●2002/5/6
これは当時の旅の記録であり、現在の旅情報としては利用できません。
南東の(サガ)から北西の(パルヤン)まで、緑色のライン。
●5月6日の行程
サガ=「萨嘎」→パルヤン=(パヤ)「帕羊鎮」
●コースタイム・その他メモ
7:20 起床 朝食
9:00 出発
9:15 サム・ラ峠(4,700m) 推定地(29 23 54.8N 85 14 25.4E)付近
9:45 渡橋(4,500m) 推定地(29 25 38.8N 85 14 03.0E)付近
9:50~10:15 休憩、川原に矮性サクラソウ
11:30 ゾ・ラ峠(4,800m) 推定地(29 36 56.7N 84 23 06.3E)付近
12:00~12:15 途中車タイヤパンク
12:20~14:00 ドンパ「仲巴」 昼食
15:50~16:30 休憩地(4,650m)
16:50~17:00 パルヤン手前チェックポスト
17:30 パルヤン西方郊外幕営地着 標高⟦4,600m⟧
21:05 日没 (120°-83.5°)÷(360°÷24h)=2.43h
21:00~22:00 夕食
■参照画像 J1:サガ幕営地ランクルと支援車
●行動記録
飲料水 毎朝、シェルパが煮沸して用意してくれた。
日本から持参した小型ラジウスで自分たちの飲料水を煮沸するつもりでいたが、その手間がなくなり助かった。
大所帯 (J1参照)明け方の冷気で小川は底まで凍り付いている。
今日からは昨日までの我々5名に加えて、ネパールシェルパS氏・R氏の2名。
他にサポート・トラック・ドライバーと助手の2名が加わり、計9名の大所帯となった。
頼もしいが、どこか大げさで、いささか照れくさい。
■参照画像 J2:矮性サクラソウ草丈3㎝程
矮性サクラソウ (J2参照)サガからヤルツァンポー本流を離れて北へ進み、峠を越えて支流に降り立った。
小さな橋を渡り、5分ほど進んだ小川のほとり。
枯草の中に、小さな花が埋もれるように咲いていた。
あれっ、まさかこんな所にオオイヌフグリが、そんなはずはない。
よく見れば、矮性のサクラソウ属である。
園芸品種や、日本の高山性サクラソウもある程度見知っているが、草丈2~3㎝は初めて見た。
後に Primula minutissima の可能性を知ったが、あの瞬間は新種かと思うほどの驚きだった。
きっと今も、あの小川のほとりにひっそり咲いている気がする。
ヒマラヤ山脈の褶曲 谷筋や支流を辿りながらヤルツァンポー源流域へ。
やがてドンパ「仲巴」の町に出た。
ドンパからパルヤンまでは開けた平原を走る。
ヒマラヤ北方のチベットは、ヒマラヤ山脈の褶曲と同方向に山脈が東西に幾筋も走り、その山脈の間をヤルツァンポー河が西から東へ流れ下る。
ヤルツァンポー河の各支流も山脈の谷間を西から東、あるいは東から西へ流れ本流に合流しています。
■参照画像 J3:三日月型砂丘=バルハーン
バルハーン(J3参照)ヤルツァンポー河源流部の平原では、雪のヒマラヤを背景に、典型的な三日月型砂丘が並んで見えた。
砂丘の形より、卓越風は右(西)から左(東)と知る。
現在のGoogleマップでもパルヤン「帕羊鎮」の手前、南東約40km下流あたりから、パルヤンに至るまでの間、点々と形の美しい三日月型砂丘が確認される。
■参照画像 J4:パルヤン幕営地で地元の女性
タシデレ (J4参照)パルヤン西方郊外の幕営地にて、私たちを見物に地元の女性たちが現れました。
言葉が通じず、もどかしいのですが、カメラを出しても拒否する素振りはなく、写真におさまってもらえた。
民族衣装チュバの袖は、指先が隠れて余る長さがあります。
刺繡の色も鮮やかなエプロン(パンデン)は既婚女性が身に着けるもので、女性の社会的立場を象徴する物だという。
女性といえども腰にナイフを下げています(左の人物)。
伝統的な衣装で堂々と自信に満ちた姿です。
このような場面で、かつて異国を旅した先人たちは、どのように声を掛け、どのように笑みを交わしたのか。
◉パルヤン西方郊外幕営地GPS測定値
(30 02 56.6N 83 27 35.9E)標高⟦4,600m⟧
※( )括弧内座標値コピペでGoogleマップ検索できる。
※測地系はGoogleマップと同じWGS84適用、標高は国内のテストで±30~50mの誤差があった。
★今日の地点
※検索済みクチコミ地は星印などのリスト保存で迷子防止。
※中国領内では航空写真と地図表示にずれがあり、Googleマップ検索では要注意。
★次の地点
★前の地点
■参照画像
J1:サガ幕営地ランクルと支援車
J2:矮性サクラソウ草丈3㎝程
J3:三日月型砂丘=バルハーン
J4:パルヤン幕営地で地元の女性
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本日は5/6