Early-diverging wood-decaying fungi detected using three complementary sampling methods

 木材腐朽菌は森林生態系の重要な分解者であり,その多くは担子菌門や子嚢菌門に属するきのこ類である.肉眼で見える子実体を形成するきのこ類は菌類の中でも比較的研究の進んでいるグループであるが,それでも推定種数の6~8割が未知の状態にあると言われている.

 きのこ類の多様性調査法は,古くは「子実体採集」に始まり,培地上で基質を培養して生えてきた菌糸を分離する「分離培養」,朽木や土壌などの環境中にあるDNAを調べる「環境DNA解析」と,技術の進歩とともに発達してきた.これらの方法にはそれぞれ利点と欠点があり,例えば,子実体採集は安価だが肉眼で見える子実体の発生に依存するし,環境DNA解析は高い検出力を誇るが存在するはずのきのこ類を検出できないことがある.つまり,これらの方法の一つをもって,ある生態系における菌類多様性を把握することは困難である.複数の方法を用いることで互いの欠点を相補し,より多様な系統を検出できるようになると考えられるが,これらの方法の比較はほとんどなされておらず,有効な併用法についても十分な検討はなされていない.

 本研究では,木材腐朽性きのこ類の多様性を効率的に探索する方法の確立を目的とし,子実体採集,分離培養,環境DNA解析の比較を行った.木材腐朽性担子菌であるアカキクラゲ綱を対象に,筑波山のアカマツ林(40×40 m)にて1年間毎月調査を行い,アカキクラゲ様子実体およびアカマツ腐朽枝を採集した.腐朽枝は粉砕後,湿式振とうふるい機にかけて大きさ100–200 µmの粒子を回収した.粒子は洗浄後,麦芽寒天培地入りのマイクロプレート(48ウェル)に1ウェルあたり2粒子ずつ分注して培養し,出現したアカキクラゲ様コロニーを分離した.また,腐朽枝の粒子1 gからDNAを抽出し,rRNA遺伝子のLSU領域を増幅後,DNAクローニングを経て配列を決定した.

 結果,子実体採集,分離培養,環境DNA解析にて11,10,16 OTU(Operational Taxonomic Unit,操作的分類単位)が得られ,このうち4,4,6 OTUがそれぞれの方法でのみ検出された.すなわち,これらの3つの方法はきのこ類の多様性探索において相補的であった.また,子実体採集による新規OTU検出数は10回目の調査でほぼ飽和し,分離培養と環境DNA解析でのみ未知の初期分岐系統を3つ検出することができた.このことから,従来の子実体採集による多様性調査では重要な系統を見落としてきた可能性が指摘される.これらの未知系統に対しては, 環境DNA解析による1次調査と,分離培養による2次調査の2段階調査により効率的に検出可能と考える.

図.アカキクラゲ綱の分子系統樹. rRNA遺伝子(LSU,ITS,SSU領域)の塩基配列に基づきRAxMLにて推定.A–I,Kは本研究で検出された新規系統.▲と○はそれぞれ子実体と分離株から得られた配列.*は直径1 mm以下のクッション状や背着性などの目立たない子実体を形成する系統.線画と写真はアカキクラゲ類の子実体外部形態.

 分離培養や環境DNA解析のみで検出されたアカキクラゲ綱の未知系統には,肉眼で見える子実体を形成しないものが含まれている可能性がある.また,アカキクラゲ綱の分子系統解析から,その進化の初期に分岐する系統は背着性や直径1 mm以下のクッション状などの目立たない子実体を形成する傾向が見て取れる.従来の子実体採集に基づく多様性探索では,これらの肉眼で見える子実体を形成しない系統や,子実体が目立たない系統を見落としてきたと考えられる.アカキクラゲ綱以外の担子菌系きのこ類であるハラタケ綱やシロキクラゲ綱においても,その多様性や系統進化に関する研究は主に採集された子実体に基づいて進められてきた.これらのきのこ類の初期分岐系統にも目立つ子実体を欠くものが多く,従来の子実体の目視による探索では重要な系統を検出できていなかった可能性が高い.

 本研究の結果から,きのこ類の系統にあっても肉眼で見える子実体を形成せず環境中に潜在している未知系統が存在し,これらが菌類の進化を考えるうえで重要な系統的位置を占めている可能性が見えてきた.「きのこ類は目に見えるもの」という常識にとらわれず,見えない未知系統の探索とその生物学的情報を得るための手法を洗練することで,菌類の生態や進化に関する理解をより深めていくことができるだろう.


Shirouzu T., Uno K., Hosaka K., Hosoya T.

Early-diverging wood-decaying fungi detected using three complementary sampling methods.

Molecular Phylogenetics and Evolution, Elsevier, 98, pp11-20, 2016

Abstract