食道

3 上部消化管(食道,胃)

1 食 道

上部消化管疾患は,最も頻度の高いものである.特に内視鏡検査の発達している日本では,病理検査のうち消化器内視鏡検査が占める割合が非常に高い.

a 検体の取扱い ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1)内視鏡材料

通常,生検部位の記載は門歯からの距離で記載される.また,採取時には前後壁,左右壁の記載も重要である.固定は通常10%ホルマリン液で行われる.生検材料の病理診断に際しては,食道粘膜と直角方向からの切片が必要なことを考慮し,検体処置をする必要がある.

また,粘膜切除法や内視鏡的切開・剥離法の手法(図1)により,より広範囲の粘膜切除が行われるようになった.その際,固定は内視鏡画像と一致させる必要がある.そこで,検査をする病理医とともに固定番に貼り付け,生体内での形態,位置情報を正確に保つとともに,必要な切除断端の情報を伝えることが重要である.

2)手術材料

食道の手術材料は短時間で短縮する.したがって手術後,リンパ節郭清と同時に固定板に貼り付ける必要がある.

b 先天異常と形成異常 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1)異所性胃粘膜

食道内視鏡検査で10%程度に観察される.上部食道に多くみられる.肉眼的には境界明瞭で,類円形の発赤した病変としてみられる.

2)Barrett食道

食道胃接合部から3cm以上にわたって食道の粘膜の上皮が円柱上皮よりなっているものをいう.この上皮に潰瘍(Barrett潰瘍)や腺癌(Barrett腺癌)が発生する.

3)食道閉鎖および食道気管瘻

食道閉鎖と食道気管瘻は食道において最も多くみられる先天異常である.2,000出生に1例の割合でみられる.また,本疾患の患者は他の消化器系や心血管系の奇形を合併することが多い.

c 炎症性疾患 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1)逆流性食道炎

胃液,胃内容物の逆流によって引き起こされる炎症で,びらん潰瘍形成がみられる.近年の人口の高齢化に伴い増加傾向にある.肉眼的には不規則な地図状の発赤,びらん,潰瘍形成がある.組織学的には,非特異的な炎症で急性期には,好中球浸潤が主体で,慢性期には線維化もみられる.

2)その他の食道炎

他の食道炎で頻度が高いものにカンジダなどによる真菌性食道炎がある.本疾患の確定診断は,組織での菌体の確認である.したがって,真菌性食道炎を疑う場合には,病理検査の申込用紙には,PAS染色のオーダーを忘れない.

d 腫瘍性疾患 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1)良性腫瘍および腫瘍様病変

a)乳頭腫

内視鏡検査の発達に伴い,臨床的に高頻度でみつかるようになった.多くは無症状で,検査の際に偶発的にみつかる.組織学的には,扁平上皮の乳頭状の増生が特徴的で,上皮には異型を認めない.なお,mini lecture 1も参照のこと.

b)グリコジェニックアカントーシス

内視鏡的には,扁平な隆起性病変で白色を呈することが多く,ヨード染色で強く染色される.組織学的には,グリコーゲンを含む扁平上皮細胞の過形成からなる.

c)平滑筋腫

平滑筋腫は食道の非上皮性腫瘍のうちで最も頻度の高い腫瘍である.好発部位は中部食道に多く,食道の内輪筋から発生するものが多い.肉眼的には,粘膜下腫瘍の形態をとる.組織学的には,紡錘形で好酸性の細胞質を有し,楕円形の核をもつ細胞が,相交錯して増殖する.近年GIST(gastrointestinal stromal tumor)の概念が確立され,平滑筋腫とのオーバーラッピングが指摘されている.免疫染色ではα-smooth muscle actin, desminが陽性で,KIT陰性である.

2)上皮性悪性腫瘍

a)食道癌の特殊性

食道上皮には,細胞中に種々の程度でグリコーゲンが存在する.Lugol染色はグリコーゲンの染色であり,細胞内のグリコーゲンの含有量で染色性が異なり,不染の程度で病変の質を予測することが可能である.明らかな扁平上皮癌では不染となり,炎症や再生性の変化で表層細胞のグリコーゲンの減少があると不染になりやすい.一方,食道癌においては,肉眼型と組織型には強い関連性があることから,隆起型では特に細かな分類が用いられている.表1に食道癌取扱い規約第10版による肉眼型分類を示すが,胃癌や大腸癌など他の消化器癌と異なり,細かな亜分類が特徴である.また,癌の深達度の記載も,他の癌と同様に癌取扱い規約に細かく規定されている.

