平成19年度

【生殖医療研究部(生殖細胞機能研究室、生殖技術研究室)】

【 平成19年度 】

【目標・存在意義】

当研究部では、受精からヒトとして成長する過程で生じる疾患の成立機序の解明とその予防、診断・治療法の開発をめざした研究を行っている。卵、精子、幹細 胞を主な研究対象としており、さらに、生殖腺、胎盤、心臓、神経系、骨、軟骨、脂肪組織を研究対象に加え、幹細胞の機能を調節する分子機構の解明と臨床応 用をめざした一連の研究を展開している。これらの基盤的研究をさらに臨床研究に進展させることにより、生殖医療ならびに再生医療に貢献することが当研究部 の使命であると考える。

(1)「いのちの萌芽(受精)」のエビデンスに基づいた考え方の提示

受精の膜融合過程は、精子の卵細胞膜への接着、融合、多精拒否からなる一連の現象である。本研究ではその分子メカニズムの解明に挑戦するため、膜融合過 程に関わる因子群を明らかにし、その挙動を可視化することにより、受精における膜融複合体が、時間的・空間的にどのように形成されるのかを解析してきた。 この研究から、不妊治療への道が開かれるとともに、受精以外の膜融合にも新しい概念を提案することができると考えている。

(2)ヒト胚性幹細胞の樹立

国立成育医療センターでは、ヒトES細胞に関する医学研究が、生命倫理及 び医の倫理に基づき、また「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」(平成13年9月25日文部科学省告示第155号)に基づき、適正に行なわれるよ う、ヒトES細胞研究倫理審査委員会(以下「倫理審査委員会」)を設置している。ヒトES細胞樹立研究、使用研究及び細胞の分配に関してそれぞれ規定を定 めている。研究が国の指針に基づいた適正なものであるか倫理審査委員会で慎重に審査を行っている。今後は国の指針を遵守し我々の研究がヒト生命の萌芽の滅 失の上に成り立っていることを常に認識し厳粛にヒトES細胞研究を行っていく。

(3)細胞治療・再生医療

ヒト組織幹細胞を生体外で培養することで増殖させることに成功しており,その分離・同定をする。細胞の生体外における培養技術とそれによる細胞数の確保 とそれに続く分離技術は、再現性の高い生物実験系に基づいた細胞の基盤解明によってのみ可能となるものである。

(4)成育バイオリソースの構築

国立成育医療センターでは、病院内の整形外科、産婦人科、眼科、形成外科と研究所の連携により、骨髄、臍帯血、胎盤、子宮内膜を細胞供給源として研究を 遂行している。臨床研究を前提としたad hoc委員会を設立し、臨床試験研究への具体的なロードマップの作製、医療に提供できる新たなヒト細胞の分離・培養法の開発、ヒト血清ならびにヒト液性因 子のみからなる培養法の開発を行っている。

【前年の評価委員会の指摘に対する改善点】

個々のプロジェクトの更なる発展と臨床への応用を目指し、一層の努力を重ねていく。特に生殖医療研究についてはナショナルセンターの使命を十分理解した 上で、他の病院、研究施設の規範となる研究姿勢、倫理的配慮を示していく。「卵子の老化」の概念を提示し、卵子も年齢とともに老化するという事実を国民に 広く知ってもらい、”卵子の老化により受精能が低下する” ことについて分子レベルで提示することで、それらの科学的事実について世界に先駆けた成果を発表し、人の「いのち」について(科学的意味を含めて)考える きっかけを作っていきたい。また、新しい不妊症治療(生殖補助医療)を国民に長期・安定的に供給すべく、現在は個々の医療機関に任されている生殖医療の科 学的・実用的な品質管理を行い、治療の限界と新しい可能性を科学的に明示するとともに、最終的なアウトプットであるうまれた子供の身体的・精神的 follow upの継続的調査体制を構築することによって、今後わが国が目指すべき新しいリプロダクティブヘルス促進体系を提言していきたい。

