目、労働の性質?
・p196 縄梯子のかかっている穴/脱出の意欲をなくした連中か?
・脱出し、部落から離れたと思ったら戻っていた/追跡され、人食い砂に追い込まれる
⑼認識の逆転・転向
☆旅の理由、そもそも男は何故この土地にやってきたか
①昆虫採集のため/ハンミョウを求めて/新種の発見のため
②義務のわずらわしさと無為から、ほんのいっとき逃れるためにp48
③廃墟の時代に歩かないですむ自由を求めて狂奔した/幻想相手の鬼ごっこに疲れてこんな砂丘あたりにさそいだされてきたのではないか p98
④新聞記事を見て、欠けて困るようなものなど、何一つありはしない、と思う。無意味を承知で、我が家にコンパスの中心をすえる。P103
⑤つつましやかな小市民の日曜日。自分を詐欺にかかった愚かものにしたくないばかりに、その灰色のキャンパスに、せっせと幻の祭典のまねごとを塗りたくるp108
⑥わざと行方を告げずに、しばらく一人旅に。同僚たちに効果のあった休暇の秘密。P111
☆④⑤⑥はいわば日常性に対する否定
⑦おれにだってもっとましな存在理由があるはずだ。……円周率の計算をした人も、……そんな存在理由を拒否したからこそ、こんな所にまでやってきて……p241(架空の対話)
☆元の世界への帰還の拒否、男は何故脱出を放棄したのか
・エピグラフ「罰がなければ、逃げるたのしみもない」……一つの示唆
①彼の作った鴉を捕らえるための罠《希望》に水が溜っていた。
⇒砂の毛管現象/砂全体がポンプだと気づき、研究次第で高性能の貯水装置も可能だと
⇒穴の底であることに変わりはないのに、まるで高い塔の上にのぼったような気分だ。/穴の中にいながら、すでに穴の外にいるようなものだった。
⇒これまで、自分はモザイクの断片、砂の粒子しか見ていなかった。妻や同僚に対しても。今全体を見ることを悟った。
⇒砂の変化は、同時に彼の変化でもあった。彼は、砂の中から、水といっしょに、もう一人の自分をひろい出してきたのかもしれなかった。
②ラジオが手に入り、女は子宮外妊娠で病院に運ばれ、縄橋子はそのままになっていた
⇒穴の外に出てみ、深呼吸してみたが、予期していたほどの味はしなかった。
⇒彼の手の中にある往復切符には、行先も戻る場所も、本人の自由に書き込める余白になっている。溜水装置のことを誰かに話したいという欲望。
脱出の試み(かつての生活への帰還希求)
⇒自分の元の生活を再認識(家出の望みに気付く)
⇒新しい環境の中で生きがいを見出す、という認識の変化
☆男の意識が徐々に変化していく。最後は脱出の意志を留保する。内側からの腐食
⑽部落のシステム
・共同体、愛郷精神
・監視(櫓、双眼鏡、逃亡者の追跡)と協同作業(砂を捨てるために、モッコ、オート三輪)、管理(配給品のタバコ、焼酎、漫画雑誌)
・対権力(調査にくる県庁の役人を警戒、こっそりと砂を売る)
⑾男の内面を語るために、過去、架空の会話が
①メビウスの輪(同僚)
・組合活動と私生活とがメビウスの輪のようにつながっている男p108
・メビウスの輪が、男の休暇に対して灰色の妬みをあからさまに示した。
・メビウスの輪は、女をくどくとき、味覚と栄養の講義をする/性欲一般とさまざまな生の味/馬鹿正直な奴で精神的強姦がいやなばかりに、
・メビウスの輪に誘われて講演会に/労働によって労働を乗り越えるp177
・空想の会話/手段の目的化による鎮静化
②編集者(架空の対話相手)
・作者/教師をめぐって……自分が何者であるかに目覚めさせてやるだけでも/新しい苦痛を味わうための、新しい感覚を、むりやり身につけさせられる/希望だってある
③裁判官(架空の対話相手)
・不法監禁/存在理由を拒否したからこんな所へ来たのだろう
・のたれ死にはいやなんだ/いずれ五十歩百歩
《参考》
作品論「砂の女」 磯貝英夫 (昭和47年国文学九月臨時増刊号)
・この作品を傑作ならしめている基本的要件はなにか。……それは、砂だと私は考える。全編を蔽う砂の歯ごたえこそが、この作品のリアリティの根源である。
・作品全体の構図はきわめて明確であり、……社会次元の意味をかなり明確に読者につきつける。
・……アレゴリカルな作品であることは言うまでもないが、しかし、それは、ひたすらに一つの理にのみ収斂するようにはかならずしもなっていない。私は、この作品の成功の一因をそこにも見る……。
・……この砂の国が、現社会の象徴図である……。目に見えない壁がとりまき、どんな抵抗も通用しない、そういう柔軟構造の現代的な秩序の圧力を、砂の壁はよく象徴しているだろう。さらに、村人の巧妙な管理によって、性と食とだけを与えられて、無限の機械労働を強いられる主人公の姿は、現代的管理社会下の人間の姿をたいへんよくなぞっている。
・……状況の寓意としてのみ読まれねばならないいわれは少しもない。もっと根源的な、カフカ的、あるいはカミュ的な世界の不条理との対決として考えることもできる。……都市と農村との対立構図を見ることもできる……そういう多くの含意を持った肉太な作品……
・……この小説の女に、日本の働き者の農村婦人の、さらに汎化していえば、生活者としての日本女性の典型を見ることができる……。…そういう生活者としての女に向き合って、おなじく生活者としての実質的な男を回復する物語でもあり……。
《参考》
モチーフの発見 安部公房
画家が、壁のしみから、モチーフを発見したとしても、べつにしみそのものを描いたことにはならない。ぼくの取材旅行もおおむね、そのしみのようなものである。
最初に、その風景を知ったのは、ある週刊誌のグラビア写真からだった。酒田市の近くにあるといぅ、その砂に埋れた村の姿は、奇妙にぼくをひきつけた。たまたま東北旅行の機会があり、ついでにそこを訪ねてみることにした。砂が木材を腐蝕する話と、食事のときに傘をささなければならないという話を聞けただけでも、来たかいがあったと思った。それ以来、機会あるごとに、鳥取や千葉の海岸など、砂のある地方を旅行してまわることにした。べつに、直接的な成果を期待したわけではなく、ただ対話を誘発するための手段くらいの、軽い気持からだった。
よく考えてみると、砂のある風景とぼくとの結びつきは、もっと昔にさかのぼって考えられなければならないようだ。満洲の中学時代、学校の裏手に、ひろびろとした砂丘がひろがっていた。砂丘は年々大きさを増しながら、一年に約一メートルほどの速さで、学校に向けてせまって来ていた。春、洪水がひいたあとだけ、そのあたりに粘土の小屋が建ち、見わたすかぎりの落花生畠になった。砂丘のふもとの灌木のしげみの中からは白骨や、ゴムマリのようにふくれた、赤ん坊の死体が見つかったこともあった。夕方になるとどこからともなく集まってきた鳴の大群で、空が黒く埋めつくされた。なぜかぼくはその風景がむしょうに好きだった。そして内心、その砂丘がさらに移動をつづけ、いつか学校がおし流されてしまうことを、心待ちにしてぃた憶えがある。
けっきょく、酒田の風景は、ぼくの内部に眠っていたさまざまな砂を、再び現実によみがえらせ、それに流れと方向をあたえる、いいきっかけになってくれたようだ。それから四、五年たって、『砂の女』がうまれた。しみにも、やはり、それなりの存在理由はあったわけである。
2014年度後期「小説を読む」藤本英二
第五回 大江健三郎「万延元年のフットボール」(1967)
Ⅰ 大江健三郎について
1935年 愛媛県喜多郡大瀬村に生まれる。(兄二人、姉二人、弟一人、妹一人の七人兄弟姉妹)。
1944年 祖母、父死亡(病死)。
1950年 愛媛県立内子高等学校入学。翌年愛媛県立松山東高等学校に転校。
松山東高校時代の友人が、伊丹十三(監督・俳優)である。
1954年 東京大学に入学。のち仏文科渡辺一夫に師事。
1957年 「奇妙な仕事」が東大五月祭賞に入賞。荒正人、平野謙によって評価される。以後やつぎばやに短編を発表。
1958年 3月最初の短編集『死者の奢り』を刊行。
6月最初の長編小説『芽むしり仔撃ち』
「飼育」で第39回芥川賞を受賞。23歳
9月「不意の唖」。(第二短編集『見るまえに跳べ』(10月刊行)に収録)
1960年 伊丹万作(映画監督)の長女ゆかり(伊丹十三の妹)と結婚。
1961年 1月「セヴンティーン」、3月「セヴンティーン第二部・政治少年死す」
※1960年の右翼少年山口二矢による浅沼稲次郎社会党委員長刺殺事件をモデルとしている。右翼団体による脅迫を受ける。
