14 満洲中央銀行発行代用銅幣(?)と称する代物

加藤正宏

満洲中央銀行発行代用銅幣(?)と称する代物

加藤正宏

1.発端

 友人から一枚のトークンかと思われる資料の提供を受けた。この友人が入手された三種の同様な資料の裡の一つである。その三種とは「南滿鐵道新建資金」「北支鐵道建設資金」「航空資本発展資金」と用途が示され、その下に(陸拾圓)(参拾圓)などと面値などを刻む。その資料上部の半分強には「満洲中央銀行」とそれぞれに刻まれ、裏面には編号の陰刻がある。

 友人は刻まれた文字から、これら用途から考えると、満洲国建設に伴う各種資金確保の動きがあったのだろうかと考え、いつ、どのようにして、何が行われたのか、、いろんな文献にあたり調べられたが、記載が見当たらなかったとのこと。

 私も同じように調べてみたが全く分からず、満鉄関係の知人、またその知人、またその知人、奉天千代田小学校同窓の方々、及びその知人にも依頼して、調べて頂いた。でも、やはりこれらについて記載した文献は見当たらなかった。

 私の知人の知人である満鉄関連のSさんからのこの質問に、滿鐵会のA氏が次のように回答されておられた。

 「 表面に刻まれた『南満鉄道』という表現が不思議です。正式なものなら、社名も正式な表示を用いるはずです。写真だけでは、材質・直径なども不明です。裏の刻印の意味も分かりません。満鉄社史・満洲中央銀行史、満鉄の営業報告書を調べましたが、該当する記述は発見できません。」

 A氏のご指摘、鉄道名の表現が正式でない表示になっているという点、これは重要なポイントと私も感じた。他の同種のトークンについても、検討すべき点だと思う。良い示唆を与えて頂いた。

 友人から頂いた「満洲中央銀行 北支鐵道建設資金(参拾圓)」は写真のようなものである。背面には「2170」と数字が刻まれている。直径40ミリ、孔直径3ミリ、厚さ1ミリの代物である。材質は黄銅(真鍮)のようだ。

 満州国時代のものだとすれば、当時のお金の価値からして、面値に見合わぬ粗末な(ちゃちな)感じである。

 A氏の示唆に沿って、「北支鐵道」について考察してみた。「北支鐵道」という名の鉄道が存在するのか。

「北支鐵道」という言葉が使われることはある。しかし、これは「北支」の「鐵道」という意味で使用されている。例えば、『北支事情綜覧』の「第三章 交通」の「第二節 北支の鐵道及計畫線」の項に「北支鐵道粁數」とあるが、単一の「北支鐵道」というものを指しているわけではない。本文中には「北支に関係ある諸線の粁數を示すと上記の如くである。」とし、「河北・江南・江蘇・山東・山西・安徽・浙江・・・・・」の本線及び支線の粁數を掲げている。つまり、北支の領域にある鉄道をさしている。「南満鐵道(呼称表示に問題あることがA氏によって指摘されている)新建資金」と単一の鉄道を掲げた同種の資料とは対象が異なってしまっている。「南満鐵道新建資金」と対称させるなら、東清鉄道(中東鉄道)のソ連側に残された部分で、満州国に一九三五年に譲渡売却された部分(北満鉄道)であるべきであろう。「北満鉄道」は「北支鉄道」と呼ばれることはない。実際、後日ネットで発見したが、「北満鐵道建設資金」というのも存在している。

 では、北満でなく、北支全体の鉄道を指すものであるとするなら、「北支鐵道建設資金」とその上に大きく刻まれた「満洲中央銀行」との関連はどうなるのか。関連付けることはできない。前述の『北支事情綜覧』の「第二章 地理 第一節 北支の地理的區劃」で見てみると、北支(北支那)は以下のようになる。

「北支行政的區劃と地理的區劃 政治的に見た場合、所謂北支那五省の中には綏遠・察哈爾を含み・河南・陝西・甘粛を除外し、山西・山東・河北を中心とした地域であるが、地理的に見た場合北支那とは黄土高地、河北平原及び山東山岳地域を包含するものであらう。これを行政的區よりすると甘粛・陝西・山西・河北・河南・山東の六省であるが、地文的には更に南方は江浙二省の北部・西方綏遠・寧夏及び察哈爾の一部を含むことヽなる。即ち行政的ではなく地勢上からすると岷山・秦嶺・伏手山の三嶺が南北支那の分界線であり、更にその東部に於いては平漢線以東では匯山が同じこの分界線となってゐるのである。」

