草細胞は骨芽細胞 -細胞治療の可能性をここで論じよう-

1999年 記載

KUSA (草) 細胞は骨芽細胞!

KUM細胞は心筋細胞?

- 細胞治療の可能性をここで論じよう -

草刈 悟、丸山 達也、秦 順一、梅澤 明弘

慶應義塾大学医学部病理学教室

”からだのなかで造血を誘導できるようなひとつの細胞由来の骨髄間質細胞株はできないだろうか?”

一番はじめの動機はこんなものでした。

当時(10年ほど前)は、現在臨床医学で利用されているような血液の増殖因子も単離されておらず、骨髄間質細胞が有する骨髄幹細胞誘導能ならびに間質細胞より産生される増殖因子による血液細胞の支持能はきわめて魅力的な研究対象であり、その分子の同定は重要な目標でした。そのなかで研究室内で培養していた骨髄間質細胞のひとつがマウスに移植すると白血球系、赤芽球系、巨核球系の三系統の血液細胞を誘導するのをみて、興味深く思いました。この系は再現性はありませんでした。

ヌードマウスに移植されているヒトないしマウスの腫瘍細胞の腫瘍内に造血が誘導されているような場合は無いわけですから、骨髄間質細胞が生体内で三系統の血液細胞の分化を引き起こしたのは驚きでした。間違いなく、骨髄間質細胞の膜上に特異的に発現される血液幹細胞を接着させる分子か、間質細胞が産生する遊送因子がこの造血に働きかけているものと考えました。この造血を誘導する作用は骨髄間質細胞にしかないと信じたわけです。

『血液幹細胞を体のなかで誘導できる骨髄間質細胞株の単離および同定』にとって必要なことは丹念にマウスより採取した間質細胞の培養を行っていくことで、時間と労力と運が必要と思われました。幸運なことは、5人の研究員が興味をもってくれてこの単純な作業に参加してくれたことです。不死化した間質細胞を同系統または免疫不全のマウスに注射し、造血ができたかどうか組織形態学的に決定するわけです。

運良く初めに計画してから3年くらいで、再現性よく生体内で造血誘導能を有する骨髄間質細胞を得ることができ既に報告しました(Umezawa, A., Maruyama, T., Segawa, K., Shadduck, R.K., Waheed, A., and Hata, J-I.: Multipotent marrow stromal cell line is able to induce hematopoiesis in vivo. J. Cell Physiol. 151: 197-205, 1992)。この極めて興味深い骨髄間質細胞株を得る過程は特記すべきことはなく、根気と運によっているのでここでは触れません。

この細胞株はサブクローニングを繰り返し、単一の細胞株として考えられるにもかかわらず、多分化能を有していることにこの細胞の性格付けをしているうちに気づきました。即ち、通常の培養では線維芽細胞の形態を保持しているにもかかわらず、分化誘導によって骨細胞、心筋細胞(筋細胞)、脂肪細胞へと分化するわけです。多分化能といいましてもEC細胞やES 細胞の様に三系統の細胞に分化するわけではなく、間葉系の細胞(中胚葉)のみへの分化を示します。

同系のマウスかまたは免疫不全のマウスに皮下移植しますと2週間ほどで骨髄ができ、4週間ほどで造血が誘導されてきます。移植部位に造血は誘導され、その中に血液幹細胞が存在していました。今度は再現性がありました。もちろん、理論的には予想できましたが実際に造血を誘導できる細胞の単離ができるとは半信半疑であったので、皮下の腫瘤を半分に割った時に真っ赤な血液がみられたときは少々、興奮しました。この細胞自体が血液細胞になってしまうのではないかとも思いましたが、実験によりこの考えは否定されました。血液細胞がこの細胞を移植した部位に辿り着いている訳です。

この細胞をマウスの尾静脈より注射しますと、2週間以内に肺に骨組織を形成します。細胞が骨組織を誘導するのか、またはこの細胞自体が骨芽細胞なのかが分からなかったので diffusion chamber という小部屋に細胞を入れる実験を行ったところ、その小部屋の中に骨が形成されたので、その細胞が骨芽細胞であることが明らかとなりました。

その後、2年の間にその骨芽細胞のサブクローニングに成功し、その細胞をKUSA細胞(草細胞)と名付けました。慣用的に研究室内で培養をしている者の名前をとったこともありますが、素人ががんばって樹立した細胞という自嘲した意味も含めてあります。KUSA 細胞は、1)骨形成を促進する薬物のスクリーニングのアッセイ系 2)骨の材料となったり骨の代わりとなるバイオマトリックスの検討 3)新しい骨形成因子が存在する可能性 4)基礎生物学的に骨芽細胞の分化機構の解明に、現在、利用できると考えています。

前述しましたように、元の細胞は心筋細胞(筋肉細胞)にも分化します。DNA のメチル化を阻害する物質を処理することで、自然に収縮するまでになります。その収縮はリズミカルで、心筋細胞の初期培養の収縮に似ています。形態学的にも、電子顕微鏡レベルで骨格筋というよりも心筋細胞に類似しています。また、心筋型のギャップ結合蛋白質を発現しています。この細胞は、所属する慶應義塾大学医学部の頭文字をとってKUM 細胞と名付けました。

これらの細胞株は、いままで初期培養を利用したり、分化しない細胞株を利用してきた骨ならびに心筋細胞の分化の機構の解明する研究に利用できます。いずれの細胞も通常の培養で再現性の高い分化形質を保持し、増殖も極めて速く、私どもが実際に培養したことのある細胞のなかでももっとも培養しやすい細胞です。

私たちの結果を医学に応用することはできないでしょうか。骨髄間質細胞は、血球系の細胞を除けば他の組織にくらべて骨髄より比較的容易に得ることができます。この間質細胞が骨芽細胞の、そして心筋細胞の供給源になることができる可能性をこの細胞株の樹立の事実は示しています。さまざまな困難はあるでしょうが、骨芽細胞は治癒しにくい骨折部位に移植することで、そして心筋細胞は心筋が壊死に陥った部位に移植することで治療に役に立つ可能性があるわけです。本人の骨髄より得られるわけですから拒絶反応はなく、ヒトの細胞は不死化しにくしことを考えれば腫瘍化の危険もありません。克服すべき点は多々ありますが、この様なことを最近考えています.