3)組織分類

a)扁平上皮癌

食道癌の90%以上を占める.充実性の胞巣を形成し,重層扁平上皮への分化を示す癌である.角化の有無と程度により高分化,中分化,低分化に分類される.疣状癌(極めて高分化な乳頭状発育を示す扁平上皮癌)は食道ではまれである.

b)類基底細胞(扁平上皮)癌

基底細胞に類似した小型の細胞が,充実性胞巣ないし索状に増殖し,時に不規則な腺様,小嚢胞様構造を示す.通常の扁平上皮癌よりも予後が悪いとされる.

c)癌肉腫

上皮性の悪性腫瘍(癌)の成分と非上皮性の悪性腫瘍(肉腫)様成分を有する腫瘍である.本腫瘍は,肉眼的には細い茎を備えた隆起性病変を形成することが多い.また,上皮内癌を伴っていることもしばしばみられ,予後は通常の扁平上皮癌に比べて良好である.

d)腺癌

食道癌のなかで,頻度は低くBarrett食道から発生するものがほとんどである.まれに異所性胃粘膜から発生する腺癌もある.

e)腺扁平上皮癌

腺癌と扁平上皮癌の両成分が混在する癌である.食道癌では,進行扁平上皮癌の相当数に腺癌の成分があるため,いずれかの成分がおよそ20%以下の場合は腺扁平上皮癌とは分類しない.

f)粘表皮癌

扁平上皮癌の一部に粘液含有(腺癌)細胞を含む癌である.通常明瞭な腺管構造は認められない.

g)腺様嚢胞癌

唾液腺の同名腫瘍と同様の組織形態を示す癌で,食道癌のなかでは極めてまれである.

h)未分化癌

分化の方向の不明瞭な癌である.小型ないし大型の腫瘍細胞が特定の構造や細胞分化を示さず,充実性に増殖している.頻度は日本では1.6%とされ,通常の扁平上皮癌に比べて予後は悪い.

4)非上皮性悪性腫瘍

a)gastrointestinal stromal tumor(GIST)

平滑筋腫とほぼ同様の組織像を呈するため,免疫染色なしでは,平滑筋性の腫瘍との鑑別はできないこともある.免疫染色でKIT陽性例がGISTと判断される.CD34も80%の症例に陽性である.

b)悪性リンパ腫

他の消化管に比べて,発生頻度は低い.多くはB細胞リンパ腫である.

c)悪性黒色腫

食道扁平上皮は皮膚と同様にメラニン色素を産生する細胞が存在するため,極めてまれに悪性黒色腫がみられる.原発であるとの確認のためには,基底細胞部にメラニン産生性の腫瘍細胞の確認が必要である.

2 胃

a 検体の取扱い ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1)内視鏡材料

切除後,直ちにホルマリン固定するのが原則である.また,採取部位の記載も忘れてはならない.粘膜切除法(endoscopic mucosal resection;EMR)や内視鏡的切開・剥離法(endoscopic submucosal dissection;ESD)の取扱いは「食道」の項にも記載したが,粘膜を軽く進展しながら,固定板に虫ピンで貼り付ける.

2)手術材料

切除された標本は速やかに切り開くと同時に,病変の肉眼観察を行う.その後速やかに固定を行う(図2).

b 胃生検診断分類 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

胃癌取扱い規約で,胃生検の診断基準が表2のように決められている.

また,胃生検組織診断基準(Group分類)はあくまでも生検(鋏切生検〈punch biopsy〉)に適応されるものである.手術材料やポリペクトミー,ホットバイオプシー,EMR,ESDには用いるものではない.

c 先天異常と形成異常 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1)先天性幽門狭窄

乳児嘔吐症の原因となる.幽門輪を中心として,硬い壁肥厚と幽門輪の狭窄をきたす.

