細胞死阻止作用を有するbcl-2 familyであるEAT/mcl-1

ヒトEC細胞の分化初期に単離された

分化関連分子EATの生物学的機能

eatに関すること ---細胞死を阻止することで知られる bcl-2のファミリーであるEATがヒト精巣腫瘍の分化課程で単離されてきてしまった話---

梅澤 明弘(慶應義塾大学医学部病理)

多分化能ヒト胎児性癌(以下,EC)細胞はヒト胚細胞腫瘍の発生機構の解明に重要であるばかりでなく,倫理的な制約で取り扱い不可能なヒトの初期胚の分化・成熟機構解明の実験モデルとしても有用である.著者らのグループは精巣由来混合型胎児性癌から新たに樹立された多分化能EC細胞数種を用いて,その分化形質の動的変化を蛋白レベル,mRNAレベルで解析した.その結果,NCRーG3細胞(以下,G3細胞)は最も多彩な分化能を有していた.また,その表面抗原の発現から同細胞は卵割期に相当すると考えられる.G3細胞はレチノイン酸(以下,RA)の添加や熱処理によりさまざまな形質を発現するようになり,中でもhCG産生能を有する胚外栄養膜細胞系への分化が特筆される.その際,hCG陽性細胞は,形態学的に合胞体性巨細胞に類似していた.

本研究では以上の結果をもとに,同細胞の分化・成熟機序を分子的にさらに詳細にするため,RAによる分化初期に発現する遺伝子の単離をハイドロキシアパタイト・カラムを用いたサブトラクション法で試みた.その結果,3種の遺伝子すなわち,新たな遺伝子 EAT,hsp90,繰り返し配列 line-1を単離した.今回は,そのうち新たな遺伝子EATについてヒト組織での分布,細胞分化・増殖への機能について解析したので報告する.EATは細胞死阻害作用を有するbcl-2のファミリーのホモロジー・ドメインを有しており,後にmcl1と塩基配列上相同性を有していることが明らかになった.EATは,RAにより誘導されるだけでなく熱ショックによる分化過程でも発現が誘導された.組織では,胎盤,脳,副腎,肝臓に高い発現をmRNAレベルで認めた.in situ hybridization法では,ヒト胎盤の合胞体性巨細胞ならびに胎生期の神経管辺縁部に発現していることが明らかとなった.EC細胞の分化過程だけではなく、急性前骨髄性白血病の細胞株NB4のレチノイン酸による分化過程でもEATの発現は上昇した.現在,EAT蛋白に対する抗体の作成を通じて,正常組織での分布をより詳細にしている.

FISH法によりEAT遺伝子は染色体1q21上にマップされることが判明した.同領域は細胞死に関係していることならびに小児の白血病にて転座があることが知られており,遺伝子の機能を考える上で興味深い.事実、EATはin vitroで抗癌剤(シスプラチン・カルボプラチン・マイトマイシンC)による細胞死を阻害した.近年,細胞分化と細胞死にいたるプログラムに共通ないし一部共通の機構が予想されている.ヒトEC細胞の分化初期に細胞の生存に関与する遺伝子が誘導されたことは,細胞分化の過程で同時に細胞死を阻害することが必要となり,EATがその役割を担っている可能性を示唆している.個体での機能については、SRαまたはEF1αプロモーターによって発現するEAT遺伝子のトランスジェニック・マウスの作成を終了し、現在、器官形成への役割を解析している.