日本産“Auricularia auricula-judae”および“A. polytricha”の分子系統解析と形態比較に基づく分類学的検討

 キクラゲ類Auricularia spp.は白色腐朽を起こす木材腐朽菌であり,森林生態系における重要な分解者である.また,アジアを中心に一部の種が栽培化されており,日本でも食用きのことして広く利用されている.

 近年,アジア産Auricularia spp.の分類学的検討が分子系統解析と形態比較に基づいて進められ,①中国やロシア極東地域でA. auricula-judae (Bull.) Wettst.とされてきた菌が複数種からなる種複合体A. auricula-judae complexであること,②タイやロシアでA. polytricha (Mont.) Sacc.とされてきた菌が形態的に類似した別種のA. cornea Ehrenb.であることなどが報告されている.一方,日本においてキクラゲA. auricula-judaeもしくはアラゲキクラゲA. polytrichaとされてきた菌と他のAuricularia spp.との系統関係には不明な部分が多く,これらの分類学的扱いについて改めて検討する必要がある.本研究では,日本でA. auricula-judaeもしくはA. polytrichaと同定されている菌の分類学的検討を目的とし,核rDNA ITS領域を用いた分子系統解析と子実体の形態比較を行った.

 その結果,A. auricula-judaeとされていた標本を含む26サンプルはA. heimuerA. minutissimaA. thailandicaA. villosulaの4種に同定され,A. auricula-judae s. str.は見られなかった.この結果は,先行研究によって示されていた「A. auricula-judae s. str.はヨーロッパにしか分布していない」とする仮説を支持するが,これについては北日本産サンプルなどを用いてさらに検討する必要がある.また,Auricularia polytrichaとされていた標本を含む26サンプルはナンカイキクラゲA. corneaと同定され,A. polytrichaA. nigricans(=? A. polytricha)は見られなかった.この結果は,従来日本においてA. polytrichaとされてきた菌の中にA. corneaが含まれていることを示している.

 これらの日本産キクラゲ類の和名については,北日本産サンプルや先行研究で用いられた標本の検討を踏まえて慎重に判断する必要があるだろう.

図.日本産キクラゲ類の分子系統樹.ITS領域の塩基配列に基づきRAxMLにて推定.本研究で新たに得た配列は太字で示す.

白水貴,稲葉重樹,牛島秀爾,奥田康仁,長澤栄史 日本産“Auricularia auricula-judae”および

A. polytricha”の分子系統解析と形態比較に基づく分類学的検討.

日本菌学会会報,日本菌学会,59:7–20,2018

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