●2002/5/8
これは当時の旅の記録であり、現在の旅情報としては利用できません。
南東のテント形マーク(クンギュ・ツォ湖畔)から北西の家形マーク(タルチェン)まで、朱色のライン。
●5月8日の行程
クンギュ・ツォ湖畔幕営地点GPS測定地点→タルチェン=「塔爾欽」(タルチェンの招待所)
●コースタイム・その他メモ
8:00 起床
9:00 朝食
10:00 出発
10:50 ナムナニ峰「Gurla Mandhata」が正面に見えるチェックポスト(4,760m)
11:30 マナサロワール湖=「瑪旁雍錯」(Mapam Yumtso)と「カイラス山」が見える湖岸段丘面の〈オボ〉(4,600m)
11:50 ホルチュ村チェックポスト
12:20~12:50 バルガ村「巴嘎郷」を過ぎた「プラン」方面との分岐点チェックポスト
13:30 タルチェン「塔爾欽」着(4,705m)
15:30 トラック到着
■参照画像 L1:クンギュ・ツォを背景にT君
●行動記録
薄い空気の夜、凍る湖の朝 5,000m近い高度のため、低酸素で寝苦しい一夜だった。
昨夜の幕営地はマユム・ラを越え、西北西へ下ったクンギュ・ツォ「Gongzhucuo Lake」湖畔であった。
(L1参照)出発前南方のクンギュ・ツォを背景に立つ旅友T君。
水陸の武芸百般の心得と、繊細な優しさを合わせ持つ。
画面右奥、山のふもとに目を凝らすと、小さく薄い水色に見えるのがクンギュ・ツォ。
現在は流出河川のない閉鎖湖である。
【注】流出河川の無いクンギュ・ツォ(湖)
折りたたみは右端の「∨/ ∧」で開閉できます。
マナサロワール湖面の標高は⟪4,590m⟫、クンギュ・ツォ湖面標高の公式データは無いが、Google Earth Pro からの読み取りでは4,784mであった。
両湖のあいだは高原状の地形が続き、標高はおおむね4,800mほどと推定される。
クンギュ・ツォからマナサロワール湖へ明瞭な流出河川は確認できない。
もしクンギュ・ツォ湖の水位が大きく上昇すれば、地形的にはマナサロワール湖へ流れ込みそうにも思えるが、実際の水系については不明である。
これらは後年、Googleマップの地形から読み取った推測である。
また、仮にクンギュ・ツォ→マナサロワール→ガンガチュウ→ラカスタル「Lake Rakshastal」と流れても、ラカスタル湖は外部に流出河川を持たない閉鎖湖であり、最終的にはそこで水系が行き止まりになる。
チベット・ガイド氏は、クンギュ・ツォを“毒の湖”と言っていた。
出発前の朝、湖面は白く凍っている。
日中も融けないのだろうか。
■参照画像 L2:カイラスを望み五体投地
湖と聖山を見渡す祈りの段丘 (L2参照)途中カイラスの山頂が遠望できる地点には、オボ(石の祈祷塔)が築かれており、タルチョ(風に祈りを託す五色の旗)が、はためいている。
三人のチベッタンが五体投地を繰り返し、祈りを捧げていた。
彼らは歩いてきたようだが、いずこより来たる人か。
【注】オボのある段丘面とより高位の段丘面
折りたたみは右端の「∨/∧」で開閉できます。
このオボは、マナサロワール湖とカイラス山が同時に望める広々とした湖岸段丘面上に位置していた。
オボのある段丘面の標高は、SUUNTO計測値で約(4,600m)。Google Earth Pro からの読み取りでは4,635m。
マナサロワール湖面標高は公式には⟪4,590m ⟫とされる。
Googleマップ航空写真からは、旧道沿いに我々が当時見たオボが痕跡として読み取れ、判読座標は(30 44 21.4N 81 38 32.2E)である。
これは11:30通過の行程記録とも矛盾しない。
なおGoogleマップ航空写真3Dによる広範囲の判読から、マナサロワール湖東岸には第三間氷期、あるいはそれ以前に形成されたと思われる、より高位の大規模な段丘面らしき地形がある。
第三間氷期のころはマナサロワールとラカスタルが一帯となり、湖水が北西の「サトレジ」水系へ、流出していたと思われる。
(参考:氷河時代の年表)
巡礼の門前町タルチェン バルガ村を過ぎた「プラン」=「普蘭」方面との分岐点チェックポストは、軍駐留施設の規模も大きく、今までで一番厳重なチェックだった。
トラックの到着が遅れて気をもんだが、悪路にはまって大変な苦労をしたそうです。
ラサを出て7日目でタルチェンに到着です。
急げば5日で着けそうですが、途中の「ギャンツェ」、「シガツェ」など見所も多く、急ぐ必要はありません。
タルチェンは低い塀で囲まれた招待所のほかにも、民家や多くのテントが立ち並び、カイラス・コルラのチベッタンや外国人巡礼者で、なかなかの門前町的賑わいである。
ここに集う人々、生涯に一度は何かしらの務めを果たさんと、苦行に向かう心構えと見えます。
この日はタルチェンの招待所を宿とした。
■参照画像 L3:テント食堂で踊りだした、ネパール・シェルパR氏
ツクパの湯気と笑い声 夕食はテント食堂でツクパ(うどん)を注文する。
ツクパはこねた生地を一本ずつ手で延べてつくる。
燃料は乾燥したヤクの糞である。
クンブ「Khumbu」地方出身のネパール・シェルパの話し言葉は、チベット語の方言的なあつかいを受けることもあり、チベット人たちと意思の疎通はほぼ問題ないようだ。
食堂は姉妹と思われる2人が切り盛りしており、トラック・ドライバー氏やネパール・シェルパ氏たちと、何やら楽しそうに話がはずんでいる。
(L3参照)ネパール・シェルパR氏は多分独身で20歳代前半です。
「ここに残って婿入りしたらどうだ」と皆にからかわれているらしい。
ネパール・シェルパR氏はまんざらでもない様子で、しまいには2人の前でラジカセの音楽に合わせて、ステップを踏んで踊りだしてしまった。
言葉は全く分からないが、彼らの表情や身振りから、話の内容はおおよそ想像がつく。
彼らが話に興じ時を忘れて、鍋のツクパがのびてしまわぬか、心配でした。
◉タルチェンの招待所GPS測定値
(30 58 31.3N 81 17 15.9E)標高⟦4,690m⟧
※( )括弧内座標値コピペでGoogleマップ検索できる。
※測地系はGoogleマップと同じWGS84適用、標高は国内のテストで±30~50mの誤差があった。
★今日のクチコミ地
カイラス山=
※クチコミ地をカイラス山とするが、宿泊地はタルチェンの招待所。
※検索済みクチコミ地は星印などのリスト保存で迷子防止。
※中国領内では航空写真と地図表示にずれがあり、Googleマップ検索では要注意。
★次のクチコミ地
ディラプク・ゴンパ=
※幕営地は小さな谷を挟んでディラプク・ゴンパの対岸のゲストハウス脇
★前の地点
■参照画像
L1:クンギュ・ツォを背景にT君
L2:カイラスを望み五体投地
L3:テント食堂で踊りだしたR氏
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本日は5/8