※深沢七郎の「風流夢譚」事件
1963年 長男光誕生
1964年 『個人的な体験』(新潮社文学賞) 29歳
1965年 『ヒロシマ・ノート』
1967年 『万延元年のフットボール』(谷崎潤一郎賞) 32歳 長女菜採子誕生
1969年 『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』 次男桜さくら麻お誕生
1070年 『壊れものとしての人間』『沖縄ノート』
1973年 『同時代としての戦後』
『洪水はわが魂に及び』(野間文芸賞) 38歳
1979年 『同時代ゲーム』
1982年 『「雨の木」を聴く女たち』(読売文学賞)
1983年 『新しい人よ眼ざめよ』(大佛次郎賞)
1985年 『河馬に噛まれる』(川端康成賞)
1987年 『懐かしい年への手紙』
1989年 『人生の親戚』(伊藤整賞)
1994年 ノーベル文学賞受賞 59歳
1993~1995年『燃えあがる緑の木』三部作
2000年 『取り換え子』 ※伊丹十三の自殺
2007年 『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』
2009年 『水死』
2013年 『晩年様式集 イン・レイト・スタイル』
キーワード
・戦後民主主義を体現し、戦後文学の継承者となる。『同時代としての戦後』は戦後文学論。
・若い頃はサルトルに影響を受ける。想像力の重視。
・現実の事件に対する文学的反応として
・『叫び声』……小松川女子高生殺人事件
・『洪水はわが魂に及び』……連合赤軍事件
・『河馬に噛まれる』……連合赤軍事件
・『宙返り』……オウム真理教事件
・繰り返される主題の原型は、『万延元年のフットボール』にある。
『同時代ゲーム』『懐かしい年への手紙』『燃えあがる緑の木』
《谷間の村への帰還、村の歴史・伝説の解釈と再演、共同体作りの試みとその挫折》
・父の死の意味づけ/天皇制
・1963年長男光の誕生、知的障害のある子供との共生⇒私小説的な側面×想像力
・ヒロシマ、沖縄のルポルタージュ、反核運動。
・女性の力(妹の力)……後期の作品では明らかに女性の力に対する賛美が描かれている
・九条の会(2004年設立)
井上ひさし(作家)、梅原猛(哲学者)、大江健三郎(作家)、奥平康弘(憲法学者)、小田実(作家)、加藤周一(評論家)、澤地久枝(作家)、鶴見俊輔(哲学者)、三木睦子(元内閣総理大臣である三木武夫の妻)が呼びかけ人に
・「さよなら原発」の呼びかけ……2011・9・19は6万人のデモに。
Ⅱ 「万延元年のフットボール」について
☆1967年「群像」(1月号~7月号)に連載。改稿して、9月に単行本として出版。谷崎潤一郎賞を受賞する。
⑴小説の設定
①名前
・「根所」という姓について
……自分は根無し草だ(鷹四)、自己のアイデンティテーを歴史の中に求めようとする
・蜜三郎、鷹四、星男、桃子、という命名について ※江藤淳からの批判
②登場人物
根所蜜三郎(27)/菜採子/子供(障害を持った)
根所鷹四、 星男・桃子(鷹四の親衛隊のハイティーン)
ジン(根所家で働いていた、現在は大食病で、巨大に)一家
森の隠遁者ギー ※(のちの作品では繰り返しギー兄さんという人物が登場)
村の青年グループ……養鶏の失敗、鷹四の指導下フットボールの練習をし、スーパー・マーケットの略奪を扇動、
寺の住職(S兄さんの同級生)
スーパー・マーケットの天皇(在日朝鮮人)
S次兄さん
自殺した妹、
自殺し友人
曽祖父/曽祖父の弟……万延元年の一揆
③主な三つの時間
a 現在(1960、万延元年から百年後)
b 敗戦(1945)まもない頃
c 万延元年(1860)
☆明治四年(1871)の一揆が、最後に出てくる
④谷間の村……橋が壊れて「閉ざされた村」という設定、さらに雪によって村は孤立化。
*「芽むしり仔撃ち」
⑤故郷の村への帰還……その意味
・蔵屋敷を売却する⇒兄名義の土地、建物も(弟の企み)
・障害を持った赤ん坊の誕生、友人の自殺で「下降」している兄を、「新生活」に出発させる
・S兄さん、曽祖父の弟のことを調べ、自己の根を探す。アイデンティテーの確立。
・鷹四は、「暴力的な自己の肯定」と「自己処罰の欲求」とに引き裂かれている。前者を満たすために、想像力の暴動を、後者を満たすために兄に告白を。
⑵作品のあらすじ(物語のアウトライン)
・蜜三郎は、突然の事故(小学生たちに石を投げつけられ右眼失明)、友人の自殺、障害を持った赤ん坊の誕生(とその遺棄)などによって、暴力的なものに打ちのめされ、退行状態にある。
・妻菜採子もまた障害を持った赤ん坊の誕生(と遺棄)から立ち直れず、アルコール依存におちいり、性的なものに対しても忌避感にとらわれている。
・弟鷹四はアメリカから帰ってきて、若い親衛隊星男と桃子を伴い、蜜三郎・菜採子夫婦も誘い、蔵屋敷を売却するために故郷の村へ行く。
・曽祖父の弟、S兄さんに対する鷹四と蜜三郎の対立。
・村の青年グループは養鶏場経営に失敗。鷹四はその交渉に行く。村の経済はスーパー・マーケットの天皇に支配されている。
・鷹四は青年グループにフットボールの練習をさせ、チーム作りをする。村の子どもが壊れた橋のすきまから落ち、コンクリートの塊にのっているのを、鷹四が指揮し、チームで救出する。
・一月四日の特売日を利用し、村全体でのスーパー・マーケットの略奪を、そそのかす。念仏踊りの太鼓。想像力の暴動。
・鷹四の行動に一貫して批判的な蜜三郎、新たな親衛隊となる菜採子。
桃子は青年にレイプされそうになりヒステリーに。星男も青年団から疎外される。菜採子は鷹四と性交することで性的な自己回復をとげる。
・鷹四は谷間の女の子を強姦しようとし抵抗されて殺してしまったと主張。青年団は離反する。蜜三郎は、事故を利用しての自己処罰の試みだと主張。
・鷹四は「本当の事を云おうか」と、妹の自殺の理由を語る。蜜三郎の批判、鷹四の自殺。
・蔵屋敷の解体によって、地下室が発見され、蜜三郎は曽祖父の弟の自己幽閉に思い至り、自分の鷹四に対する批判の不当さを思い知る。地下室に一晩籠り、朝を迎えた蜜三郎に菜採子は、障害のある子を引き取り、鷹四の子を産み、一緒に暮らすことを申し出る。
⑶目次を考える
十三の章には次のようなタイトルがつけられている。この意味をさぐることが、作品理解につながる。
1 死者にみちびかれて 2 一族再会 3 森の力
4 見たり見えたりする一切有は夢にすぎませぬか(ポー、日夏耿之介訳)
5 スーパー・マーケットの天皇 6 百年後のフットボール
7 念仏踊りの復興 8 本当のことを云おうか(谷川俊太郎『鳥羽』)
9 追放された者の自由 10 想像力の暴動
11 蠅の力。蠅は我々の魂の活動を妨げ、我々の体を食ひ、かくして戦ひに打ち勝つ。(パスカル、山本康訳)
12 絶望のうちにあって死ぬ。諸君はいまでも、この言葉の意味を理解することができるであろうか。それは決してたんに死ぬことではない。それは生まれ出たことを後悔しつつ恥辱と憎悪のうちに死ぬことである、というべきではなかろうか。(J=P・サルトル、松浪信三郎訳)
13 再審
例えば、1の「死者にみちびかれて」の死者とはだれのことか?「自殺した友人」
①安保のデモで頭を負傷し、それ以来鬱を患う
②彼はアメリカで偶然に鷹四と出会う
③療養所(スマイル・トレーニング・センター)に入るが、そこで看護人の粗暴な振舞いに腹を立てて、看護人を半殺しにする。
④ある性的な偏向におちいって、その種の気違い騒ぎに入り込んで行った。マゾイスト
⑤朱色の塗料で頭と顔をぬりつぶし、素裸で肛門に胡瓜をさしこみ、縊死した、(腿には精液をこびりつかせて)⇒祖母「サルダヒコのような……」
⑥友人は「沈黙して抵抗した海鼠」の同類の人間だった、と僕は思う。
8は谷川俊太郎の詩「鳥羽」の一節、「本当の事を言おうか」からとられている。
鳥羽I
何ひとつ書く事はない
私の肉体は陽にさらされている
私の妻は美しい
私の子供たちは健康だ
本当の事を云おうか
詩人のふりはしているが
私は詩人ではない
私は造られそしてここに放置されている
岩の間にほら太陽があんなに落ちて
海はかえって昏い
この白昼の静寂のほかに
君に告げたい事はない
たとえ君がその国で血を流していようと
ああこの不変の眩しさ!
