●2002/5/14
これは当時の旅の記録であり、現在の旅情報としては利用できません。
●5月14日の滞在
ヒルサ=「Hilsa」 休養停滞
●コースタイム・その他メモ
5:30 起床(時差 中→尼-2:15)
休養:洗濯、昼寝など
■参照画像 R1:ヒルサは当時、無人の牧草地
【注】 ヒマラヤを絶ち切るカルナリ河
折りたたみは右端の「∨/∧」で開閉できます。
中・尼の国境線は主に東西のヒマラヤ山脈稜線をたどっており、北はチベット自治区、南はネパールである。
東西のヒマラヤ山脈を絶ち切って北から南へ流れ下るカルナリ河は、どこかで国境線を突き破る形となる。
稜線という根拠を失った国境線は、約3kmの区間だけカルナリ河を国境線とする。
橋はカルナリ河が国境を越えて50mほどネパール側へ入った所に、建設されている。
カルナリ河は曲折を経ながらも、やがてはガンジス川へと注ぐ。
このルートを北上してくる、印・尼の民族と交流を持つことでインド文化がチベットへ流入している。
地名の普蘭も「タクラコット」の別名を持ち、マナサロワールやカイラス、などの名称もインド風である。
仏教でカイラス山は釈迦牟尼だが、ヒンズー教ではシバ神の住まう所、あるいはシバ・リンガに見立てられており、今日でもインドから多くの巡礼者を迎えている。
カルナリ河をたどるこのルートはヒマラヤ山脈に開いた重要な交易路の一つである。
【注】ヒルサ「Hilsa」、当時は無人の牧草地、現在Googleマップ検索では、ツーリスト用のHotelが何軒もある国境貿易の拠点、かなりの村となり、その変貌に驚く。
地名や座標値で検索可。
1980年代初頭、ネパールで吊り橋建設用と思われる長さ数十mの太いワイヤーロープを、数十人で担ぎながら曲がりくねった山道を運んでいるのを見たことがある。
山道の屈曲とワイヤーの張力で体が振られ、山道を踏み外す困難な仕事です。
シミコット「सिमिकोट」に至るまでの間にもカルナリ河にいくつか橋がありましたが、長大な部材を峡谷の断崖を穿った細い山道を経て人力で運搬するのは、あまりにも危険過ぎます。
【注】建設資材の搬入経路を考えると、チベット側からの搬入が最も現実的で、中国側の援助・協力によって建設された可能性が高いと思う。
無人のヒルサ カルナリ河最下段の段丘面であるヒルサには、僅かばかりの畑らしき物と牧草地があるが、定住者は無く集落ではない。
当然ながら、ここでネパール側の出入国手続きはできない。
吊り橋南詰右に、二棟の石壁作りで無人の建物があるだけ、ツーリストや家畜の放牧に来る村人が利用するのでしょう。
一部傷んでいるが、強い日差しや風雨はしのげますし、羊の毛皮が敷いてあり、暖かく居心地は悪くありません。
でもダニに要注意です。
ウェスト周辺や足首が痒くてたまらんのは、小屋の中で昼寝のせいです。
ボーダー閉鎖のため、外国人ツーリストは1人も通らない。
この日はネパール側から中国側へ向かう4~5人の村人が通っただけでした。
R氏ヤリ村へポーター集め この日の早朝、ネパール・シェルパR氏は峠「Nara Lagna Pass」を越えて、ネパール側のヤリ村「Yari Bazar」へポーターを集めに出かけました。
※旧道のナラ・レグナGPS実測値(30°08'18.4"N 81°22'43.5"E)
ヤリ村までは通常1日がかりの急登です。
明日何時ころ戻って来れるのでしょうか。
一昨日と昨日で2日分の遅れです、予定日に帰国できなくなります。
ここの標高は3,000m台と低く、体の為にはちょうど良い休息日ですが…。
★今日のクチコミ地
ネパールのヒルサ、カルナリ河の吊り橋
【Hilsa-Karnali Suspension Bridge/हिल्सा–कर्णाली झोलुङ्गे पुल】
※検索済みクチコミ地は星印などのリスト保存で迷子防止。
※中国領内では航空写真と地図表示にずれがあり、Google マップ検索では要注意。
★次のクチコミ地
ネパールのヤリ・バザール=
★前のクチコミ地
ヒルサへ到着
■参照画像
R1:ヒルサは当時、無人の牧草地
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本日は5/14