先生方は貴重な患者さんの検体を冷蔵庫で眠らせていませんか?遺伝的資源を伴った病気のカタログを欲しくありませんか?

病気を遺伝子レベルで明らかにできる時代が来たことは喜ばしいことです.現在は遺伝子レベルで解析できる病気といっても腫瘍か稀な代謝性疾患と いった遺伝病のみが解析のターゲットになっていますが、今後はより患者数の多い疾患に対してその診断・治療の矛先が向いていくこと間違いないことでしょ う.このような研究を進めていく場合に将来生じるだろうと思う問題があります.

遺伝子レベルで研究を進める場合、知りたい病気そのものについてアプローチする場合とひとつの遺伝子に注目してその遺伝子が関与する病気につ いて研究を始める場合があります.私は前者のような研究の例としてEwing 肉腫を研究していますし (BBRC 219:608, 1996)、後者の例として分化関連遺伝子 EAT/mcl1が関与する疾患を追跡しています(Cell Struc Func 21: 1, 1996).研究を進める過程で少々、もったいないなと思うことがあります.それはいずれの場合でも臨床経過・病理形態情報・遺伝子情報が詳細に検討され ていても、その病気・遺伝子が関係ないことが明らかとなった場合は-80度の冷蔵庫でそれらの情報またはDNA・RNAが眠ってしまうことです.

一番染色体のq21に私は注目しておりますが、この部位に変異がある患者さんの細胞を解析する機会を最近得ました.詳細な臨床経過をご教授く ださり、十分な量の細胞を快く供与していただきました.少なくとも解析できる範囲ではこの患者さんでは我々が注目していた遺伝子の変異を発見できませんで した.当面、いや当分、注目した遺伝子の関与が明らかにならない限りはこの患者さんの解析を我々は始めないでしょう.その疾患の頻度が多くないことより、 その疾患の原因を明らかにしたい先生方にとっては供与していただいた情報は極めて貴重なものであるはずです.また、その患者さんの情報だけでなく、質のよ い十分量の DNA ・RNAがあります.これらの貴重な情報・遺伝子資源が役に立たないことはとてももったいないことであり、放置することで罪悪感を私は感じています.

臨床情報、病理形態情報、遺伝子情報がデータベースになり、その疾患の遺伝子資源を疾患の原因を解明したい研究者が共有できるようになると、 無駄になってしまっていたことが役に立ち、時間的にも金銭的にも節約できることが多いはずです.現在、爆発的に飛躍しているネットワーク・システムを用い てこの問題を解決できないかと毎日、考えています.たとえば各教室・病院レベルで病気のカタログを作製し、それを世界中から検索できるようにすることで す.もちろん、興味があれば直接、その病院・教室に連絡を取ればよいわけです.検索はどこか一カ所でできるようになっていれば探し出すのに便利です.患者 さんの検体が自由に渡すことができる場合はこの情報はより活きたものになるでしょう.もちろん、なんらかの見返りをつけることで相互の利益が一致すること が理想です.ネットワーク音痴・データベース音痴なのでこれまでにしますが、眠っている情報・資源を揺り起こしてあげたく思います.

梅澤 明弘