11の「蠅の力。……」の蠅とは何をさしているのか?「谷間の村」の人間
《かれらは自分たちよりもなお惨めな朝鮮人という賤民がいたという再発見に酔って、自分たちを強者のように感じはじめたのさ。そういう蠅みたいな彼らの性格を集団に組織するだけで、おれはスーパー・マーケットの天皇に対抗し続けることができるだろう!》
⑷さまざまな主題
A 政治/性/暴力
・政治的な問題の展開は、①万延元年の一揆、(明治四年の一揆)、②戦後間もない頃の朝鮮人部落との事件(殺人、強姦)、③現在の暴動・略奪(参加者の高揚)
・性的な問題の展開は、蜜三郎と菜採子のコミュニケーション不全、姦通の意味(菜採子にとっては自己回復、鷹四にとっては欲望ではなく重要な意味)、桃子(レイプされかかった)、鷹四の主張する強姦未遂・殺人、妹との近親相姦、
・政治と性の両方の領域に突出してくる暴力性(障害を持った赤ん坊、)
※障害を持って生まれた子供……『個人的な体験』、「空の怪物アグイー」
B 対立する兄と弟
①戦後間もない頃、朝鮮人部落とのぶつかりで死んだ次兄に対する記憶
②万延元年の一揆での曽祖父の弟に対する意見
③「本当の事を云おうか」⇔逃げ道を残している
④何故そんなに憎悪するのか(鷹四の問い)
C 「父親の死の謎」という主題の系譜(ルーツを探る)
……『万延元年のフットボール』ではまだ前景に出てこないが、「父の死」をめぐっては
「父よ、あなたはどこへ行くのか?」(『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』所収)、「みずからわが涙をぬぐいたまう日」、『水死』(2009)などで繰り返し主題化されることになる。
D 大女ジン……犠牲羊
・後日談的な短編として「核時代の森の隠遁者」(『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』1969所収)がある。これは若い住職が、蜜三郎にあてた手紙という形式を持つ。その内容は、姦通して出て行った妻が、二人の子供を連れて帰って来る。寺から追い出され、養鶏場跡の仮小屋で暮らしている。ジンの死、新しい犠牲羊として元住職が選ばれたのか(お供えが仮小屋の前に)、春に臨時の御霊祭が開かれる、蔵屋敷跡の穴で焚火、隠遁者ギーが焼け死ぬ。
E 民俗学との接点
・柳田国男、折口信夫からの引用……狂気、貴種流離、御霊など
・民俗として……チマキ作り(新しい風習として大蒜を入れる)、ヘグリ(ミツマタの皮をはぐための道具、屋号入り)、ヤマドリの解体、若水汲み
・御霊・念仏踊り……実際の村の風習ではない。あくまで創作。
・カーニバル・道化(偽の王)が犠牲となり、共同体の「死と再生」が果たされる。
⇒このあと、大江健三郎は文化人類学者山口昌男と親交を深め、構造主義を学ぶことになるが、それに先立って文化人類学的な世界の把握をしていた。
F 何故、鷹四は菜採子と性交したのか?
・黒人居住区へ出かけて行って娼婦を買った時のことを、鷹四は菜採子に語る。(それを星男が聴く⇒それを蜜三郎に語る)
《欲望があったのじゃない、むしろ逆だ……黒人居住区……タクシー運転手が忠告して止めさせようとした……しかしおれは引き裂かれていると感じていた。》
※これと相似形をなしている。
「暴力的な人間としての自分を正当化したいという欲求」と「そのような自己を処罰したいという欲求」に引き裂かれていた。
《引き裂かれている事実を確認したくなってくるんだ。麻薬常習者とおなじことで、刺激はしだいに強化されねばならない。》
《最初におれを黒人居住区に駆りたてたものが性欲プロパーだったというのじゃないよ。もし欲望だったとしても、もっと別の奥深いやつだ。》
《「おれは単に欲望からやったのじゃない。自分にとって重い意味のあることを、その意味をあきらかにしながらやったんだ」……「むしろおれは欲望をまったく感じていなかった。自分の欲望をかりたてるために、おれ単独でいろんなことをやらなければならなかったくらいだよ、蜜」》
☆ここで鷹四の言う「自分にとって重い意味のあること」とは?
