建築家たちの新国立競技場
デカ過ぎ論には肝心の
都市計画問題が抜けている

伊達美徳
 
 オリンピック用に建て替える計画がある霞ヶ丘国立競技場について、先般、それがあまりにデカ過ぎて問題だと、100人ほどの建築家を主とする有識者たちが、文部省に改善を要望したニュースを知った。
 それはそれでよいのだが、都市計画に関心のあるわたしとしては、なにかが抜けていると思えてならない。

 新国立競技場計画案が、あれがそれほどでかいのは、必要な機能を積み重ねていくとそうなったのだろう。(コンペ一等案
 そんな機能の施設は要る要らない議論はさておいて、計画する新競技場の建物の高さが70mという高さが重要な問題として指摘されていることについて、都市計画から考えてみよう。

 ここで都市計画として高さ70mについて、その数値に合理性があるかどうかが問題であるが、それもさておいて、その高さを認めた都市計画手続きについて考えてみたのである。
 そうしたら分ったことは、なんとまあ、都市計画ってのは内からも外からも、ほんとにバカにされているってことである。

 あのデカさを法的に容認しているのは、地区計画という都市計画、しかもつい最近になって決めた地区計画なのだが、どうも、だれもご存じないらしい。
 上記の申し入れされた有識者の方は、あれこれ言っても要するにそのデカさ問題を指摘されているのだが、デカさは高さが許容されているから可能なのである。

 で、建築家たちの文科省に出した要望文書の中で、そのデカさ問題で引き合いに出している都市計画は、戦前の風致地区第1号という古証文である。
 でも、実は戦前の風致地区第1号がかかっていたのは、この場所ではなかったことを、もしかしたらご存じないのかしら。

 新国立競技場の設計コンペ募集要項が公開されたのは、2012年の7月である。このときその対象敷地のあたりには、都市計画の第二種高度地区で20mまでの高さの建築が許容されていた。
 しかるにコンペ募集要項には高さ70mまで建てて良いとする条件になっていた。
 
 つまり、新国立競技場のコンペの主催者は、これが都市計画法違反、建築基準法違反であることを承知で、コンペを実施したのだ。
 ついでに言えば、計画敷地には日本青年館も明治公園もあるので、特に公園は都市計画の施設だから、これも違反条項であるが、ここではさておく。

 もちろん、コンペをするだけなら、それが文科省関連機関であろうとも、法違反条件下でも一向にかまわない。
 問題は、架空の計画ではないのだから、コンペで決めたらそれを建てなければならないことだ。
 2012年11月に、コンペは終わって高さ70mの建物が当選した。オリンピック誘致のためには、これを確実に建てる保証がいる。となると都市計画法違反のままというわけにはいかない。

 それならば、この新国立競技場が建つように、都市計画のほうを変えちまおう、では再開発促進区の地区計画をかけると、一定条件下で高さや容積率の条件緩和ができるし公園だって移せる、と考えたのだろう
 東京都は75mまで許容する地区計画をつくって、2013年1月から2月の2週間、一般に公開して意見を募集、5月に都市計画審議会原案の通りに承認、6月に都知事が決定した。

 つまり、都市計画はコンペの後追いで、違反を違反でなくするようにしたのであった。この後追い決定がないと、あのデカいコンペ当選案は実現しない。
 まあ、なんというおうか、要するに都市計画は無理やり(いや、喜んでか、唯唯諾諾か)建築計画に従わされたのであった。
 75mという高さが都市計画として妥当かどうかは、どこかに置き去りにされたらしい。そこが問題の中心なのに、都市計画は建築に追随するだけの馬鹿である、バカにされている。

 という、ここまでの話は、公開されている資料から、わたしが勝手に推測した物事と手続きの順序なのである。
 だが、もっと想像をたくましくすると、「都市計画が邪魔なら変えりゃいいじゃん」とて、コンペ以前に裏で関係機関の間で取引して、この方向に動くように取り決めていたのだろうと思う。もちろん、更にその裏には都市計画コンサルタントの専門家たちが、案づくりの仕事をしたであろう。
 ついでに言えば、70m許容のコンペ要綱案づくりも、建築や都市計画のコンサルタントが仕事をしたに違いない。昔々、わたしもそういう大コンペの裏方をやったことがあるから、よく分る。