【研究プロジェク ト】

1) 受精の膜融合を制御する分子メカニズムの解明と不妊治療への応用

受精は一つの配偶子と、もうひとつの配偶子とが“細胞融合”することよって新しいゲノムの組み合わせを持った次世代が誕生する最初の過程である。そのた め、受精メカニズムの破綻は単なる細胞の機能不全を超えて、生物種の存続にかかわる問題になってしまう。一方、受精の基礎研究には長い歴史があるにもかか わらず、いまだに全容解明には至っていない。特に、精子と卵子の接着機構については、今まで考えられていた概念が完全に否定されてしまったため、それ以降 はほとんど基礎研究が進展しておらず、卵子の細胞膜に存在すると仮定される精子レセプターも不明のままである。受精のメカニズムを解明することは、ひとの 「いのち」について(科学的意味を含めて)考えるきっかけとなる。また、受精は、2つの細胞間で起こるシンプルな細胞融合であるため、他の細胞融合(筋繊 維の形成、骨形成、感染症など)の分子メカニズムを解明するためのモデル系にもなりうる。

2) 卵の老化と胚発生メカニズムの解明から生殖医療への応用

生物には寿命がある。哺乳動物は、その寿命内でも次世代へつなぐ生殖期間は限られている。現在わが国は、出生率(合計特殊出生率)が1.3を下回り、 「超少子化国家」と位置づけられている。一方で、不妊症治療特に生殖補助医療(ART)享受による出生児数は総出生児数の1%を超え着実に増加している。 社会のライフスタイル変化に伴い少子化・晩婚化・晩産化となった昨今、加齢による生殖機能の不可逆的低下に早急に対応する必要が出てきた。卵子ドナーを利 用すると年齢に関係なく高い出産率が得られることから女性30歳以降の妊娠率低下は、加齢による卵子の質の低下と強く関連していることが示唆されている。 女性は限られた生殖期間があり、つまり“生殖寿命”は卵細胞が加齢することでもある。これらの事象を分子レベルで解明し、国民に広く提示していきたい。

3) ES細胞の樹立に関わる技術の確立と機能解析

ヒト胚性幹(ES)細胞は、体を構成するすべての細胞へと分化できる多能性を保持し、増殖し続けることができる極めてユニークな細胞であり、様々な疾患 に対するアプローチとしてその臨床応用が期待されている。しかしながら、ES細胞の樹立には「胚の滅失」が不可欠な行為であるため、倫理的観点から本邦で はヒトES細胞の樹立・使用に対して慎重な対応がなされている。

4) ヒト幹細胞の心筋組織への分化と細胞移植法の開発

現在、骨髄細胞を用いた心不全に対する細胞治療が臨床で始動しているが、間葉系細胞の心筋分化のメカニズムは不明であり、骨髄細胞を用いることがベスト な方法であるか疑問の余地がある。我々の研究室では、骨髄細胞に比べ心筋に高率に分化する間葉系細胞を有し、共培養系を用いることで、生理的に機能する心 筋をin vitroで誘導させる技術を有する。本研究は、細胞治療に用いる細胞源となる組織の選択、細胞の調整という臨床に即した課題と、心筋分化のメカニズムに 迫るものであり、基礎・臨床を包括するまさにトランスレーショナルリサーチといえる。今後も大きな資源が投入されるであろう再生医療分野において、我が国 の知的財産を確立する上でも重要な役割を果たす可能性を有する。

5) 先天代謝異常に対する幹細胞治療法の開発に関する研究

ムコ多糖症(mucopolysaccharidosis: MPS)は、ムコ多糖を分解するライソゾーム酵素の先天的欠損により、全身にグリコサミノグリカンが蓄積し、ガルゴイ様顔貌、骨変形、肝脾腫、呼吸障害、 心臓弁膜症、角膜混濁、難聴、精神運動発達遅滞などの多彩な症状を呈する遺伝性疾患である。欠損している酵素によりI型からVII型の病型に分類される。 症状は進行性で、早いもので10歳頃までに死亡する予後不良な疾患である。治療法として骨髄移植、酵素補充療法があるが、骨髄移植では重篤な副作用 (GVHDや生着不全に伴う重症感染症)が問題となる。酵素補充療法は効果が一過性であるため頻回投与せざるを得ず、莫大な費用がかかり、定期的な通院を 一生涯続ける必要がある上、角膜や脳や軟骨などのように血流を介する方法では到達できない場所がある。そのため、安全で有効な新規治療法の開発が急務であ る。我々の研究室ではVII型の酵素であるβグルクロニダーゼが欠損しているマウス(MPS-VII型マウス)を有しており、幹細胞移植を用いた治療法の 開発研究を行っている。

