電子顕微鏡内マイクロトライボロジー実験

背 景

マイクロマシン部品やマイクロデバイスの多くは,Siを対象としたフォトリソグラフィーによる微細構造形成や,LIGAプロセス,光造形や微細放電加工などの微細加工技術により行なわれている.前者は大量生産可能であるが二次元的な構造形成に限られ,後者は三次元的な構造形成が可能であるが複雑に集積されたものの大量生産には限界がある.そうした背景のもと,それら以外の方法による三次元複雑形状マイクロ部品の高能率加工技術が模索されている.その手段の一つとしてマイクロ機械加工が挙げられる.しかしながら,それを実現するには,微視的レベルで見た場合,図1に示すように,材料が不連続ないし不均質なもの,すなわち同質あるいは異質な結晶粒子の集合体であるということを踏まえ,加工メカニズムを明らかにしておくことが重要となる.

図1 鋼の微視的な不均質性(S25C)

目 的

・ 微視的レベルでの材料の不連続性および不均質性を考慮したマイクロ加工メカニズムの解明

・ 結晶の種類および加工パラメータと加工精度の関係の把握

マイクロ加工実験装置

図2に実験装置の概略を示す.ここで,マイクロ押込み・引っかき動作を行なう部位は,FE-SEM(日本電子 JSM-6330F)のチャンバー内に設置されている.圧子ホルダおよび試料テーブルは,ほぼ電子銃直下に位置するように設置されている.また,観察の便を考え,装置は0~45°揺動可能になっている.圧子の水平移動はDCモータ,微小押込みはPZTアクチュエータにより与えられる.反作用力の検出は,水平・垂直方向ともにひずみゲージ式のロードセルにより行なう.

一方,引っかき痕の形状観測は,原子間力顕微鏡(AFM)(セイコーインスツルメンツSPA- 300HV)により行なう.

図2 電子顕微鏡内マイクロ引っかき実験装置の概略

マイクロ加工実験の概要

最初の試みとして,構造体材料として最も使用頻度の高い材質である鋼を取り扱う.ここでは,α-フェライトとパーライトの挙動が比較的把握しやすいということから,鋼焼鈍材S25Cを用いた結果を紹介する.

ステージをFE-SEMチャンバ内に挿入後,ダイヤモンド圧子で引っかく.主にαフェライトとパーライトの粒界を含んだ領域における引っかき対象とする.実験条件は表1による.

 

得られた成果

・ パーライト上の引っかき痕断面積に対する周囲の塑性盛上りの断面積の比は,α-フェライト上におけるそれの3倍程度にも及ぶ.

・ パーライト上の微小引っかきでは,それに含まれる層状セメンタイトの層間をα-フェライトが塑性流動し,その部分に塑性変形は集中する.そのため,塑性盛上りの断面積は引っかき痕の断面積の1.5倍程度にも及ぶ(図3,文献1,2).

電子顕微鏡写真 原子間力顕微鏡(AFM)像  引っかき痕断面のAFM観察

図3 引っかき痕の観察結果(S25C, 荷重 1.3mN)

現在の状況

・ 様々な垂直荷重による引っかき痕の断面形状から塑性流動形態を観察し定量化する作業を実行中

・ パーライトの塑性流動形態および層間隔依存性など,よりミクロな加工挙動を検討中

 

参考論文

(1) 谷山久法, 江田 弘, 清水 淳, 周 立波, 中沢由加里, 佐藤潤一: 金属粒子適用マイクロファブリケーションの基礎的研究-第1報:鋼の微小引っかきに及ぼす第2相合金の影響-, 砥粒加工学会誌, 47, 5 (2003) pp.263-268

(2) H. Taniyama, H. Eda, L. Zhou, J. Shimizu, J. Sato: Experimental Investigation of Micro Scratching on Two Phases Alloy Steel - Plastic Flow Mechanism of Ferrite and Cementite Phase -, Key Engineering Materials, 238-239, (2003) pp.15-18