 さて2013年1月から2月にかけて2週間、この一般公開の意見募集という法的手続き中に、都民はどうしたのだろうか。今回の要望をした専門家の建築家たちの中の都民は、なにをしたのだろうか。
 もしも都民や区民が、あるいは有識者建築家たちが、あのデカさに反対ならば、この「神宮外苑地区地区計画」という都市計画案をこそ反対して潰すべきであったのだ。
 今回要望書をお出しになった「有識者」都民は、「これはデカ過ぎる」と、都市計画案に反対意見書をお出しになったのだろうか。公聴会で反対意見を公述したのだろうか。

 まさかと思うが、そのときはデカいコンペ当選案も、そのデカさを容認する都市計画の手続きも、どちらも知らなかった「有識」者であった、ってことはあるまいなあ。
 この春の都市計画決定時には、れっきとした法的対抗手段が保証されていたのに、なんで使わなかったのだろうか。1年も前のコンペに今頃反対するよりも、はるかに効果があっただろうに。

 だが、思うに、多分、普通の都民たちはもとより、専門家である有識の建築家たちも、、そんなことは知らなかったのだろう。
 残念ながら、いまの日本では、都市計画とはそんな位置にあるものなのだ。
都市計画は身の回りから広い範囲まで、人々が暮らしている空間を良くも悪くも規定する重要な法的規範でありながら、それを決めるときは無関心なことが多くて、悪い計画もそのまま決まってしまい、決まってしまってから問題がわかって騒ぐという、まことに効率の悪いことになる。
 戦後せっかく長い間かけて、都市計画法の手続きに公開する市民参加の手法をとりいれたのに、市民が生かしていないのが、残念至極である。
(注:第158回新宿区都市計画審議会議事録によると、事業者の独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が、東京都へ再開発等促進区を定める地区計画の都市計画提案をし、この提案の内容を2012年11月に地元説明会をした。東京都はこれをもとに地区計画案をつくり、2013年1月~2月2週間縦覧して、意見書は一通もでてこなかった)

 わたしがここでこのようなことを言うのは、かの有識者のおっしゃることに反対を唱えるとか(全面賛成ではないが)、都市計画決定権者(都知事)の肩をもつとかではない。
 都市計画について、世の中が無関心あるいは無視していることに、まことに困惑し慨嘆しているのである。ついでに言えば、わたしはオリンピックには関心が全くない。

 実は、わたしが住んでいる横浜市の都市計画審議会の委員を2年間やったことがあるのだが、そこであまりのずさんな審議とともに、市民のあまりの無関心に驚いた。
 そのことはこちらにグダグダと書いたので、お読みいただきたい。
●参照「エッセイ版 あなたの街の都市計画はこんな会議で決めている」
https://sites.google.com/site/matimorig2x/essay-cityplanning

 またついでだが、建築の専門家ならば、2012年7月の新国立競技場設計コンペの募集要項を観れば、すぐにそのデカさ加減がわかりそうなものを、それから1年以上もたって案の姿を目に見てからデカさに異議を唱えるは、素人と同じだと思う。
 異議を唱えることはもちろんよいのだが、なんでこんなに遅いんだろうか。
 むかし1954年、国会図書館コンペの発表があった時、コンペ主催者の建設省に募集要綱の内容(特に著作権)について、建築家たちが異議を申し入れたことがあった。結局は相手にしてもらえなかったけどね、タイミングはよかったよ。

(注:この地区計画では、もう一カ所の巨大ビル建設が可能となるように変更した場所がある。神宮球場の西隣のテニスコートがある土地で、容積率の最高限度を現在300%から600%に、高さの最高限度を現在30メートルから80メートルとした)

●その他、参照なさると面白いページ
「842なぜ今頃になって建築家は新国立競技場の計画案に異議申し立てなのか」
http://datey.blogspot.jp/2013/10/842.html

【長屋談議】2020年東京オリンピック新国立競技場はモノスゴイもんだ
https://sites.google.com/site/dandysworldg/newnationalstadium

神宮外苑地区地区計画
http://www.city.shinjuku.lg.jp/kusei/keikan01_001070.html

神宮外苑地区地区計画を決めた東京都都市計画審議会議事録(14ページ)
http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/keikaku/shingikai/pdf/giji201.pdf

参照
◆【五輪騒動】新国立競技場建設と神宮外苑再開発瓢論集
 
 

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