●2002/5/10
これは当時の旅の記録であり、現在の旅情報としては利用できません。
カイラス・コルラは右回り、2日目は紫色のライン。
北のテント形マーク(ディラプク・ゴンパ)から、南南東のテント形マーク(ズトウプク・ゴンパ)まで。
●5月10日の行程
ディラプク・ゴンパ「Dirapuk Monastery」→ズトウプク・ゴンパ(Zutulpuk Gompa/祖楚普寺、ゴンパ下幕営地GPS測定地点)
●コースタイム・その他メモ
8:00 起床
8:20 朝食
9:00 出発
12:10~13:00 ドルマ・ラ(峠)⟦5,595m⟧(31 05 41.4N 81 22 12.9E)高度・座標いずれもGPS実測値
14:00~? カイラス東側、氷蝕谷底(5,200m)
18:50 ズトゥ・プク・ゴンパ直下テント茶屋脇幕営地GPS測定値⟦4,840m⟧
2日目の行程、Google Earth Pro による3Ð画像と標高・行程のプロファイル。
プロファイル左端が3Ð画像の青色と紫色の接点で、2日目のスタート地点ディラプク・ゴンパ対岸の幕営地。
3Ð画像の赤い矢印がドルマ・ラ5.637m、 プロファイル右端が3Ð画像では、紫色と黄色の接点で、ズトウプク・ゴンパ下の幕営地4,798m。
※3日分のプロファイル図は、距離(横軸)標高(縦軸)それぞれ独自の目盛りで、比較の際は要注意。
■参照画像 N1:カイラス北方の岩峰
●行動記録
夜を徹して歩く人々、岩と氷の世界 まだ真夜中の2、3時から懐中電灯を持ったチベッタンの巡礼達が続々と登って行きました。
9時ころ、やっと動き出すのは私たち外国人ばかりです。
朝は寒く、指先が痛いほどでした。
(N1参照)登るに従い豪快な岩と氷の世界が次々と展開してゆきます。
■参照画像 N2:ドルマ・ラへの急登
生と死の境界に立つ峠道 (N2参照)ドルマ・ラへの最後の登りは彼の慧海師も難渋した急登です。
どのようないわれに由来するのか、ドルマ・ラ峠近くの岩には、セーターなどの衣類が、たくさん掛けてあり、恐山、賽の河原を思わせる、幽明境界の地であります。
そんな中に、若い西洋人女性の写真と、私の知らない横文字で、便箋数枚に、ビッシリ書き込まれたメッセージが、なかば雪に埋もれていた。
それが今は亡き恋人への追悼と察せられ、深い祈りが伝わってくる。
菩薩は人の心に宿る この高度では息が切れます。
喘ぎ喘ぎ登っている私の姿を見かねたのか、チベッタンの女性が、ふいに手を引いてくれた。
その手は暖かく、しなやかで、若い方だったかも知れないが、サングラスと顔を覆ったマフラーで良く判りません。
「トゥジェチェ(ありがとう)、カレシェ(さようなら)」知っている単語はその程度である。
■参照画像 N3:菩薩は我らを導きたもう
(N3参照)旅友T君も、同じように手を引いてもらった。
女性の手にした数珠が、深き信仰心を表しています。
高地に不慣れな巡礼者を助ける行為は、仏の慈悲にかなうものであり、功徳を積むことに疑いありません。
慧海師が峰々に諸仏を見いだしたように、私と旅友T君は人の心に宿る菩薩の御手に触れた思いでした。
峠はあっけないくらい広く平坦な地形で、オボからは放射状に幾重もタルチョが架り、風に翻っていた。
※Googleマップ航空写真でいくつもオボが確認できます。
【注】私の聞くところによれば、菩薩とは…。
折りたたみは右端の「∨/∧」で開閉できます。
菩薩とは、幾世にも渡って修行を重ねる行者である。
過去世において悟りを得んと願い、すべての衆生を救わんと発心し、時に己の都合を顧みず、他者の救済を優先する衆生済渡の生き方を実践する。
現世でも引き続き高き志を保ち修行を積み、来世こそは悟りを得て涅槃に至らんと願う生き方である。
その心あれば、その人すでに救われており、仏の位にあるという。
煩悩即菩提、生死即涅槃であると説く。
これ大乗仏教の真理であると聞き及ぶ。
■参照画像 N4:カイラス北側の岩稜に懸垂氷河
■参照画像 N5:小氷河を慎重に渡る旅友T君
小氷河を渡る旅友T君 (N5参照)峠の下りでモレーンを越え、一部青氷の小氷河を慎重に渡る旅友T君。
【注】