2)異所性膵(迷入膵)

本来の膵から解剖学的に異所性に存在し脈管の連絡も欠く膵組織を指す.副膵,迷入膵ともよばれる.80%が胃幽門部,十二指腸,上部空腸に存在し,まれに回腸,腸間膜,胆道系,肝,脾,Meckel憩室,虫垂などにもみられる.大きさは0.2?4.0cmまでが大部分で,多くは単発である.通常粘膜下組織内に上皮で覆われた結節状腫瘤として触れる.組織学的には正常膵組織と全く同じ構造を有し腸管内に膵管が開口しているものやLangerhans島を欠くもの,腺房細胞を欠くもの,導管組織を欠くものなど様々である.

d 胃 炎 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1)急性胃炎

胃粘膜に表層性の浮腫,充血,出血,壊死,びらん等の変化が認められる病態を急性胃炎とよぶ.これらのうち,内視鏡検査において,急性出血性胃炎,出血性びらん,急性潰瘍を認めるものは,特に急性胃粘膜病変(AGML)とよばれている.

2)慢性胃炎

慢性胃炎は現在のSydney systemではnon-atrophic typeとatrophic typeに分類される.non-atrophic typeは,固有胃腺の萎縮はなく,粘膜表層部の固有層にリンパ球,形質細胞浸潤を認める表層性胃炎である.この状態で好中球浸潤を認める場合は活動性炎症とされ,多くはヘリコバクター・ピロリ菌(HP)の感染によると考えられる.

3)特殊な胃炎

a)アニサキス感染性好酸球性胃炎

アニサキスによる胃壁の反応性病変である.アニサキスの胃壁への侵入により,胃粘膜内に,好中球,リンパ球,好酸球が浸潤する.

b)結 核

血行性の感染による結核病巣が胃にも起こる.肉眼的には,多発性のびらん,小潰瘍,病理組織学的には,乾酪壊死を伴う類上皮肉芽腫がみられる.

c)Crohn病

胃のCrohn病変は,腸管Crohn病が存在するときのみ診断可能である.

d)サルコイドーシス

全身性のサルコイドーシスの胃病変として発症するものと,胃のみに限局して起こるものとがある.病理組織学的には,乾酪壊死を伴わない,類上皮肉芽腫がみられる.

e 胃潰瘍 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1)消化性潰瘍

消化性潰瘍は,攻撃因子(塩酸,ペプシン,ガストリン)と,防御因子(壁を守る粘液の分泌)とのバランスが崩れた結果,粘膜が傷害されるものである.また,近年胃潰瘍の発生原因として,HP感染が注目されている.HPのCagA蛋白による発癌メカニズムも明らかになりつつある.

消化性潰瘍は,組織学的にはUl-I,-II,-III,-IVに分類される.Ul-Iは粘膜のみの欠損(びらん)で,Ul-IIは粘膜筋板の欠損,Ul-IIIは固有筋層までの欠損,Ul-IVは胃壁全層の欠損である.

2)Zollinger-Ellison症候群

本症候群は,ガストリン産生性の膵内分泌腫瘍(ガストリノーマ)を合併し,大量のガストリン分泌により胃酸分泌が亢進し,潰瘍が発生する.

3)Mallory-Weiss症候群

激しい嘔吐の繰り返しなどの刺激により起こる.胃・食道境界部から胃体部に向かって,縦走する幅の広い潰瘍が特徴である.

f 胃ポリープ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1)腺窩上皮型過形成性ポリープ

胃ポリープのなかで高頻度にみられる.組織学的には,腺窩上皮過形成による腺管の延長と,その内腔の不規則な拡張が特徴である.

2)胃底腺ポリープ

胃ポリープのなかでも代表的なものである.胃底腺の限局した肥厚を示すポリープである.組織学的には,胃底腺の過形成と増生する細胞の小嚢胞形成がみられる.

3)特殊な消化管ポリープ,ポリポーシス

胃,小腸,大腸に系統的に分布するポリポーシスがある.これらには,?家族性大腸腺腫症,?Peutz-Jeghers症候群,?Cronkhite-Canada症候群,?若年性ポリポーシス,?lymphomatous polyposis,?von Recklinghausen病がある.

g 胃腺腫 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

胃腺腫は内視鏡的には,隆起性病変としてみられ,大部分がIIa様の扁平な隆起性病変である.組織学的には,軽度,中等度,高度異形腺腫に分類される.軽度ないし中等度の異型腺腫は良性腺腫であるが,高度異型腺腫は良性悪性境界領域病変とされる.軽度ないし中等度の異型腺腫は,組織学的にはその多くは腸型で,腺管内腔に刷子縁と杯細胞,Paneth細胞の出現頻度が高い.異型腺管は,基底側に配列する紡錘形核を有する.高度異型腺腫では,異型腺管の密度も高くなり,個々の腺管には杯細胞,Paneth細胞の減少,核/細胞質比の増大がみられる.

h 胃 癌 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1)肉眼分類

胃癌の肉眼分類は,胃癌取扱い規約の分類が使われる.