6) 成育バイオリソース−ヒト臍帯血・子宮内膜・月経血・胎盤・軟骨・骨髄・眼球由来幹細胞−の単離技術の開発、多分化能の同定

ヒト由来組織(成育バイオリソース:月経血、臍帯血、末梢血、胎盤、子宮内膜、指、眼球、軟骨等)のヒト間葉系細胞についての維持管理・品質管理・保存 に関する技術革新を行う。我々の樹立した細胞株を日本国内の公的細胞バンク(独立行政法人 医薬基盤研究所)に登録し、他の研究施設より要請があった場合 に高い安全性を有し、標準化された培養システムによって増殖する間葉系細胞を提供できる体制を構築する。また、バンク化された細胞自身が多分化能を保持し ており、細胞の遺伝子発現データベース・分化形質・ゲノム情報を伴った提供システム構築ならびに技術革新は、再生医療、がん、循環器疾病への基盤資源とな り、科学立国を目指す社会への貢献度は極めて高い。再生医療、細胞移植に関し、現在「ヒト幹細胞等を用いる臨床研究に関する指針(平成18年9月)」に関 する議論が厚生労働省科学技術部会ヒト幹細胞を用いた臨床研究のあり方に関する専門委員会およびヒト幹細胞治療臨床研究指針の策定に関するワーキンググ ループで進められている。細胞移植が具体的な治療法として確立されつつあるが、実験的な治療が日常的な治療法の選択肢となるためには、治療に用いる細胞に 関して再現性を保証するための基準がぜひとも必要である。現在、ヒト細胞の明確なバリデーション方法は、国内外で模索されており、一定のコンセンサスは得 られていない。細胞自体を生体内マイクロデバイスとして利用する新たな治療戦略を現実するために必要なステップとして、1)細胞の分離培養技術の確立、 2)細胞のカタログ化、3)細胞品質管理の標準化がある。世界に向けて有用な細胞のを発信してゆくことは重要であり、本研究成果は日本国内のみならず世界 標準(ゴールデン・スタンダード)となる可能性が高い。

7) 安全で高品質な細胞提供技術の開発

国立成育医療センター研究所の施設に有する機関内細胞プロセッシング・センターにおいて、日本国内の研究施設より要請があった場合に高い安全性を有し、 標準化された培養システムによって増殖する間葉系細胞を提供する。間葉系細胞を用いた細胞治療に関する倫理性および安全性のdue processを提示することになり、この提示された過程に従い、提供医療施設を増やしていくことになる。現在の間葉系細胞培養に使用されている条件は、 ウシ血清、ウシ胎児血清、ならびに動物細胞、大腸菌等で作製されたヒト増殖因子が利用されており、外来種由来感染源の混入は否定できない。このため治療法 としての安全性、有効性の基準の確立は急務である。

【研究の概 要】

1) 受精の膜融合を制御する分子メカニズムの解明と不妊治療への応用

CD9欠損マウスより排卵された卵を用いて体外授精を行ったところ、CD9欠損卵ではほとんど受精が起こらず、多数の精子が透明帯と卵細胞膜のすき間に溜 まった状態になることが観察された。そこで、透明帯を人為的に除去したCD9欠損卵に精子を加えると、精子は卵細胞膜には結合するが、融合はきわめて稀に しか起こらなかった。すなわち、CD9欠損卵では、精子の透明帯への結合、透明帯の通過、卵細胞膜への結合は起こるが、続いて起こるべき膜融合がほとんど 観察されず、その段階で精子が止まったままの状態になっていることが明らかになった。抗CD9抗体によってもCD9欠損卵とよく似た膜融合の異常が観察さ れたことから、CD9は卵細胞膜の表面で精子側の因子との相互作用に何らかの役割を担っており、膜融合過程のいずれかのステップに必須であると考えられ る。受精の膜融合過程でのCD9の機能を、更に詳細に検討するため、mRNAをマイクロインジェクションすることにより、マウス未受精卵に外来性蛋白質を 発現させる実験系を確立した。そこで、様々な変異体を使って膜融合の有無を検討したところ、膜融合におけるCD9の機能にはC末端にある23アミノ酸が必 須であることが明らかとなった。さらに、CD9のN末端にEGFPを融合させた蛋白質を卵子特異的に発現するトランスジェニックマウスを作製し、受精前後 でのCD9 の経時的な局在変化について調べたところ、受精前後でのダイナミックな局在の変化が明らかになってきた。現在、CD9を手がかりとして、受精の膜融合を制 御する分子メカニズムの全貌に迫ろうと奮闘している。 昨年度までに、共焦点レーザー顕微鏡を使ったイメージングシステムを確立した。この実験系を用いて受精の膜融合を観察した結果、膜融合前後での卵細胞膜 の動態を明らかにすることができた。現在、この分子機構を解明するため、数種類の遺伝子改変マウスを作製中である。