G 補助線としての『こころ』
・六章で菜採子は漱石全集を読んでいる。修禅寺の日記から、英単語をあげて、蜜三郎に語る。languid(元気がない)stillness(静寂)、weak state、painless、passivity(受動性、服従)、goodness、peace、calmness(静けさ、平穏)
☆『万延元年のフットボール』の中心部から夏目漱石『こころ』の残響が聞こえる。
Kの自殺/妹の自殺、その直後のふるまい/罪障感とともに生きてきた人間が自殺する/その前に告白する……最初の構想では鷹四は遺書を残す。
H 菜採子の存在
・障害のある赤ん坊の誕生 ⇒ 性的な忌避
……「個人的な体験」では鳥バードが抱え込む。それを救済するのが火見子。
・アルコール依存、何度か回復のきざしを見せながら、微妙な揺れを示す。
・菜採子は何に「怯え」ているか
……障害のある赤ん坊、夫の自殺した友人、庭の穴の入り込む夫(狂気)、殺されることを予感しながらそこにいるS兄さん、女の子を殺したと主張する鷹四、自殺する鷹四。
・菜採子は蜜三郎に対して、自立する。対話の際にも、批判的。
・菜採子は自力で困難を切り開く。
……①義弟に赤ん坊の話をする、②ジンに赤ん坊の話をする、③村のスキャンダラスな噂に抗して、チームのためにチマキを作る(地滑りを自力で止める)、④鷹四と性交することで、性的な自己回復を果たす、⑤鷹四の死後、彼の子どもを産むことを決心する、⑥蜜三郎に再出発を申し出る。
・蜜三郎は菜採子にすべてを話さない。
……①死んだ友人のことで、肛門に胡瓜を、ということを隠す、②鷹四の告白の中の妹との近親相姦を隠す⇒「こころ」の先生の妻に対するふるまいと同じ。
☆後期の大江健三郎には「女性の力」への賛美がある
⑸雑誌掲載文と単行本を比較する(改稿の問題)
・蜜三郎の年齢。 三十歳 ⇒ 二十七歳
・大叔父 ⇒ 曽祖父の弟
・「それより水を飲まないかね、菜採子ナツコ、ここには……」⇒菜採子という呼びかけを削る
・蜜三郎が、解釈したり、まとめたりする部分を削除して、物語の流れをせき止めないように、説明過剰にならないようにしている。
・「猫のスコップ」のような強烈なイメージの挿話は削除。
・8章終わりで、「きみの本当の事というのは、妹のことか?」と問う蜜三郎に対して、初出では鷹四は「そうだよ、蜜」と答えている。現行では、それを削除している。これは大きな改変である。
・ヤマドリは初出では二羽だったが、現行では六羽に変えている。
参考① 大江健三郎の発言(江藤淳との対談で)
※江藤淳は、蜜三郎とか鷹四という名前について、「この名前を認めるか認めないかがいわば読者に対する踏み絵になっている。」こういうやり方は「作者が読者との対等の関係を措定しないで、読者をまず服従させて走り出すという書き方」だ、と批判した。
《創作活動の最初に、なぜ蜜三郎という人物が必要だったかということを説明すれば、ぼくの小説の場合にはあるモデルを想定して書くわけではない。ひたすら、ひとつのイマジネールな世界をつくり上げようとして書くわけですね。その場合に、まず最初に自分がどのように小説に入っていくかということをきめなければならない。……(略)……純粋にイマジネールな世界を書こうとすれば二つの手がかりしかないと思う。一つはかりに三百ページを書き得る文体ですし、もう一つは、できるだけ端的に一つの肉体を持っている対象であるかのように主人公のイメージを把握すること、その場合に、たとえば一人の大学の講師で非常に低迷している人間を描くというふうに、概念的にとらえることは小説家の方法ではない。概念をこえて想像力の世界に実在する肉体としてとらえたものを描いてゆかなければならない。その場合に、ぼくの場合は、黙りこんでいるネズミみたいに見える人間、というイメージが一つの手がかりです。そしてかりにその弟のファナティックな風貌をあらわすために鷹四なら鷹四という名前をつけて兄と対応させる、そういうことをすることによって自分の想像力的世界のぼんやり見えている奥底にパイプを通じてすこしずつ形を与えてゆく。しかしぼくのその段階の内部のパイプが江藤さんや他人たちにそのままつながるとは思っていない。むしろ逆です。だからそれを客観的なものに仕上げてゆくこと、ぼく自身が最初につくった仮設のパイプなしで、読者が一つの実在として眼の前に蜜三郎という人間がいることになるように書きあげてゆくこと、辻褄を合わせるのでなくて、そういうふうにつくり上げてゆくことが、すなわち小説を書く作業なんです。ぼくにとっても小説を書き上げたあとでは、最初の自分の手がかりなどもう必要ではないわけです。それぬきで読者には理解してもらいたい。》
命名法の変遷
⑴名前をもたない登場人物⇒僕、弟、私大生、犬殺し、管理人、書記、黒人兵、教員など
⑵普通の名前を持つ登場人物⇒良重、ガブリエル、南靖男、頼子など
⑶イニシャルの名前を持つ登場人物⇒J、K
⑷象徴的な名前を持つ登場人物
「不満足」⇒鳥バード、菊比古
「叫び声」⇒虎、呉鷹男
「日常生活の冒険」⇒斉木犀吉、獅子吉、卑弥子、雉子彦、鷹子
「個人的な体験」⇒鳥、火見子、菊比古
※『万延元年のフットボール』はこの時期にあたる。
⑸本名ではない「象徴的な名前」を持つ登場人物
『洪水はわが魂に及び』⇒大木勇魚(鯨と樹木の代理人として、自分で名乗っている)
参考② 江藤淳の発言(『対談・私の文学』 インタビュアー秋山俊)
《しかしあの小説には、 一か所だけぼくに忘れられない場面がある。それは菜採子が蜜三郎に「私たちがもっとお互いに絶望していれば、お互いにやさしくなれるのにね」というところです。ここのところだけはことばが突然肉迫して来るような真実味がある。これこそあの小説の本当のテーマじゃないかと思ったのです。作者は実は「万延元年」を書いているのでもなければ、「フットボール」を書いているのでもない。あの小説で自分の存在に触れた切実な問題として展開しなければならない問題、それなのになぜか展開せずに終っている問題が、あそこにはからずも露呈されていると思いました。この莱採子の言葉に対して蜜三郎は答えない。これは決定的なことなんです。ぼくは私小説的な意味でいうのじゃない。小説のロジックの必然性からいうのです。二人の人間がいて共同生活をしている。このあいだにもろもろの家庭的不幸があって二人の間の人間的・性的コミュニケーションが断絶しているという設定でしょう。この二人が自分たちのあいだにあるものを見究めたらどうなるか。そうしたらもちろん絶望しか出て来ないかも知れない。だがもしお互いに絶望した人間が、それにもかかわらず一緒に生きて行くためにはどうしたらいいかという問題は、ここからかならず出て来るでしょう。そこにはじめて「社会」というものの、いちばんプリミティヴな要素が成立する。そうなれば大江さんが、「われらの時代」以来失い続けている現実への手がかりが、そこで高次元に回復される芽があったと思うのです。なぜそこを書きこまなかったか。それは単に「社会」を回復するだけではなくて、「永遠」という問題に対する契機を得ることだとも思うのです。この契機がいずれもみのがされているために、「ほんとうのことを言おうか」というモチーフが、只のレトリカル・クエスチョンになってしまう。あの小説で種明しされる「ほんとうのこと」は、「偽せのほんとうのこと」にすぎない。鷹四のアイデンティティは、じつは偽せのアイデンティティで、蜜三郎にとっては「ほんとうのこと」はなかったというふうにつじつまがあってしまう。これはもちろん作者が「ほんとうのこと」を見ようとしていないからです。》
