学会発足のご挨拶

「京都ユダヤ思想学会」発足のご挨拶

近代日本は、わが国独自の精神文化を基盤としながら、さまざまな形で欧米の精神文化と格闘し、自らの形を模索してきました。わけても近代日本の精神的巨人の多くが、キリスト教的背景を持つ西欧文化の探求において、西洋の精神史の奥行きと多様性を見出したのが、ヘブライズムとヘレニズムのあいだに見られる緊張と対話でした。西洋精神との出会いを経て、わが国固有の精神の在り処を自問する中で、とりわけヘブライズムに魅せられた者が少なくないことは、とくに注目されます。

この度私どもはユダヤ思想研究の「在り処」を求め、京都を中心にささやかな集いの発足を呼びかけることとなりましたが、ここ京都が、今はなき有賀鐡太郎先生、平石善司先生、森田雄三郎先生というユダヤ思想研究の先達の研究の場であったことには、深い縁(えにし)を覚えずには参りません。先賢への敬慕によせて、ここに謹んで発足の経緯をご報告し、暖かいご理解を賜るべくご挨拶申し上げる次第です。

有賀鐡太郎(ありがてつたろう)先生は篤信の家庭に育ち、長じて同志社大学神学部および米国ユニオン神学校で学び、同志社大学神学部と、京都大学文学部哲学科宗教学第二講座(基督教学)とにおいて、教授の任に当たりました。戦前よりユダヤ思想研究の先鞭をつけ、終戦直後にレオ・ベック著『ユダヤ教の本質』を邦訳なさったことは、広く知られるところであります。

有賀先生の薫陶を受けた平石善司(ひらいしよしもり)先生は、同志社大学文学部教授を長く勤め、アレクサンドリアのフィロン研究において大きな業績を遺されたのみならず、マルティン・ブーバーの思想の紹介においても文字通りの草分けとして活躍されました。

森田雄三郎(もりたゆうざぶろう)先生も同じく有賀先生の薫陶を受け、長く同志社大学商学部教授を勤め、特に晩年にユダヤ思想研究への強い意欲を顕わされました。志半ばに逝去なさいましたが、その想いは私どもに通ずるものであります。

さてここ数年、京都大学と同志社大学の大学院生のあいだから、ユダヤ思想研究の真剣な学術的研鑽の場を求める機運が生じ、偉大な先達の学問的情熱を引き継ぐことを目ざし、「京都ユダヤ思想学会」を設立する運びとなりました。この機運は、京都大学大学院文学研究科キリスト教学専修の学生と修了者を中心とする聖書ヘブライ語の研究会と、同志社大学神学部・神学研究科において大学院生を中心に始まったアブラハム・へシェル読書会の面々が、合宿をはじめとする共同の学びを続ける中で、自発的に生まれたものです。

この学会の関心は、多様な学問分野とディシプリンを背景にもつ会員構成をそのままに反映し、歴史的には古代、中世から近現代を通じ、資料言語についてはヘブライ語、各種アラム語、ギリシャ語、ラテン語、アラビア語、ドイツ語、フランス語、英語などに及ぶことになります。またユダヤ思想の理解に焦点を置きつつも、キリスト教、イスラーム、近・現代哲学、文学、様々な地域の文化・文明の歴史研究など、多岐に亘る分野との比較・連係を目ざします。

ユダヤ思想とは何かという定義そのものがユダヤ思想研究の究極の問題でもある、という側面を思うときに、この会の紐帯は、聖書からへシェルまでの「ユダヤ思想テキスト」またはユダヤ文化とユダヤ人文学に関する諸資料の、歴史的・思想的理解に資する、読解と分析と比較研究にあると思われます。

西欧のユダヤ教理解は、長くキリスト教神学からある種の制約を蒙ってきましたが、これを是正しユダヤ人の歴史的実像を示すべく、19世紀初頭、ユダヤ人の手による歴史研究を標榜し、「ユダヤ学」が誕生しました。この時以来の西欧における「ユダヤ学」の伝統と、日本に蓄積された西洋思想・哲学研究の学術伝統との出会いを促すことが、京都ユダヤ思想学会の目論見のひとつです。発起人一同はこの学会が、京都という独自の精神的風土に培われた各世代の研究者による相互研鑽と若手研究者の育成の場となると同時に、真摯にして闊達、創造的にして堅実な学術交流のサロンであることを願っています。

この童蒙を良として頂けますなら、未熟な体裁のまま関係諸学の先輩方のご理解とご支援を願う無礼をご海容くださり、何卒今後ともご鞭撻とご厚誼を賜りますよう心よりお願い申し上げます。

発起人代表

勝村弘也(会長)、手島勲矢、後藤正英

発起人

石橋誠一、伊藤玄吾、上原潔、大澤耕史、小田雄一、北村徹、篠田知暁、高尾賢一郎、津田一夫、中西麻由美、永芳稔、平岡光太郎、堀川敏寛、松本浩希、森山徹、横田徹

(アイウエオ順)

賛同者

荒井章三、飯謙、池田裕、石川文康、市川裕、上野修、臼杵陽、大橋良介、小田淑子、菅野賢治、木田献一、氣多雅子、合田正人、小原克博、島薗進、新免貢、竹田文彦、中田考、長田浩彰、野本真也、松山壽一、丸井浩、水垣渉、村岡崇光

(アイウエオ順)