●2002/5/17
これは当時の旅の記録であり、現在の旅情報としては利用できません。
西の(ムチェ)から、東の(ケルミ)まで、紫色のライン。
●5月17日の行程
ムチェ=「Muchu/मुचू」→ケルミ=「Kermi」
●コースタイム・その他メモ
5:30 起床
7:30 出発
11:00 ヤンガル=「Yangar」
11:45 ヤルバン=「Yalbang」
12:30 茶屋
13:30~14:00 昼食
15:00~15:30 チムサ・コーラ吊り橋過ぎの茶屋
Googleマップ判読推定座標値(30 02 55.4N 81 39 03.5E)付近、橋がいくつも見えて詳細は不明
16:00 峠
17:45 ケルミ着 (ケルミ村東端飯屋兼宿屋の前庭を幕営地)
21:00 夕食
22:00 就寝
●行動記録
慌てて移動した幕営地とは 朝起きると、ネパール・シェルパS氏に、地元の方が何やら抗議しているようでした。
昨日、慌ててテントを移動した台地は、薄暗くてよく見えなかったのですが、“ガンジャ”(Cannabis)が栽培されている畑だったのです。
ネパール・シェルパS氏はなにがしかの迷惑料を支払い、ひとまず納得してもらえたようでした。
インド文化圏では、“サドゥ”(ヒンドゥ教の出家修行者)が宗教的瞑想感を得るために用いることがあり、一般の人々も、労働後や一日の終わりに安らぎを得る目的で使うことがあるという。
現在はインドでもネパールでも法律で明確に規制されているが、宗教聖地や〈シバ・ラートリ〉の祭日などでは、伝統的な慣習として黙認される場面もあるようだ。
ここはインド文化圏 カルナリ流域に入ってからは、“チレム”を使う地元の人々を時折見かけた。
この地域の住民はインド系の特徴を思わせる顔立ちの人が多いように感じられ、チベット系のネパール・シェルパたちとは、印象がどこか異なって見える。
同行したネパール・シェルパR氏は紙巻タバコを嗜むが、ガンジャには興味を示さない。
ここに記したことは、私が旅で見聞きした限られた範囲の印象です。
【注】インドの嗜好品文化
折りたたみは右端の「∨/∧」で開閉できます。
インドでは大麻利用が宗教儀礼から日常的嗜好まで連続的に存在し、「Uttar Pradesh」「Rajasthan」「Madhya Pradesh」の3州では、大麻葉を用いた“バング”(bhang)が州法により合法的に供されている。
祭礼に限らず、一般の人々が日常的に摂取する例も見られる。
一方で、宗教上の理由から飲酒を好ましくないとする見方も根強く、4州と1連邦直轄領では、アルコール飲料が全面的に禁止されている。
しかし、南インドの“トディ”と呼ばれるヤシ酒や、ヒマラヤ地域の“チャン”と呼ばれる発酵酒など、地域に根ざした伝統的アルコール飲料も存在する。
キンマの咀嚼など、インドの嗜好品文化は実に多様である。
■参照画像 U1:ムチェから少し下った吊り橋の南詰
カルナリ河本流を右岸から左岸へ (U1参照)ムチェ「Muchu/मुचू」の村はずれ、少し東に吊り橋があり、Googleマップからの判読によると(30 03 49.8N 81 33 22.8E)です。
ヒルサ「Hilsa」の吊り橋と画像で比べると、建築仕様がよく似ており、中国の協力によるものではないかと思いました。
ここでカルナリ河本流を右岸から左岸へ渡り、以後「シミコット」まで、ずっと左岸を行きます。
橋の南詰め左に大きなヒマラヤスギが立っていました。
■参照画像 U4:ヤンガル「Yangar」城塞のような村
断崖絶壁の道 (U4参照)断崖絶壁の険路を越すと、谷間の急斜面に、石積みの壁と陸屋根の建物が重なる、城塞のような小さな村ヤンガル「Yangar」が現れました。
この村まで電気がきているようです。
日々の暮らしはどのようなものでしょうか。
■参照画像 U5:ヤルバン「Yalbang」谷に開けた村
■参照画像 U6:トレッカー左より仏、妻、独
(U6参照)この日も多くのトレッカーたちとすれ違った。
やはり多いのはフランス人・ドイツ人です。
彼らはカイラスでの〈サカダワ祭〉に合わせているようです。
今の月齢からすれば、タルチェンでフルムーンを迎えるに、ちょうど良いタイミングです。