※二重傍線部は厳密には次のようになる。
・「私たちが蜜のいうとおりに、絶対にとりかえしがつかないと認める時が来たら、私たちはお互いにもっと優しくなるかもしれないよ、蜜」(雑誌)
・「私たちが蜜のいうとおりに、とりかえしがつかないと認める時が来たら、私たちはお互いにもっと優しくなるかもしれないわ」(単行本)
ここで言っている「とりかえしがつかない」というのは、その直前の蜜三郎の次の言葉を受けての物である。
・「……なんとか引き返して、もういちど赤んぼうを生むとすれば、その決心はこの一年のうちにされねばならないよ。来年にはもうとりかえしがつかない」(単行本)
参考③
万延元年の一揆について、いくつの見解、意見が提出されているか
『大江健三郎論』(桒原丈和、1997)より引用
一揆に関わる発言・記述をその時の状況・内容についてまとめると次のようなものになる。初めの番号は蜜三郎・鷹四が出会った、または語った順である。※「 」は章。
① 戦争が始まった年の秋の学芸会の芝居。「5」
② 曾祖父が農民たちの前で、 一揆の指導者である弟の首をはねる。
祖母の根所家の祖先のオ覚を語る自慢話。「6」
③ 曾祖父は倉屋敷にたてこもる一揆の〈若者組〉を策略にかけて役人に引き渡し斬殺させた。戦時中に母親が蜜三郎に語った話。「6」
一揆は谷間の欲深な百姓たちが起こしたものであり、それを指導した曾祖父の弟は自分の家を壊した「気狂い」である。それに対して曾祖父は倉屋敷に立て籠もって抵抗した「立派な方」である。
④戦後まもなく鷹四と蜜三郎がそれぞれ聞いた対極的な二つの村の噂。「2」
曾祖父が弟を殺し、自分が一揆にかかわっていないのを証明するために弟の腿の肉を食べた(鷹四)。実は曾祖父は弟が高知へ逃げるのを援助し、弟は東京に出て偉い人になった(蜜三郎)。
⑤戦後社会科の時間に蜜三郎が聞いた教師の話。「6」
一揆の時の百姓たちの武器は大竹簸から伐り出した竹槍であった。
⑥ 鷹四が伯父の家に引き取られている間に作った「貴種流離諄」。「12」
鷹四は曾祖父とその弟以来の自分の家系に拡大した誇りを抱き、妹に自分たちは選ばれた特別な二人だと教えこんだ。
⑦ 蜜三郎が東京で最初の翻訳を出した頃届いた、もと教員・郷土史家の手紙。「5」、「6」
曾祖父が弟を高知へ逃がしたという意見の方が正しいとする。
万延元年前後の愛媛全域の様ざまな一揆を総合するベクトルが維新を指していたことを科学的な態度で強調。
⑧蜜三郎と菜摘子が谷間に着いた翌日の、倉屋敷をめぐる蜜三郎と鷹四の対立。「4」
倉屋敷を建てた「深慮遠謀の、保守派の」曾祖父を嫌悪する鷹四と、兄の方が時代の前方を見ていたと主張する蜜三郎。
⑨根所家の二つの「タイプ」について鷹四が語る。「5」
非業の死を遂げた人々と安穏にゆったりと長生きした人々の二つに分け、蜜三郎を曾祖父と同じ後者の系譜に属するとからかう。
⑩蜜三郎が聞いた住職の説。「6」
曾祖父は村の暴力的なエネルギーにはけ口を与えるため、 一揆を城下町に向かわせるよう画策していた。そのための指導者グループとして弟の下の〈若者組〉が選ばれ、弟は自分だけが高知へ逃げこむという密約をかわしていた。
⑪蜜三郎が莱摘子に孟蘭盆会の念仏踊りについて語る。「7」
谷間で非業の死を遂げた人間がなる『御霊』の中心人物は曾祖父の弟である。
⑫鷹四が合宿で一揆の〈若者組〉についてフットボール・チームのメンバーに語る。「8」
〈若者組〉は一揆における暴力的なヒーローで強く団結していた。 一揆の後、村人たちは厄介者になった彼らを裏切った。
⑬曾祖父の弟が村の外から送ってきた五通の手紙、およびその引用。「11」
曾祖父の弟は様々な冒険をし、自由民権の「闘志」を抱いたりするが、最後の手紙は孤独な初老の人間の面影を浮かび上がらせている。
⑭ 倉屋敷に地下倉が発見されたことと、祖父の書いた『大窪村農民騒動始末』(引用あり)の二つから最後に蜜三郎が考え、住職に語った「啓示」。「13」
曾祖父の弟は仲間たちを斬首させた自分を罰するために地下倉に閉じこもり、自分が村の外へ脱出したとしたら出していただろう手紙を想像して書いていた。そして明治四年の血税一揆にあたってはひそかに正体不明の指導者として、第二の一揆を成功に導いた。
2014年度後期「小説を読む」藤本英二
第六回 中上健次「枯木灘」(1977)
Ⅰ 中上健次について
・1946年 和歌山県新宮市に生まれる。(木下千里の第六子として)
・1965年 和歌山県立新宮高校卒業。受験勉強を理由に上京。フーテン生活を送る。
『文芸首都』の同人となり、詩や小説を発表する。
・1968年 柄谷行人と知り合いになり、フォークナーを読む。
・1970年 山口かすみと結婚。24歳
※中上かすみは紀和鏡のペンネームで、伝奇ロマンを書いている。
・1974年 『十九歳の地図』(河出書房新社)を刊行 28歳
・1976年 「岬」で芥川賞受賞。10月より『文芸』で「枯木灘」の連載開始。
・1977年 『枯木灘』(毎日出版文化賞受賞) 31歳
※3月、朝日ジャーナルで、野間宏、安岡章太郎と鼎談「市民にひそむ差別心理」
・1982年 『千年の愉楽』
・1983年 『地の果て至上の時』
・1984年 『日輪の翼』『熊野集』
・1989年 『奇蹟』
・1992年 『軽蔑』 腎臓癌で死去 46歳
映画化作品
・『青春の殺人者』(監督長谷川和彦、原作「蛇淫」、主演水谷豊、原田美枝子、1976)
……キネ旬ベストテン1位、主演男優賞、主演女優賞
・『十九歳の地図』(監督柳町光男、主演本間優二、1979)
・『十八歳、海へ』(監督藤田敏八、原作「隆男と美津子」、主演永島敏行、森下愛子、1979)
・『赤い髪の女』(監督神代辰巳、原作「赤髪」、主演宮下順子、1979)
・『火まつり』(監督柳町光男、脚本中上健次、主演北大路欣也、1985)
・『軽蔑』(監督廣木隆一、主演高良健吾、鈴木杏、2011)
・『千年の愉楽』(監督若松浩二、主演寺島しのぶ、高良健吾、染谷将太、2013)
※原田芳雄監督で『日輪の翼』の映画化計画があり、中上健次が脚本を書いていた。
☆キーワード
・複雑な家庭環境。
母千里は、木下勝太郎との間に五人の子供を産んでいる。(一人は幼くして死亡)
母は、鈴木留造の子、健次を妊娠するが、離別。健次は私生児として生まれる(木下健次)。
その後、母は幼い健次だけを連れて、中上七郎と再婚。(健次は中上姓を名乗る)
兄が自殺。このことが中上健次の小説で繰り返し描かれる。
・「路地」
中上健次は、新宮の被差別部落出身であるが、自分の生まれ育ったそこを「路地」という言葉で表現した。実際には「路地」という言葉で被差別部落を指すことはない。
・熊野大学
一九九〇年、中上健次が開設した市民大学。自主公開講座のために毎月帰省していた。没後は、同大学主催の中上健次シンボジウムが毎月八月に開催されている。
Ⅱ 『枯木灘』について
⑴現実と小説の関係
私小説的な要素(家族の人間関係等)が多い作品ではあるが、いわゆる私小説ではない。もちろん、秋幸=中上健次ではない。中上健次は土方作業の経験はない。(高校卒業後、東京へ出て、学生運動(全共闘)やジャズや文学の世界に興味を持って、フーテン暮らしをしている。)