 北支はこのように満州国領土外の北支那をさしているのであり、「北支鐵道建設資金」と「満洲中央銀行」の組み合わせは考えられない。

 このように考えると、どうも現代製作の贋造品ではないかと、私には思えてきた。






 南滿鐵道新建資金


 満洲中央銀行 北支鐵道建設資金


 航空資本發展資金

2.ネット上に見られるこの種の銅幣

 中国では財産の保管として、銀行などの預貯金にはあまり信用が置かれていない節がある。政府の政策如何で、これらは一夜にして、現金そのものや現金の価値自体が失われてしまう危うさを感じているからであろう。現金よりもその価値を失わない骨董を財産として入手し、保管する空気が中国人の間に高まっている。このような空気の中、満洲がらみの遺品や骨董品もその価値がますます高まってきている。

 しかし、それらの目ぼしい多くの遺品や骨董は骨董商や収集家の手中に、或いはそれらの人を通じて更に富裕層の手元に集まっているものと思われる。戦後、七十年弱にもなる今日あっては、これら満州国の遺品はほぼ出尽くして、新たに掘り出すことは難しい状況にあると思われる。このような状況に目を付けた贋作者が、満洲がらみの物なら、とにかく財産代わりに購入しようとする輩、歴史的知識も生半可な輩をターゲットにこのようなものを製作したのではなかろうか。贋造者も生半可な歴史知識で満洲国がらみの品物を考えたのであろう。その為に、「南満鐵道」や「北支鐵道」など、不用意な文字を刻んでしまったと考えられる。

 そうだとすれば、資料として提供を受けた同種のものが日本に持ち込まれる前の中国でも、市場に出回り、少しは話題になったはずであると私は考え、ネットで検索してみた。「南满铁道新建资金 满洲中央银行」と中国の簡体字で検索してみたところ、二件ヒットした。

 一件は余滋九の「偽満銅幣:見証屈辱歴史(時間:2013-05-10 来源:深圳特区)」、もう一件は「古泉園地 『討論』玩満洲幣的老師看看、這些代用幣是什麼性質(時間:2012-10-06)」である。

後者「古泉園地 『討論』玩満洲幣的老師看看、這些代用幣是什麼性質(時間:2012-10-06)」のそれからは、既に昨年からネット上にこの種の代物について、どんな性質の代用貨幣なのかとの問いかけが行われていたことが分かる。掲げられた写真は「北満要塞建設資金」「南滿鐵道新建資金」「北支鐵道建設資金」などである。「北満要塞建設資金」は写真が多く掲載されているが、面値になるのか( )に数字のみが陰刻され「圓」の文字はない。その数字に至ってはアラビア数字で、背面の編号数字と大きさも文字の形なども同様である。

 そして、この後者のそれにコメントが直ぐに二件寄せられていた。一つは「前年、ネットで私も二枚購入した。手元に届いたそれを見て、笑ってしまった・・・・。(時期:2012-10-08)」もう一つは「ストックがここ二年大放出されている。(時期:2012-10-13)」というものであった。これ以後、コメントがない。

 このことは、ここ数年この種の代物が市場に出回り始めたこと、そして古銭収集家や骨董収集家にとって、話にもならない代物であったことを物語っているかのようだ。

ところが、今年になって、前者の「偽満銅幣:見証屈辱歴史(時間:2013-05-10 来源:深圳特区)」がネットに登場してきている。それも、数か月前のことで、満洲国に関連がある代物として肯定した記事である。

 不僅出譜、而且其発行情況也不見学文献記載、故而研究的文字也很少、看来、這東西是可以見証日本侵華的歴史遺存了。(目録や手冊に記載されていないだけでなく、その発行情況も文献には記載されておらず、その為に研究文書も大変少ない。だが、見たところ、これらの代物は日本の中国侵略の歴史を証明することのできる遺物のようだ。)

銭文規範工整、包漿熟旧、流通痕跡明顕、当為贋鼎不能。(文字も規範に合致し整っており、銭面も加工も旧く、流通痕跡も明らかである、贋造ではありえない。)

 実物可以見証歴史、提醒我們記住那段恥辱的歴史。(実物が、歴史を証明し、あの恥辱の歴史を記憶して忘れないよう、我々に注意を促す。)

 北満要塞建設資金


 北満鐵道建設資金

 瀋陽の魯迅公園古玩市場

 更に自分は知識浅薄で、特に満洲の貨幣についての知識は殊更少ないと言いながら、閻学民さんと劉樹江さんがネットで既に贋造でなく本物だとしているとして、自己の考えを補強している。閻学民は鄭州の古玩市場(骨董市場)で、「南滿鐵道新建資金」のそれを入手し、これは本物だという。劉樹江は十一枚の満州の代用銅幣を瀋陽の魯迅公園古玩市場で入手したとのことである(ここは、私も瀋陽薬科大学で教鞭をとっていた2005年頃、土日よく出かけた場所である)。劉樹江の記事については、ネットの「十一枚罕見偽満銅幣見証日本侵華罪行為(時期:2010-09-03 東北新聞網)」が紹介し、二日後の九月五日に古泉園地の泉友社区でも、遼瀋晩報の鞍山版からのネットへの引用として、同じ内容が古銭収集家に紹介されている。