Googleマップ判読値(31 05 29.5N 81 22 31.2E)付近の旅友T君を北西方向に見上げて撮影、背後は小氷河湖をせき止めるモレーン。
■参照画像 N6:東面の氷蝕谷底に降り立つ
氷蝕谷底へ降り立つ (N6参照)更に巨岩のモレーンの間を縫うようにして、カイラス東側の雄大な氷蝕谷底へ降り立ちました。
昨日通ったカイラス西側の谷も巨大なU字谷に見えました。
現在の西チベット地域の乾燥した気候では、北側などに小規模な氷河が存在する程度です。
過去にこれらの氷蝕地形を造った大規模な氷河が存在したのでしょうが、いつの氷河期の名残か。
単に寒冷化だけではなく、降水量も多かったのでしょうか。
【注】
氷蝕谷底Googleマップ判読値(31 04 46.5N 81 23 08.3E)現在は付近に建物が見えるが、当時はモレーンの巨岩、散在するのみ。
各地からの巡礼者たち チベッタンの巡礼達はそこここに陣取り焚き火を囲んで休息している。
急坂を勢いだけで下り、皆に先行してしまった私は、一人岩陰で横になって休んでいた。
くたびれた私に、親切な巡礼たちが声をかけ、暖かい飲み物を恵んでくれました。
ここから「ミラレパ大行者」ゆかりの地ズトゥプク・ゴンパまでは、この谷に沿って緩い下りですが、モレーンを登ったり下ったりする箇所も多く、そのたびに消耗します。
途中、北京から来たという若い漢人の男女と、後になり先になり歩きます。
■参照画像 N7:三兄妹が切盛りするテント茶屋
チベッタン三兄妹が迎えてくれた (N7参照)私と旅友T君は疲れ果てズトゥ・プク・ゴンパ下のテント茶屋へ転がり込みます。
今日の宿泊地はこのテント茶屋の脇とする。
毎日の事だが、手早くテント設営してくれるシェルパたちは、頼もしく有り難い。
ネパール・シェルパS氏の通訳によれば、テント茶屋はチベッタン三人兄妹が切盛りしているらしい。
長兄は30歳ほど、寡黙な性格とみえます。
弟はまだ髭も生え揃わぬようですが、ちょうど20歳、背も高く骨格もしっかりした、精悍な若者です。
妹は確か十七歳で、相手を安心させるような、笑みを惜しまぬ明るい少女。
その笑顔が、日本人女性が礼儀として示す“敵意のなさ”の笑みに似て、私たちの心を和ませる。
私の傍らにあぐらをかき陣取った弟は、いきなり私の左腕をつかんでグイと引き寄せる。
どうやら腕時計を見せろ、ということです。
さらに私の登山用アルミ杖を手に取り、それらの道具が良いものだとほめているようです。
お互い言葉は通じませんが、言わんとすることは見当がつきます。
今度は彼自らの腰に帯びた短剣を、いきなり引き抜き、私の目の前に突き出します。
どうだ、これは良く切れるぞと自慢する素振です。
彼に悪意・敵意が無いのは表情から良く解りますが、その恐れを知らぬ大胆さは、私たちを驚かすに充分です。
好奇心旺盛な異国の青年と、心を通わせてみたいものです。
◉ドルマ・ラGPS測定値
(31 05 41.4N 81 22 12.9E)標高⟦5,598m⟧
◉ズトゥプク・ゴンパ下幕営地GPS測定値
(31 00 05.7N 81 21 48.3E)標高⟦4,840m⟧
当時はテント茶屋他数軒だけ。
※( )括弧内座標値コピペでGoogleマップ検索できる。
※測地系はGoogleマップと同じWGS84適用、標高は国内のテストで±30~50mの誤差があった。
★今日の地点
※中国領内では航空写真と地図表示にずれがあり、Googleマップ検索では要注意。
★次のクチコミ地
マナサロワール湖畔のチュウ・ゴンパ=
※極物寺検索で 2か所ヒットしますが、より南側で集落近くのポイントがクチコミ地、地図表記ずれが無ければ岩山の上で、Googleマップ判読では(30 45 54.4N 81 22 02.6E)である。
★前のクチコミ地
■参照画像
N1:カイラス北方の岩峰
N2:ドルマ・ラへの急登
N3:菩薩は我らを導きたもう
N4:カイラス北側の岩稜に懸垂氷河
N5:小氷河を慎重に渡る旅友T君
N6:東面の氷蝕谷底に降り立つ
N7:三兄妹が切盛りするテント茶屋
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本日は5/10