⑵紀州サーガ
中上健次の小説は「路地」(中上健次は被差別部落をこう名付けている)を中心とした小説群(サーガ)を形成している。そのサーガには大きく二つの流れがある。
A 「秋幸」三部作 ←比較的リアリズムの小説
「岬」(秋幸24歳、1976)
『枯木灘』(秋幸26歳、1977)
『地の果て至上の時』(秋幸29歳、1983) と続く
また前日譚として『鳳仙花』(母フサの物語)がある。
B 「中本の一統」の物語 ←比較的幻想的な小説
『千年の愉楽』1982……死の床にあるオリュウノオバが語る物語
『奇蹟』1989……アル中のトモノオジの回想と幻想。タイチの生涯。
☆A系とB系は交差している。西村勝一郎(フサの最初の夫。郁男や美恵らの父親)は、中本から西村へ養子に入っていて、「中本の一統」の血をひいている。勝一郎とフサの長男は、A系では郁男として、B系ではイクオとして出てくる。B系『奇蹟』の中にある「イクオ外伝」は、イクオの内面に即して語っている。イクオは「中本の血」をひく「美しくて、夭折する青年」として位置づけられており、やがてシャブ中毒となり、幻聴を聞くようになり、最後は自殺する。
またA系で「その男」「浜村龍造」と呼ばれる男は、B系『奇蹟』では、若い乱暴者の「イバラの留」として出てくる。
☆さらにこれらの周辺に、後日談として、『日輪の翼』、『讃歌』などが位置する。
⑶『枯木灘』のアウトライン
《物語の全体を支配する複雑な人間関係》
・母系としてみれば、
……フサの五人の兄弟姉妹(郁男、芳子、美恵、君子、秋幸)
・父系としてみれば
西村勝一郎……過去の戸籍上の父
浜村龍造……実の父
竹原繁蔵……現在の戸籍上の父
・「西村の一族」と「竹原の一族」の真ん中に秋幸が存在する
・西村の一族の物語 …… 私生児の秋幸、美恵の駆け落ち 郁男の縊死、美恵の夫実弘の兄が刺殺される事件(これで美恵は精神を病む)
・竹原の一族の物語 …… 一家のため女郎に売られた若き日のユキ、仁一郎の妾の子徹、
文造の養子洋一(5歳)
・浜村龍造の物語 …… 知られぬ前半生、放火、殺人などの噂、成り上がり、浜村孫一を先祖とする
《繰り返し語られる過去》
・戦後間もない頃の浜村龍造の悪行の噂(佐倉の番頭、放火)
・龍造が、三人の女を孕ませた。それを知ったフサは、刑務所まで出かけ縁切りを宣告。三年たって刑務所を出てきた龍造は秋幸に会いに来る。
(フサ/秋幸、キノエ/さと子、ヨシエ/とみ子)
・フサは、秋幸だけを連れて、竹原繁蔵と再婚。
残された四人の子供(郁男、芳子、美恵、君子)。芳子は名古屋へ、君子は大阪へ。郁男と美恵が路地の、元の家で暮らした。
・美恵は実弘と駆け落ち、子どもができて帰って来る。(美智子)
・一人暮らす郁男は、竹原の家に、フサと秋幸を、殺すと脅しに来る。三月三日、郁男は縊死する。
《現在時》
・美智子(美恵の娘、16歳妊娠)と五郎19歳が駆け落ちから帰って来る。
・五郎が秀雄に車を壊され、半殺しの目にあう(事件の発端)
・浜村龍造からの接触。秀雄と五郎の事件を取り持つように。
・秋幸はさと子(腹違いの妹)と龍造に会う。近親相姦の告白、龍造の受け流し。
・秋幸は浜村孫一の碑を見に行く。龍造からの誘い(浜村木材へ来ないか)。
・8月13日、名古屋の芳子(秋幸の姉)一家、大阪の君子(秋幸の姉)夫婦、文造(洋一の養父)らがやって来る。
・美智子と五郎の祝言
・8月15日、川原での灯籠舟流し。龍造に怒る秋幸、殴りかかってくる秀雄を秋幸は殺す。
・一旦逃げた秋幸は山中を彷徨、一週間後に自首。
・秋幸の恋人紀子は、自分の妊娠をフサ(秋幸の母)に打ち明ける。
⑷主題の一つとしての「きょうだい心中」(近親相姦)
・「ゴウシ音頭」(p259)とあるが、これは「江州音頭」のことだろう。
・路地の盆踊りの歌とされている。歌詞はp263からp268までに紹介されている。
・山崎ハコの歌「兄妹心中」(放送禁止とされたが、現在はユーチューブで聞ける)。
・欲望と禁止、甘美さと哀しさ
a 郁男(兄)と美恵(妹)……西村勝一郎・フサの長男と次女
《可能性としての近親相姦》⇒美恵と実弘の駆け落ちによって回避
b 秋幸(兄)とさと子(妹)……龍造・フサの息子と龍造とキノエの娘
《腹違いの兄妹》⇒秋幸は半ば自覚的に、さと子は知らずに
c 秋幸(弟)と美恵(姉)……龍造・フサの息子と西村勝一郎・フサの娘
《幻想としての近親相姦》⇒美恵の禁止で24歳まで童貞
☆《……人にしゃべるべき秘密、さと子との秘密は、さと子を抱いた、自分の腹違いの妹と性交した、そんなことではない、と思った。①その女は美恵のようだった。それが秘密だ、と秋幸は思った。その新地の女は、秋幸のはじめての女だった。二十四のそれまで秋幸は女を知らなかった。それは姉の美恵が禁じた。……女であり、②腹違いの、父親の血でつながった妹であり、③種違いの、母親の血でつながった姉であるその女を犯した。》p186
⑸父親浜村龍造に対する告白(訴え)は無化される
p177~p185 秋幸はさと子を連れて龍造に会う。
《「黙っとらんとあんたも何か言うてよ」と言った。さと子は秋幸の顔を見た。涙が眼にみるみるあふれた。/「あんたもこいつの子やろ?」/「どうか分らん」秋幸は言った。動悸がした。/「わしの子じゃ」男はどなるように言った。「二人共わしの子じゃ」/その時、秋幸は随分昔からその言葉を聴きたいと待っていた気がした。……》
《……「二人の子同士で寝てしもた」と言った。/男は秋幸を見た。/「知っとる」男は言った。「しょうないわい」男はこころもち怒ったような声で言った。/涙が流れた。秋幸は涙をぬぐった。/何故涙が流れてくるのか秋幸にはわからなかった。……》
☆秋幸の中に渦巻く、相反する激情。
「許しを乞いたい」⇔「おれはおまえを犯した」
「生涯にわたっておれがおまえの苦の種でありつづけてやる」
☆秋幸の予想・期待
「男が苦しみのあまり呻き叫ぶ、……男は二つの眼を潰す、耳をそぐ」
⇒オイディプス的な激しい苦しみを期待していた。
☆思いがけない父親の反応
「しょうないことじゃ、どこにでもあることじゃ」
「アホでもかまうか。なんでもかまうか」(近親相姦で白痴の子どもが生まれても)
⑹8月15日の川原、濃密な空間の中での弟殺し
・精霊舟……今、竹原仁一郎の舟、十二年前西村郁男の舟(フサが思い出す)
・竹原一族(仁一郎の舟を送り)、西村一族(路地の盆踊りを見に行く)、浜村一族(親和的な雰囲気)が、至近距離の闇の中に。
・秋幸は《西村の輪》から一人《竹原の輪》へ移動するときに《浜村の家族》の横を通り過ぎ、自分を卑劣な男になったと思う。P305 そして《西村の輪》の後ろに徹とその母(仁一郎の妾)を見る。舟を見送って、帰ろうとして、龍造に呼び止められる。
・龍造はチンバ踊りをしてみせ、家族は笑う。他人の入り込む余地のない親和。秋幸の疎外感。
・貧しい路地を収奪する男に対する怒り、路地に対する愛しさ。
・父親をおまえと呼びののしる秋幸に対する怒りから秀雄が突然石をもって殴りかかる
・何かが裂けた。殺してやる。
⑺秋幸の彷徨
⑻秋幸が自首したあと何故この小説は書き続けられているのか(p333以降の意義)