2) 卵の老化と胚発生メカニズムの解明と生殖医療への応用

初期胚の網羅的遺伝子発現解析より初期胚に特異的に係わる新規遺伝子群と個体の加齢にともなって卵子で大きく変動する遺伝子群を同定してきた。今年度 は、それら重要な遺伝子群のin silicoからin vivo解析に発展させ、Northern Blottingによる発現レベルの確認を行った。同時に新規遺伝子のノックダウン法による機能解析を行うため、まず遺伝子発現ベクター作成を行った。

3) ES細胞の樹立に関わる技術の確立と機能解析

昨年度までにマウスES細胞樹立無血清化培地システムを開発し、60種類ほど新たに樹立することに成功している。無血清培地、無フィーダー細胞環境の簡素 化したES細胞樹立・培養維持システムを開発し、臨床応用へ向けた幹細胞培養システムの実験系を立ち上げた。また、顕微マニュピレーションシステムを用い た体細胞核移植システムを構築し、体細胞核移植由来ES細胞樹立の実験系を構築した。今年度は、ヒト組織よりフィーダー細胞を樹立し、DNAマイクロアレ イ解析よりES細胞維持に適したフィーダー細胞を選定し、ヒト胎児癌(EC)細胞とカニクイサルES細胞培養により未分化性維持を検定するES細胞に適し たヒトフィーダー細胞検定システムを確立した。 また、ヒトES細胞の樹立に向けて国立成育医療センターでは、ヒトES細胞の樹立と使用の研究に関して国の指針、社会情勢、胚の提供者の個人情報保護と倫 理的配慮を十分に考慮し、倫理審査委員会にて審議を重ね承認された。文部科学省の「特定胚およびヒトES細胞等研究専門委員会」の審査においても我々の樹 立計画が確認された。今後は国の指針を遵守し我々の研究がヒト生命の萌芽の滅失の上に成り立っていることを常に認識し厳粛にヒトES細胞研究を行ってい く。

4) ヒト幹細胞の心筋組織への分化と細胞移植法の開発

本研究は、ヒト組織由来の幹細胞を用いて心筋細胞を作製し、心筋細胞移植のドナー細胞を開発することを目的としている。昨年度までに骨髄幹細胞から心筋細 胞への分化誘導法の開発、再生心筋細胞の遺伝子発現とイオンチャネルを解析し、心筋分化に伴ってイオンチャネルが経時変化することを明らかにした。また、 GFPあるいはLacZトランスジェニックマウスの骨髄細胞をSCIDマウスに骨髄移植すると、心筋梗塞時に骨髄より移動し、一部が心筋細胞に分化するこ とも明らかにした。TERT、E6、E7、およびBmi-1を遺伝子導入することにより寿命を延長したヒト骨髄間葉系幹細胞を用いてin vitroとin vivoにおいて心筋への分化条件を検討した。さらにマウス胎児心筋細胞と共培養することで心筋への分化誘導の系を確立した。 今年度はさらに胎盤、子宮内膜、臍帯血、臍帯など、その採取・研究利用にあたり倫理委員会の審査を経た組織を用いて、同様の検討を行った。現在、間葉系細 胞の心筋分化にはマウス心筋との共培養が必要である。マウス心筋との共培養が、どのようなメカニズムで間葉系細胞の心筋分化に影響するのかは、いまだ想像 の域を超えていないが、マウス心筋からの分泌物質、物理的刺激、細胞融合などの要素が考えられている。細胞融合に関しては、我々のこれまでの研究により、 マウス心筋と間葉系細胞との間にコラーゲン膜を挟んだ状態でも、間葉系細胞の心筋分化が得られることから、否定的な考えを持っている。分泌物質の探索は、 無血清培地を用い、マウス心筋から分泌される物質、間葉系細胞から分泌される物質を、クロマトグラフィーを用いることで同定することを計画している。

