35.『幻想について(2)』
社会は三つの要素で成り立っている。
一つは、確実なもの、いわゆる秩序である。
一つは、未だ不確実、不明瞭なもの、未知や偶然などである。
そして、もう一つが、虚偽である。
これらは互いに絡み合っている。
そして全てを確実なものと思わせるために、幻想がはびこる。
この社会から、幻想を取り除くことは出来ない。
社会は競争社会である。
幻想は、競争に勝つための戦略である。
今日の糧を用いて、明日の糧を得ようとする。
これが生物であり、人も同じである。
しかし人は知恵を使って、
出来るだけ効率よく今日の糧を使い、
効率よく明日の糧を得ようとする。
効率よくものごとを進めるためには、
ものごとの真実を知る必要がある。
真実を知れば、対応が早い。
しかし社会は複雑に絡み合っており、
なかなかに真実を知ることは難しい。
人は自分の経験、知識、感覚を用いて、
そのものごとが、正しい(確実)か、誤り(不確実)かを判断する。
それはそのものごと、またはそのものごとの成り立ち、仕組みが、
納得できるかどうかである。
納得できれば、その人にとって、それは正しい(確実)ものとなる。
納得とは、自分の今までに理解してきたことと矛盾しない、
今までの理解の方法で、これも理解できると感じることである。
人は真実を知りたいが、それが容易にならない以上、
この納得を、真実の代用とする。
納得できるからと言って、それが真実とは限らない。
しかし誰もが納得を、ものごとの判断に用いる。
世の中を動かしているのは、真実でなく納得である。
そして納得は、幻想に操られる。
幻想は、人々のその納得を誘導する手口である。
誤りを正しいことにように納得させる。
不確実なものを確実なことのように納得させる。
これは詐欺師だけが用いる手段ではない。
世の中の情報を伝えようとするものが、
その事実に気づいている、いないにかかわらず、
社会のすべてに用いられている手段である。
文化、学問、経済、芸術、科学、医療、
すべての分野において、用いられているのである。
世の中には無数に近いほど書物が発行されているが、
その内容のほとんどに、この幻想が含まれているのである。
幻想を生み出す、
それは人に錯覚を起こさせ、
納得できないもの、または不明なものを納得させることである。
その具体的な方法を述べよう。
①権威幻想:偉人や学者、有名人、大学や大企業などの権威を用いる。
プロフェッショナルの培われてきた技術、こだわりなど、
その道の専門、精通であると、その者の言うことに逆らえず信じてしまう。
先進国、欧米、
女子高生、セレブ、カリスマ、インフルエンサーなども含まれる。
②科学幻想:科学的、データなどの信憑性を用いて、仮説を真説のように語る。
恣意的な実験やデータの結果を用いる。誤差を利用する。
論文が発表されたり引用されると、そのことが真実のように思われる。
科学的難解さから多くは容易に理解出来ず、疑問を起こせない、信じるしかない。
③論理幻想:論理をいくつもつなげて、論理的に成り立ちにくい部分、
確率的に成り立ちにくい部分を不明瞭にして、理詰めで正しいように思わせる。
また、屁理屈(こじつけ)と正しい論理が判定しにくいことを利用する。
④類似幻想:違う状況の例を、あたかも同じ状況で起こるように語る。
大きな視野、包括的にとらえることで、一般化する。
例え話を用いて状況を単純化して、同じ理屈であるように思わせる。
⑤多数幻想:大勢が同意しているから真実であると思わせる。
社会の大きな動きや、時代の流れなども使われる。
仲間外れ、孤立の恐れを協調する。
⑥常識幻想:一般社会の常識だから真実であると思わせる。
慣習、習慣、習俗、伝統、規律を重視する。
⑦大人幻想:「空気を読む」を重視し、その場での流れを阻害しないよう、
すみやかにものごとが進むように、「大人の対応」を強いる。
組織や集団で、和を乱すような行いを牽制する。
⑧不安幻想:不幸になる原因を呼ぶ、不幸な結果になるなど、不安や恐れを煽る。
具体的な恐れだけでなく、漠然とした恐れを持ち出すこともある。
さらに恫喝や脅迫まがいの、被害や身の危険を感じさせる恐怖幻想もある。
⑨劣等幻想:無知である、理解出来ない、時代遅れである、幼稚である、愚かであるなどの、
劣等を恐れさせ、蔑みを避けさせ同意させる。
逆に、豊かである、賢明である、品があるなどの、優越幻想もある。
⑩神格幻想:神や仏などの宗教や、自然や運命などが教示している、悟りによる説教など、
理屈で否定できない、人智を超えた高尚な観念論を利用する。
自然崇拝、自然回帰志向もここに含む。
⑫打破幻想:常識に縛られるな、現実に囚われるな、など新鮮奇抜な発想、
イノベーション(改善)、固定観念を打破することを良しとする。
⑬精神幻想:頑張れ、逃げるな、懸命にやれなど、精神論を尊重し、