①この小説は、秋幸だけを描いた中編小説ではなく、様々な登場人物の物語を絡みあわせて創られた長編小説であり多くの主題・メロディを内包している。視点も秋幸に限られてはいない。
②秋幸が自首して、ドラマの舞台から姿を消してから、逆に各登場人物は一層くっきりとその姿を現す。そのことによって、秋幸の物語は逆に支えられる。
・洋一は「秋幸兄ちゃんに、おおきにて言わなんだら大阪に帰れん」と言う。そしてひらがなばかりの葉書が届く。
・車の床にけがをした秋幸の血がついているのを見て、義父繁蔵は文昭に「踏むな」と叫び「踏んだるな」と言う
・母親フサは普段より元気そうで「父さんと違て産んだこのわしがしっかりしとらなんだら、警察に行っとる秋幸がかわいそうやと思て」と語る。
・繁蔵は一人で龍造に会いに行く。龍造は「お父さんが来てくれただけでつらいのが取れる。お父さんが苦しまんでもええ」と言う。それを繁蔵は、「秋幸が秀雄にしでかした事で悩むのは、自分じゃ」と言われとる気がして、と語る。「えらい男じゃ、一言も愚痴を言わん」
・美恵は「狂わんのは美智子が子ども産むさかやろね」と言う。
・モンは、浜村龍造が書いた手書きの地図を見せられる。(覇王の七日間)
・ユキは、秋幸が白痴の子を犯した、女の下着を隠していた、と噂した。また紀子がフサの家に入るのを見て、妄想を膨らます。(龍造と秋幸は材木屋の娘紀子を狙い、ひっかけたが仲間割れしたのだ。女を楽しませ泣かせる手練手管を龍造が秋幸に教え……)
・紀子は「お母さんにだけ言うとこ思て」と妊娠を打ち明ける。フサは二十六年前を思い出す。(刑務所に入る男、一人で産む女。)
・龍造は「秀雄ではなく、友一を殺すべきだった」「人殺しとして、六年の刑を受け、三十二になった秋幸は買いだ」と思う。
・p361の箇所をどう理解するか。
《友一は車に乗ってまだ居た。男は、早く帰れと手を振り、駅に歩いた。駅の広場で水を飲んだ。①背後から男を見ている者がいる気がした。振り返ったが誰もいなかった。気温が上っていた。男は腕まくりをし、改めて二の腕に刺青があるのを知った。②男は二十三年前の三十の自分に若返った気がした。③いや、男は六年の刑の服役を終り、今、駅を降りた秋幸だった。④秋幸は身をかがめて水を飲んだ。》
*①見ている者がいる、とか、誰かの視線を感じる、というのがこの小説の随所に現れる。「見たこと」は誰かに伝えられ、それが噂を生み、噂は別の「見たこと」と交わりながら、何処までも増殖していく。それが『枯木灘』の世界。
*②→③→④と文章は空想、幻想の領域へ入っていく。ここもいかにも中上健次らしくて特徴的な箇所。
・何故、ラストは徹なのか。
・徹は秋幸の噂ならどんなことでも耳をそばだてた。《秋幸がやっていたように》働いた。秋幸を再現しなおした。《徹は自分が今一人の秋幸である気がした。》p347
・徹はやがて秋幸が永久に刑務所にいればよいと思い始める。秋幸は自分の秘密を知っていた。(徹の心変わり)
・白痴の子が自分を追って山に上がって来たのを見る。
《徹は山鳴りの音を耳にしながら、立ち上がり、顔に笑をつくって、手まねきした。》ラストの一文の意味は。(その直前のコブチにかかり、頭がつぶれたり足が折れて死んでいた、小鳥の姿)
⑼「孤児」の物語という主題
・冒頭「秋幸、徹、洋一」が車で仕事現場に向かう。
三人は、家に対する位置が似ている。(母の連れ子/妾の子/養護院の里子で今は里親と離れて暮らしている)
・秋幸は洋一を可愛がる。だだをこねる《洋一は、二十一年前の秋幸自身だった。》p14
秋幸は徹の性的倒錯、性犯罪をかばう。徹は「荒ぶる秋幸」の劣った存在。
⑽繰り返し演じられること
・駆け落ちした美智子が大きな腹で帰って来た。《秋幸には、そっくりそのままかつて昔あったことを演じなおしている気がした。》p21。フサは《「美恵も親にしたことをいま子供にされとるわだ」》と言う。P29
・24歳の秋幸が、あの時の郁男の気持ちがわかる(殺意・親殺し)
・p192、「いつかこれとそっくりな同じことがあった。」海水浴
・秋幸の刑務所入り/紀子の妊娠、龍造の刑務所入り/フサの妊娠
⑾噂を作り出し、歪め、繰りかえし語りなおす(ユキに代表される路地の老婆)
・ユキは自分が女郎に売られ、仁一郎が迎えにきた話を、あるいは放火、殺人を働く龍造の話を繰り返し語る。
・ユキの《小さな頭の中には、昔のことと人の噂しか入っていない。いやな女だと思った。この女の小さな頭の中に文昭や徹のみならず、この自分が生まれた時から二十六の今までが、気の向いた相手ならどんなふうにでも歪め味つけして噂し、わらうことができるように整理して入っている。洋一がユキを嫌いだというのは当たっていると思った。》p44
・ユキは白痴の子と徹・秋幸をめぐる噂を作り出し歪める。
・p239 さと子の噂、近親相姦、秋幸のことが新地のどこかで歪められ、浜村龍造の話になった。
・p264 ゴウシ音頭を歌う老婆。《老婆が路地の家々をユキがやるように噂を持ち歩いている姿が秋幸には想像できた。昔起こったことが今、現に起こったというようにしゃべり、涙を流す。》
・p278紀子の聞いた噂、父親の秋幸との結婚に反対する理由(龍造が自分子と知りながらさと子を抱いた)
⇒秋幸はそれは自分の事だと打ち明けるが紀子は「そんな冗談ばかり」と取り合わない。
⑫何故タイトルは「枯木灘」なのか?
・p315《枯木灘は貧乏なところだった。》
《その小山が削り取られれば、駅から繁華街にむけて道路が通ることは確実だった。秋幸は、路地を偲い出した。美恵が路地から離れられないように、秋幸もその路地から離れられない。だが、血は流れた。自分が一体何なのか、と思った。竹原秋幸でも、まして西村秋幸でもない。秋幸は立ちどまった。そこから、川に沿った国道が見えた。秋幸は置いてある車を見た。徹に逃げろと言われ、咄嵯に本宮へ抜け、田辺に出ようとしたのだった。枯木灘へ出ようとした。途中でいたたまれず、車を棄てた。
風が吹いた。山が一斉に鳴った。
……略……
浜村孫一は、枯木灘から山道を這うようにして下りて来た。それは男のつくり出した熱病だった。いや、この土地の路地の者らと同じように、有馬の者らが、枯木灘から本宮へ、本宮から海があり光がありたがやすにも畑があり、物を売るにも人がいる土地へ下りてきた事を言い伝えた神話だった。》
☆枯木灘 から 田辺 を経て 本宮へ
そして有馬(三重県熊野市)へ、あるいは新宮(和歌山県新宮市)へ
母フサ(古座出身)の、父龍造の、そして春日(新宮)の路地の人々の、有馬(熊野)の人々の、源としての枯木灘(貧しさ)
⑬『万延元年のフットボール』と『枯木灘』を比較する。
『万延元年のフットボール』
『枯木灘』
・愛媛県喜多郡大瀬村
・和歌山県新宮市
・念仏踊り・御霊祭
・盆踊り・精霊流し
・根所(アィデンティテーを求めて)
・架空の祖先浜村孫一
・近親相姦(鷹四と妹)
・近親相姦(秋幸とさと子)
・[美恵と郁男]【秋幸と美恵】
・鷹四の主張する強姦未遂と殺人
・秋幸は秀雄を殴り殺す
・[秋幸らを殺しにくる郁男]
・空白の父親
・充満する父親の噂
・一揆・歴史を想像力の中で再現してみる
・今の自分はあの時の郁男と同じ気持ちだ
・秋幸=徹=洋一
・事件の解釈(正しさを競うように)
・事件の噂(歪められた、放恣な)
・語り手(視点人物)は蜜三郎
・語り手(視点)は秋幸に限定されることなく、自在に移動する。特に秋幸が自首した後はそれが顕著。最後の視点(焦点)人物は徹