「シミコット」から「カイラス」へ向かうのが一般的で、我々が逆コースでチベット側から出国して来たため、皆この先の状況について尋ねてくる。
「ボーダーはどうだ」、
「カイラスは寒いか」、
それなりの年齢の方も多いのですが、元気なものです。
女性もたくさん来ています。
最近、日本のシルバーエイジも元気な方が増えましたが、海外でのトレッキングはまだまだ少数派です。
日本人の場合は休暇の都合もあり、年末年始などに集中しがちです。
老若を問わず、日本人もヒマラヤの自然に親しんでほしいものです。
■参照画像 U7:チムサ・コーラ上流部の針峰群
遥かな針峰群 (U7参照)ヤルバン→ケルミの間で撮影。
午後通過は確実であり、画像の影から、左が西方向、右が東方向と推定。
チムサ・コーラ出合い付近から北方奥に見えるチムサ・コーラの針峰群と思われるが、撮影地点の詳細不明。
カルナリ河とチムサ・コーラの出合付近はとりわけ険しい峡谷となっている。
なおチムサ・コーラとはケルミ村の背後北方の尾根を越した谷であり、ジープ道「Limi Lhapcha Sadak」が出合いから最奥のリミ「Limi」渓谷の村、さらに遠く中・尼国境の「Lapche La」まで続いている。
悠久のヒマラヤは、今もなお若き冒険者の来訪を待ちわびる。
深き山河の奥へと分け入るならば、秘境の民は遠来の旅人を喜び迎え、白き峰々は黙して語らずとも、志ある者にその秘密を明かさん。
■参照画像 U2:ムチェ→ケルミ間、チョルテンは素朴
■参照画像 U3:ムチェ→ケルミ間(推定)撮影地不詳、岸壁を見上げる
■参照画像 U8:ヒマラヤハッカクレン(メギ科)村はずれの岩陰に咲く
ヒマラヤハッカクレン(Podophyllum hexandrum)は、ヒマラヤ山地に自生する多年草で、薬用・観賞用として知られる美しい植物です。春に淡いピンクや白の花を咲かせ、赤紫色の果実をつけます。
■参照画像 U9:ヤルバン→チムサ・コーラ(推定)撮影地不詳、右岸に滝
■参照画像 U10:ヤルバン→ケルミ間険路(推定)撮影地不詳
■参照画像 U11:ムチェ→ケルミ間険路(推定)撮影地不詳
■参照画像 U12:チムサ・コーラ付近(推定)撮影地不詳、右岸の側壁
■参照画像 U13:ムチェ→ケルミ間険路(推定)撮影地不詳、岩壁を穿つ険路を振り返り見る
【注】
険路の写真は正確な撮影地を不詳とせざるを得ない。
カルナリ河左岸には、現在チベット側からシミコット側へ抜ける新道(自動車用オフロード)が、開通している。
谷沿いの旧来の険路は、生活道路として一部の短区間は残るが、維持管理が困難で利用は減少している。
現在ではカイラス巡礼路としても新道が主に使われており、トレッカーが旧道を徒歩で行くことは、ほぼなくなったと聞く。
渓谷美を愛でる日本的情緒からは、忘れ去られてゆくのが何とも惜しい気がする。
愛峽之美,和心猶在;古徑將亡,惜意難平。
◉ケルミ村幕営地GPS測定値
(30 02 54.8N 81 42 20.4E)標高⟦2,770m⟧
※( )括弧内座標値コピペでGoogleマップ検索できる。
※測地系はGoogleマップと同じWGS84適用、標高は国内のテストで±30~50mの誤差があった。
★今日の地点
ネパールのケルミ=(Kermi)
※検索済みクチコミ地は星印などのリスト保存で迷子防止。
★次のクチコミ地
ネパールのシミコット空港=
※宿泊地はクチコミ地空港の北約200mのツーリスト向け宿。
★前の地点
■参照画像
U1:ムチェから少し下った吊り橋の南詰
U2:ムチェ→ケルミ間、チョルテンは素朴
U3:ムチェ→ケルミ間(推定)撮影地不詳、岸壁を見上げる
U4:ヤンガル「Yangar」城塞のような村
U5:ヤルバン「Yalbang」谷に開けた村
U6:トレッカー左より仏、妻、独
U7:チムサ・コーラ上流部の針峰群
U8:ヒマラヤハッカクレン(メギ科)
U9:ヤルバン→チムサ・コーラ(推定)撮影地不詳、右岸に滝
U10:ヤルバン→ケルミ間険路(推定)撮影地不詳
U11:ムチェ→ケルミ間険路(推定)撮影地不詳
U12:チムサ・コーラ付近(推定)撮影地不詳、右岸の側壁
U13:ムチェ→ケルミ間険路(推定)撮影地不詳、岩壁を穿つ
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