メンタルを強化を第一とし、人を鼓舞する。
⑭同情幻想:弱者少者、被害者に対する同情、憐れみ、慈愛、救済を尊重する。
人道主義、人権、平等の理想などを持ち出し、容易に否定できない。
⑮正義幻想:道徳的、倫理的に正しい価値観であることを主張して、
悪、邪な者を徹底排除しなければならないという考え。
⑯自己幻想:自分の考えは正しい、自分の勘は正しいなど、根拠なく自分への信頼が強い。
自己の正当化を第一とし、詭弁も厭わない。
自分の考えに反するものは、断固受け入れない。
以上のように、幻想の手段は多数存在する。
これらはそれぞれに組み合わされて使われる。
これらの幻想から人は、おおよそ抜け出すことは出来ない。
幻想を受けて、人はまた幻想を用いる。
なぜ人は、このような幻想を用いるのだろうか。
再び述べよう。
社会は三つの要素で成り立っている。
一つは、確実なもの、いわゆる秩序である。
一つは、未だ不確実、不明瞭なもの、未知や偶然などである。
もう一つが、虚偽である。
そして人は、すべてを確実なものにしたいと欲する。
確実なものはより確実に、わからないものは知りたい、そして虚偽は信じたくない。
しかしそれは無理である。
その不安を避けるために、安心感を得たくて、人は幻想に頼る。
幻想は、疑いなく容易に人を判断させ、動かす。
そして人を支配したい者、社会を動かしたい者は、この幻想を利用するのである。
幻想は時には真実となって、また真実と混ざって、
人々を正しい方向へ導くこともある。
しかし幻想のほとんどは、夢、幻である。
人は幻想に容易にはまり、そこから抜け出せない。
簡単には納得しない、腑に落ちない、
それが幻想ではないかと、絶えず疑う態度は肝心である。
幻想の例として、ふたたび「ヨーグルト伝説」を挙げよう。
ヨーグルトも食品であるから、それなりの栄養はある。
しかしそれ以上に、健康に対しての効能があるように語られる。
だがその効能には、まだ疑問を呈されている。
しかし人々はその効能の幻想に以下の理由で、はめられていく。
・大手企業が多くの優秀な研究員のもと研究開発している。
・効能の根拠を示す論文、科学的データが提示されている。
(若干の効能の差が大きく表示される)
・腸内細菌や善玉菌の働き、腸内フローラルなど、論理が通っている。
・CMなどで効能が伝播されている。著名人が推奨している。
大勢の者がその効能を認め、信じている報告がある。
この「ヨーグルト伝説」のような、真か偽かわからず生み出された幻想は、
たとえ惑わされたとしても、社会的に大きな被害にはならない。
単なる主観、とらえ方、嗜好の問題で収まってしまう。
しかし明らかな虚偽が事実として、社会にまかり通ると、
それは人々の生命を脅かすほどの、大きな影響を持つことがある。
次に、幻想の恐さの例として「ヒトラーの躍進」を挙げよう。
・ヒトラーの演説が劇的であり、人々に感動を与える。感動が信用となる。
また国民の不安を煽り、自分を唯一の救世主と思わせた。
・ヒトラーの信念が論理的、科学的であり、その優秀さから、多くの人々が納得、信頼、支援した。
・貧困・困窮にあった国を経済的に発展させた実行力、対外的に強硬な態度を取るプライドと対応力、
国内での強引な政策への決断力が、国民の多くを熱狂させた。
人々は、恐るべき狂気が潜んでいるとは気づかず、ヒトラーの能力を認め、躍進を許し、
やがて独裁者として、恐怖で支配して反対を許さない体制を築かせてしまう。
だが暴走する幻想は、当時ドイツだけではなく、世界中に広がっていた。
日本も同じである。
封建社会の幻想を引き継いだ軍国主義、先進国の帝国主義を真似て、
過剰な愛国心から、不幸な戦争にのめり込んでいった。
しかし、今は当時と違う。
情報は過剰気味だが、誰もが平等に、多くの視点でものごとを見えるように与えられている。
後は、幻想に惑わされない思考である。
多くの幻想の手段を述べてきた。
社会は人に多くの情報与え、いくつかの真実とともに多くの幻想を見させる。
しかし私たちは、それぞれの情報の真偽を問うて、
いちいちその論拠や証拠、データや分析、エビデンスを求めることは出来ない。
私たちは有限の時間に生きている。
能率的に短時間で、その情報の真偽を予想して、真実か幻想かを見極めなければならない。
今までの知識や思考、経験や感覚などによって、反証がないかを考え、
そこに筋道が立っていれば、納得する。
何となく不信感、違和感、怪しむべき点があっても、おおよそ納得する場合もある。
またそれが誤りであっても、態勢に大きな影響がないと思えば、一応納得する。
その大勢の納得で、社会は動いていく。
ものごとにまつわる幻想を全て排除することは難しい。
しかし幻想が社会に蔓延っていることを、肝に銘じていなければならない。
(23.2.19)