●2002/5/16
これは当時の旅の記録であり、現在の旅情報としては利用できません。
北西の家形マーク(ヤリ)から、南東のテント形マーク(ムチェ)まで、青色のライン。
●5月16日の行程
ヤリ=「Yari/यारी」→ムチェ=「Muchu/मुचू」(ムチェの幕営地GPS測定地点)
●コースタイム・その他メモ
6:30 起床(3,770m)
11:58 出発
16:20 十字峡手前ヤリの谷に架かる吊り橋(3,150m)
16:30~16:40 茶店 久しぶりに甘いミルクティが飲めた
17:00 川原の幕営地(3,135m)
■参照画像 T1:二階のテラスで、T君と妻
●行動記録
陽当りの良い二階テラス (T1参照)ヤリの伝統的民家は陸屋根で、そこは収穫した農作物の処理作業場などとして使われている。
宿泊した民家の二階も、南側の前面が一階の陸屋根を利用したテラスとなっており、陽当りも見晴らしも良い。
村から南側の谷底へ向かって段々畑が、緩やかに落ちています。
■参照画像 T2:ヤリから南西方向を見上げる
谷の奥に見えるピーク (T2参照)昨日、真っ暗闇の中を下ってきたナラ・レグナ「Nara Lagna Pass」とは別の谷の奥を、宿泊民家二階テラスから南西方向に見上げている。
ナラ・レグナから下ってきた谷筋は、今目の前に広がるこの谷とヤリで合流している。
ナラ・レグナから西に延びる尾根は、そのまま中尼国境へと突き当たる。
谷の奥で高くそびえて見えるピークは 、中・尼国境近くのピーク (Googl Earth Proで5,875m)だが、ネパール領内である。
【注】ピークはGoogleマップ判読座標(30°01'57.5"N 81°18'39.9"E)付近と推定。
そのピークの手前には、5,000m台のピークが重なり合って見えている。
ナラ・レグナは、ヤリから西北西の方向に位置し、写真画面右端よりさらに右で見えていない。
宿泊民家の裏山は、後年航空写真の判読からサイド・モレーンの一部である可能性が高いと考えるようになった。
現在はこのサイド・モレーンの丘上南面に、ソーラーパネルの設置が、Googleマップで確認できる。
【注】サイド・モレーン
折りたたみは右端の「∨/∧」で開閉できます。
ヤリ村の細長い土手状地形は、ヤリ谷左岸に残るサイド・モレーンで、 北側からの大規模崩壊によってモレーンの先端は削り取られ、それらの崩壊物が谷底側へ扇状地状に広がり、現在はその広がりが耕地として利用されている。
モレーン表面の風化・土壌化の進み具合から、古期氷河(リス氷期?)に由来する可能性が高い。
Googleマップ3D表示でヤリ・バザール「Yari Bazar」付近を観察してください。
火傷の子供 早朝、私たちに医薬品があることをネパール・シェルパから聞いたのか、両足に火傷をおった3歳ほどの子供が父親に抱きかかえられて来ました。
一部にカサブタができているので、事故は昨日でしょうか。
消毒軟膏を塗り包帯をしましたが、火傷の範囲が広く感染症が心配です。
「シミコット」の町まで行かなければ医療施設はないでしょうし、気がかりですが、私たちにはどうすることもできません。
外から見ればのどかな村ですが、ここでの暮らしは不便な事も多いのです。
対岸に現れた氷蝕の北壁 ポーターの手配に手間取るネパール・シェルパたちを残し、先行して歩き始めることにしました。
■参照画像 T3:途中の対岸南側に見えた胸壁
(T3参照)少し行くと、谷をへだてた右岸上部に氷河で彫刻された、素晴らしい山々が、眺められます。
この氷蝕の北壁を、人工登攀の名手であると、自他ともに認める故郷のクライマーH君に、見せたいものだ。
