昔の日本の文書管理は、現代社会より、しっかりしていたと言えます。(特に行政機関は)
江戸時代までは、権力や権限確保のために証拠となる公文書を厳重に作成・管理していて、
文書管理は片手間にやるものではなく、重要な仕事でありました。
日本の昔の文書管理を現代風に評価しますと、
① 保存期間管理と紙資源のリサイクルのルール(奈良時代)
➁ ナレッジマネジメント(江戸時代の公家の家職ノウハウ蓄積)
③ 内部統制強化のための文書管理(江戸時代大名家政策判断した責任者名明記
④ 重要記録管理(江戸時代村役人の村の権利書の管理)
ともいえることが行われていました。(図3.1)
(1)奈良時代の文書管理
<正倉院文書>:保存期間管理と紙資源のリサイクルのルール
●天皇の発する公式文書である詔勅は永年保存、
●それほど重要でない文書は3年保存で、三年に一度廃棄される
文書は保存庫に保管し、廃棄されることが決まった文書は、紙が貴重品であったため、
文書の裏紙を事務書類に用いました。東大寺正倉院文書には奈良時代の古文書が多数残っていますが、
多くは廃棄文書の裏紙を事務書類に用いて残ったものです。
その意味からも、正倉院文書は、奈良時代版のいわばISO14000(裏紙使用で貴重な紙資源の節減)
とも言えるかもしれません。
(2)江戸時代の文書管理
<公家>:ナレッジマネジメント
公家には、「家職」があり、家々の学問のために記録の保存につとめました。例えば、
山科家では、儀式の服装のデータなどノウハウ集が、蓄積されたものが残っています。
<大名>:内部統制の強化のための文書管理
熊本細川藩細川家の場合、藩政を担う各部署が意図的に記録を保存している例が見ら
れます。特に、細川重賢の藩政改革では、政策判断した責任者名がわかる文書管理が
なされました。
<村役人>:重要記録管理(村社会組織存続のための記録)
当時はBCP(事業継続計画)が、あったかどうかはわかりませんが、村役人は、代々村
方の記録を保存して、村の権利を主張するための証拠としたようです。
(3)明治時代の文書管理
<太政官政府の文書管理>:文書管理の推進(公文書保存の管理の推進)
明治8年太政官政府は、修史事業を積極的に行うと同時に、公文書保存について、
「全国の記録を保存すること」を命じました。この背景には、明治4 年特命全権大使
岩倉具視を代表とする使節団が欧米に派遣され、これに随行した久米邦武はイタリア
のアーカイブスを見学し、保存されていた天正遣欧使節の書簡や仙台藩士支倉常長の
書簡を見て、記録の管理の見直しを強く意識したようです。
<内閣制度発足以降の文書管理>:文書管理より、歴史編纂重視
明治18 年(1885)3 月に太政官(だじょうかん)制度が廃止され、内閣制度が、発
足しました。政府の文書管理の方針も、公文録から歴史編纂重視にかわり、公文書保存
の意識も次第に希薄になっていきました。この傾向は現代も、かわっていないのではな
いでしょうか?