基本形として表3の5型に分類される.

2)早期胃癌の定義

早期胃癌とは“癌の浸潤が粘膜内か粘膜下層に留まるもので,リンパ節転移の有無は考慮に入れない”と定義されている.つまり癌の胃壁内浸潤度によって決められたもので,癌の大きさを考慮したものではない.早期胃癌の肉眼像は0型(表在型)で,さらに亜分類された肉眼分類(表4,図3)を使用する.

3)組織分類

表5を参照されたい.

i 悪性リンパ腫 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新WHO分類が広く使用されている(「リンパ腫」の項参照,p.135).消化管悪性リンパ腫は節外性リンパ腫の約30%を占め,胃に最も多く発生する.大部分がB細胞性で,なかでもMALT(粘膜関連リンパ組織)リンパ腫が最も頻度が高い.

1)MALTリンパ腫

胃のMALT(mucosa-associated lymphoid tissue〈粘膜関連リンパ組織〉)リンパ腫はHP感染と密接な関係を有している.本腫瘍においてHP感染は90%以上に証明され,胃のMALTリンパ腫では,HPの除菌によって腫瘍の退縮や消失がきたされることがある.組織学的には,リンパ球が粘膜内の腺管に浸潤することで形成されるlymphoepithelial lesion(LEL)が特徴的である.

2)びまん性大細胞性B細胞リンパ腫

高悪性群に属するリンパ腫である.後天性のリンパ組織(MALT)に関連なく発生すると考えられる.

3)濾胞性リンパ腫

腫瘍性の濾胞を形成するリンパ腫で,胃より十二指腸に多くみられる.免疫組織学的にCD10とbcl-2が有用である.

j 胃腸管間質腫瘍(gastrointestinal stromal tumor;GIST) ・・・・・

GISTとは胃壁に存在するCajal介在細胞由来の腫瘍細胞と考えられる.Cajalの介在細胞はチロシンキナーゼ受容体であるKITを発現しており,GISTでは,KIT遺伝子の変異が多くみられる.組織学的には,大部分のGISTは紡錘状形態を示した細胞からなる(紡錘形細胞型)が,上皮様形態を示す細胞からなる(類上皮型)もある.また,GISTの診断には組織学的な所見に加え免疫組織化学染色が必須である.GISTのほぼ100%がKIT陽性を示し,約70%がCD34陽性,約20%がα-SMA陽性(多くの場合,部分的かつ弱く発現)を示す.

悪性化の基準となる臨床病理学的因子は5cm以上の腫瘍径,周囲臓器浸潤,血行性転移(ほとんど肝),腹膜播種(腫瘍破裂),病理診断において強拡大の50視野当たり10個以上の腫瘍細胞分裂像数である.これらのうち一つ以上に該当するものは悪性GISTと判断される.

k 平滑筋腫瘍 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

組織学的にはGISTとの鑑別は困難である.免疫組織化学染色では,デスミン,α-SMAが陽性でS-100,KITが陰性である.

mini lecture 1

上皮内腫瘍

WHO分類の定義によれば,上皮の構造ならびに細胞の異常から腫瘍と判定される病変のうち,上皮内に限局する病変を指す.この病変は,従来日本で異形成とよばれてきた病変である.しかし,食道扁平上皮の異形成については,研究者によって異形成を前癌病変として定義しているもの,あるいは,癌との診断のむずかしい病変を異形成とするもの等,様々な意味で使用されてきた.しかし,『食道癌取り扱い規約』の第10版には,はじめて異形成を上皮内腫瘍と分類することになった.上皮内腫瘍はさらに低異型度上皮内腫瘍と高異型度上皮内腫瘍に分類される.従来,上皮内癌(carcinoma in situ)と診断されていた病変は,高異型度上皮内腫瘍に分類される.