※氷蝕の北壁(バットレス=胸壁)、Googleマップ判読推定座標値(30 04 10.0N 81 27 23.2E)
ヒマラヤ南面の気候と植物 ヒマラヤ南面の気候はチベットとは大きく異なります。
空気はしっとりして緑も多く、チベットでは唇が割れましたが、もうリップクリームは不要でしょう。
喬木として最初に現れる針葉樹はヒノキ科の一種です。
次にマツ科・マツ属のヒマラヤマツが現れ、マツ科・ヒマラヤスギ属のヒマラヤスギはさらに標高が下がってから見られます。
手前の山腹に見えているのはヒマラヤマツです。
下るに従いさまざまな植物が見られます。
■参照画像 T4:サクラソウ属の一種
(T4参照)水辺にサクラソウの一種が咲いていました。
【注】Primula denticulata(デンティクラタ)ヒマラヤの高山帯に広く分布するサクラソウ属の一種。
紫〜赤紫色の花が球状に密集して咲き、花の中心部は黄色。
昨日ナラ・レグナ近くの砂礫地で、小型で紫色~赤紫色のサクラソウ属が群生しており、思わず声をあげるほど綺麗だったのですが、日没まぢかで、カメラを構える余裕もありませんでした。
ちょうど季節はサクラソウ属の開花期で、さまざまなサクラソウが目につきます。
今日は落ち着いてこの種を、画像に納めることができました。
トレッカーと情報交換 今日はタルチェン以来、久しぶりに外国人トレッカーと会いました。
一行はニュージーランドから来た男女5人で、40~50歳ほどに見えますが、皆、溌剌としており、シミコットからカイラスを目指しています。
我々は、「中・尼国境はしばらく閉鎖されていた」と伝え、彼らは「途中でマオイストに遭遇し、通行料(革命税?)を徴収された」と教えてくれ、しばし旅の情報交換となりました。
私が「マオイストはマシン・ガンを持っていたか」と尋ねると、ニュージーランド人は大きく笑いながら「No, no, very old gun.」と答え、さして緊迫感はなかったようです。
【注】マオイスト:ネパール内戦期(1996–2006)に活動した共産党毛沢東主義派の反政府武装勢力。
新道の開設 ヤリの谷を左岸沿いに下ります。
旧道一部の区間は、削平された新道に重なっています。
地形があまりにも急峻な部分があり、道路を通せるルートが限られているようです。
新道の開設は、植生の復活具合から数年は経過していると思われます。
もうこの時代から新道の工事が始まっていたようです。
岩陰遺跡? 写真もなく場所もうろ覚えですが、新道と旧道が重複する区間だったと思います。
トレイル脇に氷河の迷子石か山腹からの崩落か巨岩があり、地際が少しえぐれて、雨露をしのぐに丁度良い具合になっている。
岩肌に木を立てかけ、草で葺けば、立派な泊場となる。
実際そこには村人が最近使った焚火の跡があり、石をならべた簡単な炉跡がある。
岩肌は黒く煤けており永年にわたり、幾度となく使われてきたことがうかがえる。
先史時代の人類の暮らしを説明する書籍の挿絵を、彷彿とさせる。
考古学を専門とする知人M君が語る、旧石器時代遺跡の可能性高いとされる岩陰にそっくりだ。
M君曰く「洞内より南向きのテラス部が生活の場となることが多いんですよ」。
ここは古来よりヒマラヤ越えの主要路、もし発掘すればグゲ王国時代の交易の痕跡や、さらに古い先史時代の遺物が埋もれているかもしれない。
考古学に人生を捧げたM君の手を引いてこの岩陰へ案内したい、ふとそんな思いに駆られました。
十字峡の中央モレーン ここムチェ(正確にはトゥムコット?)は、ナラ・レグナの北側を迂回して南へ流れ下るカルナリ本流が、北西のヤリからの谷と合流し、さらに南西から別の支流も合流する、いわゆる十字峡です。