5) 先天代謝異常に対する幹細胞治療法の開発に関する研究

先天代謝異常症、とくにリソゾーム蓄積症の分子遺伝学的、細胞生物学的研究は、近年急速な進歩を遂げ、遺伝子変異の解析や病態の解明から新しい治療法の開 発へと研究の主体はシフトしている。本研究では、先天代謝異常を対象として骨髄間葉系細胞を含めた体性幹細胞を利用した細胞治療法の確立に向けた基盤研究 を行う。さらに、これらの幹細胞を臨床応用するための安全かつ効果的な培養システムの確立をめざしている。準備段階として、ヒト骨髄由来の間葉系幹細胞の 単離および多分化能の研究を行ってきた。さらにムコ多糖VII型モデルマウスを用いた細胞治療法の安全性と治療効果を検討した。 臨床チームにより、クリコサミノグリカンの分解を触媒する酵素を欠損したことより発症するライソゾーム蓄積症の一つであるムコ多糖症を対象疾患とした臨床 プロトコールを作製し、診断基準、治療適正条件などを明確にした。 新規のヒト細胞供給源となるヒト細胞培養システムとして、月経血、臍帯血より間葉系細胞の培養を開始しており、それらが複数の分化形質を示すことを明ら かにした。また、ヒト血清ならびにヒト液性因子のみからなる培養法を確立し、non-stress培地として数施設に提供し、有用性について検討を行っ た。胎児期における細胞移植法についても検討を行い、遺伝性ヘモグロビン異常症モデルを用いて、ドナー細胞の種類による治療効果の違いについても検討を 行った。細胞移植における免疫寛容の誘導は、必要不可欠な課題であるため、今後も検討を行う。

6) 成育バイオリソース−ヒト臍帯血・子宮内膜・月経血・胎盤・軟骨・骨髄・眼球由来幹細胞−の単離技術の開発、多分化能の同定

ヒト体性幹細胞は、ドナーの性質に影響されるため、現在に至るまでその定義はまちまちである。そのため、臨床応用を考えた際に治療効果の判定が困難であ る。本研究では、細胞表面に発現しているタンパク受容体、細胞表面の糖鎖などを用いて、ヒト幹細胞の指標となるマーカーの同定を行っている。細胞表面タン パク受容体は、いくつかの抗体で間葉系幹細胞特異的な反応が見られた。細胞表面糖鎖については、新たにレクチンのファージ・ライブラリーを用いた間葉系幹 細胞の新規の評価システムを開発中である。 本年度の成果は、ヒト細胞取得に関する倫理的な手続きを明確にできたことと、実際にヒト細胞を培養することに成功したことである。その過程で、月経血、臍 帯血、骨髄よりヒト幹細胞を得ると同時に、ヒト血清ならびにヒト液性因子のみからなる培養法およびフィーダー細胞について、最適の細胞を同定し、その培養 法を確立した。また、得られたヒト間葉系細胞に対して、網羅的発現遺伝子解析(GeneChipによる遺伝子網羅的解析)ならびにモノクローナル抗体を用 いた既知の分化形質解析を行った。ヒト間葉系幹細胞の分化能検定システムについては、細胞培養系での分化誘導法の決定と免疫不全動物への移植による生着、 組織構築能を検討中である。また、細胞表面糖鎖を用いた細胞規格設定についてはマウス骨髄由来細胞を用いて、特異的に発現するレクチンマーカーを数種発見 した。

7) 安全で高品質な細胞提供技術の開発

前年度までに、CPC(セル・プロセッシング・センター)を使用したヒト幹細胞の培養ならびに臨床研究への供給を課題として、研究部横断的な推進体制を 構築した。手順書の整備を完了した。 今年度は実際にそれらの手順に従って、細胞培養をおこなった。その上で基準・手順の見直しと患者検体の受け入れから出荷まで全ての手順を網羅した模擬培 養を行った。この作業で得たデータを基に再度基準、手順の見直しを図り、委員会承認後第一例目の臨床研究をスタートさせる。