参考・『中上健次事典』高澤修次(恒文社、2002)より
大逆事件
一九一〇年(明治四十三年)、天皇暗殺未遂の名目で、二十六名が起訴(十二名が処刑)された空前の大弾圧事件。その首謀者とされた幸徳秋水に、医師の大石誠之助らが接触したため、新宮グループとして六名が連座、大石と雑貨商・成石平四郎の二名は死刑。真宗大谷派の僧侶・高木顕明は無期懲役のまま獄中自殺。新宮グループは当時、高木のいた浄泉寺でしばしば「談話会」を催し、その活動は部落解放運動、廃娼運動などとも連動していた。中上文学が大逆事件ときり結ぶのは、グループの拠点・浄泉寺の門徒百八十八人中、百二十人が被差別部落の人々だったため。 一連の作品で「路地」の土地所有者となっている「佐倉」は、ドクトルこと大石誠之助の一族で、『熊野集』所収の短篇「海神」で、その歴史的背景が解き明かされている。
高木顕明【たかぎけんみょう】
真宗大谷派・浄泉寺の僧侶。新宮市馬町にある浄泉寺は、かつて大逆事件に連座した新宮グループの拠点。ここで開かれた「談話会」には、他宗派の僧侶やクリスチャン、医師ら開明的な地元文化人が多数参加した。新宮の被差別部落の約八割が、この寺を菩提寺としており、高木顕明は部落解放運動の先駆者になってゆく。大逆事件で検挙され、無期懲役のまま獄中自殺。事件から八十六年後の一九九六年に至り、真宗大谷派はようやく、宗門追放処分の取り消しを告示した。
☆『千年の愉楽』の、毛坊主礼如さんとオリュウノオバには実在のモデルがいる。
参考・『エレクトラ 中上健次の生涯』高山文彦(文藝春秋、2007)
この本の冒頭に、若き日の中上健次26歳が書き上げた長編小説を、河出書房新社の編集者鈴木孝一27歳(デビュー作「一番はじめの出来事」を担当)が突き返す場面が出てくる。
《原稿は二百二十枚ほどあった。『エレクトラ』と題されたその小説は、巨漢の男が故郷の熊野新官を舞台に母系一族と母殺しの物語をギリシア悲劇をモチーフとして書いた渾身の作には違いなかった。けれども痩せた男の目には、せっかくの素材が未消化のまま投げ出されていて、作者はその素材を身内に少しも引き込めていないと映っていた。「大逆事件」ゃ「大石誠之助」の文字もしるされていた。新官という土地に流れる歴史や時間、記憶を物語の背柱にして、母を長とする一族の生きかたばかりか、死んだ者の声までもよみがえらせようと作者は懸命に書き綴っていたが、素材の強さにひきずられて、文章が負けてしまっている。それでも、これはどうしても書かなければならなかった物語であるということはよくわかる。この男がなぜ作家になろうとしているのか、この男を作家として立たしめようとしているものがいったいなにか、その動機となる根本問題が散乱した素材の向こうから立ちあがっている。この男には、それを作品化する力がまだ満ちていない。だから、いつもはチェックをいれて書き直しを追ってきたのに、こんどは一筆もいれずに、はじめから没にしようと原稿を突き返したのだった。》p12
《鈴木の記憶では母殺しをメインテーマに据えた作品で、『岬』から『枯木灘』『地の果て至上の時』へとつながる、自分自身の原体験をかなり生なかたちで綴った作品であったらしい。タイトルにした『エレクトラ』とは、姉のエレクトラと弟のオレステスが、自分たちの生みの母と、その母と密通する親族の男を殺害するギリシア悲劇である。母はその男と共謀して、姉弟の父親を殺した。姉のエレクトラは父親の仇をとることに執念を燃やし、弟の帰国を待ちわびる。やがて帰って来た弟によって母とその男は討たれるのだが、いわばこの悲劇は多情多恨の呪われた王家一族がたどる没落への予言、弔鐘であった。
鈴木に原稿の束を突き返された健次は、言葉を呑み込んだまま、ぴくりとも動かなくなった。》p15
※この『エレクトラ』の原稿は、八王子の自宅の火事の際に焼失してしまったらしい。
☆小川国夫との対談「暴力・ディオニソス・語り」の中で、中上健次は次のように語っているそうだ。
《……長編を支えているのはなにかというと、やはりポリフォニックに構成はしなくちゃいけない。なにがポリフォニーというのを支えるのかというと、要するにコロスであって、語りであるという、そういう感じなんですね》p332
この対談を企画した「文芸」編集者寺田博が、半年後に依頼したのが「ポリフォニックな長編小説」である。「毎号連載で、一回百枚、それを四回以上」
《寺田博は、長篇小説の依頼をしてまもなく、健次からタイトルを伝えられた。それは『枯木灘』ではなかった。/「日置ひき川」/と、健次は言った。/寺田は、手帳に「長編小説『日置川』と書いた。/それは新官から西へ串本を過ぎ、枯木灘を過ぎて、白浜の手前を流れる川の名前であった。母方の祖母が、日置川の川の上流の里で生まれていると健次は聞いていた。祖母は十六の歳に男と駆け落ちして、古座に出た。何人も子を産んだ。そのうちのひとりが健次の母だった。/『日置川』というタイトルから考えると、当初、健次は、実父をモデルにした小説ではなく、母をモデルにした小説を書こうとしていたのだろう。母をモデルとする小説は、のちに『鳳仙花』のタイトルで書かれるが、このとき、どうして変更したのかは不明のままである。」p339~340
参考・『貴種と転生・中上健次』四方田犬彦(新潮社、1996)より
《今、秋幸に焦点を投じた場合、反復の構図は次のように整理することができる。二筋の強い物語の文脈が秋幸を牽引し、彼に反復を促している。ひとつは夭折した異父兄の郁男の文脈であり、近親相姦と弟殺しの予感に満ちている。かつて郁男は母親に見捨てられ、妹の美恵とともに、夫婦のように睦まじく住んだ。母親のフサと弟の秋幸に癒しがたい殺意を抱いた。彼は二人を刺殺しようと夜ごとに訪れてきた。その一切は、幼い秋幸の眼に原光景として記憶されている。『岬』と『枯木灘』の秋幸は、二人の異母妹弟に対して、禁忌を犯す。さと子を抱き、秀雄を殺害することで、郁男が中絶した物語を完成したかたちで反復してしまう。
もうひとつの文脈は龍造のそれである。それは放浪と殺人、放人と私生児といった項目から構成されている。路地の住人たちにとって、素姓不詳の龍造は、彩しい伝説に包まれ、謎めいた存在である。噂を通してしかその姿を垣間見ることは許されていない。龍造は有馬から新宮へ流れ来て、有力者佐倉の番頭となった。駅前のバラックと新地に人を放ち、実現こそしなかったが、路地すら燃やそうとした。三人の女を妊ませ、博打の喧嘩がもとで入牢した。出獄した龍造が秋幸とその母を訪れて拒絶された日の光景もまた、秋幸のもうひとつの原光景である。そして、好むと好まざるとにかかわらず、秋幸は龍造の物語を反復する。二人はまず巨大な体躯の所有者であることから類似している。秋幸は婚約者を妊娠させたまま獄に入り、『地の果て』では路地跡を消尽に帰せしめることで、龍造の中絶した物語を完成させたかたちで繰り返す。
二筋の物語はともに無限に時間を遡行した点に、原型とも称すべき先行せる物語を所有している。郁男の物語は、盆踊り唄で謡まれる兄妹心中の物語の遠い残響であるし、龍造の物語は、彼が先祖として顕彰する戦国時代の武将浜村孫一の山中彷徨の反復である(ひとたび作品外の文化的参照にまで枠を拡げるならば、『古事記』からダイダラボッチにいたる無数の貴種流離諄と彷徨する山人の物語への共鳴を指摘できるだろう)。P154~155