 文中には次のようにある。

 通過査閲大量相関資料、劉樹江指出、這些銅貨幣除了能够進一歩印証日本侵華罪悪丑行外、還可以通過还可以通过這些硬幣材質、断定当時的経済形勢。(大量の関係資料を調べてみて、劉樹江はこれらの銅幣が日本の中国侵略罪悪醜行の裏付けをより進めるだけでなく、更にこれらの硬貨の材質通じて当時の経済形勢を判断することができる。)

硬貨の粗末な状態を劉樹江も認めているわけで、実にこれらの銅幣薄く貧弱である。その貧弱な面に刻まれた用途が満洲中央銀行という文字と抱き合わせで刻まれていることによって、これらの用途名目で東北人民の財産を奪った遺物だというのだ。

 これらの追随者も出てきている、中華古玩網に2013年6月22日に掲載され、売りに出された「建設新鐵道資金財調部」「西線鐵道建設資金財支處」の銅幣には、解説が付けられている。その解説では、満洲中央銀行の簡単な解説をし、銀行が代用貨幣を発行していないという問題に関しては、正式文献には記載が無いものの、疑いのないものだと確信しているとして、上述の劉樹江の記事などを挙げている。

 西線鐵道建設資金

財支處


 建設新鐵道資金

財調部


 南滿鐵道建設資金

3.満洲当時の本物か現代の偽物(贋造)か

 こんな貧弱な銅幣を当時の高額な面値に相当するものとして、東北人民が交換したとはとても考えられないが、これらを満洲当時のものだと言っている劉樹江や余滋九が入手したという銅幣に加え、友人が入手した銅幣、現在も中国のネット上で売買の対象になっている銅幣、それらに刻まれた用途を全て挙げてみて、満鉄中央銀行が発行したものかどうか、検討してみよう。

 「南滿鐵道新建資金」「南滿鐵道建設資金」「北滿鐵道建設資金」「北支鐵道建設資金」「鐵道建設聯合資金」「鐵道資本建設資金」「軍綫鐵道建設資金財務本部」「建設鐵道資金」「満鉱鐵道発展資金財務處」「建設新鐵道資金財調部」「西綫鐵道建設資金財支處」「南満―朝鮮 鐵道建設資金」「炭鉱鉄道資金」「航空資本發展資金」「航空防務資金」「航空防務発展資金」「航空発展聯合資金」「空軍防務建設資金」「北満要塞建設資金」「西綫要塞建設資金」「南満要塞建設資金」「南綫海防建設資金」「海防建設資金」「CH-Bb」

 一見し、一つ一つはそれなりに、用途名目を指す語句になっている感じがする。しかし、ここに挙げただけでも、鉄道に関わる物は十数種にのぼる。そして、そこにはよく似たものが幾つもあることに気付く。ここまで分けて資金を調達する必要があったとはとても考えられない。炭鉱関係も、航空関係も、要塞関係も、海防関係も同様なことが言える。実際に満洲中央銀行が発行した物とするなら、とても奇妙だ。

 満鉄会のA氏が指摘しているように、満洲中央銀行が「南滿鐵道」という不正確な呼称を用いることは有りえない。「北滿鐵道」という正式呼称に引きずられ「南滿鐵道」とする誤りを製作者が犯してしまったのであろう。

 既に上述したが、「北支鐵道建設資金」については、「満洲中央銀行」が満洲以外の北支那に関わる資金を調達しようとするであろうか。これも考えられない。

 上記の下線のそれは上部に大きく用途、下部に満洲中央銀行の文字が刻まれ、他のそれとは正に上下が逆になっていている。同じ大きさの銭型にこのように、形式が異なるものを同時期に発行するであろうか。これも不可思議なことである。

 「CH-Bb」、これはいったい何を用途とし、資金調達を図ったものであろうか。満洲中央銀行の文字はきっちり刻まれているが、これでは資金調達などできる代物ではない。現在なら、理解できなくても、満州国の遺物として市場に出せるのだろうが・・・・。

 更に理解に苦しむのは「軍綫鐵道建設資金財務本部」である。面値或いはそれに相当する数字も示されてないし、その面値が刻まれるところには「財務本部」とある。全く意味が分からない。この一枚がいくらの資金充当に相当したのか。「満鉱鐵道発展資金財務處」「建設新鐵道資金財調部」「西綫鐵道建設資金財支處」も同様である。