十字峡へ至る直前に、ヤリの谷に架かる吊り橋を、左岸から右岸へ渡ります。
道はカルナリ河本流と、南西から別の支流がぶつかり合って形成された、堆積物の細長い川中島の盛り上がりへと続いています。
【注】後年のGoogleマップ判読によれば、この川中島は流水で形成されたにしては盛り上がりが高すぎ、むしろ、二つの氷河が合流してできる、中央モレーンなのかもしれない。
過去の氷河地形が、谷底に取り残されたのではないだろうか。
■参照画像 T5:薬用植物マオウの自生
珍しい薬用植物 (T5参照)ふと足元の砂礫地をみると、見なれない植物が生えている。
図鑑でしか見たことがないが、薬用植物のマオウではないか。
驚いて周囲を見回すと、同じものが点々とある。
マオウ(Ephedra)は日本に自生せず、乾燥地帯に生育する裸子植物で、チベットやヒマラヤなどの砂礫地にも見られるという。
古来より強い薬効で知られ、特にエフェドリン類による発汗・鎮咳作用が顕著とされる。
地味ですが珍しい植物で、思わぬ出会いにカメラを向けつつ先へ進む。
ムチェの自然と仰ぎ見たゴンパ 今日の幕営地は細長い盛り上がり沿いの道から、一段下がった支流の河原ですが、この幕営地選定は大問題でした。
夕餉の支度の合間にカルナリ河がヤリの谷と合流する地点を見に行きました。
カルナリ河は合流点の少し上流で大きく屈曲しており、激流が岩山を切り裂いて噴き出すかのようで、思わず身がすくむほどです。
転礫はゴトンゴトンと音を立てて流れ下り、自然の力は恐ろしいほどでした。
【注】現在のGoogleマップでは十字峡のカルナリ河本流に「Karnali Bridge,Tumkot」が表示されますが、2002年当時は存在していない。
同様に幕営地すぐ下流の支流に架かる橋も存在していません。
近くの尾根の上に、この地域の中心的チベット寺院「Pal Saghon Dhungkar Choezom Monastery」があります。
カルナリの谷に入ってからは、帰国のフライト便までの日数と残りの行程を考えて、余裕が無いのが気がかりで、興味深い寺院を仰ぎ見るだけとなったのが残念です。
この辺りを見回してもネパールのチェックポストはありません。
寺院東側、下の台地はキャンプサイトで、多くの欧州人トレッカーのテントが並び、ポーターたちも大勢いました。
■参照画像 T6:河原の幕営地、突然増水
今回の旅でシェルパ唯一のミス
デンジャラス (T6参照)夕食後、テント内でくつろいでいると、ネパール・シェルパS氏が慌てたようすで「デンジャラス」と声をかけてきた。
何事かと外を見れば、夕食時まで流水の無かった目の前の支流だけが、急に増水し始めている。
増水し始めた冷たい流れを素足で渡り、対岸台地へ急いで引っ越しとなった。
きっと上流で降雨があったのだろう。
やれやれである。
◉ムチェ川原幕営地GPS測定値
(30 04 32.8N 81 31 45.7E)標高⟦3,020m⟧
※( )括弧内座標値コピペでGoogleマップ検索できる。
※測地系はGoogleマップと同じWGS84適用、標高は国内のテストで±30~50mの誤差があった。
★今日の地点
※検索済みクチコミ地は星印などのリスト保存で迷子防止。
★次の地点
※幕営地はケルミ村「Kermi」、飯屋兼宿屋の脇に幕営。
★前のクチコミ地
ネパールのヤリ・バザール=
■参照画像
T1:二階のテラスで、T君と妻
T2:ヤリから南西方向を見上げる
T3:途中の対岸南側に見えた胸壁
T4:サクラソウ属の一種
T5:薬用植物マオウの自生
T6:河原の幕営地、突然増水
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