 「南満―朝鮮 鐵道建設資金」なども、なぜ南満なのか、語句の対称から考えると、「満洲―朝鮮」か「南満―北朝」であろうし、満洲国成立後にできた満洲中央銀行と南満を併記するのは不自然である。また、銀行としては先輩格の朝鮮銀行にはこのようなものは出現していない。このような資金が必要であれば、朝鮮銀行にもありそうなものだ。また、面値(拾圓、貳拾圓)の字数(二字、三字)に合わせ、その上の二行(南満―朝鮮、 鐵道建設資金)の長さが変化しているのも気になる。通常は面値だけが変わるものではなかろうか。


 CH-Bb


 軍綫鐵道建設資金

財務本部

 南満要塞建設資金


 鐵道資本建設資金


 海防建設資金


 西綫要塞建設資金


 南綫海防建設資金


 鐵道建設聯合資金


 南満―朝鮮 鐵道建設資金

 ここまで話して来れば、劉樹江の「十一枚罕見偽満銅幣見証日本侵華罪行為」や余滋九の「偽満銅幣:見証屈辱歴史」は贋造品を根拠に教条的な反日思想を展開しているとしか言えないことに納得いただけるのではなかろうか。

 文字もしっかりとし、年月も経て流通してきたような銭相を見せていると、彼らは言うが、現在の中国の贋造技術をもってすれば、この程度のことはそれこそ簡単なものであろう。それより、用途を示す語句がその真実を明らかにしていると言うべきだ。

 決定的な真贋見極めの根拠を提示しよう。

 「航空防務資金」「航空防務発展資金」「空軍防務建設資金」の「防務」という語句を考えてみればよい。日本の各辞書には「防務」という語句は全く見当たらない。中国の辞書、例えば『現代漢語詞典』には「防務」という語句があり、「有関国家安全防御方面的事務」(国家の安全防御方面に関する事務)と解説がある。『中日大辞典』には「①国防事務②予防事務」とある、そのままの日本文字の「防務」という訳は付されていない。日本には「防務」という語句が無いからであろう。『完本日本軍隊用語集』にも見当たらなかった。人民解放軍国防大学に防務学院がある。学院と言うのは日本の学部に相当するから、国防大学に防務学部があるということになる。このように、防務という語句は現在の中国ではよく知られた語句だと考えられる。日本では使われていなくて、現在中国では誰もが理解でき、使っている語句が「防務」なのである。これでも、贋造でないと言い張ることができるであろうか。

 このように見てくると、一見して用途を示していると思われる他の銅幣も、北満要塞(北満の要塞として)は満洲国建国前の要塞の呼び方としては否定はしないが、南満要塞という呼称が満洲国にあって使われるであろうかという疑問も生じてくる。「発展」とか、「聯合」という文字が盛んに使われているが、これもしっくりこない。語句の前後入れ替えなども加え、売買銅貨の種類を増やすための方法のように思われる。


















 航空防務資金

4.最後に

 これらの銅幣は現代製作の贋造品であるというのが私の判断である。

 戦後七十年弱も経過しながら、中国人に教条的な反日思想の口実を与える贋造品の製造と市場放出に、心が痛む。一部の中国人にせよ、贋造品を根拠に、傷をほじくり嘗めまわし、対立をより意識させ温存させていることは中日どちらにも不幸なことである。世代も既に大きく代っている。そろそろ未来志向の平和なお付き合いができないものか。

 中国において、古銭や骨董の収集家の大多数は贋造品と理解しているようだが、未だにネットオークションに堂々とかけられ、またこれを本物とし、これを擁護し、反日の記事を書く人物が居ること、また日本にもこれらの品が流入していることが見過ごせず、このような一文を認めたしだいである。

 私の考えの是非は別にして、このことが話題として取り上げられることを期待している。

2013年9月6日記








ネット交易の一例 : 説銭ネット 

5、その後の情報

 高森亮佑氏より2017年2月中旬に情報を頂きました、ヤフオクで出品されている写真共に。

 出品者が未だに贋作を出品していることを改めて知りました。以下そのメールの一部です。

 満洲中央銀行発行代用銅幣(?)は大変興味深い記事でした。

 去年辺りからヤフーオークションでも贋作販売業者がこの手の銅貨を数多く出品しており騙されて購入する者もチラホラ・・・販売されている中には州満中央銀行となったマヌケな物も存在し笑えます。

西線鉄道建設資金 洲満中央銀行

 

参考文献

*  『北支事情綜覧』 昭和十年十二月十五日発行

満鉄調査資料第一六七編 南満洲鐵道株式会社 総務部資料課

*『北滿鐵道譲交渉関係発表集』正、続 昭和九年十年 外務省情報部

*『現代漢語詞典』 1987年81次印刷

中国社会科学院語言研究所詞典編輯室編 商務印書館出版

*『中日大辞典』 1968年初版発行 中日大辞典刊行会(愛知大学内)

*『完本日本軍隊用語集』 2011年 寺田近雄 学研ハブリッシング